PLAY62 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅰ(開幕)③
この物語には暗い展開が含まれます。ご注意ください。
「彼女が怖がっているだろう。やめろ」
ヘルナイトさんは私の前に立って、庇うようにDrのことを見降ろしながら言った。
今までの凛とした声に怒りを加えたその音色で……。
その言葉を聞いていた私はそっとマントを掴みながらヘルナイトさんを見上げ、正面にいるであろうDrをヘルナイトさん越しに見ると……、Drはヘルナイトさんのことを見上げて苛立っている目を向けながらDrは低い音色でこう言ってきた。
「なんじゃお前さんは……。儂はお前さんのように強さで懲り固められた感情には興味がないんじゃ。儂が最も興味を示しているのは――そこにいる感情が乏しいお嬢さんじゃ。とっととそこをどけい」
「どかない」
Drの言葉に対して、ヘルナイトさんは首を横に振って否定した。私のことを隠してDrから私が見えないように隠して言うヘルナイトさん。
それを聞いたDrは『びきり』と――額に太くて大きな血管を浮き上がらせてヘルナイトさんを見上げ、Drは苛立つ顔をしながらヘルナイトさんに向かって続けてこう言ってきた。
「『どかない』とな? その言葉は儂に対しての反論……ということでいいのかのぉ? ENPCヘルナイトよ。お前さんは今の状況をよく理解しているのかのぉ?」
「…………………………………」
「理解できんのか? なら儂が簡潔に説明をしようと思う。これからもしかしたら儂に対して楯突こう輩が出るやもしれんから、その時の保険もかねて――言っておくとしよう」
「言わずともわかる。お前に危害を加える、または反論する輩がいれば、お前は帝国に助けを求め、そして私達を嬲る算段なのだろう? いくら記憶がなくなったと言えどそれくらいは考えがつく」
「………流石はこの世界の住人。よく知っておる」
Drは自分の背に大きくそびえたっている黒い封魔石で作られた門を見るために振り向いて、その壁を見ながら、ううん……、その壁の向こうにあるであろう帝国を見つめながら彼は言う。
淡々とした音色でこう言った。
「言った通り、お前さんや儂に対して敵意を持っているものが儂に向かって攻撃をすると、壁の中で待機しているバトラヴィアの兵士達がお前さん方を撃ち殺す。儂は『秘器騎士団』の製作の要を担っておる。ゆえに儂には生きてもらわないといけない。死なれては困るからこそ必死になるのじゃ」
そのくらい――奴らは王都を欲しておる。
その言葉を聞いて、ヘルナイトさんはぐっと握り拳を握りしめながらDrのことを見降ろして質問をしてきた。
凛としているけど、どことなく怒りが濃くなったような音色で、ヘルナイトさんはこう聞いたのだ。
「王都を欲している。そのためにお前たちが必要。それはもう十分理解できた。お前たちが利害の一致でいることも知った。だが――それよりも私は、お前に聞きたいことがある」
「? なんじゃ? 一体儂に対して何を聞こうというんじゃ? まさかと思うが儂のこのぽっちゃり体系のことを聞くのはNGじゃぞ?」
冗談半分のようなことを言って自分のお腹を撫でるDrだけど、ヘルナイトさんはその言葉に対して首を横に振る。
なぜだろうか、Drの冗談混じりの言葉を聞いて――紅さんが口に手を当てながら笑いを堪えているように見えたけど……、気のせい……。だよね? うん。
それを見ていた私だけど、すぐにヘルナイトさんのことを見上げる。不安になりながらヘルナイトさんのことを見上げて、そしてきゅっと、ヘルナイトさんのマントを掴んでしまう私……。
はたから見れば子供っぽいけど、あの時――Drが私に向けた異常な笑みが脳裏に刻まれ、角膜に焼き付いてしまったのか、何もしていないとすぐ頭の中に出てくるのだ。
さながら……、ホラーのように……。
