PLAY70 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅸ(知りたくない事実)③
――なんで、こうなった?
ズーの鎌が振り下ろされる瞬間を見て、すべての時間がゆっくりとした空間になったかのような感覚を覚えながらカグヤは思った。
――こう言ったスローモーションが見える現象って……、いうなれば死に際の瞬間的な感じかな? こんなの……、漫画だけの世界なのかと思ったけど、事実こうなると、逆に怖い。
――こうなったらその瞬間記憶がぶつんっと途切れてしまうあれの方が、まだまし……、じゃないな。間市なのはこんなことが二度と起こらないこと。
――でも、なんで……。
と思いながら――カグヤは目の前にいるズーのことを見た。ズーはその鎌を振り下ろしてはいる。しかし表情と行動が噛み合ってなかった。
振り下ろした時のズーの顔は……まさに絶望そのものの顔だった。
目の前にいる人を倒すような顔ではない。これでは後悔をしている人の顔そのもの。しかし……、それがズーの本性。
否――操られているズーにとってすれば……、この行動は彼が最も望んでいない行動だ。
なぜこうなってしまったのか、なぜズーは味方でもあるカグヤやコノハに向けてその刃を振り下ろそうとしているのか。そのことから説明をしないといけない。
このような事態になってしまった元凶を推測しながら、カグヤはスローモーションの世界で推理を組み立てる……。
◆ ◆
カグヤは思い出す。
回想ではない。思い出すのだ。
あの時――Drの戦闘が始まるときのことを、カグヤは思い出す。
航一は颯を相手に、拮抗が保たれた刀と刀の鬩ぎ合いを繰り広げている最中――カグヤ達は三人でDrを相対していた。
多対一で、三対一。
老人を相手に三人がかりなのは少々心にくるものがあると思いながら、カグヤは内情を顔に出さずに鎖を取り出していた。
ズーは鎌を構え、コノハは足元の影から影スキル――『豪血騎士』を出し、戦うその意思を表に出しながらDrに敵意を向けた。
対照的に、Drは老人とは思えないような気迫を体中から放出しつつ、ぎりぎりと歯を食いしばりながら、手に持っている己の得物であろう……、圧縮球と、その圧縮球から出ている透明のワイヤーを片手に持って、アイアンハンマーのように持ちながら構えていた。
「うううううううぐうううううううううううぎぎいいいいいいいいいいいいいっっっ」
カグヤからしてみれば、聞いたことがないような唸り声を上げて――
その姿を見ながら、カグヤは内心……、何度も何度も考えると、この人の思考は特殊過ぎる。と思った。
そう思うのは、カグヤだけではない。
きっとDrの素性を知らない人がこの姿を見ると誰もが行きつく疑問であり、疑念でもあったからだ。
ハンナ達やセレネ達はDrに対しての認知を『感情に固執しているマッドサイエンティスト』と言うそれで見て知っているが、初めて見る人にとってすればインパクト大のキャラである。
――でも……、人は十人十色。同じ人なんて存在しないし、こう言った人って思えばいい。
と、カグヤは世渡り上手の思考に落ち着き、冷静に打算しながら目の前の戦いに集中することにする。
集中した瞬間、Drは手に持っている圧縮球から手を離し、透明なワイヤーを両手でがっしりと持つと同時に、Drは左足を軸にして、反時計回りに回転し始めた。
――ぐるんっ! ぐるんっ! と……、砲丸投げをする選手のように、己を軸にして、ワイヤーで繋がれていた圧縮球をぐるんぐるんっと回りだす。
それを見ていたカグヤは驚いた顔をしつつ、その回転の方向からくる圧縮球を目で追いながら……。
「コノハ! ズー! 避ける!」と、二人に向かって命令した。
それを聞いたズーとコノハははっとしつつ、カグヤの言葉を素直に受け入れながら二人は後ろに跳び退く。びょんっと、飛びながら。
そんな二人と一緒に、カグヤも跳び退きながら避けると――彼等がいた場所を横切るように通過したワイヤーで繋がれた圧縮球。振るうと同時に聞こえた空気を裂く音が無音の謁見の間に響く。
その音と同時に、彼等がいた場所に、弧を描くように描かれていく――赤い炎の湾曲。ぼぉっと吹き上がるそれと、迫りくる熱気が何よりの証拠だ。
「っ!」
「うわっ!」
「あつ」
カグヤ、コノハ、ズーはそれを受けて、驚きの声を上げながら (ズーだけは冷静になって声を上げているだけ)その炎の湾曲から距離を置く。
「大丈夫かっ!?」
