PLAY05 殺人鬼と天賦の回想④
回想――エンドー編。
ハンドルネームエンドーの素性を知る者はあまりいない。いたとしても長い付き合いでは終わらず、浅い付き合いで終わることが多い。
それゆえにエンドーのことを知るプレイヤーはあまりいない。それと同時に、エンドー自身もあまり自分のことを明かさない人物だった。
口を開いてしまえば自分の有意義な人生が崩れてしまうから。
それを恐れてエンドーは話そうとしなかった。
これはエンドーと言う存在を知るために物語でもあり、彼が彼になってしまった原因の物語である。
ハンドルネーム:エンドーの……遠藤義経の物語である。
◆ ◆
遠藤義経は、代々から名門であった音楽界のエリート一家の長男であった。
人は言う。
遠藤家に生まれた子供は音楽界で絶対に成功すると。
そんなものはジンクスだという人もいたが、殆どの遠藤家の一族は音楽界で大きな成功を収めているのも事実で、それは運命に決められたことでもある。それすなわち――遠藤家の運命でもあるのだ。と……。
だからだろうか――義経も音楽界で才能を開花させると、誰もが信じていた。
しかし、彼は凡人だった。遠藤家の中でも、彼は特に凡人だった。
一言で言うと――遠藤家になければいけない才能……、音楽の才能がひとかけらもなかったのだ。
彼の他にも二人弟がいたが、弟は音楽の才能があった。しかし義経だけは音楽の才能がなかった。なぜないのか? それはわからない。どころかそんなこと神様出なければ、否、神でもわからないだろう。どんな人間が生まれてくるなど想像などできない。
ただわかることがあった。義経自身、彼は音楽が好きではない。
彼は――音が好きなのだ。
空き缶蹴る時に出る音。
車のクラクション。
車のドアを閉める音。エンジン音。
電気のスイッチを付ける時と、消す時の音。
そういった音が出る全般のそれは、好きだった。
ガチャガチャしたクラシックやオーケストラのような音は毛嫌いをし、擬音語になる音がすべて好きだった。
その好きという感情は、音楽界の名門エリート一家の軋轢や差別もあってなのか、それは――よからぬ方向にずれ始めた。
ある日、義経は使用人が料理の材料となる大きな牛肉を厨房で斬った時――
肉を切る音が、彼の中で大洪水のような感動が押し寄せてきたのだ。
その音は――
ぐちち、ぎゅちゅ。というあまりにも生々しい音。
それが、義経の心に響いて、反響して、その肉を切る音がオーケストラクラスの感動を与えていたのだ。
だが、そうそう肉料理が出ることなどない。彼の一家の主食は、主に野菜。
ベジタリアンなのだ。
義経はその肉を切る音が忘れられなくなった。
だんだん欲求不満になって、彼はある日。魔をさすことになった。
魔がさす。それが正しいような出来事。
彼にとってすれば、小さいことだろう。
しかし、義経はそれを実行に移したのだ。親の目を盗んで、義経は――
小さい子猫を――料理した。
彼は夜中それを行いながら、音を堪能し、ストレスを緩和する。そんな毎日が始まったのだ。
しかしそれも底を尽きてくる。
たとえ動物を料理しても、音が似すぎていることもあって、聞き飽きるものがある。
義経はまたストレスに冒される。そんな中――一人の使用人が義経に近づいてきた。義経はそれを聞いて、覚えていないが頭に血が上るような言葉をかけられた。
だから、義経は――使用人の首元に、いつも料理に使っていたカッターナイフを……。
…………それ以上の記憶が欠損しているのか、それとも興奮しすぎて覚えていないのかわからない。
しかし義経は体感した。堪能した。
間近で感じられた――肉の音を。
耳に残る残音を感じた。義経はそれを感じつつも成人になり、弟達が音楽界で偉業を成し遂げている間、義経は快感をまた感じたいという衝動に踊らされていった。
その快感の思うが儘、自分の欲望のまま……、手を赤く染めていく。肉切り包丁を片手に、彼は歩く。
世間ではその時『連続殺人事件』が報道されていたが、義経はその捜査の網を難なく抜けてきた。
彼は顔が二つあるような、そんな面持ちで、表では優しい好青年。裏は欲望にまみれた変態として、生活していき、彼が犯した罪は――総計でも七つ。
その中には、周防高鹿の事件にも絡んでいた。
MCOは、世間で表沙汰を危惧してではなく、VRではどんな音が体感できるのかという探究心が疼いたからやっていらだけ。
しかしそれも空振りで終わっている。
VRでも裏の顔を隠しつつ、彼は生活して、いつもの生活を堪能していた時だった。
あのアップデートが、彼の性癖を膨張させたのだ……。
回想――エンドー編終幕。
□ □
「あっはははあああああああああああああっ! 早く! はやくぅ! ハヤクッ! 堪能したいよぉっ! 肉が切れる音。肉の音が聞きたいよぉぉぉぉぉっっ!」
エンドーさんはより一層力を入れて、コウガさんの心臓を突き刺そうとしていた。
コウガさんは何とか力を振り絞って、それから逃れようとしている。
私も『盾』をかけたいけど、エンドーさんはシャーマー。
反射系の魔法や属性付加・耐性・吸収・反射を得意としている所属。
何も考えずに立ち向かうのは……、無謀だろう。
私が手を伸ばそうとしたけど、発動もできない無力な手を、そっと引っ込めることしかできない。無力を痛感して歯を食いしばることしかできない。
「……っ」
どうすればいい?
