表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
381/830

PLAY67 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅵ(オモイ)④

 前に、Zは紅達に向かってこのようなことを言っていた。


 ――結局、あいつは俺の才能しか見ていなかった。頭脳しか見ていなかった。なのに俺はたった一言の言葉であいつに心を許して、それで俺は己の才能を過大評価して、誰もできなかった麻酔製造をして金儲けしようとした。


 ――それで家や俺が貧乏でなくなるならそれでいいと思って、その資料を基に独学で製造をしようとした。


 それを聞いた時、誰もがその話の続きの方に集中していたのだが、紅だけはそれを聞いてはっと息を呑み、そして思い返す。


 思い返したこと。


 それはスナッティの裏切りを知り、彼女の罵詈雑言に近いようなマシンガントークのことを思い出していたのだ。


 スナッティはどんな家庭環境であったのかはわからない。


 だがそれでも彼女はその家庭環境から出たいという感情を持っていたと紅は思っていた。


 それは正解であるが、紅はそれよりも裏切りの反動がでかく、彼女はそのことについて深く考えずに落ち込み、一時期不安定になり、そして怒りを覚えて現在に至っていた――()()()()。 


 紅はそのZの言葉を聞いた瞬間、スナッティに対しての怒りで露になり、その感情が膨張していたそれが一瞬、ほんの一瞬だけ……、冷やされたかのような感情。


 紅はZの言葉を聞いて、そして彼の話を聞きながら彼女は思った。


 Zに対して――彼女はこう思った。


 ――こいつは、普通なのか。と……。


 そして同時に思った。スナッティに対して、そして自分に対して思った。


 ()()()()()――()()()()()。と……。



 ◆     ◆



「あぁ? あのZが……、まともぉ? 何言ってんだ? 裏切り聞かされて頭までおかしくなったのか?」


 スナッティはそんな紅の言葉を聞いて頭までおかしくなってしまったのかと思いながら、彼女ははっと鼻で笑い、彼女のことを見上げて嘲笑う。


 押し倒されている状態なのに、彼女はその状態で紅のことを見下すようにあくどい笑みを浮かべて言う。


 だが、そんなスナッティの言葉を聞いていた紅は、彼女の胸ぐらを掴み上げると――震える唇のまま首を横に振り――


「ちがう」と、震える声で即答した。


 その言葉を聞いたスナッティは顔を歪に歪めて「はぁ?」と、素っ頓狂な声を上げて、紅のことをまだ嘲笑うようにして言う。


 その光景を、言葉を聞いていたセレネは、ぐっと唇を噤んで、紅の言葉に耳を傾ける。シノブシも同じように――耳を傾けた。


 本来なら、このままスナッティに向かって攻撃をして、紅の加勢をすればいいのかもしれない。だが――この時の二人はそのようなことはだめだと、その行動はだめなことだと認識した。


 ここで攻撃をすることは――ダメな選択だと、二人は悟ったのだ。


 二人は黙った状態で、紅の言葉に耳を傾ける。


 スナッティは紅の手首を掴んでそれを引きはがそうとしながら――「離せ』と言うが、紅は離さない。離さないように、がっちりと手の力を強める。そして――彼女はこう言った。否――聞いた。


「………あんたは、当たり前の日常で家族っていう存在が嫌になったんだろ? なんでそうなったんだよ?」

「っ! 決まってんだろ。あそこにいると、私はいつも空気のような存在だった……っ! ただ()()()()()()()()()だけで……、再婚した親父は私のことを見てくれなかった! 血が繋がっている母親も私のことを次第に見なくなった……っ! どいつもこいつも……、私のことを見てくれなかった! だから心底嫌だったんだよ!」

「でも――お母さんとは、血が繋がっていた……っ! それだけが救いだったはずだろうが……」

「全然救いじゃないっっっ!」


 スナッティは叫びながら紅の腹部に向けて、膝蹴りを繰り出す。


 どんっ! と、紅の腹部から鈍い音が低く響いた。それと同時に、紅は口から短い息を吐き捨てたが、それでも彼女はスナッティから手を離すことはなかった。


 離さずに彼女は歯を食いしばり、己のことを鼓舞させながら――スナッティの話を聞く。スナッティは紅のことを睨みつけ、叫びながらこう言った。


「みんなみんな私のことを見なかった! それのどこが救いなの? 全然救いじゃない! こんなの不幸だ! 不幸まみれの人生だったんだよ! 私はぁ! お前と違って、誰からの応援もない、ずっと一人頑張ってきた……。だから私は一人で暮らそうとして今回の件に協力したんだ! 一人の方が」


