PLAY70 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅸ(知りたくない事実)①
「ううううおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああっっっ!」
互いの名乗りを終えたヘルナイトさんとボルケニオン。
最初に動いたのは――ボルケニオンだった。
ボルケニオンは肩幅くらいまで開けていたその足の指に力を入れて、どんっと地面を抉る様な小さく低い跳躍を繰り出して、ヘルナイトさんに近付いて行く。
急速に近付いて、そのまま腰の捻りを使った右手の裏拳を放とうとしているのだ。
その光景を見て、私ははっと息を呑んで手をかざそうとした……。でも……。
「ハンナ――大丈夫だ」
「!」
ヘルナイトさんは言った。
私を見ずに、背中越しにヘルナイトさんは言った。
振り向かずに彼は凛とした音色でこう言ったのだ。
「私一人で大丈夫だ」
その言葉を聞いて、凛とした音色のその声を聞いた私は……、かざそうとしたその手を伸ばすことを中途半端なところで止めてしまう。
そして空で握り拳を弱々しく作り、その握った状態のまま、私はその手を胸にもっていき、その握り拳を包み込むように反対の手でぎゅっと握りしめる。
その手のかざしを阻止する……、ううん。これは――頷きの行動バージョン。
頷くことをしないで、私はその行動だけで肯定を現したのだ。
ヘルナイトさんが見ていないところで私はそれを見せる。
その行動を見ていないのに、ヘルナイトさんはその光景を見ていたかのように前を見据えた。
くっと鎧の顎を引いて、接近して間合いに入ったボルケニオンのことを見据え、ぐるんっと振り回した右手の裏拳を見て、ヘルナイトさんは右手を流れるような動作でかざし――そのまま……。
――がしりっ! と、ボルケニオンの右手の裏拳を掴んでその攻撃を防いだのだ。
「――っ!?」
ボルケニオンは驚きの目を仮面越しで見せ、その状態でボルケニオンは宙に浮いているかのような状態で掴まってしまった。
ヘルナイトさんは何も言わない。無言のまま剣も何も抜かないで、鎧の黒いグローブで覆われた手だけで防ぎ、その腕力と腕の力を使ってボルケニオンの動きを封じている。
はたから見ればすごい光景。
右手だけで大の大人を持ち上げているのだ。こんなの超人特集番組でしか見ない光景だ。というかこんなこと、普通の大人ではできないことだと私は思った。
あんぐりと、口を開けてその光景を見ることしかできなかった。
「――っ! ぐぅ! っはぁっっ!」
ボルケニオンは最初こそ、足をばたつかせてヘルナイトさんの手を引きはがそうとしていたけど、ヘルナイトさんの腕力が強かったのか、片手で引きはがそうとしてもびくともしない。
それを見て、込み上げてくる赤い粘着性を帯びたもしゃもしゃが膨張すると同時に、ボルケニオンは右足をぐっと上げて丸まるように足を折ると――そのまま足の裏をヘルナイトさんに向けると同時に足を伸ばすボルケニオン。
ぼっ! という空気を切る音と同時に、ボルケニオンはヘルナイトさんの胴体に向けて……、攻撃を向けた。
その足を、キョウヤさんが持っている槍と同じように……、つま先を伸ばして、その足を槍に見せるように――ボルケニオンは足の貫手……。ううん。貫足を放ったのだ。
貫手ならぬ貫足。
多分そんな言葉はないと思うけど、それでもボルケニオンはその足の攻撃をヘルナイトさんの胴体に向けて、そのまま突き刺すのではないかと言うような威力を出しながらボルケニオンはその足の攻撃をヘルナイトさんに向ける。
向けて、貫通するような勢いを加速させながら、歌舞伎でよく聞くような奇声を上げながらボルケニオンは攻撃を繰り出す。
ヘルナイトさんを殺す勢いで――!
