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PLAY63 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅱ(対戦相手)①

 ――ナンダッタンダ……? 今ノハ……。


 誰もが突然起きたことに理解ができなかった。


 当たり前だろう。だが……、フォスフォだけはその光景を目に焼き付け、そして自分だけその場所に取り残されてしまいながらも彼は思い出す。


 一分前に起きたことを思い出した。


 フォスフォはセレネの言葉を聞いて、自分も立ち向かう意思を固めながらDrのことを見た。見たのだが……、突然Drは壊れた人形のように……、否。それでは甘い表現だ。


 Drは狂いに狂ってしまった狂人のように叫んでは哄笑しながら彼は叫んでいた。


 それを聞いていたアキ達は驚きを隠せずに、その顔のままDrから発せられた威圧に直面しながら身構えていた。


 ダイヤ、ハンナ、レン、そしてボルドは()()()()()()()()()()()身を縮めて耐えていた。


 それを見たフォスフォは何があったのだろうと思いながらその光景を見て、次にDrを見た瞬間目を疑った。


 叫んで哄笑しているDrの背後――つまりは帝国の開かれた門の向こうから迫り来る大きな手錠のような拘束具を見て、フォスフォやみんなは驚いた目をして凝視してしまった。


 じゃらじゃらと鎖で繋がれたそれは、真っ直ぐフォスフォ達のところに迫って来ており、()けようにも急速な勢いでアキ達に向かって来ていたので、誰もその拘束具から逃れることはできなかった。


 まるで蛇に噛みつかれる前の一風景の様だと。事態が深刻化した後のフォスフォはそう思っていた。


 天族であるハンナ、レン、ボルドとダイヤは目を瞑っていたせいと感情感知が邪魔をしてしまったせいでよく見ていなかったので、反応に遅れてしまい拘束具に餌食となってしまった。


 がっちりと掴まってしまったみんなと、自分も角につけられてしまったその拘束具に違和感を感じながら、各々がその拘束具をどうにかして取ろうともがいている最中――フォスフォはDrを視界の端に入れた。


 入れてしまった。の方が正しいのかもしれない。


 フォスフォは視界の端に入ってしまったDrの表情を見て、目を疑うように見開きながらフォスフォはDrがいるその方向を見た。


 Drはフォスフォ達のことを見ながら右手をすっと上げて、そのままふっと下に向けて下ろした。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、Drはフォスフォたちのことを見ながら手を動かした。


 そして……そのあとは一瞬の出来事だった。


 Drが降ろした腕を合図に、セレネやダイヤ、アキやキョウヤ、みんながその拘束具につけられていた鎖に引っ張られるように引きずり込まれていく。


 どんどんと……、黒い半球体の中の世界――バトラヴィア帝国に向かって。


『ッ!』


 フォスフォは角につけられていただけなので、ただ引きずられていくような感覚に驚き――砂地に竜の爪を突き刺して踏ん張りながらその引きずりに堪えていた。

 

 そんな中――ボルドやボジョレヲ達がどんどんと帝国内に向かって吸収もされてしまったかのように、暗い帝国の世界に向かって吸い込まれていく。


 ヘルナイトも走りだし、今まさに連れ去られようとしているハンナの手を掴もうと伸ばし、ハンナもヘルナイト手を伸ばして掴もうとしているが、その行為でさえも空しく砕け散り、ハンナは『ギュンッ!』という空気が切れるような音を立てて暗い世界に吸い込まれてしまう。


 ヘルナイトはそれを見て、驚愕に顔を染めていたが、手に付けられた拘束具の鎖が『じゃらり』と音を立て、ヘルナイトの腕を持っていくかのように……、ぐんっとヘルナイトの手を引っ張り、そのままヘルナイトを帝国に引きずり込んでいく……。


