PLAY60 出会い――そして思わぬ再会③
「――武器をしまえっっ! この愚か者っっっ!!」
かっと見開かれた目がスーツを着た人に向けて、ぶわりと風が押し寄せるように放たれるような雰囲気と言った方がいいのかな……?
実際のところ風なんて吹いてない。
今は無風のそれなんだけど、その人の言葉と共に放たれた怒声と威圧が風が押し寄せてくるような感覚に見えて感じたのかもしれない。
私とティティさん、そしてヘルナイトさんは突然来た大声に驚きながらも、その人の事を見上げて黙っていると……。
苦無と忍刀を持っていたシノブシが手に持っていた武器をそっと腰や懐にしまい込んで、そのまま膝をついて頭を垂らしたのだ。
「! シノブシ……?」
ヘルナイトさんはその光景を見ながら驚いて見降ろしている。
でもそんなヘルナイトさんの言葉と視線を無視して、シノブシは無言のまま頭を垂らしていた。
まるで――仕えるべき主に忠誠を誓うような体制で。
そんな静かな体制とは裏腹に……、今まで私達に対して敵意を燃やしていたスーツの女の人は、『ずしゃりっ』という音が聞こえたと同時に彼女は膝を折り曲げ、そしてその額を地面に接触させるまで頭を下ろし、頭の前に手を添えながら彼女は深く深く頭を下げた。
私達の国で言うところの――土下座である。
私はスーツの女の人の突然の行動に驚きながら、その人の顔を伺うために遠いながらその光景を見ると……、さっきまで殺気を放っていたその雰囲気が嘘のような顔面蒼白。
しかもぼたぼたと顔中から脂汗を流して、砂地に湿り気を帯びた点々を残していく。見開かれたその眼には戦う意思など微塵も感じられず、逆に今見えるのは恐怖だけ。
さっきまで奮い立っていた怒りなどのもしゃもしゃは消え去り、今見えるのは、青などの暗い色――恐怖や怯えのもしゃもしゃしか見えなかった。
ごくり。と、口に溜まっていたのか、その人は生唾を飲み干しながら目の前と言うか――砂の山の上にいるお姫様の言葉を待っているかのように、じっと……、正座をしながら耐えて黙っていた。
「? え、え?」
私はそのスーツの人の姿を見ながら首を傾げて、一体全体何が起きているのか全然見当がつかない状況で、私は声を漏らしてしまう。
本当に、「え?」と、言わんばかりの展開。
そしてこれは一体どういうことなのか……? そんな言葉が頭に浮かび、そして今砂の山に立っているお姫様は一体何者なのだろうと思いながら、私はお姫様がいるであろう砂の上を見ようと視線を移そうとした時……。
「――ガーネット。そのままの体制でいろ。シノブシ。よくやった。元の配置に戻ってくれ」
と、お姫様は言った。
可愛らしい女の人とは思えないような強い声で、お姫様は言ったのだ。
それを聞いたスーツの人――ガーネット……、さんは、そのままの体制でじっとしている。ぶるぶる震えながら土下座をしていた。
シノブシはそれを聞いて、すぐに頷いたと同時に、自分の足元の影に手をつけて、そのまま自分の影に吸い込まれるように、落ちて消えて行ってしまった。
「!」
ヘルナイトさんはそれを見て、すぐに視線をお姫様に向けていたけど、それを見て立ち上がった後で驚いて見てしまっている私やティティさん。
フィクションの世界でしか見たことがないようなそれを間近で見たので、私はきっとティティさん以上に驚いているに違いない。
対照的に、お姫様と銃を背負った男の人は、自分達がいた場所から『ずささっ』と、滑り降りながら砂煙を巻き上げながら降りてきた。
まるでスノボーに乗っているかのような体制で滑り降りて、平らな砂地に脚をつけた後、その二人は私達に向かって近付いて来る。
その光景を見て、私はお姫様の表情を見て、変な体に力を入れてしまった。
なにせ……、そのお姫様の表情が怒りそのもので、その怒りを見ただけで、私もシノブシのように座り込んで頭を下げそうになってしまったから。
その威圧に私は呑まれていた。と言ったほうがいいのかもしれない。