「あたしは……、一人だった」


「!」


 紅はそんなスナッティの言葉を聞いて、震える口から零れる言葉を涙のように流しながら――彼女は……、紅は言った。


 己の半生を思い出しながら、彼女は言った。


「突然親がいなくなって、あたしは一人だった。一人で生きて、生きるために何でもしてきた。苗字も分からないし、それに働くって言うことすら知らないまま、あたしは生きてきた……。誰も助けてくれないと思って、あたしはずっと一人で頑張ってきた。これが普通だって、親のことを思い出すことすらしないで、あたしはずっと生きてきた。でも……、そんなあたしに手を差し伸べてくれたのは……、リーダーで、みんなで……。すんごく温かかったことを今でも覚えている」

「……………………………………」

「あんたは心底その親に対していい思い出がないみたいだけど、あたしには全く記憶にないことだけど……、それでも人の繋がりっていうのは、大事だって思ったんだ。家族はそれ以上に大事だって思った。それであたしは――Zの言葉を聞いて思ったんだ。あたしは……、あたし達はバカだったって」

「………………なにが、言いたいのさ……」

「簡単に言う……。簡潔に言う」


 紅はスナッティから顔をそっと離して、彼女はそれでもスナッティの胸元を掴みながら、彼女はこう言った。


 面と向かいながら――彼女は言った。


「お前がしていることは馬鹿だってことだよ」


 そう言って、目を見開いて驚いているスナッティのことを見ながら、彼女は続けてこう言う。


「Zはああ見えても、根は普通の男で……、金を稼いで親やみんなに普通の生活をさせたいって思っていただけなんだ。最初からそう言うやつで、()()()()()()()()()()()()()()()だけなんだ。本当は――家族のことを想っていた。あたしの見解だから本心はどうなのかはわからない。でもそうあたしは思った。だからあんたは馬鹿だって言ったんだ。あたしは家族のことを覚えていない。でもそれでも家族は家族なんだ。ずっと大事に育ててくれた親なんだ。血のつながりは薄いかもしれない。でもそんな薄さとか関係なく、絆で繋がっている家族だっている。そんな家族と離れたいっていうあんたは馬鹿だって言いたいんだ!」


「っ!」


 その言葉を聞いたスナッティは、ぎりぎりぎりっと歯を擦り合わせながら歯軋りを起こして紅を見上げる。そんなスナッティのことを見降ろしながら、彼女は続けてこう言った。


「あたしも馬鹿だった。あんたのことをぶっ飛ばしてじゃ何も進歩しない! あんたのことをここで改心させないとだめだってことに、遅く気付いたあたしも馬鹿だった。倒すだけじゃだめだ。あんたはちゃんと面を向かい合わないといけないんだ。親と――ちゃんと! 償いを受けながら!」

「な、なんでそんなことをしないといけないんだよっ! 関係ねえだろうがっ! なんであんたに指図されないといけねえんだよっ!」

「…………親がいるって、本当は凄く幸せなんだ。当たり前と思っているけど、本当は凄く幸せなことなんだ」

「?」


 紅の言葉を聞いた瞬間、スナッティは目を点にして紅のことを見上げる。


 その話を聞いていたセレネは、なぜだろうか……、心の奥がむずがゆくなったのを感じた。


 温かいのだが、冷たくも感じ、苦しくも感じ……、正直に簡潔に言うとよくわからない感情で満たされている心を、胸越しにそっと手で覆い隠す。


 目じりが熱くなり、頬を伝うそれを感じながら、セレネは親のことを想い出す。


 ぽろ……。ぽろ……。と……。


 零れるそれを拭わずに、彼女は紅の言葉を余すことなく聞く。戦うことを――『バトラヴィア・バトルロワイヤル』のことを忘れてしまうかのような言葉を聞きながら、セレネは紅の言葉に耳を傾けた。