 ヘルナイトが帝国へと続く闇の道に引きずり込まれている間……、各々叫び声を上げながら急速な勢いで吸い込まれていく。


 その中には――セレネとルビィの姿が。


『ッ! 姫様ッ!』


 フォスフォは叫んで、その大きくて鋭い竜の鉤爪を伸ばした。できるだけ長く伸ばすように、フォスフォはセレネとルビィに向けてその手を伸ばした。


 ――届イテクレ。そう願いながら、フォスフォは手を伸ばす。


 自分が守らねばならない存在を、この手で守るために、自分のことを救ってくれたセレネの親の願いのために……、フォスフォは竜の鉤爪を、手を伸ばした。


 しかし……、そんなフォスフォの行動を見ていたルビィは、今までの冷静で余裕のある面持ちをかき消し、彼はフォスフォに向かって『キッ』と、睨みつけるような目を向け、そしてすぅっと肺に入るだけ息を吸ってから、彼はフォスフォに向かって――張り上げるような声を上げた。


「フォスフォッッ!」

『ッ!』


 聞いたことがない――否、フォスフォにとってすれば何度も聞いていて、そして久し振りに聞いたルビィの張り上げるような声。


 その声を聞いたフォスフォは、伸ばしていた手をびたりと止めてしまい、竜の顔で驚いた表情を浮かべながら、彼はルビィを見た。


 ルビィはフォスフォに向けて、いつもの余裕のある笑みと冷静な面持ちを浮かべながら、すっと――流れる動作で指をさし、あろうことか片目を『パチリ』と閉じて、ルビィはフォスフォにウィンクを向けながら、腹部から声を出すようにして――こう言った。


「伝言! 『今はすべきことをしろ! こっちのことは私達に任せろっ! お前はお前にしかできないことをしてくれ!』って言っていたわ! これは――()()()()()()よっっ!」

『――ッ!』


 その言葉を聞いたフォスフォは、竜の目でルビィのことを捉え、セレネの顔を片目で見る。


 セレネは腰につけられた鎖で繋がれた拘束具によって身動きが取れず、あろうことか帝国内部に強制的に連行されようとしていたが、セレネはフォスフォの視線に気づいて、凛々しい面持ちを残したままの顔立ちで、彼女はフォスフォに向かって――


「――頼む!」と伝えたと同時に、帝国を守っている封魔石製の壁の門が、自動的に閉じてしまった。


 バァンッ! と、砂の世界に木霊するような大きな音を立てて、それは意図的に閉じられてしまった。如何なるものの侵攻を阻害しているかのように、その門は閉じてしまった。


 辺りに静寂が立ち込める。


 その光景を見ていたDrも鼻歌交じりの音色を奏でながら閉じてしまった門を見上げている。


 フォスフォはその光景を見て、そしてルビィ――セレネの言葉を心の中で復唱し……、伸ばした手をゆっくりとした動作で引っ込めながら、彼はずんっと、伏せていたその体を重い動作で持ち上げる。角についていたその拘束具を竜の鉤爪で引っ掻いて外しながら、彼は思う。


 ――姫様ノコトガ心配ダ。ガーネット、ダイヤ、シノブシニルビィ。ミンナ心配ダ。


 ――ダガ、今ハ姫様ニ言ワレタコトヲ遂行スル。今私ガヤルベキコト……。私ガ今スベキコト……。今コノ場デ私ニシカデキナイコトヲスル。


 ――命令ニハ忠実ニ応エル。ソレガ……、私ガセレネ様ニデキル唯一ノ行動。


 そう思い、フォスフォは鎖に繋がれた拘束具を砂の地面に乱暴に落として、その拘束具を竜の足で思いっきり踏みつける。『ばきり』と金属がへし折れる音がフォスフォの耳とDrの耳に向かって飛んで行く。


 その音を拾って、Drは「?」と首を傾げながらフォスフォがいるその方向を見て、そして一瞬、ほんの一瞬目を見開いて驚きの顔を見せていたDrだったが、すぐに元の無表情のそれに顔を戻して、フォスフォの方向に体と顔を向けながら、彼は口を開いた。


