PLAY58 BC・BATTLEⅥ(Pitfalls of heresy)④
「――『粘性泡』」
そう言った瞬間、空中を飛んでいたビット達を閉じ込めるようにドロドロとしているそれはどんどん楕円形のそれを空中で形を作っていき、そのままビット達を中に閉じ込めてしまう。
ごぽごぽと音を立てながら俊敏だった動きが急激に落ちて、のろのろと周りを飛び交いながらその粘着質の泡の中を飛び交う。
どうにかして出ようと抗うように、のろのろと飛ぶ。
それを見て、頭の上に乗っかっている感触を味わいながら、私は背後を見る。
私の背後にいる――鎧を着たその人を見て……、私は嬉しさを顔に出してきゅっと胸の辺りで握り拳を作りながらこう言った。震える声で言う。
「へ、ヘルナイトさん……っ!」
そう。私の頭に手を置き、そして反対の手を空に掲げながらヘルナイトさんはアクロマが操るビットを粘着質のそれで拘束して包み込んだのだ。
ヘルナイトさんの右肩には、ナヴィちゃんが座っており、ナヴィちゃんは私のことを見降ろして、喜ぶような鳴き声を上げながらヘルナイトさんの肩の上でぴょんこぴょんこと跳ねている。
それを見た私は、ナヴィちゃんの名を呼びながら安堵の表情を顔に出す。
するとナヴィちゃんは「きゅきゃぁ~!」と鳴きながら大きく跳んで、そして放物線を描きながら私に腕の中に向かって跳び込んで落ちていく。
私は慌てながらも冷静にナヴィちゃんを見て、落ちていくナヴィちゃんをしっかりと腕の中に納める。ぎゅっと抱きしめながら、私は腕の中で私にすり寄ってくるナヴィちゃんのふわふわしている頭をそっと撫でる。
「よかった……。ナヴィちゃん無事で」
「きゅぅ!」
撫でられて嬉しいのか、ナヴィちゃんは私の腕の中で満面の笑顔を浮かべて私のことを見上げていた。
その光景を見て、私は再度優しくナヴィちゃんを抱きしめて、小さな声でナヴィちゃんのお礼を言うと、私はヘルナイトさんを見上げる。
ヘルナイトさんは手をかざしたまま無言でいたけど、私の視線に気付いたのか、彼は目だけで私のことを見降ろしているらしく、ヘルナイトさんは私を目だけで見て――凛とした音色で……。
「――すまないな。ハンナ」
「?」
ヘルナイトさんは私に向かって、謝罪をしてきた。
それを聞いた私は首を傾げながらヘルナイトさんに「どうしたんですか?」と聞こうとしたけど、ヘルナイトさんはそんな私の返答を待たずに、次の言葉を口にする。
申し訳なさそうに、彼はこう言った。
「私の力不足で、君を傷つけた。己の未熟さのせいで――君を危険な目にあわせてしまった。本当に……、申し訳ないと思う」
「………………………」
「本来ならあの約束通り、私は君や仲間を守らねばいけない存在だ。だが……、結局ああなってしまったら何もできない。言い訳がましいが……、体たらくだ。己のこの体が恨めしい。そんなことを何度も思っていた。記憶を失ってから、記憶を失う前から」
「!」
私はヘルナイトさんの言葉を聞いて、はっと息を呑みながらまさかと思った。
紅さんとクルーザァーさん、そして少し遠くにいるボルドさんは、私達の会話を聞きながら首を傾げていたけど、私はそのことを気にせず、ううん。気にする余裕などないような面持ちで、ヘルナイトさんの話を聞いた。
思い出した。
そう言ったヘルナイトさんは、私がいる場所を見降ろしながら、凛とした音色でこう言った。
「前にも言っただろう? 私や私達魔王族は、あまりに強大な力を盛っているが故、人々から恐れられてきた。魔王族は異国で言う魔王。魔王は恐れられる者。私達はそんな一族だ。だから人間は私達を拘束するためだけの石――封魔石を作った。それくらい、私達は憧れであり、そして――畏怖される存在だった。だが――その見方を変えてくださったのが……サリアフィア様だ」