そんな私の気持ちを察したのか……、ヘルナイトさんはDrのことを見降ろして、そして私のことを背に隠して守りながら――ヘルナイトさんはこう聞いた。
「お前はなぜ――そこまで相手を揺さぶるんだ? 話を聞いているに、お前は相手の感情に対して異常な思い入れがあるように見える。相手の感情を読み取りたいがために、相手を逆なでするようなことをする。たとえそれが大きなリスクを負うようなことであろうと、お前はそれを快く行う。感情を見たいがために、その行為を躊躇いもなくすると私は見た。だから問いただした。なぜおまえは……、そこまで相手の感情を揺さぶるんだ? 帝国に協力している理由と、関係があるのか?」
ヘルナイトさんは聞く。
Drの不可解な言動を察知しての言葉だった。それを聞いたDrは、淡々としていたその表情を、すっと――真剣だけど冷たい怒りがこもっているような目つきでヘルナイトさんのことを見上げている。相も変わらず……、もしゃもしゃは全然見えない。
みんなはヘルナイトさんの言葉を聞いて、ぽかんっとして首を傾げていたけど……、聞かれたDrは未だに無表情でヘルナイトさんのことを見上げている。
私はそれを見て、無表情で無言の状態が続くこの空間に苦しさと怖さを感じてしまった。
苦しさは張り付けている空間に長時間いることで無意識に感じてしまう息苦しさ。そしていまだに直感がそう囁いている――Drのことが全然見えていないことに、私は怖さを感じた。
もしゃもしゃが見えないだけで、こんなに人は怖いものなのか……、私は驚愕の真実を聞かされたかのように驚いた目をしてヘルナイトさん越しにDrを見る。
すると――ヘルナイトさんは私に頭に手を置いて、そしてゆるりと撫でてくれた。
それを感じた私は、すぐにヘルナイトさんを見上げる。ヘルナイトさんはいまだにDrに視線を向けている状態だけど、その手だけは私に向けられて、今なお私の頭から離れない。
撫でてくれたのは一回だけだけど、それだけでも私にとってすれば、最大の安心感だ。この大きな手に何度も救われて、安心を受け止めてきた。
だからさっきまで不安が募っていたけど、それが幾分か取り除かれた気がして、私は控えめに微笑みながらヘルナイトさんのことを見て、そしてすぐにDrに視線を向けた瞬間……。
Drは――私のことをじっと凝視していた。見開かれ、血走った目で私のことを凝視し、金属質の眼鏡を掴みながら、Drは私のことを凝視していた。怖いくらい、体中に穴が開くような視線で私のことを見ていたのだ。
「――っ! ひっ!」
それを見てしまった私は、その眼を見た瞬間――ノイズの音と砂嵐交じりに見えた目と重ねてしまい、さっきまで抱いていた恐怖とは比べ物にならないような畏怖を感じて、私はヘルナイトさんの背中に隠れて、そしてマントで顔を隠しながら震えてしまった。
感情的に、本能的にこう思ってしまったから。
怖い。あの目だけは何度も見ても、無理だと……。そう思ってしまったのだ。
何度も。その言葉を思い出し、私は前にもDrのことを見たことがあるのと思いながら、私はヘルナイトさんのマントに顔を埋める。
「………っ! ……っ! ……ふぅ……っ! ……ふぅ。 ……はっ! ……えぐっ」
ままならない呼吸が私の呼吸器官を狂わせているかのように、私は過呼吸になりながらも精一杯呼吸を整えようとする。けれど……、呼吸をすればするほど、過呼吸がひどくなってくる。
さっきまでの安心感が吹き飛ばされたかのように、私は肩をカタカタと震わせながら、何も見えない中で、耳だけを頼りにして会話を必死に記憶に刻み込む。
刻み込もうとするけど、ついさっき記憶に焼き付いてしまったそれを思い出して、私は必死になってヘルナイトさんに縋ってしまった。
過呼吸になりながら、震えて、ヘルナイトさんのマントをぎゅうっと掴みながら、私は荒い呼吸を繰り返す。
治まって。そう願いながら私は深く深く深呼吸をする。
