PLAY65 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅳ(戦う理由)⑦
その言葉と共に、最初に動いたのは――セスタ。
否――セスタではない。
今の今まで彼の肩に座って肩車されていた小さな南瓜の影……、『陽気な南瓜道化』が最初に動いた。
『ケケケッ!』
『陽気な南瓜道化』はカタカタと南瓜の被り物を動かしながらセスタの肩からふわりと離れる。
ふわりと……、空中を浮遊してくるくると回り、『陽気な南瓜道化』は『ケケケケッ』と陽気な笑みを浮かべる。
南瓜で作られた偽りの笑みなので、本当に笑っているのかはわからない。
しかし声が笑っているので笑っているのだろう。
それでも『陽気な南瓜道化』はケタケタ笑いながらくるくると回転しながらを飛び、包んでいたマントを大きく大きくしていく。
大きくしたマントの端を掴み、『陽気な南瓜道化』はぐるんっとマントにくるまりながら回り出す。
ぐるんっ! ぐるんっ! と――目が回ってしまうのではないのかと言うくらい『陽気な南瓜道化』は高速で回り出す。
マントに包まって姿を隠し、ギュルギュルと回転を加速させながら『陽気な南瓜道化』は回る、回る、回る――!
「な……、何なんだ? 何を始めるつもりなんだ……?」
その光景を見ていたピステリウズは絶句の面持ちで、どんどん小さな体がぼこぼこと肥大していくその光景を見て、彼は感じたことがない恐怖を抱いた。
なぜ恐怖を抱くのかはわからない。が――それでも彼は感じた。直感が、己の危機感知が囁いた。
この影は危ない。と――囁いてきた。ダイレクトに、耳元で大きな声で囁くように、その声はピステリウズの心に深く刻み込まれる。
だが、その刻みを悠長に見過ごすほどボジョレヲは甘くなかった。むしろ――本気で立ち向かっているのだ。余所見をする方が悪いのだ。
ピステリウズは『陽気な南瓜道化』の方を見ていた。だからこそ彼に隙ができてしまったのだ。
一瞬の隙が大きく歪んでしまい、大きな大きな隙へと性質を変えてしまったそれを見て、ボジョレヲはピステリウズの懐に入り込むように、姿勢を低くし、そのままピステリウズの胴体に向けて――
強烈な蹴りを――膝蹴りを食らわしたのだ。
めごりっ! と言う軋む音を立てながら、ボジョレヲは大きな隙を作ってしまったピステリウズに向けて攻撃を繰り出したのだ。
「――っ! がふっっ!」
ピステリウズは口から赤い液体交じりの唾液を吐いて、それを地面に向けて飛ばして汚した後、彼は秘器を失ってしまった手で腹部を押さえつけながらえずくと、それを見たボジョレヲは畳み掛けるように再度彼の死角に入り、懐に入り込むように至近距離まで詰め寄る。
「っっっ!」
――早い……っっっ! いや違う……っ! 俺としたことが……、一瞬の隙を作ってしまった……っ! 俺としたことが……、暗殺軍団団長でもあるこの俺が……っ! 何と言う失態だ……っ!
