PLAY56 BC・BATTLEⅣ(Fight to The limit!)③
「ばっかみたい」
シェーラはクサビの言葉を聞いて、はんっと鼻で笑いながら彼女は嘲った。嘲笑ったのだ。
その言葉を聞いた虎次郎はぎょっとした目でシェーラを見ながら「んおっ!?」と、老人ではまず出ないようなへんてこな声を上げて驚き、ヘロリドもそれを聞いて驚いた目をしてシェーラを見ていた。
が、そんな二人とは対照的にクサビは今まで喜びを体現したかのような笑み浮かべ、両手を広げながら彼は弁論していたが、シェーラの言葉を聞いた瞬間、ロボットが突然機能を停止したかのように『びたり』と言葉と動作を止め、そのまま顔だけをシェーラの方に向けながら冷徹な音色で――
「――何か言った?」
と聞く。
それを聞いたシェーラは呆れたようにクサビを見ながら、あからさまに小馬鹿にしているような笑みを浮かべて彼女はこう言った。
「もう一度、大きな声で言うわ。馬鹿なのねあなた」
馬鹿なのねあなた。
その場所だけを大きく、よく聞こえるように、シェーラは大きな声でその言葉を放った。
それを聞いたクサビはびきりと、普通であったその狐の目を血走ったそれに変えて、彼はぐわりと彼女のそのすました顔を睨みつけながら、狐特有の牙を向けて威嚇する様に、彼はこう怒鳴る。
声を荒げながら彼はこう言った。
「わ、わ、わ、私のことを馬鹿呼ばわりしたなあああっっ! 私は馬鹿ではないっ! 私は馬鹿ではないっっ! 馬鹿なのは私に愛を与えてくれた女性だ。どの女達も私が持っている金目当てで近付いて来る。そして私のことを見限った後、すぐに別の男にくっつく! そんな女達こそ馬鹿と呼ぶべき存在だ! 私に与えた愛は偽りで塗り固められた愛! 私が与える愛は本当の愛なのに、どいつもこいつも私のことを見限るっ! 金目的で私に近付く!」
その言葉を聞いていたシェーラはふと思った。
この男は――とことん女運が悪いのだと、彼女は思い至る。
シェーラはまだそう言った恋愛感情など抱いたことなどない。というかそんな感情に一切見向きもしないような女性だ。
ゆえに彼女は今までクサビが言っていたことに対して、理解するという思考など一切なかったのだ。
シェーラはそんなクサビのことを見て、ふとこう思ってしまった。たった一言。
――憐れだ。と……。
奇しくも、その言葉はネルセスに対して言った言葉と同じで、同じ感情を抱きながら、彼女はクサビをただ見つめる。彼の言葉が終わるのを、じっと待っていた。
「だから私は受ける愛を拒んだっ! これ以上傷つきたくないから私はその愛を受けることやめた……。だが、私は気付いたんだ。お前と一緒にいるあの少女……、非力で無力ではある、しかし分け隔てもなくその優しさを与える彼女に私は電撃を受けた……っ! 稲妻のような電撃だ……っ! 私は思ったのだ! 悟ったのだ! 私は受ける愛を欲していたのではない、与える愛を愛する人に与えて私は愛に満たされるっ! それこそが私が追い求めていた愛なのだと気付いたんだっ」
「その恰好の獲物が――ハンナってこと?」
「獲物と言う言葉は心外だ。格好の獲物ではなく運命の人と言ってほしいものだ。そしてその少女の名はハンナと言うのか。覚えておこう」
クサビはそっと手を伸ばし、その手をシェーラと虎次郎に向け、まるでその手で二人のことをその手の上に乗せ、慈しむように緩く握りを作ると、彼は言う。
シェーラ達にとってこの絶望的な戦状を終わらせようと、彼は手に溜めていた光の集合体を――バリバリと光って唸り声を上げているその集合体をシェーラに向けて、彼は言った。
「覚えたところで、こんな茶番をとっとと終わらせよう。私は早急に、あの子に――ハンナに会って愛を示そうと思う。私があの非力で弱い立場の彼女を守る騎士として……、私は馳せ参じなければならないのだ。邪魔ものは――この場で排除する」
その言葉を言い放ちながら、彼はシェーラに向かってその攻撃を仕掛けようとした。
虎次郎はそれを見て、シェーラのことを見ながら彼にしては珍しい――声を荒げ、慌てた素振りで彼はこう言った。
「逃げろ――しぇーらっっ! …………っ?」
が――虎次郎はシェーラを見て、強張った顔のまま首を傾げて、危機的状況でありながらもシェーラは、ほくそ笑みながら腕を組んで仁王立ちになっている彼女を見て、困惑していた。
――なぜ、逃げんのだ? なぜ逃げずにただ立っているだけなのだ?
