PLAY58 BC・BATTLEⅥ(Pitfalls of heresy)②
アルクレマの回想――再幕。
少年ゼクスと出会ってから一日後、すぐに運命は動き出した。
◆ ◆
それからすぐ、ゼクスはアルクレマのマンションの一室に遊びに来ていた。
アルクレマはドアの正面にいるゼクスを見て、気味が悪いと思った半面……、なぜここにいるのかと思いながら彼に聞くと、ゼクスはこう言った。
「――後をつけて、ここのことを知った」
「っ!」
――マジかよ……っ! 子供の執念恐ろしいな……っ!
アルクレマは自分にはなく、ゼクスにはあるその執念の凄さを垣間見て、頭を垂らして壁にその頭を打ち付けながら彼は内心震えながら思った。
そんな光景を見ていたゼクスは手に持っている古ぼけてボロボロになってしまった鞄をぎゅっと抱きしめ、彼はアルクレマを見上げながらこう言った。
「……今日は土曜日だから、遊びに来た。騒がないから」
「はぁ。あぁ……、いいよ」
前に思い至った通り、ゼクスはどうやら極端に頑固な様子だということを知ったアルクレマは、呆れながら彼を家に招き入れた。
招き入れたとしても、子供が飲むようなジュースやそんなお菓子などはない。アルクレマの一室にあるものは必要最低限の家具と、体に悪いジャンクフードしかない。簡単に言うと……。
「汚い」
幼いゼクスはそう言い放った。その言葉通りの部屋が目の前広がっていたのでゼクスは正直で率直な感想を述べた。それがこの言葉だ。
アルクレマの部屋は紙やゴミ、そして資料や本に埋もれており、床と言うものが見えないような敷き詰め具合で佇んでいた。見えるとすれば……、ベッドの上に乗っているパソコンくらいだ。
率直な感想を述べたゼクスの言葉を聞いたアルクレマは苛立ちながらもゼクスを見降ろし、手に持っていた分厚く、一日では読み終えられないほどの電子関連の書籍を何冊もドサドサと置く。
乱暴にゼクスの前に置くと、それを見降ろしていたゼクスの後頭部を見ながらアルクレマはこう言った。
「興味があるならそれでも読んでいろ」
彼はそのままベッドに腰かけてパソコンと向き合う。
今回作るウォールの作成に力を入れながら完成させようとする。
傍らで本をじっと見て呼んでいるゼクスを無視して……。
そして一時間後――アルクレマは再度頭を抱えて唸り声を上げる。どうしてもこうしても……、結局ウォールのレベルを上げることはできなかった。不可能だった。
と言うか、そんな不可能なことを押し付けられてしまったのだ。結局は外れのくじを引いてしまったと同じ、運が悪かったのだ。
「っち……」
アルクレマはそっと立ち上がって、少し頭を冷やそうと思いながら冷蔵庫に向かって足を進めた。冷蔵庫の中にあるミネラルウォーターを開けて、それを一気飲みしながら再度別途に戻ろうとした瞬間だった。
彼は目を見開いて、手に持っていたペットボトルをごとんっと落とした。と同時に、彼はベッドに駆け出して、そのまま滑り込みをするようにして近付くと、彼は声を荒げながら――
「お前……っ! 何しているんだっっ!?」
と、彼はパソコンを前にしているゼクスを見ながら怒鳴った。
それを聞いたゼクスは、きょとんっとしながら手にしていた彼のパソコンを見て、すぐにそっとパソコンを返したが、状況は変わっていることは間違いなかった。と言うか――
もう遅い。
アルクレマはそのウォールプログラムの詳細を見て、自分が書いたであろう羅列が変わっていることに気付いてから、彼はゼクスの首根っこを掴もうとした。が――彼はとあるところを見て、その手を止めてしまった。
「?」
アルクレマはとあるところを見て首を傾げる。あるところ――それはプログラムのレベルのところであるが、そのレベルのところが、変わっていたのだ。それも――下がっているのではない。上がっているのだ。
ついさっき見た限りで言うと、そこは八だった。しかし今見て、もう一度しっかりと目に焼き付けるようにして見たとき――彼は驚愕の目を浮かべながら、そこに映っている数字を凝視した。映っていた数字は――
十。
つまり――ウォールレベル十のプログラムが完成していたのだ。
