PLAY69 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅷ(抗う)②
ここで、唐突な疑念だ。
なぜこうなってしまったのか。なぜ虎次郎の刀が折れるような事態になってしまったのか。誰もがそう思うであろう。誰もが疑念を抱くであろう。
まずは……物語を始める前に、そのことについて話さないと始まらない。
◆ ◆
事の発端はこうである。
処刑軍団団長で己が持っている秘器――『鋼鉄肉体超改造』を発動して、贅肉によってぶよぶよだったその体も贅肉の『ゼ』と言う字が全く見えないほど、ムキムキにしてがっちりとした体格に完成し、筋肉のトレーニングをしたのかと言うようなぼこぼこしている胴体。なんでも持ち上げそうな太い腕とバンバンに膨れ上がった足。顔の贅肉も取れて、あの時見たつぶらな瞳も、小さなおちょぼのような口も嘘のようなそれに変わっており、瞳は狼のような目元で二人のことを睨みつけており、小さなおちょぼ口もぎりぎりと歯を食いしばりながら大きな音を立てて小ささを壊しにかかった顔となったその姿を見て……、その時からすでに破壊兵器と化してしまったドゥビリティラクレイムの雄叫びを聞いて委縮してしまっている二人の場面に遡る。
「うぉ……っ!」
「ちょ……マジ……、なのぉっ!?」
虎次郎とルビィはびりびりと体中に突き刺さる様なドゥビリティラクレイムの叫びを聞き、体で感じながら二人は防御の構えをとる。構えを取りながら虎次郎は思った。
まるで砂嵐のように迫りくるその圧に、声の突風に押されながら、彼は思った。
――なんたる声量……っ! そしてなんという圧!
――あの時の大ぶりの隙だらけの攻撃とは全く違う……っ! まるで生身で狂暴な獣と相対したかのような空気じゃ……っ!
事実……、虎次郎はそんな狂暴な獣とは相対したことはない。しかし熊と相対したことはあるが、彼が例えた獣は――熊ではない。彼が例えた獣……、それは……。
百獣の王。
百戦錬磨の修羅場を超えた百獣の王を連想し、虎次郎は感じたことがない身の震えを、委縮を感じていた。
自我を失い……、破壊兵器と化したドゥビリティラクレイムを前にして、虎次郎は言葉にはできる。しかし面と向かって相対するという一歩が、踏み出せずにいた。
よく言う……、怖くて足が震えている。怖くて前に出れない。その場で怖くなって固まってしまっている。と言う状況に近いようなそれに陥っていたのだ。
「っ!」
虎次郎は未だにごうごうと迫りくるドゥビリティラクレイムの咆哮。
すでに言語など不要であるような雄叫びを上げながら、ドゥビリティラクレイムは虎次郎とルビィに向けて咆哮を放っている。声の砲弾を放っていた。
それを受けながら――虎次郎はその声の攻撃に耐えつつ、顔を腕で覆って守りながら腕の隙間からドゥビリティラクレイム自ら作るであろう隙を伺っていた。
ルビィは顔を腕で守りながら「もぉ! 何なのよあの声っ! と言うか鼓膜が破裂するわっ!」と、彼らしい女らしい怒りのそれを放ちながら怒っている光景を見ながら……、虎次郎は前を見据えて、そして見つけようと奮起する。
少しでも攻撃する隙を見つけようと、少しでも勝利への糸口を見つけようと隙を伺おうとした瞬間……。
「――ウウウウウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
「――っ!?」
「ちょっ!」
ドゥビリティラクレイムは、血管が浮き出るような怒りの仮面を張りつけながら、虎次郎達に向かって駆け出した。
急加速で、虎次郎達が瞬きをした瞬間に急接近してきたのだ!
