PLAY70 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅸ(知りたくない事実)④
そんなカグヤ達の劣勢が起きた丁度その頃……。
「うううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!」
ある場所では悲痛にして激昂が入り混じった絶叫が響き渡っていた。
その場所は『コンテナ集落』と同じ西方にある場所……。その場所は下民が製造した武器や防具の最終工程をするために作られた訓練場だった。
ドゥビリティラクレイムが管理している『罪人処刑場』以上に広い空間であるその場所は、帝国の兵士達がどれを使って武器や防具の最終調整を奴隷を使って攻撃力や防御力を確かめるところでもあった。
その名も『最終調整訓練場』。
訓練場と言う名前なのにところどころに飛び散っている渇ききった赤黒い液体がその名前負けの光景を浮き彫りにする。
そんな場所から、その叫び声が響き渡っていた。まるでサイレンのように、けたたましい奇声を上げながら、その人物はある人物に向けて攻撃を放っていた。
怒り任せにして、受け入れたくない気持ちを露にしながら、その人物はある人物に向けて、その矛を向けていた。
◆ ◆
「あああああああああああああああっっっ! あああああああああああああっっっ! あ、あ、あああああっっっ! うああああああああああああああああっっっ!」
「あはははは。怖いな怖いな。でも事実だから怒らなぁい。きゃはははは。あはははは。あーおかしーい。あははははっ」
「う、う、うるさあああああああああああああああああああああああああああいいいいいあああああああああああああああああああああああああっっっ!」
「あらまぁまぁ。こわいなこわいなぁ~。くすくす。あはは。あははははは」
絶叫と嘲笑う笑みが交差する空間。その空間――『最終調整訓練場』もその原型を留めておらず、暴れている人物に手によって半壊していた。
それを壊した張本人――ティティは、発狂したかのように絶叫を上げて鉈を振るっているが、それを悉く躱しては嘲笑ってティティの心を蝕もうとするパトラ。
とんとん飛びながらパトラはティティに向けてくすくすと微笑みながら優雅に、妖艶に、軽々とその攻撃を避けている。
そんな避けている姿を見ながらティティは更なる苛立ちを覚えて、その苛立ちをぶつけるように彼女は鉈を大きく振るい、地面を叩き壊す。
すでに廃墟のような崩れ具合になっているその光景を見つつ、ガルーラは大槌を構えながら目の前にいる人物に向かって叫んだ。
「おい、おいティティ! 頭に血が上りすぎだぞっ! 少しは落ち」
「うるさい……、うるさい……っ! うるさいっ!」
ガルーラは叫ぶ。
叫ぶがその声をかき消すように、普段ならガルーラのことを制するティティが、血走った目で額から黄色い角をむき出しにし、怒りを露にしながら叫んだ。
苦しそうに、そうでないことを受け取らないように、彼女は悲痛のそれで、小さく、そしてだんだん声を大きくしながら言葉を零した。
目の前にいる――『バロックワーズ』のパトラに向けて攻撃しながらティティは言った。
「違う……。違う……っ。違う……っ! 違うんです……っっ! 違うんですっ! そんなこと――ないんです! 私は落ち着いていますし、あの女の言葉なんて虚言だってわかっていますっ! だから嘘だってことも分かっていますっ! これは私達のことを混乱させるために相手に惑わし……。だから大丈夫なんです!」
「いや大丈夫じゃねえだろうが……っ! 少し下がれ! 今度はあたしが」
「大丈夫ですからっ! 私に任せてください……っっ!」
ティティは片手に鉈を持ち、頭をガシガシと掻きむしりながら半狂乱になって声を荒げる。
言葉では大丈夫。そう言ってはいるが、ティティ自身かなり精神的ダメージが大きかったようだ。
その言葉を聞いて、苦しそうなティティのことを見ながら、ガルーラは苦虫を噛みしめてしまったかのような歪んだ顔をして、小さな舌打ちをした。
小さな小さな舌打ちをして、そして――目の前でくすくすと微笑んで嘲笑っているパトラのことを見ながら、ガルーラは思い出す。簡単に、あのことがきっかけでティティが壊れてしまったことを思い出す。
内心――なんであんなことを言ったんだ? そう思いながら……。