どうすれば、コウガさんを……。
そう思っている内に、段々エンドーさんが持っていた苦無がコウガさんの胸に向かって下がっていき、そして――
つぷっと、コウガさんの胸に少し、突き刺さる。そこから小さい赤い玉のような液体が湧水のように出てくる。
「いっっっ! ってぇっっ!」
コウガさんが痛みで叫んだと同時に――私の耳のもとで。
「――合図したら引っ張れ」
「……え?」
キョウヤさんが何かを言った時、私はその理由を聞こうとした。その時だった。
「あああああああああああああああああっっっ!」
エンドーさんが叫んで、そしてぶるぶる震えていた体を、ビクンビクンッとびくつかせて、エンドーさんは何かに打ちひしがれながら、悶えながら、明るい声で叫んだ。
「痛い? 痛い? そう! これもイイっ! あの泥炭窟の奴らと同じだけど、でも違うっっ!」
エンドーさんの言葉を聞いた瞬間、私は一瞬だけど、まさか。とその単語が頭をぐるぐると走回っていた。エンドーさんはそれを気にせず、自分の世界に入ったかのように、エンドーさんは叫ぶ。
「泥炭窟のあのゴーレスは期待外れだったっ! なぁぁんにも叫ばないで絶望して、死にたいと思っている小心者っ! もっと抗ってよ! もっと抵抗して生きることに縋ってほしかったっ! そうすれば、人は生きたいがために、希望を捨てないで必死に抗うだろうっ!? その時突き刺す肉の音、あの音がまたいい音で僕の耳を震わせる……っ! 生きたいがために抵抗する時! それが僕が最も欲している――」
コウガさんに突き刺さる苦無が、また沈む。
それと同時に、私の隣にいたキョウヤさんが、消えた。
私はずっと、足元が滑るその地面をものともしないで、駆け出す。
エンドーさんは、びちゃっと零れた唾液を拭かず、流したままにして、高揚とした頬と、血走って黒くくすんだ目で、コウガさんを見降ろし、狂気の笑みで、彼は――叫んだ。
「――っっっっっ最っ高の音だっっっ!!」
それが合図のように、エンドーさんの顔が変な顔になった。
その発端は、キョウヤさんが駆け出した瞬間、ぐるんっと左足方軸回転で、時計回りに回って、そして踵でエンドーさんの頬を蹴ったから、エンドーさんは『ぼぎゅり』と音が鳴ると同時に、手にしていた苦無を、ぽろっと落とした。
「――今だっ!」
キョウヤさんの合図で、私はすぐにコウガさんの首元の服を掴んで、思いっきり引っ張る!
「いでででで! いでででででっ!」
ズリズリと引っ張ったせいで、コウガさんは痛みで涙目になりながら痛みを叫んでいた。それを聞いた私は、少し離れたところでコウガさんの服から手を放した。そして――
――ごんっ!