自分でも正直驚いてしまうくらいの突然の過呼吸だった。
こんなこと一度もなかったのに……、一体これは……、何なのだろう……。
Drのあの顔を見たときノイズ交じりに、砂嵐交じりに見えたあの光景……あの怖い目。あの目は一体誰の目なのだろうか……。でも今は、その記憶がすぐに消えるように、私はヘルナイトさんのマントで顔を隠して、見えないようにして子犬のように震えていた。
見てしまうと委縮してしまうそうになるから……。Drの目が怖くて……、どこかで見たことがある様な、あの目を見るだけで体の体温が消えてしまいそうな恐怖を思い出してしまいそうになるから……。私は、震えながら見ることを断念して、深呼吸をしながら聞くことに専念する。
ヘルナイトさんのマントを、ぎゅぅっと掴みながら……。
◆ ◆
「……っは! ……はぁ! ひぃっ! はぁ……っ! ふぅ……! けふっ! ……ひぃ! げほっ! ごほっ!」
「っ!? ハンナッ!」
ヘルナイトはハンナの恐怖を抱く悲鳴を聞き、すぐに彼女を背に隠しながらしゃがみ、彼女のことを優しく抱き寄せて、背中をさすりながらハンナの名を何度も呼ぶ。
そしてその発端を作った張本人――Drに向かって鋭い眼光を浴びせる。それは他の誰もが同じだ。各々が武器を構えて攻撃する体制に切り替えていたのだ。
が――構えただけで、その場で攻撃することはできなかった。
簡単な話――Drの言う通り……、もしDrに攻撃を繰り出してしまえば、黒い封魔石で作られた門の向こう側にいる兵士が隙を突いて攻撃を繰り出そうとすれば、確実にセレネたちは後手にまわり、今まで積み重ねてきた計画が崩壊してしまう。
それだけは避けたい。
そう思っていたセレネや他のみんなは、ただただ構えを取るだけに留めていた。
Drの言葉を信じているわけではないが、もし本当であれば、一人の先走った行動で味方側が完全に後手に回ることだけは避けたい。そう思ったセレネや他のプレイヤー達は、Drに攻撃する姿勢を見せているが、行動をセーブして身構えながらDrのことを見ていた。
Drはそんなみんなの反応を見て、そしてヘルナイトの行動を、まるで観察するように髭を手櫛で梳きながら、彼は「ほほぅ」と声を上げてこう言ってきた。
興味を抱いていることが丸わかりの跳ね上がる音色で、彼はヘルナイト――に抱き寄せられて過呼吸を起こしているハンナを見ながらこう言ってきた。
「儂の顔を見た瞬間怯えて過呼吸を起こしたのか。何もしていないがお前さんから吹き上がる感情の波がそれを教えているぞ! そうかそうか! お前さんは初めて見る儂に対して恐怖を抱いたのか! しかも何かと重ねているかのように! フラッシュバック! そう言うことか! フラッシュバックが断面的に甦ってお前さんの心を乱しているのじゃな! そうなんじゃな!?」
「いちいちいちいちウルサイおじいさんだね」
興奮冷めやまぬと言う言葉が相応しいDrの表情と顔を見たノゥマは、深い溜息を吐きながらDrのことを見る。
Drはその言葉を聞いて、声がした方向――ノゥマのことを見ながら彼は首を傾げる。ハンナのこと見たときの、金属質の眼鏡から覗く血走った目で彼は「は? 何がじゃ?」と、さも平然とした表情でノゥマのことを見て言った。
睨みつけていない。ただ見ている立ったのだが、ノゥマ達からすれば血走った目で見ているせいで睨み以上に何かおぞましいものを抱いているようなそれを感じてしまう。
ノゥマはそんな目を見て、内心――気味が悪い。と思いながら、ノゥマは心に抱いている恐怖を隠しつつ、平静を装いながらノゥマはDrのことを見ながらこう言った。
「僕はただあなたのその豹変に対してうるさいって言っただけだよ。テンションが上がっている時は淡々としているくせに、表情を変えたりした時に興奮する……。いったいどの場面であなたのテンションがアップするようなことが起きたのか全然見当も」