ティティが壊れてしまったきっかけ。それはこの『バトラヴィア・バトルロワイヤル』が始まった直後、パトラが言った些細にして悪意がたっぷり染み込んだ言葉が原因だった。
◆ ◆
開始の合図が響き渡った瞬間、パトラはくすくすと微笑み、手に持っている大きな出刃包丁を軽々と回しながら、彼女はティティとガルーラに向かって――質問をした。
「あなた達――一つ聞いてもいいかしら?」
「「?」」
その言葉に、二人は首を傾げながらパトラのことを見た。怪訝そうに、突然何を言い出した? そんな顔をしながら……、二人はパトラのことを見た。
パトラはそんな二人のことを見ながら……。
くすり。
と……、女特有の妖艶が入り混じった笑みで微笑み、そしてティティとガルーラのことを見ながら、彼女はぐるん。ぐるんっと――己の獲物を己の手の内で弄びながら言葉を零した。
「あなた達は――運命って信じる? 運命の赤い糸とか、信じる?」
「あ?」
「と言いますと?」
パトラの戦いとは全くと言っても過言ではないような質問を聞いたガルーラは、口元を歪に面白い形にしながら歪ませて、素っ頓狂な声を上げる。
内心何言ってんだこいつは。と思いながら……。
そんな質問に対して、ティティはすっと目を細め、細心に注意と警戒を研ぎ澄ませながら、ティティは聞く。質問に質問と言う形で返しながら。
ティティの言葉を聞いていたパトラは、目元を隠した仮面越しでぱちくりとさせながらきょとん……。とした面持ちで、彼女はティティの質問に対して……。
「えぇっ? こんな簡単な質問も分からないの? 特に大柄なあなた。単細胞でもこんな簡単な質問三秒で答えられるわよ。私だったら一秒で即答なのに……。なんでわからないのかしら?」
ガルーラに対して小馬鹿にするような言葉を返す。首を傾げながら……。本人はそんな意思はないように見えるが、それでも考えたかのような言葉がちらつく。
ガルーラはそれを聞いて、口元を引きつらせて、頬に『びきり』と……、血管を浮き上がらせる。ティティはそんな質問に乗ることなくパトラの言葉を待つ。じっと――真剣な眼差しをパトラに向けながら……。
そんなティティのことを見て、パトラは再度くすりと妖艶に微笑み、ガルーラのことを小ばかにするような嘲笑いを浮かべながら一瞥して、パトラはティティのことを見ながら微笑む口でこう言った。
さも平然と、さもそれが当たり前だろうという言葉を声に乗せて――
「簡単な話――あなた達は運命を信じるかということ。至極簡単で積み木を乗せるくらい簡単な話……、私はね……信じているわ」
運命のつがいを。運命の人を。
「………………………運命……の、人……」
パトラの言葉を聞いたティティは、小さく、本当に小さく呟く。鉈を握りしめながら……、脳裏に浮かんだ最愛の少年のことを思い浮かべて、彼女はパトラの言葉をオウムのように繰り返す。
パトラはそんなティティのことを見て、出刃包丁を持った手と反対の手をすっと胸のあたりまで持ち上げて、その前で『ぽんっ』っと叩きながら――彼女は満面の笑みで……。
「そうっ。私も信じている。ううん。その運命こそが私の永遠の幸せへの道標だって信じているの。簡単な話……、運命の赤い糸だって実在するの。そうでないと……、変でしょ? そうでないと……、颯さんを見た瞬間の高鳴りも嘘になっちゃうでしょ?」
と言った。
それを聞いたガルーラは、内心……、ああ、そうか。と思った。内心思いつつ、ガルーラはパトラが抱いているそれが何なのか、そして質問の心意が何なのかを察した。
薄々と言う感じではあるが、ガルーラはパトラのことを見て、こんな第二印象を抱いた。
こいつは――普通の恋する乙女だ。と……。
ガルーラがメウラヴダーと結婚したかのように。
ティックディックがグレイシアを愛したかのように。
ロフィーゼがティックディックを愛するように。
ベルゼブブがヨミと一緒に、同じ想いを抱いていたかのように。
ティティがティズのことをこれでもかと言うくらい愛しているように。
レンとハクシュダが想い合っていたかのように……。
彼女も――純粋に愛を育んでいる女性だ。そうガルーラは思った。
彼女はその高鳴りを恋と確信し、それを運命と思っている。それを考えるのであれば、パトラは普通の思考回路を持った女性なのかもしれない。そうガルーラは思った。
……言葉に異常に鋭く長い棘を生やしているが……。
