PLAY06 初陣決戦④
ものすごい熱風。
それはリアルでしか感じられないもので、VRではそんなものを感じることなどなかった。
そのリアルに近い痛覚と感覚は、このゲームのアップデートで更新されたシステムなのかもしれない……。
けど……、それでも……、それにしたってこれは異常だ。異常すぎた。
こんな所にいたら……。
そう思っていると、ブラドさんがだんっと地面に降り立って、大剣を両の手で構えながらふと私達の方を見た。
きっとそれは無意識に視界に何かが入って、それを見てなんだろうと、もう一回視認しようとした行動なのだろう……。
ブラドさんは私達を見た瞬間――
その蜥蜴の大きな口を更に大きく開けて――驚いた顔をして……。
「――ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!」
ブラドさんは私達がいる方向を指さして大声を上げた。
「いたぁあああああっ!」
その大声にぎょっと驚く私。コウガさんは小さい声で「うぜぇ」と零した……。
ひどいです……。うぅ。
「え? 何がっ?」
エレンさんがたんっと岩がむき出しになっているところに着地して、ブラドさんを見て聞いた。
ブラドさんはぶんぶんっと私達がいるところを指さして慌てた口調で「いたいたいたいたいたいた!」と、同じ言葉を連呼していた。
「いた? それとも……、痛い? なの、か……。って! えええええっっ!?」
エレンさんもブラドさんが指をさした方向を見て、目を凝らして見てすぐに気付いた。
私達に……。
「あ! ハンナッ!?」
「なんで君は一目見てわかるんだっ!?」
アキにぃは一瞬私の方を見て、すぐにわかって叫んだ。それは安堵と歓喜の声。それをきいたエレンさんは、驚いたそれで突っ込みを入れる。
コウガさんはそれを見て……、顔を顰めながら「うぜぇなやっぱ」と言いながらも、私の腰に手を回して、また荷物持ちのように担がれる。
立ち上がったコウガさんは、横穴の境目のところに足を乗せ、そのまま顔を出す。
すると――
ぎょろりと――大きな爬虫類の眼で、サラマンダーは私達を捉えた。
「あ?」
「へ?」
二人してそれを見て、まさかという最悪のケースを想定し、コウガさんはすぐにその場から脱出するように、穴から出た。ばっとそこから出るように。
刹那――
ぶんっと、コウガさんの右の頭すれすれに、何かが飛んできた。
違う。それは私から見て右斜め下から、左斜め上に向かってきた。
私がその何かを目で追おうとした時……。
――ゴシャァッ!
「「っ!?」」
私達がいた横穴にそれが命中し、横穴は横穴の意味をなさないくらい、ガラガラと岩が崩れて落ちていくと、その穴を塞いでいく。
私達にも小石が落ちてきて、頭に小さな衝撃が来る。
横穴を壊したそれは……、サラマンダーの尻尾の鉄球……みたいなもの。
ぼこっとそれを引っこ抜いて、そのまま私達めがけて急加速で振り下ろすサラマンダーの尻尾。
コウガさんはそれを見て、苦無を片手で投げた。手裏剣も一緒に。でも、金属でできているせいか、『カンカン』と当たって、苦無や手裏剣は地面に突き刺さるか、溶岩に落ちて溶けてしまう。
「っち!」
コウガさんは苦々しく舌打ちをした。
私はすぐに手をかざし――鉄球に向けて。私達を覆うように――
「『強固盾』ッ!」
盾スキルで最強の強度を誇る『強固盾』を発動した。
私達を守る盾として、この盾で、なんとかしないと……っ!