「ふぅむ……。やはりお前さんのような巨体ならば、あれだけの拘束具と機動力だけでは引きずりこむのは無理だったか。まぁなんとなくじゃが想定はしておった」

『貴様……、今何ヲシタ?』


 フォスフォはDrに向かって聞く。


『ズンッ!』と、竜の足を一歩前に出して、わずかに地面を揺らしながら、フォスフォはDrに向かって聞いた。


 それを聞いたDrは肩を竦め、両手を広げながら彼は淡々とした口調で、無表情のそれで彼はこう言った。


「『何をした』じゃと? そんなの簡単な話。あ奴らを()()()()()()()の場所まで案内をしたんじゃ。少々荒い方法じゃったがのぉ」

『………ソンナコトセズトモチャント入ル。アレデハ無理矢理ダ。貴様ノ異常ニシテ()()ガ外レタ厚意ニ乗ラズトモ、姫様タチハ目的ノ場所ニ向カッテイタ。案内ナド必要ナイ』

「じゃがのぉ……。儂の仲間が餌を欲する子犬のように涎をらたしてこの時を待っておったのじゃよ? その気持ちを考えると、儂はどうしてもあ奴等のわがままを聞いてやろうと思い、この決断に至ったのじゃ。わかるかのぉ? こんな老いぼれの気持ちが」

『老イボレ…………、感情ヲ見タイガタメニ人ガシテハイケナイ禁忌ヲ破ル外道ノドコガ老イボレダ。オ前ノ様ナ奴ハ大抵ノ人ハコウ言ウゾ。『邪道』トナ。ソレニ……』


 フォスフォは竜の目をすっと細め、そして『グルルゥ……』と唸り声を上げ、Drのことを睨みつけ、先ほどまで伸ばしていたその手をズズゥ……。と重い音を立てて持ち上げながら、フォスフォは言った。


 その手を――Drの頭上に向けて、そのまま叩き潰すように仕向けながら……、フォスフォは言った。


『私ハドラゴンノ魔獣族。ヨク聞クハナシデハ竜ハ万物ノ強者。貴様ガドンナ種族ナノカハワカラナイガ、私ハコノ手デ、コノ場デ貴様ノ事ヲ拘束スルコトガ可能ダ』

「………ほほぅ」

『サラニ言オウ。私ハ帝国内ニ入ッテイナイ。ツマリハ貴様ガ提案シタ『バトラヴィア・バトルロイワイヤル』ニ参加シテイナイトイウコトニナル。計算ト計画ガ狂ッタナ。終ワリダ――ドクトレィル・ヴィシット』


 と言った瞬間、フォスフォは空中で止めていた手を動かす。


 一気に――Drを手で潰さんばかりに、その手を振り降ろした。ぶわりと上から下に向かって吹いてくる降下気流の風。そしてばふりと立ち込める砂。


 それを受けながらDrは己に向かって振り下ろされる竜の手を見て、Drは深い深い溜息を吐きながら左手を上げて、そして――


 ――ぶぅん。


 と、手をだらりと下ろす。


 よく見る『行け』と言う合図と似た動作である。


 その動作を見て、フォスフォは即座にDrを捉えていた視界を一瞬、ほんの一瞬だけ……、帝国の門――封魔石製の門に向けた。


 向けて、そしてその門のところから見え、聞こえる不審なものを探す。光る物や発砲の音、色んな音や何かを見落とさずに、フォスフォは警戒しながら見た。


 が――なにも起こらなかった。


 否――()()()


 そんな起きていることに気付かず――フォスフォは門から視界を外して、そして……。


 ずずぅんっっ! と、砂煙と爆風を立ち込めながらフォスフォはDrの頭上にその手を振り降ろす。


 殺す気はさらさらない。


 そのまま手で押し付けて、Drを拘束するように押し付けながらある程度の情報を聞き出そうとしていたフォスフォは――()()()をした。


 さらさら風に乗って舞う砂。フォスフォは手の下の感触を確かめながらDrのことを見降ろそうとした。見降ろして、彼はできる限りこの場でDrを押し留め、そして情報を聞き出そうと試みた。


 試みようとした時――彼は()()()()()を覚えた。


『?』フォスフォは竜の首を傾げる。傾げて、思った……。


 ――手応エガナイ……?