そう思っていた虎次郎だったが、そんな虎次郎の心境など、心を読む者にしか理解できない。
虎次郎の心の声を無視して、シェーラは攻撃を繰り出そうとしているクサビに向かって――彼女はすぅっと空間内にある空気を、肺に溜めに溜めていき、そして彼女はその溜めた空気を一気に吐き出すようにして……。
こう荒げた。
「あんたね――ハンナのこと一ミリも分かっていないわね。あの子があんたに対してそんな感情を抱くことなんて永遠にないわ」
「………あぁ?」
シェーラの言葉に、クサビはびきっと青筋を立てながら攻撃行動を一旦止めて、シェーラのことを見る。ヘロリドはそんなクサビを見て、背後から呼びかけるように手を口元に添えながら――
「攻撃ぃ! 攻撃しろってぇっ!」と叫んでいるが、その叫びを聞かずに、クサビはシェーラの言葉に耳を傾けて――
「……どういう、ことだ……? まさか、その子にはもうすでに」
「そんな色恋沙汰の問題じゃないっ。あの子は今――目の前のことでいっぱいいっぱいなのっ! 今この世界を、この状況を何とかしようと思って頑張っているのっ。自分にしかできないことを無理矢理課せられて、無理矢理この世界の希望とか言われて、無理しながら頑張っているのっ! そして他人のことを優先にし過ぎて、自分のことを役に立たないとか変なことを言って罵って――自分は弱いんだ。みんなは強いからみんなの役に立たないととか言って無理して頑張って、傷ついて死にかけても……、それでも諦める様な言葉を吐くことなんてなかったっ!」
その言葉を言った後、シェーラはすぐに息を吸いながら、続けてこう畳みかける。
「あの子は――全然余裕なんてないのっ! 相手のことしか考えていないやつなのっ! 恋とかそんなこと全く考えず、色んなことに直面して、それでも『こんな旅をやめよう』とか全く言わない変な奴よっ! あんたが言うような非力とかほざいているけど――逆よ。みんな、ハンナの優しさや心の強さに助けられている。本人は無自覚かもしれない。でも私はそれを体感した!」
シェーラは自分の胸にばしんっと、手をつく。あの時の――マドゥードナで起こったことを思い出しながら、彼女は言う。
「あいつは自分のことを役に立たないとか思っているかもしれない。でも私は思うの。今まで私達は何度も助けられた。回復要因だからとかそんなもんじゃない。今まであの子の強い心に、私達は助けられた。あんたできるかしら? 強敵を目の前にして、自分が盾になって相手を逃がすことが。あんたにはできるかしら? みんなが倒れて動けない時、一人でその強敵に立ち向かって、殺されかけながらも諦めないで立ち向かうことが、あんたにはできる? できないでしょ? 私もそうなると……、どうなるのかわからない。でもあの子は平然とやってのけた。みんなの役に立ちたいからそんな無茶をしたと思う。だから――」
シェーラは右手に持っていた剣を握る力を強めながら、その剣の刀身にぼこぼこと、無数の小石を生成させる。
ヘルナイトの技のように――『地神の鉄槌』とは違うが、それと同等の纏わせ方をして、彼女は右手に持っていた小石を纏わせた剣を振り上げて、そのまま振り上げたと同時に、ひゅるんっっ! と、その剣の刀身を伸ばす。
そんな状態で、シェーラはクサビに攻撃する様に、こう声を荒げながら言った。言い放った。ぶんっと右手に持っていた剣を振り下ろしながら――彼女は言い放つ!
