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PLAY06 初陣決戦②

「天賦の、才……?」


 コウガさんの言葉を聞いて、私はキョウヤさんを見て驚いたまま言葉を零す。


 その言葉を放ったコウガさんは「あ? ああ」と零し――


「そう言ったのはギルド長のジジィだ。あのジジィ曰く、何人も冒険者を見たが、あんな槍に秀でた奴は今まで見たことがないって言ってたぜ」


 それを聞いた私は驚きの顔をしたままと言うか、固まった顔のままキョウヤさんを見た。


 キョウヤさんの顔を見た瞬間私は察した。


 そう――キョウヤさんの今の顔はいつもと違う。それに気付いたのだ。


 今までの笑みとは違う。真剣で、その中に怒りが混ざっているその顔は私が見たことがない。それでいて……、覚悟を決めているような顔。


 そんな顔を見て私は……。


 何も言えなかった。


「ごほっ! かはぁっ! う、ふふ……」


 エンドーさんは槍によって拘束されている状態でも、地面に(はりつけ)のようにされているにも関わらずエンドーさんは再度笑みを零した。


 こぷりと、口に溜まっていた唾液を吹き出して彼は笑った。


「あ、あは、あははは。あはははは! 『ごきゅり』! 『ぶちゅちゅ』っ! 『ばきゅり』! いい音を奏でているっ! 僕の体から出ているのかな? いい音を奏でているよぉっ! しかも僕の体がいい具合に肉片となりかけているぅうっ! いいよいいよっっ! いいよぉぉぉぉぉ!」


 最後にエンドーさんはまるで悪党が笑うような哄笑を上げてキョウヤさんを見上げた。


「ねぇキョウヤくん。君もしかして……、怒っている? 怒っているから僕を殺そうとした? でも刃の方なら絶対に僕を確実に殺せたのになぁ!? 甘いよ、甘すぎるよ! 甘い甘い甘いよぉっっっ!」


 それを聞いても見ても、キョウヤさんは何も言わない。でもキョウヤさんは口を開いた。


「――なぁコウガ」

「!」


 キョウヤさんはコウガさんに聞いた。コウガさんは「あ?」と返事をする。するとキョウヤさんは――


「――憎い、か?」

「……はぁ?」


 そう聞いたキョウヤさんに、コウガさんは苛立った声でうなり、そして、はっきりと「当たり前だ」と言って……。


「俺はこいつに罪を着せられたんだ。冤罪事件もんだしな。俺はこいつを許したくねえ。許せねえ」


 コウガさんは言った。


 未だにけらけらと笑っているエンドーさんを指さして、はっきりとした怨恨の声色を放った。それを聞いたキョウヤさんは、私達の方を振り返らない。


 でも、なんだろう……。


 今まで棘々してていた赤いもしゃもしゃは無くなって、今は青く、そして雪のようにぽろぽろと零すもしゃもしゃになっていていた。でも、それでもキョウヤさんは……。


「……家族、だから、だよな?」


 と聞く。それを聞いて、コウガさんは「ああ」と肯定の声を上げた。


「……なら。どんなことがあっても、殺したいのか?」


 その言葉に、コウガさんは、言葉を詰まらせた。


 私なら……、どうだろう。


 もし、おばあちゃんが誰かに殺される。そんなことが起こってしまったのなら……、きっと。私は……。


 きっと。


 きっと、犯人を問い詰めるで、終わると思う。


 殺す。


 そんな事はできない。ただ法に裁かれたくない。そういったこともあるけど……、私はきっと、心の底から犯人を許せなくなり、法による裁きを待つ身になる。何もできないからでということもあるけど、私は……。