航一はその光景を目の端で見てしまい、刀で颯の攻撃を防ぎながらカグヤ達の方を見ると、カグヤは後ろに跳び退きながら床に足をつけて航一の方を見ながら――
「大丈夫。少し熱気が来ただけだから心配しないで。こっちは何とかするから航一は自分のことだけに集中して」
「あ、ああ。わかった。でも無理はすんなよ」
「オーケーオーケー」
航一の言葉を聞きながら、カグヤは細心に注意をしつつ目の前を見据える。コノハも、ズーも距離をとりながらDrのことを見る。否――睨みつける。
大きく振り回し、そして当たらなったところを見て怒りの舌打ちをしたDrは、振り回したその圧縮球に繋がったワイヤーを目いっぱい自分の方に引き、そのまま自分の手元に乗せて収める。
筆で描かれているかのような輪郭で、怒りのそれを露にしながら低く、そして生暖かいと息を吐きながら……、Drはゆっくりとした深呼吸をする。目の光も鮮やかではない。淀んで黒ずんでいる光。
その光景を見て、カグヤは音を立てずに、前屈みになりつつ、床に小指以外の指をつけながら……、彼は構える。
その構えは――クラウチングスタートのような体制だ。セシリティウムがしていた体制と全く同じそれで、仮想世界でもこの体制は世界共通なのだろう。
……仮想世界でファンタジーの世界でもあり、事実この世界を作ったのは現実世界の人物。世界共通なのはあたり前の話なのだが。
閑話休題。
カグヤはその場でクラウチングスタートの態勢になりながら、苛立ちで思考が正常ではないDrのことを見ながら、彼は攻撃の手順を組み立てる。
――あの状態は正常な思考が定まっていないそれだ。さっきの攻撃も当たったらまずいようなそれだったけど、それでも……、大雑把だ。
――ただ振るうだけだなんて、芸がない。僕ならばあの時、何かの仕込みの武器を錬成して不意打ちに攻撃を仕掛けるだろう。でもしなかった。そのことから推測して、相手はかなり怒りに身を任せている。動きにムラが起きてしまっている。
――大雑把と言うことは穴がある。抜け道がある。つまりは攻撃するチャンスがある。
――それを頭に入れておいて、冷静に避けつつ、相手の間合いに入れば必ずチャンスは舞い込んでくる。
――落ち着いて状況を把握すれば、難しいものではない。
――なら……、僕がすべきことは、たった一つ。だよね?
そう思いながら、カグヤはクラウチングスタートの態勢のまま、深く、深く息を吸って、そして――吐く。声が出るような深呼吸を――ゆっくりと三回してから、カグヤは目の前を見据えて、片足に力を入れる。
ぐっと――蹴るように。
そのままの体制で、カグヤはズーとコノハに向かって――
「二人とも――僕が相手を引きつける。その隙を狙って――攻撃! いい?」と聞くと、それを聞いた二人は一秒も絶たずに――
「はい」
「わかった! カグちゃん気をつけてねっ!」
と言ったのだ。
まさに即答。まさに即断即決である。
その言葉を聞いたカグヤは、床を蹴る力を込めて、腰を上げながらカグヤは心の声で数える。動く瞬間をカウントしながら……。
――三、二……、一………………。
と、心の声でカウントを開始した瞬間、怒りで我を忘れかけているDrは、ワイヤーで繋がっている圧縮球をぐるんぐるんっと、上空で振り回しながら彼はこう言う。叫ぶ。
「ぬうううううううっっっ! 忌々しいいいいいいいいっっ! 虫のような軽快さがさらに忌々しい……っ! 感情もワンパターンな輩が、儂の前でいっちょ前に倒そうと息がるんじゃないぞっっ!」
「………………はぁ。そうですかい」
カグヤはDrのことを見ながら、呆れた溜息を吐き捨てながら言葉を零す。本当に、呆れながら疲れてしまったかのように溜息を零したのだ。
Drのすべてを知っていないカグヤにとって、Drの今の言葉は意味不明の言葉として捉えられてしまう。簡単に言うと――頭のイカレたおじいさん。
そんな光景を見て、一体何を言っているんだろうと思っているカグヤは、Drの言葉に対して深く考えることをせずに、今は目の前のことに集中しようと、再度目の前を見据え――カグヤは言った。
「なら――速」
と言った刹那。
カグヤは――駆け出した。
どんっ! と――床を抉るように、カグヤは駆け出す。手を振らずに、足だけを急かしなく動かして――少し遠くにいるDrに向かって、一直線に駆け出して急接近する。
「攻」
と、前の途切れてしまった言葉を繋げるように言葉を発しながら……、カグヤは走る。走る。走る――!
