PLAY66 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅴ(強き者達)②
帝宮――謁見の間。
謁見の間には突然ここに来たコノハ、カグヤ、航一にズーの四人と、バロックワーズの幹部……、颯とリーダーでもあり監視者でもあるDrしかいなかった。
他の人物はいない。謁見の間にはたったの六人。だが足りない。足りないのだ。
その謁見の間にいなければいけない存在がいないのだ。
王がいないのだ。
国のために生き、国のためにその玉座に座るべき存在――否……、この国の王の場合は欲望の赴くがままに自由に生きてきた帝王。
そのいるはずのバトラヴィア帝国の王がいないのだ。
何故いないのか?
それに対しては前々回から疑問に思っていたことであろう。なぜ帝王はここにいないのか……。それは本当にわかりやすい答えだった。
王は――隠れていたのだ。
誰の目にも止まらないところに、じっと息を潜めながら隠れていた。それが真実だ。
なぜ隠れる? その理由も簡単だ。
例えば王がその場所にいて、もし敵襲が来た時にあっけなく屠られてしまえば冗談では済まされない。
いなくなってはいけない存在上位にして頂点に君臨する王。
その王がいなくなること――それは国の死を意味する。ゆえに帝王は今現在……、帝宮のある場所に隠れてやり過ごしている。
ある場所――その場所は後にわかることではあるが……、今は明かせない。もう一度念を押すが、後にわかることであるので今は語らない。
帝王が隠れている場所はいわゆる帝国の最後の希望であり、その希望がすでにもぬけの殻になっていることは、帝王しか知らない。
兎にも角にも……、帝王はその場所に隠れている。
そのことを知っているのは……Drだけだ。
王に隠れろと命令をしたのは――Drだった。
Drの言葉を聞いてすぐに王は実行に移した結果、謁見の間にDrを残し、己だけは安全で絶対に来ないであろうその場所に隠れてやり過ごそうとしたのだ。
幹部と協力している冒険者にすべてを委ね、他力本願のようなことをしながら王は何もせず、なにも見ずに『バトラヴィア・バトルロワイヤル』が終わる時をずっと待っていた。
何という姑息な。何という傲慢な。そう辺りから飛び交ってもおかしくないような行為。国を統べる王の恥さらしとは、まさにこのことだ。
それを知っているDrは――そのままずっと隠れててほしいと願っていた。
もう会いたくないと思いながら、そのまま餓死してほしいと心の底から願っていた。何故そう思うのか……。理由は簡単。
もう見飽きたからだ。
当初から気になっていただろう……。なぜ帝王に協力しているのだろうと、なぜ冒険者でもあるDrは、ネルセス・シュローサのような目的もないのに協力をして、そして今の今まで有効な協力体制をとれていたのか。
最初こそ帝王の底知れぬ欲望を見たいがために、協力してくれるであろうネタと道具を用意して、最低限の協力はした。が……、結果は拍子抜け。
帝王の感情を見たDrは、落胆しながらこう思っていたそうだ。
――ああ、こいつは面白くない。
と……。
Drはあることをきっかけに感情に対しての執着が異常である。
なぜこうなってしまったのかはまだ明かせないが、その執着に終着点などない。むしろ生きている限りその執着は続くだろう。
その執着の溺れ、今となってはその執着も欲求となり、研究の対象となり、彼はその感情を追っていく内に、己の人格を歪めてしまっていた。
人の絶望する顔――怒りなどの感情を見るために平気で嘘をつき、相手を掌で踊らせてその光景を見て嘲笑い。
人の絶望する顔――悲しみな憎しみの感情を見るために、Drは何の恨みも接点もない人のそれで手を汚していき。
人の――負の感情や喜びの感情を見るために、Drはありとあらゆることを躊躇いもなくする。
物を買うこと、無視をすること、相手に怒りの感情を植え付けること。そして――人を殺すことを厭わない。
そんな冷酷な欲求で、彼は帝王の貪欲にして異常な欲深さを近くで見たいがために、彼は協力を申し出たのだ。
結果として、それは拍子抜けと言う結果で終わってしまったが……。
面白くないからDrは邪魔となる帝王をあるところに閉じ込めて、そして今現在……、自分が蒔いた種によってつられたコノハ達のことを見降ろし、淡々とした目で彼女達を見たが、Drはそんな四人を見て……、年寄げなく、心が高鳴った。
どくどくと高鳴りながら、Drは思った。
――珍しい客人じゃ。まさかこんなところで再会するとは思わなかったわい。最近刺激がなかったからいい刺激になるわい。
――さぁてさぁて。どんな感情を儂に見せてくれるのかのぉ。年端もなくワクワクするわい……っ!