 もう会えない親のことを想い出し、そしてその時の記憶を鮮明に想い出しながら――


 紅は言う。スナッティに向かって――彼女は言った。零れるそれを目尻から零して、彼女は言った。


「その幸せを知りもしないあんたのことを倒して、連れ帰ってわからせてやる! 親が、家族がどれだけ大切なのか! それを教えてやるよ――骨の髄まで!」


「――~~~~~っっっ!」


 紅の言葉を聞いたスナッティは、苛立ちを露にしながら紅の手首を掴んでいたその手をパッと離し、すぐに彼女は紅の顔を掴み上げて、そのまま起き上がる。


「うらあああああああああああああっっっ! うるせえええんだよおおおおおおおおっっっ!」


 あらんかぎり叫んで、咆哮を上げながら彼女は――紅と相対する。


 スナッティ自身はそのまま押し倒して紅の首を掴み上げようとしたが、力量の差のせいで、彼女は紅のことを押し倒すことができなかった。力不足の所為でもある。


 ぶるぶると紅の顔を掴み上げながら、スナッティは食いしばる顔でなんとか紅のことを押そうとしたが、結局は出来ずじまい。そんな光景を見ながら――紅は言った。


「あんたが全力であたしのことを殺す気でいるならば――あたしは何がなんでも、あんたのことをここで止める。そして改心させる。それが、あたしにできる唯一の――やり方だ」


 報復でもない。復讐でもない。仕返しでもない。ただただ、わかってほしい。ただただ……、気付いてほしい。一人と思っているであろうスナッティの心に寄り添うように、紅は言う。


 ただ一人の友達として――彼女は言った。


「…………………っっ! っそがぁっ!」


 スナッティは掴んでいたその手を離して、後方に逃げながら彼女は辺りに突き刺さっていた矢を『ずっ!』と引き抜き、それを弓に装填しながら、スナッティはその矢の先を紅に狙いを定めながら彼女は怒声で言う。


「何がやり方だ! なにが改心させるだ! そんなこと死んでもしたくない! 私の居場所がないあんな場所に戻りたくない! そうするってんなら――この場でぶっ倒してやるっ!」


 スナッティはその矢の先を今まさにスナッティに向かって突き進もうと足を踏みをいれようとしていた紅に向けて、すぐさま放った。


 びゅんっ! という空気を裂くような音と共に、矢は紅に向かって突き進む。


 それを見た紅はだっと姿勢を低くして駆け出し、そして手に持っていた忍刀を抜刀し、それを逆手に持ちながら彼女は駆け出す。


 走りながら、迫り来るそれを叩き落とすように、紅はそれを切り裂く。


 べぎっ! と言う音を立てながら、彼女はそれを壊す。


 スナッティはそれを見て後ろにどんどん後退し、空き地内を回りながら突き刺さっている矢を拾ってはそれを紅に向けて撃つ。


 紅はそんなスナッティの行動に反して、どんどん近付きながら放たれた矢を忍刀でどんどん撃ち落としていく。


 ――べきっ! ぼきっ! ばきっ! べきんっ! ぼきんっ! と……。


 使えていた矢がいとも簡単に木の屑と化して空き地にばらばらと雪のように落ちていく。


 その光景を見ていたセレネは、すぐにレイピアをかざしながら彼女は紅に狙いを定めて――


付加(エンチャント・)強化魔法(サポートスペル)――『全強化(オール・アップ)』!」


 と言った瞬間、再度紅の体を纏うように、オレンジの靄が体を包んで、そしてすぐに消える。それを感じた紅は、セレネのことを見ずにスナッティに向かって加速しながらどんどん彼女に近づいて行く。


 その光景を見て、セレネは余計なお世話だと思いながらも、紅に向かって再度スキルを使う。


付加(エンチャント・)強化魔法(サポートスペル)――『防御強化(ディフェンス・アップ)』!」


 と言うと同時に、紅の体に緑色の靄が纏われ、すぐに同化する様に消えてしまう。


 セレネはスナッティのことを見据えて、聞いていないであろう紅に向かって、声を張り上げながらこう叫んだ。


「紅よ――私がもしこの場で手を出した瞬間……、貴様ならばきっと『手を出すな』と言って私のことを睨みつけるであろう。そのくらい余裕がないのであろう? 立場云々など考える暇などなく、貴様は目の前にいる(スナッティ)を連れ出そうとしているのだろう? ならば私は何も言わない。その気持ちを無下にしたくない……。だが、これだけは言わせてくれ」