二人はそれを見て、瞬きした瞬間に目の前に急接近してきたドゥビリティラクレイムを見て、二人は驚きを露にした。
声に出して驚いてしまった。
秘器を使っていない時の素早さとは格段に違う身体能力。
そして己達を掴み潰そうとしている血管を浮き出ている両手。びきびきと浮き出て指の中から聞こえる軋む音。
それを聞いて、そして勢いをつけているその光景を目にした虎次郎は――一瞬、頭を過ったのだ。
過ったそれは――映像ではない。その過りはいうなれば――勘である。
映像ではないが、それでも彼はその過ったそれを見て、確信した。
見込みを始めて見誤ってしまったと確信してしまったのだ。
確信したからこそ……、虎次郎は思う。思って、彼は行動に移す。その過りが外れるように、己の勘が外れることを願いながら、彼は動く。
『死』と言う過りを、かき消すために――!
「ウウウウウオオオオオオガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
「やっば……いわぁっ!」
ドゥビリティラクレイムの両手の攻撃を左右から見たルビィは、驚いた面持ちで手に持っているフックショットを片手に、矛先をドゥビリティラクレイムに向ける。
『ジャキリ』と向けて、ルビィは即座にフックショットの引き金を引く。
勢いをつけて、考えることなどやめて目の前から来るドゥビリティラクレイムにダメージを与えるために、彼は己の獲物の引き金を引いたのだ。
引いた瞬間――『ばしゅぅ!』っと勢いよく射出されるフックショット。
錨の形に模したそのフックショットは、今まさに急接近して、至近距離にいるドゥビリティラクレイムの胸元に向けて加速しながら放たれる。
突き刺さすように繰り出されるフックショット。
しかしそれを見ているのか、はたまたは見てないのか……、ドゥビリティラクレイムは避けることをしなかった。避けずに、彼は二人のことを掴もうとしている。掴もうと腕を繰り出している。
その光景を見て、ルビィは驚愕の目でドゥビリティラクレイムのことを見て、思った。愕然と混乱が入り混じるその表情で、彼は思った。
――うっそ! なんで避けようとしないのっ!? こんなことはできればしたくなかったけど、なんでこの男は避けようとしないの? たとえ自我がなくなりかけても、見えているはず。そして人間は反射神経を使って、反射的に避ける生き物。『ロスト・ペイン』でない限り避けないということはあり得ない……っ!
――このままだと、胸に突き刺さってしまうっ!
そう思ったルビィは、己の予想を外すような行動をしたドゥビリティラクレイムに驚きながら、彼はフックショットを即座に引き戻そうとボタンを押そうとした……。
刹那。
「ぬ、おおおおっ!」
「――っ!?」
――どんっ! と、突然来た衝撃。それを受けたルビィは目を疑った。
虎次郎の叫びと同時に、ルビィは己の胸に突然来た衝撃と背後に向けて押される感覚を覚えて、目の前に広がる世界は少しずつ、本当に少しずつ小さくなっていく光景を目にしながら、目の前で起きた光景を目にしながら――彼は驚いた。
ルビィの目の前に広がったそれは、きっと……、シェーラでさえでも見たことがない光景であった。
鬼気迫る――否、鬼気の中に含まれる焦りと困惑、少しばかりの不安がこぼれだす表情で、虎次郎は刀を持っていない手でルビィのことを突き飛ばしていた。そしてそんな虎次郎に向かって、両手を振りかぶろうとしているドゥビリティラクレイム。
はたから見れば――それは囮になる人間のするような行為であった。
そんな囮のような行動をした虎次郎の姿を見て、ルビィは叫ぼうとした。
叫ぼうとして、口を大きく開けようとした時……、虎次郎はそんなルビィのことを一瞬、ほんの一瞬見たあと……、彼はすぐさまドゥビリティラクレイムに視線を向け、鞘に収まっている刀の柄を『がしり』と掴み、構える。
ルビィからだと見えないが、虎次郎は焦りを帯びた顔をして、彼は居合切りの構えをとる。
構えをとりながら、彼は迫りくるドゥビリティラクレイムの攻撃を目の端で捉えて、その手が降りかかる前に、虎次郎は――刀を抜刀した。
――しゃりんっっ!
