PLAY69 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅷ(抗う)⑥
「へぇ、へぇ……、あららぁ? あらあらららら? まぁまぁまぁ?」
セシリティウムは狂喜の笑みを浮かべ、口元に手を添えながらくすくすと微笑み、無言で己のことを睨みつけて腕を組んでいるクルーザァーのことを見つめながら言葉を零した。
言葉になっていないような相槌まがいな言葉ではあるが、それでもセシリティウムの表情と行動を見てクルーザァーは内心察した。
彼女は自分達のことを見下していると――余裕で勝てると見込んでいると、そうクルーザァーは推測した。そして同時に思った。
――これならば、好都合だ。と……。
そんなクルーザァーの心境を知る由もなく、セシリティウムはくすくすと微笑むような嘲笑いをしながらクルーザァーに向かってこう言った。
「あなた一人なのね。一緒にいた悪魔の男の子はどうしたの?」
「ああ、あいつか……」
クルーザァーは思い出したかのように明後日の方向を向きながら、彼は一緒にいたティズに関してこう述べたのだ。淡々とした音色で彼は言った。
「あいつなら――お前のことを恐れて逃げたぞ」
「は? ワタクシのことを恐れて? 逃げたの?」
クルーザァーの言葉が衝撃だったのか、セシリティウムは微笑んでいた笑みを氷のように固くし、引き攣った笑みを浮かべながら首を傾げて問い詰める。
その言葉を聞いてか、クルーザァーは嘘偽りなどないかのような面持ちで、即答の如く頷く。
事実――セシリティウムに対してティズは恐怖を覚えていたことに関しては事実である。
その真実を告げたクルーザァーは、唖然としてクラウチングスタートの態勢で留まっているセシリティウムのことを見降ろしながら溜息交じりにこう言った。
腕を組みつつ、相手に静かな威圧を向けるようにして彼はこう言った。
「お前のことが恐ろしいといって、尻尾を振ってとことこと逃げたよ。猫のようにとことことな。まぁ俺と一緒にいた奴は子供だ。大人と違って情緒や精神面では不安定なところが多い。熟練者でもないから大目に見てやってほしい」
「………………」
「俺はそんな奴のことを見て、合理的に考えた結果……、俺一人で相手をしようと思ったんだ。その方が効率がいい。何よりあのまま一緒にいてもらっても困るんだ。足手まといだしな」
半分本当のことを、そして半分嘘の言葉を混ぜながら、クルーザァーはセシリティウムに向かって言うと、それを聞いていたセシリティウムは、先ほどの顔のまま固まって、茫然としながら……、クルーザァーのことをじっと見つめている。
まるで静止画のような顔だ。
その顔を見て、クルーザァーは内心ティズに対して謝りながら彼は顎を引いて――続けてこう思った。
――すまないな。こうするしか、相手を揺さぶることができない。だがここまでは順調だ。疑ってしまいそうなくらい順調だ。あとはもう一押しの揺さぶりをかけて……、相手を激情させる。
――激情した時点で、この戦いの勝利は俺達に向いてくれるだろう……っ! だから、今はじっと息を潜めていろ……っ! ティズ!