 そう思ったフォスフォは、打ち付けた手の感触を研ぎ澄ませながら……、『ずっ』と、手を回すように動かした。が……、彼の手にあった感触は、()だけだった。


 刹那――





「ヒィイイッヤッハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」


 突然の高笑い。それも、フォスフォの正面から聞こえてきた声だった。





『ッ!?』


 フォスフォは、竜の目を見開き、そして今起きている状況に困惑した。


 砂地に手を付けた状態で、そのつけていた手の下にいるはずであったその人物は、フォスフォの目の前で高笑いを浮かべて左手を上げながら()()()()()()()()()()()()()。否――この場合は天から吊るし上げられていた。の方が正しいのかもしれない。


 その人物――Drは、フォスフォのことを見ながらげらげらと下劣な哄笑を上げて、そして左手を上げて、空中を浮遊しながら彼はこう言ってきた。


「まさかこの儂を蠅たたきのように潰そうとするとは! シンプルかつワイルドにしてパワフル! これがドラゴン系統の魔獣族が生み出す力と言う物か! 現実で言うところのライオン以上の迫力! そして人を喰うサメを出くわしたかのような恐怖! そうかそうか! 儂はお前さんに対して一瞬恐怖を味わっていたのか!? そうなのかっ!? がだしかし! だがだがしかし! 儂は一瞬感情を()()! その辺に関しては感謝しておこうかのぉ! ヒィイッヤハハハハハハハハハハハハッッ!」

『ッ! 何故……ッ!』


 ぶらん、ぶらんっと振り子のように揺れるDr。


 それを見て、そして一体いつどうやって避けたのかと思いながら、フォスフォは目の前で陽気にげらげら笑っているDrに向かって、彼は聞いた。


『何故……ッ! ソンナトコロニイルンダ……ッ!』

「んん? 簡単じゃよ」


 フォスフォの混乱の火種となっているそれを優しく……、乱暴に取り除くように、Drは上げている左手に向けて右手で指をさしながら、彼はこう言った。


 その左手に括り付けられている、透明なプラスチックワイヤーを指さしながら、彼はこう言った。


「この左手に括り付けているプラスチックワイヤー。見えるじゃろ? これは帝国の帝宮内にある儂のオーダーウェポンに内蔵されてあるそれから射出されたものじゃ。緊急逃走用につけられたものじゃが……、引っ張れば掃除機のコードのように急加速で戻る仕組みじゃ。もう一回引っ張れば一時停止、再度引っ張れば戻ることを再開する。ほかにもいろんな機能がついておるが、今貴様にすべてを見せることはできないのぉ。そしてついさっきも貴様の手に潰されそうになった時、儂は自分の武器に内蔵したワイヤーを使って緊急回避をしたんじゃ」

『ッ! イ、イツ回避シタ……ッ!?』

「お前さんが一瞬目を離した隙にじゃ。お前さんが目を離してくれたおかげで儂はあの状況を回避することができた。一瞬の油断が儂のことを救ってくれたのじゃよ! これは運命が儂に味方をしてるということかのぉ? ヒィヤッハハハハ!」

『っ! グゥウウウウウウウウウッッッ!』


 フォスフォはそれを聞いて、急速に沸騰した感情が器から零れだし、そして感情の赴くがまま、彼はグルゥンッッ! と、その場で()()()()()


 砂煙を立ち込めながら、彼は目の前にいるDrを見ながら回転をして、回転しながらドラゴンの尻尾を使って、Drに向けて攻撃しようと繰り出したフォスフォ。いわゆる尻尾のスィングだ。


 ごぉっと迫りくる尻尾の攻撃を見て、Drは「おぉ!」と、恐怖ではなく興味を抱くような目でそれを見て、すぐに左手に括り付けられているプラスチックワイヤーをぐっと引っ張ろうとする。


 フォスフォはそれを見てそんなことはさせまいと、できる限り殺さないように尻尾を振り回しながらDrに攻撃が当たるように仕向ける。


 もちろん、これも手加減をして攻撃をし、気絶したところで再度拘束しようと目論んでの行為だ。


 その手加減に関しては――ルビィと一緒にしつこく訓練したので、その手が誤ることはない。ないが……、それでもフォスフォは手加減せずに攻撃したほうがよかったのかもしれない。


 Drは迫りくる尻尾が、目と鼻の先に迫ってきっところで、彼はぐにぃっと……、矯正された銀歯をむき出しにし、歯ぐきが見えるような笑みを浮かべながら、彼は言った。否――呼んだ。