と、抜刀した姿を目にすることなく、抜刀した光景を目にすることも叶わない速度で、虎次郎は居合抜きをドゥビリティラクレイムの顔面に向けて繰り出す。
その音を聞いたドゥビリティラクレイムは、即座に反射神経を利用し、その斬撃を避けるように体を左斜めに傾けた。
ぐらりと体を傾けて攻撃を避けようと、本能の赴くがまま動くドゥビリティラクレイム。
傾いた瞬間……。
ばすんっっ! と、ドゥビリティラクレイムの右肩に小さな傷口が出現した。
ばっくりと切り裂かれ……てはいなかった。むしろその傷は小さな小さなかすり傷として、ドゥビリティラクレイムの肩を小さく傷つけただけにとどまっていた。
簡潔に言うと……、小さな小さな傷が出来上がっただけ。
「っ!? なにっ?」
虎次郎は再度目を見開いてドゥビリティラクレイムを見上げ、肩に出来た小さな小さな切り傷を見て、言葉を失った。失ったのはルビィも一緒で……、二人はその光景を見て、愕然とした顔でその光景を目に焼き付けながら思った。
互いが互いにこう思った。
虎次郎は、再度刀を構えながら思う。
――つい先ほどまで攻撃が効いていたはず……っ! だが今は効いてないだとっ!? 一体全体……、どうなっているのだ……?
ルビィは後ろに突き飛ばされながらも、何とな地面に着地して体制を整えながら思う……。
――効いていた攻撃が効かなくなっている……。いいえ。これは違う。物理的に考えれば、その攻撃がはじかれたかのような傷跡……っ!
――まるで鎧で守られたかのような傷跡……っ!
――でもこの男は生身で、さっきまでそんな兆候はなかった……っ!
――つまり……、このドゥビリティラクレイムが使った秘器の性能が、彼の体を固くした!
単純明快ではある。しかしそれでないと辻褄が合わない。そうルビィは思った。
ドゥビリティラクレイムが使った『鋼鉄肉体超改造』。言葉だけであれば一瞬では理解ができないそれではある。しかしルビィはドゥビリティラクレイムの姿を見て、そして虎次郎の攻撃をはじいたその光景を見て、ルビィは察した。推測をしたのだ。
ドゥビリティラクレイムが使用した秘器――『鋼鉄肉体超改造』は、己の体の力を増幅させ、その体を鎧のように固くするものなのだと。
「…………なんつうものを……っ。作ったのよ! 帝国っ!」
ルビィは呆れと怒りが混ざった顔をしながら立ち上がり、虎次郎の援護をしようと手に装着していたフックショットをドゥビリティラクレイムに向ける。向けながら彼はフックショットの刃の矛先をドゥビリティラクレイム顔面に標準を合わせ、目を離した隙を狙って放とうとした。
――あの時……、一瞬だったけど、顔に来るであろう居合抜きを避けた。避けたということは、危ないと直感したから。いくら固い体でも、顔は固くないから、即座に避けた。
――固くなかったら避けることなんてしないし、自我もない、本能の思うが儘に動いている獣同然の状態だから……深く考えることはない。
――だからあの秘器が発動して、体全体が固くなったからと言って無敵になったわけではない。弱点は必ずある。落ち着いてそれを狙えば……、倒せない相手ではないっ!