そんなことを思いながらガルーラはパトラのことを見て、そしてパトラの言葉に対して同意の意を表しながら……。
「確かに気持ちはわかるな。その人を見た瞬間の衝撃って言うものは運命っていう感覚を覚えちまうしな。なんだ? お前も恋する乙女なのか。それなら親近感がわくねぇ」
「あらあら? 単細胞生物以下の思考回路と思っていたけど、本当は単細胞並みの思考回路を持っていた人だったのね。話を理解してくれて本当に助かったわ。これ以上話しても無駄だと一瞬思ってしまったけど、助かったわ」
相当鋭い棘を持っている言葉を聞きながら、ガルーラは無言になってその棘の攻撃を受けて耐える。額に怒りのそれを露出しながら……。
耐えているガルーラのことをくすくすと微笑むようにして見ていたパトラは、体をゆらゆらと揺らしながら仮面越しでもわかる様な頬の染め方をして、「ふふふ」と微笑みながらこう言った。
「颯さんは顔もいいし、それに優しい。クレオおにいちゃんや両親、そしてDrやレパーダやいろんな人は私のことを物のような目で見ているけど、それとは全然違った目をしていた。彼を一目見た瞬間、心臓に稲妻が走って、心臓マヒを起こしそうになったの」
「麻痺したら死ぬだろうがっ」
「言葉のあやよ。単細胞並みの思考回路だとそう言った冗談も通じないのかしら?」
パトラの言葉に顔を黒くして黙ってしまうガルーラ。これ以上の言葉のキャッチボールは自分にとっても不利であり、大ダメージを与えてしまうサインとなってしまう。そう思った彼女は、無言を徹してしまった。
さながら――銅像のような黒い影のつけ方である。
そんな顔を見て、ティティはため息をふぅっと吐きながら――パトラのことを見てあることを聞いた。
自分にもある気持ちと呼応し、パトラに対して共鳴的な感覚を覚えたティティは、同じ気持ちを抱いて秘めているパトラに向かってこう聞いた。
「稲妻が走った……。それが、あなたの運命を感じた瞬間……、ですか」
「そうよ。そう。あんな感覚滅多にないし、それに……、私自身驚いたもの。あんなことが起きて、それから颯さんのことしか頭に浮かばないことなんてなかった。颯さんと出会った瞬間――私の世界が変わったの。だから聞いたのよ? 『あなたたちは運命って信じる? 運命の赤い糸とか、信じる?』って」
「…………………私は」
ティティがその言葉に対して返答しようとした。
口を開いて、自分もある。自分もティズに対して感じた……、運命めいた気持ちを抱いたことがある。稲妻のようなそれではないが、それでも自分もある。そう言おうとした。
刹那――
「あぁっ。でもあなたはないわよね? うんなかったわ。ごめんなさいね。ない人に聞いても意味なんてなかったわ。うんうんごめんごめん」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。は?」
は? そう言ったのは――ティティである。
ティティは瞳孔を開き、小さな黒い眼でくすくすと自分のことを見て笑っているパトラに事を見ながら、少し首を傾げて、一言――否、一文字を口から零した。
ガルーラもその言葉を聞いて、その言葉がティティに向けられていることを知った彼女は、驚きの顔でパトラに事を見、ティティのことを見降ろし、そして再度パトラのことを見た後……、ガルーラは、震える声で、驚きが抜け切れていない音色で、こう言った。
「………………なんつった? 今」
そんなガルーラの言葉を聞いていたパトラは、二人のことを見て大袈裟に驚きを表現しながらこう言った。口元に武器を持っていない手を添えて、「あらまっ」というそれが出て来そうな口の開け方をしながら――彼女はこう言ったのだ。
「聞こえなかったのかしら? 単細胞だと耳まで遠いのかしら……。でも私ははっきりと言ったわよ。大柄なあなたにじゃなくて、そこにいる私達とは違うあなたに言ったのよ。『あなたにはない』って」
「私……。わたし……? 私……? ですか……? 私に……は、ない? どういう……ことですか? どういった意味で、あなたはそう言っているのですか……?」
ティティは聞く。
震える声で、視点が定まっていない瞳孔で、彼女はパトラに向かって聞く。
ガルーラはそんなティティのことを見降ろしながら少しだけ声を荒げて……、「おい、無理すんな」と言うが、その声ですら届かないティティは、真っ直ぐパトラのことをじっと見つめながら問い詰める。