 セレネは一旦言葉を切ってから、すぐに息を吸い――彼女は腹部の奥から声を出すようにして、彼女はこう言った。凛々しい音色で彼女は言った。



「やるからには――必ず成し遂げろっ! サポートならば任せてくれ」

 


「………………………わーったよっ!」


 紅はその言葉を聞き、逆手に持っている忍刀の手を見つめてから、彼女は再度前を見据えて、セレネに対して心の底からお礼を言った後、彼女はさらに加速をして、セレネの付加強化のおかげもあって、その速度を格段に上げながら――彼女は駆け出す。


 今まさに矢を探して後退しているスナッティに向かって――倒して、そして改心をさせるために、紅は手を伸ばそうとする。体ではしていないが、それでも紅は心の手でスナッティに手を伸ばしながら、彼女は駆け出す。


 間違った道に行っているスナッティのことを正しい道に導くように、彼女は手を伸ばす。


「………………………っ! く、そ、う、くそおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」


 スナッティはそんな紅とセレネのことを見て、やけくそとなってしまった感情で叫びながら、彼女は壁に突き刺さっているその矢を引き抜き、それを弓に装填しながら――彼女は構える。


 ぎりりっ。と言う音を出しながら、彼女はその矢を紅に――


 ではない……。


「――っへ」


 スナッティは歪に口元を緩ませて、その矢の先を紅ではなく……、付加魔法を使うセレネに向けて、そして――


 ――ビュンッ! と、放ったのだ。


「っ! なっ!?」


 紅はそれを見て、言葉を失ったかのように目を見開き、そして己の頬を巻き込むような射貫きを受けて、紅は頬の痛みよりも、後方にいるセレネに向けて、振り向きながら彼女は叫んだ。


「逃げろ――お姫様っっ!」

「…………………………っ!」


 迫りくる矢に驚いているセレネ。避けることも、逃げることもしない。


 紅はそれを見て、突然のことで驚いてしまっているのかと思いながら、彼女はスナッティに向かっていたその足に急ブレーキをかけて、セレネに向かっているその矢に向かって突っ走ろうとした。が――


 それこそが――スナッティの戦法。つまりは……、作戦なのだ。


 スナッティは歪んでいる笑みで腰に差し入れていた最後の一本を弓に装填しながら、彼女はその矢を紅の後頭部に向ける。彼女の頭を貫通させるように、スナッティは構えた。


 ――かかった。そうだろうね。何年あんたと同じ仕事場にいたと思っているんだ。


 スナッティはぎりっと弓の弦をしならせながら思った。


 ――あんたはそうやって相手の危機を見たらすぐに前に出てそれを逆手で持った刀で叩き落とす。でもその行動は大きな隙になってしまう。


 ――だからこうなった瞬間あんたは高確率でログアウトか大怪我を負って役に立たなくなる。今回も同じ。


 ――戦闘っていうのはどれだけ秘境になれるかで勝敗が決まる。情けなんて必要ない。情なんて必要ない。戦いはすべてにおいて……、無情なんだ。


 そう思ってスナッティは装填していた矢の狙いを紅の後頭部に向けて、それを見ていたセレネは紅に向かって叫ぼうとしたが、スナッティはそれですら遅いと嘲笑い、スナッティは持っていた矢じりから手を離そうとした。


 離して、このまますぐに終わらせようとした。


 刹那……。


「!」


 スナッティは目を見開いて息を呑んだ。呑んで、そして自分の視界の端……、強いて言うのであれば、自分の右側を見た。目だけで見た。


 何故目だけで見たのか。


 それは簡単な理由ではあるが、不確かなそれでもあった。だが――彼女は見てしまった。自分の視界の端に、紺色の何かが通り過ぎるのを、見てしまったのだ。


 スナッティは右側を震える瞳孔で見る。見るが、そこには何も――




「――どこを見ている?」




「っ?」


 スナッティは背後から聞こえてきた声を聞き、言葉を失いながら背後から聞こえた声に導かれるように、そっと後ろの方を振り向いた。まるで術にでもかかったのような行動と、そして空間の遅れ。


 時間が止まってしまったかのような雰囲気に包まれながら、スナッティは背後にいる人物のことを見た。紅とセレネは、その人物を見た瞬間、驚いた目をしてスナッティの背後にいる人物を見た。