そう思った矢先、その思いはいとも簡単に砕け散る。
ガンッと当たったと同時に――私が発動した『強固盾』は、いとも簡単に割られた。
それはまるで、カラスを叩き割るように、いとも簡単に――だ。
「――っ!?」
「マジかよっ!」
私はそれを見て、目を疑う。コウガさんもそれを見て、声を上げて驚きの声を上げる。
サラマンダーは私の防御など感じていないのか、勢いを落とさずに、私達に向かって――
「『ウォタアロー』ッッ!」
「『ウォタショット』ッッッ!」
パァンパァンッと尻尾のところに当たる水の攻撃が二発。
それを受けたサラマンダーは「グオアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」と声を上げて、尻尾を振り上げた。そしてそれをどぼんっと溶岩につけて温めている。
コウガさんと私は、なんとか地面に降り立って……。近くにいたアキにぃが私に向かって走って近付いて――
「ハンナッ! 大丈夫か?」
私の肩を掴んで顔を覗う。心配そうな顔をしてみるアキにぃを見て、私は申し訳なさそうに、頷いて……。
「うん、ごめんね……。遅くなって」
「ううん。いいんだ。無事ならそれで」
と、アキにぃはいたって怒っていない顔で私の頭を撫でる。するとコウガさんを見上げ、アキにぃはじっと見た後……。
「……ありがとうございます」
と、少し棒読みに近い音色でお礼を述べた……。
なぜ、棒読み……? そんなことを思った私。そして――
「うるせぇシスコン。礼儀がなってねえよな? 最初に、お、れ、に! お礼を言ってからだろうが、あぁん?」
コウガさんが顎をクイクイと指をさすように動かしてから、少し挑発的に言う。
それを見ていた私は、視界の端に映ったサラマンダーが尻尾を出して、ぐっと足に力を込めている光景が見えたので……、私は慌てて二人に言った。
「あ、あの……っ! あれ!」
「?」
「? ……あぁっっ!」
指をさして、その方向を見たコウガさんは首を傾げていたけど、アキにぃはそれを見て、見たことがあって、それでいてあれは危ないと言っているそんな顔で、慌てて私を抱えてその場から逃げる。
「早く岩陰にっ!」
「あ、あぁ!?」
アキにぃの慌てた叫びに、コウガさんはそれを聞いて何を言っているんだと言わんばかりに苛立って聞く。
すると、近くにいたのだろう……。ララティラさんもたんっと、着地して岩陰に隠れながらコウガさんに向かって叫んだ。
「はよ隠れぃ! 死ぬでっ! あれは!」
「…………っ!?」
その言葉に従ったのか、コウガさんは何も説明されず、近くにあった岩陰に隠れた。アキにぃと私は少し大きめの岩に隠れ、そして……。
どんっと、何かが地面を踏みつける大きな音が聞こえた。
「――来る……っ!」
そう言ったアキにぃ。それを聞いた私は「なにが?」と聞こうとした時……。
――『爆散熱線』――
どこからか声が聞こえた。でも、アキにぃやエレンさん。ここにいるみんなの声じゃない。知らない声。野太い声だ。
その声は、頭にダイレクトに響いたという感じで聞こえ、その響きとともに……、ぶわぁっと、岩陰からでもわかる熱気が、私達を襲った。
「………………っ!」
「う…………っ! くぅっ!」
唸るアキにぃ。
私もその熱気を感じ、服を着ているのに、それでもその服が焦げているような暑さに見舞われる。体中が熱気によって燃えている。そんな感覚を――
「っ! また吐き出すぞぉ!」
遠くからエレンさんの声。
その声を聞いた私は、何を吐き出すの? そう思っていると、その様子を伺っていたアキにぃは、それを見て、青ざめた。
「ここから逃げるよ! ちょっと抱えるね!」
「え? わっ!」
私を横抱きにして抱えたアキにぃは、その場から逃げだす。その時には、すでにあの熱気はなく、代わりに……、サラマンダーは口を大きく空気を含ませて……、私達がいたところに向かって、その大きくなった口を向けていた。
そして――
――『灼熱溶液』――
ぶっと、大きな赤い何かを口から吐き出す。
それは赤い……、どろどろとしてて、それでいて、飛び散ったそれが地面に着く。それは私の近くに落ちたので、それを視認することができた。それは……。
マグマ!