「――くそ………っっっ!」
ピステリウズは一瞬我を忘れてしまっていた。
否――『陽気な南瓜道化』に気をとられていた。の方がいいだろう。
突然あのようなことが起これば、大半は一体何が起こるのだと思い凝視してしまうのが普通かもしれない。
だが――そんな悠長なことは許されない。
否――悠長なことなどしていられないのだ。今は死と隣り合わせの戦場。帝国を闘技場に見立てた殺し合い――『バトラヴィア・バトルロワイヤル』の真っ只中なのだ。
そんな状況の中、余所見など死に直結する行為。
それをしてしまったピステリウズは、己の失態に苛立ちを覚えながら目の前にいるボジョレヲを見降ろす。
死角に入り、また己の腹部に何かをしようとしているボジョレヲを見て、ピステリウズは即座に行動に出したのだ。
左手の秘器は完全に破壊され、もう使い物にならなくなってしまった。
残っている右手を振りかぶるように力を入れ、ボジョレヲのことを今度こそ殺そうと意気込みながら、横から六枚卸にしようと……、右手の秘器を使って攻撃しようとした瞬間――
ボジョレヲはゆっくりと、そして大きく息を吸ってから――彼はピステリウズのことを見上げ、ピステリウズの攻撃よりも早く、鋭く、そしてより大きなダメージを与えるように、彼は動いた。
最初にボジョレヲは、右手を使ってボジョレヲに向けて攻撃を繰り出そうと、横から攻撃しようとしているその手を左手の甲で防御し、そして払うように『ぱぁんっっ!』と、乾いた音を立てながらその手をはたく。
「っっっ!」
ピステリウズはまたもや来た鈍痛に驚き、そして痛みで顔を歪ませながら、彼はびりびりと、ぶるぶるとその手を震わせてしまう。ただ叩かれただけなのに、ただ弾いただけなのに、それでもこの威力。この痛み。
明らかに普通ではない。
一撃一撃が鈍く、そして重い一撃だと……、ピステリウズが思った瞬間――ボジョレヲは防御から攻撃に動きを変えて、ピステリウズの胴体にそれを集中的に、ピステリウズの胴体の一点にそれが行くように、ボジョレヲは放った――
いいや、それを放つ前から、すでにボジョレヲは準備をしていた。ピステリウズの動きを止めるだけのそれを整えながら、ボジョレヲは構えをとる。
動きを攻撃のそれに変えた瞬間、ボジョレヲの周りに薄桃色の花弁が当たりに舞い降りてきた。
それを見たピステリウズは、驚いた目をしてそれを見上げてから、まさかと思いつつピステリウズはボジョレヲのことをすぐに見降ろした瞬間……、彼の視界が一気に暗くなった。
「っ!?」
暗くなったそれを見て驚き、そして顎に来た強い衝撃と激痛に驚きながらも、彼はその衝撃に沿って顔を上げてしまう。上に向かって顔を上げ、そしてフラッと体をふらつかせながら……、かふりとピステリウズは口から微量の血を吐いてしまう。
その一瞬の衝撃の隙を見て、ボジョレヲは一気に畳み掛けるように、彼は舞い落ちてはボジョレヲ達を包み込むように立ち込める桜の花弁を背景に、彼はピステリウズに向けて、今度こそ放った。
――詠唱を、放ったのだ。
「――『桜流花舞踊撃』っっ!」
ボジョレヲは己が持っている詠唱を言い終えると、彼は驚きで目を点にしているピステリウズに向けて、しなる様な手刀を繰り出した。『バシイィンッッ!』と、叩いた時に出るいい音を放ちながら、ボジョレヲはその手刀をピステリウズの右頬に繰り出した。
「……っ! う……、グウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……ッッッ!」
ピステリウズはそれを受け、頬の激痛に驚きながらもボジョレヲのことを睨みつけたまま、まだ生きている右手の攻撃を繰り出そうとした。
が、その行動に出た時には時すでに遅く、ボジョレヲは高速とも云えるような手刀や足刀の応酬を――ピステリウズの全身に行き渡らせるように繰り出す。
まるで――桜吹雪のように、それを何度も、何度も、何度も繰り出す。
手刀や足刀の応酬を――まるで舞うように踊り、そして攻撃しながら、ボジョレヲはその舞踊劇の攻撃をピステリウズの体に打ち込んでいく。一撃一撃――重く、そして大きなダメージを与えるように彼は振るう。振るう。
振るいまくる――!
だがががががががががががががががががががががががががっ! と――
攻撃音とは裏腹に、ボジョレヲは桜吹雪を背景にして、華麗に、しなやかに踊りながら、彼はピステリウズに鈍痛が急かしなく響くような攻撃を何度も何度も叩きつける。攻撃する隙を与えずに、彼は連撃をどんどん与えていく。
それを受けていたピステリウズは、言葉を失いながら、激しく叩きつけられ、そして体中から悲鳴を聞きながら彼は、腕で、秘器で防御をすことしかできなかった。防戦一方。つまりは攻撃をする隙が生まれない。できなかったのだ。
こんなこと――一度もなかった。どころかそのような状況になるのは冒険者の方だ。ゆえに理解ができなかった。理解することすらできなかった。したくなかったのだ。
ありえない。そのような言葉を心の声で口ずさみながら、ピステリウズは体中の激痛を感じてはいたが、悔しさや怒り、そして苛立ちがその痛みよりも勝っていたのか、彼はぎりっと歯を食いしばりながら攻撃を続けているボジョレヲに向けて――まだ生き残っている右手の秘器を大きく上に向けて振り上げて、一気にそれを振り下ろす。
もう三枚おろしも六枚降ろしも関係ない。今は殺すことだけに専念しよう。殺した後で『冒険者免許』を見てこの二人の名を知ってプレートに書こう。
そうすれば結果的にはオーライなのだ。結果論がすべての世界では、過程論と言うものはあまり信用されない。結局は結果こそがすべて。
ゆえにピステリウズは無理やりにでも彼らを殺し、そのあとで名を調べて帝王に渡そうと思った。そうして、帝王の加護を独り占めできるように……。彼は作戦変更して、すぐにそれに取り掛かった。だがその結果もこのありさま。
幸い――防御にも特化された封魔石だ。
その石が組み込まれた爪だけは破壊できなかったのか、ボロボロにもならずに依然とその状態を保っている。それを見て、ピステリウズは安堵しながらも愕然とした面持ちで未だに連撃が止まらないボジョレヲの攻撃を受けながら、彼は思った。
否――混乱しながらも、後悔を交えながらこう思った。
――なぜこうなった……?
