PLAY58 BC・BATTLEⅥ(Pitfalls of heresy)③
私は見た。
ナヴィちゃんがアクロマに蹴られて、ボールの様に転がっていくその風景を。
私は感じた。
自分でも驚くくらい心の中で渦巻いていた赤いもしゃもしゃが、行き場を失って私の心の中をかき乱すような感覚を、その感情が一気に爆発するような感覚を覚えた。
ダイナマイトのように私の心が爆発した。
と同時にその心は瞬く間に修復されていくけど、私の心は荒れて、荒んでいた。
アクロマがしてきた行為に。
ダディエルさんの最愛の人を利用して。
そして己の目的のために、多大な犠牲を出しながら、そんな犠牲を嘲笑いながら。
ヘルナイトさんやみんなを傷つけて――ナヴィちゃんを傷つけた。
あんなに小さい子なのに……、変身したら大きいけど普段は小さくてかわいくて、そしてみんなのことを大切に思っている小さな小さなドラゴン。
そんなナヴィちゃんを傷つけたアクロマを見た瞬間……、私は今までせき止めていた感情のダムを――決壊させた。
あまりの理不尽なその光景に、私はもう限界に達していた。
だから、私は動いた。だから私は……、怒りを露にした。
リョクシュの時やマリアンダの時のような、不完全燃焼のようなそれではない。私は、ガザドラさんに言われた通り――心を鬼にして、怒りを露にした。
正直――自分でも驚いている。
こんな風に、顔の熱がどんどん上がって、熱でもあるのではないかというような感覚に戸惑い、私はその戸惑いをかき消すかのように怒鳴った。
初めて、怒鳴った。
「あなたのような人について行くくらいなら――みんなと一緒にいる方がいいっ! あなたのように、人を人として見ない人と一緒に行くなんて、一生お断りですっ!」
なんとも感情的な言葉だろう。自分でも後々そう思ってしまう。
でも――これは私の本心で、正直に言っただけ。
結局のところ、私はみんなと離れたくない。そう思ったからこそ、私はこう言い放ったのだ。ナヴィちゃんが傷つけられたことでその気持ちに拍車がかかってしまい、怒鳴るという結果になってしまったけど……。
その言葉を言った瞬間、今まで優勢的な立場でにやにやして、ナヴィちゃんの攻撃で完全に怒りの表情になったアクロマだったけど、私のその怒りの声を聞いたせいで、その場で怖気付いてしまったかのように尻餅をついてしまった。
べたりと、大きな音を立てながら、彼は尻餅をついてしまう。
そして私のことを驚きと困惑、そして恐怖しているような目で私を見てから、アクロマはカタカタと震えだした。
「?」
私はそれを見て、今まで噴火のごとく噴き出していた感情が一気に鎮静化されて、落ち着きを取り戻してきていた。
首を傾げてアクロマと、私のことを見てガタガタと震えているカゲロウや、取っ組み合いをしているティズ君とZ……は、見ていない。そして床に縛られて転がっているヘルナイトさんを見る。
「? ??」
殆どの人が驚いた顔をして私のことを見ている。私はただ……、本音を言っただけなのに……。
もしかして、私変なこと言ったかな……?
と、思わず勢いに任せてしまったあの時のことを思い出しながら、私はうんうんナヴィちゃんを抱きしめながら唸って首を捻りに捻っていると……、突然上から声が聞こえた。
本当に――上から声が聞こえた。
「よく言った。あとはあたしに任せな」
突然の声に、聞き覚えのある声を聞いた私は、目を見開いてすぐに上を見上げた。見上げて……、この部屋で一番高い天井には透明なガラスを見ると、そこには――二つの何かがあった。
一つはこの部屋を照らしてくれる半月。
ちょうど真上に差し掛かっており、この部屋の中を一際明るくさせている。
そんな半月を背景にして、ガラス枠のところに足を乗せながら立っている人物。それが二つ目の何か。
その人はそっとその場で屈んでから手に持っていた何かを逆手にもって、勢いをつけながら振り上げる。きらりと月夜に光る尖ったそれを見た私は、思わず声を漏らしてしまった。
「あ」と、驚きと困惑、そして……安堵の声を上げて、口元を手で押さえた。
笑いをこらえるそれではない。この動作は……、単純に、嬉しい笑みを掌で隠すための動作。
そう……。私は嬉しかった。心の底から、嬉しいと感じた。なぜ? ヘルナイトさんも起きていない。みんな絶体絶命の状態で、アキにぃ達がここに来たわけでもないのに……、なぜこんなに嬉しいのか?
