PLAY65 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅳ(戦う理由)⑥
ガーネットとシェーラの勝ちが確定したその頃――
ボジョレヲ達の戦いも既に佳境であり、回想に入る前の時間に戻る……。
ピステリウズは二人の言葉を聞いた瞬間、苛立った表情で首を傾げながら伸びに伸びているその黒い爪で二人のことを指さしながら聞いた。
「他にもあるから……? 真実を聞くまでは死ねない……? そんなのただ生にしがみついて死から逃れようとする罪人の愚かな行為だ……。なんでそんなに生にしがみついているんだ……? なんでそんなに生きたいって思うのか……、てんで理解できないな……」
ピステリウズは言う。
彼の言葉を聞いていたボジョレヲは真正面にいるピステリウズのことを見ながら整った顔で微笑み――怒りが混ざっている笑みで言った。
「てんで理解できない? そうなると余計に名を教えたくありませんね。なにせあなたと私……、いいえ。あなたと私達とでは絶対に理解できないのですから……、私の事情を話したところであなたには理解なんてできません。無味の水の味を分かちあおうとする理解と同じですよ。雲を掴むようなそれと同じの方がわかりやすいでしょうか……。それくらい無理だと言っているのです」
「無理か……。それは残念だな……」
ピステリウズは黒い爪を生やしたその手を引こうと、すっと流れるように引こうとした。
が――
「でもな……」
と、ピステリウズはすぐに両手を突き出して、セスタとボジョレヲのことを左右の指で小馬鹿にするように指さし、にたり……。と若芽髪に隠れた顔を不気味に歪ませながら彼は言った。
残念でした。と、嘲笑うようにボジョレヲ達のことを見ながら……、彼は言ったのだ。
「そんなことしても無駄だ……。確かに普通ならお前たちの名前を聞かないと……、俺はコレクションのプレートに名前を書くことができない……。そうなれば帝王様の加護をもらうことができない……。だが……、だがな……。そんな名前を聞くことなんて馬鹿の一つ覚えだとは思わないか……?」
「ということは、何か策を持っているということでしょうか? まさかと思いますが、私達のことを殺してから荷物を漁るという……」
「そうさ……っ!」
ピステリウズはボジョレヲの言葉を聞いた瞬間、彼はボジョレヲのことを『ズビシッ』と指していた指に力を入れながらこう言った。
「お前達は冒険者だ……っ! お前達はここに来る時ギルドで『冒険者免許』を発行しているじゃないか……っ! 『冒険者免許』は……、言わゆるお前達の身分証明……、手を加えることすらできない……。お前達の証明書……。つまりお前達を殺した後でも『冒険者免許』を見つければ……、名を知ることができ……、そしてプレートに名を書くことができるってことさ……。まぁそれは最終手段として残したかったんだ……。俺のポリシーにも反するからな……。本当なら名前を聞いた後で仕事しているし……。でもお前は名を明かしたくないんだろう……? そしてそこにいる鎌男も……、なら手順を変えるだけさ……、ふひひ……。ふひひ……。悪く思うなよ……」
その言葉を聞いたボジョレヲは、ピステリウズのことを見て心底な心境でこう思った……。
――なんて下劣で非道。こんな男に殺されてしまった人達の嘆きが聞こえてきそうです。
そう思いながら、ボジョレヲは頭を片手で抱えて、そして溜息が出そうな顔をして唸ったが、彼はすぐに気持ちを切り替えると、彼はピステリウズのことを見る。
睨まずに、ただ見るだけの留めて、彼はピステリウズのことを見てそっと口を開く。
