PLAY67 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅵ(オモイ)③
「よし――これでいいだろう」
「………ダディエル君、もしかしてまだ根に持っているよね? 異常なくらい根に持っているよね? でないとこんな風にしないよね?」
「よねよねうるせえよリーダー。俺はそんなに根に持ってねえし、ただ拘束しただけだろう? なんでそんなにおどおどときょどきょどとしているんだよ……。アクロマの拘束に成功したんだぜ? なんでそんなに真っ青にしてんだよ」
「真っ青になるよ……。君の行動を見ているとそうとしか思えないような光景が今僕の目の前に広がっているよ……っ!」
「ふぅ」
二人と後から出てきたこゆき一匹は会話をしながらアクロマの姿を見ていた。
あの後のことを話すとこうである。
ボルドとダディエルはアクロマに勝ち、勝利をもぎ取ったと同時に彼等はアクロマの拘束を急がせた。そうでもしないと、アクロマが目を覚まして逃げる可能性があったからだ。
ゆえに彼等は同じ失敗を犯さないように、すぐさま行動に出た。
ボルドは拘束するためにロープを探そうとしたが、その時こゆきが出てアクロマのことを氷で固めようとしたので即座にそれを止めたボルド。
なぜこのようなことをしたのかはボルドにもダディエルにもわからないが……、きっとこゆきなりにアクロマのことが気に食わなかったのかもしれない。
それはこゆきにしかわからないことだ。
そんなこゆきを抱えながら、ボルドは再度ロープを探そうとしたが……、それを真っ先に止めたのはダディエルだ。
ダディエルはボルドのきょとん顔を見て、「俺に任せろ」と言いながらアクロマに近付いて行動に移した結果――ボルドはそれを見て、顔面蒼白になりながらその光景を見た。
腕の中にいるこゆきも驚き――よりも恐怖の方が勝っている顔でがくがくと震えながらアクロマのことを見降ろし、ボルドも包帯越しでもわかるくらいの顔面蒼白で、彼はダディエルに向かって最初の言葉を言ったということである。
ダディエルは首を傾げながら「なんなんだ? 一体……」と言いながら、彼は己の足元で突っ伏した状態で倒れているアクロマのことを見下ろす。
そんなダディエルのことを見ながら、ボルドは内心ぶるぶると小鹿のように震えながら、思った。
――ダディエルくんはやっぱり……、暗殺者なんだね……。すごいことをしてもこの胸を張るような佇まい……。
――僕には、到底できないよ……っ! こんなこと……っ!
そう思いながら、ボルドは未だに地面に突っ伏して倒れているアクロマのことを見降ろした。
ボルドとこゆきが怯えながらアクロマを見降ろし、そしてダディエルのことを見ている理由――それは……、アクロマの拘束されている姿が原因だった。
確かにアクロマは拘束されている。しかしロープなどの結べるもので拘束されているわけではない。そもそもロープなど路地裏には一切ない。
だがダディエルが施したそれならば――逃げることなどできない。
その理由は至ってシンプルではあるが、誰もしないようなことでアクロマを拘束していたのだ。
誰もしないようなこと。それは……。
アクロマのことを拘束しているものは少し太めの針。体を傷つけないように服にそれを突き刺し、そして地面に向けて突き刺しながら彼はアクロマのことを拘束したのだ。
よくサーカスでやるナイフ投げと同じような要領で、彼は針を使ってアクロマのことを拘束したのだ。
手を動かせないように、足を動かせないように……、びっしりとその針を地面に突きつけながら……、服と地面にそれを縫い付けながら、彼は拘束をしたのだ。
それを見たボルドは、ダディエルのことを見ながら――まだ根に持っているのかな……? と思って最初の言葉を放ったということである。
だがダディエル自身はそのような素振りはなく、むしろ普通だろうという顔をしてボルドのことを見ていたということである。
「ほ、本当に恨んでいないんだね……って、言っても変かもしれないけど、これって嫌がらせとかそういったものじゃないよね……?」