そんなの……、見ればわかること。
今――天井のガラスに足を乗せて、振り上げたその刃物をガラスに向けて、深く深く突き刺した後……、その人は一瞬の内に罅割れて、粉々になってしまったガラスの破片に紛れるように、彼女は両手を大きく広げてここまで落ちていく。
さながら――スタンドマンのような両手の広げ方。
はたから見れば、体で『T』の文字を表現しているかのようなその光景。
その光景を見上げながら、私はその場所に来た人を見上げて、安堵の息を吐きながら口元に添えていたその手をどかして……、ほっと、胸を撫で下ろした。
――来てくれた……っ。よかった……。
と、心の中でそう思いながら、私は目じりが熱くなる感覚を覚えた。
みんなもその光景を見上げて、そしてティズ君もはっと息を呑みながらその光景を見て「あぁ!」と声を上げながら驚き、カゲロウ、Z、そしてアクロマはその人の姿を見た瞬間、今まで困惑と驚き、そして恐怖が入り混じった表情となっていたその顔を驚愕のそれに切り替えて――
「「「は、はぁっっっ!?」」」
三人同時に声を上げてその人物を見上げた。と同時に、落ちてきた人は手に持っていた短い刀を両手でしっかりと持ってから、そのままボルドさんとクルーザァーさんが拘束されている蔦に向けて、その二本の刀を持ったまま……。
ぐるぅんっっ! と、空中で回った。回転した。フィギュアスケートのように、空中で一回転したと同時に、ボルドさんとクルーザァーさんの体に巻き付いていた蔦が――
ばすんばすんっとぶつ切りのように斬り落とされて、二人を自由にする。二人の体を傷つけずに、その人はそのまま回転することをやめてから床に向かって落ちていく。
「っ! わ、ああああああおおおおおっっっ!?」
「っ! っは! ふっ!」
ボルドさんは真っ逆さまになりながら手足をバタバタと動かして変な半音高い声を上げる。
クルーザァーさんはさっきまで猿轡をされていたからか、肺にいっぱいの空気を取り入れながら、空中でくるりと前転して着地に備える。
そして三人同時に床に向かって落ちていき、そのまま……。
すたっと足を膝折の状態で着地をしたその人とクルーザァーさん。そんな二人とは対照的に、背中から落ちてしまい、べちゃっ! という変な音と「ぐぇっ!」と、何かが潰れてしまったかのような声を上げて落ちてしまったボルドさん。
その光景を見ていた私は、さっきもまでの怒りが嘘のように、安堵の息を吐きながら控えめに微笑もうとしたけど、その微笑みも歪になるくらい……、私は嬉しくて頭がおかしくなりそうになった。
「き、てくれた……、んだ……っ。よかった……っ」
私は言う。
今目の前で、二本の日本刀をすっと腰に差している鞘に納めているその人に向かって、私は言った。
そしてその人の隣ですっと立ち上がりながらその人を見降ろしたクルーザァーさんは、はぁっと溜息を吐きながら、呆れた笑みを浮かべてこう言った。
「……ふぅ。遅すぎるぞ。ここまで来るのにそんなに時間がかかったのか?」
「まぁ。いいさ。これで完全なる形勢逆転だ。加勢感謝する――紅」
そう。私達のことを助けてくれたのは、私達に加勢してくれたのは……。あの時、喧嘩別れをしてしまった紅さん。紅さんが、戻ってきてくれたのだ。
「あ、く、紅……っ!?」
ティズ君も取っ組み合いをしながら紅さんのことを見て、驚きの声を上げていた。
そんな声を聞いて、みんなのことを見ながら――紅さんはにっと、ニヒルな笑みを浮かべ、彼女はクルーザァーさんのことを見て、「にひ」と言いながら、こう言う――
「なに――真打は遅れて登場し、そして味方の絶体絶命の時に颯爽と登場する。これ漫画の鉄則だろう?」
「…………そんな鉄則は知らん。が、そうなるとかなり盛り上がるな。一回仲間割れをして離れた後でのこの登場。ありきたり過ぎて想像できそうだ」
「……毒だけはいっちょ前だな」
「正論にして合理的と言え」