「そんなの簡単じゃ」
ノゥマの言葉を強制終了させて、Drは血走った目で、無表情の目で彼は大きく声を張り上げながら言ったのだ。
それを聞いたノゥマや近くにいたボジョレヲ、ガザドラも驚いた目をしてDrのことを見る。誰もがDrの言葉に対して驚いた目をして見てしまっただろう。
その理由は――Drの言葉を聞いて、誰もがこう思ったからだ。
――簡単? 何がだ。
至極当たり前で至極当然の疑念。
それを聞いたアキたちは、驚いた目のままDrのことを見ながら固唾をのんで、次の言葉を待った。
ごくりと……、誰かが生唾を飲み干した音がしたが、誰もその音を聞く余裕などなかった。そのくらい、この場に広がっていく空気が淀み、彼らの正常な判断を鈍らせていた。
Drは今独占しているこの空気の中、先ほどの興奮していた面持ちを完全に断ち切ったかのような無表情の顔に戻り、彼はノゥマ達のことを見ながら腰に手を当てて開口――こう言葉を口から零した。
「簡単な話じゃ。儂は単純に、知的好奇心で、そして興味本位で儂は……『感情』と言うものに強い興味を抱いておる。それ以上の回答もない。そして儂は今でもその感情に強い興味を抱いておる」
――何が感情だ。興奮以外は無表情のくせに。
アキはDrの言葉を聞きながら内心毒を吐き捨ててDrのことを睨みつける。
つい先ほど威圧だけで屈服されてしまった経緯もあって、アキとシェーラはDrに対して不快な感情しか抱いていない。ゆえにアキは心の中で毒を吐きながらDrのことを睨みつけていた。
Drはそんなアキのことを見ずに――否。アキ達全員を見渡しながら、彼は淡々とした口調で腰に手を当てながら話を続けた。
さながら教師のように……彼は言った。
「よいか? ついさっきも言った通り――儂は『感情』と言うものに強い興味を抱いておる。感情と言うものは喜怒哀楽や好意、悪意などの物事に感じ起きる気持ち。精神の働きを三つに分けたときの『情的過程全般を指すのじゃ。よくある『美しい』や『気色悪い』というものと思ってほしい。誰もが当たり前と思っているその感情に、儂は強い興味を抱いた。それゆえに儂は御年になるまでの五十五年余り……、感情のことについてずっと研究をしてきた。否――見て研究し続けて生きてきた。と言った方がいいのぉ」
「感情……? なんでそんなものを」
首を傾げながら意味が分からない。という気持ちを顔に出して、ダディエルはDrに向かって言うと、それを聞いたDrはダディエルのことをじっと見つめ――
「……アクロマから聞いたぞ。お前さんはアクロマの手によって最愛の女を失ったそうじゃな」
「っ!」
アクロマ。
その言葉を聞いた瞬間、ダディエルの――否、それだけではない。
ボルド、リンドー、紅、そしてギンロの表情に怒りのそれが浮かび上がり、Drのことを睨みつけて、驚愕が加わったその顔で彼らは言葉を詰まらせ、そしてダディエルはDrに向かって一歩前に足を出しながら――荒れに荒ぶった表情で――
「な、なんでお前が」
「そうじゃ! その顔じゃ!」
「――っ!?」
ダディエルは声を荒げて言おうとした時、Drは再度興奮する表情を浮かべながらダディエルのことを指さしながら声を上げた。
それを聞いたダディエルはぎょっと怒りを置き去りにし、驚きだけを残した表情を浮かべてDrのことを見た。
カルバノグも、そしてアキ達も、そんなDrの奇怪にして異質な行動を見て、驚くを隠せずに見ることしかできなかった。
言葉を発することなどできず、ただただ――Drの言葉を聞くことしかできずに、彼等は固まった状態でDrの話を聞いた。
Drは興奮した面持ちでダディエル達のことを指さしながら――彼は荒い息を吐きながら言葉を発する。