どくどくと、どきどきと……、Drは待ち望んでいた。あの時感じた高揚感をもう一度味わいたい。もう一度見てみたいという欲求に従いながら、Drはコノハ達の感情を見るために、彼等と相対する。
死ぬわけではない。否――死なないだろう。自分は相手よりも強いものを持っている。だから負けない。そう確定の計算をしながら、Drは今目の前にいるコノハたちのことを見降ろす。
淡々とした仮面に隠れた年相応ではない高揚感を胸に抱きながら……。
◆ ◆
「ほほぅ……。コノハ……。コノハ……。うぅん? コノハ? コノハ、とな?」
コノハ達の登場を前に、Drは大袈裟に体を左右に揺らし、顎に手を添えながら考える仕草をするふりをする。
その動作を見ていたコノハは、子供らしく頬をぷくりと膨らませて怒りのそれを顔に出しながらDrがいるその場所を見上げて睨みつける。
猫人の男――カグヤはその光景を見て薄気味悪さと異常性を感じてしまったのか、耳から生えている猫の耳が逆立っている。びりびりと逆立たせて、カグヤは「っ」と、委縮するような声を上げてしまう。
死神の魔獣族――ズーもそれを見て「うげ」とDrのその動作を見て、内心明らかにふざけているだろうという念が伝わるような表情をしてしまう。彼にとってすればこれはネルセス以来の嫌悪感である。
航一はそんなDrのことを見ずに、ただただじっと、Drの傍らで刀の鞘を手に持って、鍔に親指を添えながら構えをとっている颯のことをじっと見ている。今までの陽気なそれはなく、真剣な面持ちで彼は颯のことをじっと見ていた。
まるで――前から颯と面識があったかのような顔で、航一は見ていた。
そんな四人の顔を見て、Drは見た目こそ本当に老人で、リアルでも老人ではあるが、心の中はまだ子供のような好奇心と高揚感で満たされつつあった。
コノハの怒りの顔にカグヤの恐怖するものを見たような顔、ズーの嫌悪感丸出しの顔、航一の敵意むき出しの顔。
どれもこれもが、Drの心を大いに刺激し、そして満たしていく。
感情と言う観察品を、美術品を拝めるような心持で、Drは四人の顔をじっくりと見ていた。
さながら高価なものを見つけて、それに魅入られてしまったかのような目で、彼は感情を見ていた。人ではなく……、感情を見ていた。
そんなDrはくねり、くねりと体を動かしながらコノハのその怒りを刺激するように首を大袈裟に傾げていると、それを見ていたコノハは溜息を吐いて、そしてむすくれた顔をしてから彼女は……。
「いい加減にして。そんなことでコリーンのこと、騙せるとでも思ったの? もう騙されないよ」
「…………………………………」
「?」
むすくれた顔をして言うコノハ。年相応の顔が、彼女の年齢を浮き彫りにする。
その言葉――厳密には名前を聞いたDrは、くねり。くねりと体を揺らしていたが、その名前を聞いた瞬間――びたり。と体を止めて、心高鳴っていたその気持ちを殺し、コノハのことを見降ろしながら、Drはゆったりとした動作で直立になる。
機械質の眼鏡から覗く鋭い眼光が、まだ幼いであろう (正確にはわからない) コノハのことを睨みつけている。
それを見ていたカグヤは、コノハのことを見降ろしながら、彼は疑念の声を上げる。先ほど疑念の声を上げていたのはカグヤで、カグヤは持ち前の知的好奇心が疼いたのか、コノハとDrの関係性に対して素朴な疑問を抱いたのだ。
抱いた言葉は三つ。
騙せる。コリーンと言う名におじいちゃんと言う言葉。それが最初の引っかかりとなり、次第に彼らの雰囲気を見ていたカグヤは、なんとなく、本当にいなんとなくだが、己の直感を信じつつ、彼はカグヤのことを見降ろしながらこう聞いたのだ。
「コノハ……。少し失礼ないことを聞くけど、あのおじいさんとはいったいどんな関係なんだい……? さっき、おじいちゃんって言っていたけど」