ボルドは慌てながら聞くが、すぐにはたっとアスカのことを思い出して、そんな感情がないわけないだろうと思いながら、彼は首を横に振り、そしてダディエルに再度聞く。
ダディエルはその言葉を聞いて首を傾げながら――
「嫌がらせって……。あんたは俺のことをどんな目で見ているんだ……?」と聞いてきた。怪訝そうな顔をして彼はボルドに向かって聞くと、ボルドは慌てながらダディエルに向かって――
「だ、だってだってぇっ! こんな拘束見たことないしぃ! これだとサーカスで怖い思いをしている人と同じじゃないか! ビクッ! って動いた瞬間体が動かないし、このままだと地面を吸ってしまう可能性もあるし……、うつ伏せじゃなくて一応仰向けにした方がいいんじゃないっ? そのほうが新鮮な空気を吸えると思うから」
「女々しいわっ! てか地面の土を吸うって言いたいのか? んな仰向けにするアフターサービスがあっていいのかよっ! 敵だぞこいつ! それに顔は動けるから横にすればいいだろうが! あんたどこまでオカンなんだよ!」
「オカンではありませんっ! 僕はみんなのことを束ねる衛生士ですっ!心優しい衛生士だよっ!」
「B級めいた形相でよくそんな可愛らしいこと言えんなっ! どこからどう見ても三百六十度回転して見ても衛生士には見えねえよっ! 優しい輩なんて口先だけでも言えるし、そんな図体で欲心優しいって言う言葉が即座に出てくるな! 百パー言えねえよっっ!」
とまぁ。
二人は普段通りのもちゃもちゃした会話をして、二人はアクロマの拘束に関して話したのだが、やってしまった以上ちょっとやそっとでは取れない。
ダディエルでさえもこのまま待機することを宣言していたので、痛いそれはしないという交渉で――ボルドは渋々折れた。
ボルドはそれを聞きながら、痛いそれって何なんだろうという疑念は抱いたが、それ以上の追及はしなかった。
怖い理由もあるのだが、今はそれを聞いている暇はないのだ。
ボルドはアクロマの近くにいるダディエルに向かって――彼はこう言った。路地裏から出ようと足を進めようとし、何かを思い出したかのように足を止めて、振り向きながら彼はこう言ったのだ。
「そうだ――ダディエル君。一人だと多分危ないと思うから、リンドー君かガザドラ君、紅ちゃんやギンロ君を見つけたら『路地裏に来てね』って伝えておくよ。一人で見張りとなると、いざと言う時に危ないだろうしね」
「………俺はそこまで信用されてねえのか?」
「いやいや! 信用してそして万が一のことを想像してしまったら行動しないといけないじゃないかっ!」
ボルドは再度走ることを再開して、彼はダディエルのことを見ながら言った。
ダディエル達カルバノグにしかわからない――ボルドの長所にして短所。
それを見ながら、聞きながら、ダディエルは思った。
やっぱり――変わっていないと。自分の様な暗殺者に手を伸ばしたあの時から変わってないと……。
「もうこれ以上の悲劇は見たくない。今アクロマが伸びているからと言って、僕の判断ミスで犠牲を出したくないんだ。だからダディエル君――少しの間一人にさせてしまうけど、すぐに誰かを呼びに行ってくるから」
「…………………………へーへー」
ダディエルの言葉を聞いたボルドは、未だにダディエルの方を向きながら真剣な音色で――「いいね? 少しの間待っててね? いいね?」と言いながら、彼は路地裏から出ようとする。
ダディエルと一緒にアクロマを見張ってくれる人を探しに――
その光景を見て、ダディエルは帽子をくいっと下げながら、彼は思った。ほくそ笑みながら、彼は思う。
――悲劇も犠牲も見たくない。
――俺も同じだ。
――もうこれ以上……、アスカのような犠牲を出したくないのは俺もだし……、それにあんな苦痛は……、あれで沢山だ。
そう思いながら、ダディエルはボルドのことを見る。
見た目に反して臆病で、どんな時でも他人のことを思いやることができるリーダーのことを見ていた……。
が――そんな穏やかな時間は突然幕を下ろすことになる。
ボルドがダディエルのことを見て前を見た瞬間――彼は………………………。
――ひゅんひゅんひゅんひゅんっっっ!