ヘルナイトさんとティティさんは大剣や鉈を持たないで、近付いて来るお姫様を目で追いながら――二人はただじっとその体制でいた。ううん、攻撃することができなかった。
ううん、攻撃なんてできない。武器を持つことを禁じられたのだから、その命令に従ったほうが賢明だ。
そう直感が囁いて、誰も武器など持たずに、ただただ歩み寄ってくるお姫様のことを見ることしかできなかった。
その言葉に逆らってはいけない。命令に従わないといけないと……、なぜかそう思いながら、私達は黙って動かずに、その二人が来るのをじっと待ってしまう。
ざりっと、お姫様と銃を持った人が、私の前で止まり、そして足幅を肩幅と同じくらいの幅に開いて、そして私のことをきりっとした目で見降ろして、私のことをじっと見る。見つめる。
「っ」
私はそれを見て、なんだか普通の人にはない威圧感を感じながら、私はお姫様のことをじっと見つめる。
多分おっかなびっくりに見つめていると思うけど、その人は私のことを見て、そして、きりっとしていた目をすっと閉じて、そしてもう一回開けた後――その人は少し、ほんの少し――体を揺らす。
その揺れを見た瞬間、私はぎょっとして体を震わせながらその人のことを見上げて、何を言うのか、何を言われるのか……。そんなことを思いながら身構えて待っていると――
お姫様はそのまま私に向かって――
すっと……、頭を下げた。そしてそれからすぐに……。
「――申し訳ない」と、はっきりとした音色で言ったのだ。
「え?」
「ん、んん?」
私と、近くにいたティティさんは首を傾げながらお姫様のことを見た。凝視した。
お姫様は頭を下げて、ちゃんと仰角九十度の角度の誤りの体制を見せ、その体制のままお姫様ははっきりとして力強い音色でこう言った。
「私の部下が大変ご迷惑をかけた。常日頃から注意はしてるのだが、毎度毎度このような事態になってしまっているのだ。許してくれ。ガーネットもガーネットで、私のことを考えての行動なのだ。悪意など微塵もない。小指の甘皮ほどもないのだ。このような事態になってしまったのは私の注意不足にして監督不行届。異論があるのなら私に申してくれ」
「あわわ……、えっと……、頭を上げてください……っ。そんな滅相もないです……っ。あ、あの……、顔を上げてください……」
あまりに潔いというか、すごく真面目なもしゃもしゃを出しながら、お姫様は言う。頭を下げながら覚悟を持って私と話している。のだけど……、正直そこまで怒っていないし、それに異論なんて、あとから来た私がとやかく言う筋合いはない。
私は慌てながらお姫様に向かって顔を上げてほしいと願うと、その言葉を聞いたお姫様は――
「そうとはいかない。これは私の誠意。幾度となくこのような事態を起こしているのだ。これは私の職務怠慢のせいでこうなってしまった。ここでやすやす頭を上げることはできない。そうなれば――私の気位が許せないのだ」
すごい真面目さに、私は驚きを隠せず、思わず無言になって黙ってしまった……。ティティさんもその光景を見て頭を抱えてしまっている……。私はとりあえずと言うか、この状況をよく知っているティティさんのことを見て――私は言う。
「えっと、ティティさん……」
私の言葉を聞いたティティさんが、はっとして私のことを驚きながら見下ろし、そして困ったように顔を歪ませながらいまだに頭を下ろしているお姫様の頭上を見降ろし、ティティさんは顎に手を当てながら困り顔で考える。
そして少ししてから……、ティティさんはお姫様のことを見降ろして、少し困り顔が取れてにいないその表情で、彼女はこう言った。
「そ、そうですね……。確かに私はそこにいるあなたの部下に敵と誤認知されて攻撃されましたが……、こちらの説明不足もあります。ですので頭を上げてください。そしてこれはお相子と見ていただけると幸いですので、この話はもうおしまいにしていただけると……」
「…………やはり、そうだったのだな」
お姫様はティティさんの言う通り、そっと顔を上げてから私達のことを真剣で凛々しい佇まいで見つめながら、お姫様はこう言った。ちゃんと、胸を張って、ちゃんと私達の目を見て、お姫様は言った。