表面では淡々とした面持ちではあるが、内情は優しさが詰め込まれた思いを胸にして、クルーザァーはティズのことを心配しながら平静を装い、固まってしまっているセシリティウムに向けて、言葉を投げかけた。
相手がきっと激情するであろう言葉をかけて、自分達のペースに引き込めようと、クルーザァーは言葉を選びつつ、バトラヴィア帝国のことを頭に置くと、演技臭いと内心思いつつも、肩を大袈裟に竦めながら彼は言った。
「まぁ――お前達帝国の人間は、神様でもある王に献上する反逆者の首が必要なんだろうが、生憎……、俺はまだまだ生きたいんだ。やりたいこともある。やり残したことを残して死にたくないんだ。彼女もいない人生なんて、虚しいしな。ゆえに俺はお前のことを倒そうと抗おうと思う。俺は異国のサモナー。つまりは召喚士。技術で劣っているのならば魔物の数で補って勝とう。なりふりなんて構っていられないんだ」
「………なりふり」
「そうだ。こっちも格好ばかりに気を使って勝つという余裕がないんだ。何が何でも勝ち、そして帝国の中心部に向かわないといけないんだ。あそこに――帝王とDrがいる。そして浄化をしなければいけない『八神』がいる」
「帝王……、帝宮……、に、向かうの……?」
「? そうだが」
クルーザァーはふと、違和感を覚えた。
茫然として、固まったまま目を見開いているセシリティウムに対して、クルザァーは違和感を覚えたのだ。
最初こそ感じ取れなかったが、とある言葉を口にした瞬間、彼女の目が僅かに、ぴくりと動いたのだ。見開かれた瞳孔が、一瞬、ほんの一瞬だけ……。瞬きをしたかのように見えたのだ。
一瞬の動きと共に、セシリティウムは見開かれた瞳孔を『ぎょろり』と光らせて動かしながら、その目をクルーザァーに向けて、彼女は冷たい音色でこう問いかけてきた。
「……向かうということは……、まさか……。何かをするの?」
「? ああ」
その言葉を聞いたクルーザァーは、セシリティウムから湧き上がる理解しがたいそれを感じたが、彼はそれに対してあえて気付かないふりをしながら、頷きつつ内心さっきも言っただろうと思いながらも、彼はセシリティウムに向かってこう言う。
淡々と、当たり前の様に――肩を竦めながら彼は言った。
「当り前だ。俺達はそのためにここに来たんだ。用事がなかったらこんな胸糞悪い帝国にいなんて足を踏み」
入れるわけがないだろう。
そうクルーザァーは言葉を発しようとした。しかし彼の言葉が最後までつながることはなかった。むしろ途切れてしまったのだ。
意図的に――人為的に……、途切れてしまったのだ。
その原因は――
「――っっ!?」
クルーザァーははっと息を呑んで、目の前に急速に迫ってきたそれを見て、驚愕のそれを浮かべると同時に一瞬の隙を作ってしまった。後ろに全体重をかけながら、彼は迫り来る人物の攻撃を避けようとする。
迫り来る人物――それは十中八九……セシリティウムである。
今までクラウチングスタートの態勢で構えていたセシリティウムだったが、クルーザァーの言葉を聞いたと同時に、最後までその話を聞かずに、彼女は瞳孔が開いた状態で力強く地面を蹴り、しっかりと舗装された地面を抉るように、彼女は急加速で駆け出したのだ。
否――駆け出したのではない。低い低空飛行のように、彼女は一回の駆け出しだけで、一回地面を蹴っただけで、一瞬のうちにクルーザァーの間合いに入ったのだ。
鬼と言う言葉では甘い、まるで山姥のようなおぞましいぎょろりとした目で、彼女はクルーザァーの懐に向かって駆け出し、驚いている彼の顔を目に焼き付けてた瞬間……。
「いぎゅがあああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」
「――っ!? うぉっっ!」
その声を聞いたクルーザァーは驚きの顔を表した。
しかしそれは無理もない話だ。セシリティウムは奇声に近いような甲高い声で、叫びながらクルーザァーに攻撃を仕掛けたのだから!
己の腰のひねりを使って、ぐるんっと回りながら――反時計回りの右足の大ぶりの蹴りをクルーザァーに向けるセシリティウム。
その光景を見ていたクルーザァーはどんどん後ろに向かって倒れていたが、彼女が繰り出す蹴るを見て、一瞬悟ってしまう。
これは――頭に当たって、即死だと……。
クルーザァーはそれを悟りつつ、このまま死ぬわけにはいかないと思いながら、彼は繰り出された蹴りを避けようと必死になって、後ろに向かって倒れ込む。
さながら、ブリッジをしようとする人のように、体を逸らしながら――クルーザァーはセシリティウムの蹴りを避けようとした。
狂気にのまれてしまった表情を浮かべて、鬼気迫りその顔を目に焼き付けながら……。
「うぐうううううううううううっっ!」
唸るクルーザァーは、必死になって体を逸らし、地面に手をつけてブリッジをして、その体制のまま頭上を……、地面を見降ろすように見上げた瞬間――
――ぶぉんっっっ! と、彼の腹部の前を通り過ぎる何かを、服越しの肌で感じ取った。地面を見上げているせいで見ることは叶わなかったが、それでもクルーザァーは感じ取れた。
自分の腹部の上に、セシリティウムの蹴りが掠って通り過ぎたことを――避けたと同時に、その蹴りが炸裂したのだと、クルーザァーは察してしまったのだ。
「……………………っ!」
鎌が通り過ぎたかのような寒気。あのまま避けなければ……、どうなっていたのか。それを思うだけで身の毛がよだつ。それを感じたクルーザァーは、すぐに気持ちを固めてブリッジした状態で腹筋の力を使って足を持ち上げる。
手をついたと同時に、そのまま後ろに向かってバク転宙返りをしながら避けようとしたクルーザァー。
しかし……。
――どごっっ!
