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CHIP ZECS:Memory’s

この物語はお話の展開上、暗い展開となっています。

 この物語は――アクロマの右腕としていたZもといゼクスの物語。


 彼がなぜアクロマの右腕になったのか。


 なぜ彼はアクロマの傍にいたのか。


 なぜ彼は『感染型:ロスト・ペイン』を作り、そして金を手に入れようとしていたのか。


 語るに語れなかった彼だけの過去。ゼクスが抱えた闇を知る物語。


 これは――ゼクスの視点で描かれる……、彼だけしか知らない彼の感情を彩った物語である。



 ◆     ◆



 結局、俺達がしてきたことは何だったのだろう。


 金のためなのか。はたまたは復讐のためなのか。もしかしたら人のためなのか。そんなの俺に聞いてももうわからない。


 もうそんなことについて考えることすら面倒くさくなってきた。


 だが、諦めるわけにはいかねぇ。


 俺に覆い被さってくるこのテンガロハットの野郎……。めちゃくちゃ重い。重いけど、この状態では何もできない。くそ弟の攻撃のせいで脳がグラングランッと揺れて正常な思考が定まらねえし、なんだか無性にイライラしてきた。


 今日の俺――運悪いな。弟には頭突きされて、あろうことか親にもぎゃんぎゃん怒られて、挙句の果てにははい敗退。解散ですってか?


 んなもんくそくらえだ。


 俺はまだやりたいことがたくさんある。警察に捕まった犯人のような姿にされているけど、俺はまだ捕まるわけにはいかないんだ。何が何でも金はほしいし、何より――


 俺は――まだ何かをしてねぇ。


 だから俺は、こんなところで諦めるわけにはいかねえんだよ。そう思いながら、俺は懐に仕込んでいた、えっと……、確か、そうだ。この国で作られている秘器(アーツ)――『警報鐘(サイレンサー・ベル)』をぐっと握りしめる。素手で握りしめる。


「っ! うぅ!」


 その秘器(アーツ)はまるで防犯ブザーと同じ作りだから、黒いフォルムの長方形の小さな箱から出ている白い糸を引けば帝国にその警報が通達される仕組み (ちなみに特殊電波らしく、音は出ない)。そしてここに助けが来る。


 テンガロハットの男は暗殺者だ。だから警戒しながら、ゆったりとした動作で、俺はその秘器(アーツ)の白い糸をそっと引き抜く。


 引っこ抜いたと同時に、『かしゅ』と言う音が俺の腹部から聞こえた。それを聞いた俺は、小さく、本当に小さく安堵の息を吐き、目の前で広がっている勝利ムードの奴らのことを睨みつけながら、俺は思った。


「ふ」


 ――ざまぁ見ろ。これでお前達の負けは確定……。


 …………じゃないな。


 と、俺は内心最初こそこれで勝ちだと思っていたけど、こいつらが帝国に入るためのカードキーを手に入れてしまえば、『バロックワーズ』も終わりに近付いてしまう。要は時間の問題なのだ。


 と言うか、こいつ等がここに入って来た時点で、俺達の負け。そして俺の援軍要請でこいつらの負け。結局は引き分けと言う結果に終わっちまうのが運命ってことか。


 運命。


 その言葉を思い浮かべた時、俺は思い出した。いいや、死ぬのかわからねえけど、なんだか自分が歩んできたことが頭に浮かんできた。


 俺の過去――俺の世界が動いたのは、アクロマのおかげだということを気付かせるような思い出を、俺は脳裏に想い出していた。


 聞いてくれるのであれば気長に聞いてほしい。多分何の利益も何もないけど、それでもこれは――俺が歩んできた道。俺の半生を聞いてほしい。



 ◆     ◆



 俺の過去は非常に暗くて非常に歪んでいるようなものだ。


 その歪みを発生させたのはきっと、スクールに入学したときのことだろう。


 それまでの俺は何の不自由……、なんていう言葉は嘘だ。俺の家はとことん貧乏で、俺はいつも親が小さい時に着ていた服を着て日々を過ごしていた。


 服を買う余裕のない家。滅茶苦茶貧乏な家。それが俺の家庭環境。俺はそんな家庭環境を普通と見て日々を過ごしていた。たとえお金がなくても、幸せな日々が、家族との暮らしが俺の心を穏やかにする。


