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PLAY58 BC・BATTLEⅥ(Pitfalls of heresy)①

 アクロマは、己の鼻を噛み切ろうとした白くてふわふわした生命体に苛立ちを覚えた……。


 ハンナ達はナヴィと呼称していたが、アクロマにとってすればハンナ以上に非力で何の役に立たない存在と同じ。ゆえに名前など関係ない。


 アクロマは己の鼻を噛み切ろうとしたその生命体を獣と称した。


 その獣はアクロマの鼻先に噛みつき、まるですっぽんのように離さんばかりに噛む力を込めながらアクロマを攻撃する。


 その鼻の先に来る激痛に耐えながら、アクロマはその小さな存在に対してどんどん苛立ちを募らせていった。


 理由は明白だ。その小さな存在と、この状況を作り上げたであろうと仮定する存在に対して、アクロマはなぜこうもうまくいかないのか、なぜ自分の思う通りに行かないのか。


 焦りと怒り、そして加速する怒りを顔中に溜めていき、彼は感情の赴くがまま――その小さな存在を『ぎゅっ!』と野球ボールのように握りしめて、彼はその生物の声が聞こえなくしようと思いながら、彼は感情にすべてを委ねて……、その生物を意図的に黙らせた。


 その瞬間だった。


 彼は思い返す。フラッシュバックでもないのに、走馬灯でもないのに……、彼は思い出していく。


 己の過去を思い出しながら彼は思い返す。


 間違っていない。俺は正常だ。俺は俺なんだ。俺は――あいつの不良品ではない。


 俺は――()()の不良品ではない。と………。



 ◆     ◆



 ここで、アクロマのことを……、いいや、ここでは現実名:アルクレマ・ヴィシットのことについて語ろう。


 いうなれば彼の回想ではあるが、アルクレマにとってすれば回想などいらない要素に等しい。そんな過去など己のルーツを汚さを思い知るのと同じくらい、不必要に不純物であったからだ。


 だが、誰だって知りたいという欲求はあるだろう。


 アルクレマがたびたび言っていた()()()。その()()()とは誰なのか。そこが重要になるだろう。


 なぜなら――彼の人生を大きく狂わせたのは()()()であり、その()()()の存在があったからこそ、彼はこんなにも歪んでしまったのだから。


 それでは語ろう。アルクレマの回想を――


 アルクレマはどこにでもいる普通の存在だった。


 民衆の一部に過ぎない存在で、彼は何も与えられなかった。


 与えられなかった。


 まるで秋政と同じようなそれであるが、彼の場合は違う。


 彼は与えられるべきだったにも関わらず、彼に何も与えなかったのだ。


 持つべきものを、持つことを許されなかった。そう言ったほうがいいだろう。


 そうアルクレマは思った。なぜそう思ったのか……。理由は至極簡単。



 彼の親が天才過ぎたのだ。



 アキの親と同等の理由ではあるが……、決定的に違うところがあるとすれば……、彼の親――父親は幼少の時から『神童』。大人になってからは『不廃天才』と呼ばれる存在だった。


 曰く――生まれて一年足らずで言葉を覚えたとか。


 曰く――四歳にして足し算引き算、その一年後には掛け算を習得したとか。


 曰く――十二歳の時に飛び級でどこかの学校に入学したとか……。


 その情報もまばらで嘘も散らばっている、尾ひれはひれがついた拡散の情報であるかもしれない。


 が――アルクレマはその父親を間近で見ているが故、彼が不廃天才であり、今でもその天才の頭脳が廃れていないことは見てわかっていた。


 ゆえにアルクレマは、そんな父親のことを尊敬する反面、その父親に対して異常ともいえるような嫉妬と嫌悪感、最後に憎しみを抱いていた。


 秋政とは違った……、深い深い憎しみを。


 秋政の場合は、天才×天才で天才が生まれると推測したが、それでも秋政は天才として生まれなかった。ゆえに彼は親戚や親から見放された存在となってしまったが、アルクレマは違った。