 人が傷つくことや、傷つけることが、この世で一番嫌いだから。


 魔物を狩るこのゲームでも、最初こそ無理だとわかっていた。アンデッドの浄化だって、最初は抵抗があった。


 浄化するにしても、それは殺すことに等しいから。


 死体をもう一度殺すことには、最初こそ粗相したくらい……。いやだった。


 でも、それだとだめだと、しょーちゃんが言っていた。


『そうやって、自分で傷つけることから逃げていたら、何かあった時反論できねぇじゃねえかっ! こういった場合は、ろーよー?』

『要領』

『そうだ! ヨウリョウよく行けばいいっ! アンデッド浄化だって、浄化=救済って思えば、少しは気持ちが和らぐんじゃね?』


 ……つーちゃんの介入もあったけど、しょーちゃんの言葉を聞き、私はなんとか、少しずつ浄化できるようになってきた。これも、しょーちゃんの言葉があってこそ。だ……。


 でも、今回は違う。


 本当に、現実で殺しがあって、その被害者や加害者になってしまった人たち。


 コウガさんは、エンドーさんを殺す機会を伺っていたに違いない。


 エンドーさんは、さっき泥炭窟でのことを話していた。それから察するに、エンドーさんはゴーレスさん達を、殺そうとしていた。


 躊躇わずに殺す人達。


 私はあまりに逸脱したことを聞かされ、頭の中がぐるぐるとしていた。でも、キョウヤさんだけは、違った気がした。


 確執……。


 そんな言葉が、頭をよぎった……。


「………ああ。ぶっ殺してえって、思った」


 コウガさんの発言に、私はコウガさんを見て驚いてしまった。キョウヤさんは何も言わない。


 でもエンドーさんはけらけら笑いながら「そうか! 君も僕を見て目覚めてしまったのかいっ!?」などと、なぜかこの場では場違いなことを言い出している。でも――


 コウガさんは……。そのあと……。


「思って、考えた」

「!」


 コウガさんは言う。


「今思うと、エンドー(こいつ)を殺すとして、確かに俺の気は晴れる。親殺しの件、そして俺の冤罪の件で、すっきりするだろう。だが、結局――」


 死んだやつは、甦らねぇ。


 そう言ったコウガさん。そして……、苛立った顔で、口調で、彼は言う。


「正直、こいつが生きているだけで胸糞わりぃ……っ! この手で殴って蹴りてぇって気持ちだってある。だが、それだと、この音変態の思うつぼだ」


「……だよねー……」


 キョウヤさんは同意の声を上げて言う。


 私はそれを聞くことしかできなかったけど……、コウガさんはエンドーさんを指さして、宣言した。


「お前が相手するなら、こいつは殺すなよっ! 俺がこいつにとって、最も屈辱的な方法で嬲ってから、罪をこいつの口から吐かせてやるっ! 殺す、殺されるなんて考えさせねぇ。そんなの優しいご慈悲って思わせるまでなっ!!」

「……わかった」


 それを聞いて、キョウヤさんは納得したかのように、頷きのそれを見せた。キョウヤさんの口元が、僅かに弧を描いていたけど……、嬲っては、駄目な気がする……。そう私は思った。


「なになになになになに~? なんのはなしぃぃぃぃ~?」


 エンドーさんは狂気的な笑みとともに、キョウヤさんや私を見つめて聞いてきた。


 私はそんなエンドーさんを見て……、聞きたいことがあった。だから……。


「エンドーさん」聞いてみた。


「んんんんん?」


 エンドーさんはにっこりぃっと笑みを張り付けて、私を見た。それを見た私は、ぎゅっと、胸の辺りで握り拳を作って、一回深呼吸してから、エンドーさんに聞く。


「あなたは、ここまで計算通りに、私達を躍らせていたんですか?」

「それは半分イエス。半分ノーだ」


 エンドーさんは、私に質問に対し、こう返した。そして――


「君達が来ることは、あのゴーレスが来た時点で、というかあの泥炭窟で先回りしてみていたんだ。僕の直観が囁いたよ。君は必ずここに来て、僕の快感を満たしてくれるって」

「……満たせません。私は、傷つけるスキルを持っていない」

「そう。だからこそ、あのギルド長の言葉、『希望』とか、そう言った重圧。それは、君に対しての重い責務に違いない。ゴーレスは最初、僕のおもちゃにしようと思っていたんだけど……、それを急遽取りやめて、君に見せて焦らせようと思ったんだ。君は責任感が強いのか、早速ダンジョンに乗り込んだ。それが――イエス」


 そしてノーは。と、エンドーさんは言う。顰めた顔をして……彼は言った。


「ヘルナイト。なんで街エリア内にいるのかと思っていた。そして君に何か吹き込んでいたよね? それを危惧した僕は、賭けの試合を持ちかけて、終わってすぐこいつらと別行動をとった。そしてダンジョンに入って、アップロード前に持っていた『転移絨毯』を使って、僕たちは隠しエリア。あのエルフ野郎どもはサラマンダーの近くの通路に飛ばした」