そう言って、ヘルナイトさんは再度ぐねぐねと空中で蠢いて、アクロマが操っているビット達を閉じ込めているスライム状の何かをギッと見据え、彼は言った。掲げている手に力を入れながら、彼は言った。
「そのお方のためにも、君の約束のためにも、私は強く在らねばならない。封魔石の力に抑制され、這いつくばっている時ではない。私は……、この力を――守るべき者達に使う」
そう誓ったんだ。
そうヘルナイトさんは言う。
今なのか、それともさっきなのかはわからないけど、思い出したことを口にしながら彼はすぐにかざしていた手を――ぐっと弱く握りながら、彼は言う。
「――『雷槍』」
と言った瞬間、ヘルナイトさんは弱く握っていた手の形を変えて、変えながらパチンッッ! と、指を鳴らした。
瞬間――
紅さんが壊したその天井から――きらりと光るなにか。
「? なんだ……?」
Zがそれを見上げながら目を凝らして見ている。私も上を見上げながら目を凝らしてよく見ると……、その光はどんどん肥大して、大きくなって……、って。
「あ」と、私は思い出す。
今ヘルナイトさんが言っていたあの技の名前、どこかで聞いたことがあるなと思っていたけど、今思い出した。
その技は確か――マドゥードナでリヴァイアサンに向けて使っていた……。
と思った瞬間だった。
びかりと、どんどん肥大していたその光が、ううん……。空から落ちてきたであろう大きな槍のような雷は、スライム状の泡の中でうごうごと蠢いていたビット五機に向かって急加速で落ちていく。
落雷のように――と言うか、落雷として、カッと光ったと同時に、ドォオオオオン! と言う轟音を出しながら落ちた。
「え?」
「っ」
「きゃぁ~っっ!」
轟音と衝撃と共に来る風圧。
それを受けていたアクロマは、茫然した顔でその光景を見て、かしゃりと、かけていた眼鏡をずり落とす。
私はそれを見て、風圧に吹き飛ばされないように顔を腕で隠し……、って、いたたたたっ。ナヴィちゃん……、また私の髪の毛に噛みついている……っ。そんなことしたら髪の毛抜けちゃうよ……っ。あたたた。
そ……、そしてボルドさん、クルーザァーさん、紅さんと。
ティズ君、Z、カゲロウは、その光景を見ながら茫然とした状態でその落雷を目に焼き付けていた。言葉を発しないで、その光景をじっと見ていた。
茫然と、その落雷に驚きながら、みんな黙ってしまっていた。
ヘルナイトさんは黙ったまま――黒い球体と化してしまったビット五機を見つめながら、ぼろぼろと、ぶすぶすと崩れ落ちていくその様子を見て、地面に落ちた瞬間、がしゃんっと言う音を聞いて、ヘルナイトさんはすぐにアクロマのことを見た。
ぎっと、睨みつけるようにして見た瞬間――アクロマは上ずった声を上げて、今まで見せたことがない涙を流しながら、彼は尻餅をついた状態でかさかさと後ずさりをした。
それを見ていたヘルナイトさんは、一歩、前に足を出して、すたっと歩みを進める。
それを見たアクロマは、さっきの余裕の表情など一切なくして、恐怖そのもののもしゃもしゃを出しながら……、ヘルナイトさんのことを怖がりながら後ずさりをする。
とてもじゃないけど……、変な奇声を上げているかのような悲鳴を上げて……、彼は逃げ出す。ヘルナイトさんから逃げ刺して……。
どんっ! と、彼は背中にあったそれに気付かずに、彼はざぁっと青ざめながら、背後にあったステージの土台を、その横目で見た。
「っっっっ!?」
アクロマは青ざめながらそのステージを見る。そして目の前を見て、己の目の前に来ていたヘルナイトさんを見上げる。唖然としている私達を無視して、アクロマとヘルナイトさんは――互いの顔を見ながら黙ってしまう。
ヘルナイトさんはそのアクロマを見降ろしながら、何を思い、何を言おうとしているのかはわからない。でも……、アクロマはわかる。
がくがくと震えながらヘルナイトさんを見上げ、そのままステージに背中を預けながら、彼は進路も退路も絶たれた状態で座りつくしていた。