――なぜこうなった……? 今までこんなことなかった……。なかった……。罪人も反逆者も異分子も全員全員……、この手で救済した……。その時も俺は強かった……。こうなることはなかった……っ!
――なのにこいつらはそうじゃなかった……。むしろ俺が……、俺が……っ!
――負 け そ う に な っ て い る ?
「ちがう……」
ピステリウズは一瞬脳裏に浮かんだ言葉を完全末梢し、そして彼はぎりっと歯を食いしばり、今まできつく瞑っていた目をかっと見開きながら、彼は小さな声で言った。
どんどんその音色を大きくさせながら、彼は言う。ぶつぶつと言う。
「ちがう………、これは……、何かの間違いだ……。俺は『盾』の一人にして……、帝王様から最も加護を授かっている身……、俺は強いんだ……っ! 強いんだ……! これは何かの間違いだ……っ! 俺が、俺がこんなところで……っ! こんなところで負けるだなんて……っ! 『盾』の中で一番最初に負けるだなんて……、ありえない……。ありえない……っ! ありえ」
刹那。ボジョレヲの攻撃が止んだ――詠唱のそれが止んだと同時に、ピステリウズは防御をしていたその手を『ギャガッッ!』と開き、そのままボジョレヲの体をバランバランに切り裂こうと、彼は叫んだ。
「――ないんだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!」
甲高い獣の声を上げながら、彼は狩人の眼光でボジョレヲに向かって封魔石の黒爪を仕向ける。猫のように斬り裂くような手の形をして、そのままボジョレヲのことを一気に切り裂こうとする。
もう形に拘ることはやめて、殺すことだけに専念しよう。死することだけに専念しよう。そうピステリウズは思った。そう心に誓った。
すべては――帝王様のために、帝国のために。未来のために……。
だが、その願いを快く受け入れるほど、ボジョレヲは甘くなかった。
「――ふっ!」
ボジョレヲは来るであろうその行動を視界の端で捉え、すぐに攻撃静止の型からすぐに片を切り替える。
停止のそれから――捕縛の型に変えて!
ボジョレヲは両手をピステリウズの右腕に向けて差し向け、そのまま彼の手首を右手でがっちりと掴んで固定し、そのまま左手をピステリウズの右手に向かって突進させるように伸ばすと……、ボジョレヲはその手をがっちりと掴んだ。
『パシィッ!』と言う乾いた音と共に、掌ではなく、親指を巻き込むような掴み方をして、ピステリウズの指を束ねるように掴みながら、ボジョレヲはその手をぐっと押し出した。
掴んだ拍子に切れてしまった痛覚を無視し、ピステリウズの手首に悲鳴を上げるように、彼はピステリウズの唯一の武器を――残った武器をいとも簡単に殺した。
ぴきっと……、秘器越しに指の骨が軋む。
その音と掴まれた握力、更には捻られてしまった手首の激痛のせいで、ピステリウズは唸り声を上げて何とか動かせる指を急かしなく動かす。
反対の手でボジョレヲの手を引きはがそうとするが……、ボジョレヲの握力はかなり強く、引きはがすことは困難を極める。
更に言うと、黒い爪の秘器も人差し指、中指。そして薬指しか動かせず、ただただ『かちゃかちゃ』と音を鳴らしながら空を彷徨わせているだけで、ボジョレヲにその爪が届くことはなかった。
「あ……………っ! ぐぅ……っ!」
引きはがそうと抗うピステリウズ。そして拘束に徹してピステリウズの抵抗に抗い、その時を待つボジョレヲ。
どちらも引けを取らないような空間。その空間の静寂はいつまでも続くような雰囲気を漂わせていたが、それを強制的にかき消したのは――ボジョレヲだった。
「――今ですっっ! セスタァッッッ!」
「っ!?」
突然の大声にピステリウズも驚いた面持ちでボジョレヲのことを見降ろしたが、当の本人はそんなピステリウズのことを無視するように背後を振り向きながら叫んだ。否――合図を送った。
背後にいる、今まさに攻撃する瞬間を待ちに待っていたセスタに向かって……、いまだに彼の背後でぎゅるぎゅると渦巻いている黒いマントの繭を見ながら、ボジョレヲは叫んだ。