「うごっ!」
「あ。ごめんなさい……っ!」
いきなり放したせいで、コウガさんは後頭部を地面に強打してしまう。それを受けて、コウガさんは痛みの声腹から出すようにして、後頭部に手を添えながら唸っていた。
私はそれを見て、そしてやってしまった罪悪感もあり、私はコウガさんに謝りながら手を添える。
その位置は――苦無が突き刺さっていたところ……。
「『小治癒』」
ふわりと水色の淡い光が、コウガさんを覆って、そして血が出ていたところは、服に穴が開いただけのそれとなっていた。
「て、てめぇ……、少しはデリケートに、運べ……っ!」
「すみません……」
頭を抱えながら起き上るコウガさん。コウガさんは痛かった怒りを私にぶつけるように言う。私はそれを聞いて、申し訳ないことをしなたと思って少し頭を下げて謝った。
その瞬間だった。
「ああああああああああああああああああああああっっ! 違うんだよぉおおおおおっ!」
「「っっ!?」」
エンドーさんの明るい声ではなく、怒り任せの声が聞こえた。
私とコウガさんはそんな怒りに呑まれたエンドーさんを見る。
エンドーさんは頭を抱えながら目を見開いて、怒りで我を忘れているかのように足元を震わせながら――
「これは僕が求めていた音じゃないっ! もっと、生々しい音がイイッ! こんな『ぼきゅり』っていう音は、違うんだよぉおおおオオオオオオッッ!」
「うるせえよ変態」
そんなエンドーさんの言葉を無視して、キョウヤさんは私達の前に立って言った。
その音色は聞いたことがないような真剣さ。そして……。
怒りが含まれていた。
キョウヤさんはエンドーさんに聞いた。
「それって、結局は自分の欲望任せにした犯行なんだろ? 第一、そんな音が欲しかったら、ゲーセンにでも行ってゾンビ撃ち殺しまくれっての」
「それじゃぁぼくのきがおさまらないんだよぉおぉぉっ!」
エンドーさんの思考が正常じゃない。血走った目で、困ったような目で私達を、キョウヤさんを見て叫んだ。己を抱きしめ、叫んで力説した。
「それでどうやってぼくのこのかいかんをみたすことができる? ぼくのことしらないくせに、なにしったようなくちをたたいているんだっっ!? ぼくはミタサレタイ! ミタサレタイからぁ! ぼくはぼくのおもうがままに、音で! このからだを! どぷどぷにみたしたい」
と言った時、その次の言葉は紡がれなかった。
それは当り前だ。私も、コウガさんも、エンドーさんも、驚いてそれを見てしまって、次の言葉が、ど忘れしてしまって出てこなかったから。
原因はキョウヤさん。
キョウヤさんは自分の蜥蜴の尻尾を、ぐんっと上げたかと思うと、それを思いっきり地面に叩きつけたのだ。
バシンッと――反響するくらい、大きく、強く……、小石が飛び散るくらい……、それは強いものだった。
私は一瞬だったけど、尻尾から覗かれるキョウヤさんの顔を見て、そして、感じたもしゃもしゃで、わかってしまった。
キョウヤさんの表情は――怒りそのもの。そして、赤く、棘々したもしゃもしゃも相まって、キョウヤさんがすごく怒っていることが分かった。
「きょ、キョウヤ、さん」
私はキョウヤさんを呼ぶ。でもキョウヤさんは怒りで私の声は聞こえていないみたいだ。
コウガさんはそれを見て、少し残念そうだけど安心した顔で――
「あーあ……、またおいしいところ持ってかれたな……」と、嘆く音色で言った。
「え?」
私はそれを聞いて、何がという感じでコウガさんを見る。するとコウガさんは、私を見て思い出したかのように「そういえば、お前はいなかったな」と言って、コウガさんはキョウヤさんを見て、ゆっくりとした動作で立ち上がりながら言った。
「まぁ――もともとあいつは強いからな。完封負けされた俺が言うんだ。間違いねぇ」
「…………へ?」
完封負け。それは、逆を言うと、キョウヤさんの完勝を指す。
それを聞いた私は、ぎょっ驚きながらキョウヤさんを横目で見る。
するとエンドーさんはそんなキョウヤさんを見て、自分の癇に障ったのか……、苛立った顔をして、びきびきと手に力を入れながら、エンドーさんは小さく、低い声で……。
「な、なんだ……? その顔は……? ぼ、僕が何か変なことでも言ったか……?」
キョウヤさんは、何も言わない。
それでさえも、エンドーさんの癇に障る行為であったらしく……、エンドーさんは、近くにあったスコップを手に、それをまるで鈍器で何かを殴るように掴んでから――