 他人の言葉が気になる時はあったけど、母親は『強か』と言う言葉が似合うような凛々しい人で俺にこの言葉を何度も教えていた。


『たとえ自分が不幸になったとしても、その不幸を相手に押し付けるな。押し付けることは弱い人間がすることだ。したたかに生きろ』


 ………今となっては、かなりくさい言葉だけど、その時の俺にとってすれば、母の言葉はお守りのように心強かっただろう。


 そして父は『冷静』と言う言葉が似合うような常に落ち着いている人で、父は俺に向かってこう言っていた。


『お前は頭がいい。お父さんやお母さんよりも。だからゼクス。お前はその頭の良さを使って、世のため人のために、神様から授かったその才能を使いなさい』


 その言葉は、俺の将来を気にしてのことだろう。小さい時の俺は、それを聞いてうんうんっと頷いていた。


 きっと、仕事で大忙しのお父さんとお母さんのことを楽にさせてあげる。そう心に決めていたのかもしれない。


 けど――そんな二人の言葉も、その希望も、未来予想図も、スクール入学と同時にいとも簡単に崩れてしまった。


 いいや。違う。


 俺は井戸の中の蛙だった。


 簡単に言うと、何も知らなかったんだ。


 スクールに入学した瞬間、子供だった俺は初めて入る教室の空間に、新鮮さと興奮を噛みしめながら、周りにいるスクールメイトを見た。見て、首を傾げてた。


 みんな――俺とは違って、綺麗な服を着て、綺麗なバックをもって、その時のみんなが、とてつもなく綺麗に見えた。


 対照的に、俺は母や父のおさがりの服やバッグを持って、薄汚れて、思い出が詰まっているその服を見て、スクールメイトの真新しい服を見比べて、俺は思った。


 俺は――みんなと違うと。


 それからすぐ、俺はいじめにあった。なんとも小さいけど、俺にとってすれば、大きくて、悔しい理由だった。俺がいじめられた理由――それは……。



 お金がない貧乏人だから。



 それを理由に、俺はねちっこいいじめを受けていた。その首謀者は四人。その四人は小金持ちの子供で、お金がなくて貧乏な俺をいじめていた。


 四人はそれぞれ、俺を見てこう言っていた。


『お前お金ないのになんで学校に通っているんだよ』

『ホットランチも食べてないビンボー人が』

『お前の親も阻害されてんだろ? お前も同族だ』

『うわっ! くっせぇ! こいつ体洗ってねえんじゃねえのっ!? 蠅がたかる様な臭いだ!』


 ……………他にもいろいろと言われていた気がする。でも、覚えている範囲はこれだけだった。今となっては胸糞わりぃ思い出だ。


 ホットランチ (俺が通っていたスクールは、日本のように給食費を払わなくても学校から支給されたプリペイドカードで買えば食べれるようなシステムだった) だってただ親が作ってくれたサンドイッチがあったからそれでよかった。


 体だってちゃんと洗っていた。なのに、俺はいじめられた。ただ金がない。それだけで俺はいじめられていた。誰も俺のことを助けようと手を差し伸べてくれる人なんていない。


 俺はそれを知った瞬間――この世の中の理不尽さを、現実を知った。本当に俺は――井戸の世界しか知らなかった蛙だった。


 俺の家族は確かに貧乏で、たまに買うお肉が何よりのごちそうだった。それくらい貧乏な生活が普通と思っていたけど、世間はそれを異質と認識されていた。俺は異常とみなされていた。


 俺の家族は――異常者扱いだった。


 そんな異常な俺を、正常と思っている奴らが束になって俺に襲い掛かってきた。子供の時の俺には、そう見えた。そのせいで、俺は最悪のスクール生活のスタートを切ってしまった。