「――任せたぞ。ルシルファルよ」



 Drは言った。まるで呪文のような言葉を言った瞬間、未だに回ろうとしているフォスフォの目の前から、轟音にも似た砂が混じった爆風の音が聞こえた。


 ぼふぅっと、フォスフォの目の前に広がる砂の飛沫柱。その砂の飛沫柱の中で蠢く何か。それはすぐに砂の飛沫柱を振り上げた手で切り裂いて、フォスフォのことを切り殺さんばかりに迫ってきた。


 フォスフォはそれを見て愕然とした。そしてこう思った……。


 ――コノ魔物ハ……っ! マサカコノヨウナ魔物モ魔獣族トシテ組ミ込マレテイルノカ……?


 そう思いながら、フォスフォは目の前から迫りくる魔物に向けて『グゥオオオアアアアアッ!』と咆哮を上げながら迫りくる魔物に向けて牙を向けた。ぐぱりと、口を大きく開けて――


 対照的に――黒い体毛で覆われ、四足の足から生えている黒い爪を研ぎ澄ませながら迫りくる三つ首の猛獣の魔物。体格はフォスフォと同格の大きさを誇っており、その魔物はフォスフォに向かって『ダダンッ! ダダンッ! ダダンッ!』と足音を立てながら迫って、そしてフォスフォの近くでドォゥンッ! と跳躍しながら、猛獣の魔物――ケルベロスの魔獣族……、ルシルファルはフォスフォに向かって三つ首の口を大きく開けながらこう叫んだ。


「飛んで火にいる夏の虫はこのことだぜ!」

「しょっぱなからこんな大物を相手にするとはな!」

「これで報酬十万獲得だぜぇっ!」


 それぞれの口で言葉を発するルシルファルは、フォスフォの体に噛みついた後を残そうと口を大きく開けて噛み付こうとする。


「「「かあああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!」」」と咆哮を上げながら――


 それを見て、フォスフォはすぐに左右の頭を竜の手で掴んでその口を無理矢理閉じる。驚いている左右の顔を無視して、フォスフォは大きく開けた竜の口を残った首の根元に向けて――


 ――がぶり! と噛み付いた。深く噛みついた。


「ギィエッッ!」


 ルシルファルは唸り声を上げてかふりと息を吐く。他の左右の頭の同様にだ。


 どうやら痛覚は共有されている様子だとフォスフォは見ていたが、ルシルファルはそんなフォスフォの攻撃を受け、そして口の端から赤い血を流しながらも三つの首が止められながらも、無防備と化している前足の爪を鋭く尖らせる。


 ジャキリと――一気に五センチほど剥き出しにして、彼はフォスフォの体の中で最も柔らかい箇所――



 腹部に向けてその爪の切り裂きを繰り出す!



 ――ザシュシュシュッッ! と、魚に切り込みを入れるように傷跡を残すルシルファル。


 それを受けたフォスフォは、ぐっと顔を歪ませ、そして腹部にできた無数の切り傷の後から零れだす赤い液体を流し、砂地にそれを残しながら……、『ッ! ウゥ……ッ!』と、竜の顔を歪ませるフォスフォ。それを見てにやりと笑みを浮かべるルシルファル。


 その笑みを見て、フォスフォは不覚と心の中で己を叱咤しながら、噛み付いていたその口を離し――ごふりとその竜の口から唾液交じりの血を吐く。ぱたりと、赤黒く染まってしまったその砂地にまた新たな跡を残してしまう。


 それでも――フォスフォは離れなかった。否――離さなかった。


 ここで話してしまえば、もしかしたら最悪のケースを巻き起こしてしまう。そうなれば……、今自分の背中にある帝国に向かって、この魔物は――この男は走って入って行くだろう。


 セレネ達がいるその場所に向かって、帝国に入るだろう。


 ――ソレダケハ、避ケネバナラナイ……ッ!


 フォスフォは思った。心の底から思った。


 もう……、あの惨劇を、あの悲しみを繰り返さないように、もう後悔などしたくない。もうこれ以上……、あの二人が遺したセレネを悲しませないために、フォスフォは力を振り絞って、耐える。耐えながら……、彼は思った。否――誓う。


 ――避ケズニ、並列シテ、ドクトレィル・ヴィシットヲ拘束シ、ソシテコノ犬男ヲ倒ス。ソレシカ方法アナイッ!