「話してくれてありがとう。そして重ね重ね詫びを入れる。ガーネットにはきつくお灸をすえることにするが……、そう言っていただけたのはあなた方が初めてだ。感謝する」
そう言って、再度お姫様は頭を下げた。またもや仰角九十度で。その光景を見た私はわたわたしながら顔を上げてもらうように言うと、お姫様は今度はすんなりと頭を上げて、そして自分の胸元に手を当てながら――お姫様は「申し遅れた」と言って……。
「こんなことになってしまったが、これも何かの縁だ。遅まきながらの自己紹介をしよう。私はセレルディーネルナ・エリセル・フィーフェ・クゥエッゼルム。御年十八歳だ。皆は私のことを『セレネ』と呼んでいる。ここでは人間族のエンチャンターにして、パーティー・『レティジアーヌ』のリーダーを務めているものだ。よろしく」
「……えっと、セレ……、セレル……、ル、ディー……、ネル……、えっと……」
「セレルディーネルナ・エリセル・フィーフェ・クゥエッゼルム。フルネームが長いことに関しては申し訳ない。私のことは『セレネ』と呼んでくれ」
「せ。セレネ……さん……。えっと、よろしくお願いします……。わ、私はえっと……。ハンナって言います」
「ハンナ。ハンナだな。よし覚えたぞ。よろしくお願いする」
お姫様こと――セレネさんは、私の自己紹介を聞いた後で手を伸ばして握手を促す。それを見た私は、おずおずと言った感じで手を伸ばして――そのままセレネさんの手をぎゅっと握る。
手甲越しに握っているからか、少し熱がこもってて、火傷まではいかないけど少し熱いと思いながら、私はセレネさんの手を握っていた。
そしてティティさんも流れに乗るかのように、セレネさんのこと見ながら彼女は自己紹介をした。
「こほん。私は『鬼の英雄』でもあるティティーティリティウムと申します。ティティで構いません。以後、よろしくお見知りおきを。と言いましても、多分すぐに別れてしまうと思いますが」
ティティさんはセレネさんのことを見ながら言う。
と言うか……、ティティさんって、『ティティ』は本名じゃなくて、短くした略称だったんだ……。彼女の名前も、舌噛みそう……。
そんなことを思いながらいつの間にか私達のところに来ていたヘルナイトさんは、セレネさんのことを見降ろして、自分のことを名乗ろうとした時――セレネさんはヘルナイトさんのことを見上げてすぐ……、驚いた顔をしてヘルナイトさんを見た後……。
「あなたのことはシノブシから聞いています。『地獄の武神』にして『最強の鬼神』、退魔魔王族のヘルナイト卿。お初にお目にかかります」
「あ、ああ。シノブシから聞いたのか」
ヘルナイトさんは珍しく驚きながらセレネさんを見ていた。
セレネさんはそんなヘルナイトさんを見て首を傾げていたけど、すぐに何かを思い出したのか、今までセレネさんの背後でその光景を穏やかに見ている男の人の方を見てセレネさんは「あぁ、そうだ」と言って、その人のことを手でその人に視線を向けるように促すとセレネさんは言った。
「私の背後にいるこの者は――」
しかし――言った瞬間、セレネさんの言葉を遮るように、別の方向から来た声が私達に鼓膜を激しく揺らした。
「――ハンナアアアアアアアアアアアアッッッッッ!」
『!』
突然だった。突然鼓膜が破れてしまうのではないかと言うくらいの大声が、私達の耳に届き、そして鼓膜をグラグラと揺らす。
その声を聞いたセレネさんも、驚いて大声がした方向を見てから気持ちを張り詰める。
私とティティさん、そしてヘルナイトさんはよく聞いている声なので、安堵とやっと来たという気持ちを顔に出す二人。私は安堵だけを顔の出して――その声を聞いたと同時に砂の山を見上げる。
見上げた瞬間、砂の山の向こうからひょっこりと顔を出したのは――ついさっきまでスルメと化していた……。
「あ、いたぁ! ここにいたんだね――ハンナッッ!」
アキにぃだった。