脳裏で冷静に分析したルビィは、どんどん驚いて固まってしまっている虎次郎に向けて、大きな手の拍手を繰り出そうとしているドゥビリティラクレイムに狙いを定めながら……、そのフックショットの矛先をドゥビリティラクレイムの顔に向け、装甲の中に隠れている引き金に指をさし入れようとした。
刹那だった。
本当に刹那のような一瞬。ルビィが瞬きをした瞬間……、冷静な分析が崩壊を始めてしまった。
「あ?」
「っ! ぬぉっ!」
ルビィは呆けた声を上げて、虎次郎はその声を聞いて現実に意識を引き戻してドゥビリティラクレイムのことを見た瞬間彼は驚きの声を上げた。
二人が見た光景……、それは一瞬の出来事であり、攻撃、防御などしても無駄と悟ってしまうような光景が彼らの視界に広がった。
瞬きをした瞬間、横に繰り出そうとしていたドゥビリティラクレイムの拍手が一瞬のうちに上に振り上げられた両手の殴打に切り替わっていたのだ。地面に両拳の金槌を叩きつけるように、ドゥビリティラクレイムはその拳を振り上げていたのだ。
まるで――テーブルにその拳を叩きつけるように、ドゥビリティラクレイムは両手の拳を一つに重ね合わせながら構えていたのだ。
それを見た二人は、瞬きの間に素早く切り替わったそれを見て、一瞬、ほんの一瞬動きを止めてしまった。
その動きの静止を――獣と化したドゥビリティラクレイムは見過ごすはずなどなかった。本能の赴くがままに、彼はその両拳の金槌を……。
「ウウウウウゴオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
大きな大きな咆哮を上げながら――ドゥビリティラクレイムは虎次郎のことを叩き潰そうと、その両拳を振り下ろした。
ぐおりと、空気を裂くような音を立てて、ドゥビリティラクレイムはその拳を力を使い果たすように、一気に振り下ろす。
「……………っ! くっ!」
その光景を見て、頭上に広がる両手の握り拳の握っている形を見上げた虎次郎は、即座に後ろに跳び退いた。
跳び退いたと同時に、虎次郎がいた場所に向けて叩きつけられるドゥビリティラクレイムの両拳。
――めしゃりっっ! と、ドゥビリティラクレイムの両拳の攻撃に負けて、地面のへこみが大きく出来上がり……、悲鳴が木霊し、その木霊が伝染する様に……、『罪人処刑場』の地面がどんどんへこみ始めた。
べこんっ! べこんっ! べこんっ! と――
鉄板を殴った瞬間に出来上がる凹みのように、どんどん周りの地形を巻き込んでいく。
流砂のように中央がどんどん深くなり、そして虎次郎の足場を変えていくドゥビリティラクレイムの拳の攻撃。
「ぬぅぉぉっっ!?」
「う、くぅ……っ!」
虎次郎は声を上げて、ずるずるとずり落ちながら下に落ちていくが、間一髪のところで刀を地面に突き刺して落下から逃れることに成功する。
幸い――ルビィは避けていたので、その凹みに落ちることはなかったが、それでもルビィはそれを見て絶句した。
青ざめながら凹み――否……、凹みと言う言葉では生易しすぎるその穴を見て……、ルビィは言葉を失った。
彼が見た光景……、それはまさに――クレーターであった。よく月の表面にあるあのクレーターと思ってほしい。
それと同じようなものが『罪人処刑場』中に広がっていたのだ。処刑場があったところも半壊し、もう人が歩くことができないような地形になって、ドゥビリティラクレイムは力任せに、ストッパーなどない攻撃を虎次郎に向けてようとして、間違えて地面に向けて叩きつけた結果……。
『罪人処刑場』は――跡形もなく壊れてしまった。原型も半壊した状態にして、彼は壊したのだ。攻撃をしたのだ。
二人はその光景を見て、凹みに凹んでいく地形を思い出しながら、彼らは思った。否――悟った。