初めて出会った時のような和気藹々とした雰囲気で話す二人。ボルドさんも強打した背中をさすりながらゆっくりと起き上がって、紅さんのことを見上げると彼は安堵の息を吐きながらこう言う。
「よかったぁ。ちゃんと戻ってきてくれたんだね……」
「なぁに。リーダーや他の男共が心配で来ただけだし、それにここまで言葉うまく運んだのだって、あたしがカルバノグを抜けたおかげだろう?」
「そ、それもそうだけど……。でも戻って来てくれて嬉しいよ……。おかえり。紅ちゃん」
「う、ん。ん……うん。ただいま」
そんなボルドさんの言葉を聞いていた紅さんは、からかうようにけらけら笑いながら言うけど、ボルドさんはそれを受け入れながらも自分の本心を紅さんに告げる。
紅さんはそれを聞いて、一瞬顔の横に星が飛びそうな雰囲気を出しながらきょとんっとしていた。けどすぐにそっぽを向きながら紅さんは小さく言葉を零す。
その光景を見ながら、私は安堵と、今しがた来た少しの不安に駆られていた。
紅さんが戻ってきたことは確かに嬉しい。けど……、紅さんがカルバノグを出て行った理由……。それは私がきっかけで、その精神状態の不安定さを見たクルーザァーさんが紅さんに向かってクビを宣言して、そのあと紅さんは出て行ってしまった。
……結局のところだけど、紅さんが出て行ってしまったのは、私のせいでもあるようなもの。全く身に覚えのないことだけど、本人がそう言っていたのだ。まだ私のことを恨んでいるのかもしれない……。
先ほどの感動と嬉しさが一変して、私は紅さんのことを見ることができなくなっていた。もう腕の中にナヴィちゃんはいない。どうやらヘルナイトさんのところに行って封魔石を探すことを再開しているようだ。
「………しっかし」
紅さんは周りを見ながら頭をがりがりと掻いて、よろめいて立ち上がったボルドさんを見上げながら紅さんはこう聞いた。
「ダディエルはダディエルでなんだかやばいし、ティズは」
「ティズには加勢するな。あれはあいつの問題だ」
「へーへー」
クルーザァーさんが紅さんの言葉に割り込みながら言うと、それを聞いていた紅さんは呆れながら溜息を吐いて……、そして。
じっと、私を見た。真剣な目で、私を見た。
私はそれを見た瞬間、言いようのない不安が膨れ上がり、そして顔中から噴き出す冷えた汗を拭わずに、私は身構える。
何を言われるのかと思いながら、びくびくとしながら身構えてしまう私。
紅さんはそんな私を見ながら、ずんずんっと大きな歩幅で歩み寄りながら私に近付いて来る。
本当は、こんなにびくびくしないで再会を喜びたいのだけど、生憎私は紅さんの心の声を読み取ることはできない。
もしゃもしゃを感じるにしても、いつどこでもと言うそれではないので、今もしゃもしゃを読み取ることは不可能に等しい。と言うか私はそんな読心術なんてできない。
なので紅さんが今現在、どんな気持ちで、どんなことを思いながら私を見て近づいているのかなんて、到底理解できない。なので怖いという結果になっているのだ。
紅さんは私に真正面に立って、私を見降ろしながらじっと見降ろしている。
見下して……、いるのかな? そう思いながら私は紅さんのことを見上げながらおどおどとしていると……。紅さんは両手をそっと広げた。
それを見た私は、ぎょっと驚きながら、思わず目をぎゅっとつぶってしまう。はたかれると思っての身構え。耐える準備と言った方がいいだろう……。
私はぎゅうっと目をきつく瞑りながら、紅さんからくるその何かの襲撃に備える。備える……、備え……、って、あれ?
「?」
私は目をきつく閉じながら違和感を覚えた。
待てど待てど……、ううん。そんな叩かれることを望んでいるようなそれではないけど、それでも紅さんのそれが来ないことに、私は違和感を覚えたのだ。
前は首を掴まれたから、きっとすぐに来るだろうと思っていたのだけど……。どういうこと?