「え?」
空気を切る音と同時に、彼は驚きの声を零し、そして――そのまま……。
地面に突っ伏してしまった。どろりと……、四肢から血を流して、彼は倒れてしまった。
「は」
ダディエルはその光景を見て、その光景と大切な人の最期と重ね合わせて、彼は呆けた声を出してしまった。
ボルドが行くはずだった……、目の前に現れた人物を見て、ダディエルはブラックアウトしてしまった感情が高ぶるのを感じた。
その光景を見ていたこゆきも、ダディエルと同じ感情であったのか、ボルドのことを傷つけた人物のことを見降ろし、体中を纏っている氷を体中に纏い、体を力ませながらその渦の中に己の体を――身を任せる。
そして――ブワリとその吹雪の渦を手で大きく払い、小さい姿とは違った雪女の姿をしたこゆきは、ボルドのことを攻撃した人物に向けてジューズーランのことを凍らせた息吹を吹きかけようとした。
だが……、その光景を見て、その人物は冷静な面持ちで右手の握り拳を作った。ぐっと握ったと同時に、こゆきの体に何かが纏わりついた。
「――っ!?」
こゆきは驚きながら体に纏わりつき、そして己の体を縛っているそれを見た。
ダディエルもそれを見て、はっと息を呑んでしまう。
それはダディエルや起きていればボルドも見たことがあるそれで、拘束に長けているものでもあった。
それは――糸。目を凝らして見ないと見えないような細いワイヤー。
それがこゆきの体にぐるぐるに巻き付けられて、ぎちぎちに縛られているような感覚を感じながら、こゆきは体中から発生している冷気でそのワイヤーを凍らそうとした。
パキパキと凍っていくそのワイヤーを見た人物は、即座に、そして冷静に対処をした。
握った握手に力を入れながら――その人物は言った。
「属性剣技魔法――『豪焔硬線』」
その言葉と共に、こゆきのことを拘束していたワイヤーが、僅かに光り出した。ちかりと、熱によって発火しているかのような色を放ちながら、そのワイヤーはどんどん光を帯びて、そして『じりっ』と言う火花を散らした瞬間……。
――ぼぉぉぉぉっっっ! と、瞬く間に、瞬きした瞬間、路地裏に響く轟音と共に、こゆきはその火の海に……、地獄の業火のようなその火柱に呑み込まれてしまった。
こゆきは火柱の中で叫ぶ。氷属性であるのか、火が弱点であるこゆきにとってすれば、火柱の中は地獄だ。めらめらと燃え、そしてこゆきの叫び声を聞きながら、ダディエルは言葉を失いながらその光景を見て、そして――二人の負傷をある光景と重ねてしまう。
ある光景――それは……、ダディエルが最も思い出したくない光景であり、ダディエルの人生の中で最も心に傷を負ったあの時……。
アスカの死とボルド達の敗北を、重ねてしまったのだ。
ぼうぼうと、めらめらと燃える世界の中、こゆきは大きくなったその体をどんどん小さくして、火柱が消えると同時に、こゆきは小さな体となって地面に向かって……、『ぽてり』と、倒れてしまった。
白い姿が黒焦げとなってしまうくらいボロボロになりながら、こゆきは成す術もなく倒れてしまう。
それを見て、ダディエルは感じてみる。
ふつふつと――、どくどくと――、びきびきと――、彼は感じていく。
目の前に現れた人物に――糸を使った、前にアクロマを連れ去った仮面の男の姿を見て、彼は……、ダディエルは……。
「――てええええええええええええええええめええええええええええええええええええええええええええええええええあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
叫んだ。
叫んだ。
叫んで叫んで叫んで、叫びながらも彼は手にいくつもの針を手に持って、仮面の男にその針を向ける。もちろん――殺すつもりでだ。
そのくらい彼は怒り任せになっていた。そのくらい彼は――限界だった。二度目の犠牲を見てしまったダディエルだからこそ、今回のボルドの光景は堪えてしまった。
針を持ちながら、彼はその針を仮面の男の顔見向けたが、仮面の男は右手の人差し指をくいっと折り曲げた。ただそれだけ。ただそれだけにも関わらず――ダディエルが持っていた針すべてが、小枝のようにいとも簡単に切ってしまったのだ。
折れたのではない。切れたのだ。
切れてしまった己の武器を見て、ダディエルは絶句した。
だがすぐに怒りが彼の行動を催促し、壊れてしまった針を持っていた腕を握り拳に切り替えて――彼はその拳を仮面の男に向ける。
ただの殴り。
モンクやスレイヤーのようなスキル付加のそれではない。