 それからは――地獄の日々、子供にとってすれば地獄の日々だった。


 スクールに登校してすぐに来る物の投げつけ。よく当てられたのは消しゴム、鉛筆……、あとは……、あ。雑巾。


 そんなものが毎日俺の顔や体に当てられ、鉛筆となると刺さらないように結構警戒していた記憶がある。


 だが授業の時はあまりない。その時が一時的な開放で、俺は安堵の息を吐いて授業を受けていた記憶がある。でも――授業が終わったと同時に、地獄は降りかかる。


 四人の首謀が俺に向かって悪口を吐いて、最悪な時は雑巾を絞った汚い水をかけられることもあった。


 スクールに行くと、授業が安心できる時間。休み時間が最悪の始まり。普通の思考回路とは真逆だ。


 そんな俺でも安らぎと言う時間はあった。それはご飯を食べているとき。


 俺は親から受け取ったサンドイッチを片手に、図書室から借りたいくつもの本を手に取って、それを読みながらサンドイッチを頬張ることが大好きだった。


 よくある――本が好きっていう少年だった。それは……、今も変わらねえ。


 その時間だけが、俺の心を穏やかにしてくれた。でも、その時間は有限。教室に戻ったらあの地獄が舞い戻ってくる。


 一年が過ぎたとしても、そのいじめはエスカレートするばかり、近くの公園でけられたり殴られたりするような日課が続いていた。


 だから俺は、その帰り道のルートから外れるように、いじめグループから避けるように、家からかなり遠い公園で少しに間居座っていた。居座るって言葉は、なんだかおかしい気がするけどな……。


 でも、その公園にいたからこそ、俺は変わることができた。いや――俺は運命の出会いを果たしたんだ。


「おい――そこの少年」

「?」


 じっと、地面を歩いている蟻を見ていた俺に話しかけてきた男。子供の時だからおぼろげだったけど、それでも覚えていることがある。眼鏡をかけた顔が整っている人。それが子供の時の俺の第一印象。小さい時の俺は――


「おじさん……、誰?」と、きっとむすくれた顔をして聞いたに違いないだろう。


 だが――その男はそのむすくれた顔を見ても怒ることなどない、むしろへらりと肩をすくめて、腕を組みながら、そいつはとある方向を指さしながらこう言った。


「お、俺か? 俺はあの辺に住んでいるしがない男さ。名前までは明かさないが、それなりに頭はいいぞ?」

「…………………、ふぅん」


 そうなんだ。


 そんな興味ないような音色で俺は言う。正直、その時のそいつはかなり怪しかったし、子供の俺でも警戒したんだろうな。だって普通はそうだろう。


 一回も出会ったことがない見ず知らずの男が、こんな小さな子供に話しかけてきたんだぞ? 変以外の言葉が思い浮かばない。っていうか変質者だった。


 俺はそれを聞きながら、すっと目を細めて言った。そして――想ったことを口にした。


「…………おじさん……、かなり老けているけど、何か嫌なことでもあったの?」


 その時、そいつは俺の言葉を聞いて、ぴくりと眉をひそめながら引きつった笑みを浮かべる。今の俺なら口が裂けても言えないことだが、子供の時の俺はとことん怖いものを知らなかったようだ。そんなことを思い出しながら、俺はその男と少しばかり話していた。


「と、ところで……、お前は何でこんなところにいるんだ? この近くにスクールなんてないだろう?」

「うん。あそこにいたらいじめられるし、行くときは地獄だけど、帰りはなんとなくすっきりする。そして最近見つけたこの場所は特にお気に入り。だって誰も来ないもん」

「お前。……いじめられているのか?」

「………まぁね」


 とまぁ……。赤の他人の会話とは思えないような会話。その時の俺はまだ子供……。と理由で、何の警戒もしないで俺は赤の他人のべちゃくちゃと喋っていたのだろう。今となっては恥ずかしい思い出だ。それで掴まってしまったらどうするんだ的な話だ。


 だが、その人はそれを聞いて、俺の話を聞きながら何かを考えていたみたいだったが、その時――俺にとって転機のような出来事が訪れた。


 ぶわりと吹き荒れる風。


 それは俺達を巻き込むように吹き荒れ、そしてベンチに置いてあったであろう数枚の紙が宙を舞った。


 ばらばらと舞い落ちながら……。


 それを見た男は「げっっ!」と言う声を上げながら、宙を舞ってひらひらと男を弄んでいた。


 俺はそれを見て、そして一枚の紙が地面に落ちたので、俺はそれを拾ってその人に手渡そうとした瞬間、その内容を一瞬目に入れた瞬間……。




 俺は――引き込まれた。




 子供の俺にはよくわからない文字列。小学校では習わないようなそれだったけど、それでも俺はその紙に書かれている内容が、どうしても気になった。まるで漫画の続きが読みたい子供のように、俺はほかの紙に書かれている内容をもっと知りたいと思った。が――


「――少し交渉しよう」


 そいつは俺に向かって言って、そしてベンチに置いてあった油がひどいパンとパンの間に肉が挟まっているそれ――ハンバーガーを俺にくれた。俺はそれに貪りつきながら男の話を聞いていた。でも俺は断った。だってこれを逃したらだめだと、直感が囁いたから。