キョウヤほどの速度ではない。むしろ劣ってはいるが、常人よりは素早い。そして――現実の自分よりも、その足の速度は格段に速い。そう自分でも驚きながら走るカグヤ。
その光景を見ていたコノハも驚きながら「すごーいっっ!」と、かわいた拍手と満面の歓喜をカグヤに向け、ズーも驚きの表情筋を酷使しながらその顔を表現する。航一はその光景を見て、「よし――!」と、安堵と歓喜のそれを露にするが――その光景を見て最も驚いていたのは……。
他でもない。敵であるDrと颯。
「――っ! 主よ!」
颯は航一に向けて刃こぼれがひどい長刀を振り下ろして拮抗を保っていたが、その刀を振り上げ、ボロボロになってしまっているその刀を――Drに向かって駆け出しているカグヤに向けて、颯は刀スキルを放とうとした。
幸い――長刀は長い。このリーチを生かしつつ、刀スキルの中でも中距離に特化しているスキルを使えば、カグヤを真っ二つにすることができる。そう思った颯は、主でもあるDrの命を守ろうと、スキルを発動させる。
「『三日月斬』っっ!」
その言葉と同時に、颯はカグヤに向けて長刀の横の斬撃を繰り出そうと、カグヤと同様に床を蹴って直進する。足だけで低く、そして長い距離を移動する。手に持っているその刀を横に構え、Drに向かって行こうとするカグヤのことを真っ二つにしようとその横の薙ぎを繰り出そうと振るった。
が――
「させねえっっっ!」
「っ!」
いつの間にかだった。本当にいつの間にか――自分の背後にいたはずの航一が、颯の前に立ちふさがり、横に振るおうとしていたその刀を己の得物でもある大きな刀の腹で受け止めてしまった。
ごぉんっと――鈍い音を立てて。
その音と航一のありえない素早さを見た颯は、驚きに顔を染め上げて唸る。びりびりと大きな刀をつたって響く振動。それを受けながら航一は顔を不快感に染めていく。その光景を、その一幕見ていたズーは、航一に向かって――
「大丈夫ですか? やっぱり加勢でも」と、淡々としているが、それでもズーは航一のことを心配して聞く。しかし航一はそんなズーの言葉を……。
「いんや――俺っちだけでいい……っ! そっちはそっちで集中してくれ……っ!」
受け取らなかった。むしろ――最初の時と同じ組み合わせでいいといってくる航一。
それを聞いたズーは、ほんの少し顔を困惑で歪めるが、それでも航一の主張を尊重し、ズーはすぐさま航一から視線を外し、Drに視線を戻しながら、鎌を大きく回して走りだす。
その光景を横目で見て、そして正面にいる颯のことをぎっと睨みつけながら、航一は刀ごと体重を前に向ける。
重いドアを全体重を使って開けるように、彼は全体重を颯に向けた。
「っ! く……っ! この……っ!」
颯は目の前でずんっと体重を乗せてきた航一のことを睨みつけ、整った顔をゆがませながら、彼は言った。
「この……、出来損ないが……っ! どこまで俺の重りとして居座るつもりだ……っ!」
「俺っちは、俺っちの思うが儘に生きている。だからてめえの重りとして居座ってねえし、それは――」
航一は重くのしかかっていたその大きな刀の柄を握る力を強くしながら――航一は。
「――あんたの過剰妄想だ!」
航一は大きな刀を大きく、大きく横に薙いだ。振るった。の方が正しい。大きな刀に負けないために、全身の力をその刀に押し付けていた颯は、その力が来ることを予測することができずに、その刀に押し出されて飛ばされてしまった。
「――っ! っふ!」
颯はそのまま空中で一回転をしてしまったが、すぐに己の腹筋を酷使して、そのまま二回、三回転をしながら床に着地し、ボロボロの長刀を片手に颯は、航一に向けて――射殺さんばかりの眼光を向けた。