「――っ!? かは……っ!」
クルーザァーは衝撃に負けて、敵に背中を見せたまま、体が反転した状態で吹き飛ばされてしまった。
否――回転しようと背中を一瞬見せたと同時に、背中に来た強くてかたい衝撃に負けてしまい、クルーザァーは威力の流れに乗るように吹き飛ばされてしまったのだ。
それを受けて、クルーザァーは地面を滑るように吹き飛ばされてしまう。
がりがりと、治ったばかりの体に傷を残すように、彼はダメージを、傷跡を残していく。
蹴りを入れたセシリティウムからかなりの距離が開いたところで、その滑った衝撃も勢いをなくして、クルーザァーの滑りも失速していく。
そしてあるところで止まったところで、クルーザァーは唸るような声を上げて、ぶるぶると体を震わせながら起き上がろうとした。
内心――驚愕のそれを隠しながら、彼は激痛に苛まれている体に鞭を入れながら……、すぐに立ち上がろうとする。焦りながら、彼は立ち上がろうとする。
――なんだ……っ!? あの衝撃は……っ! なんだ……っ!? この変化は……っ!
困惑が彼の心を、神力を蝕みながら黒く染め上げていく。
その黒いそれに襲われながらも、クルーザァーは荒い分析をしだした。
焦ってはいけない。焦ってしまえば負けだと――自分に言い聞かせながら、彼は分析をする。
――予想外だった……っ! 相手の激情を燻る予定が、逆上させてしまったのか……っ!
――合理的だと思っていた言葉だと思っていた。だがあの女はどういうわけか、何かを勘違いして頭に血が上っている……っ! こんなこと初めての体験だ。
そう思いながら、クルーザァーは立ち上がりながら手をかざして――自分が持っているスキルを自分の近くで発動させ、二つの魔法陣を地面に出現させる。
サモナーにしか使えない召喚スキル……『二重召喚』スキルを使って――クルーザァーは己が持っている真野のを召喚した。
「術式召喚魔法――『二重召喚・ゴーレム! コボルトウォリアー』!」
クルーザァーの叫びと同時に二つの魔法陣から出現した二体の魔物。
一体目は駐屯医療所でも登場した、がたいこそ堅そうではあるが、ところどころに出ている緑色の苔を生やしている岩のモンスター――ゴーレム。
そしてもう一体は、これも従来のゲームで登場するような、犬と狼のハーフのような面持ちをしている二足歩行の犬の魔物だった。
黒い毛でおおわれ、その毛の隙間からちらちらと見える鋭い犬歯と眼光。腰に巻いている短い羽毛の腰巻に腕に巻かれたボロボロの包帯が、いくつもの戦場を乗り越えた雰囲気を醸し出す。二足歩行の犬の魔物は背に背負っていた武骨で大きな大剣を、片手で抜刀し、それを引き抜くと同時に、両手でしっかりと持つと、犬の魔物――コボルトウォリアーは、セシリティウムに向かって「ぐるるるるるるっっ!」と、アクアロイアの亜人の郷の最長老と同じ唸り声を上げて威嚇した。
その光景を見て、クルーザァーは鈍痛が響き渡る背中を押さえながら立ち上がり、そのままセシリティウムから距離をとるように駆け出す。
要は――逃げるように足を動かしたのだ。
「――っ! 後は頼む! できるだけダメージを受けないように食い止めてくれ!」
クルーザァーの少しだけ痛みを醸し出すような音色を聞いて、ゴーレムとコボルトウォリアーはこくりと頷きながら、その魔物特有の鳴き声を上げてセシリティウムと相対する。
武器と硬い手を持ち、二体は主の命令に従い、セシリティウムを食い止めようとした。
が。
「――じゃまするんじゃねええええええええええええええええええっっっっ!」
もう女性としての気品を捨ててしまったのか。セシリティウムは汚い言葉と甲高い声を合わせて叫びながら、クルーザァーのことを守ろうとしている二体の魔物に向かって高速の電光石火で近付き……。
目にも留まらない速さでセシリティウムは縦横無尽の蹴りを繰り出した。
右、左、上、下、斜め上、斜め下、斜め右、斜め左――と……。
目にも留まらない速さと音速の打撃音が辺りを包み込んでいく。
クルーザァーの命令を聞いて行動しようとしてたゴーレムとコボルトウォリアーを――戦闘不能にして!