 もうあれを見てしまったら、小学校の図鑑なんて雲泥の差があった。なので俺はかたくなに拒んだ。いやだと拒んで、それに負けたのか、男は俺の名を聞いた。そして俺もそいつの名を聞いて――俺は、俺たちは巡り合う。


 そこから始まったのだ――こうなってしまう物語が始まって、そして俺はアルクレマの右腕になった。


 俺にとってすれば――アルクレマは師匠。そして、俺のことを初めて見てくれた師匠。そんな存在だった。


 アルクレマと知り合った俺は、すぐにそいつの家がどこにあるのか背後を追いながら近づく。


 そしてアルクレマの家を覚えてから、俺は再度そいつの家に上がり込んだ。


 幸いスクールが休みだったから、この日はとてもすがすがしかった。


 そこははっきりと覚えているし、それにアルクレマが貸してくれたも新鮮過ぎた。


 未知の漫画本を読んでいるかのような面白さもあった。


 だから俺は無心で、夢中になってアルクレマの本を読み漁った。


 漁った後で、俺はちょっとした魔が差した。


 アルクレマが持っていたノートPC。


 それを見て、そして辺りに散らばっていた変な文字列が書かれている用紙を見て、覚えて、そして――


 ()()()()()()()()()()


 っていうか、出来心なのかな? 子供ゆえの好奇心を使って、俺はそれを書き換えてしまった。


 どうなるんだろう。


 どんな己が出来上がるのだろう。


 そう思いながら俺は書き換えて……案の情――怒られた。


 最初こそ怒られた。『何しているんだ』って。けど……、あとからアルクレマは俺の頭に手を置きながら……。



「お前は――すごいな」



「!」


 正直、俺は驚いた。震えるくらい驚いた。ここ数年褒められたことはない。親には褒められていたけど全然嬉しくないし、それに教師は俺のことを無視していた。蠅を見るような目で、俺を無視していた。でも――アルクレマだけは、俺の目を見ながらこう言ったのだ。


「俺でもできなかったことをこうもやすやすと。お前は天才だな――ゼクス」


 その言葉を聞いたとき、俺は嬉しかった。子供の時の俺にはよくわからない感情だったけど、今の俺ならわかる。アルクレマの言葉を聞いた俺は、初めて人に認められた。それが嬉しかった。すごく嬉しかったのだろう。


 まぁ悪いことをしたのだから、俺はおずおずとしながら――


「っ。あの……、これ……、やっぱり元に」

「いいや――戻さなくてもいい。と言うかこのままでいいんだ」

「?」


 修正を拒否してきたアルクレマに、俺は首を傾げながらなんでと思った。けどそのあと、アルクレマは俺のことを見降ろしながら――彼はこう言った。


 提案をしてきたんだ。


「なぁ――もし高校(ハイスクール)卒業したら……、俺のところで働かないか?」

「!」

「今すぐじゃない。ハイスクールを卒業したら、俺が働いているところに就職しないかっていう提案だ。無理強いはしない。お前の未来はお前自身が決める」

「うん――俺、卒業したら働く。そこに」


 予想の斜め上の言葉にアルクレマは驚いていたが、俺の意思を汲み取ってか、アルクレマは渋々と言った感じで承諾した。


 それから俺はアルクレマのところに行って、いろんな本を読み漁った。漫画のように読んで、そして俺はある記述を見つけた。


 ある医者が開発しようとしていた()()()()()()()()()()()()()()。しかしその記述には穴がありすぎる。人体に影響があるという理由で、論文を出す前に却下されたらしい。


 それを見た俺は、その麻酔を使えば、いろんな病院で使われると思った。そしてお金も手に入ると思った。かつ――これでいじめもなくなるだろう。そう思って、俺はその麻酔のことについて子供ながら勉強をし、理解し、そしてその人の遺志を受け継ぐような、そんな気持ちを抱えながら俺は――子供ながら俺はその薬以上の物を作ろうと決心した。


 結局のところ、それは独学に等しかった。だから俺は――蛙。井戸の中の蛙だったんだ。そんなことありえないのに、俺はアルクレマの言葉に、甘言をうっかり信じてしまい、自分ならできると過信してしまっていたのだ。