私はついさっきまで私達がいたところを見ると、そのマグマの液体の塊は、どぼんっとそこに落ちて、まるで射的のように命中したその場所には……、岩などなく、ただのマグマの領域と化してしまった。
それを見た私は、もし自分があそこにいると思うと……、ぞっと身の毛がよだつ。
「あれには当たってはいけないっ!」
アキにぃは、私を見ないで、私に向かって言った。慌てながら叫んだ。
「一撃一撃が、即死の攻撃なんだ! もう体力がないっ! 安全なところについたら、回復のスキルを!」
「……っ! うん!」
それを聞いて、私はすぐに頷く。
アキにぃはとある横穴に私をそっと降ろし、そしてアキにぃは銃を構えながら私の前に立つ。
私はそっと手をかざして……、みんなに行きわたるように唱えた。
「『集団大治癒』」
このスキルは、回復系スキルの中でも集団で、かつ全回復できるスキル。私は今いるみんなに黄色い靄をかける。すると、ボロボロだったみんなの体が、元に戻っていく。
「おおぉ! よっしゃあ!」
「きたきたぁ!」
ダンさんとブラドさんが大喜びで腕を振るっている。アキにぃも「サンキュ」とお礼を言うと、アキにぃは言った。
「幾年の時の泉を守りし森の妖精たちよ」
アキにぃは銃口をサラマンダーに向けて、あの時唱えたそれを、唱える。
「我ら森人に、すべてを射抜く力を――守る力を与え給え」
そして、銃の引き金を引く。
「――『必中の狙撃』ッ!」
………………………でも……。
――パァン! キィン! ポトン。
――ジュゥ。
「…………? え? あれ? はぁ?」
引き金を引いたにも関わらず、放たれた弾は普通の弾丸で、サラマンダーの体に当たったのだけど、そのまま跳ね返ってしまい、そのままマグマに落ちてしまう。
それを見たアキにぃは、銃の銃口やいろんなところを見ながら唸って唸って、何でという感じで、慌てて見ていた。
私はそれを見て、私も同じように、なんで? と思ってしまった。
ちゃんと詠唱は言った。なのに発動しない。
それはまるで、MP切れか、一回しか発動できないような……。
そんな私達の驚愕と困惑は、サラマンダーには通用。というか……、これはまずい予感がした。
サラマンダーはぎょろっと私達を見て、そして向きを変えようとしたとき……。
たんたんっと、まるで忍者のように(所属はシノビだから、当たり前か……)壁を走るように、サラマンダーの死角に入って走ってきたコウガさん。
コウガさんはたんっとあるところで壁を蹴り、そのままサラマンダーの背後から襲おうとした。
コウガさんは手にしていた苦無でそのまま鉱物がちりばめられていない――肌がむき出しの部分を狙って――
ギャリリリリリリィィィッ! と横一文字に切り裂い…………。
………………ていなかった。
「っ!?」
遠くからでもわかる。コウガさんが持っていた苦無は、刀身がどろどろと溶けてなくなっていたのだ。
熔解。
そう。鉄である苦無は、サラマンダーの体温に触れた瞬間……、熱に負けて溶けてしまったのだ。
「っそだろ――っ!?」
コウガさんは毒を吐く間に、サラマンダーは四足ある足の一つを上げて、マグマがついている足を……、コウガさんに向けて――
めしゃりと、蹴った。
コウガさんは吐血を吐いて、その攻撃を受けてしまった。
私はそれを見てしまい、叫びそうになった。みんなが絶句のそれで見ていると……。
ぼふんっと、蹴られていたコウガさんがいなくなり、代わりにそこにいたのは――少し大きめの岩がそこにあった。
「へ?」
「なんや?」
エレンさんとララティラさんがそれを見て驚いた顔をしていると、サラマンダーが上げた足に向かって、何かが深く突き刺さる。
それは、水のようなそれを帯びていて、サラマンダーはそれを感じ、見て。
「グギャアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」
痛みの咆哮を上げた。
びりびりとくるそれを感じた私は、耳を塞いでしまう。アキにぃ達は武器を持っていたので、それはできなかった。というか、そんな暇はないのだ。きっと……。
すたんっと、サラマンダーの足に降り立ったコウガさん。足に突き刺さったそれを引き抜いて、また地面に向かって跳躍する。
地面に降り立ったコウガさんを見て、私は叫ぶ。
「コウガさんっ!」
「あぁ? なに死人を見たような目をしやがって」
「いや、あれはマジで終わったって思ったぞっ! 『デス・カウンター』が出てもおかしくない状況だったっっ!」
コウガさんは鬱陶しそうに言うと、ブラドさんが近付いて来て指をさしながら怒っている。それを聞いたコウガさんは「うぜぇ」と小さく零し……。
「おい、今俺のことうざいって言った? うざいって言っている奴がうざいんだっ!」
「バカっていうやつがバカってか? じゃあお前が一言多いからうざいってことだな?」
「そ、それは……っ!」
「今はそんな話はどうでもいいだろっ!」