――ありえない。そう思いながら、あるアルクレマはしょんぼりとしているゼクスを見ながら、彼はこう聞いた。
「……お前……、まさかこれ……、作ったのか?」
「?」
アルクレマの言葉を聞いたゼクスは、申し訳なさそうにしながらもこくりと、おずおずと言った感じで頷きながら、彼はこう言う。
「えっと、本を読んで、それで大体のところはわかったから。えっと……」
おどおどと話してはいたが、それでもアルクレマはゼクスがした行為に、光が見えた気がした。否――完全に運命の女神が自分に微笑んでいる。そう確信した。
ゼクスに与えた本は、完全に子供が読むような本ではない。大人が読むような難しい本だった。なぜこの本を与えたのか。理由が簡単な話……。
難しいと駄々をこねたところで帰らせようとしたから。それだけ。
アルクレマにとってすれば、ゼクスが家に来たのは己の行いのせいでもあるのだが、彼はそんなゼクスと極力関わりたくない。
プログラムのことを知られてしまった挙句、どことなく弱みを握られたような感覚を覚えたので、彼は早急にゼクスを追いやろうとした。
結局のところ――自分の墓穴を掘って、そして大人げない嫌がらせ。
だったのだが……、その嫌がらせが功を奏した。否――
彼の人生を大きく狂わせたのだ。悪い方向からいい方向に変えてくれたのだ。
「――っ!」
アルクレマは再度パソコンに映っている映像と名前を見る。見間違いではない。完全なるウォールレベル十のプログラムだった。自分では到底できなかった。否――誰もができないであろうそのプログラムを、たった八歳のゼクスは大人でも難しいという本を理解して、それを実行して成功させた。
並大抵の頭脳では到底できない。否――かじった程度でプログラムを作成することは不可能だ。
しかもゼクスに与えた本は大人が読むような本で、子供が読んでも絶対にちんぷんかんぷんな文面であろう……。現に、アルクレマはそうだったかもしれない。が――ゼクスはそれを理解して、そして目の前に己が作り上げたそのプログラムをアルクレマに見せていた。
アルクレマは思った……。
――これは、二重のチャンスだ。と。
アルクレマはゼクスをじっと見てから、にっこりとした笑みを浮かべながら彼はゼクスに向かってこう言った。
「お前は――すごいな」
「!」
ゼクスはそれを聞いて、はっと息を呑みながら、かたかたと体を震わせながらアルクレマを見上げる。アルクレマはそんなゼクスの頭に手を置きながら――わし、わしと乱暴に噛みを乱すように撫でてから彼はこう言った。
「俺でもできなかったことをこうもやすやすと。お前は天才だな――ゼクス」
「あの……、これ……、やっぱり元に」
「いいや――戻さなくてもいい。と言うかこのままでいいんだ」
「?」
アルクレマの言葉に、ゼクスは首を傾げながら彼のことを見上げると、アルクレマはゼクスの視線に合わせるようにそっとしゃがんで、そして彼の頭から手を離さずに、アルクレマはこう言った。
これは――提案の言葉だった。
「なぁ――もし高校卒業したら……、俺のところで働かないか?」
「!」
その言葉を聞いたゼクスは、ぱぁっと顔を若干明るくさせながらアルクレマを見上げる。その顔を見ていたアルクレマは内心――感情の起伏が穏やかだな……。と思いながらゼクスを見て、彼はゼクスの頭を撫でていた手をそっとどかして、そして彼の前に人差し指を突き付けながら彼はこう言った。
「今すぐじゃない。ハイスクールを卒業したら、俺が働いているところに就職しないかっていう提案だ。無理強いはしない。お前の未来はお前自身が決める」
「うん――俺、卒業したら働く。そこに」
「!」
ゼクスはアルクレマはの言葉を遮りながら、彼は言った。はっきりとした音色で、この先に明るい未来を想像して、己の活躍を心躍るように妄想しながら、彼はきらきらとした目で言った。
その言葉を聞いたアルクレマは、一瞬呆気にとられたが、すぐに「そうか」と言って頷きながら、彼は言った。内心に秘めた野望が再熱し始めたことを感じながら、彼は言った。
「なら――待っているぞ」
――これで、あの男を超えることができる。
――他人の力だが、それでもいい。どんな手段を使ってでも、あの男を超えたい。いや、もう超えるだけではだめなんだ……。超えるなんて生易しいものではだめだ。徹底的に、あの男を――あいつを消したい。