 あんなことになろうとは、この時の俺は知る由もなかった。


 麻酔に関連する本をアルクレマから借りて、俺はどうすればいいのかと、子供なりに考えた。


 けど――俺のことをいじめていた奴らが、俺が考えていたそれを取り上げて、それを見ながらあいつらはこう言った。


「うわっっ! なんだこれっ!」

「難しいことばかり書いていやがる。まさかお前……、学者になりたいのかっ?」

「いやむりだろ! むりむ~り! だってお前お金ないじゃん! ビンボー人のお前に何ができるってんだ!?」

「ビンボー人はゴミでも漁ってひもじく暮らせ」

「いっそのこと――路地裏の方がいいんじゃないのか? そっちの方がお前らのマイホーム向きだぜ!」

「こんな紙も、お前には必要ない」


 一人のいじめの主犯が俺が書いた研究の用紙を、びりびりと破いた。破いて、そのまま紙吹雪として再利用した。


 からから。けらけら。紙吹雪を見て笑うやつら。


 俺はその時、今まで『もう無理だ』。『諦めよう』。『抗っても無駄な努力』と思っていた思考が一気に崩れて、そして俺は……、己の感情を――怒りを爆発させた。


 自分のこと、家族のこともあったのだろうけど、俺は何より、自分が長い時間をかけて製作しようとしていたそれを破られて、悔しくて悔しくて仕方なかった。


 だから俺は――そのいじめ達を殴った。その時、感情が高ぶっていたから記憶があいまいだった。でも、感触が殴ったことを知らせる。ゆえに――感情が落ち着いた瞬間……。俺は知った。


 自分が殴ってしまった奴らが、病院で緊急入院をした。それを機に、俺のいじめはぱったりとなくなった。母に言った。『すぐ終わる』と――


 それは――俺が考えたその研究が成功すれば、お母さん達を楽にさせられる。そう言った気持ちを込めたそれだったはず。なのに……、俺はその手で、いじめを止めてしまった。


 いいや……、俺があいつ等に天誅を下した。


 その時、俺は最初こそ罪悪感を抱いた。けど……、それを聞いていたアルクレマは、俺に対してこう言った。褒めるように、彼は言ったんだ。


「それでいいんだ。それでいいんだゼクス。あいつ等はお前のことをいじめていた。お前は何も悪いことをしていない。お前が貧乏だっただけで、あいつ等はお前のことをいじめた。因果応報。結局あいつ等はそれ相応の報いが来た。それだけなんだ。お前は悪くないぞゼクス」


 それを聞いていた俺は、子供であるがゆえの純真さで、俺はアルクレマの言葉を信じて、何も言わなかった。幸いなのか、いじめの主犯達もなぜああなってしまった理由を問い詰めても、結局俺のことをいじめていたことがばれてしまう。ゆえに誰も口を開こうとはしなかった。


 大事を避けるための行為。スクール側はそう結論をつけて警察の聴衆に臨んだ。


 まぁ俺が通っていたスクールは結構ブランドがいい学校らしく、そのブランドを穢したくないからと言う理由で、すべてをもみ消そうとしたのだろう。


 それに――俺が二十になった時すべてが明るみになって廃校になったけど。


 ……今思うと、そのアルクレマの言葉を聞いた俺は、すでに狂っていたのかもしれない。


 そんなこんなで俺はハイスクール卒業の後、俺はアルクレマの元で仕事をした。日本(ニッポン)にある会社――RCで俺達は研究員として働いた。


 もちろん、俺はアルクレマただの補佐として勤しみながらその会社で俺は薬品のことについて、医学全般のことについて深く学び、そして独学に近いが、どんどん麻酔の研究を進めてきた。

 

 誰もが成しえなかった完全神経遮断の麻酔。それがあと少しで成熟すると思った俺は、その時一緒に働いていた同僚達に協力を申し出ながら、俺はその薬の完成を目指そうとした。

 

 が――同僚は誰も俺の言葉に耳を傾けなかった。


 当たり前な話……、俺が開発したその麻酔はあまりに危険だと認識されるだろう。


 何せ独学でそれを構築し、そしてそれを何の躊躇いもなく打てと言われたら、誰だって断るに決まっている。誰だってそんな成功する確証もないような液体の製造に協力する輩なんていない。


 その前に色々としなければいけないこともある。そんな訳も分からないものに時間などのいろんなものをかける余裕などなかった。誰もそんな訳の分からないものに費やすくらいなら、もっと必要な薬にかける。そう誰もが思うだろう……。


 それが当たり前だろうが、その時の俺は違っていた。認めない輩の見解が、どうしても納得がいかなかった。


 ――俺のこの製造は完璧だ。効力だってマウスでちゃんと確認して、ちゃんとワクチンを投与したらすぐに治ったんだ。


 ――なにがわけのわからないもの? 何が必要性が見当たらない? これがあればもしかしたら医療が進化するかもしれない。多くの人達を救えるかもしれないんだぞ? なんで、なんで、なんでみんな俺の頭脳を認めてくれない?