今だと――決着の攻撃の合図を送ったのだ。
それを聞いたセスタはにっとマイペースな笑みを浮かべて……。
「オーケーだよ~!」
鎌を持ちながら手を振って、笑顔でその返答に答えるセスタ。
その声が合図となったのか、今の今までぐるぐると急かしなく渦巻き、黒い繭を形成していた『陽気な南瓜道化』と思えるようなそれは、突然『ボコリ』と肥大し、すぐに回転を止めるように、くるまっていたマントをばさりと――手でしっかりと持ちながら翻す。
翻した瞬間、そのマントの中から出てきたのは――小さな南瓜の道化――ではなく、別の南瓜の影だった。
小さな体もヘルナイト並みの長身の姿に成長をし、黒を基準とした執事服に赤と白で彩られた大きめの蝶ネクタイ、マジシャンがよく身に着ける白い手袋に黒く尖っている革製の靴。南瓜頭の頭部には黒いシルクハットをかぶり、腰には赤白く光り輝くランタンが書けられている。セスタと同じような三日月型の鎌を持った男が、セスタの頭上で浮遊しながら立っていた。
「っ!」
ピステリウズはその影の変貌を見て、絶句しながら固まってしまった。抗うことも、驚いて腰を抜かすこともすっかり忘れて、彼はセスタの影を茫然とした面持ちで見上げてしまった。
――こんなもの……、見たことがない……。
――今までの冒険者は……、こんなものを使わなかった……。一人もいなかった……っ! これは……、何なんだ……? なんなんだこの南瓜の魔物は……っ!
心がぶるぶると震え、強張ってしまいながら、ピステリウズは愕然とした面持ちでその影を見上げる。
そんな光景を見ていた南瓜の影は、シルクハットのつばをくいっと持って、そして顔を曝け出すように、そして周りをよく見るように上げてから、影は言った。
『お初にお目にかかります。と言いましても、あなた様はワタクシのことを一回見たことがありますので、正直なところ初めましてではありませんね。お初にお目にかかっていませんね』
『陽気な南瓜道化』の時とは正反対の対応で、その影は言葉を発した。礼儀正しく、そして物腰優しそうな音色で、その影は言った。
影は未だに己の姿を見て驚きを隠せないでいるピステリウズのことを見降ろしながら、『あぁ』と思い出したかのような声を上げて、影は自分のことを指さしながら次の言葉を発した。
『申し訳ございません。この姿だと気づかないでしょう。申し遅れました。ワタクシは我が主セスタ様の忠実な影――『悪魔祓い南瓜紳士』と申します。あなたが先ほど相手いたしておりました『陽気な南瓜道化』は普段の姿で、この姿は我が主の命令に沿った攻撃特化の姿。と言ったほうがいいでしょうね』
「っっ!?」
真の姿。それを聞いた瞬間、ピステリウズは絶句しながら驚愕の目で『悪魔祓い南瓜紳士』を見上げる。
因みに――攻撃特化の影と言うものは珍しいものではない。暗殺者が使う影スキルを上げることで習得する『オーバースキル』であり、スキルの名を『影変』と言う。
ジンジが使役していた『狂喜の樞人形』と『壊滅殺人兵器』がいい例である。
それを知らないピステリウズにとってすれば、予想外の展開であろう。しかしそんな展開であろうと、セスタと『悪魔祓い南瓜紳士』は手に持っていた三日月の鎌をぐるんっと、片手で振り回しながら余裕の笑みを浮かべて言う。
この戦いを終わらせるために――言う。
最初に言ったのは――セスタだった。
「それじゃぁ『悪魔祓い南瓜紳士』~。さっそくあれ使うからね~」
『承知しました――我が主』
セスタの言葉を聞いた『悪魔祓い南瓜紳士』は、流れるように深々と会釈をして、そしてすっと顔を上げたと同時に、手に持っていた三日月の鎌を前に掲げながら、『悪魔祓い南瓜紳士』とセスタは、そっと目を閉じて――唱えた。
「『黄泉の道を通り現世に舞い戻た数多の魂達よ。我は今宵の祝祭の退魔師である』」
ぐるんっと、セスタと『悪魔祓い南瓜紳士』は手に持っている得物を得意げに前の掲げながら回す。
ぶんぶんっと回る速度を上げていくと、三日月だった鎌もどんどん形を変えて、丸い満月を作り上げていく。