 その声は紅でも、セレネでもない。ここにいるはずのない――


 ()()()だ。


 男はスナッティの背後でこう言った。


 紺色の忍び装束に身を包み、顔と頭にその紺色の布を巻き付けながら顔を隠し、目も微かしか見えない。それはヘルナイト達で言うところの仮面を模しているのか、それで顔を隠しているようなものなのだろう。腰にはいろんな忍具を下げており、手甲や足の防具も黒い金属で作られたものをつけている――ヘルナイトと同身長で、常にセレネの足元……、影にずっと潜んでいた伏兵……。


 否――『12鬼士』が一人……、『紺焔(こんえん)影人(かげびと)』と呼ばれる幻影魔王族のシノブシは、スナッティの横を通り過ぎ、そして手に持っている真っ黒い苦無をくるりと回しながら、彼は言った。


 静かで、それでいて怒りを含んでいる音色で、彼は言う。


「…………お前の敵は、そこにいる鬼の女と、セレネだけではない」

「……じ、に……っ! 『12鬼士』……っ!? なんでこんな……っ!」


 驚いて目が飛び出るのではないかと言うくらい見開いているスナッティをしり目に、シノブシは淡々とした音色で、片手に持っている苦無をくるりと回しながら――彼は言う。


「ずっと彼女の陰に潜んでいた。戦いを制するのであれば卑怯な手を使ってでも勝つ。だからあんなことをしたのだろう? ならば――(おれ)もする。否――」


 ()()()()()――()()()()


 と言った瞬間、スナッティの手元から何かが切れる音がした。しゃりんっ。と……、切れ味がいいそれで切ったかのような音がスナッティの目の前から聞こえたのだ。


 それを聞いたスナッティは疑念を抱きながら目の前を、シノブシから目を離さないで横目で見た瞬間、彼女は……。


「は?」


 呆けた声を出してしまった。


 驚いた表情でその光景を目に焼き付ける。


 驚くのも無理はないだろう……、彼女の目の前には弓と矢があった。


 それだけなのだが、彼女はその光景を、見慣れた光景が見慣れないそれに切り替わり、そして目の前で()()()()()()()()()()()()()()()()()を目にした瞬間――彼女は呆けた声を出してしまったのだ。


 そんな彼女の驚きを無視し――シノブシは手に持ってくるくると手の中で回していたそれをふっと闇の中に溶かして……、彼は言った。


 否――詠唱を放った。




「――『疾風玄弁(しっぷうこくべん)』」




 シノブシが言い放った瞬間――音がその空き地内を完全支配した。





 しゃりん。





 と言う何かを切る音。


 その音と共に、壁に突き刺さっていた矢が細切れになり、地面にころころと落ちる。それを見ていたスナッティは、目を点にしてその光景を見て、その周りに迸る黒い斬撃の花弁を見ながら、彼女は言葉を失う。


 その空き地内を覆ういくつもの花弁の斬撃が、スナッティの矢だけを攻撃する様に咲き乱れる。



 しゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんしゃりんっ!



 と、辺りに咲き乱れる――否……、辺りに巻き起こる黒い斬撃。


 それを見て、セレネと紅は驚いた目をしてそれを見上げ、ぽかんっと口をあんぐりと開ける。


 スナッティはそれを見て、そしてその切り刻まれる音と共に地面にぼとぼとと落ちていくそれを見て、彼女は絶句した。彼女が見たそれは――彼女の足元にあるものと全く同じものであったからだ。


 ――まさか……っ! 


 スナッティは思う。がくがくと震え、そして不安で心が押し潰されそうになるような苦しさを感じながら、彼女は思った。()()()()()()()()()()()()()()()()その光景を、目に焼き付けながら――彼女は思った。否――確信した。


 ――まさか……、()()()()()()()()()っ!?


 そう、シノブシが攻撃していたそれは……、スナッティが使っている矢だけ。他のところには攻撃しておらず、スナッティの武器となるそれだけを攻撃していたのだ。完全に使い回しできないように、シノブシは攻撃をしたのだ。


 セレネの目の前に来ていたその矢をも攻撃して――シノブシは叫んだ。


「――行けっ」

「!」


 シノブシの声を聞いたと同時に、紅は駆け出す。セレネの方に向けていた足を止めて、彼女は足を踏ん張りながら、スナッティに向かって加速する。


 どんっ! と――地面を一部破壊する様に駆け出して、彼女は逆手に持っていたその剣を振り上げながら、スナッティに向かって駆け出す。


「~~~~~っっ!」


 スナッティはぎりぎりと歯を食いしばり、ありえないという顔をしながら彼女は――右手をパッと開いて、その手の中に『かしゃんっ!』と、あるものを出現させる。


 それはキラキラと光るもので、装飾品にも使われそうな鉱石の矢。それを手に持って、弓に装填しながら――彼女は構える。迫り来る紅に向けて……、彼女はそれを放った!