 この時の俺は、その研究に対して認めなかった奴らのことを……小さいときにいじめられて、自分のことを認めてくれなかった奴らと重ね合わせていた。


 なんで俺のことを認めてくれない? なんで俺が考えたこれをすごいと認めてくれない? お前等よりもすごいものを作っているのに、なぜ認めてくれない? そんな思考が頭をよぎり、俺はそのまま踵を返して頭を冷やそうかと思った瞬間……。


「ほほう。神経の完全遮断。これは興味深いものを考えたね」

「?」


 俺の目の前に現れたのは――一人の壮年の男だった。


 顔は角ばっていて、だが筋肉はあまりない。黒いスーツに黒いワイシャツ、黒い革靴といったオールブラックファッション。髪はオールバックの少しぼさぼさした黒い髪。耳には今巷で人気に耳にかけるスマホ――『フォークマフォン』をつけている、ダンディでありミステリアスさが見える少し背が高い男が、俺の資料を背後から覗き見ながらそう言ってきたのだ。


 俺はそれを聞いて驚きながらその人を見ると、その人はくすりと笑みを浮かべながら「ああ、失敬。なぁに、私は理事長の知り合いで、ここで働いているものだ」と言って、その人は俺の資料を見て、俺に向けて笑みを浮かべながらこう聞いてきた。


「君――それ、いつぞやか問題になっていた麻酔の資料だろう? なぜ君がそれを持っているんだ?」

「あ、いや……、これを完成させてその……、世のため、人のために……。と言うか、これほとんど俺が独学で」


 と俺が言った瞬間、その人は俺のことを驚いた目で見ながら――


「なんと、独学とは! そうなると君は天才だな!」


 ………俺は、きっと単純だった。


 アルクレマが言っていた言葉と同じような言葉に、俺は誰かに認められた。自分は必要とされている実感を欲していた……、単純でわかりやすい奴だった。扱いやすい奴だった。


 だから俺は、初めて出会った人に対して、俺はアルクレマと同じような感覚を覚えてしまい、そして容易に心を許してしまった。

 

 だから俺は――その人が言った言葉をやすやす呑み込んでしまったのだ。


「どうだい? 私が君のサポートをして、その夢のような麻酔を実現させてみてはいかがだろうか? なぁに、君のような天才が失敗などするわけがない。安心してくれ。しっかりとサポートをする」


 その言葉を聞いた俺は二言で呑み込んで、その人のサポートの元、麻酔の製作に力を入れた。


 長い年月はかかった。でもその人のサポートのおかげもあって、俺はとうとうそれを表舞台に出せる時を待っていた。そして金が手に入って、俺は――俺達は普通の幸せを手にすることができることを待ち望んでいた。


 そう思っていた矢先――




 俺の研究は――()()()()()を迎えた。




 俺が作った薬が突然なくなった。そしてそれと同時に、いろんな人達が今で言う『ロスト・ペイン』になってしまった。こればかりは俺も想定外だった。どこで間違えたのか、どこで工程が狂ったのか……。それですらわからない。というか――なんで俺が作った薬がでまわったのかすら、理解できなかった。


 ――ちゃんとマウスを使って確認した! なのに失敗している! 俺が作ったワクチンも効き目無しっっ! 一体何がどうなっているっ!? なんで俺の麻酔が世に出回っている? そしてなんでそのせいで『ロスト・ペイン』になっているんだよっ! なんで、なんで……っ!