「っ!」
クルーザァーは言葉を失いながらその光景を振り向きながら見る。顔面を蒼白にさせながら振り向いてみる。
固い体を持っているゴーレムの体がいとも簡単に崩され、右手だけしか動かせないような状態に破壊されてしまい……。
手に持っていた大剣が破壊され、体中から魔物特有の血を流しながら、コボルトウォリアーは犬特有の口からその血を吐きだして――ゴーレムと一緒に地面に突っ伏してしまった。
どさりと――重く苦しい音を立てながら……、二体は成す術もなく、何の会得もなく、なんの成果も見せることなく、倒されてしまったのだ……。
かろうじて消滅は免れたようだが、今の状態ではもう戦えないことは明白だ。
そんな二体の再起不能を見て、クルーザァーは舌打ちをしつつ、何が何でもセシリティウムから距離を置こうと、彼は振り向きざまに手をかざして――再度スキルを使う。
がしゃがしゃと、先ほどの突進の嵐とは別格の素早さで迫って来ている狂鬼に向けて――
「っ! 術式召喚魔法――『二重召喚・スライム! イビルスネイク』!」
クルーザァーの声と共に、彼の背後に現れる二つの小さな魔法陣。その中からぴょんっと跳び出してきた粘液の塊と、黒い体と赤い目の蛇。その二体は小さい体でありながらも、果敢に狂鬼と化して迫って来ているセシリティウムの前に出る。
その二体がいる方向を見ながら――クルーザァーは再度叫ぶ。その言葉はゴーレムとコボルトウォリアーに向けて言った言葉と同じ……、命令であった。
クルーザァーは命令した。
「できるだけダメージを受けないように食い止めてくれ! 無理をするな!」
その言葉を聞いてか、首を振らずに粘着質の生物――スライムと、黒い体と赤い目の蛇――イビルスネィクはその場で跳躍して、セシリティウムに向かって襲いかかった。
だが――その行動も空しく、二匹はつい先ほど犠牲になりかけたゴーレム達に二の舞となってしまう。
「行かせるものかっっ! 絶対に帝宮に行かせるものかっ!」
半狂乱のような甲高い叫びを上げながら、セシリティウムは目の前から襲い掛かってきたスライムとイビルスネィクを蹴りの薙ぎで叩き落とす。
イビルスネィクはそのまま地面に叩きつけられて、ぐったりとしてしまうが、スライムだけはいくつもの体に分裂しただけでダメージは受けていないようだ。しかし小さな体では成人の女性を拘束することは不可能。
結局のところ、スライムも無能になってしまったのだ。
そんな二体――否、四体を無視しながら、セシリティウムは血走った目でクルーザァーの背中を見て、その背中から目を離さんばかりに睨みつけながら彼女は走る。走る、走る――!
