PLAY59 衝撃、後悔、叱咤、決意――そして帝国へ②
「そうだな……。俺が全部やったこと。っていえば、お前は気が済むのか?」
Zは気怠く……、と言うか、なんだかもう投げやりのような雰囲気を出しながらその言葉を吐き捨てた。本当に吐き捨てるように言ったのだ。
それを聞いた誰もがぎょっとしてZを見て、私とヘルナイトさんもZの言葉とその豹変を見て、驚きを隠せなかった。
そしてこの中で一番驚いているティズ君は絶句して、目を見開きながらZを見降ろし、首を傾げながら彼のことを凝視していた。
でも――私達の中で唯一……、違う感情でZのことを見ている人物がいた。
その人物は、Zの髪を掴みながら睨みつけているクルーザァーさんだった。
クルーザァーさんはみんなからしてみれば背中しか見えないそれだったけど、私には感じられた。
クルーザァーさんから漏れ出す……、煙のように噴き出す黒と赤、そして微かに見えた青のもしゃもしゃ。
今まで見てきたそれとはわけが違う。
黒は本当に闇に近いような真っ黒なもの。
赤はドロドロと、血のように真っ赤なそれで、少し黒い色が混ざっているような色。それがぐるぐると混ざり合いながら一つの柱を作るように噴き出ている。
ぐるぐる渦巻く中に潜んでいる青のもしゃもしゃが、血管のようにそのもしゃもしゃの中を行き渡っている。
それを感じた私はリョクシュの時とは比べ物にならないようなものを感じ、そしてクルーザァーさんの方を見て止めようと声を上げようとした瞬間……。
もう遅かった。
クルーザァーさんは肩をぶるぶると震わせながら、Zが言った言葉に対して……、こう言った。
ぶつぶつと、小さい声で彼は言った。
「なんだ……? なんなんだその言い方は……。『自分がやりました』と言えば、自白すればそれでいいと思っているのか……? なにが『気が済んだ』だ……? 冗談も大概にしろ……、ふざけるのも……っ!」
どんどん怒りの音色に変わっていく中、クルーザァーさんはZのことを見るために顔を上げたと同時に、Zの白衣をがしりと掴んで、彼はZに向かって顔をぐっと近付けながら、クルーザァーさんはクルーザァーさんらしくない顔で――静かに怒鳴った。
「大概にしろ……っ!」
すべて吐き出したい。すべて吐き出して、ありのままの怒りをぶつけたいのだけど、それを抑制しつつ、怒りをZに向けながら、クルーザァーさんは怒鳴る。
効果音で言うところの、ぐあーっっ! と言うそれではなく、もっとこう……、じくじくとくるような怒りを、Zにぶつけたのだ。
「お前のせいで、色んな奴が『ロスト・ペイン』になったんだぞ? ティズもなった。なのにお前は金のために他人を犠牲にし、それを使って荒稼ぎしようとしたんだろう? お前のような下衆が考えることが、悍ましい上にお前と同じ人種であることを疑いたいくらい――貴様は異常だ」
「………………………」
「異常にして異質で、なにより貴様のような人間がこの世に生まれてきたこと自体おかしい。お前――どのくらいの人にその注射を打ったと思う? それほどの人が今なお『ロスト・ペイン』に苦しめられていると思う? ゲームの酷使ではなく感染と言う形で『ロスト・ペイン』になった人が、どれだけいると思う?」
「………………………」
「わからないだろうな。お前にとってすれば、金さえ稼げればいい話だ。ゆえに他人がどうなったとしてもどうでもいいんだろう。なら教えてやる。俺が知っている限りの……、いいや! きっとこれがお前が投与したであろう人数だ。三百六十四人。それはお前が投与した人数だ。お前のような屑がこの世に生きていても虫唾が走るのに、お前を生かさないといけないんだ。アクロマはどこに言った。あの仮面の男は誰なんだ? 言え」
「………………………」
「俺の質問に、答えない気なのか……? なら――俺にも考えがある」