ティティの言葉を聞いていたパトラは、「うーん?」と首を傾げつつ、体をよじりながら彼女はティティに向かって――
「『どういった意味』だなんて……、簡単な話よ。決定的な違いがあって、その違いのせいであなたはないの。算数の掛け算一の段を解くような簡単なことでしょう?」
「その違いの……、せい? 私と、ティズにはない……。ということなのですか……?」
「そうよ。当たり前でしょうが。あなたとその子供はそんな運命に繋がれていないのだから」
パトラは言った。満面の笑みではっきりとした音色と言葉で、彼女は肯定した。
ティティはそんなパトラの言葉を聞き、言葉を失ったかのように片田を固くさせ、不安と言うそれが一目でわかる様な顔をして茫然と立ち尽くしてしまう。
ティティの絶望したその顔を見て、ガルーラはもういてもたってもいられなくなったのか、パトラのことをぎっと睨みつけて人差し指をパトラに向けて突きつけながら、声を荒げた。
「てめぇ……っ! さっきからべちゃくちゃと人の上げ足ばかり取りやがって……っ! 結局は何がしたいんだっ! てめぇは一体何が言いたいんだっ!」
「えーっ? 言葉通りの意味だけど……。ここまで答えをちらつかせているのに、まだわからないんだ。それでこそ救えない単細胞ね。可哀そう」
「救えねぇ単細胞は余計だっ! あとそんな言葉であたしらは惑わされねえぜっっ!」
「うーん……、まぁ事実、私はあなたのような筋肉がついていて、ボディービルダーのような姿をしているガサツな女んはあまり興味がないの。興味と言うか、先に倒そうと思っているのは、そこにいる鬼の女なのよ」
「っっ!?」
パトラはそんなガルーラのことを手の平を反すように逸らすと、彼女はすっと指をさした状態でティティのことを見つめながら、にぃぃっと……、妖艶に、そしてあくどい笑みを浮かべながら言葉を零す。
告げられた言葉を聞いて、ガルーラは目を見開いてティティを見、そしてパトラのことを交互に見つめる。告げられた言葉の心意を読み解くほど頭が鋭くないガルーラは、パトラの言葉に対して――
「……どういうことだよ……」
と聞くと、それを聞いていたパトラはクスクスと口元を手で隠し、そしてくつくつと微笑むと、ティティのことを一瞥して、ガルーラの方に視線を向けながら――彼女は言った。
「……それじゃ。わかりやすく言うと、鬼の女のことはアクロマに付き従っていたあの根暗女から聞いていたの。あの根暗――いつもいつも『アクロマ様アクロマ様』口ずさんで、呪文のように言っていたから鬱陶しいって思っていたの。でも情報収取には長けていたから泳がせていたんだけどね。でね、その子が手に入れた情報で――私はあなたとあなたが愛して愛してやまない悪魔族の少年のことを知ったの」
「っっっ!」
パトラの一言を聞いたティティは、今まで茫然としていたその感情を一気に膨張し、爆発させるように感情を高ぶらせた後……、ティティはパトラに向かって、混乱と驚きが混じった表情を浮かべながら声を荒げた。
「ティ……ッ! ティズに何かをしようとしているのですかっっ!?」
ティティは叫ぶ。叫ぶと同時に、それを見ていたパトラは――
「あはははははははっ。きゃははははははっ! うふふふふっ」と――優雅に口元を手で隠しながらけらけらと、くすくすと微笑んで、パトラはそのけらけらしている声を上げながらティティに向かって――馬鹿にするような目で見つめながらこう言った。
「『何かをしよう』だなんて、そんなことしないわよ。と言うかそんなの動くだけ無駄だもの。そんなことをしなくても、ティズっていう少年はきっと殺されているだろうし、あなたも私の言葉で殺されて、死んでしまうんだもの」
「なにを……………っ!?」
「うーん。まだわからないのねー。だったら単刀直入に言ってあげるわ。出血大サービス」
パトラはすたすたとティティに歩み寄りながら妖艶な微笑みを見せて近づいてきた。
その光景を見て、ティティはすぐに鉈を振るいあげようとしたが、それを見ていたパトラはティティの振り上げられた手にすかさず己の手で掴んでその行動を阻止する。
「っっ!」
握られると同時に、締め付けられるような力を肌で感じ、ティティは息を呑みながら額にある角に魔祖を集めようとした……。
刹那。
パトラは、ティティに近づき、その耳元に唇を添える。それと同時に彼女は小さな声で、脳に響き、残る様な音色を小さい声で囁きながら――こう言った。