アキにぃは私の安否を見てほっと胸を撫で下ろして息を吐く。相当焦っていたのか、顔中から汗がどろどろと出て、危うく脱水症状になるんじゃないかと言うような雰囲気を出しながら、アキにぃは私のことを見降ろしていた。
私はほっと胸を撫で下ろしてアキにぃの名を呼ぶ。
それを聞いていたティティさんは腕を組みながらアキにぃを見上げて――
「遅いご到着ですね。ティズはいるんですか?」と、アキにぃ達が来たことに安堵するよりも、ティティさんは安定の精神でティズ君はいるのかということをアキにぃに聞くと、アキにぃはそれを聞いてティティさんの方に顔を向けて、苛立つような音色で「すぐ来るよ! 俺が一番乗りで、あと少したらみんな来るっ!」
と怒鳴った。
それを聞いたティティさんは、ティズ君が来ることを聞いた瞬間ほっと安堵の息を吐いて無縁を撫で下ろす。
「ったく……! そんなにティズのことが心配なのかあの鬼は……、って、んんっ!?」
ぶつぶつと何かを呟いていたように聞こえたけど、アキにぃはふと私の近くにいるセレネさん――アキにぃからしてみれば知らない人を見た瞬間、アキにぃは即座に手に持っていたライフル銃を構えて、銃口をセレネさんに向ける。
セレネさんは「?」と声を上げて首を傾げながらアキにぃを見上げる。
私はアキにぃがすること、そして嫌なもしゃもしゃを感じた私はすぐにセレネさんの前に立って――
「ま、待ってアキにぃっ!」と叫んだ。
手を広げて叫ぶと、それを聞いたアキにぃは驚いた顔をして私のことを見降ろしながら、銃口をセレネさんに向けながらアキにぃは叫ぶ。
「な、なんで敵を庇うんだっ!? そいつ敵だろうっ!?」
「敵じゃないよ。味方でもないけど敵じゃない」
「どっちだよ……っ! というかさっきまで砂柱が見えて凄まじい光景だったんだぞっ!? 誰がそんなことをしたのかはわからないけど、そいつらが本当に敵じゃないっていう確証はあるのかっ!?」
「確証は……、わからない。けどこの人には敵意なんて全然ないよ」
「それでも……っ! もしかしたらバロックワーズの仲間かもしれないじゃないかっ! 嘘くさいぞそこにいる女っ! 危ないから下がっててっ!」
私とアキにぃは口論しながら私はセレネさんは敵ではないことを主張し、アキにぃは敵だということを主張して、どちらも引こうとしない。と言うか、私は知っているので、アキにぃを説得してこのまま銃を下ろしてくれればそれでいいのだ。
セレネさんがアキにぃの言葉を聞いてはっと息を呑んでいたけど、私はそのことに気付かないままアキにぃのことを見上げながら手を広げて言う。
「違うの――話を」と言った瞬間だった。
「っ! あ!」
「っ!」
ティティさんとヘルナイトさんがとある方向を見て驚きを隠せずに見ていた。私はそれを横目で見て、一体どうしたのだろうと思いながら首を傾げていると、セレネさんもヘルナイトさんたちが見ていた方向を見て――
「っ! 待てっっ!」と、声を荒げながら叫んだ。
私は驚いてすぐにヘルナイトさんたちが見た方向を見た瞬間、目を見開いてその人を見て、アキにぃはいち早く気付いていたのか、セレネさんの向けていたその銃口を別の方向に――私から見て……、左斜めの方向に向けたのだ。
アキにぃから見てきっと……、右斜め上の方向からアキにぃがいるところ――せり上がっている砂の山を素早い動きで駆け上っているガーネットさんを見て、アキにぃは狙いをその人に向けたのだ。
怒りの形相で駆け上がっていくガーネットさん。いったい何がどうなっているのか、私には全然理解できなかったけど……、これだけはわかった。もしゃもしゃを感じたから、私はガーネットさんが今しようとしていることをいち早く察した。
――ガーネットさんは、アキにぃを殺そうとしている。アキにぃが言ったことに対して怒りを覚えて、その激情に身を任せて殺すつもりでいる。
一体どんな経緯でそうなったのかはわからない。どこが地雷だったのかわからない。けど……、ガーネットさんの意思は本物だ。
躊躇いもなく――手を赤く染める……っ!