だから、だからこそここで死ぬわけにはいかない。
詳しいことを知っている人に出会い、真実を聞きだすまでは――それを見つけるまでは死ねない。
更に言うと、こんな男の手によって死ぬなんていう末路を辿りたくない。
そうボジョレヲは思いながら、ピステリウズのことを見て言った。
「……そう言った手順に切り替えるのでしたら、なおのこと私の名を明かさずに殺されないようにしないといけませんね」
「ふひひ……。殺されないように……? そんなの無理に決まっているだろう……。俺が対戦相手になった以上……、お前達は殺される運命なんだ……。俺は『盾』の一人にして暗殺軍団団長……。使う秘器も特注で……、封魔石で作られた爪で切り裂いて殺す……。それが俺の秘器――『バランバラン怪人』……。攻守ともに高い性能を持って……、そして壊すことなんてできない……。封魔石はただ魔王族の力を封じるだけは使い道じゃない……。こんな風に研磨すれば……、こんな風によく切れる刃となるんだよ……。そんな俺の秘器を前にして……、未だに俺を倒す気でいるのか……? おめでたいな……。お前は……。ふひひ……」
ピステリウズは己が身に着けている秘器を、ボジョレヲとセスタに見せつけながらニヤついた不気味な笑みを浮かべて言うピステリウズ。
じゃき、ちゃき……、と、指につけられている黒い刃がカチカチと鳴らすように触れさせながら、小さな音を奏でる。
新しいものを見せつけるようにしている彼を見て、ボジョレヲは今の言葉を頭の中で整理しながら戦いの寸法を測るボジョレヲ。
頭の中で計算しながら、彼は模索する。
――壊せない。と彼は言いましたが……、果たしてそれは本当なのでしょうか……。
――魔王族を封じ込めるためだけの宝石。壊すことも不可能な宝石と言うことは、話し合いの時に聞きました。
――現にアクアカレンさんとシノブシさんがあの壁に触れた瞬間、力がドッと抜けたかのように腰を抜かしました。
――ゆえに魔王族の力で封魔石を壊すことは不可能……。ですがそれ以外であの男の武器を壊すことはできます。それを使えばいいでしょう。
――ですが、それでも……、不測の事態があれば……。全部が水の泡。そして……、真実のことも無に消える。
そう思いながら、ボジョレヲはセスタがいるであろう右の方を横目で見てから、セスタのことを見る……。ほんの少し見える後悔の目で、彼は目を閉じて集中を整えているセスタのことを見た。
元はと言えばセスタは大事な家族……、血は繋がっていないが、それでもセスタにとってすれば太い糸の絆で繋がった大事な家族だ。そんな家族のためにすべてを擲ってここまで来たのだ。
最初こそ偶然で、そのあとで同文の手紙が来たという偶然が重なりあって、彼等は共に行動している。
偶然だから一緒に行動して、一緒に真実を見つけよう。
そうセスタが言い、それから一緒に行動していた。その後からレンとノゥマ。そしてアクアカレンと共に行動して、現在に至っている。
しかしそれも偶然が巡り合わせたもので、結局のところ出会わなければこうはならなかった。
セスタの誘いを断れば、こうはならなかっただろう。
セスタを巻き込むようなことにはならなかっただろう。
レンやノゥマ、そしてアクアカレンを巻き込むようなことにはならなかっただろう。
ボジョレヲは微かに、心の奥に後悔が住み着いてしまった。
こうなってしまったのは確かに運命だったのかもしれない。が――もしあの時断れば、何かが変わったのかもしれない。
負ける気はないが、それでもここで死ぬという緊急事態があれば、そんな冗談は笑えない。
ならば――ならばだ。ボジョレヲは思った。
このまま自分が単身で戦えば、いいのではないか……?