ティティにとって――信じられないような、信じたくないような事実を、パトラは告げたのだ。
「ティズ君は異国の人。あなたはこの国の人。あなたと彼は釣り合わない。永遠に、そしてこの戦いが終わると同時に――彼はあなたのことなんて……、物の一秒で忘れてしまう」
あなたは――都合のいい女で、結局は結ばれることなんて永遠にない……悲しいNPCなの。NPCと人間が結ばれることは――絶対に、ありえない。
無音。静寂。その二つの音亡き世界で、ティティとガルーラは、緩く口元に弧を描いているパトラのことを見ながら、ただただ……、ただただ……。何も言えずに固まっていた。
固まったまま言葉を発することを忘れて、一体何と言えばいいのかわからない状況にいるガルーラとは裏腹に、ティティは固まったその体を無理に動かし、唇を震わせながら……、彼女は言った。
震える声で、小さくこう言った。
「……………………………い。……………ない」
「ん?」
ティティの言葉を耳元で聞いていたパトラは、ティティに寄りかかるようにその声を聞いている。余裕と狂気が入り混じる様なその笑みで、彼女はティティの言葉に耳を傾ける。傾けているであろうパトラに向けて、ティティは、パトラの肩を鉈を持っている手で掴んで、そして押し出しながら――
「――ありえないっっっ!!」と叫んだ。
あらんかぎり、心の奥底まで響くような声で、彼女は叫んだ。
ありえない。そんなこと絶対にない。そう言い聞かせながら、そう相手に告げながら、ティティは押し出して引きはがしたが、それでも離れようとしないパトラに向かって言う。
「ありえません……っ! ティズが、ティズが私のことを忘れるなんてありえないっ! ティズと結ばれることができないなんて、ありえないんですっっ!」
そう声を荒げながらティティはパトラのことを押しだそうとしたが、パトラもパトラでその押し出しを拒絶するかのように、ティティの手にしがみつきながらけらけらと笑って――
「ありえるんですー。ありえるんですよー。ありえないなんて言葉は通じませーん。これは事実でーす。私たち異国の世界ではね……、そう言った風習があるの。異国の他種族との結婚はだめって。それはあなたたちだってそうでしょ? 他種族と他種族の婚礼はご法度だって。あなた鬼でしょ? そのくらい知っているでしょ? この国のルールよ?」
「そんなの関係ないんですっ! 私にはティズしかないんです! ティズが生き甲斐なんですっ! ティズだけが私の希望なんですっ! ティズのことや私のことを知らないくせに、知ったかぶりでべらべらとしゃべるなっっ!」
「知っているわよ。だってあなた――AIでしょ?」
と言った瞬間、パトラはティティの胸ぐらを掴んで自分の方に勢い良く引き寄せながら、彼女はティティの耳元で――小さく、小さく……、かわいらしく囁いた。
ティティに対して、絶望ではあるが、現実世界で生きている自分たちにとってすれば当たり前なことを、彼女は告げたのだ。
「――NPCで、この仮想世界の住人でしょ? だったらあの人間とは釣り合わない。運命の糸なんて繋がっていないわ」
「……………………やめろ」
「繋がっているのはただの仲間としての糸。協力関係と言うだけの安っぽい糸。赤くもなければ黒くもない。白くてボロボロの糸。あなたたちはそれに繋がっているだけの存在。いうなればつり橋にいる状態」
「やめろ」
「NPCと人間が結ばれることなんて絶対にありえない。今抱いているあなたの運命は――ただの妄想」
「違う」
「妄想が暴走した結果の夢の世界。あなたはその狭間にいる」
「違うっ」
「いい加減、わかったらいいと思うけどなぁ? あなたとティズ君は――結ばれない。だって……」
パトラはティティの耳元にその唇を寄せて、それを震わせながら、彼女は告げる。
どんどんと――ティティの脳内の音楽が歪な音を上げて、気味が悪い音程を奏でていく。
そのくらいティティは混乱して、恐怖して、そして――苦しくなっていた。
だからこそ彼女は思った。繰り返し、こう思いながら心の首を横にぶんぶんっと振っていた。
いやだ。ヤメロ。言うな。聞きたくない。そんなことありえないから言うな。やめろ。
ヤメロ。ヤメロ。ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロッッッ!