「!」
その言葉を聞いていたズーも、多少興味があるのかぞわりと肩を震わせてカグヤとコノハの方を見る。
航一はその言葉を聞いていないかのように颯のことをじっと見つめている。
コノハはそんなカグヤの言葉を聞いて、彼のことを見上げながら「あぁ。そう言えば言っていなかったね」と、いつも通りの天真爛漫さを見せているが、その天真爛漫さに怒りを重ねているような音色で、コノハは言った。
「コノハ……。ううん。現実ではね……、コノハはコリーン・スレム・ヴィシット。コノハはね……。おじいちゃんの娘なの。でもね。コノハは再婚したお母さんの娘で、ゼンサイ……、って言う人もいたんだけど、おじいちゃんはその人と離婚してお母さんと結婚したの。コノハ自身もおじいちゃんに会ったのは今回が初めてなんだけどね。でも、コノハは知っているの。おじいちゃんのせいで、コノハのことを生んでくれたお母さんは、おじいちゃんのせいでこの世を去ってしまった。この人は、お母さんのことをいじめた。だから許せないって思ってここまで来たの。ごめんね――黙っていて」
申し訳なさそうに頭を下げて謝るコノハ。音色も行動もいつも通りの光景である。
しかし、カグヤとズーは、それを聞いて絶句した面持ちでコノハのことを見て、そして今まさにコノハ達のことをじっと、無機質な目で見降ろしているDrのことを見ながら、二人は思った。
ズーはそんなコノハのことを見て驚いた面持ちで彼は……。
――そんなことがあったんだ……。僕と比べたらどうのっていうそれは無しにしてでも……、結局は仇討ちのために、ここに来たってこと。あの人と同じで、質は違うけど結局は仇討ち。
――世間は狭いと思う反面……、人間はきっかけ一つで性格を、人格を変えてしまう……。あの人のように、苦しい人生しか歩めない人間になってしまう人もいるんだ……。
そう思いながらズーは、ここに来る前に出会ったトリッキードールの魔人族の男のことを思い出す。
復讐に囚われ、そして何かを思い詰めたのか、勝手に絶望して、そして勝手にどこかへ行ってしまった男のことを思い出すズー。
悲しそうに、そして嘆くようにズーは思った。そんなズーと一緒に、カグヤはそんなコノハとDrのことを見てあることを思っていた。
それはただの推測。ただの己の見解で組み込んだ推理である。
コノハはDrと血が繋がった本当の親子。
カグヤは知らないが、コノハとアクロマは遠いがそれでも血縁関係があるということになる。
だが――コノハもアクロマもそのことについては知らない。
なにせ、別れた母から生を受けたアクロマと、再婚した母から生を受けたコノハは何の接点もない。
ゆえに二人は互いの存在ですら知らないようなそれである。
それでも――血の繋がりがあるのは確かだ。
そして……、自分のことを生んでくれた母が、今目の前にいる男の手によって帰らぬ人となってしまったということに、そしてそのことに関してコノハは異常な恨みを抱いている。
それはもう……、殺したいという気持ちが押さえつけられないほど、コノハは恨んでいる。
自分の母親を直接なのか、それとも間接なのかはわからないが、それでも親を殺したかもしれないDrのことを、彼女は恨んでいる。憎悪の意思を以て、まだ十四歳であるコノハはDrのことを睨みつけている。
結局のところ――コノハもDrによって人生が滅茶苦茶になってしまった一人なのだ。過去については何もわからないが……、それでも彼女はきっとDrと関わったからこそ、ここまで生きてきたのだ。
そのことを推理し、そして複雑な思いを抱いたカグヤは、ぎゅっときつく唇を噤んで、そして脳裏に浮かぶ家族の後姿。そして今も家族と思っている男性と少女の背中姿を思い浮かべながら、彼は思った。