がしゃがしゃと――秘器の足から歪な軋み音が聞こえたが、それを無視して彼女はクルーザァーに向かって走り、激昂のそれを表しながら彼女は叫ぶ。
「行かせるものかっ! 絶対に帝王のところに行かせない! 至高にしてこの国の神でもあるお方を、愛しい愛しい帝王様を暗殺なんてさせないっっ! 殺す気ならば、この場で殺してやるっ! ずたずたに引き裂いて殺してやるっっ!」
「………………………………っ!?」
セシリティウムの言葉を聞いて、クルーザァーは内心頭に疑問符を浮かべながら距離を置こうと足を動かす。動かしながらクルーザァーは思った。
――いったい何の話をしているんだ……っ!? 誰が殺すと言った! ただあの大きな建物に向かって浄化をするだけだ! 殺生なんてしないぞ! どこで妄想が混ざった!?
そんなことを思いながら、クルーザァーはセシリティウムに捕まらないように、必死になって足を動かす。足の感覚がなくなっていくような感覚を覚え、本当に足が棒になる様な感覚を体感しながら、クルーザァーは気力で何とか足を動かして逃げる。
しかし、そんなクルーザァーの走りも、努力も虚しく……、セシリティウムとの距離がどんどん縮まっていく。どんどんと――距離を詰めながら、セシリティウムは叫びながらクルーザァーを捕まえよう手を伸ばす。伸ばしながら彼女は言った。
「お前ら、そんなことのためにここに来たのかっ!? ワタクシ達の神様を殺すためにここに来たのかっ!? 神殺しを成し遂げようとしているのかっ!? バカげているっ! 帝王は神様であり崇高なるお方にして愛しき人でもあるのよっ!? 両足がなくなってしまったワタクシに生きる希望を与えてくださった寛大なお方なのよっ!? 運命の人なのよっ!? そんなお方を無慈悲に殺すっ!? 狂っているっ! 狂っているっ! 狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている狂っている」
狂っている。
狂っている。
狂っている。
狂っている。
狂っている。
狂っている。
その単語を連呼しながらセシリティウムは声が嗄れるくらい言葉を発し、クルーザァーのことを掴もうと、必死になって手を伸ばす。
だが、その伸ばした手を見て、クルーザァーは無我夢中になり、体の反射神経を駆使しながら、彼はその手から逃れようと大きく右にそれながら避けるが、その光景を見てか、セシリティウムは壊れてしまったレコードのように、同じ言葉を繰り返しながらクルーザァーに向けて蹴りの応酬を繰り出していく。
狂っている。そう言いながら蹴りの殴打を繰り出し。
狂っている。そう言いながら蹴りの薙ぎを繰り出し。
狂っている。そう言いながら、セシリティウムはクルーザァーに向けて殺す勢いの蹴りの数々を向けた。
向けて、体に風穴を開けるような鬼気迫るそれを、クルーザァーに向けたのだ。
「――っっっ! ぐぅ、うううっっ! っそ!」
クルーザァーはそれを避け、蹴りによって掠めてしまった体を見ながら彼は避ける。必死になって避ける。
避けながらクルーザァーはすかさずにセシリティウムに向けて手をかざした。かざして、今自分の手元にあるタイタンゴーレムを召喚しようとしたのだ。
ケルベロスもいるのだが、今この場所で、フォスフォと同じ大きさを誇っているケルベロスを召喚するとなると、街を半壊してしまうかもしれない。そうなってしまえば、敵味方関係なく巻き込んでしまう可能性が高いと判断したクルーザァーは、ケルベロスの償還をやめて、かろうじて大きいが、それでもフォスフォよりは二回り小さいタイタンゴーレムを召喚することにしたのだ。
「術式召喚魔法――『召喚:タ……ッ!?」
クルーザァーはスキル発動のために、手をかざした状態で言葉を発した瞬間……。突然、セシリティウムはクルーザァーの目の前で、時計回りに回り出す。回り出して、そして回転の速度を利用し、セシリティウムは――
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!」
発狂した音色で叫びながら、クルーザァーの横顔に向けて……。
めごりっっ! と――クルーザァーの顔面に蹴りの薙ぎを繰り出したのだ!