「――っ!」
「きゅぅっ!」
私はそれを見て、最悪の想定を頭の奥でイメージしてしまい、そのままぎゅっと目を瞑ってしまう。
そしてナヴィちゃんの怯えた声が響いたと思い、ナヴィちゃんも目を隠したのだろうと頭の片隅で思いながら私はヘルナイトさんの無事を祈った。
祈って、祈って……祈って……っ。ヘルナイトさんの無事を、心の底から祈った。
でも……。
「――浅はかだ」
ヘルナイトさんの凛とした声が耳に残るように響いたと同時に、何か強いものを受け止めるような音が周りに響き、耳の鼓膜を揺らした。
「? ?? ? !」
その音を聞いて、私は頭に疑問符を浮かべながら、きつく閉じてその先の光景を見ることを拒んでいたその目を、そっと開ける。
開けて、何が起きたのだろうと思いながら辺りを見回し、そしてヘルナイトさんがいるであろうその背中を見ようと視線を移した瞬間……。
私は、何度も体験しているのに、未だに慣れていない驚きを感じて、顔で表現した。
もう結構前から一緒にいるのに、何度体験しても慣れないような新鮮なそれ。ううん。多分一緒にいても慣れないと思う。慣れること自体ができないような驚きの連続を体験している私でも、今でも驚きの目でヘルナイトさんのことを見ているのだ。
頭でわかっていても、目で見たら驚いてしまう。
それは私はおろか、ナヴィちゃんでも驚くことで、一番驚いているのは――ボルケニオン。
ボルケニオンは仮面越しで青ざめているであろう。そんなもしゃもしゃを放ちながらヘルナイトさんのことを見て、腹部のところを見降ろしながら、声を震わせていた。
私はそんな光景を、ヘルナイトさんの背中越しでしか見ていないけど、それでもなんとなくだけどわかった。察した。ボルケニオンが驚く理由が何なのか。
それはきっと――ボルケニオンが繰り出そうとしていた貫足を、ヘルナイトさんはいとも簡単に手で止めてしまったからであろう。それのせいでボルケニオンは驚いて、仮面越しで顔をこわばらせながら固まっているんだ。
「……うっ! くぅ! ぬぅおおおおっっ!」
ボルケニオンは手と足が捕まってしまった状態を何とか脱しようと、体を捻らせながらヘルナイトさんの手から逃れようとしたけど、ヘルナイトさんは凄い力で掴んでいるのか、びくともしない。
その状態で、ヘルナイトさんは慌てているボルケニオンに向かって――凛としているけど、胸の辺りから零れだしている赤いもしゃもしゃをさらさらと流れる水のように零しながら、彼はこう言った。
「前にも同じことをして、同じように止められたことを……、忘れているのか? ボルケニオン」
「っ!」
ヘルナイトさんの赤いもしゃもしゃを感じたのか、ボルケニオンは仮面越しでその表情を更に強張らせる。ボルケニオンから滝のように流れ零れだす青いもしゃもしゃが、私にそのことを伝えてくれたから。
そんなボルケニオンの顔を見て、ヘルナイトさんは続けてこう言葉を繋げる。
「……忘れているのならばいい。言葉を発せられないくらい苦しんでいるのならばそれでいい。だが……、最初に謝らせてくれ」
と言って、ヘルナイトさんは掴んでいたのであろう――両手を素早い動きでパッとボルケニオンの足と手を離す。離すと同時にその素早さで、速度でヘルナイトさんはボルケニオンを――
――ぐるんっっっ!