 結構な浪費だったよ。


 それを聞いた私は……、すぐにエンドーさんに聞く。


「あ、アキにぃ達を、サラマンダーの近くに飛ばしたんですか……っ!? なんで……っ!?」

「うざかったからですよ」


 はっきりと、エンドーさんは言う。そして更に――


「それに、結構頭が回るエルフリーダーや、君のお兄さんがいたし、この際だからサラマンダーに殺されてもらおうと思って、ね――?」

「っっっ!」


 私はあまりに理不尽な理由で飛ばされたアキにぃ達のことを思い、私はぎゅううっと、握り拳を作って、怒りが込み上げてくる気持ちを抑えるのに必死だった。


 それを見ていたのか――聞いて感じたのか……。


「なら、簡単だろ」


 キョウヤさんは言った。私を見ないで――


「マップを見ろ。きっと更新されているはずだ。隠しエリアと、その最下層への道」


 そう言われた私はすぐに魔導液晶(ヴィジョレット)地図(マップ)を開く。


 すると――確かに、私達がいるところはB2。そして狭いけど通路がある。そこを進んで抜けると、サラマンダーの居場所はすぐそこだ。


 キョウヤさんの言うとおり、それは更新されていた。


 私はキョウヤさんを見る。するとキョウヤさんは――私達を見ないで、しいて言うのなら、言葉も私ではなく……。


「コウガ。ハンナを、頼む」


 一緒に行ってやってくれ。と、キョウヤさんはコウガさんに言った。


 私はそれを聞いて、キョウヤさんに言う。慌てながら叫んだ。の方が、正しい……。


「そんな……っ! 私も戦います……っ! 防御はできなくても、回復なら」

「回復はいらねえよ」

「っ」


 キョウヤさんに言われ、私はずくっと、小さく心が痛んだ。その痛みは、古傷が裂けたような痛み。


 今までレッテルでもあった、それでいて私の弱さでもあった。衛生士の、メディックの盲点。


 でも、キョウヤさんの音色は……冷たいものではなかった。むしろ……、温かいものだった。なので、心の痛みも、すぐに引いた。


 キョウヤさんは言った。


「ハンナは、この浄化の要なんだ。だからここで道草食っていたら……、兄貴にどやされるぞ」


 って言っても、ここには草なんて生えてねーか。


 キョウヤさんは肩を竦めながら、笑った声音で言う。


 それを聞いて、私はキョウヤさんにお礼を言おうとしたけど、すぐに思い出してしまった。



 私一人では、浄化ができない。



 私がそれを言おうとした時、すでに遅し。


「え? ひゃっ!」


 私の腰を掴んだコウガさんは、驚く私を無視しながらそのまま私を持ち上げて……、脇に抱えた。


 これはこれで驚きはするけど……、少し残念になった私もいる。お姫さま抱っこは流石に恥ずかしいけど……、これはこれでどうなのかな……。でも合理的に考えれば、片手に武器を持って戦う人なら、必然的にこうするかもしれない。うん。


 そう私は解釈してコウガさんを見上げると……。


 コウガさんは私を見ないで、キョウヤさんを見たまま言った。


「お前、関係ねーのに首突っ込むんだな」

「……まぁ」


 と、キョウヤさんは自嘲気味に――


「オレだって、同じ立場ならそうすると思ったからさ。なんとなーくその場のノリで、な?」

「……ノリで、人の事情に首突っ込むんじゃねぇ」


 吐き捨てるように言ったコウガさん。コウガさんはすっと足を動かして、細い抜け道がある方に足を向けてから、顔だけキョウヤさんを見て――


「――任せた」と言って。


 キョウヤさんも横目で私たちを見て――


「おう――任された」と、ニッと笑みを作って言った。


 それを見たコウガさんは、ぐっと足に力を入れて、シノビ特有の素早さでその場を後にして、先に進んだ。


「っ! キョウヤさんっ!」


 私は叫んだ。


 叫んだけどキョウヤさんは私を見なかった。けど、遠のく世界の中で、キョウヤさんは手を上げて、ひらひらと手を振っていた。


 そのジェスチャーを見た私は、多分だけどこう解釈した。


 ――大丈夫。そう言っているように見えた。


「お前も大概だな」

「へ?」


 唐突に、走っているコウガさんが、私を見ないで前を走りながら言った。


「あー……。やっぱ体が追い付かねー」


 と、苛立ったように言ってから、コウガさんは先ほどの言葉の続きを言う。


「人の事情に首突っ込んではいねーが、お前、断る選択くらいしたらどうなんだ? 人に流されてほいほい受けたんだろそれも。メンドクセーことに首突っ込まねーで、ノウノウと誰かがやるのを待っていたらよかったんじゃねえか。何もお前にしか扱えねーって決まったわけじゃ」

「……実は、私が持っている詠唱……、誰も選ばなくって、私が選ばれたんです」

「……オカルトで言う。何かが持ち主を何たらって言うあれか……?」


 私が答えた言葉に、コウガさんはすっと目を細める。


 その最中、走っていく先から強い熱気が私達を襲う。でもコウガさんはそんな熱気を無視するかのように、走りながら変わらない音色で言った。


「んなもんでお前の人生が決まったわけじゃねえ。結局は、自分で選ぶんだ。誰かに流されている奴は馬鹿なだけだ。あのエンドーは大馬鹿でくずだ」

「ひどい……」

「ひどいも糸瓜(へちま)もねえ。事実だ。そして、これだけは言わせてもらうぜ」

「…………?」


 コウガさんははっきりとした声で、私を見ないで私に言った。


「お前が貫き通した意志。絶対に折るな。そして自分を無力と気後れするな。お前だってやろうと思えばできるんだ。俺がそれを一応保証する」


 それはきっとコウガさんなりの気遣いなのだろう。不器用な気遣いを聞いて、私は控えめに微笑んで――


「一応は、なしで」


 と少し冗談交じりに言った。


 その言葉に対してコウガさんは「俺は大真面目だ」と少し半音が高くなった声音で反論し、そして道の終着点について足を止めたコウガさん。私とコウガさんはその光景を見降ろし……。



 二人して想像を絶するその光景を見てしまい、言葉を失った――

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