「――『多結晶の矢(クリスタル・アロー)』ッ!」



 スナッティは己が持っているその技を放つ。『ばしゅぅ!』と、それを迫りくる紅に向けながら彼女はどうだ……? と思いながらその光景を見る。


 放たれた多結晶の矢を見ても、紅は速度を落とさずに、どんどんスナッティに向かって突き進む。走る。たとえ顔面にそれが来たとしても――だが……。


「させんっ!」


 セレネはレイピアを逆手に持ち、それをやり投げの要領でスナッティが放った多結晶のそれとぶつけようとする。


 いうなれば――相殺だ。


 ――このまま当たってくれっ! そう願いながら、セレネはそのレイピアを多結晶の矢に向けて投げつけた。放物線を描くように、それはどんどん多結晶の矢に向かって行く……。


 が――詠唱と通常の攻撃。詠唱を防ぐ通常攻撃などない。相殺などもってのほかだ。


 セレネが放ったレイピアは確かに多結晶の矢に当たった。しかしその威力をものともしないような射貫きで、レイピアをいとも簡単に跳ね返してしまう。


「――っ! くっ!」


 セレネはそれを見て苦虫を噛んでしまったかのような顔をして顔を歪ませる。シノブシもその光景を見て、右手の人差し指と中指を銃の様に突きつけながら黒く燃えるそれを放とうとした時、彼ははっとして紅のことを見た。


 見て、そして何かを察したのか――彼はその動作のまま固まってしまう。


「………………………………」

「? ………………………………!」


 固まりながら、彼は見た。セレネもシノブシの行動を見てなぜ攻撃をしないのかと思いながら見ていたが、紅のその姿を見て、彼女も驚いた目をして見てしまった。付加強化をつけることすら、忘れてしまうほどのものを、彼女と彼は見てしまったのだ。


 スナッティもその光景を見て、最初こそ何なんだと思いながらそれを見ていたが、すぐにその顔を驚愕に変えて、紅のその頭を見てしまう。


 紅の額に浮かび上がる赤く光り輝く角を――ティティやリョクシュのように光り輝く……、()()()()()()()()()()()を見て、三人は言葉を失いながら紅を見る。


 鬼族特有のその角が出ていることすら知らずに、紅はスナッティに向かって駆け出す。駆け出しながら迫りくるその多結晶の矢を――左肩で受け止める。


 どしゅっ! と言う突き刺さる音と共に、紅は左肩から来る激痛と腕がなくなってしまったかのような感覚を覚える。


 覚えたと同時に――からりと手に持っていた忍刀を落としてしまう。顔を歪ませながら、ぶらりと部位破壊(ゴア)されてしまったその腕を無視して彼女は呻き声を上げて駆け出す。


「ううううううぬうううううううううううううううううっっっ!」


 紅は恥も何も捨てつつ唸りながら駆け出し、驚いて腰を抜かしてしまったスナッティに向かってどんどん距離を詰め、紅はスナッティに向けて――残った右拳を握りしめ、そしてそれを腰を使って振りかぶると彼女は……。


「――どぅらぁあああっっ!」


 叫び、彼女はスナッティの顔面にその拳を打ちこみ、『めごりっ!』という鈍い音を発生させながら紅はスナッティをぶん殴り――吹き飛ばしてしまった。


 それを見て、セレネとシノブシは驚いた目をして吹き飛ばされて失神してしまったスナッティと赤い鬼の角を生やしている紅のことを一瞥しながら……、二人は言葉を失ってしまう。


 衝撃がありすぎて、勝利を掴んでしまったことすら忘れてしまうほど二人は絶句してしまったことは言うまでもない……。



 ◆     ◆



 紅&セレネ (シノブシ)VSスナッティ。


 紅&セレネ (シノブシ)の勝利。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