 彼の父親はそんな子孫繁栄云々などどうでもいいような人物で、人間の行動すべてを研究の対象として見るような存在だったのだ。


 ゆえに彼にとってアルクレマなどおまけ。母親も空気のような存在で、父親は彼や母親を見ることなど一切なかった。


 それと同等――アルクレマは空気に等しいような存在だった。


 そんな父親に対して、アルクレマは生きてきた中で生きた心地も、刺激も、すべてが妬み嫉みに変換されていった。なぜないのだろうと毎日悩んでいた。


 彼が通っていたスクールではいじめなど日常茶飯事だった。


 理由はアルクレマがその父親の息子で、『神童』、そして『不廃天才』と謳われた子供なのに普通の頭脳であることも相まって、彼は毎日いじめの被害にあっていた。


 助けを乞うにも、教師にいじめのことを伝えたが……、誰も信じてくれない。その時の教師はアルクレマの父に対して私情の嫉妬を抱いていたが故、そしてその学校は名門高校であるが故、公にしてしまえば学校のブランドが傷つく。そう結論付けて、彼のいじめを伏せていた。


 最も……、ブランドも然りではあるが、その私情が勝っていたことに関してはアルクレマも知らないことである。


 最後の頼みの綱でもある母に言っても……、助けてくれなかった。


 何度も何度も言ったにも関わらず、アルクレマの言葉に耳を傾けることなど絶対にしなかった。その時の彼は何とかして耳を傾けてもらおうと奮起した。が――


 母はそんなアルクレマに対して……、こう声を荒げたのだ。


 あまりにしつこかったからなのか。それとも心身ともに限界が来ていたのか、やせ細り、そして骨と皮だけになってしまった彼女は――愛するべき息子に向かってこう怒鳴りつけたのだ。



『なぜお前はそんなに私に事を壊しにかかってくるの? お前はなんで私を壊そうと近づいてくるの? なんであなたはそんな普通の人間として生まれたの? あの人のように、少しでも不廃天才の頭脳を持ち合わせていれば……、こうなることはなかった。あなたは不良品よ。あの人よりも下。いいえ……、あんたはこの世に間れてくるべきではなかった』



 この言葉を聞いたアルクレマは、張り詰めていた心をボロボロにして、崩れ落としてしまった。


 簡単に言うと……、ズタボロにされた。


 彼の母も母で、その不廃天才と恐れられるような父親の存在に振り回されて生きてきた内の一人で、彼女自身もアルクレマの想像を超えるような仕打ちを受けてきた。子供だからできないことでも、大人なら何でもできる。


 ゆえに――彼の母は心身共に疲れ果てていた。アルクレマと同じように、助けを求めていた。


 正直他人に気にかけるような余裕など――彼女には一切なかったことだけは言っておこう。そしてその事態を知らない子供のアルクレマにとってすれば……、この事実を知るのはおよそ十年後になることは補足として言っておこう。


 簡潔に言うと、アルクレマの母もアルクレマと同じように心がズタボロになっていた。ゆえにアルクレマに構うことなどできなかった。そして彼女は、思わず思いのたけをぶちまけてしまったのだ。


 それを聞いたアルクレマは、絶句した表情で母を見上げていた。信じていた母に、裏切られたような感覚を味わったアルクレマ。


 いじめにあっていた精神状態と相まって、彼は限界突破してしまったのだ。突破してすぐ、彼は再度精神を壊すようなことを知ってしまう。母は――己を生んでくれた生みの親は……、言ってくれなかった。一言も、言ってくれなかった。




 自分の名を――アルクレマと、言ってくれなかった。




 自分のことを生んでくれたのに、母は自分のことを名で呼んでくれなかった。


 自分に対して言った言葉は……、お前、あなた、あんただけだった。名前で、彼を呼んでくれなかった。


 小さい時のアルクレマはこう思った。


 ――もうお母さんは僕のことを見ていない。僕のことを名前で呼んでくれなかった。


 ――僕はお母さんの子なのに……、なんでお母さんは僕のことを見てくれないの? なんで僕たちのことを見てくれないお父さんのことを話すの? なんで僕を見てくれないの?