「う、うぅ……、あ」
アクロマはその光景を見ながら、がちがちと口元を震わせながらヘルナイトさんを見上げ、そして辺りを見回しながら、彼は首の回転を酷使する。そしてあるところを見た瞬間、彼は叫んだ。
自分の手元に武器がない分、今の彼は私と同じように無防備にして武器なしの状態。
私なら武器がないことはもう慣れている。
けどアクロマは今まで持っていた武器が突然壊されてしまい、修復する暇などない状態でいる。ゆえに彼は――頼みの綱として……。
仲間の力を借りることしか――仲間の力に本願することしかできなかった。
「か、カゲロウッッ! 俺を助けろっっ! お前のせいでこうなったんだっっ! 責任をとれ! いいなっ!?」
「ッ!」
アクロマはこうなってしまった棋院がカゲロウにあると思ったのか、彼はアクロマに向かって怒鳴りつけた。荒々しい声で、彼は助けを求めた。
カゲロウはそれを見て驚いた目をしてアクロマを見、そしてヘルナイトさんを見る。
ヘルナイトさんはすぐにカゲロウの方を見ながら背に背負っていた大剣をがしりと掴む。
それを見たカゲロウは、びくりと目元を震わせて、アクロマを見ながら首を――花弁を左右に振ろうとした瞬間……。
「なんだ……っ? お前、俺に恩があるんだろう? 自分のことを救ってくれた俺に恩を抱いているんだろうっ? その恩を仇で返す気かっっ!? 俺はお前を助けたんだぞっ!? 少しは俺の役に立てっ!」
「ッ」
その言葉を聞いた瞬間、私はぎゅっと唇を噤みながらアクロマのことを無意識に、睨みつけていた。
心にぐつぐつと煮立っていた怒りが、また沸騰するような感覚を覚えた。アクロマはカゲロウのことを助けたと言っていた。でも彼は、本当に助けたいと思って助けたのだろうか……。正直、そうとは思えない。
むしろ――助けたから『貸し』として返せと言わんばかりの言葉に、私は思わずこう思ってしまった。
――助けるという言葉を、その言葉を、あなたのような人が使わないで。と……。胸のあたりで握りしめていたその手を、きつく握りしめながら、私は少し遠くにいるアクロマに向かって、その怒りを向けた。
ぎっと――睨みつけながら……。
すると――それを聞いていたクルーザァーさんが、小さな声で「……とことん外道だ」と言いながら舌打ちをした瞬間、カゲロウは両手の葉から無数の蔦をシュルシュルと出して、焦りがかすかに見えるその目で、ヘルナイトさんのことを睨みつける。
「ッ! ヌゥアアアアッッ!」
奇声を上げながら、彼女はその魔獣の体でヘルナイトさんに向かって駆け出す。
「アクロマ――俺も」
「お前はティズを押さえていろっっ! 何持ち場を離れようとしているんだ! 少しは俺の言うことを聞けぇっっ!」
「っ」
Zがその光景を見て、自分も加勢しようと立ち上がろうとした瞬間、アクロマはそんなZをぎろりと睨みつけながら、声を荒げて彼を無理矢理制止させる。
アクロマの怒り交じりの奇声を聞いたアクロマは、ぎょっと驚きながら、渋々彼の言葉に従う。すごく納得がいかないような顔をして、彼はアクロマの意思を尊重した……。
私も、その光景を見て、Zと同じ気持ちになりながらアクロマを見ていると……。
「下がっていろ」
「!」
突然クルーザァーさんの声が聞こえたので、私ははっと息を呑んで現実に戻りながら平静な顔でクルーザァーさん達の背中を見ると、クルーザァーさん、紅さん、そして戻って来ていたボルドさんが私のことを振り向きながら――クルーザァーさんが代表として、私に向かっていつもと同じ顔でこう言った。
「お前は十分頑張った。あとは俺達に任せろ。そして――やればできるじゃないか。その心を忘れるな」
いいな? と、私のことを見て言うクルーザァーさん。