「――っ! だめ……っ!」
私はそれを見て、感じて、はっとしてすぐに手をかざして止めようとした。自分が持っているスキルを使って――
「『強固盾』ッ!」
バシュッと、アキにぃを守るように出た半透明の半球体。それを見たアキにぃはほっと安堵の息を吐いたけど、ガーネットさんは私が放ったスキルを無視する様に、そのまま駆け上がりながら、そしてアキにぃがいるところに着いた瞬間、とんっと小さく跳躍をし――腰を使って拳を振るいながら……、ガーネットさんは言った。ううん。ドロドロと黒い液体を背中からその影を出現させた。
「………『貪熊』」
彼女が言い放ったと同時に、黒い液体がどんどん形を形成し、そして黒い姿から色を付け始めて、すぐにその姿を現した影は――一言で言うと……、熊だった。
黒いけど、ところどころ赤い液体がこびりついてしまっている体毛。五本の長い爪は鋭く尖っていて、目だけで測っても十五センチくらいはあるそれを黒く光らせながらアキにぃのことを狙っている目は白く、右目だけ切り裂かれたのか……深い傷で塞がれている――見た限りツキノワグマのような姿をした筋骨隆々の熊がそこにいた。
ガーネットさんはアキにぃに向けて振りかぶった拳に力を入れる。熊も伸ばしたその手を振り上げ、アキにぃにその攻撃の矛先を向ける。
「っ! ちょ――っ! マジか……っ!」
アキにぃは手に持っていたライフル銃をガーネットさんに向けた瞬間――ガーネットさんはその拳を、アキにぃに向けて振るった。勢いのある、腰の捻りを使ったその拳の攻撃を――!
「『暗鬼拳――『鎧崩し』」
ガーネットさんが言って、持っている力を出し切るようなその拳を、アキにぃを守っている私の『強固盾』に向ける。ぼっと音が鳴る様なその拳が『強固盾』にちょこっと当たった瞬間……。
――バリィンッッ! と、いとも簡単に破壊されてしまった。あっけなく、無残に破壊されてしまったのだ。盾スキルの中でも最高の硬度のスキルを、いとも簡単に破いてしまったのだ。
「え」
私は驚きながらその光景を見て、驚愕に顔を染めながら銃口をガーネットさんに向けているアキにぃを茫然としながら見てると、ガーネットさんはその振りかぶった拳をアキにぃの頭上に向けてスィングする。
――ぶぉんっっ! と言う空気を切る音を出しながら、ガーネットさんはアキにぃへの攻撃を外した。
「? はぁ?」と、アキにぃは自分の頭上を通り過ぎるその拳を見上げる。私もそれを見て首を傾げていたけど……。
「――アキさんっっ! 逃げてくださいっっ!」
ティティさんが叫んで、アキにぃに逃げろと促し。
「ガーネット! 待てっ! 待つんだっっ!」と、セレネさんも叫んで、ガーネットさんの攻撃をやめさせようとする。
アキにぃも私も、それを聞いてどうしてなのかと思っていたけど、それもすぐに理解した。と言うか……、理解するのが遅かった……。
ガーネットさんの攻撃が外れた。けど、それはわざとだったんだ。本命は――彼女の影の爪の攻撃。まだ攻撃していないけど、いずれ振りかぶるであろうその手を見て、私は察した。きっと――誰もがその光景を見て察しただろう……。
それを使って――アキにぃを三枚おろしにするつもりなんだ……っ!
彼女が攻撃するんじゃなくて、影の熊が攻撃をするんだ――!
「――っっっ!! ま――っ!」
私はすぐに駆け出して、アキにぃのところに行こうとした瞬間……、ガーネットさんの影がアキにぃに向けてその鋭い爪を振るおうとした瞬間……。
「『ブレイカー・ショット』」
――ドシュゥ!