クルーザァーさんは頭から手を離し、そのままZの右手をじっと見つめる。
スライムの力で拘束していた手を掴もうと、ずぷりとその粘着質のあるスライムの体に手を突っ込んだクルーザァーさん。
そのままZの手を掴んで、そのままずるずると引きずり出しながら、クルーザァーさんはZの右手をZにちゃんと見えるように目の前に持っていった。
冷たく、そして残酷ともいえるような眼で、目を見ただけでもわかる様な本気の眼差しを一瞬見て、私は思った。もしゃもしゃと私が思っていることが同じで、そのおかげで確信する。
クルーザァーさんは本気だ。
と思ったと同時に、クルーザァーさんはZの右手の人差し指を見せつけながら、その指先を摘まんで、彼は冷酷な音色で言った。
「お前が言わなかったら、この指をへし折る。答えれば折らないというオーソドックスなお前達悪党がやる交換条件だ。外道と言われても俺はこれが合理的だと思っている。こうでもしないと、お前はずっと口を閉ざしたままだ。素直に白状しろ」
「お、おい……っ」
流石にやりすぎと思ったのだろう……。
ダディエルさんはクルーザァーさんに手を伸ばして、肩を掴んで制止しようとしていたけど、クルーザァーさんは止める気など、止まるということを忘れてしまったのか、クルーザァーさんは珍しく感情的に動いて、そしてZの指をあらぬ方向に曲げようとした。
ぐっと曲がったと同時に、湯の中から聞こえた軋む音。
でも――Zは生気のない顔でその光景を見た後、すぐにぶらんっと俯いて、黙ってしまう。
クルーザァーさんは渦巻くもしゃもしゃを更に濃く、大きく、そして密度を濃くしながらその摘まんだ指をしっかりと掴んで、へし折ろうとした時――
がしり。と、ヘルナイトさんはクルーザァーさんの肩を掴みながらその行動に制止をかけた。
「…………………なんだ? 邪魔をするのか」
「ああ。邪魔をする」
クルーザァーさんの言葉に、ヘルナイトさんはきっぱりと凛とした音色で言う。それを聞いた私は、はっとしてみんなの間を掻い潜りながら、ヘルナイトさん達の近くまで行く。
と言うより……、ヘルナイトさんはどうやってあそこまで近付いたんだろう……。忍者のように気配を殺して向かうにしても、すごい気配の殺し方だぁ……。と、内心疑問と驚きの念を出しながら近付いて行く。
近くでアキにぃの声がしたけど、私はその声を無視してヘルナイトさんのところまで近づいて、クルーザァーさんとヘルナイトさんがはっきり見えることろで足を止めた。
クルーザァーさんはヘルナイトさんがいる方向を振り向きながら見て、そして冷たい音色でこう言った。
「『邪魔をする』? だったらその言葉、丁重に断ろう。生憎俺は余裕じゃないんだ」
「余裕でないのなら、そんな極端なことをしても聞き出せない。一旦冷静になれ。そして冷静になったところで聞けばいい」
「冷静になったところで、こいつに上げ足を取られるような言葉を考えさせる時間を作るだけだ。そんなことはさせない。今すぐ情報を吐く。これくらいは常識だ。なら――お前ならできるのか? 話をただ問い詰めて、それでこの男が口を割ると思うのか? 俺はそうとは思えない」
「……………………だが、今お前がしていることは、あまり好まなしくないことだ。傷つけることで相手を揺さぶる行為、そんな拷問じみたことで得ることは、虚しいと思わないのか?」
私は――そうしたくない。
そうヘルナイトさんははっきりと言った。凛とした音色ではっきりと言った。
私はそれを聞いて、なぜだろうか……。胸の奥が温かくなるような感覚を覚えた。
前に気付いたことだけど、ヘルナイトさんは人間のことが好きだ。だからあまり人を傷つけるようなことはしない。敵だったら……、多分傷つける。魔物なら躊躇いはないけど、それでも優しさは変わらない。そんな人だ。