崩壊してしまうのではないかと言うような音を立て、顔の内側から聞こえてきた軋む音を感じ、ゴーグルが壊れたかのような痛みと衝撃、そして音を聞きながら、クルーザァーは微量の血と共に息を『かふっ!』と吐き出し、威力に負けてしまったクルーザァーは、そのまま走るはずだった方向に向かって吹き飛ばされる。
ごろんごろんっ! と、転がり、体中に小さな小さな打撲を残しながら彼は転がる。転がる。転がって……、止まったと同時に、クルーザァーはすぐに立ち上がろうと、ぐらんぐらんっと揺れる頭を手で押さえつけて、地面に手をつけた。
刹那――
――どこっっ!
「っっ! っぷ!」
突然来た左脇の衝撃。
その衝撃を受けたと同時に、クルーザァーは再度口から血を吐き出し、ボールのように蹴られるがまま横に転がってしまうクルーザァー。
ゴロンゴロンっとまたもや転がり、何度転がされるのだろうと思いながら、クルーザァーは何とか気力を振り絞って転がることを自分の手で止める。
転がる方向に手をつけて、手の力だけで止めただけの急ごしらえなのだが、それでもクルーザァーは何とか転がることを止めることができた。
ほっと息をつき、仰向けになりながらもすぐに起き上がろうと目の前――つまりは天井を見上げようとした瞬間……。厳密に言うと、目の前を見ようと視線を向けようとした瞬間だった。
「――っっっ!? が、あ……っ! ごぉ……っ! かふっ!」
再度来た突然の衝撃。否――今回ばかりは首元に来た圧迫だ。
クルーザァーはその首の圧迫のせいで、思うように呼吸ができずに、つぶれてしまったカエルのような声を上げて、口元にあるそれを引きはがそうと、声を零しながら足をばたつかせる。
首の圧迫を与えているのは――十中八九セシリティウム。
セシリティウムは転がったクルーザァーの脇に蹴りをくらわせ、転がって止まったところを見計らって腹部に跨り、首元に両手を押し付けて、クルーザァーの気道を閉めたのだ。
ハンナが前に体験したリョクシュの首絞めと同等……、否、それ以上かもしれないような、女とは思えないような腕力に、クルーザァーは困惑しつつ、己の生命の危機を直感しながら、無我夢中になって己の腹部に跨っているセシリティウムを引きはがそうとする。
ひゅっ! ひゅっ! こひゅっ! という空気が零れる音がクルーザァーの口から吐き出される。その声を聞いてか聞いていないのか、セシリティウムは血走った目でクルーザァーのことを見降ろして、正気の沙汰ではないその表情を浮かべながら、彼女は言う。
叫びにも似た甲高い声を上げながら、彼女はクルーザァーに向かって言った。
「狂っているからこうなったのっ! 狂っているあなたが悪いの! この世界が狂っているのっ! ワタクシに足を与えてくださった方なのに、なんでそんな無慈悲に、無情に殺そうとするのっ!? お前達は狂っているのっ! あのおかたこそが本当の神様なのよ! そんな人を殺そうだなんて、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対にさせないっっ! 絶対にさせない! だから……、だから……っ! もうワタクシから……、奪うな……っ! もう……」
ワ タ ク シ ノ ア イ ス ル モ ノ ヲ ウ バ ウ ナ。
その言葉を聞いて、クルーザァーは声を零し、必死になって引きはがそうとしていたその手を、ゆっくりと、ほんとうにゆっくりとした動作で、力を緩めていった。
緩めてしまえば、死を待つことを選択したかのように見えるであろう。しかしクルーザァーはそんなこと一ミリも考えていない。だが彼は緩めた。緩めた理由――それは……。
――こいつは、異常で、大馬鹿な女だ。
セシリティウムに対して、彼は思ったのだ。異常だ。そして――大馬鹿な女だと、クルーザァーは思ったのだ。思ったと同時に、必死になって引きはがすことなどないと悟ったクルーザァーは、震える口で、呼吸もとぎれとぎれとなってしまっているその口で……、彼は――
「――………………っは!」と、笑った。