と――その場で一回転して転ばせる。
よくある足を引っかけて転ばせるようなそれではない。私も初めて見る――ううん。きっと色んな人が見たら驚いて目を飛び出しそうになってしまうような時計回りの回転でボルケニオンを回し、そのまま地面に突っ伏させたのだ。
驚いて見ててしまう私をしり目に、ヘルナイトさんは回転させたかのような手の動作で止まっている。
そんなヘルナイトさんとは対照的に、ボルケニオンは背中から『ドスンッ』と転ばされ、唸るような声を上げてボルケニオンはすぐに立ち上がる。
すごく痛そうな音が出たけど、それでもボルケニオンは立ち上がり――
「ぐぅ! お、お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」
叫びながら、ううん。咆哮を上げながらヘルナイトさんに向かって突進していき、そして、右手の掌を腰のあたりまで引き、そのまま勢いをつけながらボルケニオンは掌底の突きを繰り出す。
その掌から燃える炎を発しながら――
「――『豪火発脛』ッッ!」
その言葉と同時に、ボルケニオンは炎の掌底をヘルナイトさんに向けて繰り出してきた。
あの時――ナヴィちゃんのことを傷つけたあの攻撃よりは弱い炎だったけど、それでもめらめらと燃えるその炎は、背後にいる私からでも伝わるような熱気を放っている。
その状態で、ボルケニオンは攻撃を繰り出そうとしていたのだ。ぼっと――空気を膨張させて、爆発させるような音を放ちながら。
私はそれを見たけど、ヘルナイトさんに言われたことを思い出し、ヘルナイトさんのことを見て、喉からでかかったその言葉を『ごくんっ』と飲み込む。
飲み込んで、その言葉が出ないようにした。
何回も言うとしつこいと思われたくないことも少しはあった。けど……、私はヘルナイトさんの背中を見て、微かに見えたその横顔を見て、心配して叫ぼうとしたその言葉を言うことを無意識に拒絶したのだ。
なぜ? それはもう明白。
ヘルナイトさんはその攻撃を見ても、臆することはおろか、むしろ逆のもしゃもしゃを放ちながらその攻撃を見て――ヘルナイトさんは……。
「――っふ!」
息を吐いくと同時に、迫り来る掌底を右手の甲で持ち上げるように上に向ける。ぐんっと――その攻撃を防ぐのと、相手の不意を突くような、なにもしてないただの鎧を纏った右手の甲の払いを使って……。
驚いてその光景を見ているボルケニオンを見ながら、ヘルナイトさんは反対の手を腰のところまで引き、そしてすぐにそれを放つ。ボルケニオンがするような掌の打ち付けを――何も纏っていない掌底を……、ボルケニオンの胴体に向けて!
――ズドォンッ!
「がぁっっ!?」
胸の辺りでその掌底を受けてしまったボルケニオンは、かふりと仮面越しに血を吐いたかのような声を上げて、そのままヘルナイトさんが放った掌底を押さえることができず、後ろに向かって吹き飛ばされてしまう。
どんっ! どんっ! どんっ! と――低空に飛ばされながら地面に当たり、そのままぐるんぐるんぐるんっと回ってボルケニオンは壁に激突してしまう。背中から。
それを見て、そしてその掌底を放った状態をゆっくりと解き、ヘルナイトさんは仁王立ちになりながら凛とした声でこう言う。
その声に隠された静かな怒りを隠そうとしているけど、隠しきれてないような音色で、もしゃもしゃで、ヘルナイトさんはこう言った。
「……操られ、そして何の関係もない者たちを傷つけ、あろうことか帝国の言いなりになる……。恥ずかしくないのか? お前の気位はその程度なのか? お前の力はその程度なのか? その程度の暗示で惑わされてしまうのか? お前の……」
ヘルナイトさんは握り拳を『ぎゅり……っ』と作り、ぶるぶるとその手を震わせながら、ヘルナイトさんは静かな怒りを少し……、ほんの少し露にしながら――
「――お前の覚悟は、お前の心の強さはその程度なのか? 『12鬼士』の名が廃るぞ――『紅き猛獣』っっっ!」
初めて聞くような怒る声で、ヘルナイトさんは言った。
「う、ぐ、ごおおおおお、ああああががががががががががっっっ!」