それを聞いた私は、一瞬何を言っているのかよくわからなかったけど、すぐにはっとして、私は理解する。クルーザァーさんが言っていることはきっと、アクロマがしてきた行為に怒っていたことだ。
ブチギレのようなそれを見られていたことに、驚きと恥ずかしさが込み上げてきて、私は両手で顔を隠しながら赤面を隠していると、クルーザァーさんは呆れるような溜息を吐きながら、こう言った。
もう私のことを見ていないようで、彼はヘルナイトさんに向かって――
「そのままアクロマの傍にいろ」と言って、クルーザァーさんはその場で手をかざし、紅さんとボルドさんがダッと――ヘルナイトさんに迫り来るカゲロウさんに向かって、二人は駆け出した。
ヘルナイトさんはそれを聞いて、クルーザァーさんの言葉に驚きながら、彼がいるその方向を見る。クルーザァーさんはそんなヘルナイトさんを見ながら、手をかざした状態で彼はこう言った。
「お前のおかげで、アクロマは完全に戦力外。厄介だと思っていたが、お前のおかげであっけなく終わった。あとは俺たちでできる。最強のチートはそのまま俺の背後にいる回復のチートを守っていろ」
俺達も――戦えるんだ。だから今は俺達の出番。邪魔しないでくれ。
と、クルーザァーさんは言う。
それを聞いたヘルナイトさんは、はっと息を呑んだかのように、鎧の甲冑越しに空気を吸って止めていたけど、すぐに息を吐いて、クルーザァーさんの言葉に頷く。
そしてヘルナイトさんは私のことを見ながら、ちょいちょいと手招きをして私を呼ぶ。
私はそれを見て、クルーザァーさんのことを見上げたけど、彼は私のことを見ずに――
「さっさと行けっ! そこにいること自体が不合理だ! さっさとあの鎧の男のところに行けっっ! そしてアクロマが変なことをしないように、その場所にいろっっ!」
「っ! あ、はい……っ」
びきっと青筋が浮き出たかのような音を出しながら、彼は私を見ないで怒鳴った。それを聞いた私は、肩を震わせながら焦りながらその場を後にして、近くにいるヘルナイトさんのところまで駆け出す。
――怒られてしまった……。
と、私は内心反省しながら、クルーザァーさんに向かって謝った。心の中で……。
それを見ていたヘルナイトさんは私の頭に大きくて、そして温かい手を置きながらクルーザァーさんのことを見る。私も見て、そして……、さっきまでの恐怖をかき消そうと必死になって、張り付けた笑みを浮かべながら彼は言う。カゲロウに向かって、叫ぶ。
「はははは! カゲロウはゲームの時に数多くのプレイヤーにトラウマを植え付けたあのモンスターだぞっっ!? お前達のような三人が、『ヒューマ・レシア』を倒す? そんなの――不可能だっっ! カゲロウは――俺の矛なんだっっ! お前達のような一介のプレイヤーに……、カゲロウが負けるかぁっっっ!!」
その言葉を聞いて、私はみんなのことを見ながら、心に念じた。
負けないで――と。すると……。
クルーザァーさんはすぅっと息を吸いながら、自分の正面にいるカゲロウから目を離さないで、深呼吸を繰り返していた。
そんな中――紅さんは迫りくる蔦の攻撃を見て、シノビ特有の素早さと軽快な動きで相手を翻弄して避けながら、的確にカゲロウの蔦をズバズバと切り刻んでいく。
ぶつ切りにしていく。
「ヌッ! ウウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
カゲロウは植物系魔物特有の叫びを上げながら、咆哮を上げながら、体よりも大きいその花弁の頭を、腰を使ってぐるんっっ! ぐるんっっ! と振り回しながら攻撃を繰り出す。
その光景を見ていた紅さんは、すぐにその攻撃を受けないように大きく跳躍しながらその攻撃を避ける。
避けながら紅さんは跳躍しながらもその場で回転をして、真下を通り過ぎるカゲロウの体に、日本の忍刀の切り傷をつける。
シャリリンッッ! と、カゲロウの体と腕に巻き付いていた蔦、そして一枚の花弁に刀傷がつく。