ヒュンヒュンッと回して、その形を維持しながら――二人は言う。
否――声を揃えて唱える。
「『我思うは、この夜はひと時の夜にして幻のように移り行く魂の幸せ。我願うはその魂の幸せを阻む悪魔よ。今すぐ立ち退くことを要求する。悪魔よ去れ。悪魔を断ち切るこの断魔の鎌を以て――貴様達の存在を断ち切ろう』」
と言い終えたと同時に、『悪魔祓い南瓜紳士』とセスタが持っていた鎌の回転が止まった。
ビタリと止まったと同時に、二人はそれを上から下に向けてぐるんと回転させる。右手を鎌の刃の近くで掴み、対照的に左手は柄の近くで掴んで、腰を少し落としてセスタは構える。
『悪魔祓い南瓜紳士』はそんなセスタとは対照的な手の向きと構えで、互いの鎌の刃が平行になるように隣同士になるように立つ――
満月のように丸く、そして白く光り輝く大きな鎌の刃を――ピステリウズに向けながら、一人と一体は構えた。
その光景を見て、ピステリウズは『まさか』と思いながらもう遅いであろう足掻きを再開して、ボジョレヲの高速から逃れようとしたが、その前にセスタと『悪魔祓い南瓜紳士』は腰の捻りを使って下から上へとその鎌を回すと同時に――唱えの最後を詠唱する!
「『――『断魔鎌撃月波』ッ!』」
二人がその言葉を言ったと同時に――ギャリンッッ! と地面を切り裂くような白い衝撃波を出して、その衝撃波をピステリウズに向けて放つ!
それを見て、そして逃げようにもボジョレヲがその進行を――退路を阻害するので、身動きが取れずにいるピステリウズ。
「う……っ! この……っ! 離せこの野郎……っ! 俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだよ……っ! 早く離しやがれ……っ!」
何とかしてこの状況を打破しようとボジョレヲの腕を素手の拳で叩きつける。
ガンガンっと叩きつけながら、ピステリウズはすぐにその場から逃げようとする。
地面を抉って迫り来る二つの白い衝撃波から一目散に逃げようと模索しながら、ボジョレヲの手を叩く。
無駄な足掻きに見えるその光景だが、そんなピステリウズの声を聞いたボジョレヲはにっと口元を緩く弧を描き、罪悪感を少し抱きながら、彼は小さな声で囁く。耳元で、囁く。
「――いいですよ。このまま拘束を解きますので、逃げるなり避けるなり……、お好きに」
「…………………は? え……?」
と言う言葉と同時に、ボジョレヲは即座にその場から離れる。横に転がりながら避けて、ピステリウズのことを本当に開放しながら、ボジョレヲは離れた。
「な…………っ! う、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…………っっっ!」
ピステリウズは言葉を失いながらボジョレヲを見ると、すでに至近距離まで迫っている二つの白い衝撃波を目の前にして、彼は即座にその衝撃波を防ごうと封魔石の黒爪を前に掲げ、盾のように己の秘器を掲げる。
掲げたと同時に、黒爪に『ガギィンッッ!』と二つの白い衝撃波が当たり、そのままピステリウズのことを押し出しながら、二つの衝撃波は勢いを増しながらどんどん加速する。
ががががががががががっっ! と、足をつけている地面を抉り、そして轍を作りながらも、ピステリウズは大声を上げてその衝撃波を止めようと抗う。止めて、その衝撃波を秘器を使って切り裂こうと模索していたその時だった。
咆哮を上げて止めようとしているピステリウズを見て、セスタはピステリウズに向かって、伸びない音色で彼は言った。否――告げた。
「おれ達はあんたのことを殺そうとは一ミリも思っていない。でもあんたをここで野放しにしたら後々やばいと思うから……、いったんここで寝てもらうよ」
その言葉を聞いて、ピステリウズは最初こそ疑念を抱いたような目でセスタを見たが、すぐにはっとした面持ちで目を見開いた。どんどん後ろに押されて行く中、彼は背後にあるそれを見ようと、押し出されながらもゆっくりとした動作で、彼は背後を見た。