ブラドさんとコウガさんの話に割り込んできたエレンさん。エレンさんは形勢を保つように水を纏った矢を放ち続けている。ダンさんも――
「『拳法術――泉』!」
水を纏った拳でサラマンダーに強烈な殴りをお見舞いしている。
ララティラさんも水のスキルを使って応戦している。そんな中、エレンさんはコウガさん達に言った。
「とりあえず、普通の攻撃しても無理だ! 高熱で溶ける! 水のスキルを駆使してHPを減らして行こう!」
「わーったよ」
と言って、コウガさんは手に持っていた忍刀を逆手に持って……。
「忍法――『水纏刀』」
忍刀の刀身に水がこぽこぽとジェル状に纏わりついて、水の忍刀を作り上げる。
作り上げるとコウガさんはサラマンダーを見据えると……。
「?」
私は未だにブラドさんが何もしていないことに気付いて、少し遠くで聞いてみた。
「あの……、ブラドさんは水使わないんですか……?」
そう聞くと、ブラドさんは私を見ないで……。
「俺な……実をいうと……」
「?」
「……まだマジック系のスキルを習得していないんだよ」
……すごく、深刻そうに、ブラドさんは言った……。
「じゃあ囮になれ。使えねえ」
「死にますけどっ!? あと暴言反対っ!」
それを聞いたコウガさんが、毒を吐く。ブラドさんは泣きながらコウガさんに反論していたけど、サラマンダーの尻尾の攻撃によって、それは強制的に終了してしまった。
「っ!」
「ぎゃーっ!」
鉄球の攻撃から逃げるように飛び退くコウガさん。ブラドさんは一目散に逃げようとしたけど、間一髪飛び跳ねるように逃げた。そしてごろんごろんっと転がって、サラマンダーの視界に入るように走っていく。
「だったら素直に囮になってやらぁぁぁっっ! おらおら! こっちだこっちぃ!」
手をぶんぶんっと振り回して走りながら叫ぶキョウヤさん。それを見たサラマンダーは尻尾の攻撃を、ブラドさんに向けて振り下ろす。何回も、何回も――
「ま、待って……、くださいっ! 私が」
「ハンナはここで、浄化に専念して」
私の言葉を遮るように、アキにぃは言う。
アキにぃは私を見ないで、冷たい音色で言った。
私はそれを聞いて、サラマンダーを見て……。思った。というか、確信してしまった。
これでは、私一人では、何もできない。
そもそも、浄化はヘルナイトと私の詠唱で、初めて完全浄化ができるものだ。
でも、今ここには、ヘルナイトはいない。
私は、ぎゅっと、自分の無力さを、再度思い知る。
そんな痛感も、後悔も、今は不必要なもの。
それなのに……。私はそれをしてしまった。
だから……、気付くのが遅かった。
ガンッという音。そして、アキにぃの掠れた声。
それを聞いた私は、前を向いて、そして――「あ」と声を漏らしてしまった。
「! 逃げろっ!」
アキにぃの悲痛に似た叫び。
サラマンダーはマグマから出てきて、私を見ていたのだ。それも、獲物を見つけた獣のように、舌でべろんっと口を舐めながら……。
私はそれを見て、硬直してしまった。
率直なところ、怖いと思ったから。
死ぬと思って、固まって……、足が動かなくなって、それで、頭が真っ白になって。
サラマンダーは私を見て……、見て……、見て……。
――眩しい光……――
「え?」
今、頭にまた……。
――眩しすぎる、光…………――
ぐぱぁっと、口を大きく開けたサラマンダー。
唾液が口の端で糸を引いて、中から生臭い臭いが一気に押し寄せる。
熱い熱気もさながら……だ。
――光、怖い。光、助けて……――
「…………た、す、け、て?」
サラマンダーが言った言葉を、私は口ずさむ。
そして、私を食べようと、ぐあっと近付こうとしたサラマンダー。
…………その時だった……。
サラマンダーの動きが止まり、ぼぎゅりと私の前で、遠くから何かが折れる音が聞こえた。
サラマンダーは私がいた横穴から出て、「グギュラアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」と叫んで暴れていた。
私はそっと顔を出す。
顔を出して、さっきまでの状況が一変していることに気付いた。
みんな驚いてその光景を見て、サラマンダーは折れてしまったであろう後ろ両足を見てはマグマに浸けている。それはきっとサラマンダーの回復方法なのだと今更ながら思った。
そしてそのサラマンダーを私から見て、右の地面に立って見ている一人の騎士……。
それはもう三回目の再会となる……最強の鬼神……。
「きて、くれたんだ……っ」
私は嬉しくなってぎゅうっと自分の両手を握り、まるで祈るような手つきになってしまったけど、それでも嬉しくてそうしてしまった。
会えて嬉しいもあり、浄化ができるという安心という名の嬉しいもあり、そして何より……。
「――やはり、ここにいたんだな。遅れてすまない」
そうあなたは凛とした声で言った。はっきりと言った。
来てくれた……。来てくれたんだ……っ。
「ヘル、ナイト……っ。さん……っ!」