傷つけられた植物の体から青い液体が『ブシッ』と吹き出し、それを見て顔を一瞬の激痛で歪ませたカゲロウは唸り声を上げながらその振り回しをやめて、空中をゆっくりと降下している紅さんに向けて――
「ウウウガアアアアアアアアアアアアアッッッ! 『レシア・シューター』ッッ!」
彼女は花びらを『びきんっ』とフワフワしているそれから固くて刃物ようにとがっているそれに変化させる。そしてその刃物と化した花弁を紅さんに向けて、技名から察するに、その花弁をシューティングゲームの弾のように放とうとした瞬間……。
「――ううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」
ボルドさんが大きな体で駆け出しながら、カゲロウに向けてぐっと握りしめたその拳を、大きく大きく腰の捻りを使いながら、エルフの里でジューズーランさんに使った時と同じ拳の握り方をして、彼はカゲロウの目元を狙って――遅い速度だけど、それでも大きくて衝撃が大きい拳の攻撃を繰り出す。
ぼっ! と言う空気を切るうような音と共に――!
「ッ! グゥ!」
カゲロウはそれを見て、目元を狙ってくるそのボルドさんの拳を、葉っぱと化している両の手で守る。その腕を壁のようにして、己の目を守りながら彼女はその衝撃に備える。
ボルドさんはそんな葉っぱを見ても、攻撃することを止めず、どころかそのまま勢いを加速させながら、その拳の攻撃を繰り出そうとした瞬間……、紅さんは空中で、床に向かって落ちながら――こう言った。
カゲロウに向かって――こう言った。
「そうやって防御しても無駄だ。リーダーは確かにすごく臆病でなよなよしいけど、一応あたしらのことを束ねているリーダーだ。そして本気になったリーダーに勝った奴はいない。いいや――怒り任せになったリーダーを止めた奴は……、この世にいないと思う」
そのブチギレリーダーのことを知っているあたしが言うんだ。保証する。
と言った瞬間……、ボルドさんのその重くて強い拳が、カゲロウの葉っぱの手にさく裂したとき……、一瞬、本当に一瞬のうちに――カゲロウは後ろに向かって押し出されて、そのまま衝撃に耐えながらがりがりと床に引き摺った跡を残していく。
「ウウウウウウウウウウウガアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
衝撃に驚いた叫びを上げながら、彼女はその衝撃に耐えきれず、そのまま壁に向かって『バガァンッッ!』と、激突してしまう。
ばらばらと、土煙のような埃が辺りを舞い、そしてちぎれて行き場を失いながら、振り子の様に振っている電子ケーブルから青い電気が漏れ出し、大きな機具が音を立てて崩れ落ちた。
その光景を見て、私は未だに殴った体制のまま止まっているボルドさんを見ながら、驚きを隠せずに目を見開いていた。
ヘルナイトさんは、それを見ながら「おぉ」と歓喜の声を上げていたけど、対照的にアクロマはそれを見て、顎が外れるのではないかと言うくらい、口をあんぐりと開けていた。
愕然と、絶句しながら、その光景を見ていた。
殴ったボルドさんは、その光景を見ながらふぅっと息を吐いて、膝に手をつけながら――彼はびくびくと震えるような音色で、怯えながらこう言った。
「お、女の子を殴っちゃった……っ! 本当なら殴ってはいけないんだけど……っ。本当にごめんね……っ! 僕は、紳士失格だ……っ!」
「いやいや。もうすでに紳士なんていうルックスじゃないから。キャラはそうであってもルックスがそれを殺しているから安心して」
「……なんだろう……。すごく安心できないような。というか今なんて言ったの?」
紅さんはそんなボルドさんの言葉に対して、少し小馬鹿にするように笑いながら言うと、ボルドさんは後半の言葉を聞いて、真剣な音色で紅さんに聞くけど、紅さんはそっぽを向きながら……、ううん。