――家族同士……、血を分けた者同士で、家族同士で憎しみ合う……。
――僕には、ううん。僕の家族には絶対にない感情だ。
――コノハはDrのことを……、自分のお母さんの人生を滅茶苦茶にしたDrのことを心底恨んでいる。大好きだった母親の死の起因が、おじいちゃんでもあるDrにあったからこそ、その悲しみも憎しみも、爆発してしまったんだ。
――僕にはそんな感情一切ないし、それに僕のことを育ててくれた親には感謝している。
――でも、そうでない家族もいる。お互いの関係がいびつに歪んでいる家族や、いろんなものを抱えている家族……、そして。
と、思いながら、カグヤはコノハのことをじっと見降ろして、複雑な心境を抱えながら彼は思った。
――コノハのように……、家族の因縁が深い人……。今回はそれに相当する。だから、彼女はここまで来た。ここまで来て、そして相対して、更にはここで、決着をつけようとしているんだ……。
――覚悟のことを僕が評価することはできない。覚悟はその人にとってすれば大きなもの。それを過小評価することはその人の覚悟を踏み躙る行為だ。
だから言わない。だからこそカグヤはその覚悟を止めようとは思わない。それがコノハが決めた覚悟なのだから。
だが、だがそれでも――カグヤは複雑な心境で、目をつぶりながら思った。
――でも、もし別の方法があったら、そっちの方を僕は選ばせたい。そして後悔してしまうような選択をしないでほしい……。
そう願った瞬間だった。
「コリーン……。そうか、コリーン……。おぉ、ぉぉぉ! おほほおおおっ! 思い出したぞっ!」
Drは今まで無表情のそれを貫いていたが、まるで仮面で覆われたそれはパキンッと真っ二つに割れたかのように狂気のそれを見せながらDrは言った。
高揚とした笑みで、思い出してアドレナリンが過剰分泌されているかのような笑みで彼は高らかにこう言った。
「思い出したおもいだしたオモイダシタぞぉっっ! そうかそうか! コリーン! コリーンの名は確か後妻のコリシャの娘かっっ! なるほどなるほど……っ! あの時初めて儂のことを、儂の頭に傷を作ったあの猫女の娘かっ! そうかそうか思い出した! 年を老いていくと正直に本当に嫌々しく思うぞぃ! まさかあの時儂に楯突いた女の娘が、今ここで相対するとはのぉ……!」
「………………………………」
「なるほどのぉ。目元がよく似ておる。あの猫女の目と同じじゃ。しかしなんじゃて? 儂のことを倒すためにここに来たのか? んん?」
「………………そうだよ」
Drの長い長い言葉を入れたくないコノハはその言葉を我慢しながら耳に入れ、記憶に刻み、再度その決意を氷のように固めながら彼女は頷く。
驚いているのか目を点にしてきょとん……。としているDrに向けて、コノハは指を『びしりっ』と指をさし、そして腰に手を当てながら彼女は宣言した。
胸を張って、高らかに宣言する。
「コノハはおじいちゃんをぶっ倒す! そのためにここまで来たの。お母さんや他の人達の怒りを背負って、コノハがおじいちゃんの顔面に一発をぶち込むために、コノハはここまで来た。おじいちゃんに一矢報いるために!」
「コノハ……」
コノハの宣言――それはまっすぐで真っ当で、そして他人のことを思いやりが詰め込まれた温かさがある宣言で、覚悟だった。
その言葉を聞いていたDrは、笑みを浮かべて何を言うのか、どんな負の感情を曝け出すのかと期待していたが、コノハの言葉を聞いて拍子抜けしたかのように、その笑みを破壊して無表情の仮面をつけなおしてその顔を三人に見せる。
カグヤはその言葉を聞いて、さっきまで心のしこりとして残っていた感情が和らぎ、安堵の息を吐きながらコノハを見る。ズーもそれを安堵のそれで見ていたが、彼はそっと、ある人物を見る。