突然……何かが起こった。
起きたと思った時にはすでに終わってて……、ガーネットさんが出した影の腕に――振るおうとしたその熊の手に、大きな穴が開いてしまい……、そのまま手の先から黒く変色して、どろりと黒い液体と化して砂の地面に落ちていく。
それを見たガーネットさんは、すぐに私達がいるその方向を見ようとした時……、突如来た何かによって体が巻き付けられてしまう。
「――っ! ぐぅっ!?」
ガーネットさんは唸り、そのままごろんっと転がってしまう。それを見ていた熊の影は、『ぐるぅ?』と唸りながらガーネットさんを見降ろしていると……。
「ハンナ――下がっていろ。ティティ殿――ハンナを頼む」
近くから凛とした声が聞こえ、その声を聞いた私は、茫然とする意識を覚醒して、すぐにその場所にいるその人に視線を向けようとした時――ティティさんが私のことを抱きしめながら「承知ですよっ!」と言って、そのまま私と一緒にその場から離れる。
ヘルナイトさんから離れる。
それを見たヘルナイトさんは、すぐに大剣を抜刀してヘルナイトさんは唱える。
「――『海神鞭』」
と言ったと同時に、大剣の刃がごぽりと液体状に変わって、そのままどんどん飴細工のように伸びて、水の鞭へと変化を遂げる。
その水の鞭へと姿を変えたその大剣を横に振るって、そのまま勢いをつけるように、思いっきり前に向けて薙ぐように振るった後、水の鞭は『ヒュゥンッッ!』と言う音を立てながら、ガーネットさんが出した熊の影の首元に、それを巻き付ける。
『っ!? ぐるぅっっ!? ぐがぁっっ!』と、唸り声を上げながら、残っている手でその水の鞭を摘まもうとしている影の熊。でもヘルナイトさんはそんな熊の行動を予測していたかのように、素早く大剣を後ろに引いた後――ヘルナイトさんはぐっと大剣を握っていないその手を軽く握るように丸めてから、彼は言った。
「――『亡者蜘蛛の糸』」
ヘルナイトさんは軽く握ったその手を使って――パチンッと指を鳴らした。
と同時に、ガーネットさんとその熊の真下にできていた影から、無数の黒い糸が出てきて、そのまま影の熊を拘束する。
それは――暴走したガザドラさんに使っていた詠唱で、ヘルナイトさんは鳴らした手をゆっくりとした動作で開いていき、うごうごと動いてその拘束から逃れようとしている影の熊をじっと見据えてから――ヘルナイトさんは開いた手を……。
ぐっと、力強く握りしめると同時に――影の熊に巻き付いていたその糸が一気に締まり、なんだか歪な音が聞こえたと同時に、影の熊はどんどん黒く変色していき、まるで魔物のようにどんどん黒くなって――
どばぁっと、黒い液体と化して消えてしまった。
それはシャイナさんに初めて会って、戦った時と同じ光景。暗殺者が出す影は、魔物のように散布しないけど、一定のダメージを与えると元の影と化して液体となって消えてしまう。
今更だけど、やっと理解した私。してヘルナイトさんはそれを見て、ふぅっと息を吐きながらアキにぃの方を見て聞いた。
「大丈夫か――アキ?」
それを聞いていたアキにぃはゆっくりと起き上がりながら、ヘルナイトさんのほうを見て……、どっと疲れが来たかのような顔をしながら……。
「し、死ぬかと思った……。一瞬走馬灯が見えた……っ」と、おっかなびっくりに言うアキにぃ。
それを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろしながらアキにぃと、そしてヘルナイトさんの方を見て、私は気付いていないヘルナイトさんに向けて、控えめな微笑みを向けながら――心の中でお礼を述べる。
ヘルナイトさんはそんな私の意思に気付いていないらしく、アキにぃのことを見ながらふっと微笑んで――
「大丈夫そうだな」
と言って、ヘルナイトさんは水の鞭に変えていたその大剣を元の大剣に戻して、そのまま鞘にすっと納めた。
ティティさんもほっと一安心したような安堵を浮かべ、私のことを見降ろしながら申し訳なさそうに「すみません。私が先行し過ぎたばかりに……」と言ってきたので、私は控えめに微笑みながら「気にしてませんよ。大丈夫です」と言ってティティさんの不安を緩和させた。
その言葉を聞いたティティさんは、複雑そうな顔をして視線をそらしていると――
「へぇー。すごいね。あんな詠唱もあるんだね」
「!」
突然私の横に来ていた銃を持った男の人が、私のことを見降ろしながら銃に寄りかかりながら言う。
それを聞いていた私は驚いてその男の人を見上げながら「えっと……」と言葉を繋げようとするけど、その人は独り言なのか、私に対して言っているのかわからないような言い方をしながら、男の人はアキにぃのことを見て言う。
寄りかかりながら言った。
「ねぇ君――あの赤髪さんの妹さんなの?」
「あ、はい………」
その言葉を聞いた私は正直に頷くと、それを聞いていた男の人は続けてこう言ってきた。寄りかかって不敵な笑みを浮かべながらその人は言った。
「だったらお兄さんに言っておいて。あのガーネットさんの前で、セレネさん悪口は死亡フラグだから」
「?」
私は首を傾げながら、一体どういうことなのかとその人に向かって聞こうとした時……。
「ぉおーいっっ!」
また遠くから声が聞こえて、そしてその声がした後で色んな声が聞こえてきた。
みんなその方向を見て、私もその方向を見て今度こそなんだと安堵の息を吐きながら――やっと着いたキョウヤさん達のことを見上げた。