そう脳内で繰り返しながら、ティティはパトラの言葉が嘘であってほしいと、そんなことはないと、心の底から願っていた。
不安や恐怖、そう言った負の色が詰まった感情の水が、器に零れそうになるくらいティティは心がかき乱されている。そんな状態であと少しでその水が器から零れて、床を汚そうとした瞬間……。
パトラはティティを他愛もなく倒すために――情けなどない、容赦などない。意地悪な舌剣をティティに浴びせた。
「お前にある鬼の血のせいで、ティズ君はあなたのことを心の底から『気持ち悪い役立たずの鬼』と思って、嫌っているから……。あなたとティズは――結ばれない」
永遠に――。
明白にしてなんとも意地悪な言葉。
その言葉がきっかけになったのか、その言葉を聞いた瞬間、ティティの感情を抑制していた器に罅が入り、その罅から零れ出る水が床を汚していくと同時に、彼女の脳裏にある映像が濁流の如く流れて、彼女の脳細胞を刺激したのだ。
びりびりと、じくじくと、ずくずくと、ずきずきと……。彼女の脳を刺激し、傷つけていく。
脳裏に浮かんできたのは――ある光景。否――いろんな一場面である。
その映像と共に声が聞こえてきた。
ザザザザザッと砂嵐のような音と共に、声と映像がティティのことを傷つけていく。
『そんな小さなものを倒しても意味がないんだ』
長身の男が呆れたかのように言う映像。
『そんなに強いなら『終焉の瘴気』を倒して』
小柄で弱そうな女性が、泣き崩れながら言う映像。
『やくたたずーっ! やくたたずーっ!』
どういう意味なのかを知らずに、親の言うことを真似てティティに向かって指をさしている少年の映像。
『なんでこうなったんだっ! なぜこの世界はこんなにも恐ろしい世界になってしまったんだ……っ! は! まさか……っ! お前さん達が『終焉の瘴気』を……!? 鬼のせいで……っ! 誰か、誰かーっ! この女の角を狩ってくれーっ!』
長老と思しき男が杖を片手にティティを見て、何を思ったのか、なにを先走ったのか……、ティティを……、否。ティティの種族――鬼の一族が元凶と思ってしまった老人は村の住人に伝えてティティを殺そうとする映像。
『確かに……、今の時代ははっきりいいとは言えない状況だ。だがティティ。否――黄愛。私は必ず、この世界を、アズールを変える。『終焉の瘴気』に侵されてしまったこの世界を、我が国を守りたい。今民は恐怖で震えて、自分のことで頭がいっぱいだ。その恐怖を和らげることができるのは……、アズールの『創成王』と、私しかいないんだ。だから黄愛。人間を――憎まないでくれ』
きっちりとした白い軍服に似た服を着て、明るさがある赤い髪を一つの三つ編みにして束ねている、首には金色のチョーカーをつけ、腰にはサーベル剣を帯刀している……、整った顔立ちに、エメラルドグリーンの瞳と、両目の下にあるほくろが印象的な青年――王子・イェーガーがティティのことを『黄愛』と呼び、耐えてほしいことを願いながら言う映像。
そして……。
『人間は強欲だ。力がない奴は特に欲望の塊だ。魔力がない? 力がないから力あるものに頼り、できなかったら言葉の力でねじ伏せ、集団で嬲る。救っていい存在なのか? 俺はそう思わない。どころか……、自業自得だ。俺達のことを滅亡録に記載して、根絶やしにし、あろうことか命の次に大事な角を非道なことに使う。そんな奴らが俺達のせいにして、自分達の過ちをひた隠しにする。結局――あいつらはずる賢い。黄愛。朱繋の言うことを受け入れるな。人間は――異国の者達は……、悪だ』
青と水色が混ざっているかのような長髪に、黒い着物を着た青年が、青と水色、そして白の三つの角を生やしてティティのことを睨みつける映像。
朱繋が誰なのかはわからない。しかしそれでも――ティティは最後の映像に目を移した。
その映像に映ったのは――自分が最も愛してやまない。守りたいと思っている人物で、その人物はティティに向かって、罅割れた映像でも何かを言おうと口を開いた瞬間……。
――びしりっ! ぱりんっっっ!