誘いを断らなかった自分への罰なのか。それとも別の何かなのかはわからない。
だが、それでもこうなってしまったのはもしかしたら自分のせいなのかもしれない。
真実を見つけるために手っ取り早いこと――それは監視者でもあるDrとアクロマから情報を聞き出す。それを胸に彼はセレネとボルド、クルーザァー達の作戦に乗り出した。
セレネ達はDrを倒し、そして帝国の野望を阻止するために。
クルーザァー達とボルド達はDrとアクロマの拘束のために。
そしてボジョレヲたちは……、ボジョレヲはその二人からRCのことについて聞こうとしていた。
だからともに行動した――だから今現在死と隣り合わせの事態に陥っている。
――こうなってしまったのは、私のせいだ。
ボジョレヲは思った。砂のような後悔を積み重ねながら、彼は思った。
今まで取り繕っていた笑みを殺してしまいそうな後悔に呑み込まれそうになっていた。だから彼はセスタのことを見て、レンやノゥマ。そしてアクアカレンのことを思いながら、彼は半ば心中めいた決意を固める。
――こうなれば、私はこの場で身を挺し、そしてセスタを先に行かせて……。
と思った瞬間、彼の右から声が響き渡った。マイペースな、緩い音色が、彼の耳にゆるく響いた。
「やっぱり真面目さんだね~。そんな深く考えなくてもいいじゃん~」
「!」
セスタは静かに目を閉じてじっとしていたが、彼はボジョレヲの視線に気付いたのだろう。そっと目を開けて、そして鎌を己の前に掲げながらセスタは――にっとマイペースな笑みを浮かべてボジョレヲのことを見ながらこう言う。
「まぁこうなった以上はさ~。おれも精一杯頑張ってみるよ~。みんなも頑張って~、おれ達も頑張ってハッピーエンドになった後~、また真実を見つければそれでいいじゃん~。それにさ――そんな風に深く考えすぎると幸運が逃げてしまうって院長も言っていたし~。こうなったらそうなったで~、みんなで話して考えればいいんだよ~」
「………………………」
「おれも話を聞いてそうしたいって思ったし~。それにこうすれば何かがわかるかもしれないし~。人間ポジティブに生きた方が充実するしさ~。今は勝つことだけを考えようよ~。そのあとで反省会をして、そして反省を生かしながら進めばいいんだよ~」
だからそんなに難しく考えないほうがいいよ~。今は目の前のことをな~。
セスタは陽気な音色で、まるで心中を読んでいたかのように言うセスタ。
その言葉を聞いていたボジョレヲは、驚いた目をしてセスタのことを横目で見たが、すぐにふっと笑みを浮かべて、セスタのことを横目で見ながら彼は言った。
今まで積み重なっていた砂が風によって台無しになってしまい、そのまま地面にばらまかれた状態で、なぜだろうか、今まで悶々と考えていたそれが少しだけ、ほんの少しだけなくなったかのように……。
毒気が抜かれたかのように、ボジョレヲは言って、そして思う。
「……そうですか。それがあなたの所望でしたら、それに則りましょう。難しいことを考えず、今は倒すことに専念する。ですか」
くすりと、整った顔で微笑みながら彼は続けてこう言う。それを聞いたセスタは「にひ~」と満面の笑みで微笑みながらボジョレヲのことを見て、すぐに目の前を見据えながら鎌を前に掲げる。
それを見て、ボジョレヲはあれをするのかと思いながら、彼は一度息をゆっくりと吐いてから――
「シンプル・イズ・ベストですね。しかしシンプルであるからこそ、わかりやすくてやりやすい」
と言い、彼は教訓を再度胸に刻んで、念じて繰り返す。
シンプルで、且つ深いその言葉を――心の中で念じて、そして目の前にいる今倒すべき存在に目を向ける。
ピステリウズは己の武器を『かちかち』と鳴らしながら、研ぎ澄ませながら彼はボジョレヲのことを見て、命を狩る構えをとりながら待っている。悠長に、不気味の微笑んだ口裂け女のような笑みを浮かべながら、彼は待っていた。
身を屈めて、いつでも突撃できるように、彼は構えていた。その時が来るのを、じっと、荒い息遣いをしながら自分達の会話が終わるのを待っていたのだ。なんともお優しいことか。そうボジョレヲは思ったが、そのおかげでボジョレヲは先ほどとは違う決意を固めた。
違う決意。
それは――ここで敵を倒し、そして帝国の野望を壊した後で、彼は言おうと思った。伝えようと思った。
エレンとララティラがそうであったかのように、彼も信頼できる仲間に己の素性を伝えようと腹を括った。
この戦いが終わった後で――じっくりと……。
「ふぅ」
ボジョレヲは溜息交じりに息を吐き、そして流れるような動作で右手の掌を見せつけるようにして上げ、左手も同じような動作だが、それでも脇腹に沿えるように手の位置――左手の位置を固定し、足を肩幅くらいまで広げて構えてから……彼は小さな声でこう呟いた。
「……――ボウに振るわず。シュに使え」
それは、己の家の教訓として掲げられていた言葉。
昔こそわからなかった言葉で、何を意味しているのか分からない簡単な言葉を口ずさむボジョレヲ。
それを聞いたピステリウズは、首を傾げながら「ふひ……」と言葉を零し、そしてボジョレヲに向かって彼は聞いた。
「それは一体……、何の詠唱なんだ……?」
そんなピステリウズの言葉を聞いたボジョレヲは整った顔でふっと鼻で笑い、そして微笑みながら彼はこう言った。
ピステリウズのことを恐れることも、嘲笑うこともせず、彼は勝てるという確信を持った笑みで、こう言ったのだ。
「いいえ。詠唱などではありません。これは私の体に刻まれた教訓。これをしろと言う教え。あなた方言う『死とは救済』と同じようなものです」
「…………そうか……。教えか……。そんな意味不明な教えを掲げて……、俺に敵うとでも思っているの」
彼は言った言葉を区切り、そして次の瞬間――
「――かぁっっっ!」
と、彼は獣のような叫びを上げながら、すぐにボジョレヲに向かって足を動かした。
ぐっと足を踏み込んだと同時に……。
――ドォンッッ!