そして私と交わした約束を守ろうとしていることも相まって、ヘルナイトさんはクルーザァーさんがしようとしていることを止めようとしている。必死になって拷問じみたことはやめておけと説得しているんだ。
私はそれを聞いて、安心とこそばゆさを感じながらそれを見ていると……。ふと、後ろから誰かの気配を感じたと同時に、じゃりっと、床を歩む音が聞こえた。私が振り向こうとした時――
「て、ティズ?」
驚いた声を上げているティティさんの声を聞いた。
それを聞いた私も背後を見ると、みんなも驚いた目をして、ヘルナイトさん、クルーザァーさん、そしてZに向かって歩み寄っている姿があった。
「ティズ君?」
私は自分の横を通過して歩みを進めているティズ君に聞くと、ティズ君は私のことに気付いたらしく、私の方を向きながら、彼はぎこちなく笑みを浮かべながら――
「う、うん……。大丈夫」と、頼りないけど、彼なりに決心を固めたような音色で言う。
それを聞いた私は、首を傾げながら、すぐに歩みを再開するティズ君の背中を見る。
ヘルナイトさんとは違って、頼りになる……、とは言えない。むしろ崩れそうな壁のような雰囲気を彷彿とさせている。
それを見て私は、小さな声で「大丈夫かな……」と言うと、それを聞いていたのか……。
「大丈夫だ」と、今まで私の横にいなかったガルーラさんが、私の肩をぽんっと叩きながら、力強い笑みを浮かべて言う。
それを聞いた私は、ガルーラさんの声がした方向を見上げると、ガルーラさんはティズ君の背中を見ながら――
「あいつはあいつで、あいつなりに乗り越えようとしているんだ。多分だけどな。男なら度胸で乗り越えるもの。ティズはきっと、自分の力で兄と対面しようとして、戦って、今度は面と向かって話そうとしているんだ」
「え? 兄って……」
私はなんだか衝撃的なことを聞いて、首を傾げて目を点にしながら、素っ頓狂な声を上げると、それを聞いていたメウラヴダーさんが、ガルーラさんとは反対の場所で、私を挟み込むような立ち位置になりながら――私のことを見降ろしてこう言ってきた。
「なんだ? 知らなかったのか? ティズとZは兄弟だ。そしてその兄弟を生んだ親が――俺とガルーラってことだ」
「……………………………え、え、えええええっ?」
あまりに衝撃的なことを、まるで『あぁ。これってこうだから』と言うような感じで言われた私が、頭の整理がつかないまま目を本当に、ナヴィちゃんのような点にしてメウラヴダーさんを見上げる。
二人の顔を見て、そしてティズ君の顔を思い出して、そしてZの顔を思い出しても……、正直な話……。
似ていないから、信用できない。これが正直な感想であった……。
あ、でもこの世界で私達はアバターだから、似ていないことは当たり前で……、もしかしたら現実ではそっくりなのかもしれない。
そう思っていると、メウラヴダーさんはティズ君の背中を見ながら――
「それと、クルーザァーの行動を止めることができるのは、ティズだけだからな。一石二鳥とはこのことだ。それに俺達じゃ止められないし、クルーザァーがああなってしまったらティズの出番だ。だから今は――ティズの行動と雄姿を、見ててほしい。と言うか、見守ってほしい」
「………………………はい。わかりました」
私はメウラヴダーさんの言葉を聞いて頷きながら、ティズ君の、少し頼りない背中を見る。どことなく頼りないけど、前に進もうとする意志は強い。
脆そうだけど、それでも崩れるなんて言う不安なんてないような背中の壁。
それを見た私は、胸の辺りで両手をきゅっと絡めながら、私は、心の中で応援した。
がんばれ。と――
そう思っていると、アキにぃが私に近くまで来て、そっとしゃがみながら耳元に口元を寄せ、小さく見一をしてきた。
「――ハンナ。どうしたの? さっき俺の言葉を聞いていないかのようにどんどん前に進んでいたけど……」