ズーは航一のことを横目で見たが、航一は本当に何も話さない。何も言わない。口を開かなかった。
ただただ航一は、ただ一点だけを見つめて、無言のそれを徹していた。見つめている先は颯で、その颯も航一のことを見降ろしながら、ただただじっと見つめている。見降ろしていた。
二人の間に、周りに入り込む余地などない。むしろどんどんと二人の空気の空間が形成され始めている。
――……話しかけても無駄だな。
そう思いながら、ズーは航一からそっと目を離してコノハを見る。コノハは未だに腰に手を当てながら鼻息をふかしてDrのことを見ていた。
が……、そんなコノハの言葉とカグヤ達のことを見ていたDrは……。淡々とした面持ちと口調で、ごきりと首を鳴らすように首を傾げながら……。
「なんじゃ? その感情と言葉は」
「………………………? どういうことだ?」
カグヤはDrの言葉を聞いて首を傾げて疑念の声を掛けると、Drはそんなコノハ達のことを見降ろしながら、彼は淡々とした面持ちで、そして無表情の口調で彼は淡々と、コノハ達に向かって言う。
首を傾げた状態で、彼は言った。
「ぶち込む? 儂の顔に? ただ拳を打ち込むだけなのか? そしてお前さんの感情は、儂に対しての感情はそれだけなのか? もっともっと憎いとは思わんのか? もっともっと殺したいとは思わんのか?」
「…………最初は嫌だったし、殺したいっていうそれは一瞬思っていた。けど、お母さんはきっとそれを望んでいない。お母さんはきっと、おじいちゃんに変わってほしいと願うから、コノハは殺さない。そんな感情を持たないで、おじいちゃんを改心させるために、一発ぶん殴ろうと思っているの。だから殺そうなんて全然思っていない」
「……………………僕もそう思います」
コノハは真剣な目でDrのことを見上げながら言う。
その目に偽りなどない。偽りのない目を見ていたズーは溜息を吐きながら続けて畳み掛けようとする。Drのことを見ずに、至極真っ当な意見を述べるようにして彼は口を開こうとした。
唯一、Drのことを見て危険を察知し、少し慌てながら止めようとするカグヤのことを無視しながらズーは言った。
「第一あなたのような人をこの世界で殺しとしても、僕達に残るものは何ですか? 倒したという達成感? やり遂げたという達成感? 殺していなくなったという解放感? そんなものは仮想空間で行うことではないです。そもそも復讐=殺しとして結びつけることはだめだと僕は思います。あなたの言葉もいまいち理解できませんし、それにコノハさんはきっと、あなたには罪を償ってほしいからこそ、殺さないで拘束する。それこそが大きな復讐になるとみてそう言っているんですよ? どの世界でも好き勝手していたのですから、ここいらで頭を冷」
冷やせばいい。って言いたいんですよ。
と言う言葉は、声は……、謁見の間には広がらなかった。
その言葉は紡がれなかった。
否――紡がれる前に、その言葉はある言葉のせいでかき消された。の方が正しい。
ズーも、コノハも、そしてカグヤも、今まで無言の視線を向けていた航一も、颯も、その声を聞いて肩を震わせながらその人物の豹変を目の当たりにした。
その人物――もうわかり切っていることなので、ここで名を明かそう。その人物とは……。
「――ちがうじゃああああああああああああああよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!」
Drだった。
Drは無表情と淡々としたそれをかけ合わせた顔でコノハ達のことを見ていたが、ズーの言葉を聞いているうちに、Drの顔は変わりつつあった。そしてその変りも終わりを迎え、Drはコノハとカグヤ、ズー、航一と近くにいる腹心でもある颯をも巻き込んで、Drはその怒声と怒の表情を曝け出しながら、彼は叫ぶ。