「過剰……、じゃない……っ! これは……、正常思考だ……っ! こんの二重やろうがぁ……っ!」
「年下に負けてまた泣きべそをかけよ……。思い上がり」
ぎりぎり、ぎりぎり、ずりずり、ぼろぼろと、歯が擦り切れてしまうのではないのかと言うような歯軋りをする颯。
その光景を見ながら航一は細心に注意と一瞬の余裕を出さず、余裕の笑みを張りつけ、汗をたらりと流しながら言う。
一瞬の余裕、迷いが死に直結する。そんな緊張の中を乗り切るために、航一は挑発を煽る。
そんな言葉を聞いてか、颯は足を踏み込む力を強め、航一も強めたと同時に――
二人は、同時に床を蹴り、もう一度互いの刀と刀を打ち付け合った。
ぎぃんっと言う音と、その時に生じる火花が、二人の再選の合図を上げたと同時に、ズーは一緒に駆け出したコノハのことを横目で見ながら――
「いい? このまま作戦通りに行くけど――大丈夫?」と聞くと、それを聞いていたコノハはすぐに首を縦に動かし――こう答えた。
「オーケーだよ! この時のために、ずっと組んで練習していたんだもの! 緊張してできないなんてことはない!」
「……ならいいです。だったらいつも通りにして」
「オケオケ! オケオケだよ!」
そんな満面で、天真爛漫な笑顔で若干物騒なことを言っているような気がする。そう思いながらズーは呆れたため息とともにコノハに向かって言うと、それを聞いたコノハは再度頷き、カグヤが向かおうとしているDrのところに向かって、一気に駆け出した。
一糸乱れない動きで、二人駆ける。
その光景を見て、唯一真正面に来ていたカグヤのことを見ていたDrは、苛立ちをさらに募らせて、目の前に来ていたカグヤを見たてDrは振り回してた圧縮球を右手でしっかりと持ち、それをカグヤに向ける。
どこでそうなっているのか、『カチリ』と言うボタンが押される音と同時に、カグヤの前にあった丸い蓋が『パカリ』と開く。
その穴から覗くまばゆい黄色い光がカグヤの目と顔を照らす。
だが――それを見たからと言って、カグヤは避けるという選択をしない。むしろその選択がないかのように、彼はそのまま一直線に突進していく。
そんなカグヤのことを見て、Drはにっと怒りと笑みが混ざり合ってしまったかのような表情を浮かべると、開いた穴とは正反対の穴に、赤い筒状のものと赤い液体が入った小瓶を無理矢理突っ込む。
それを入れると同時に――Dr入った。否……、スキルを発動した!
「術式錬成魔法――『道具錬成』!」
と言う言葉と同時に、Drが持っていた圧縮球から機械質の音が響き渡った。
ガコガコと、ぎこぎこと――その音はZが使った時の音と全く同じ音で、その音が鳴りやむと同時に、カグヤの目の前に開いて待機していたその穴の中から……。
ぽこんっ! と、赤い筒状の物がいくつも連結されたものが出てきたのだ。ご丁寧に、その筒状の先に繋がっている紐に火を灯しながら――
「!」
「あれって――まさか……っ!」
「っ!?」
ズー。コノハ。そして航一は、カグヤの目に前に飛んできたそれを見て、驚きとともに言葉を失った。
それは現実世界でも危ないものであり、この世界に閉じ込められてから一回使ったことがあるものでもあった。
三人が言葉を失い、そしてDrが躊躇いもなく、カグヤを殺す気持ちを表したもの。それは……。
ダイナマイト。
それも――いくつものダイナマイトが連なっているものであり、前にティックディックが持っていたダイナマイトとは攻撃力が格段に違う……。否――それ以上の破壊力を持ったものを、Drは作り出したのだ。
自分が持っているアルケミストのスキルで――!