見て――息を呑んで、そしてぶるぶると唇を震わせた。
「あ……、あ……、まさか……、そう言うことか……っ!?」
ピステリウズは愕然とした面持ちで背後にあるそれを見る。見ると言っても、彼の背後にあるものは至極普通にあるもので、この場所のことを把握しておけばどこに何があるのかがわかるそれだった。
だが――ピステリウズはその把握を怠った。一番その把握を分析して攻撃を繰り出したセスタは分かっており、帝国出身であろうピステリウズは、その把握をしていなかったばかりに、彼は敗因を自ら作り、そして黒星を作ってしまったのだ。
三人がいる場所は――帝国の中央部の近くにある食事を嗜む場所――多くの平民達が集う広場……『美食広場』つまりはお店が立ち並んでいるところ。そして彼の背後にあったものは――食材を詰め込んでからになった状態で積み重なっている樽の山。それに向かってピステリウズは押し出されていたのだ。
その樽に向かって押し出されてしまっているピステリウズは、このまま衝突してはいけないと思いながら逃げようと試みるが、すでに遅かった。もう背中合わせのところまで押し出されてしまい、暗殺軍団団長でもあるピステリウズは、ここに来て初の黒星を掲げることになってしまった。
「う、う、うぐぎぎぎっぎぎぎぎががががあああああああああああああああああああああああぢぎじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」
彼は言葉にならないような叫びを上げて、そしてそのあと言葉になった叫びを上げた瞬間、『美食広場』に大きな大きな木材の破壊音が木霊し、ボジョレヲとセスタの勝利が帝国中に広まった……。
『断魔鎌撃月波』の二つの斬撃と、樽による破壊、更にはボジョレヲの連撃にダメージの蓄積のせいもあって、ピステリウズは、今日初めての黒星を刻み、そしてプレート記録もできずに、彼は意識を手放してしまう。
幹部の面汚し一号として、ピステリウズは敗北し、セスタとボジョレヲは肩の力を抜いて勝利を掴んだことを祝し、一度だけ互いの手を叩き合う。
最初の戦いを制した祝杯として……。
◆ ◆
「ふぅむ……。うむぅ……。なるほどのぉ」
帝国の帝宮内――その王の謁見の間で悠長にその映像を見て、聞いていたDrは、クレオと暗殺軍団団長のピステリウズの敗北をその目にしっかりと目に焼き付けていた。
帝国の幹部の敗北を見て慌てている平民と貴族のことを気にせず、その敗北を見て希望を見出していた下民と奴隷たちのことを見向きもせずに、Drは彼らの敗北を見て、そしてその戦闘の最中に見えた感情を思い出していく。そして一通り思い出したところで、Drは――
「はぁ。つまらん」
拍子抜け。という雰囲気を出しながら言った。
または期待して損したかのような溜息を吐きながら、Drは無表情の目でその光景を見ていた。
倒れているクレオに対して『よくやった』と言う労いの言葉をかけず、初の勝利をもぎ取ったハクシュダに対して『よくやった』と言う応援の言葉をかけずに、Drはただただ淡々とその光景を見ていた。
感情の観賞をしているかのように、無表情でその映像を見ているDr。その背後にいたのは『バロックワーズ』の武士――颯である。
颯はその光景を見て、溜息を吐いて心底呆れたような面持ちで彼はこう言った。
「まさかクレオは負けるとは思いませんでした。あいつは物事を遊戯……、いいえ。ゲームのように見立てて行動する傾向があります。それゆえに誰に対しても見下すことが多々ありました。レパーダとも犬猿の仲で、そんな兄のことを慕っている妹の思考回路もあれですが……、実力は申し分ありませんでした」
「そうじゃの。実力ではなくレベルは申し分なかった。しかし相手の策略にどっぷりと嵌ってしまったクレオに勝機などなかった。ハクシュダの方はまぁまぁの功績じゃな」
「そうですね。彼はああ見えても過大過小評価などしない。相手がどうであれ力のある限りを尽くして戦うのがハクシュダです。何せ彼は例の種族。負けることがあるとすれば――最強のENPCと相対する時か……、あるいは」