俺の人生を狂わせたあの男を、不幸のどん底に叩き落したい。
そう思ったアルクレマは、齢八歳のゼクスと運命的な出会いを果たし、そして彼は再度決意する。
父を超えるのではなく、父を徹底的に叩き潰してから地獄に叩き落す。そうでもしないと、己の心にたまりにたまった負の感情は――取り除けない。
そう思ったアルクレマは、それ以来ゼクスと交流を深めることが多くなっていった。そしてアルクレマが組み立て、そしてゼクスが修正し考えたそのプログラムだが、ゼクスの意向でアルクレマが作ったことにして、彼が務めている会社に大きな貢献の架け橋となった。
そのプログラムは――今となっては大きな製薬会社……RCにも起用されており、多くの会社のデータバンクを守り続けている。その功績と腕を見込んで、アルクレマと高校を卒業して、さっそく彼の右腕となってきたゼクスは、RCの社員として働き始めた。
ゼクスはあまり表に出ない裏方のような存在としてアルクレマを陰ながら支える。
その支えでアルクレマはどんどん地位を獲得していく。ゼクスに対しての報酬――あの時食べた油が多いハンバーガーを報酬に、彼らはお互い協力しながら仕事に励んでいた。
そんな時――今から何十年も前にある男が理事長の推薦でRCに来た。その男……、否その小柄で肥満気味の老人を見た誰もが、その存在に驚きを隠せなかった。
ゼクスは首を傾げながら「だれ?」と言っていたが、アルクレマはその人物を見て、今までどろどろに溜めていたその感情を、ふつふつと煮立たせてから、その男をじっと凝視した。
忘れたこともない人物にして、もう追い越すことなどできないだろうと思っていた人物は、肉親が、今目の前に現れたのだ。何食わぬ顔をして、彼らの前に姿を現した……。
アルクレマの父――ドクトレィル・ヴィシットが、彼の前に姿を現し、奇しくもこの時彼らは、十数年ぶりの再会を果たしたのだ。
ゼクスに至っては初対面である。そしてその場で働いてる十余名の職員は、小さいときは神童、そして今では不廃天才の名に泥を塗らないような貫禄と、そして独特な雰囲気を持った老人――ドクトレィルを見て、自然と委縮してしまった。
自然と、悟ったのだろう。
次元が違うと。そして――自分たちではこの人に追いつけないと。
そう悟ってしまったのだろう。だが――その雰囲気にのまれずに、アルクレマはニコニコと笑みを浮かべながら、内心どろどろとした憎しみに溺れながらも彼は、己の父であるドクトレィルを見た。
ドクトレィルは初対面でもある何人かの人達に声をかけながら握手を交わす。そしてゼクスと握手をして、その後でアルクレマを見た彼はこう答えた。
「――ほほぅ。初めましてじゃな。お若いの。儂はドクトレィル・ヴィシットじゃ」
彼はその言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが吹っ切れてしまい、そして彼は理性と自我とのはざまで、理性を決壊させてしまった。
ダム決壊。決壊した後、彼は自我の思うが儘に思った。
――ざけんてんじゃねえよ。こんのくそ親父。お前のせいで、俺がどれだけ苦労したか、俺がどれだけ苦しんだか、俺がどれだけ努力して、挫折して、そしてここまで来たと思うんだ?
――お前が味わったことがない経験を、俺がどれだけ経験してきたと思うんだ?
思考回路がどんどんショートして壊れていく中、彼は残り少ない理性の中、目の前にいる父親に向かって、彼はありのままのことを口にした。自分の息子の名を彼は口にした。
「初めまして――アルクレマ・ヴィシットです」
と言った瞬間、あたりが騒めきだした。ゼクスもそれを聞いて、珍しい表情で彼は驚きを表現していた。そんな反応を聞いて、見ていたアルクレマは……。
――まぁ、話していなかったからこれが普通の反応だ。と思いながら、彼は父親の反応を見ようとそっと目を泳がせた瞬間……。
びしり。
と、彼の中で何かがひび割れた。そして……。
「ふぅむ? 儂と同じファミリーネームか。数奇なものじゃな――同じファミリーネーム同士、仲よくしよう」
バリンッ!