――今のを受けていたら、即死だったと……。
即死どころか、もしかしたら原形を留めることも叶わないかもしれない。そう思いながら虎次郎は目の前にいる人物を……、ルビィは凹みの中央にいる人物のことを見降ろした。
凹みの中心にいる人物。
それは――
「ウウウウウウウウウウウウウウ…………ッ!」
ドゥビリティラクレイムはぎりぎりと小さなおちょぼ唇で歯ぎしりをし、その口の端から涎をだらだらと流しながら、彼はその形相を怒りに歪めていく。
ぶるぶると叩きつけた拳を震わせて、すぐに第二波の拳の殴打を繰り出そうとするその光景を見て、虎次郎ははっと息を呑んで凹んでいる地面にしっかりと足をつけながら、彼は刀を構える。
鞘に納めた状態で、虎次郎は刀をドゥビリティラクレイムに向けて構える。
これ以上の破壊力を拡大させないように、ドゥビリティラクレイムを速攻で倒す意気込みを抱えながら、虎次郎は真剣で不安が入り混じる表情を浮かべながら刀に手を添えようとした瞬間だった。
「――っっ! なぬっっ!?」
虎次郎は目を見開いて、その光景を見た。
視界に広がるドゥビリティラクレイムの怒りの形相を視界一杯に収めながら、虎次郎は驚き、鞘から刀を抜刀するという行為を一瞬忘れてしまった。
そのくらい虎次郎は驚いた。
しかし……驚くのは無理もない。
なにせ……、突然目の前に現れて、瞬きをした瞬間に己の至近距離に急接近し、拳を下から上へと振り上げようとしているのだから、驚いて体を固くさせるのは無理もないであろう。
その光景を見ていたルビィは、言葉を失い、口をあんぐりと開けながら茫然としてその光景を見降ろしていた。
人間業とは思えない素早い速度。
それを見たルビィは先ほどの攻撃力と、今見た素早さを見て、ルビィは確信する。
「っ!」
ごくりと、生唾を飲み干しながら、どくどくと流れる汗を拭わずに、彼は思った。
ドゥビリティラクレイムが繰り出す一撃一撃は即死を与えるような速度と攻撃力であり、体の鋼鉄のような固さも相まって、今の彼はまさに破壊兵器と化していると――
攻撃も素早さも防御力も、前の状態と比べれば格段に上がっている状態だとルビィは錯覚した。隙を見つけることも、弱点を見出すことも困難だというレベルになっているほど、ドゥビリティラクレイムは狂人……いいや、狂戦士と化していた。
己を兵器に、秘器に変える秘器と言っても過言ではない。
そんな狂戦士と化しているドゥビリティラクレイム姿を見て、下から上へと振り上げられるそれを見て、ルビィははっと息を呑んで――
「――虎次郎さんっっ! 逃げ」と言いかけた時には、すでに遅かった。
振り上げた拳は、虎次郎の胴体に向けて放たれ、そのまま虎次郎を上空に向けて殴り上げる。まるで、アッパーカットのように攻撃を繰り出したのだ。
「………………っっ!」
ルビィはその光景を見て、絶望に染まりそうな目で空中に吹き飛んでいく虎次郎を見上げてしまう。
「がふっ!」
虎次郎は胴体に受けて、体の内部から軋んで折れるような音を体感し、聞きながら虎次郎は、吹き飛ばされながら口から赤い鮮血を吐き出す。
喉に感じる鉄の味を味わいながら、虎次郎は重力に従って落ちていく光景を目に焼き付けて、そして自分の体と相談する。ぐるんぐるんっと回って落ちながら、虎次郎は頷く。
――まだ、動ける。と……。
そう思い、虎次郎は空中で回りながら刀をしっかりと掴んで構えをとる。地面に着地したと同時に攻撃できるように……、彼はその準備をする。空中で。
空中を回り、もう少しで地面に着地すると思い、虎次郎は地面に足を伸ばした。伸ばしたが……、虎次郎は地面に着地することはなかった。どころか……。
――どぉんっっ!