無表情に彩られる赤い怒りの絵の具を顔中にぺったりとつけていきながら、Drはこれでもかと言うくらいの大きな口を開けて、口に溜まっていた唾液を吐き出すように、彼は今まで誰も持たことがないような顔を浮かべて――怒りの形相を顔に曝け出しながら怒鳴り散らす。
ずたんっ! ずたんっ! ずたんっ! と――
まるで我儘な子供のように片足を上げて地面に向けて踏みつけながら、地団駄を踏んで、心の奥底に秘めているであろう鬱憤や己の本音をコノハたちに向かって――そんな反応を、返答をしたコノハたちに向かってぶちまけていく……。
望んでいないことを言ったコノハたちに向かって、Drは怒鳴ったのだ――
「なぜ儂のことを殺そうと躍起にならんのじゃっ! なぜそのように捕まえることで押しとどめてしまうのじゃっ! ここはもっと怒りを露にして憎しみや妬みやいろんな負の感情を曝け出すところじゃ! それなのになぜその感情を曝け出さんのじゃ! もっと曝け出せ! なぜそんなにも淡々としておる!? なぜおまえさん達はそんなに感情を吹き出さんのじゃ! もっと儂に感情を見せろっ! 感情を魅せるんじゃ! 色んな感情を魅せるんじゃ! そんな淡々とした感情が見たいのではないっ! 儂は……っ! 儂を倒すことは殺すことで、儂に対しての憎悪を爆発させるはずじゃったのが、なぜそんな生易しいことになっておるっ!? こんなことならばあの富豪の娘を相手にすればよかったわいっ! あの小娘のほうがいい感情を浮き部降りにしておった! そしてあの時出会った天族の女の方がまだよかったわいっ!」
ずたんっ! ずたんっ! と、Drは地団駄を踏みながら怒りを露にし、今までの威厳を切り崩すようにDrは叫ぶ。
駄々っ子のように、『こうしてほしかった』や『ああしておけばよかった』と、本気で嘆きながら彼は怒りをぶちまけ、そして自分の思い通りの感情を出さなかったコノハたちに対して、苛立ちを吐き捨てていた。
その光景を見ていたカグヤは、うっと唸るような声を上げてDrを見上げる。
まるで悍ましいものでも見たかのように、カグヤは唸ってしまう。
………おぞましいもの。それはハンナがDrのことを見た時に抱いた感情と同じで、カグヤも、ズーも、コノハも豹変してしまったDrのことを見て、委縮されてしまっていた。
――さっきまでのおじいちゃんとは別だ……。いったい何を言っているの……? でも、こんなことで折れちゃいけない……っ!
コノハはそんなことを思いながら、言い出した張本人が踊りて委縮してはいけないと、啖呵を切ったのならば最後まで戦う姿勢を崩さないで行こうと思いながら、コノハはぐっときつく口を噤んで前を見据える。
――一体何を言っているんだ? なんで僕たちの反応を見て、言葉を聞いてあんなに錯乱しているんだ……? 僕達は、何も変なことは言っていな……………いはず。ですよね? でも僕の言葉を遮ってこのような状態……、異常だ。そして――手を抜いてはいけない。
ズーは最初こそ驚いた目でDrのことを見て、理解できないような顔をしていたが、それでもズーはDrから感じられる嫌な空気を察知し、ズーは鎌を構えながら戦闘態勢をひっそりととる。
Drの怒りの原因に関しては未だに理解不能ではあるが、危険であることをいち早く察知して、ズーは悟った。
一方として、カグヤはそんなDrのことを見ながら思った。Drを見て一言。一つの言葉を思い浮かべていた。
――子供だ。
カグヤは唐突に、意味不明なことを思い浮かべたが、これは冷静に判断した結果であり、カグヤなりにDrのことを見て思ったことでもあり、誰も見たことがないDrのことを冷静に分析した結果、カグヤは子のように仮説を立てた。
――この人は……。生まれてからずっとこの願いを胸にしてきた。『感情』を見たいがために色んな事にも躊躇いもなく行ってきた。