「……あ」
私は思い出す。
そう言えば私はさっき人ごみに入りながら突っ走っていたんだった……。その最中、アキにぃが私に様子を見て声を上げていたけど、私はそれを無視して先に進んでしまっていたんだった。
それを聞いた私は、申し訳なさそうにアキにぃに謝りながら、小さな声でこう言った。
「えと、大したことじゃないの。と言うか私も無意識に向かっちゃってて……、ごめんね。なんだか心配かけちゃって」
「いや。それならいいんだけど……」
アキにぃはいまだにクルーザァーさんの肩を掴んでいるヘルナイトさんを見ながら、アキにぃは唐突に、私に聞いた。
「あのさ……、ハンナ」
「? 何?」
アキにぃは少し気まずそうに、と言うか、少しだけ緊張しているのか、ぐっと生唾を呑むようにして、アキにぃは聞いた。
「ハンナは――ヘルナイトのことをどう思っているんだ?」
「?」
私は首を傾げながらアキにぃを見た。でもアキにぃはヘルナイトさんのことを見ながら、私のことを見ないで続けてこう言った。
「正直な話――俺はあの男の強さが本物だと認める。ハンナもその強さをいち早く認めて、そして……、俺よりも一番近くにいる。国境の村でも、ハンナが倒れた時――あいつは見たことがないような慌てようを見せて、一日中ハンナの近くにいた。それに嫉妬しているわけじゃない。だた羨ましくないって言ったらうそになるけど……。でも、あいつはたった何ヶ月か前に出会って間もないのに……、なんだかその……、妙に距離が近いような……。と言うか……、前に会ったかのような親近感を醸し出していたから」
「!」
アキにぃの言葉を聞いた私は、はっとしてアキにぃを見る。アキにぃはそんな私のことなど見ないで、続けて言葉を紡いだ。重く考えるような仕草をしてから、アキにぃは言う。
「一体何がどうなったら、あんなに距離が近くなるのかなーって思ってさ。ハンナ。ヘルナイトに何か言ったの? って、ハンナ?」
でも……、とうとう私の異変に気付いたのか、アキにぃは首を傾げながら私を見ていた。
私ははっとしてアキにぃの顔を見ながら首をフルフルと振って、慌てながら「だ、大丈夫だよ」と言って、すぐに私はアキにぃに向かって――
「えっと……、多分成り行き……。流れがそうなったのかな……? だと思う」と言った。
それを聞いたアキにぃはそっぽを向きながら「そうか……」と、なんだかしょんぼりしている音色で言った。私を見ないで言った。
私はそんなアキにぃのことを見ながら、内心アキにぃに対して謝ったけど、成り行きと言うのは、半分正解で、たぶん違うと思う。ほとんど、私はヘルナイトさんに甘えてばかりで、何もできないし、できることと言えば、浄化しかできない……。回復要因……。
そんな私の事を見てくれたからなのかな……。今になってよく考え、そして思い出される――ヘルナイトさんと似ている人物と重ねているからなのかもしれない。でも、なんだろう……、何かあったのか? と聞かれたら、すぐに答えたくなる。
ヘルナイトさんが優しいから。と――
だから私は、ヘルナイトさんと一緒にいることが多いのかもしれない。その優しさに触れたいと思ったから、私はヘルナイトさんを一緒にいる。ただの役割云々ではなく、私はヘルナイトさんそのものと、優しさに、ずっと救われたから……。一緒にいる。そう私は思った。
………………そっぽを向いて、血の涙を流しながら悔しさを堪えているアキにぃのことを気にしないで、私は再度――気持ちを切り替えながらティズ君を見た。
ティズ君はすでにクルーザァーさんの背後にいて、クルーザァーさんの背中をとんとんっと叩きながらティズくんはクルーザァーさんの名前を呼ぶと、クルーザァーさんはその声に反応して、ティズ君がいる背後を振り向いた。