「ひゃっはははははははははっ! これは痛いぞぉ~? ダイナマイトであれば一回の爆破だが、このダイナマイトは連続じゃ! ダイナマイトと火の『魔法瓶』を錬成して作った特製のダイナマイト! 当たれば即死か、もしくは全身やけどかものぉ? 痛いぞぉ痛いぞぉ? 逃げるなら今の内だぞぉ? どうじゃどうじゃ? 怖いかぁ? 絶望したかぁ? 逃げようと思ったかぁ? どうなんじゃ? どうなんじゃぁ?」
Drは言う。まるで逃げることを急かしているかのような言い回しだ。
その言葉を聞きながらコノハは走りながらむすっと顔を変え、頬を河豚のように膨らませる。
膨らませながらコノハはそんなDrの――己の祖父のことを見ながら負と言う感情を増幅させた。
己の母を死に追いやったDrのことを知っているコノハだからこそ、Drの行動に嫌悪感を抱くことしかできなかった。
感情が見たいがために、Drは躊躇いがない。どころか彼が人間なのかが疑わしい。
そうコノハは思いながら――目の前にあるダイナマイトを見ているカグヤに向けて……、コノハは叫んだ。
「カグちゃんっ! 逃げ」
逃げて。そう叫んで、コノハは自分の影――『豪血騎士』に向けてカグヤのことを助けてと命令しようとした時、コノハは、それ以上の言葉を紡ぐことを止めてしまった。
ズーも、航一も……、その光景を見て驚き。颯も、目の前にいたDrも、カグヤのその光景を見た瞬間、目を見開いて、驚いたまま口をあんぐりと開けて……固まってしまった。
…………固まるのは無理もないだろう。なにせ――カグヤの行動が予想の斜め上の方向に向かっていたからだ。誰も予想しない方向に向けて、カグヤは行動を移したのだから、驚くのは無理もなかったのだ。
簡潔に言うことではない。ただ彼は――行動したのだ。
何連にも繋がったダイナマイトが目の前に来た瞬間、カグヤは走った態勢のまま体を後ろに向けてひねった。
くいっとその場で後転――バク転する様にカグヤは後ろに向かって回転し、そのまま地面に手をつけてバク転をしようとした。ただ回転するだけのそれを。
それだけならばいい。それだけならばパフォーマンスで、ただの驚きしかないのだが、その驚きに固まりが含まれれば――話は別。
固まるということは、その驚きは驚愕と言う感情に切り替わるのだから。
話を戻すと、カグヤは回ると同時に足を離したのだ。バク転をするのだから当たり前の話だが、放してしまった足をただ振るわなかった。
その足を使って、目の前にあったダイナマイトの連なりを――
「うにゃぅっっ!」というへんてこな声と同時に、ばこんっ! と蹴り上げたのだ。
上に向けてそれはそれは高く、高く蹴り上げたのだ。
蹴り上げられたダイナマイトは空中で一瞬浮遊し、その場で硬直したように見えたと同時に……、糸に点火されていた火が、ダイナマイトと火の『魔法瓶』の液体がたっぷりと染み込んだ火薬の中にふっと消えるようには言った瞬間――
――どぉぉぉぉおおおおおおんっっっ!
ダイナマイトは爆破した。カグヤ達の上空で、誰も傷つけずにダイナマイトは大爆発をした。まるで――目の前で大火力の花火が弾け飛んだかのような光景だが、赤一色の大爆発は感動と歓喜を巻き起こさない。
巻き起こすのは――驚愕と絶句、そして……、二重の驚愕と、困惑だけだ。
その驚愕と困惑を巻き起こしたのは、バク転をやめて着地をしたカグヤ。
カグヤはその状態で顔を伏せた状態になりながら、もう一度接近を再開した。だっと、急速の勢いで、彼は駆け出した!