 俺は――手を出してはいけない領域に踏み込んでしまった。


 金を稼ぐために、俺のことを馬鹿にしようとした奴らを見返したくて、俺は薬を作った。なのに失敗をしてしまった。結局なのだろうか……。俺は最悪な人間になり下がった。


 いつの間にはティズも『ロスト・ペイン』になってしまって、もう俺は最悪なところまで落ちぶれてしまった。最悪な人間になり下がってしまった。


 アルクレマの相談しようにも、アルクレマはアルクレマで何かにのめり込むように研究に勤しんでいた。だから俺は、一人でこれを抱えなければいけなかった。サポートをすると言ったあの人も……、忽然と姿を消した。だから俺は……、もう考えることをやめてしまった。


 巷で『ロスト・ペイン』が多発していることに関して、誰もが知っていて、なぜこうなったのかもわからない状況だった。そして――俺が知りたいと思ったよ……。


 俺自身が招いた種。そして俺の罪は、俺の背中にどっしりと身構えながら座っていた。


 それ以来、俺は自棄になって、何も考えずに行動していた……、と思う。それくらいその時の記憶があやふやで、でもそんな状態でも、『金が欲しい』と言う感情だけは残っていた。


 誰かに会った気がする。けど覚えていない……、もう自棄になって、模倣犯めいたことをしていた気がしたけど、それもどうなのかは定かではない……。


 結局のところ――俺は俺がまいた種のせいでひどい人生を送っている。と言うか、これは自業自得。己の過大評価のせいで、俺はひどい目にあった。


 できれば戻りたい。戻って人生をやり直したい。そう思うくらい、俺は後悔をした。後悔して後悔して……、俺は最終的に、死にたい。そう思ってしまったが、ティズに会うたびに、あのくそ親と会うたびに、あの記憶が走馬灯のように甦り、俺の心を乱す。


 だから俺は、最初に家族をこの手で倒してから死のうと思っていた。その方がいいと俺自身が思ったから。


 え? かなり自棄に見えるか? 当たり前だろう……。俺の所為でああなったんだ。俺があんなことをしなければ、俺がもっとしっかりしていれば、俺がアルクレマと出会わなければ、そして……。


 俺が生まれてこなければ……、誰も不幸にならずに済んだ。そう思ったからこそ、俺はもう自棄なんだよ。



 ◆     ◆



 どうだい? かなり胸糞悪くなるような話だろう?


 俺も正直、なんでこうなってしまったのだろうと後悔している。


 今現在、アクロマのことを助けに来た奴も、俺やカゲロウのことを無視して、アクロマだけを背負って帝国に逃げようとしている。蜥蜴男と何かを話してるみたいだけど……、もう、どうでもいい。


 まだ終わりたくないって思っていたけど、前言撤回――俺はもう疲れた。


 疲れてしまって、考えることも、この状況が如何なっても、俺はその流れに従う。


 俺はずっと――井戸の中の世界しか知らなかった蛙……。小さな小さな蛙だった。


 井戸の中から覗く小さな光だけしか見ていない蛙。俺はそれだった。


 自分が他人より少し頭がいい。そしてその頭がいいことに自信をもって、アクロマの言葉を真に受けて、あの人の言葉を真に受けて本当のことを考えなかった結果、俺は間違いを犯してしまった。


 いじめた奴らを傷つけた。


 俺のせいで――『ロスト・ペイン』が広まってしまった。


 この世界には痛みを感じない奇病があると聞いたことがある。それとこの『ロスト・ペイン』は似ていると有名な医者が言っていた気がする。確かに俺も同じかもしれないな。なんて思っていたけど、全然違う。


 その病気と『ロスト・ペイン』は、全くの別物だ。


 その病気は痛みがない。『ロスト・ペイン』もそうだが、これは人為的に生み出された……、俺のせいで生まれてしまった病気であり、ステージが進んでしまうと最終的に、人間でなくなる恐ろしい毒。


 それが『ロスト・ペイン』の恐怖。


 その恐怖の生みの親は――俺。


 これは俺の所為、俺の罪。


 俺は……大罪人。


 でも……、最後に、アクロマが助けられてよかったと思っている。正直そこはほっとしていた。だって俺のことを認めてくれた人が――一人の師匠が助かるんだ。それはそれでいいことかな……?


 これは――きっと語っても意味がない物語。俺が招いた罪と愚かしい半生。


 多分俺は、一生この十字架を背負う。いいや、絶対だな。


 だから俺は――このまま死んでも悔いはない。霞む世界を見てそう思うよ。


 だって……、もう俺は、全てに於いて疲れたから……。だから、もう――未練なんて、ない。

和訳:ゼクス・メモリーズ。

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