「その顔! お前さんは最愛の女を失い、失った原因を作ったアクロマに対して仇討ちをしようとした! その時アクロマに対して抱いた感情――それは純正な純粋な憎しみ! 鮮度百パーセントの憎しみ! 純粋は真っ直ぐな感情! お前さんはアクロマに対して純粋な憎しみを抱いている! ほかの輩もアクロマに対して憎しみを抱いていた! 忘れかけていたその感情も、名を明かしただけで思い出し、そして表にその感情を出して怒りを露にする! そうじゃそうじゃ! 純正の憎しみから抽出され合成された怒り! やはり! ああやはり! 感情と言うものは珍しいメカニズムじゃ! これだから感情の研究はやめられんのじゃ! だから儂は感情を見るためならどんなことでも厭わずに、喜んでする! それで滅多にみられない感情があれば満腹じゃ!」
「………………何を言っているのだ……。この男は」
Drの異常な言動を見て聞いていたガザドラは、ざぁっと蜥蜴の肌を青く染める。青ざめながらガザドラは思った。脳裏に浮かぶ会ったことがない『六芒星』のリーダーの影の姿を思い出し、彼は思った。
――この男は、異常だ。あの男と類似している狂気を、この男は持っている。けたけたと、その凶器を心の中に隠している……。
野生の勘なのか、それとも竜の血がそう危険信号を出しているのかはわからない。しかしガザドラは直感した。Drは異常だと。
そんなDrの言葉を聞いて、ぐっと胸の辺りで握り拳を作りながら、彼女は意を決したかのように下唇を噛みしめてから、彼女は前に出て――
「…………どういう、ことですか……っ!?」と、彼女はDrに向かって冷や汗を流しながら声を上げたのだ。
それを聞いていたキョウヤは、はっと息を呑んで、慌てた様子でレンのことを振り向きながら「馬鹿っ! 前に出るな!」ときつく促すが、それを無視して、彼女はDrに向かって、もう一歩前に進んで言葉を続けた。
至って冷静に、しかし声だけは怒りを吐き出して、彼女はDrに向かってこう聞いた。
「感情を見るためって……、それだけのために、あなたはどんなことでも『いやだ』と言わずに、行動にして結果を残すんですか?」
「そうじゃ」
「どんなこと――それは相手が嫌なことであっても、苦痛を残すようなことであっても、あなたは感情を見るために、その人の苦しそうな感情を見るために行動して結果を残すんですか?」
「そうじゃ」
「…………、それが、人間がしてはいけないことであっても、他人の心に傷を残すようなことであっても、あなたは平気でそれをするんですか?」
「何度も何度も質問をするな。そうじゃ」
レンの質問に対してDrはくぁっと欠伸を掻き、レンのことを見て淡々とした口調でこう言った。
セレネはそれを聞きながら、だんだんとレンが言いたいこと、そしてなぜDrは己の両親をその手で葬ったのか、だんだん理解してきた。理解したくないがしてしまったのだ。最悪の想定を……。
どく、どく、どく、どくどく、どくどくどく、どくどくどくどくどくどくどく。
と――
心音が次第に激しく脈を打ち、心音が毒を持つような音色と気持ちを発生させていく。それを感じたセレネは、ぎゅううっと下唇をきつく噛みしめながら、その気色悪さを自力で耐える。
だらだらと顔中にある汗腺から噴き出す汗を拭わず、下唇を噛みしめたせいで、噛んだ箇所から微量の血を口の端から流すが、それでさえも拭わずに、彼女はDrの言葉に耳を傾けてしまった。
本心が、傾けてはいけないと囁いているのに、大真面目な彼女にそのような行為はできなかった。ゆえに聞いてしまった。聞いてはいけないことを、聞いてしまったのだ。
それはルビィ達も同じで、Drはそんなセレネ達のこと見ずに、レンのことしか見ていない目で、彼はこう言ったのだ。
淡々とした口調で――彼は平然と残酷なことを言いだしたのだ。
「儂は感情を見るためなら人殺しも厭わない。殺した瞬間の絶望の表情も、その時殺された相手の遺族の怒りの表情も、どれも研究対象じゃ。その怒りがどのようにそのものを成長させるのか、その怒りがどのようにその人間に作用するのか。それを知りたいのじゃよ。感情を起因に、人間はどのように成長をし、そしてどのように人間を形成していくか。それを知りたいのじゃよ。儂は」