――それは己の欲求不満を解消するための、もしくはそれを見たいという特殊な趣味なのかはわからない。でもこの人は、純粋に感情が見たいという一心でここまで生きてきた。
――まるで……『あれがほしい』と永遠にねだっている子供のように……。諦めが悪い子供のように、この人はずっとずっと感情を見たいという一心で生きてきたんだ。
――異常だ。異常すぎる。この人はもう人格が壊れている。
そう思っていたカグヤは。ごくりと口に溜まっていた唾液を飲み、喉を潤わせながら、彼は小さく息を吐き、頬を伝った何かを感じながら、彼は思った。
――危険だ。このままだと僕らは……。
殺 さ れ る。
そう思ったカグヤは、すぐに二人の首根っこを掴んで、そのまま後ろに向けて投げ飛ばす。
「っ!? カグちゃんっ!?」
「カグヤさんっっ!」
二人は驚きながら叫んだ。カグヤに飛ばされたことに一瞬気付かず、そしてカグヤの顔を見て今更ながら気付いた顔をしているコノハとズーのことを見ながら、カグヤは叫んだ。投げ飛ばした体制で、彼は言った。
と同時に――声が重なる。
「二人とも逃げてっっっ!」
「颯えええええええええっっっ! こやつらを殺せぇえええええええっっっ!」
「っ!」
カグヤとDrの声が重なったが、大きな声を上げていたDrの声がより空間内に響いて、そしてそれを聞いていた颯ははっとした面持ちでDrを見降ろしてから……。
にっ。
と、口元にゆるい弧を描いた瞬間……。
颯は腰に差していた長刀の柄をがしりと掴んだ後、彼はそれを抜刀すると同時に――動く。
ふっと、その場から消えたと同時に、颯は二人に事を投げ飛ばしたカグヤ――の背後に回り、彼の体を左右に切り分けるようにして、刀を振り上げていた。
「「っっ!」」
「? っ!」
コノハとズーは、その光景を見て驚愕する。その驚愕の顔を見たカグヤは一瞬どうしたのだろうと思いながら首を傾げ、そして二人の視線の先……、つまりは自分の背後を見ようと振り向いた瞬間、理解してしまったのだ。
己の背後にいた颯が、自分のことを真っ二つにしようとしている姿を。
刃こぼれと罅割れ、そして赤黒くなってしまったボロボロで劣化してしまっている刀を振り上げながら、まるで口裂け女のような口元を曝け出しながら、颯は昂揚とした笑みを浮かべて振り上げていたのだ。
見るからにまずい。そう直感が囁くようなそれを見たカグヤは、すぐに懐にしまっていあった小さな鉄球がついている鎖を出そうと懐に手を差し入れようとした時……。
――どかりっっ!
「っ!?」
「!」
何かをぶつける音がカグヤと颯に耳に入った。
と同時に――颯の声から何かを吐き出す声が聞こえ、そしてそのままカグヤと攻撃をした人物から側鎖に離れる。そこから音がしたであろう……、腹部を手で押さえつけて、痛みを和らげながら颯は大きな舌打ちを出しながらじろりと睨みつける。
カグヤは背後にいる人物を見て、驚いた目をしながら安堵の息を吐いてその人物の名を呼ぶ。しっかりとお礼を述べながら……。
「ありがとう――航一」
「いいってことよっ!」
カグヤのお礼を聞いた航一は、右足を上げて蹴りを入れた体制で止まりながら、彼は言った。そしてすぐに足を下ろして地面につけた後、航一は大きな刀を両手でしっかりと持ちながらカグヤを見ないで、颯のことをじっと睨みつけながら続けてこう言った。
「あっちは俺っちに任せろ。カグヤはコノハとズーと一緒に、あの爺さんをやっつけちゃってくれ」
「え? でもそんなこと……」
「いいからいいから。それに――」
航一は両手でしっかりと持っている大きな刀を手に持って、彼はよろけながら立ち上がろうとしている颯のことを見ながら、剣の柄を握る力を強めながら彼は言う。
鋭い音色で、彼は言ったのだ。