…………アルクレマの中で、何かが壊れた。
誰もがそれを聞いて、なんだという顔をしながらアルクレマを見ていた。その眼に映るのは――ありえない。嘘だろう。そして……一部の蔑んだ目。いじめていたあのスクールメイトの目と、同じ目をしていた。
結局――父親は覚えていないのだ。噂で聞いたが、本人は気付いていないが、彼の血を引き継いだ息子や娘がいるらしいが、きっとその息子や娘のことなど覚えていないだろう。
会っていても会わなくても、彼には関係ない。
覚えること自体が不必要だから。
それを知ったアルクレマはそれ以来から何かに取り憑かれたかのように研究に没頭した。仕事に没頭した。
心配するゼクスを無視し、彼は没頭して、己の中にあった曖昧で形を作り上げていた負の感情が暴走した。結果として、彼は決意したのだ。
父を超えて、そして絶望に叩き落してから消そう。
ティックディックのような憎しみとは比べ物にならないような憎悪を増幅させながら、彼は確固たる意志を胸に刻んで誓う。
――必ず超えてやる。そして……、俺の手であいつの時間を止めてやる。あいつを、天才から人間に引きずり降ろしてやる。あいつの命と、引き換えに……っ!
――俺があいつに、引導を渡してやる。
それから彼は――復讐の鬼と化していた。
不廃天才と謳われた父と同格の頭脳を持ったゼクスを無視して、彼は父親への復讐を完遂しようと、一人で企てた。理事長から課せられた監視者と言う仕事をしながらも、MCOがサービス開始してからも、頭の中は真っ黒な憎しみで満たされながら、彼は復讐のために人生を過ごした。
なお……。復讐心のみで培ってきた技術と知識は、運命なのか、はたまたは偶然なのか……。彼の技術がRCの上層部にも高く評価され、彼は憎き父親と共にMCOの基盤を作り上げるきっかけを作り、そしてそのゲームを作った最も優秀な科学者として、二人はRCにとってかけて吐けない存在となっていった。
アルクレマ自身……、父親と一緒にされるのは不服で仕方がなかった、吐き気を催すくらい気持ち悪かった。
天才的頭脳を持っていたゼクスは、そんなアルクレマの助手として彼の手助けに貢献していた。
そんな時だった。突然のアップロードに理事長との音信不通。完全なる監視者としての仕事ができない状況に陥った。
が、アルクレマはそれを好機と見た。それは偶然にも、彼が目を覚ました場所が『デノス』で、その場所には現実の世界で使ってるものと酷似しているものを見て、彼は思いついた。
――この世界はゲームの世界。いうなれば俺はプレイヤーだ。そしてある程度の知識を持っている。
――知識を持っていない人間はただこの世界を歩いて、奮起して、地道にクリアをしようとするだろう。
――だが、俺は知識と、ある情報を手に入れた人物。ゆえに俺にはできる。
――この世界の死を、現実の死に直結することができる技術を、俺は持っている。
――それが、どんな間違った道でも、俺はそれでいい。俺は完遂すれば、もういいんだ。
――あいつを……、親父を葬ればそれでいいんだ。
――俺はそれでいい。俺はそれさえできれば、すべてが報われると信じている。これは……、俺だけの戦い。俺は、この戦いを制する!
――ある情報に記された少女……、橋本華を使って、この世界を覗いている理事長のコピーと対談。そして交渉をし続けて俺だけ現実世界に戻ってから、あいつを……、討つ。
これで――俺の復讐は完遂される。その時が来るまで俺は準備を進める。
この世界で手に入れた力と駒となる者達、そしてゼクスの頭脳を使って、俺は……、あいつをこの手で倒す!