口元に弧を描きながら、クルーザァーは笑った。
そんな光景を見て、セシリティウムは血走った目でクルーザァーのことを見降ろしながら荒い音色で「何がおかしいっ!?」と吐き捨てると、その言葉を聞いていたクルーザァーは、暴れることを取りやめ、当初の予定でもあったことを再開するかのように、彼は震える口で、セシリティウムに向かって、こう言った。
「おか……、しくな、るさ……っ! お前、を……っ! 見て、いると……。本当に、馬鹿な、女、だと、思ってしまう……っ!」
「………………っ!? 何を」
「まだ……、わから、ないん、だな……っ! 本当、に、おめで、たい、な……っ! 『盾』の、女が……っ!」
とことんおめでたい。そう掠れた声で言うクルーザァー。
その言葉を聞きながら、セシリティウムはさらに首を絞める力を強める。林檎でも握りつぶすかのような力を込めて、彼女はクルーザァーの首を絞めようと奮起する。
それを感じ、より一層呼吸ができなくなってしまった感覚を覚えながらも、クルーザァーは嘲笑うように、どんどん血の気がなくなりそうな顔で彼は、セシリティウムに向かって続けてこう言った。
いずれ来るであろうその時を待ちながら――クルーザァーは言った。
「簡単に、教えて、やるよ……っ! 王に、とって……、お前、は……っ! 都合の、いい、女、だ……っ! 王に、とって……、全部が、使、える……っ! 駒、と、同じ……、ように、お前らも……、結局、は、使い、捨ての、駒……。なんだ……っ! 結局……、おまえ、は……」
本命じゃない。万が一の時の、盾なんだ。肉盾なんだ。
誰も――お前のことを好きになる奴なんて、いないんだ。
お前は――都合のいい女なんだ。
王は――お前のことを愛していないよ。愛することなんてない。永遠にな。
その言葉を、掠れた声で言うクルーザァー。
その言葉を聞いたセシリティウムは、血走った目のまま茫然とし、すぐに意識が覚醒したのか、彼女は奇声を上げてクルーザァーの首の締め付けを強くする。
「が……っ! ふ!」
締め付ける力が強くなったと同時に、クルーザァーは気道が狭まった状態で息を吐く。
その声を聞いて……、ぎりぎりと締め付け、セシリティウムはもがいて苦しむクルーザァーのことを見降ろしながら、彼女は叫びの声で言う。ぼろぼろと、クルーザァーの顔に己の涙を落としながら、彼女は首を乱暴に振って言う。
「ワタクシが……っ! 都合のいい女だぁ……っ!? そんなことないっ! そんなことないのよ! ワタクシは王に愛されている……っ! 寵愛を受けている存在! ピステリウズやガルディガル、ブルフェイスやレズバルダ、ドゥビリティラクレイム、グゥドゥレィのジジィよりも……っ! ワタクシは王のために働いているっ! ワタクシの何がわかるのっ!? 王の何がわかるのっ!? 異国でぽっとでのあなたに――何が分かるっていうのよっっ! この国の素晴らしさが、この国の泰平と言う繁栄の辛さ。あなたに何がわかるっていうのよっっ!」
「――そ、れは……っ!」
セシリティウムの言葉を耳に入れ、記憶に刻みつつ、クルーザァーはその言葉と己の記憶の食い違いを感じつつ、否――前々から察していた食い違いを確信に切り替えて、クルーザァーは締め付けられている力に抗うように、右手を弱々しい握り拳にして……、それを――
勢いよくセシリティウムの顔面に向けて放った。
「――っ!? ぐぎゅっっ!」
視界一杯に広がるクルーザァーの拳。それを見て、避けるということができない状況にいたセシリティウムは、それを成す術もなく、顔面で受けてしまい、何かを潰してしまった声が彼女の声から零れ落ちてしまう。
顔面で、しかも鼻のところを殴られたせいで、セシリティウムは、クルーザァーの首元を絞めつけていた片手を離し、すぐに鼻のところを押さえつけながら呻く声でよろめいてしまう。
それを見て、クルーザァーはすぐに起き上がって、跨って乗っていたセシリティウムの肩を掴んで、押し出すと、セシリティウムはころんっと転がってしまったのだ。