そう思いながら私はそっと目を当てようとした瞬間……。ばふりと――柔らかくて、そして温かいような衝撃が来た。私の目の前に押し寄せてきた。背中も巻き付けるように……。
驚きはした。驚きすぎて頭が一瞬真っ白になった。あの時と同じだ。ユワコクで、ヘルナイトさんに抱き寄せられた時と同じ……、厳密に言うと、少し違う。
私は目を開けて、その光景を見て、驚いて、黙ってしまった。理由はもうわかっている。けど、頭がこの状況を察知しているけど、混乱して追いつけていなかった。
簡単に、簡潔に言うと――私は抱きしめられていた。紅さんに……、ぎゅぅっと、抱きしめられていた。
背中に手を回されて、私は抱きしめられていた。
「?」
一体何がどうなっているのかはよくわからなかった。でもわかることがあった。たった今見つけた。紅さんのもしゃもしゃにもう黒い感情なんて一切なかった。今あるのは――
優しい桃色と、赤くて燃え滾っている怒りのもしゃもしゃ。
赤いもしゃもしゃは私に向けられていない。今私に向けられているのは……、桃色のもしゃもしゃだった。 そんな状態で、紅さんは言った。優しくて、力強い音色で、こう言った。
「ごめんな。勝手な事情に巻き込んで」
「!」
私は驚きながら紅さんを横目で見ると、紅さんは私のことを見ないで、代わりに私の体をぎゅっと包み込むように抱きしめながら紅さんは言った。
「本当ならこんなことはしたくなかったんだけど、あいつの目を欺くためには、こうするしかなかった。そして欺くためには、味方の目を欺くことが最善だった。だから勝手に巻き込んで、いやな思いをさせて――本当にごめん」
「え?」
一瞬理解ができないような言葉を聞いた私は、声を上げて紅さんに聞こうと思った。
それは一体、どういうことなのか。それを聞こうとした瞬間……。
「――お前らぁ……っ! なんでこんなことになっているんだあああああああああっっっ!?」
アクロマの絶叫じみた叫びが、室内に響き渡った。
それを聞いていた紅さんはそっと私のことを抱きしめることをやめて、すぐに背後にいるアクロマの方を見ながらこう言った。腰に手を当てながら、勝ち誇った笑みを浮かべて――彼女は言った。
「なんでこんなことになっている? そんなの見てわからないのか? 仲直りだよ仲直り。見た通りの展開が今お前の目の前で起きているんだよ」
イベントなら盛り上がるような展開だろう?
そう紅さんは言った。しかしアクロマはそんな紅さんの言葉を信じてないかのように、驚愕のそれでぶるぶると震えて、どこを指さしているのかわからないような指差しをしながら、彼は声を荒げて怒鳴った。紅さんに向かって――怒鳴った。
「いや……、いやいやいや! そんなことありえないっっ! カゲロウのスキルでちゃんと見ていた! ちゃんとこの目で、お前がカルバノグを抜けたところをちゃんと目に収めた! お前はスナッティに裏切られて――それで自暴自棄に」
「あぁ」
アクロマの言葉を聞いていた紅さんは、その言葉を聞いて思い出した表情を浮かべて、肩を竦めながらアクロマのことを見て、っは。と鼻で嘲笑いながらこう言った。
「――あれ。演技だから。あたしは一ミリも、ちょこっともぶっ壊れていないよ」
「………………………、……………………は?」
アクロマは驚いた顔をして紅さんを見た。そんなアクロマを見ていた紅さんは、ふふんっと勝ったかのような笑みを浮かべて、腕を組みながらアクロマのことを見ている。
それを聞いていた私も、アクロマと同じように、目を点にして見ていた。と言うか今……、紅さんはなんて言ったの? 今、何だが聞いてはいけないことを聞いてしまったような……。
そう思っていると――その言葉を聞いていたのか、クルーザァーさんが落ち着いた足取りで私に近くまで歩み寄りながら、彼は冷静な音色でこう言った。驚いてしまっている私達をしり目に、彼は説明をした。
「お前は言っていたよな? カゲロウのスキルを使って俺たちに同行を観察していた、ゆえに俺達の情報など筒抜けだった。筒抜けと言うことは――常に見えていた。見えなかったら何の役にも立たない。監視カメラの死角のようなものだ」