 ――お母さんは、僕よりもお父さんの方がいいの? 僕は……いらないの? 結局お母さんも、天才のお父さんのほうがいいんだ。


 ――僕よりも、天才のお父さんがいればいいんだ。なら……、お父さんが天才でなければいいんだよね? 僕が、それになればいいんだ。



 ボ ク ガ オ ト ウ サ ン ヲ コ エ レ バ、ミ ン ナ ボ ク ヲ ミ ル。



 オ  レ  ヲ  ――  ミ  テ  ク  レ  ル。



 それを知った瞬間……、アルクレマは精神的にも壊れてしまった。と同時に、彼は歪んでしまった。その歪みに、身を任せてしまった。歪みをやる気に変えて、彼は生きてきた。


 そのあと彼は――自分をここまで苦しめた父親を超えるために、彼は努力を重ねた。常人以上に、彼は努力を重ねて不廃天才とも云える父親を超えようと奮起した。


 常に奮起した。


 己の存在を誇示するために、彼は努力を重ねてきた。どんなにいじめられても、彼は超えるために努力を重ねてきた。


 母はすでに精神的にも異常をきたしていたので、彼女は非道な言葉を浴びせてしまったアルクレマから逃げるように雲隠れをした。父親はそんな母親の存在を気にも留めず、どこからか来たオファーを面倒くさそうに受けては必ず功績を残して何食わぬ顔で帰ってくる。


 そんな何食わぬ顔が、そんな自分の存在でさえも見ていないかのような顔で彼は戻ってくる。自分や母を苦しめているにも関わらず、彼はそんな後悔などしていないような顔で現れる。


 何度も何度も何度も、彼の心をかき乱す。


 ゆえに彼は次第に、父親の存在が鬱陶しく思えてきた。すぐにこの世から消したいくらい、彼は父親のことを憎んでいた。が――できなかった。


 秋政のように、意図的に誰かが事を起こしてくれればよかったが、あいにくそのようなことは起きなかった。起きることなどなかった。ゆえに彼は日々耐えることを選択した。


 要は――彼の心はまだ弱かった。反論することも、異論を唱えることも、できなかった。それだけなのだ。


 彼が決心し、そして死に物狂いの努力をしてきたアルクレマだったが、彼が十八歳の時――悟った。




 無理だと。




 諦めるのはまだ早い。


 そう誰もが言いたいだろうが、事実彼の判断は正しかった。


 否――現実がそう囁きかけてきたのだ。


 いくら努力しても、十八歳で己の独学であるプログラムをいくつも作成し、それが世の中に貢献できるようなものを作ることは、アルクレマにとってすれば不可能に等しかった。


 できればと思いながら、父が通っていた超有名大学を受けたが、虚しく落ちる。いろんな大学を受けたが、結局アルクレマは普通の大学どまりで、何の努力もせずにその大学に受かった父は異常だったのだ。


 正常と異常。そして常人と天才。アルクレマは正常な常人ではあるが、父親は異常な天才――不廃天才。


 結局何が言いたいのか? 決まっている。



 父を超えることなど、夢のまた夢なのだ。



 アルクレマはそれを思い知って、超えることを諦めた。諦めて普通に、ひっそりと暮らそう。そう思えるくらい、彼は戦うことを諦めてしまった。


 大学に入ってから彼は、その時の時代ではあまり人気がなかったプログラミングの研究をしながら日々の生活をひっそりと満喫していた。普通の人間らしい生活をしてきた。


 が――アルクレマの回想はまだ終わらない。まだ彼の核心に迫る機転をまだ語っていないからだ。


 なぜ諦めたにも関わらず、彼は今現在()()()を超えることに執着しているのか。否――こう言いかえたほうがいいだろう。


 なぜ彼はその超える心を再熱させたのか。


 それは彼が二十一歳の時、彼は運命的な出会いを果たしたことで、彼の願望に再度火が灯ったのだ。


 彼を変えたのは本当に些細なこと。些細と言えるのか些か疑念であるかのような、本当に小さな出来事が、彼の運命を変えてくれたのだ。


 彼はその時――何の刺激もない人生を送りながらとある公園のベンチに座って軽食を取ろうとしていた。安っぽいハンバーガーだった。よく覚えている味で、なんとも質素で油っ気が異常に多いハンバーガーだったとは覚えているアルクレマ。


 が、それを食す気力など彼にはなかった。


 胃は摂取の警報を鳴らしているにも関わらず、彼は食べることを怠慢していた。


 ぐしゃりを髪を絡めるような頭の抱えながら、彼は小さな声で呟く……。


「…………どうすれば、これは完成するんだ……………?」


 彼は頭を抱えた。とてもとても頭を抱えた。


 抱える原因となっているものは――とあるプログラムの作成である。


 何のプログラムなのかは明かせない。が、そのプログラムはデータを守るための壁……。


 ウォールの作成である。


 前に語ったことがあるかもしれないが、ウォールはそのデータを守るために建てられた壁。ちょっとやそっとではデータを奪うことができないように作られたセキュリティの壁である。