そう彼は誓った。
◆ ◆
これが――長い長いアルクレマことアクロマの回想。なんともなんとも不幸の道に行ってしまうような人生。そして最後の最後まで、彼は憎しみ続けた。
憎しみ続けて、彼は己をつけ狙う行き場を失ってしまったダディエルと同じ暗殺者の女性――カゲロウを言葉巧みに引き入れて、他の人物達も言葉巧みに引き入れた。
引き入れた仲間は所詮、駒。捨て駒として彼は使った。使いながら彼はただ一点のゴールに向かって、歪みながら進む。
己の人生を滅茶苦茶にした父親をこの手で葬るため、彼は進む。彼のことを少しばかり心配していたゼクスの言葉を無視して、彼は進む。
全ては――己のために。
これで、悲しいアルクレマの……、御年三十五歳となるアクロマの回想は幕を閉じる。
そして……、時を現在に戻して……。
◆ ◆
とさりと、冷たい床に叩きつけられてしまった獣――ナヴィを見降ろし、彼は鼻の先から垂れる血を拭いながら、荒い息使いで彼は大きな大きな舌打ちを零した。
「っちぃ! くそがぁっっ!」
「おいアクロマ」
「黙っていろZッッ! 今俺は取り込み中だ……っ!」
「っ」
Zの言葉を無視し、彼はぐしゃりと髪の毛をかき乱して、血走った目で彼はぶつぶつと呟きながらこう言う。叩きつけたナヴィを見降ろしながら、彼はこう言った。
「くぉ……っ! くそ……っ! なんでこんなことになっているんだ……? こうなるなんて想定していなかった……! なんだあの生物は、ボルドが飼っているあの白い小人くらいだと思っていたのに……っ! なんでこうも計画がどんどん崩れているんだ……っ! 俺が立てた計画は完璧のはずだ……っ! くそ……、くそぉ!」
「――、――」
アクロマは何画を言ったと同時に、叩きつけられたナヴィは、ふるりと体を震わせながら何か言葉を発した。どんな言葉なのかはわからない。しかしアクロマはそんな小さな声でも、鬱陶しく感じてしまう。
その声を聞いたアクロマは、ぎりっと歯を食いしばりながら血走った目と鬼のような形相で、ずかずかとナヴィに近付きながら、怒鳴るようにこう言った。
「くそ! くそぉあ! こうなったのもこうも計画が崩れたのも……、全部全部お前たちの所為だっ! あの小娘がおとなしく俺の言う通りに動いていればこうならなかった! なんで俺の思い通りにならないんだよぉ……っ! 俺はただ……、あいつをこの手でぶっ倒したいだけなのにぃ……っ!」
「…………………………」
「ア、アクロマサマ……」
Zとカゲロウは、今まで見たことがないようなアクロマの狂気と、かすかに零れ見えたアクロマの心の叫びを見た。いつも冷静に対処していた彼はどこにもいない。今の二人に映っているそのアクロマは、狂気に溺れて行き先を見失ってしまった憐れな人間だ。
そんな彼を見ていたZは、そっと口を開けようとした瞬間――何とかしてアクロマに声をかけようとした瞬間だった。
がしぃっ! と、彼の下顎を掴んで、その顎を上に向けて押し上げてからがちんっと歯と歯がかち合うような音と共にZの口を故意に閉じたティズ。ティズは震える目と手で、彼は己のことを睨みつけながら、己の心を奮い立たせながらこう言った。
がっしりと、彼の顎を掴みながら、彼は言った。
「い………………っ! 言わせない……、行かせない……っ!」
「――っ!」
ぎりぎりと、己の顎をつまむように掴むティズ。劣勢だったティズの抵抗。それを垣間見たZは、いら立ちをあらわにしながらティズの頭を掴みながら、彼もティズを引きはがそうと抵抗する。その抵抗に更なる抵抗を加えるティズ。
はたから見れば、兄弟喧嘩のように、彼等は取っ組み合いでもするかのように、互いを拘束して引きはがそうとする。
その光景を見ていたカゲロウは、内心舌打ちをしながらアクロマの加勢をしようとした。蔦を使って、何とか彼の邪魔ものを排除しようとした。
刹那。
「っ!」
彼女は……、びくりと体を強張らせて、そして目の前に見えるその光景を見た瞬間、彼女は体の本能に従って……、蔦を引っ込めてしまった。
そんな彼女の異変を横目で見ていたアクロマは、内心どうしたのだろうと思っていたが、今はまず目の前に倒れているナヴィを踏み潰すことに専念する。ずんずんっと歩みながら彼は近づいてから、彼は目の前を見て疑った。