「っっ!?」
虎次郎は体の横から感じる衝撃と激痛。再度来た軋みを体感し、そして景色が砂嵐のように吹き荒れるその光景を見て、一瞬、意識を手放した。そしてすぐにその意識を掴み取った。
軋みを感じた方向とは違う方向から感じた固いものに当たる激痛によって、彼は意識を掴み取ったのだ。
「ぬぅぅぅっ!?」
「虎次郎さんっっ!」
強い強い衝撃を感じ、虎次郎は壁にめり込んでしまった体を横目で見て、そして軋んで激痛を訴えている左腕を見ながら (部位破壊はされていない)、虎次郎は察した。
自分は、地面に着地する前に殴られたのだと――
それを受けてしまい、自分は壁に衝突したのだと……。虎次郎は確信した。
その光景を見て、そして虎次郎のことをガタイのいい図体とは裏腹の素早さと、それ相応の力で殴ったドゥビリティラクレイムのことを見て……、ルビィははっと息を呑み、そして覚束ない手で彼はフックショットを構えようとした。
だが、その動きも今のドゥビリティラクレイムにとってすれば……、遅すぎる動作。
ドゥビリティラクレイムは獣のような唸り声を上げながら踏み込む力を強くし、ルビィに狙いを定めながら彼は……。
ドォンゥン! と、地面を抉るように蹴り、目にも留まらない速さで駆け出し急接近してきた!
「――っ!」
その光景を見て、ルビィは先ほどの余裕がまるで死亡フラグのような光景として思い出されていく。
そして己の浅はかな推測を呪い、ルビィは今まで感じたことがない恐怖を覚えながら体を硬直させた。
現実でも死ぬかもしれない修羅場を超えてきた。しかしこの世界はそんな修羅場もお遊びの領域。
今まさに――ルビィはこの世界の修羅場の一端を垣間見ているのだ。
死ぬ間際の……、まさに、今まさに死ぬという瞬間を、肌身で感じているのだ。
そのくらいの恐怖。それを、ルビィは体感していた。
甘く見ていた。甘い考えで挑んでいた。もっと慎重になればよかった。もっと秘器について調べればよかった。早すぎた。もっと情報が欲しかった。やばい。やばい。死ぬ。死ぬ。まずい。まずい。死ぬ。これは死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
今までの冷静なそれがかき消され、ルビィの頭はすでに崩壊の一途を辿り、今まさに目の前に現れたドゥビリティラクレイムの拳を見上げることしかできなかった。
ぐるんぐるんっと渦巻く負の感情。そのせいでルビィは今まで見出していた正常で冷静な思考が定まっていないかった。ゆえに動けなかった。動けずに、絶好の的として、彼はその場にいた。
だが――それを許すほど、虎次郎はやわでない。
「――ううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああっっっっ!!」
虎次郎は叫びながら、壁のめり込みをすり抜けて駆け出す。ルビィに向けて無我夢中で叫び、そして彼とドゥビリティラクレイムの間に入り込みながら防御の構えをとる。刀を盾にして前に突き出す虎次郎。
それを見て、ルビィははっと息を呑んでその光景を、虎次郎の背中を見た瞬間……。
――バギィィイイイイイイインッッッ!
「――っ!」
「うそ、でしょ……っっ!?」
虎次郎とルビィは驚きの表情と声を上げながらその光景を目に焼き付けていた。否――焼き付けてしまった。虎次郎の刀がいとも簡単に折れてしまったその光景を……、焼き付けてしまったのだった……。
◆ ◆
長い長い戦いの様子は、彼らにとってすれば一瞬の出来事。
その一瞬の間に、二人は悟ってしまった。
処刑軍団団長ドゥビリティラクレイムを倒す術を……、失ってしまったと。
ルビィも武器は持っているが、彼の武器では十分な戦力にはならない。むしろ火力不足である。火力を持っている虎次郎であっても掠り傷しかつけれない。
はっきり言って戦力外。はっきり言って負け戦。
抗うという言葉を見出せない状況の中、二人は相対する……。
自我を失い、暴力と言う名の自我に溺れてしまったドゥビリティラクレイムを前に彼らは見出す。
――この戦いを勝ち取る方法を。