 その壁の作成を、アルクレマの上司はアルクレマに頼んだのだ。


 その時代の最高レベルの七よりも固い――レベル十の壁を作ってほしいと、頼まれてしまったのだ。


 何の成果を上げていない……、下っ端同然の彼に……。


「っち……、はぐ……。うげっ」


 アルクレマはそばに置いてあった油がこびりついているようなそのハンバーガーを手に取り、無理矢理それを口に放り込む。そしてすぐに油の多さに吐きそうになったが、それを何とか無理矢理喉に通して胃袋の警報を止める。


 そして再度頭を抱えてどうするかと模索する。


「…………あと少しなのに……、あと少しでレベルが十になるのに……っ! 今のままだとまだ八……っ! このままだと期限が過ぎる……っ! どうする……っ! どうすれば……っ!」


 うんうん唸りながら悶々とあれでもない、これでもないとぶつぶつ言いながら、彼はどうしようかと思いながら何気なく、本当に何気なく公園の一風景を目見した瞬間、彼は首を傾げた。


 彼の視線の先にいた肩まである黒髪の少年は、地面をじっと見つめながら子供とは思えないような深い深い溜息を吐き、地面をじっと見つめながら黄昏ている。


 そんな光景を見ながら彼はなんとなく、本当になんとなくその地面をじっと見つめている少年に向かって歩みを進めながら近付いた。


 ところどころに見える土埃、汚れた服に隠しきれない打撲の跡。


 はたから見れば虐待と思われるようなこのではあるが、アルクレマだけは違った。アルクレマはその少年の傷を――いじめの傷と見たのだ。なぜいじめと思ったのか……、それはアルクレマ自身も分からない。が、彼の直感があれをいじめの傷と囁いたのかもしれない。ゆえにアルクレマは近付いた。


 ()()()()を味わっている少年に、名も何も知らない少年に、彼は歩み寄りながら近づいていく。


「おい――そこの少年」

「?」


 アルクレマは言う。


 黒髪の、ボロボロとなってしまった少年に向かって、彼は聞いた。はたから見ればアルクレマのこの行為は変な人の行為に相当する。が――少年はそんなアルクレマを見上げながら、怯えもせず、ただ淡々とした――否……、すでに死にかけてしまっているような目でアルクレマを見上げてから、少年は聞いた。


「おじさん……、誰?」と――


 それを聞いたアルクレマは、腕を組みながら肩を竦めて、彼はとある方向を指さしながらこう言った。


「お、俺か? 俺はあの辺に住んでいるしがない男さ。名前までは明かさないが、それなりに頭はいいぞ?」

「…………………、ふぅん」


 少年はアルクレマが指をさした方向を見ながら、彼は興味のないような音色で鼻で返事をしながら――少年はアルクレマを再度見上げてからこう言う。


「…………おじさん……、かなり老けているけど、何か嫌なことでもあったの?」


 アルクレマはその言葉を聞いて思った。と言うかすぐにこう心の中で突っ込んだ。


 ――ほっとけ餓鬼が。


 そう思ったアルクレマだったが、彼はもう大人。大学を卒業して、プログラミングの仕事をしながら生計を立てている。ゆえにただの子供に対して本気で怒鳴ることは大人げないことに等しかった。なので彼はそうしなかった。


 ただ無言になりながら、引き攣った笑みでその少年を見ることしかできなかった。


 アルクレマは少年を見降ろしながら聞いた。


「と、ところで……、お前は何でこんなところにいるんだ? この近くにスクールなんてないだろう?」

「うん」


 少年はこくりと頷きながら、アルクレマの言葉の返答を口にした。


「あそこにいたら苛められるし、行く時は地獄だけど、帰りはなんとなくすっきりする。そして最近見つけたこの場所は特にお気に入り。だって誰も来ないもん」

「………お前」


 と、アルクレマは聞いた。少年に向かってこう聞いた。何気なく、彼は聞いたのだ。


「……苛められているのか?」

「………まぁね」


 そのあと少年はそっぽを向きながら続けて「まだ誰にも話していない」と付け加えるように言った。


 それを聞いたアルクレマは、ふと思った。


 ――あぁ、やっぱりな。と。


 見た限りの姿を見て、そして似ていたのだ。


 自分とその少年の小さな小さな背中が、同じだった。既視感と思ってもいいのかもしれない。否――共鳴なのかもしれない。


 その真実は未だに解明はできていない。


 が、アルクレマは自分から目を逸らした少年を少し見てから、そのまま小さな声で「そうかい」と言って、その場を後にしようとした瞬間だった。


 ぶわりと、今まで無風の世界に風が舞い込んできて、ベンチに置いてあったハンバーガーの包み紙と、自分が設計したウォールプログラムが記述されている用紙が、空を舞うように、くるくると回りながら舞い上がったのだ。