「っ! な……んじゃ……っ!?」
目の前で再度駆け出しを再開したカグヤを見たDrは、はっと息を呑んで圧縮球を手に持って攻撃を仕掛けようとしたDrだったが……、Drはカグヤのことを見て、カグヤの違和感をいち早く察知した。
察知すると同時に――カグヤはDrが手に持っている圧縮球と、その圧縮球を持っている手に向けて……、大きく開いた右手の五指を下から上へと殴り上げるように――
ざしゅっ! と、切りつけようとした。否――引っ掻いた。
「――っっ!? ぬぉぉぉっ?」
その光景を見てか、Drは即座にその圧縮球を持っている手を反り返るように持ち上げながら退き、カグヤの五指の攻撃を躱した。だが、掠った白衣の裾から、小さな白い衣服の破片がはらりはらりと落ちていく。
桜の花びらのように、まるで何かによって切り付けられたかのように、その破片は床に落ちていく。
破片が落ちると同時に、Drは再度カグヤのことを見た。見て――彼は遅まきながらカグヤのあの冷静な気持ちの真実に気づいてしまう。逃げることしなかったカグヤの心意に、今更ながら気づいてしまったのだ。
感情に固執するがあまり、そのカグヤの心意を予測することが、カグヤの思惑に気付くことができなかった。
Drの目の前にいるカグヤは依然と、本能のままに――カグヤは再度攻撃を繰り出そうとしていた。
目を三日月のような瞳孔に変え、鋭い歯を見せつけながら、彼は五指の指先の爪を研ぎ澄ませて、引っ掻きを繰り出そうとする。よく猫がやる様な行動を、カグヤはしたのだ。
己の武器でもある鎖を使わずに、カグヤは研ぎ澄ませた爪を使って、Drに危害を加えようとする。
本能の赴くがままに、アバターではあるが、それでも己の体の本能に従うように、カグヤは動く。猫人の体の中にある猫を晒したかのような顔をして、カグヤは再度左手の引っ掻きを繰り出す。
シイナが満月を見た時――狼のような雄叫びを上げたかのように、カグヤも同じように猫のように変貌しながら。
「しゃああっっ!」
「うううぬぬぬっっ! 忌々しい亜人の力じゃなっ! 前はこのようなことはなかったっ! ややこしい設定にしおって……っ!」
猫のように攻撃をしようとするカグヤのことを見て、Drは心底この設定にした人物のことを恨めしく吐き捨てる。
吐き捨てながらDrは手に持っている圧縮球を再度カグヤに向けようとした瞬間――カグヤは繰り出そうとした左手をDrの……、右肩に向けて振り下ろし、そのまま……。
どんっと、重しをかけるように乗せて、そのまま跳び上がってDrを飛び越える。片手を使い、跳び箱のように飛び越えたのだ。
「――っ!? なん、じゃとぉっ!?」
それを見て驚きのそれを浮かべるDrをしり目に、Drの背後に回るカグヤ。
いったい何がしたいんだ? そんな疑念を心の念で発しながら目の前を見た瞬間、Drははっと息を呑んだ。息を呑むと同時に颯の慌てた声が聞こえた。だが、その声も発覚も遅すぎた。
――そうか、そうかっ! こやつらはこれを狙っていたのか……っ! それでこの男は間合いに先に入って、注意を、自分に――!