転がり、そしてすぐに立ち上がった彼女の姿を見て、クルーザァーは大きく荒い呼吸を繰り返しながら、セシリティウム――の、背後をちらりと見て、彼は起き上がって鼻を押さえつけて睨みつけている彼女に向かって、挑発するような笑みを浮かべながらこう言う。
ずるりと――罅割れてしまい、そのまま使い物にならなくなってしまったゴーグルが地面に落ちる光景を見ずに、ゴーグルの裏側に隠れていた、鋭くも優しさが込められているような目を晒しながら――彼は言ったのだ。
ここに来る前に見てきたことを、クルーザァーが体感してきた……、体験してきたことを思い出しながら……。
「お前が見たそれは、すべてまやかしだ。まやかしで夢物語だったんだ。俺たちが見てきた帝国の姿は、残酷極まりない人間の屑の集まりだ。人を人として思わない、貧富の差が激しい、そして……、何も関係ない子供たちを危険に晒した……。外道だらけの異常な国だ。お前が想っている帝王も屑だ。全員がクズで出来上がっている。見るだけで吐き気がしそうな国だったよ」
「……………黙れ……っ! 黙れ……っ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっっっ!!」
がりがりと、バリバリと己の髪の毛を掻きむしって、指の間に己の髪の毛が絡まりどんどん抜けていくセシリティウムのその様を見ながら、クルーザァーはにっと、口元にゆるい弧を描いて――
「黙らないさ。これが現実なんだ」と言い、彼は続けて――こう言う。
これで最後となるであろう……。終わりの言葉を。
もうこっちの勝ちが確定したことを確信した言葉を。
「そして――その現実は今日で終わりだ。いいや……、虚構で彩られた世界を、今日で終わらせる」
と言った瞬間だった。否――
一瞬だった。
セシリティウムはクルーザァーの言葉を聞いて、口を開いて声を発しようとした。
苛立った音色で、彼女はこう聞こうとしたのだ。
「どういう意味?」と――
しかし……、その言葉が紡がれる前に、セシリティウムは背後から聞こえてきた何かが迫って来る音を聞いて、はっと息を呑んで振り向こうとした。振り向こうと、腰を捻ろうとした瞬間だった。
捻ったと同時に……、彼女の下半身――否、秘器の膝裏に感じた衝撃と、機械質のそれが破壊されるような音が耳を劈き、セシリティウムはその音を耳で聞いたと同時に……、『ぺちゃり!』と地面に突っ伏し、立つことができなくなってしまったのだ。
否――足が喪失してしまったかのような感覚を体感して立てなくなってしまったのだ。
「――っ!? ――え? ――なに……っ!? っっ!」
混乱するセシリティウム。
混乱している思考の中、彼女は辺りを見回し、そしてすぐに己の足元を首だけで見た瞬間、彼女は絶句し、顔面を青くさせて己の足を見つめた。
膝のところから切断されて、もう使えなくなってしまった己の秘器の足を見つめながら……、セシリティウムは目元を引き攣らせ、瞳孔を震わせ、言葉を発することすら忘れてしまったかのように、パクパクと口を動かす。
動かしている彼女の横顔を見つつ、クルーザァーは重い体に鞭を打ち付けるように立ち上がって……、セシリティウムの背後から歩み寄ってくる人物に向けて――呆れた音色でこう言った。
「だから言っただろう? お前が要で、お前ならきっとできるって」
その言葉を聞いてクルーザァーの元に向かって歩み寄り、申し訳なさそうに顔を逸らしているティズは手に持っている黒いブーメランを元の二本のナイフに戻しながら――
「うん。ありがとう……。囮になってくれて」
と、少し申し訳なさそうだが、それでも照れくさそうにして、ティズはクルーザァーの顔を見ずに礼を述べる。
それを聞いて、クルーザァーは肩を竦めて――当たり前だと言わんばかりに……。
「囮じゃない。引き付けとお前の詠唱の道を作った功労者だ」と、ほんのり笑みを浮かべたそれで言った。
◆ ◆
クルーザァー&ティズVSセシリティウム。
クルーザァー&ティズの勝利 (セシリティウムの秘器破損により、再起不能)