「げ!」


 アルクレマはぎょっと顔を顰めながら、ひらり、ひらりと舞い落ちていくその設計図を何とか取り戻そうと、飛び跳ねながら手を伸ばして追う。


 くそ、や……、こんのと吠えながら、彼は何とかその用紙を取り戻そうとした。が、まるで風が意志を持っているかのように、取り損ねてしまった一枚が少年の手元にするりと滑り込んでいき、少年はそれを見て目を点にしながらその紙を見ていた。


「うげぇっ!」


 アルクレマは驚いた声を上げて何とかして取り戻そうと手を伸ばそうとした時、少年はその紙を見て、すぐにパッとアルクレマの顔を見ながら、彼は聞いた。


 きらきらと、少年特有の好奇心の塊の目で彼は音色だけは覇気がないそれで、アルクレマにこう聞いた。


「………これ、なに? すごい……。プログラム?」

「はぁ」


 アルクレマは、知られてしまったことで重かった頭がさらに重くなってしまったかのような感覚を覚えながら、頭を抱えて溜息を吐く。そして諦めてしまったかのような顔をして、興味を抱いて自分のことを見上げている少年を見降ろしながら、彼はすっと――自分が座っていたベンチを指さして……、彼はこう言った。


「………少し交渉しよう」


 そして……、二人は今現在、隣同士に座りながら油がすごいハンバーガーを食していた。


 アルクレマははぐはぐと咀嚼しているのかしていないのかわからないような口の動かし方をしながらそれを食べているが、少年はもぐもぐとよく噛んで飲み込みながら、おいしそうにそのハンバーガーを食していた。頬にべたべたと油をつけながら、彼は無我夢中に食べていた。


 ――きたねえ。と、アルクレマは思いながら、彼は懐に取り戻していた包み紙を取り出して、それを少年のこびりついてしまった頬を乱暴に拭いながら、彼は言った。


 これは――忠告だ。


「いいか? ここで見たその紙のことは忘れろ。俺達は出会わなかった。いいな? 忘れろ」

「もぐ。はぐ……。でも……、んぐんぐ。ハンバーガー」

「それも忘れろ」

「こんなにおいしいのに……」

「忘れろ。色々知られると困るんだよ。こっちは」


 アルクレマと少年は話す。ここで出会ったことをなかったことにする話を、彼らはした。が、少年は今しがた食べたハンバーガーのことが気になっていたらしく、少年はむすっとしながらアルクレマを見上げたが、アルクレマは首を横に振りながら駄目と促して――


「ほれ――はやく」


 帰れ。と言った瞬間――少年はアルクレマの顔を見上げながら、彼は言った。



「俺は嫌だ。もっともっと、このことについてもっと知りたい」



 少年は子供特有の目で言った。興味を引いたものを見た瞬間に引き込まれてしまったかのような、キラキラした目で言った。その眼を見たアルクレマは深く、長い長い溜息を吐きながら頭を抱えて俯く。そして思った。


 ――まぁ、興味が逸れればいいだろう……。時間がきっと戻してくれる。期限もまだある。てかなんで俺はこんなガキを見て、なんとなく声をかけたんだろうなぁ……。


 と思いながら己がした行為に驚きと呆れ、不思議な感覚を覚えながらアルクレマは顔をそっと上げて、少年を見降ろしながら聞いた。


「――お前、名は?」

「………ゼクス」



 ◆     ◆



 運命は時に残酷で、時に優しく、時折気まぐれ。


 その言葉が正しいかはわからない。しかしはっきりとしたことがある。


 これは父親に対して復讐を誓った一息子――アルクレマと後に彼の腕となってくれる少年ゼクスの出会いの一幕にして彼らが狂いに狂いだしてしまった。


 他人を巻き込んでまで成し遂げようとした復讐の始まりの風景。


 この時の彼らは知らない。そして彼らは辿っていく……。


 あいつ――アルクレマの父にして神童と謳われた生きた天才……、ドクトレィル・ヴィシットを超えるための物語を彼らは辿っていく。


 アルクレマの回想――一時閉幕。次回に続く。

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