ダディエルさんの方を向きながら、彼女は叫んだ。
「――くぉらぁっっ! こんの自惚れ暗殺者っっ! 少しは働けや壮年っっっ!」
「――っ! ………………っ」
ダディエルさんははっとしてその光景を見ていたけど、ダディエルさんの胸元に抱き着いているアスカさんの偽物を目にして、ダディエルさんは動こうにも、体が言うことが聞かない状態で、複雑な顔をしたまま彼女のことを見降ろしていた。
そんな彼を見てか、紅さんはイラっと顔を顰めながら、ダディエルさんに向かって――こう叫んだ。今までの怒りをダディエルさんに向けるように、一部の怒りを向けながら、彼女は叫んだ。
「お前あれだけ言っておいて結局そうなるのかっ? 結局お前はそこにいる女が目の前にいるだけでぶっ倒すことを諦めちまうのかっ!? てかそいつアスカじゃねえだろうがっ! よく見て、よく聞けっ! そして――」
想い出せ!
と言った瞬間、ダディエルさんはびくりと、指先を動かしながら、茫然としていたうつろな目に光をともし、そして、アスカさんを見降ろす……。
ううん、アクロマの詠唱によって作り出されたアスカさんの偽物を見降ろす。
アスカさんはそんなダディエルさんのことを見上げ、そして首を傾げながら彼女は、生きているような雰囲気を感じさせないような声色で、彼女は言った。
「――私は本物だから、あの人の言うことを聞いてはいけないわ。信じて」
「………………………………」
「ねぇ、信じて……。ダディエ」
と言った瞬間……、ダディエルさんはアスカさんの偽物を抱きしめる。ぐっと力強く、背中に手を回しながら抱きしめて、そして――
――トスッ!
「あ」
アスカさんの偽物は、その一文字を言葉で、声に出してから、私からでは見えないけど、それでもアスカさんは、己の右肩を見て、そしてよろめきながら、ダディエルさんから離れる。
離れようとしたと同時に、ダディエルさんもその抱擁をやめて、アスカさんから離れる。
ととっと、ダディエルさんは二歩、後ろに下がりながら、アスカさんの偽物に向けて冷たい目つきを浴びせる。そんな彼の目つきを見ながら、アスカさんは、茫然と困惑が入り混じった表情で、ダディエルさんを見たけど、ダディエルさんはぐっと目元を拭いながら――紅さんに向かってこう言った。
「すまねえな紅。サンキュ。こいつはアスカじゃねえって思っていても、結局本能が行動を邪魔していた。そして、考えることを拒絶しちまった。が――こいつの口からはっきりと自分は偽物ですって言ってくれて――感謝する」
おかげで躊躇いもなく倒せる。
そうダディエルさんは言った。
それを見ていた私は、混乱している思考で一体何がどうなっているのだろうと思いながら見ていると……、突然その人は、私と同じような気持ちになりながら、それを声に出してかき消すようにして、彼は叫んだ。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」
アクロマは今起きた光景に驚きながら、彼は叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ――
叫んでから彼は、ダディエルさんのことを指さしながら、慌てている様子で彼は言う。血走った眼がその焦りをさらに露見させているかのように、彼は言った。
「な、なんでお前――愛しい愛しい彼女をそんないとも簡単に傷つけることができるんだっっ!? たとえ作り物であろうと、外見はあの女と瓜二つだ! 俺の詠唱の発動条件でもある……、『己が見た死者』を模した姿なのに、記憶違いなんて――絶対に、ありえ」
「ああ、姿形はアスカそっくりだった」
が。
と言い、ダディエルさんは、右手を乱暴に振るいながら言うと……。
――トスッ! と、アクロマの右肩に深く突き刺さる赤い待ち針。