 そう思った彼はすぐに行動に移そうとして、腹部の激痛に耐えながらルシルファルを押し出そうとする。


 幸い――彼の体は犬。つまりは四足歩行の犬。今現在彼はフォスフォにもたれかかるようにしているので、このまま後ろに向けて押し出せば――簡単に倒れるような姿をしている。


 ――体ツキハコッチノ方ガ上ダ。コノママ力ヲ込メレバ……ッ!


 フォスフォはそう思い、ぼたぼたと垂れる腹部の血を一瞬忘れて、彼はそのままルシルファルを相撲の要領で押し出そうとした。


 その時――背後から、本当にフォスフォの背後からこんな言葉が耳に入った。



「それではー! バトラヴィア・バトルロイワイヤルの説明をするぞーい!」



『ッ!?』


 背後から聞こえてきた声――Drの声を聞いたフォスフォは、いったん押し出すことをやめて拮抗を保つという選択をしてから、フォスフォは振り向く。


 驚愕の顔をして振り向くと、Drはそんなフォスフォのことを見ながら、狂喜のそれを浮かべながら口の端を持ち上げている。


 そんな状態で、Drは陽気な音色でフォスフォに向かってこう言ってきた。


「ルールはいたってシンプル! 『出会いがしらの者達と戦う』と言うルールじゃ! お前さん達は二人一組となって帝国の幹部やバロックワーズの幹部の一人に戦いを挑む! 勝敗は殺すか四肢の部位破壊(ゴア)! どちらかをすれば勝利じゃ! 最終的な勝敗は……、ガーディアンの浄化を行えばお前さん達の勝ち! そしてお前さん達が全滅すれば儂らの勝利! 我ながらシンプルイズザベストなルール! お前さんの対戦相手は今目の前にいるルシルファル! その者に勝たない限りは放棄も何もできんからのぉ!」


『ッッ! キ、貴様……ッ!』

「そして………………」


 Drはフォスフォのことを見て、怒りで我を忘れそうになっているフォスフォのことを物珍しそうに見ながら、彼は無表情の顔を取り繕って、こう言った。


「お前さん達の仲間でもあるハンナとヘルナイトだけは一人で戦ってもらう。更に追加としてじゃが……」


 Drは無表情のそれをかき消し、今度は黒く黒く染め上がった狂喜の笑みを刻んで、そして眼鏡越しに目を赤く染め、そう見えるような目の色をしながら、彼はフォスフォに向かって陽気な音色でこう言ってきた。


 フォスフォにとって――きっと、『レティシアーヌ』にとって、残酷で無慈悲な言葉を、彼は告げたのだ。





「儂はあの小娘とは絶対に戦わん。というか()()()()()()()()()()()()しのぉ。儂が最も興味を抱いておるのはあの小娘……、ハンナだけじゃ」




 そう言って、Drは左手に括り付けられてるプラスチックワイヤーをぐっと下に向けて引く。


 引いた瞬間――Drは急速な勢いで上に向かって引っ張られて行き、そのまま放物線を描くように引っ張られていく。


 彼らしい高笑いを上げながら……。


 それを見て、聞いていたフォスフォは愕然とした顔でDrのことを目で追い、口から零れている鮮血を飲み込むようにぐっと口をきつく閉じてから彼は……。





「――ッッッッッ! ドクトレィルウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥーッッッッッ!!」





 悔しさ、怒り、そして不甲斐なさや苛立ち、更に言うと使命を果たせなかった後悔も併せて、彼は叫んだ。叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで……叫びまくった。


 あらんかぎり叫び、声が嗄れるかもしれないような叫びを上げる。この場にいるルシルファルにしかわからない叫びを上げながら彼はもうすでに消えてしまったDrに向かって、咆哮交じりの叫びを上げていた。



 ◆     ◆



 まだ――戦いも絶望も始まったばかり。まだまだ絶望は続くのだ。これはまだ序の口なのだ。


 そんなフォスフォの叫びが上がるかなり前……、帝国内に強制案内をされたハンナ達も、絶望を味わっていた……。

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