爆ぜ、ティティの心が……、崩壊した。と同時に……。
「――ぅぅぅぅうううううううううううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
ティティは現実に戻り、そして一心不乱になりながら発狂めいた叫びを上げて、手に持っていた鉈を近くまで来ていたパトラに向けて、地面に向けながら振るった。
ぶぉんっっ! と、空気を切る音と同時に、ティティが持っていた鉈は地面に向けて深く深く突き刺さる。亀裂が大きく出来上がるほど。ティティは鉈を地面に突き刺した。
狙われて斬られてしまうはずだったパトラはというと、そのままぴょんっと跳んで後退し、ティティのことを見ながら体をくねらせて……、「こわいなぁ。こわいなぁ。事実なのにぃ~」と言ってティティを挑発していた。
そんな光景を見て、ティティは黄色い角を伸ばしながら目の前にいるパトラに向けて、ゆっくりと一歩前に踏み出す。
どすんっ! と、一歩を踏み出すと、それを見ていたガルーラはティティのことを見て――
「おいティティ! 相手の挑発に」と言うが、それを聞いてか聞いていないのか、ティティはガルーラのことを見ずに……、血走った目で彼女のことを睨みつけながら鋭い音色でこう言った。
「――うるさい……。黙れ……っ!」
「っ」
ガルーラはそれを見て、珍しく委縮してしまい、ティティの暴走を許してしまった。そのくらい、ガルーラは委縮してしまった。恐ろしいと思ってしまったのだ。ティティを見た瞬間、ガルーラは思った。
鬼。
その一文字が似合うような、まさに鬼の一族に相応しいかのような目と気迫を放ちながら、ティティはガルーラに向かって言ったのだ。
「黙れ、黙ってください……、黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。ダアアアマアアアレエエエエエエエエエッッッッ!」
ぐちゃぐちゃになった思考回路で、彼女は一心不乱に叫びながらパトラに向かって攻撃を繰り出す。
そんなことない。ありえない。あるわけない。と言う絶対的思考と……、まさか……。と言う一抹の不安を抱えながら……。彼女は崩れてしまった神経を修復する間もなく、攻撃を振るう。
そんなティティに負けてしまったガルーラはぎょっと体中を委縮してしまった。そして……、ティティの前進を、暴走を許して、パトラのことを殺そうと迫る彼女の異常を、許してしまった。
◆ ◆
これが……、こうなってしまったのかと言う回想であり、鬼の本性を見た瞬間でもあり、ティティの心が壊れてしまったきっかけでもあった。
その光景を見ながら、今なお破壊活動と殺人を犯そうとしているティティのことを見ながらガルーラは思った。否――思い出す。
ティティのことを止められる方法。ティティが元のティティに戻る方法を思い出そうと頭を握り拳で『ゴンゴンッ!』と叩きつけながら彼女は思い出す。あまり使わない頭を酷使して思い出す。
――何がある? 何があるんだ? ティティを落ち着かせる方法。ティティが最も知りたいようなこと……っ!
――だぁーっ! くそっ! メウラがいればよかったなぁ……っ! 頭はあまり使いたくねえんだよっ! どうする? ティティは今どんな言葉が……。
――どんな言葉……。言葉! ティティは何が好きだっ!? 誰が好きだっ!? ティズが好きだ! ティズのことが好きだから、ティズの言葉の中でティティが元に戻りそうな……、こと、ば…………。
と思った瞬間、ガルーラはあることを思い出した。思い出して、彼女は次にこう思った。
これだ。と――
「今は、これしか思いつかねえけど、でも――一か八かだな」
本当に一か八かになるかもしれないという不安を抱えながらも、ティティを救うためにはこれしかないと直感で感じると同時にガルーラは意を決し、目の間で起こっている破壊音に向けて視線を移し、一歩歩みを進めながらガルーラは向かう。
ティティを戻すために必要な、きっとこれが正解であろうその言葉を壊れてしまった鬼に届けるために――!