「……………………オ前……ッ! 私ノコノ体ノ力ニ、不備ガアルト言イタイノカ……ッ!?」
クルーザァーさんの言葉を聞いていたカゲロウは、しゅるしゅると斬られてしまった蔦を戻しながら、驚いた眼付きでクルーザァーさんを見た。するとそれを聞いていたクルーザァーさんははっきりとした音色で――
「ああ」と言った。そして続けてこう言う。
「不備と言うか、お前が見ていたことはわからなかったが、それでも誰かに見られていることは察していた。いいや、偶然見つけた。のほうがいいな」
「ナ、アァッ!?」
その言葉を聞いたカゲロウは、クルーザァーさんを見て愕然として青ざめてしまう。その言葉を聞いていたアクロマは、クルーザァーさんを横目で、震えるような目で見ながら……、小さい声で――
「ぐ、偶然……? 嘘だ……っ!」
「いいや本当だ。俺は見つけた。だから警戒していた」
と言って、クルーザァーさんは続けてこう言う。
「あの時は駐屯医療所に行く時の道すがら、それを偶然見つけた。うねっているところから見て、最初こそ他のプレイヤーが召喚した魔物の技かと思っていたが、それはすぐに地面に潜り込んで、それ以上のことをしてこなかった。攻撃も何も、罠すら張らなかった」
「ッ」
「それを見て、俺はもしかしたらと思い……、すぐにその草の捜索に勤しんだ。誰かに頼んだらぼろが出そうだったからな。リーダーからスナッティのことを聞かされていたことも相まって、慎重に行動した結果――それは出た。出てからボルド達の行動を伺っていたかのように見えたが……、まさか草で俺達の行動を見ていたとはな。あの時まではそう思わなかった」
「ま、まさか……っ!」
「そうだ」
クルーザァーさんは紅さんの隣に寄りながら、彼ははっきりとした音色でこう言った。
「少しばかりだが、お前達が俺達の事を見ていることは薄々気付いていた。そしてそれを隠して、あたかも今気付いたと言わんばかりの雰囲気で戦っていた。お前の口から事のすべてを吐き出させるために――」
「一芝居入れてみたってことさ」
あんたがその草を介して、あたしたちの衝突の演技を見せつけるために。油断させるために。
そう紅さんは、クルーザァーさんに続いて胸を張りながら言った。
それを聞いていた私は、あまりのどんでん返しに口をあんぐりとだらしなく開けながらその言葉を聞いていた。正直――頭の整理が追い付かない。
えっと……、簡単に言うと、こうだよね……?
紅さんは最初から精神崩壊なんてしていない。そしてクルーザァーさんと手を組んで、アクロマにあの光景を見せつけて、騙した……。ってことだよね?
それで……、いいんだよね?
あまりの展開に、私は頭を抱えながら、目をぐるぐるとさせて何とかみんなの話を聞くことに専念していた。
そんな私を置いて行くように、クルーザァーさんは事の真実を聞いて愕然としているアクロマとカゲロウ、そしてティズ君を押さえたまま固まっているZを見ながらこう言った。
「一応言っておくが、俺の他にもリンドーとボルドが共犯だ」
「っ!?」
その話を聞いた瞬間、私はボルドさんの方を驚いた目で見る。ボルドさんは明後日の方向を向きながら脂汗をだらだらと流して、そして私のことをちらりと見ながら、両手をぱしんっと合わせて頭を下げる。
いわゆる――ごめんねと言うジェスチャーである。
それを見た私は、クルーザァーさんの言葉に嘘偽りなどないことを知った。…………さっきの劣勢が嘘のような光景。優勢から劣勢に、そして紅さんの加勢により、劣勢から勇勢にに切り替わったこの光景を見ながら、私はその光景を目に焼き付ける。
そしてそんな状態でも、クルーザァーさんは続けてこう言う。アクロマに向かってこう言う。
「紅は確かにスナッティのことを聞いた後、失意のどん底にいたが……、すぐにそれを怒りに変えて行動に移そうとしたぞ」
クルーザァーさんは紅さんをちらりと横目で見ると、紅さんはうんうん頷きながら腕を組んで……、そして――その赤いもしゃもしゃをアクロマに向けながら、背後からでもわかる様な怒りの雰囲気を出しながら、彼女は言った。