と、地面がひび割れるような破壊音と共に、彼はボジョレヲに向かって狙いを定めながら猛進する。
「ふひ……、ひひひひひひ……っ! ふひゃ……、ひゃひゃひゃ……、ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっっ!!」
不気味さが感極まり、二乗されたかのような不気味な笑みを浮かべながら、彼は狂喜に似た哄笑を上げて迫る。ボジョレヲに向かって、秘器の右手の貫手を向けながら、彼は迫る!
鋭く尖った黒い爪に貫手。
その貫手が迫る場所は十中八九――ボジョレヲの心臓。
それを見たボジョレヲはすぐに防御の構えを――取らなかった。むしろ逃げるという選択肢すらしないで、彼は構えたまま貫手で迫りくるピステリウズのことをしっかりと目で捉えていた。
「すぅ……。ふぅ……」
ボジョレヲは一旦深く深呼吸をし、心を落ち着かせ、冷静な判断をいち早く下せるように、彼はゆっくりと肺にその酸素を取り込んで、二酸化炭素を吐き出す。
その行為を繰り返しながら、彼は心の声で念じて心に刻む。
――ボウに振るわず。シュに使え。
その言葉を心の声で念じて体中に染み込ませながら、彼は二酸化炭素を吐き出していた口を、即座にぐっときつく噤んで、そして鋭い眼光で迫りくるピステリウズのことを睨みつける。
――ギンッ! と、威圧に似たそれを発しながら、彼は構えてピステリウズに精神的な攻撃を繰り出す。
「ふひぇ……っ!?」
ピステリウズはげたげた笑っていた不気味な笑みをかき消してしまい、上ずった声を上げて攻撃する手を一瞬躊躇ってしまった。
一瞬、本当に一瞬だけ――彼は躊躇った。
が――すぐに彼は貫手を再度伸ばしながら、ボジョレヲの心の臓を貫く勢いで、すぐに駆け出して速攻で終わらせようと急接近する。
急接近しながら、ピステリウズは感じた。あの時感じた……、ボジョレヲから感じたそれを見て、直接それを体感しながら、彼は体験したそれを理解していく……。
不思議と、スローモーションとなっていく世界を体感し、通常であればすでにボジョレヲの体に穴をあけているであろう貫手を見ながら、ピステリウズは思った。
――あれは……、何なんだ……? あれを見た瞬間……、心臓は跳ね上がった……。そして体温が急激に下がったような感覚を覚えた……っ。
――まるで……、死の淵に立たされたかのような……、そんな生きた心地がしないような……、そんな空気に……、俺は呑み込まれていた……。
――一瞬……、怖いと………………。って……、怖い……? そんなことありえない……っ! 俺は帝王様の命令で動く『盾』の一人にして暗殺軍団団長だ……っ! 何人も冒険者を殺してきた俺なんだ……。こんな一介の冒険者に……、こんな拳一つで戦うような単細胞に……、俺が臆する……?