Drは苛立ちを増幅させ、苛立ちで頭がおかしくなりそうな表情と心境で目の前に広がる新しい世界を見た。
攪乱をしてくれたカグヤの背後で、コノハとズーは跳び上がってDrにその真っ赤な豪傑の拳と得物の鎌をDrに向けるその光景を見た瞬間、Drは――
「……この姑息なネズミがああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
叫ぶ。しかしその前に、コノハとズーはその大きな真っ赤な拳と鎌を振るい下ろす。躊躇いもなく、最悪の想定をさせないように、二人はDrに向けて……。
――どぉぉんっっっ! と、攻撃を繰り出した。
床が半壊するような轟音。
謁見の間が揺れたかのような感覚。
ばらばらと落ちる外装の破片。
そして――舞い上がった煙で辺りが雲隠れしてよく見えない。
その煙の中から出てきたカグヤはぐるんっと飛び出しながら前転をして、その場所からいち早く逃げると――
「――っほ。何とかなった」と言って、カグヤは元のカグヤに戻って一息安堵の息を吐く。顎をつたったそれを拭いながら、彼は煙の向こうをじっと見つめる。
カグヤ自身、猫のようにになることは三人に告げていた。知っていたが、三人はカグヤの思いがけない身体能力を間近で見ることはなかった。だからこそ、あの時三人は驚いたのだ。
そして、当の本人も驚きを隠せなかった。が――興奮が勝っていたのか、それを顔に出すということはなかった。むしろ興奮がそれをかき消していた。
ゆえにカグヤも元に戻って、先ほどの自分の身体能力の向上を体感を思い出しながら……、こう思った。
――インドアの僕があんなことをしただなんて……、信じられない。むしろ明日、筋肉痛にならないよね……?
と思いながら、カグヤは自分の足と体を一瞥する。あまり運動をしたことがない体が明日になってマンドラゴラのような悲鳴を上げることを恐れながら……。
そう思っていると。
「「っ!」」
どんどん煙が晴れてくる光景を見て、カグヤははっとする。航一もその光景を見て、颯との戦闘に拮抗を保とうとしながら受け止める。
受け止めて、二人はじっと……、煙が晴れるその光景を見つめた。
見つめて――そして奇襲の作戦が成功していることを願っていた。
成功――は極めて難しい……、しかしそれでも、かすり傷でもいい。傷を与えてくれればそれでいい。少しのダメージを与えてくれれば、モチベーションは維持できる。
勝てる。それが保てれば、それでいいのだ。保てれば――必ず希望は自分達のことを見捨てない。
見捨てない。きっとも守ってくれる。そう思っていた……。
が。
「………………………………………え?」
「は……、な……っ!?」
カグヤと航一は、絶句した。青ざめながら――二人は絶句し、思いがけないものを目に焼き付けてしまった。
対照的に――攻撃をしようと振り下ろしていた颯は……、にっと、笑みを浮かべていた。
それは……、Drも同じだった。
煙が晴れたと同時に、Drは目の前で起きている状況にご満悦の笑みを浮かべながら……、彼は言った。
「いやはや……、まさかの攪乱で本命を隠しての攻撃じゃったか。これは見えんかったな。しかしのぉ……、儂は天族。心に秘めている感情の揺れなど目に見えておる。結局のぉ……、筒抜けなんじゃ。そして隙がありすぎた。更に言うとのぉ……」
Drはぐにっと狂気と薄気味悪さが入り混じった笑みを浮かべ、目の前で攻撃を繰り出そうとしているコノハに向けて、自分のことを守って鎌で攻撃を受けているズーの背後で、彼は言った。
「――もう少し……、罠を仕掛けてもよかったんじゃないかのぉ?」
その言葉を聞いて、目の前に広がる驚愕の光景を見ていたコノハは、目の前で苦しそうに唸っているズーに向けて、声を荒げる。
「う。ぐ……っ。うぅぅぅ……っ! ぎゅうううううああああああ…………っっ!」
「ズー……ッ!? ズーなんで……っ!? どうしてこんなことを……? なんでそいつを……っ?」
と言った瞬間、ズーは唸るだけで何も言わず……、受け止めに使っていた鎌を力任せに振るい、コノハと『豪血騎士』のバランスを崩した瞬間……、Drは命令した。
ズーに向けて。
「――やれ。斬れ」
「――っっっっっ!! ウウウウウウウウウウウウウウウウニ………ッッ! ニィィィ………ッッッッ!」
体中に響き渡る何かを感じ、ズーはその言葉に逆らうということができず、抗うことができずに、ズーは苦しそうな顔を浮かべ、顔中に血管を浮き上がらせながら鎌を振るう。
味方でもある――コノハに向けて!