それを仮面の男の顔面に繰り出そうとした瞬間――仮面の男は言った。静かで、そして、ほんの少しだけ、苦しさが含まれたかのような音色で――彼は言った。
「…………、あのまま逃げてくれりゃぁ……、俺だってこうはしたくなかったよ」
「ごちゃごちゃうるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっ!」
仮面の男の言葉を聞かずに、ダディエルは拳を仮面の男に向けた。が――その拳も仮面の男に届くことはなかった。
どころか――拳を繰りだす前に、仮面の男はすでにダディエルに止めを刺していた。
――ひゅんひゅんひゅんひゅんっっっ! と、ボルドを倒した音がダディエルの耳に響き、そして視界の端に広がった赤い液体を見て彼は驚愕に顔を染め、体中から溢れ出る熱に驚きを隠せなかった。
マグマのように身体中を駆け巡る熱と――どんどん溢れ出てる痛み。
そして――四肢から零れだす液体の感触。
「…………………っ! ~~~~~っっっ!」
ダディエルは体の芯に、次第に大きくなる激痛を体感しながら歯を食いしばり、口に溜まる鉄の味を吐き捨てながら目の前にいる仮面の男を睨みつける。睨みつけて、一矢報いようとする思いで、彼は口に含んでいた最後の針を、仮面の男に向けようとした。
向けて――吹き矢のごとく吹こうとした。
が……、その前に、彼の意識が限界を知らせていた。
「……………っ?」
ダディエルは驚いた目をして、歪んでいく視界を見つめていた。面前の仮面の男の輪郭がぐにゃりと歪み、景色も歪んでいく光景を見て、そしてその歪みに連動されているのか、視界の端からどんどん中央に向かって群がっていく黒。
その黒が視界を遮り、彼の視界が黒になったと同時に――ダディエルの意識も途切れてしまった。
事実上気絶。しかも四肢部位破壊された状態で、ダディエルは成す術もなく倒れてしまったのだ。同じように倒れているボルドと一緒に、彼らは一瞬の勝ちを獲得したと同時に負けを刻まれてしまう。
白星と黒星。それらを刻まれてしまった二人は――あえなく『バトラヴィア・バトルロワイヤル』の退場を余儀なくされたのだった……。
◆ ◆
仮面の男――ハクシュダは倒れて、否……、倒してしまったボルドとダディエルを路地裏の入り口付近の壁に身を預けるように寝かせて、持っていた応急処置の包帯を使ってボルドとダディエルの四肢にそれを巻き付ける。
生憎回復薬などは持っていないので、ハクシュダは彼等のことは誰かに任せようと思いながらその場から立ち上がる。そして帝宮を見つめながら、彼は思う。
なぜこうなってしまったのか。
なぜこのようなことになってしまったのか。
なぜ……、あんなに傷つけたくないと思っていたのに、自分は他人を傷つけているのか。
そしてなぜ……、自分は……、戦うのか。
「考えずとも、もうわかっていることだ。もう……、決めたことなんだ」
ハクシュダは覚悟を決めたかのように、顎をくいっと下げながら彼は――握り拳を作りながら続けてこう思った。
――俺が戦っている理由は、守る力を得るため。
――でも、これは守る力じゃねえ。これは……、傷をつける力。親父に教えてもらったそれとは全然ちげぇ。
――俺の手は……、汚れている。血で真っ赤に染まっている。
――だから、もう、これ以上はだめなんだ。
そう思いながら、彼は思い出す。今まで守ろうとしていた……、今まで焦がれていた人物の後姿を……、自分が最も守りたいと思った、誓った人物の背中を思い浮かべながら彼は思ったのだ。
――もう触れることができねぇけど、最後の最後に……、叶う願いなら……、守らせてくれ。
影からでもいい。後ろからでもいい。気付かれなくてもいい。ハクシュダは思った。思いながら、彼は気を失って、まだ生きている二人に向かって、深く一礼をしながら――彼は仮面越しの声でこう言った。
「――すみません。深手を負わせてしまって、いや……、俺の所為でこうなってしまったこと詫びます。今はこれしか言えません。あとから、この戦いが終わったらどんなことでも甘んじて受けます。でも……、今はもう少し待って下さい。俺には――やらないといけないことがあるんです。それを終わらせたら、俺はあんた達の怒りを受け止めます」
すみません――未熟で、生半可な覚悟で来た俺の所為で、こうなってしまって……。
顔を上げずに、ハクシュダは言う。
そしてそっと顔を上げながら、彼は最後の言葉を紡いだ。
「…………それでは……、失礼します」
と言って、ハクシュダはその場から立ち去る。立ち去って、彼はある場所に向かいながら駆け出した。