その言葉を聞いた誰もが、絶句してDrのことを、Drの狂気を垣間見て、言葉を失ってしまった。
要は相手の感情を見るためなら、楽しいや嬉しいなどの明るい感情。悲しいや怖い。そして憎いという感情……、色んな感情を見たいがため、彼はその行動に手抜きなどしない。否――躊躇いなどない。
それを見るためなら、己の手を汚してでもそれを見たい。
感情を悪食する獣のように彼はそれを行使する。
誰もがそれを見て、聞いて思っただろう。心が一つになってこう思ったであろう……。
狂っている。この男は――狂気の沙汰の根源だ。と…………。
それを聞いたセレネは、目を見開き、すべての世界を真っ黒に染め、己だけを真っ白に染めながら、彼女は真っ黒なDrを見て、茫然とした目で彼のことを見つめていた。彼の背中を、今まさに無防備のその背中を見つめながら、彼女は思った。
――それだけのために? セレネは思う。
――たったそれだけのために? この男は、私の両親を、殺したのか……?
――私が、私が絶望する瞬間を見たいがために、みんなを……、父と母を……っ!
どんどん毒々していた心音がマグマがに立つような音に変わり、そしてセレネの感情をも狂わせていく。彼女の心に――怒りの業火を灯していく……。
「………………………っ!」
セレネはぎりっと歯を食いしばり、そして口の端から零れだした鮮血を砂地に零しながら、彼女はDrに向かって、低く、そして怒りを殺した音色で、彼女は聞いた。
「それだけの、ために……っ」
「んあ?」
Drは『ぐりんっ!』と、セレネの方を向きながら素っ頓狂な声を上げる。
それを聞いたセレネは、苛立った音色を押し殺しながら、表情を憤怒のそれに切り替えて、彼女は自分でも驚くような低い音色でこういった。
Drに対して、彼女は言った。
「それだけのために……っ! ただ私が悲しむ顔を見たいがために、貴様は……、貴様はみんなを……っ! そして、父上や母上を……っ!」
「………………………あぁ」
Drは思い出したかのように、はたりと呆けた顔で空を見上げ、そしてDrはセレネのことを目だけで見ながら、彼は言う。
そうであってほしくない。そんなセレネの純粋な願いを――いとも簡単に握り潰すように、砕くように彼は言った。
「まぁ新開発の件もあったが、それも理由の一つじゃ。肯定して完成したらお前さん方を呼んで、その場で儂の願望を達成しようと思ったが、それが早くなってしまい、そして開発していた件がぱぁになっただけじゃ。お前さんが言っていたことに関しては……、八十パーセント正解ということじゃな」
「――っっっっ!!」
正解。その言葉を聞いたセレネは、心の奥底に秘めて、それをせき止めていたものが――崩壊していく音を聞いた。そしてそのまま彼女は、砂地に足を『べたり』とつけてしまい、愕然としたまま彼女はDrのことを見る。
それだけのために事を起こした――Drの狂気を垣間見ながら、セレネは頭をがくりと垂らしてしまった。
「っ! セレネ! 大丈夫っ!?」
ルビィはそれを見て、はっと息を呑みながらセレネに駆け寄り、背中をさすりながら彼女の名を心配そうに呼ぶが、セレネは茫然とした面持ちで項垂れながら言葉を発しない。
今まで黙っていた虎次郎も刀の柄を掴んで、居合抜きの構えを取りながら「異常にして常人とは思えん思考回路……っ! この儂でも怒りを覚えてしまうような言い草……っ!」と言って、虎次郎はDrのことを睨みつけてから言葉を発する。
それを見て、Drは肩を竦めながら虎次郎のことを小馬鹿にするように横目で見ている。
その光景を見て、そしてみんなのことを見、最後に過呼吸こそは収まっているらしいが、それでも震えが止まっていないハンナのことを見ながら、ヘルナイトは内心Drのことを見て――