「ニゲテエエエエエエエエエエエエエエエエエエエーッッッッ!」
「っ!」
悲痛の声。そして苦しそうな歪んだ顔。そんなズーの本心を聞いて、見た瞬間……、体が固まってしまうコノハ。見たことがない悲しいそれを浮かべていたズーを見て、コノハはどうにかしてズーを助けなければと思ってしまった。だから……、固まってしまった。
しかし――
「――コノハッッ!」
「!」
突然の圧迫とぬくもりを感じ、そして遠くで何かが突き刺さるような音を聞いた瞬間、コノハはDrの――ズーの目に前にいなかった。
いた場所は、その場所から少し離れた場所で――カグヤが近くにいた。
「あ……、カグちゃ」
「うん。わかっている。混乱しているのは僕も、航一も同じだから――大丈夫だから」
「う……、うん……。でも……」
コノハは目の前にいるズーを見る。そしてカグヤも見て、鎌を持ちながらゆらゆらと体を揺らし、痛みで顔を歪ませているのか、頭を抱えて唸っているズーを見て……、カグヤとコノハ、そして航一は悲痛に顔を歪ませる。
どうなっているのかと言う混乱と、ズーの表情を見て苦しそうだと思う悲痛が混じる。それくらい三人は今の状況に思考が追い付かなかった。
そんな光景を見てか、Drは――
「ひぃっやっははははははははははははっっ! ひぃっやっははははははははははははっっ!」
と、独特の哄笑を上げ、お腹を抱えながらDrはカグヤ達に向かって言った。
げらげらと、ぎゃははははと、嘲笑いながら――Drは言ったのだ。
「残念じゃったのぉ! そ奴はもう儂の操り人形! 生きた儂の人形じゃ! 儂が持っている特殊詠唱『永遠道化人形』の手にかかれば、『12鬼士』はおろか、すべての者たちを操ることができるのじゃっ! どこかにいる司令塔を壊さん限りは、儂の僕じゃ」
「……っっ! この卑怯者!」
「卑怯者? それを使う場面が違うような気がするがのぉ? 儂は正当な場面で使ったんじゃ。戦いは常に卑怯な手を使うものが戦いを制するんじゃ。正統でまかり通れるようなものではない」
コノハの悲痛の叫びを聞きながら、Drは大袈裟に耳元に手を当てて、小馬鹿にするような動作をしながら言う。
その行動をしながら、Drは続けて――ズーに向かってこう言った。
「――儂を虚仮にし、儂の意思を蹴った罰じゃ。鎌の小僧。殺せ」
「あ、ぐぅ……っ! あああああ……っ! うああああああああああああああああああっっっ!」
Drの声を金切りにズーは抗うことを一瞬したが、命令を重視するようにズーは悲痛の叫びを上げながらカグヤ達にその鎌を向ける。
◆ ◆
これが――カグヤ達のチーム崩壊のきっかけでもあり、劣勢になったきっかけ。
その後を語ると、状況は劣勢だった。
攻撃重視のズーがいなくなり、防御担当のコノハと錯乱担当のカグヤは逃げることしかできなかった。むしろ――逃げる一択しかしなかった。攻撃なんてできない。仲間だからそんなことをしたくない。
それはズーも同じで……、悲痛な叫びを上げながらズーは鎌を振るって、振るって――Drの言いなりになりながら攻撃を繰り返す。
そんな攻撃が――一時間以上続いた。そんな気がカグヤにはしていた。
コノハも、航一も、そんな感覚を覚えながらズーのことを傷つけず、Drや颯に攻撃することができずにいた。ズーが守るから攻撃が届かない。
ゆえに彼らは……劣勢を強いられていた。
仲間同士のそれを見てげらげら笑い、その感情を見て楽しむDr。
加勢したくてもできない状況に陥っている航一と、それを阻止する颯。
状況は混沌。混沌が混沌を呼び……、カグヤは思った。
なぜ――こうなってしまったのか。なぜ……こうなったのか……。いつその詠唱を放ったのか。それですらわからないまま……、カグヤ達は操られてしまっているズーの鎌が振り下ろされるその光景を見る。
見て……、カグヤはぐっと目を瞑る。
自分のログアウト (死)を覚悟しながら……。
そして、会いたい人達との再会ができなかったことを後悔しながら……。