『バトラヴィア・バトルロワイヤル』は戦い人達の意見を優先にして組み込まれている。
それはスナッティが紅と戦うと言う気持ちを……。グゥドゥレィが己のことを虚仮にしたアキに対して殺したいという気持ちを汲み取って、組み込んでいる。そしてその組み込みの中に……、レパーダもある人物と戦いたいと願い出たことが判明したことを、ハクシュダは知っている。
その人物がだれなのかも、ハクシュダは知っている。だからこそ彼は走る。
レパーダの手が届く前に、その人物を助ける。
そして……、助けた後で自分も伝えよう。
これ以上傷つけたくない。これ以上悲しませたくない。これ以上……、不器用な自分のせいで、涙を見たくない。そう思いながら、ハクシュダは決意する。いうことを決意する。
――ここで、お別れだ――と言う別れの言葉を伝えるために……。
「待っててくれ……っ! 麗奈っ!」
ハクシュダはその名を口にして、そして速度を上げながら駆け出す。駆け出して、一秒でも早くその人物――レン……、否。麗奈のところに向かって駆け出す。
手遅れになる前に、最後の救いの手を差し伸べるために、彼は――ハクシュダは駆け出す。
最愛の人のことを想いながら……。
◆ ◆
「んんんんぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ~っ!」
「んんんんぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ~っ!」
その頃……、南西の方角で、何も置かれていない空き地のような場所で繰り広げられていた戦いは、現在膠着状態へと進行していた。
と言うよりも……、その場所で対戦していたスナッティと、紅。そしてサポートに回っているセレネは内心……、拮抗を保ったこの状況に首を捻っていた。
捻る。それは疑念を抱いているそれではなく、彼女は首を捻りながらその光景を見て――
――…………これは、長丁場だな。と思いながらそれを見ていた。
正直申し訳ないと思いながらも、彼女はかなり前からこの状態を保っている紅とスナッティのことを見てそう思っていた。彼女の足元にいるシノブシもセレネの影の中からそれを見て、半ば呆れた顔をしながら彼は――小さな声でこう言った。
『…………セレネ様。このままだと埒があきません。私めが出て終わらせましょうか?』
下から聞こえるシノブシの声を聞いたセレネは――気付かれないように首を横に振りながら『しなくてもいい』と促す。
それを見たシノブシは、それを見て無言の肯定をしながら彼はじっと、セレネの影の中にひっそりと隠れる。
それを見ていたセレネは、再度紅とスナッティの姿を見た。
今現在――二人は取っ組み合いをしながら地面をゴロゴロと転がって頬をつねったり、髪の毛を掴んで引っ張ったりしてもみくちゃになっている。
武器などない。スキルなど使わない。素手での取っ組み合い。
セレネはその光景を見ながら、辺りを再度見渡す。
空き地内に散乱しているものは苦無や弓矢の矢。それらが壊れていたり、壊れずに地面に突き刺さっていたりしている――はたから見れば凄惨な光景を想像してしまうかもしれないが、生憎この場所は他と比べたら凄惨なことなど起きていない。
むしろ――無傷の状態に近いそれで戦いが繰り広げられていたのだ。
セレネは始まってすぐのことを思い出しながら、紅とスナッティのことを見る。
このバトルロワイヤルが始まったと同時に、二人は戦闘を開始した。それは他のところと同じような光景が最初こそ繰り広げられた。セレネも『付加強化魔法』を紅の付与しながらサポートをしていた。
紅はスナッティの遠距離の弓矢の攻撃を迎撃する様に――苦無を飛ばしながら彼女は応戦するが、所詮は物。物であり消費物。ゆえに使い回しが利かない時もある。
最初こそ使い回せるものがあればそれを使っていたが、それもどんどん壊れていき、そしてその状況に嫌気がさしてしまったのか、紅は武器を持たずにスナッティに向かって突進し、そのまま彼女を掴んで一緒に転がって――
………現在に至る。
である。以上。
セレネはそれを見ながら凛々しいそれをそっと座らせながら、彼女は見る。見て、いまだに取っ組み合いをしている二人のことを見ながら、セレネは珍しく、顔を顰めてしまう。
――なぜこうなってしまったのか……。と言う理解ができないという顔をしながら、彼女はその光景を見て、そして聞く。
「こんのおおおおおおおお……っ! ちまちまちまちまちまちまちま遠くから矢を放ちやがってぇえええええええっっっ!」