――ありえない……っ! そんなことない……っ! あれはまぐれだ……っ! きっと何かの勘違いだ……っ! そんなことはない……っ! 俺があんな弱い冒険者のことを恐れた……? そんなことありえない……っ! ありえないんだ……。
ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない……っ!
ありえるわけがないんだっっっっ!
そう思ったピステリウズは元の時間な流れとなった世界で、貫手をボジョレヲの心臓に差し向けながら、彼は一直線に、即死の攻撃を与えるように、彼は急加速の貫手の攻撃を切り出そうとする。
帝王のためでもなければ、救済のために殺すのではない。ただただ……、己の本能に従うように、彼はボジョレヲに攻撃を繰り出そうとする。
己の命を守るために、彼はその貫手一撃で即死のそれを与えようとした。
が――
「ふぅ……」
と、ボジョレヲは鋭い眼光のまま、構えた体を横にずらしてその攻撃を難なく避ける。
避けたことに驚いたピステリウズははっと息を呑んで、するりと避けた彼の体の横を――左脇のところを通過するように、ピステリウズの秘器の腕は何の功績も残さずに素通りしてしまう。
空振りとはまさにこのこと。
だが、そんな空振りを見過ごすほど――ボジョレヲは甘くはない。
避けたと同時に、ボジョレヲの左を通り過ぎて、そのまま背後にある建物に向かって突っ込んでいくであろうピステリウズを横目でじっと見ろしながら、ボジョレヲは即座に左腕を上げて、そのままピステリウズの貫手を――黒い刃がついている秘器を掴んで止めたのだ。
首を絞めるように、彼は秘器をピステリウズの腕ごと締め上げたのだ。
「……………っ!? っそ……っ!」
ピステリウズはそれを受けて、身動きどころかその腕を折るかもしれないという締め付けを感じて、ピステリウズは加速しようとしていた足を止め、すぐに次の攻撃に切り替える。
冷静に切り替えて、彼は頭の回転をフルに稼働させてピステリウズはボジョレヲのことを見上げて睨みつけた。
驚きに顔を染めているピステリウズとは対照的に、ボジョレヲは冷静に、落ち着いた冷たい眼で彼のことを見降ろし、そして締め付けているその腕をへし折ろうと、更に力を入れる。
――ぐりっと、腕の中から何かがいびつに歪む音が聞こえ、それと連動されているかのように激痛がピステリウズの体と脳、そして神経を大きく刺激した。
「――っ!」
迸る激痛に、ピステリウズは顔を歪ませて締め付けられている手をびくりと軋ませる。ぶるぶると震えるその手がボジョレヲの締め付けの強さを物語っていたが……、それでも、そんな状況であろうとも、ピステリウズは心の底から慌てていなかった。
むしろ――好機と思って、彼は激痛に耐える顔にゆるい弧を描きながら彼はこう思っていた。
――なるほどな……。俺の腕をへし折って……、その隙を見て俺を攻撃するっている戦法だろう……。浅知恵だ……。至極シンプルでわかりやすい……。そして……、穴だらけだ……っ!
そう思ったピステリウズは、締め付けられてる右手を差し出すように、ぶるぶる震えていたその手の力を一気に落とした。
脱力。と言った方がいいだろう。それを感じたボジョレヲは疑念の声を上げたが、すぐに彼は目の前を見てはっと息を呑んで目を見開いた。
セスタもそれを見て、はっとした。無理もないだろう。
ピステリウズは右手を捨てて、無防備と化しているその左手を振り上げながら、ピステリウズは残っている秘器を使って――ボジョレヲの顔を切り裂こうしていたのだ。
五指を蛙のように開き、熊のように切り裂こうとその指についている黒い爪で、彼の顔を六枚降ろしにしようとする光景を見て、二人は驚きの表情を浮かべていた。
その顔を見た瞬間――ピステリウズは内心勝ち誇った笑みを浮かべて思った。
――勝った……。と思いながら、彼は続けてこう思った。
――馬鹿だな……。冒険者は……。
――自分の中に魔力があるからって……、調子こいているから足元が掬われちまうんだ……。魔力がない人間でも……、知恵を振り絞れば……、予測しながら戦えば何とでもできるんだよ……。
――ガルディガルも他の『盾』も……、秘器の性能に驕っている傾向があるが……、俺は違うね……。俺は技術や経験……そして秘器の性能を掛け合わせて……、今の地位に上り詰めた……っ!