ヘルナイトさんも一緒に振り向きながら見下ろすと、ティズ君はクルーザァーさんを見降ろしながらおずおずと言った感じの雰囲気だったけど、すぐに意を決したかのように一回深呼吸をして、ティズ君はクルーザァーさんに向かってこう聞いた。
「ね、ねぇクルーザァー……。俺、あの……、兄ちゃんと話がしたいんだけど……」
「ティズ。今は雑談よりも情報を聞きだすことが先決だ」
しかし、クルーザァーさんはティズ君の言葉に耳を傾けても心までは傾かない。確固たる意志を持ってZから無理やり情報を引き出そうとしている。
それを見ていたティズ君は少し慌てた素振りをしながら――
「で、でも、そんなことをしなくても、俺が聞きだすよ」と言うと、それを聞いていたクルーザァーさんはティズ君のことをじっと睨みつけながら、ティズ君の名前を怒声が含まれた音色で呼んだ。
それを聞いたティズ君はぎょっとしながら肩を震わせていたけど、クルーザァーさんはそんなティズ君を睨みつけながらこう言った。
「何度も言わせるな。今は情報を」
と言った瞬間、ティズ君はクルーザァーさんに向かって、真剣な音色でこう言った。きっと、表情も真剣そのものだろう……。
そんな状態でティズ君は言った。
「その情報も、俺が聞くよ。それに兄ちゃんと話がしたいのは、クルーザァーだけじゃない。俺だって、その一人なんだよ?」
「……なら俺が最初に聞いた後で、あとでじっくりと」
「それだとダメなんだ。俺がしっかりと要件を言って、兄ちゃんとちゃんと、言葉のキャッチボールをしないといけない。その言葉を受け止めたいから、俺は面と向かって兄ちゃんと話さないといけない。そう思った」
「………………」
「でも――今クルーザァーがしていることって、兄ちゃんが俺にしたことと同じだ」
「っ!」
「だから――クルーザァーは少し頭を冷やして。俺が……、何とかして聞いてみるから。ちゃんと聞くから、だからクルーザァー。今回は俺に任せて。今までクルーザァー任せだったから……、今度は俺の力でなんとかする」
ティズ君の言葉を聞いて黙ってしまうクルーザァーさん。
ティズ君の言葉を聞いてぎょっとしていた時もあったけど、クルーザァーさんはティズ君の言葉を聞いて少しの間黙って固まってしまう。
みんなが固唾をごくりと呑む中、クルーザァーさんの暴走を止めようと奮起しているティズ君に、みんなが視線のエールを送っていた。私は手を絡めながらクルーザァーさんがティズ君に任せ欲しい。これ以上傷つくところを見たくないという気持ちを込めながら願っていると……。
「はぁ」
クルーザァーさんは溜息を吐いて、そしてZの指から手を離したと同時に、クルーザァーさんはすぐに立ち上がって、ヘルナイトさんの手を『パシリッ』と叩いてから――クルーザァーさんはヘルナイトさんを見上げて……。
「もう大丈夫だ。あと手を叩いたことはすまない。少しクールダウンをした。ティズの言う通り――確か、にこんなところで拷問まがいなことをしても不合理だということはわかっていた。しかし感情を優先にしていたようだ。自分らしくない。ここは任せた」
と言いながら、クルーザァーさんはその場から逃げるように離れる。
そしてティズ君とすれ違う時――クルーザァーさんはティズ君のことを見ないで、私達のことを見ながらティズ君に言葉を投げかけた。
「――ちゃんと情報を引き出せ。そして、ちゃんと乗り越えろ」
「………うん。頑張ってみる。あと、ごめんね」
クルーザァーさんの言葉を汲み取ったティズ君は頷いた。
それを聞いたクルーザァーさんは小さな声で頷くそれを上げながら、そのまますたすたと私達のところに向かって歩みを進める。
そして近くにいたボルドさんの近くに来て、クルーザァーさんはその光景を見届けるような姿で腕を組んで立って、ティズ君を見ていた。
ううん、見守ることにした。と言った方がいいのかな?