「まぁ」
Drは颯の言葉を無理矢理打ち切りながら、彼はその映像に映ったそれから目を離すと、そのまま彼は謁見の間の門の前にいる四人の黒いフードを羽織った集団を見た。
いつの間に、そして音もなく現れたその四人。小さな体格の人もいれば少し身長が高い体格の人もいる。その人達を見ながら、Drは何の武器も持たずに彼は前に出る。颯も一緒に出て、腰に携えていた刀の柄を掴みながら、彼は警戒を鋭くさせる。
Drは聞いた。淡々とした面持ちで――Drは四人の黒いフードの集団に聞いた。
「ところで……、お前さん達は誰じゃ? ここに来る理由もなければ戦うことすら許されておらんはずじゃ。そして何より――なぜここにいる?」
「決まっています」
Drの言葉に返答したのは――一人の青年の声だった。礼儀正しくその青年は答えた。
「こうなる前にこの帝国内に潜入して、そしてそのあとで忍び足でここまで来た。それだけです」
「鍵がかかっていたはずじゃが?」
「鍵なんて――シーフゥーのスキルがあればいとも簡単に開錠できます。マスターキーを舐めないでください」
青年が言うと、その言葉を区切りに、一人の小さなフードの人物は一歩、彼らの前に躍り出て、そしてDrのことを見据えながら――その人物は言った。
張り上げながら、心に秘めているその感情を溶岩のように流しながら、言った。
「やっとだね……。ここまで来れて本当に良かった……。そして……、多分だけど、コノハの絶望する顔を見るために、あなたは絶対にとぼけるよね? コノハはそんなことされても絶望しない。だって……、わかるもの」
その人物は言う。少女の声で、己のことを言いながらDrに向かって言うと、その声を聞いて、そしてその言葉を聞いたDrは、ふむっと顎髭をそっと撫でながら――
「その一人称……、そうかそうか……。まさかお前か……」
本当にそのことについて思い出したかのような仕草で言うDr。
その言葉を聞いたフードの一員は――そのフードをはぎ取り、そして身についているそれをばっと剥ぐと、彼らは姿を現した。
黒いショートヘアーの、黒と白をベースとしたゴスロリ引くを着た少女。
赤い着物に黄色の稲妻模様が刺しゅうされた着物を着ているが、中に白い服やズボンを着て、右手には黒くて重そうな雰囲気をただ結わせるグローブ。そして黒いブーツを履いている似非の武士と言われてもおかしくない、金髪の髪を一つに縛って、背に身の丈ほどの大きな刀を背負っている――整った顔立ちの陽気な顔をした青年。
紺色のフードがついた上着に白いワイシャツ。上着の腕のところは肘のところまでまくっており、左手には黒い手袋。右手には指ぬきの黒い手袋をはめて、ズボンはスポーツ用のズボンと黒いソックスと言った――下半身は動きやすい服装。上半身は盗賊めいた服装と言ったファッションセンスを思わせる……腰には大きめのウエストポーチを腰につけている薄紫髪の、耳が獣耳になっている若い男性。
最後に鎌を手に持った、黒のローブで深くかぶり、黒い脚からはこつこつと音を鳴らして歩んできた……。黒い目で、片目を白髪の前髪で隠している少年が姿を現し、その四人の中にいた一人の少女はDrに向けて指さし、睨みつけながら彼女はこう言った。
長い因縁を抱えているコノハ。そして別の目的がある航一。ここに来るであろう集団に会うために協力しているカグヤ。そんな三人に協力しているズーを連れて、コノハは今まさに目の前にいる因縁に向かって張り上げるような声でこう言った。
「決着――つけよう。おじいちゃん」
コノハの言葉を聞いたDrは、目を細めながら彼女とカグヤ達のことを見降ろしながら無言を徹する。
因縁でさえも忘れてしまっているような淡々とした面持ちで、彼はコノハのことを見降ろした。
ハンナ達対帝国の殺し合い――『バトラヴィア・バトルロワイヤル』
その歪みはどんどん捻れ、そして戦う者達をどんどん混沌へと導いて行く。その混沌が終わる時こそが大きな転機の幕開けとなることは、今この時、誰にも知る由もなかった。