目を疑った。
ほんの数秒の視線の逸らしの間に、ナヴィのところには一人の少女は駆け寄って、その倒れてしまったナヴィを両手で包んでから、優しく抱き寄せて――
「…………『中治癒』と、言葉を発する。
言葉を発したと同時に、ナヴィの体を包み込む緑色の淡い光。それを受けて少ししてから、ナヴィの体に残っていた傷がきれいさっぱり消えて、ナヴィは「きゅ?」と鳴きながら己を抱いている少女を見上げる。
そしてそのまま申し訳なさそうにして「きゅぅ~……」と鳴くと、少女はそんなナヴィの頭をゆるっと撫でながら、彼女は言った。
背後で立ち尽くしているアクロマに向かって、ハンナはこう言った。
「…………さっき、あなたは私にこう提案しましたよね?」
「っ! ……………………あ、ああ……」
その音色は、ハンナらしくないような黒い音色。ほんの少し黒い音色は彼女の音色を残しつつ、彼女ではない何かを湯気のように漏れさせながら彼女は続けてこう言った。
アクロマを見ないで、アクロマに向かって、彼女はこう言った。
「あなたはこう言いましたね? 『俺と来い』と……、残念ですけど、私はあなたと一緒に行きません。あなたのその意思に乗る気などもうありません。私はあなたのその考えを否定します」
「っ!?」
すらすらとハンナは言う。今まで聞いたことがないような、己の内なる感情を零しながら、彼女は言う。それを聞いていたアクロマはびくりと、思わず体と顔、そして心を強張らせながらハンナの背中を見た。
ハンナは続けてこう言う。今までの優しい音色が嘘のような、真剣で、それでいて別の感情を乗せながら彼女は言う。
「理由は簡単です。あなたのそのもしゃもしゃ……、あなたのその外道の心。あなたのその――人とは思えないような心が、いやなんです。見ていて、聞いていて、そして今までの行動を見ていて……、私は思ったんです。たとえ自分がどうなってもいいという感情が、あなたに対してだけ嫌だと直感したんです」
アクロマはそんな彼女の言葉一言一言に、不思議と畏怖を感じた。心地よさではない。ただの恐怖。ただ彼女から零れ出るその感情に、彼は驚きを隠せずにいた。
彼女が初めて出す感情に、彼は戸惑いを隠せずにいたのだ。
ハンナは言った。振り向きながら、そしてナヴィを抱きしめながら、彼女は真剣で、そして本人でも初めて表すような感情をアクロマに見せつけながら、彼女は言った。
「あなたがみんなにしたこと、そしてヘルナイトさんにしたこと、ナヴィちゃんにしたこと……。すべてが嫌だと思ったんです。そしてこう思いました。あなたなんかと一緒に行くくらいなら、ここで足掻いた方がよっぽどましだと。だから――あなたのその提案を、私は拒否します……っ!」
「っ!」
びくりとアクロマは身構える。顔を困惑と恐怖が混ざってしまったかのような顔でハンナを見ながら彼は思った。
――こいつは、誰だ?
――ここにいる餓鬼は、あの時おっかなびっくりな表情を浮かべながら震えていた、あの女か……?
――一体、何がどうなっているんだ……っ!?
そんな彼の困惑をよそにハンナは言う。否、荒げる。否々――彼女は、怒りに身を任せる。
ガザドラに言われた通り、彼女は眉を吊り上げ――鬼のような眼と口元、その表情で……、彼女は。
怒る!
「あなたのような人について行くくらいなら――みんなと一緒にいる方がいいっ! あなたのように、人を人として見ない人と一緒に行くなんて、一生お断りですっ!」
「っ!」
アクロマはそんな彼女の怒りを垣間見て、思わず尻餅をついてしまった。
自分の方が力があるにも関わらず、彼は非力な少女に委縮してしまった。恐怖を中てられて彼は直感した。
怖いと――そう直感して、彼は尻餅をついてしまった。
ハンナのその怒りを見て驚くボルド達と委縮してしまうZとカゲロウ。ヘルナイトもその一人だが、彼だけはその彼女を見て、甲冑越しに口元を緩く吊り上げながら床につけていた手に力を入れようとした。その時だった。
「よく言った。あとはあたしに任せな」
――どこからか、聞き覚えのある声が室内に響き渡った。
2023.1.2――挿絵を入れました。