ティズ君はそんなクルーザァーさんのことを見ながら私達のことをじっと見渡す。
不安そうな顔をして見ているティズ君。
きっと内心は不安でいっぱいで、クルーザァーさんの凶行を止めるために前に躍り出たんだろう。
それを見た私はティズ君のことを見ながらきゅっと唇を噤んで、ティズ君のことを見ながら控えめに微笑んで――
「大丈夫。できるよ。がんばれ」と言った。
せめての――応援を。
それを聞いたティズ君は、一瞬不安そうな顔を消し去って、私のことを見ながらポケッとしていた。呆気に取られていた。と言った方が正しい。
みんなもティズ君のことを見て見守るようにして見ていると、ティズ君は……。
「すぅー。はぁーっ」と、一回口をきつく閉じてから、ティズ君は深呼吸をした。
一回、二回、三回、四回、五回……。
遠くからギンロさんの「何回やるんだよ」と言う呆れた音色が聞こえたけど、ティズ君はふんっ! と、意気込んだ顔をして、私達のことを見て、そしてすぐにZに向かい合うように、歩みを進めた。
それを見た私は、ティズ君も頑張ろうとしている。頑張って乗り越えようとしている。怖くても勇気を振り絞っている。
私も……、見習わないと……。そう思いながら、ティズ君の勇気ある行動を目に焼き付けようと見守った。
◆ ◆
何回も行った深呼吸の中、ティズは思った。
(本当は、話したくない)
(俺のことを傷つけた兄ちゃんとは話したくなかった)
(あのまま戦って、攻撃しただけでもかなりの成果だから、あれでよかった。あれでよかったはずなんだけど……)
と思いながら、ティズはクルーザァーの行動、そして暴走を見て、彼は重ねてしまったのだ。
自分のことを痛めつけている兄と、傷つけられている自分と重ねてしまったのだ。
思い出したくないことを思い出してしまった。の方が正しいかもしれない。
重ねた結果――彼は言葉を失いながら、今まさに拷問をしようとしていたクルーザァーを見て、彼は思った。同じだと、思ってしまった。
己のことをいじめていた兄と、クルーザァーがそっくりだったのだ。
顔が、ではなく、行動そのものが同じで、あまりに似すぎていたので、ティズは己の心に降りかかった不安に押し潰されそうになった。
クルーザァーも兄と同じように、人を傷つける人になったら嫌だ。
兄と同じ運命を辿ってしまいそうで、怖かった。
怖いし、いやだから、そうなってほしくない。そうならないでほしい。
そう思いながら――ティズはティティの腕を振りほどいて、彼は歩み出す。
自分に勉強を教えてくれたクルーザァーに、道を踏み外してもらいたくないと願って――
彼はクルーザァーの暴走を止めたと同時に、ティズは心を強く持って意思を固める。
自分から兄に歩み寄って兄の気持ちを知り、そして兄がした罪でもある『ロスト・ペイン』のワクチンを作ってもらうためにも説得を試みる。
本当はクルーザァーの暴走を止めたい一心で前に出たのだが、その一心の隙間から、ある感情が沸き上がったのだ。
それは――兄のことを全く知らない彼にとって、なぜあんなことをしたのかと言う、少年らしい疑問。
クルーザァーは言っていた。彼は金のために病気を小規模に蔓延させ、その後でワクチンを使って金を稼ごうとしたと。
しかし――ティズはそれを聞いて、それはないかもしれない。なぜかそう思いながら、一歩。一歩……ゆっくりと歩みを進めながら、震える足を無理に動かしながら彼は思った。
否――想い出した。
小さいティズを蹴っているゼクス。がすがすと、体中に打撲が出来上がりそうな強い蹴りを受けながら……ティズはゼクスの顔を片目で一瞬見た。一瞬だったが、ティズは見た。
ゼクスが何かに焦っているような顔を――否、焦りと共に浮き出ている何かに対しての迷いが入り混じったその顔を見て、ティズは強く、八つ当たり交じりの蹴りを受けながら、その記憶を頭の片隅の追いやった。
忘れていたからこそ避けていた。ちゃんと面と向かい合っていれば、兄の何かが分かったかもしれない。
その何かのせいで、もしかしたら彼は暴力と言う道に逃げていたのかもしれない。もしそうなら――その辺を踏まえて、聞き出さないといけない。
自分から歩み寄り、そして兄とちゃんと向かい合って、克服しないといけない。攻撃するだけではだめなのだ。ちゃんと歩み寄って、ちゃんと兄の言葉に耳を傾けて、臆することなく面と向かい合う。
それが――今のティズができる唯一の行動。
今目の前にいるZに、今意識があるZと向かい合うティズ。ぐっと顎を引き、死んだ目をしてしまっているZを見降ろしながら――彼はそっとしゃがんだ。
近くには万が一のためなのか、ヘルナイトが傍にいる。それだけでもかなり心が安定する。不安定よりはましだ。
ティズはそんなヘルナイトに内心感謝しながらZを見る。Zを見て――ティズは震える口をそっと開いた。