――つまり……、実力は俺のほうが上……。そして、この誘導で何人もの冒険者を救済した。
――今回も呆気な。
呆気ない。そう思った瞬間、彼はその言葉を完成させる前に今一度、ボジョレヲたちの顔を目に焼き付けようと、死ぬ瞬間の絶望の顔を目に焼き付けようとしたその瞬間……。
彼は――絶句した面持ちでボジョレヲを見て、そして――
「………はぁ?」と、彼は呆けた声を喉の奥から吐き出した。
ピステリウズが見た光景。
それはピステリウズがしたことと同じような情景で、ボジョレヲも無防備だった右手を振り上げ、掌をピステリウズの左手に向けて打ち込もうとしているその光景が目に映った。
まっすぐで、迷いのない眼光に、ピステリウズは絶句しながら血走った目でそれを見て、ボジョレヲのことを馬鹿かと罵った。心の声で、慌てながら――罵ったのだ。
――こいつ……、素手で俺の秘器と相対しようとしているのか……っ!? 俺の秘器は何でも切り裂くんだぞ……っ!? 刃物を持っているようなものなんだぞ……っ?
――それを……、素手で止めようとしているのか……っ!?
――やっぱり馬鹿だ……っ! 馬鹿の一つ覚えだ……っ! 壊せないと言われて壊れたところを見たことがあるのか……? そんなことはないと言う結論で、壊そうとしているのだろう……っ! そんなこと無駄だ……っ! 壊れないんだよ……っ! 魔王族最強の前最強でさえ壊せなかった……っ! その呪縛がなくとも壊せなかった……っ! つまり完全に壊せない鉱物なんだよ……っ! この爪は――この封魔石は……っ!
そう思ったピステリウズはまず最初にボジョレヲの腕を切り裂こうと軌道を変えて、彼は迫りくるボジョレヲの腕に向けてその黒い爪の牙を剥き出しにした。
ずあっと――ボジョレヲの顔から標的を変えて、彼の手と肩、そして顔半分を切り裂こうとピステリウズは動いた。
刹那。
それを見切っていたのか、ボジョレヲは振りかぶったその掌をピステリウズの秘器――強いて言えば掌に向けて、軽く、そして強い衝撃を与えるようにしてそれを……。
パァァンッッッ!
と、ハイタッチをするようにその掌をピステリウズの掌に向けて打ち付けた。
そしてそれと同時に……、ピステリウズの秘器が大破した。
バガァンッ! と、『がしゃがしゃ』と地面に秘器の破片や液体が粉々に零れ落ち、ピステリウズはそれを見て、びりびりとくる素手と化してしまった左手を見て直感した。
この男は、まずい。と……。
暗殺者としての直感が彼の心をかき乱し、そしてボジョレヲのことを要注意人物へと格上げされていく。
そんな彼の心の声など知る由もないボジョレヲは小さな声で呟きながら、彼はするりと拘束していた左手の力を緩める。
「『ボウに振るわず、シュに使え』。ええ。ええ。私はこの教えを心に刻んで、戦いますよ」
誰に言っているのかすらわからないような言葉で彼はピステリウズのことを見てから――開いていたその右手をぎりっと握りしめ、渾身の力を込めながら言う。
「うーんっと~。よぉーし~。一応心の準備はできたしぃ~。そろそろ行くかな~?」
と、背後で己の得物でもある鎌をぐるんぐるんっと回しながら、彼もボジョレヲと声が重なるようにこう言った。
二人は言った。反撃にして決着の合図となろう言葉を言い放った。
「私は――『暴力のためにこの力を振るわず、守るためのこの力を使い』ましょうっ!」
「『陽気な南瓜道化』~! 止めをくらわすから『悪魔祓い南瓜紳士』にへんし~んっっっ!」