――外道め。
と思い、ヘルナイトはセレネのことを見て子供のように好奇心の目で見ているDrに向かって、彼は凛とした音色に怒りを含ませながらこう言い放った。
「――楽しいのか? そんなことをして?」
「ほあ? なんじゃて?」
Drはきょとんっとしているが、それでも無表情のそれに戻っているその顔で、彼はヘルナイトのことを見た。
ヘルナイトは震えてしまっているハンナのことを優しく……、包み込むように抱きしめ――ハンナに対して安心を与えながら、彼はDrのことを甲冑越しで睨みつけ、怒りを含んだ音色で言う。
人間のことを尊重して、そして守る『12鬼士』ヘルナイトにとって、Drのしていることはまさに外道の極み。その極みに対して、彼は怒りを覚えながらDrに向かってこう言ったのだ。
「お前は……、同じ同族に対して、そのような外道の行為をするのか? 己の欲望のために、己の自己満足のために……、他人の幸せをいとも簡単に壊すのか?」
「………………………まぁ、楽しいのかそうでないのかと言う審議に対して、儂はお前さんにこう返答するの」
Drはヘルナイトの顔を見ながら、下劣に、そして狂気に満ち溢れて零れそうな笑みを浮かべながら大きな声で、審議に対してこう返した。
がくがくと体を震わせ、興奮のせいで震えてしまっている体を鼓舞させながらDrは……、狂気の高揚の笑みで彼は言った。
「儂は――楽しいのぉ! 色んな感情が見れてそれはそれは楽しい! RCの研究員に入った理由もそうじゃ! このゲームにはいろんな犯罪者もおる! その犯罪者が魅せる感情、その犯罪者と相対したときに一般人が魅せる感情! これを見ずして儂は生涯を終えたくないっ! もっともっと見たいのじゃ! そしてもっともっと研究をしたのじゃ! 感情とその時に起きる心の想いにより、人間はどのように変わるのか! なぜ感情により人は成長するのか、それを知りたい! 儂にはないその感情の荒波を! いま! ここでぇ!」
「………今?」
Drの言葉に対して、キョウヤは首を傾げる。そして思った。
――この爺さんは今、なんて言った? 今、ここで?
キョウヤは疑念を抱いた。否――キョウヤ達は疑念を抱いた。それはヘルナイトも、ティティも、ガザドラも、そしてようやく落ち着きを取り戻したハンナも、Drの言葉に対して疑念を抱いていた。
それを聞いて、ボジョレヲは腕を組みながら冷たい汗をたらりと流して、彼はDrのことを見ながら疑念に対して質問をする。
「今……、ということは、まさか……、ここで私達に『殺し合いをしろ』とでもいうのですか? そのようなことに私達は」
「いんや――儂が今提供することは……そんな生易しいものではない。お前さんたちにそれを強要してもあまりいいものを得ることはできん。ゆえ儂はお前さん達にあることを提供しようと思う」
「て、提供……?」
シェーラはよろめきながら言う。力ない音色で言うと、それを聞いていたDrは「ああ」と答えて、背後にあるその黒い半球体に向けて指をさして――彼はヘルナイト達に提案をした。
――これから始まる……、帝国との長い長い一日の始まりの狼煙を上げる言葉をDrは言ったのだ。
「お前さん達はこれから、儂のチームバロックワーズとアクロマ、そしてバトラヴィアの精鋭――『盾』を相手に戦いをしてもらう。儂らはお前さん達を本気で殺しに行くつもりじゃ。お前さん達は儂らの拘束と浄化、儂らはお前さん達を完膚なきまでに倒す……つまりはバトルロワイヤルをするということになる。題して――『バトラヴィア・バトルロワイヤル』! 通称BBじゃ! どうじゃ? この提案、お前さん達は乗るかのぉ?」
◆ ◆
ぼわりと狼煙が上がる。上がったら最後――誰もその狼煙の世界から逃れることはできない。Drが提案したバトルロワイヤルから、誰も逃れることなどできない。