「そうそう……。砂に裏切られたときは本当にショックだったよ。ショックで立ち直れそうになかった。っていうかすごく悲しかったけど、あいつの言葉を思い出していくうちに、それがどんどん怒りに切り替わった……。砂の奴はあたしのことをことごとく馬鹿にして生きてきた。それであたしは泣き寝入りするのもむかつくし、それにあたしのことをさんざん馬鹿にしたことに対して、裏切られた悲しさを通り越して……、怒りが込み上げてきたんだよ……っ! さんざん言われたお返しがしたいって思って……。だからあたしは決めたんだ! 砂に絶対に仕返ししてやるってね……っ!」
「っ」
そんな紅さんの顔を見てか、アクロマはうっと唸りながら青ざめた目で彼女を見上げていた。
私はそれを聞いて、唖然としながら紅さんを見上げる。紅さんの背中を見た。
紅さんは――壊れていない。むしろスナッティさんの裏切りで彼女は怒りを糧としてあの状況を乗り越えたんだ。……どんなことを言われたのかはさっぱりわからないけど、紅さんの赤いもしゃもしゃがごうごうと炎のように燃え盛って、クルーザァーさんを巻き込んでいるところから見て、かなり怒っている様子だ。
怒っている彼女の背中を見ていた私は、安心して胸を撫で下ろした。
紅さんのそのもしゃもしゃを見て、紅さんの本心を知った私は、安心した笑みを浮かべながら思った。
――彼女は、何も変わっていないかった。変わっていなかったからこそ私達は命を拾った。
――紅さんは今も昔も……、カルバノグの一員なんだ。
そう私は思った。
「なお。これはお前が地下下水道にいた間に、俺とリンドー、ボルドと紅だけで話したことだ。紅の気持ちを汲み取って、俺は紅だけを単独行動できるように仕向けたんだが……、あれはないだろう。あまりに唐突なそれだったぞ。もう少し合理的に話を進めてほしかった」
「いや――お前の首宣言の方がマジで驚いたわ。リーダーやリンドーも慌てた顔であんたを見ていたぞ」
「リアル追及。この方が相手を騙しやすいだろう?」
「………そうだけどぉ、おかげで知らなかったダディエルとギンロを巻き込む結果になったじゃん。本当ならヤケクソになってその場から離れるっている設定だったのに」
「それだと余計に怪しい。俺が真剣に演技をすればこんなものだ。ありがたく思え」
「………ありがたく思いたいけど、正直思いたくない」
二人はそんな反省じみた話に花を咲かせる。
それを見ていた私は、ほっと胸を撫で下ろして、心の底から紅さんが戻って来てくれて本当に良かったっと、安堵のそれを顔に出す。
すると――そんな言葉を聞いていたアクロマは、ぎりっと歯を食いしばりながら大きな舌打ちを声に出して言ってから手をかざして命令した。
上空を飛び交いながら旋回している……ビットに向かって。
「っっ! ビットォォッッ! こいつ等を早くぶっ倒せえええええっっっ!」
と怒鳴ったと同時に、上空を飛んでいたビット五機が機械の目をぎょろつかせながら私達のことを見降ろし、急加速の急降下で私達のところに向かってきた。
迫ってきた。の方がいいだろう……。
何せ――目のところからじゃきりと、短剣の刃や拳銃の銃口。あろうことかばちばちと迸るスタンガンの電流を出しながら迫ってきているのだ。
私はそれを見て、すぐに手をかざして二人とボルドさんを守ろうと――『囲強固盾』を出そうとした瞬間……。
――ゴボリッ!
と、ビット五機を覆うような大きな大きな泡……、じゃない。
これは少しどろどろとしている透明な何か……。
紅さんとクルーザァーさん、そしてボルドさんやアクロマ達が、それを見上げながら固まってしまっている。
私がそれを見て、あのドロドロとした液体は何だろうと思いながら見上げていると……。
ぽすり。と、頭に乗っかった温かくて、大きな何かを感じた私は、それに気付いて上を見上げた瞬間……、思わずぎこちない笑みが零れた。そして――
その人は言った。凛とした音色で――こう言った。
「――『粘生泡』」