それを聞いて、ボルケニオンはよろけながら立ち上がり、そしてヘルナイトさんの声を聞いて頭を抱えて呻きながら痛みに耐えて悶え苦しんでいる。でもその苦しみの声もどんどん奇声に近いそれになりかけているけど……。ヘルナイトさんはただそれだけを言っただけで、あとは何も言わなかった。
ぐっと握り拳を握りしめたまま何もしないで、それ以上の言葉をかけずに、ヘルナイトさんは黙ってボルケニオンのことをじっと見つめていた。
頭を抱えて唸り、痛みで感覚がおかしくなりそうな顔をしてもだえ苦しんでいるボルケニオンのことを、じっと見つめながら……。
私はその光景を見て、ヘルナイトさんから零れだすマーブル色のもしゃもしゃを感じ、ヘルナイトさんの行動に違和感を覚えながら彼の背中をじっと見つめる。見つめながら私は立ち上がって、よろけながらもボルケニオンのことを見て声を出そうとした。
苦しんでいるボルケニオンの気が紛れるように、名を呼ぼうとした瞬間……。
「――あぐぎゃがあああああああああああああああああああっっっっっ!!」
ボルケニオンは一際大きな奇声を上げて、頭を抱えて体を反り返りながら――叫んだ。叫んで叫んで叫んで、声が嗄れるのではないのかと言うような絶叫を上げて、ボルケニオンは苦しみの限界を声で表した。
それを聞くと同時に、私は『びくりっ!』と肩をこわばらせ、ナヴィちゃんが驚いた顔をして空中跳びをして「きゅきゃっ!」と驚きの声を上げていると――前にいたヘルナイトさんは、私達のことを守るために己の手を遮る壁に見立てて伸ばし、前に立ちながらボルケニオンのことを見る。
何をするなんてことはしない。何もしないで、ヘルナイトさんは私達のことを守って、ボルケニオンの行動を見守っていた。
その光景を見て、私は色々と混乱しながらヘルナイトさんの横顔をちらりと見ようとした。
私達よりも、ボルケニオンの方が苦しそうなのに、なぜ手を伸ばさないのか……。
そう思いながら私はヘルナイトさんにそのことについて聞こうとした瞬間、ボルケニオンの奇声――ううん。苦しみの叫びが再度響き渡り、激突した壁に手をつけると同時にボルケニオンは……。
「あ、あ、あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああっっっっっ!」
大きな大きな絶叫を上げながら、壁にその仮面で覆われた額を叩きつけたのだ。
がんっ! ごんっ! ばきっ! がつんっ! どかっ! と――頭から零れるそれが壁に、そしてボルケニオンの足元にぽたぽたと滴り落ちていく。
ボルケニオンの血が、見たことがない黒い血を零しながら、ボルケニオンは自分に対して痛みを与えていく。
自傷行為のように、自戒のように――自分のことを傷つけていく……。
「――っ! あ」
私はその光景を見て、思わず口元に手を添えてしまった。今まで絡めていたその手をほどき、ボルケニオンのその光景を見た瞬間、私は全身の血の温度が急激に下がるような感覚を覚えたのだ。
そんな事情するような行為をまるで拒絶するような、拒みたいような感情。
それを感じながら私は声を零す。やめてほしいと願いながら、私はその事情に似たその光景をやめさせようと声を上げようとした瞬間……。
「止めるな」
ヘルナイトさんは凛としているけど、その中に含まれる静かな怒りをわずかに乗せながら、本当に静かに言ってきた。
それを聞いた私は、驚いた顔をしてヘルナイトさんの横顔を見る。ナヴィちゃんはその言葉を聞いて驚きはしたけど、「きゃきゃきゃきゃきゃっっっ! きーっ! きゅきゃぁっ!」と、怒りの鳴き声を上げながら跳びはねていた。
言葉は分からないけど、たぶん抗議しているのだろう。そう私は思う……。うん。
そんな私達の困惑や怒りを汲み取ったのか、ヘルナイトさんは手をかざして、私達とボルケニオンの間に壁を作りながら、ヘルナイトさんはこう言ってきたのだ。
「止めてはいけない。これはこのような失態を生んでしまったボルケニオンの問題。私達の手で解決してはいけないことなんだ。だから私達が手を伸ばしてはいけないんだ」
「ボルケニオンの……、問題?」
「きゅ?」