「――なにか、言えぇぇぇぇっっっっ!」
と、叫びながら突っ込み、そしてスコップを振り上げながらキョウヤさんに襲い掛かってきた。
「っ! きょ」
「まぁ待て」
私がすぐに手をかざして、なんとか『盾』を発動しようとしたとき、コウガさんは私の肩を掴んで、止めた。私はコウガさんを見て、何で止めたの? そんな慌てた様子で見ていたのだろう。コウガさんは鼻で笑って――
「あいつは大丈夫だ。何せ――」
◆ ◆
また回想。
今回はキョウヤの回想。
強いて言うのであれば、キョウヤの現実の姿――白船恭也の回想である。
彼はとある普通の一軒家で生まれ、普通に育ち、普通に暮らしてきた、自称普通の青年。
しかしそんな彼でも、ちゃんとその人にはないものを持っていた。
彼の家計は父と母、そして祖父の四人。しかしその祖父はあまりにもマニアックなことをしている……、いうなればチャレンジャーなところがある祖父だった。
祖父は口癖のようにこう言っていた。
『我々白船家は、戦国時代槍の達人として、他国から恐れられた槍術の名門なのだ』と――
しかし、恭也の親は、そんなこと一ミリも信じなかった。
祖父は恭也が生まれる前に、剣道道場ならぬ、槍術道場を立ち上げて、日夜鍛錬に勤しんでいた。
誰も来ない……、マニアックな道場の道場主として、日夜鍛錬をしていた……。
そんなある日。恭也が五歳のときだった。
親は祖父のことを心配に思い、遊びに来たついでに、近況報告を聞こうと赴いたのだ。
そんな恭也は、祖父の槍術を見て、珍しいものを見たとばかりに見たと思ったら……、思いがけないことを言い出したのだ。
「オレもやってみたいっ!」
それを聞いた両親は、きっと興味本位なのだろうと、この時まではあまり深く考えず、承諾してしまった。
祖父も小さい孫の頼み。武器は練習用の、先に柔らかいものがついているそれで、一対一の模擬対戦をした。
結果は――恭也の圧勝。
今まで鍛錬をし続けた祖父が、負けたのだ。
それを見た両親は、目を疑った。
当の本人は――勝ったことに対して、大喜びで親にその感想を言っていた。
少しして、起き上がった祖父は、キョウヤを見て、五歳の恭也に近づいてきた。
両親はそれを見て、怒るのでは? と、正直それを覚悟していた。きょとんっと祖父を見上げる恭也。
が――
祖父は怒ることもなく、あろうことか、恭也の脇に手を差し込んで、そのまま持ち上げるように高く上げて、彼は喜びのまま恭也に言った。
その喜びの声は、まるで逸材を見た瞬間の、それだった。
「すごいぞ――恭也! お前はまさに――」
回想――一時停止。
□ □
「あいつは――」
コウガさんが言った瞬間、キョウヤさんは手に持っていた武器でもある槍を右手で持って、そのままエンドーさんに向ける。でも、向けた先は、刃の方ではなく、反対の、何もついていないそれで――
ひゅっと、空気を突き刺すような音を出して、右手をエンドーさんに向けて、槍をエンドーさんの。
――めごりっ!
「っ!?」
エンドーさんのお腹めがけて、めり込むくらいまで突いて、めりめりと軋んでいるのか、エンドーさんは口からげほっと白い液体を吐き出した瞬間――
キョウヤさんはその槍をすぐに引いて、そのまま一瞬の隙に右手から槍を放したかと思うと、右手を少し上げて、左手でぐっと持って――そのままぐるんっと、反時計回りに槍をぶん回す。
すぐにどこぉっとエンドーさんの左脇に命中した。
めきめきと聞こえる何か。
エンドーさんはその痛みを感じる暇もなく槍の遠心力に負けて、即座にキョウヤさんはその場からとんっと右に逸れながらぐわんっとエンドーさんを槍に引っ掛けるように流して、右手を刃の方に添えて、下から上に押し出しながら左手に持っていた槍をそのまま地面に向けて、エンドーさんごと地面に叩きつけたのだ。
「がっはぁ!」
零れ出す痛みの声。
キョウヤさんのそんな流れるような、それでいて迫力のあるそれを見た私は圧巻された。
ランサーであるキョウヤさんだからこそ成せる業だと思っていた。なのにそれ以上の威力を出していた。スキルは使っていない。あれは元々備わっていた技術だ。
それを見ていたコウガさんはキョウヤさんを見て言う。
「あいつは――持っているんだよ。天性ってのがな」
天性。それは……、生まれ持っている、才能のこと。
「あいつは、槍の天賦の才を持っているんだよ」
そう、コウガさんは、敵わねえと言わんばかりに顔を顰めながら言った。