「あいつとは決着をつけねえといけねえからな。これは俺っちの問題なんだ。だからあいつは俺っち一人でなんとかする」
弟として――
弟として。その言葉に疑問を抱くカグヤは、そっと手を伸ばして声を発しようとした瞬間、すでにその場所に航一はいなくなっており、航一駆け出した体制のまま、颯に向けてその刃を振るい上げて、一気に振り落とそうとしていた。
それを見て、颯は苛立つような顔をしながら手に持っていたボロボロの長刀を横に『ブゥンッッ!』と振るう。
「うらああああああああああああああっっっっ!」
「はあああああああああああああああっっっっ!」
互いが互いの顔を見て、互いを捕食するような眼で睨み合いながら、二人はその刀と刀を強く、反響させるようにぶつけ合う。金属と金属がかち合う音と小さな火花が険しく、そして死と隣り合わせのような必死なそれを出している彼らの顔に飛び散る。
その光景を見ていたDrは、苛立ちを加速させ、自分でも制御できないような面持ちで地団駄を踏みながら「ぬぅぅぅぅぅぅぅっっっ! 役に立たん奴じゃっ! 何をしておるんじゃ颯めえええええええっっっ!」と、頭を両手でがしりと掴んで、がりがりと頭を引っ掻きながら――頭から微量の血を流しながら言う。
その光景を見ていたカグヤは颯のことを航一に任せ、自分も懐から武器でもある鎖を出して構えようとした時……、コノハとズーも駆け出しながら、カグヤの左右に並んで立ち、そして武器を構える。
「カグヤさん。僕達も戦います。子供と思っていたら痛い目を見ますよ?」
――ズーは新調した鎌を構え。
「カグちゃんのことを傷つけようとしたねっ! もうコノハ許せないよっ! 絶対に一発顔面ぶち込んでやるっっ!」
――コノハは背後から赤い液体をどぱりと出し、その赤い液体をドロドロと操り、形を形成させながら己の影を作り出す。
真っ赤な液体でできた鎧の騎士。西洋に出てきそうな鎧を身に纏った、両手だけが異様に大きい……。
まるで血液でできた鎧の騎士――『豪血騎士』を出してDrに向けて指をさす。
その光景を聞いて、見ていたカグヤはそっと目を閉じ、ぐちゃぐちゃしていた感情を一旦整理し今優先すべきことを打算――否。この場合は打算せずとも優先順位などすぐに出るだろう。
ゆえにカグヤは気持ちを切り替えて、今は航一の言った通り――まだ年下でもある二人のことを引っ張るように、カグヤはじゃらりと鎖をしっかりと持ちながら観念したかのように言った。
「分かったよ。援護するから――無理だけはしないでね」
そんな乱入のように登場した四人のことを見て、未だにその乱入者一人に翻弄されている颯のことを睨みつけて、がりがりと引っ掻いてからDrは懐にしまい込んでいた銅で作られたかのようなつぎはぎに一つだけ何かを入れる蓋があり、とあるところにはルアーのように、半透明の糸が付けられている歪な鉄製野球ボール――圧縮球を手に持って、Drは初めて出す怒りのそれでこう叫んだ。
「んんんぬううううううううっっっ! どいつもこいつも役に立たんっっ! このままではらちが明かんっっ! こうなったら儂が直接手を下してやるっっっ! 奴らが来るまでのウォーミングアップじゃっ! ここでくたばれ単調共っっっ!」
「それ……、そっくりそのまま返しますよ。おじいちゃんボーイ」
そんなDrの言葉を皮肉毛に返すように、カグヤはにっと不敵に笑みを浮かべながら言う。その言葉を合図に、謁見の間で繰り広げられる激戦が今始まったのだ。
◆ ◆
混戦がまた混戦を呼び、乱入者となって登場したカグヤ達。
これからどうなっていくのか、それを知るものは誰もいない。その先をすることができるのは、この『バトラヴィア・バトルロワイヤル』を制したものだけ。
そして……、時間を巻き戻して……。