ヘルナイトさんの言葉に、私とナヴィちゃんは首を傾げながらヘルナイトさんの言葉の一部を反復しながら言うと、それを聞いていたヘルナイトさんは頷きながら続けてこう言う。
未だに壁に己の頭を打ち付けているボルケニオンのことを見ながら――ヘルナイトさんは言った。
「あのような事態を引き起こしたのは帝国の姑息な手によってのものかもしれない。しかしその姑息な手にかかってしまったボルケニオンにも非がある。操られているからと言って、それを取り除くことは簡単だ。だが……、それを己の手で引き抜かないといけないんだ。このような事態を招いてしまったけじめをつけるために」
その言葉を聞いて、私は今までに引っかかっていた疑念が、違和感がパズルのピースのように合わさっていき、悶々としていたそれが晴れていき――答えが見えてきたのだ。
ヘルナイトさんが手を伸ばさないで、ボルケニオンのことをじっと見つめていた理由。
それは自分の手でけじめをつけさせるために、敢えて手を出さないで、ボルケニオンだけの力でその洗脳を壊せという厳しさ。そして優しさでもあったのだ。私の行動を遮ったのもそのため。
全部――ボルケニオンのことを考えての行動だったんだ……。
団長として、『12鬼士』の一人として――そして……、一人の魔王族として、ヘルナイトさんはボルケニオンに悟らせたんだ。
自分でしてしまった失態を、自分で拭え。
そう言い聞かせながら、ヘルナイトさんはあえて手を出さないで見守っていたんだ……。
それを聞いた私はこの場で微笑むこともできずに、心の中で私は微笑みながらヘルナイトさんの横顔を見て思った。
――やっぱり……ヘルナイトさんは優しい。そして信じているんだ。優しくて他人のことを第一に思いつつも、厳しく接する……。ボルケニオンの強さを信じているからこそ、ボルケニオンのことを助けることをしなかったんだ。
厳しさの中に優しさがある様なことを言う。それが正しいような――騎士団の団長にふさわしい強い人だと。私は思った。
そう思っていると……。ボルケニオンは壁に頭を打ち付けることをやめて、頭からだらだらと黒い血を流しながらボルケニオンはぜーっ! ぜーっ! と、荒い息を吐いては吸ってを繰り返す光景が目に映った。
ばたばたと地面を黒く濡らすそれを見て、痛々しいそれを見た私。すぐに手をかざそうと動かそうとしたけど、ヘルナイトさんがしたことに水を差したくない。そしてボルケニオンのことを信じようと、私も見守ることを選択し、ぐっと握り拳を作りながらボルケニオンを見ていると……。
「ぐ、ぐうううううっ! うううううおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!」
ボルケニオンは叫びながら、顔から滴り落ちる己の血を無視して、出血多量になりかけているかもしれないその痛みを無視して、ボルケニオンは右手を空に向けて――帝国の半球体の天井に向けて伸ばした。
勢い良く伸ばして、ぶるぶると、びくびくと五指を震わせて、痙攣しているように動かすと――ボルケニオンはその手を自分の首の後ろ……、つまりはうなじに向けた。
向けて、ボルケニオンはそのうなじのところで手を止めると同時に、その手を震わせながら雄叫びを上げる。
叫んで力を増幅させるように、ボルケニオンは叫んで前屈みになっていく。体を丸めるように、体中を力ませながら、ボルケニオンは項に伸ばした手に力を入れていく。
何を引き剝がそうとしているのかわからない。けれど、ボルケニオンはそれを引き剝がそうとそれを鷲掴みにしていたのだ。鷲掴みにした後で――ボルケニオンは持っている力を、抗える力を使って引きはがそうとしていた。
掴んでいるところから何か変な音が聞こえる。それを聞いた私は、何の音だろうと思って見ていたけど……、その瞬間、ボルケニオンは体中を力ませながら――
「うううおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!」
項に引っ付いていたそれを、力一杯引き剥がしたのだ。
――びきびきびきっ! べきんっ! ばちんっ!