「い、ひぃっっ! ぎゃぁ!」
アクロマは突然来た痛覚に驚いて、痛みを訴えながら彼はそれを乱暴に引っこ抜く。そしてその針を乱暴に投げ捨ててから、彼は肩から出る血に戸惑いながら、ダディエルさんを見ると、ダディエルさんは言った。
「だがな――お前にはわからなかっただろうな。俺と、アスカだけが言う言葉を知らなかった。仮初の『屍魂』の意思を埋め込んで、人間らしいそれを見せても、結局そいつはアスカじゃねえ。アスカは――俺の腕の中で、死んだ。泣きながら、俺に笑みを浮かべて、あいつは逝っちまった……。あいつはこう言って死んだ……」
アクロマの顔を見ながら、ダディエルさんは、はっきりとした音色でこう言った。
「――『またね。ダディ』ってよ」
「――っあぁ!」
アクロマは何かに気付いたようで、ダディエルさんのことを見ながら、彼はガタガタと震えながら、小さな声で、まさか……と言っていた。そしてそれを見ていたダディエルさんは、察したかのように頷いて、続けてこう言った。
「ああ、あいつは俺のことを――『ダディ』って呼んでいた。こんな関係になる前からずっと、俺のことをダディエルって呼んだらすぐに訂正するくらい……、あいつは俺のことを『ダディ』って呼んで、そして…………一緒にいてくれた。だから、あいつが俺のことを『ダディエル』なんて呼ぶことは……もう、ないんだ。だから動けたんだよ俺は」
と言った瞬間、ダディエルさんは懐から少し長めの待ち針を取り出して、それをピッと言う音と共に、それをアスカさんに向けて投擲した。
小さな空を切る音が辺りに微かに響いていたけど、偽物のアスカさんはそれを難なく避けて、そしてその針を無表情で掴む。
ガシッと掴んで、その待ち針を見たアスカさん。その待ち針には赤い玉がついており、それを見たダディエルさんは、その待ち針に向けて指を突き付けながら、彼は言った。
「――『豪炎』」
ポッと言う音と共に、小さな火の玉がアスカさんに向かって、彼女が持っているその待ち針の赤い玉に向かって飛んでいき、その玉に小さな火の玉が当たった瞬間――
――ボォンッッ! と言う爆発音が辺りを包んで、熱気が私達に向かって襲い掛かってきた。
それを体感した私は、ヘルナイトさんの背後に回ってその熱気から逃げるように、顔をマントで覆い隠した。ヘルナイトさんには、悪いと思うけど……。
そしてマントの隙間からアクロマを見ると――アクロマは愕然とし、血の気が引いてしまったかのような顔をして、彼はその光景を目にする。
そんな状況を見ていたのか、ダディエルさんはアクロマを見て、そして手の指の間に挟めて握りしめながら持っていた無数の針を見せつけながら、彼はこう言った。
彼が持っているその針は――待ち針。待ち針の先端には、赤や青、黄色や緑と言った八つの色の弾がついている。それを見せつけて彼はにっと笑みを浮かべてこう言った。
「これは俺が独学で作った俺だけの武器。お前の様にプログラムなんて使ってねぇ。俺はこの待ち針の先端に、MCOでも使われていた『魔法瓶』の液体をこの玉の中にいれて、それを相手に向けた瞬間、誘爆させるように同系列の魔法を放ってから――大爆発させる。いうなればこれは小さな小さな爆弾だ。どうだ?」
これで形成大逆転だろ?
と、ダディエルさんは轟々と燃えているその場所を見ないでアクロマにその針を見せつけて言うと、それを見ていたアクロマは絶句しながらその光景を、その未来を想定してしまったのか、ざぁっと真っ青に顔を染めながら彼は言葉を失っていた。
□ □
そして――ここからみんなの反撃が開始されたのだ。長かったアクロマを追っての激闘に、幕が降ろされる。そう私は認識していた……。
けど……、その思考自体が甘かったのかもしれない。そして私達は、忘れていた。
彼の背後にいる人物のことを忘れて、私達は反撃に転じようとしていた。