「それが私の所属なんだから仕方ねえだろうがああああああああああああ~っ!」
「それが嫌なんだよぉおおおおおおっっ! というかお前すんごくねちっこいんだなぁあああいでででででっっ! 髪の毛引っ張るな馬鹿やろおおおおっ! いたたたたたったたっ!」
「うるさいんだよぉ~っ! てかあんたも頬をいへへへへへへへへっっ!」
セレネは未だにもちゃもちゃと取っ組み合いをしている二人のことを見ながら、半分困ったような笑みを浮かべて頬を掻きながら――彼女は思う。
――これは……、長期戦になるのやもしれないな……。
はたから見れば、ここだけが至極穏やかに空気になっているに違いない。他と比べれば被害など全くないのだから……。
ハンナのところは危機一髪の様な光景。
メウラヴダー達のところは半壊にして成す術もなく倒れてしまうような惨状。
ガーネット達のところも苦しく、ボジョレヲ達のところも同じ。
リンドー達のところとボルド達のところも傷を負うような事態があった。
ヘルナイトのところは本人は無傷であったが、相手の方が心身共に傷ついてしまったという結果。
他のところがどうなっているのかはまだ明らかにされていないが、紅達のところを見れば、誰だってこう思うだろう……。
ここだけ、すごく穏やかな戦いだ。と………。
傷も何もない一番平和な戦いだ。と………。
その光景を見ていたシノブシも、セレネの影の中からその光景を見てこう思っていた。
――こいつらは本当に死ぬ気で戦う気があるのか……? と。
そんなセレネとシノブシの思うことを裏切りながら、二人は未だに取っ組み合いをして、ゴロゴロと転がりながら、紅がスナッティの上になって頭と頬を抓っていると、彼女はスナッティのことを見降ろしながら怒りの目でこう怒鳴った。
「てめぇ……っ! 本当にあたし達のことを裏切ったのか!? 金のために裏切って、それで一回裏切るたびに金をもらっていたのかっ!?」
「あぁ…………? 当たり前だろうが……っ! それで一人になれればそれで十分だっつうの……っ!」
「……お前……、本当に屑だな……っ! クズ過ぎてブチ切れることですらバカバカしいって思ったよ……っ! 今更思うが、お前本当に屑の塊だよな……っ!」
「あぁ……っ!? 最底辺のような境遇のくせに何言ってやがるんだ……? 勉強もできないモテないような顔にその性格……っ! まさにモテない女だよあんたは……っ! あんたはその上位にランクインしているような顔をしているよ……っ!」
紅はスナッティの言葉を聞いて、ぎりぎりと歯を食いしばりながらスナッティのことを拘束する手に力を入れていた。
それはもうぶるぶると震えるくらい……、彼女はスナッティのことを見降ろしながら怒りに震えていた。
その光景を見て、セレネははっと息を呑みながらレイピアを突き付けて、紅のことを止めようと足を『ずっ』と、引きずるように動かした時――紅は叫んだ。
セレネのことを見ずに、彼女は叫んだ。
「――手を出すなっ!」
「っ!」
『!』
紅の低く、そしてどすの聞いた声を聞いたセレネはびくりと動きを強張らせて、シノブシもそれを聞いて動こうとしたがすぐにセレネの影の中にひっそりと潜む。
紅はセレネとシノブシを見ずに、彼女はスナッティのことしか見ずにこう言った。
怒りを押し殺すように彼女はスナッティの胸ぐらを掴み、ぐっと己に向けて引き寄せるようにして紅は言った。
「あたしが言いたいのは、そんなどうでもいいことじゃない……っ! あたしが言いたいのは、言いたかったことは……っ! あんたのその思考回路に心底失望したってことだよ! あんたなんかよりも、敵だったZの方が、よっぽど人間らしかった……。あんたなんかよりもZの方が優しいって思った! 親のことを想っていたのに……っ! あんたは屑の中の屑野郎だっっっ!」
半分半音になってしまうような声で叫ぶ紅。
その音色には水が含まれており、セレネの目からでもわかった。スナッティはそんな紅を見て言葉を失いながら紅のことを見上げていた。
お前よりもZの方が優しい。
お前よりもZの方が人間だ。
その言葉はシンプルであり、曖昧であり……、なぜか重いと感じてしまうような音色と言葉でもあった。
紅はなぜZのことを話しに出したのか……、それは紅にしかわからない。
あの時『デノス』にいた人物にしか知らないことで、Zのことを中途半端ではあるが、知っている人物にしかわからないことで、セレネとシノブシ、そしてスナッティはそれを聞いて、目を見開いて疑念のそれを顔に出していた……。