と……、機械室の音と電流の音が、うなじに伸ばしていたボルケニオンの手の中から聞こえてきた。それを聞いて、私とヘルナイトさんは音がするそれの正体を見て、目を見開いてしまう。
その手の中にいたのは――掌に収まるような小ささの……、カブトムシのような金色の機械の虫だった。
身動きがとれない虫のように――かさかさと機械の節足の足を動かしながら蠢いているカブトムシ。オスのように角が生えていないそれではない。メスのカブトムシのような姿をしているけど、お腹のところには何かを突き刺すような針が伸びていて、その針には黒い血がべったりと付いていた。
それを見て、私は確信した。
あれが――ボルケニオンを苦しめていた元凶だと。あの機械質のカブトムシを使って誰かが操っていたんだと、私は確信した。
それはヘルナイトさんもすぐに気づき、ボルケニオンは最初から気づいていたから、はがそうと思えばはがせたかもしれない。でもできなかったんだ。だってその機械質のカブトムシのせいで操られ、思うように体が動かせなかったのだから、できないことは当たり前なのかもしれない。
そう思っていると……、機械質のカブトムシを手に持っていたボルケニオンは、手に収まっているそれをガシッと掴んで――それを地面に向けて……勢いをつけながら――
めしゃりっっ! と、拳を地面に打ち付けるように、叩きつけた。
「きゅきぇ~……」
私達は、その光景を見ながら唖然としてしまった。ナヴィちゃんも口をあんぐりと開けて茫然としながら声を漏らしている。
でも、驚いているのは私とナヴィちゃんだけで、ヘルナイトさんはその光景を見て驚くどころか――むしろ微笑むような息を吐きながら、ヘルナイトさんは目の前でその戒めを終えたボルケニオンに向かってこう言った。
凛とした音色で、ヘルナイトさんはこう言った。
「己へのけじめは終わったようだな。ボルケニオン」
さっきまでの怒りとは打って変わっての穏やかな声。
その声を聞いてか、ボルケニオンは叩きつけた拳をゆっくりと引き上げ、それを自分の目の前にもっていくと同時に、ぐっと握りしめながらボルケニオンは……。
「……あいや忝い。まさか帝国の兵器によって操られるとは思ってもみななんだ。許してくれとは言わん。これは某の弱さが招いたこと。そんな某に対しての激励――感謝いたすぞ。団長殿」
今までの奇声や叫びとは違う。
はっきりとした音色で言ってきたボルケニオンは、頭から黒い血を流しながらも握り拳を作っていた手を開いて前に突きつけ、反対の手も同じように開いて後ろに持っていき、両足も両手と同じ方向に向けるように構えてからボルケニオンは私達のことを見ながら高らかに……、独特な言い方をしながらこう言ってきた。
まるで歌舞伎役者が構えるようなポーズをとり、グリンッと首を回しながらボルケニオンは言った。ううん……、改めて名乗りを上げた。
「そして久や久や! 『12鬼士』最強にしてこの地の最強の魔王の騎士ヘルナイト団長っ! 重ねてそしてすまなんだ天族の少女と毛の魔物よ! 改めて名乗りを上げようっ! 某は『12鬼士』が一人にして『紅き闘獣』として恐れられている紅蓮魔王族――ボルケニオンなりぃっ!」
背後に『べべんっ!』と言う効果音が出そうな紹介をするボルケニオン。
まるで歌舞伎のようなうねりがあるような音色。でもあの時とは違う。覇気がある音色で、これがボルケニオン本来の音色と個性、そして人柄なのだと思いながら私はボルケニオンのことを見てくすりと――控えめに微笑む。
元気でよかった。そして元に戻ってよかったと思いながら、私はボルケニオンのことを見た。
ヘルナイトさんもその光景を見てふっと微笑むような声を上げ、「――大丈夫そうだな」と呆れるような、でもその中に含まれる安堵のそれを吐き出しながら言った。
気付かない間に――帝国に大きな大打撃を与えたことに気付かずに……。
◆ ◆
ハンナVSボルケニオン――ハンナの不戦勝 (先に戦闘を終えたヘルナイトが加勢に加わり、ボルケニオンの洗脳が解けたことにより)。