「あんたのその煩悩なんて――すぐにぶっ壊れるわよっっ! 属性剣技魔法――『土流鞭』ッッ!」
その言葉と同時に、シェーラが土属性のスキルを纏わせた剣の鞭を、『びゅんっっ!』と言う風を切る音と共に、クサビに向かって放つ。
それを見たヘロリドは、すぐに手をかざしてシャーマーのスキルを放とうとしたが……、一瞬、たった一瞬だったが、それでも、ヘロリドにとってすれば、それは遅い発動時間だった。
シェーラが放ったその剣の鞭は、音速のような速度でクサビに向かって放たれ、そしてそのまま彼の手に収まっていた電気を帯びたその集合体に直撃する。
バヂィィィッッ! と、飛散するような音と共に弾け飛んで消えるクサビの『轟雷』。それを見たクサビは、後ろによろめきながら、とんっ。ととんっ。と二、三歩後ずさりして土属性のその攻撃を避ける。
避けたと同時に、ひゅるんっと言う音を出しながら、小石がまとわりついたそれは自動的にシェーラのところに戻って、普通の剣の形に戻る。
それを見て、クサビはぎろっとヘロリドの方を睨みつけながら、狐特有の牙を剥き出しにして、彼はヘロリドに怒鳴りつけた。
「お前ちゃんと守れよぉっっ!! 危うく死にかけたじゃないかっっ! 少しは要領よくやれのろまめっっ!」
「ひぃぃっ! わ、わかったよぉ……っ!」
クサビのその豹変した激昂の顔を見たヘロリドは、大袈裟に肩を震わせながら頷く。こくこくと何度も頷いて、そのまま手をかざして準備万端の体制を整える。
クサビはそんな光景を見ながら大きく舌打ちをして、シェーラたちに手を向けながら、今度は冷気を畔津氷の集合体を手に集める。
『氷塊』を放とうとしているのだ。
それを見たシェーラは、すぐに剣を構えて、今までの怒りをぶつけるように迎え撃とうとした。その時――
ぽふん。
彼女の肩に置かれた何かを感じて、シェーラはその感覚があった左の方を見た。左肩に感じた重み。それを与えていたのは――虎次郎だった。虎次郎はシェーラの左肩に手を置きながら、彼はシェーラを見ず、前を見据えながら彼は……、老人ではないような凛々しい声でこう言ったのだ。
「――しぇーらよ。よほどその子のことを大切に思っているのだな」
「………………………………」
「お前にとって――その子は一体どんな存在だ」
申せ。
その言葉を聞いて、シェーラはぐっと、こみ上げてくる感情を押さえながら、彼女は凛々しい音色で、はっきりとした音色で――彼女は言った。
出会った当初――彼らを騙した自分のことを助けて……、あろうことかそんな自分を仲間にして、更には自分が動けないとき、自ら立ち上がって戦おうとしていたハンナのことを脳裏に映しながら、彼女は思い出しながら――言った。
「――友達」
「………そうか」
虎次郎はそのままシェーラの近くまで寄りながら、彼は小さい声でシェーラに耳打ちをする。自分が今組み立てた作戦の内容を、シェーラに告げたのだ。
「ならば……、この者達を先に行かせてはならぬ。やるべきことはわかっておるな?」
「? ええ」
「よしよし。それならば――儂の作戦をよく聞け。簡単かつ効率よく……、あの者たちを倒すことができる策を思いついた」
「………なんだか、信用できないけど、一応聞いておくわ」
「……しぇーらよ……。その毒のあるような言葉だけは変わっておらんなぁ」
虎次郎はシェーラの耳元で自分がたてた作戦を、こしょこしょと言いながら告げた。
シェーラはそれを聞きながら聞き漏らしなどしないように慎重に聞いて、うんうん頷きながら聞いた瞬間……。
「え?」
と、彼女はその作戦を聞いて、虎次郎のことを見上げながら不安そうな顔をしてポツリと呟いた。
そんな彼女の不安をかき消すように、虎次郎はぐっと右手の親指を突きあげながらサムズアップして、にかっと微笑みながら自信ありげにこう言う。
「まぁ、任せろ。これは儂が要じゃ」と言った瞬間……。
「いつまでべちゃくちゃ喋っているんだあああああああああああっっっ!」
さっきまでの余裕など嘘のような表情と気迫で、クサビはその手に溜めていた氷の集合体をシェーラ達に向かって――
「『氷塊』ッッッ!」
ばしゅぅっ! っと、その氷の集合体を弾丸のように――否、放った瞬間、虎次郎を巻き込んで消えたあの『竜巻』と同等に、内側から膨張する様に膨れ上がって、小さな氷から巨大な氷の塊を繰り出しながら、彼はその氷のスキルを放った。
それを見たシェーラと虎次郎は、すぐにその巨大な氷の塊を目にして、それぞれ左右に向かって――逃げる。
シェーラは右に。虎次郎は左に向かいながら、彼らはその氷の攻撃を避ける。それと紙一重になるように、巨大な氷の塊は、シェーラたちの背後にあった壁に向かって一直線に突き進んで、そのまま誰もいない場所に向かって、どがぁんっと言う音を出しながら大破する。
ばらばらと崩れ落ちるその様を見て、クサビは再度舌打ちを声に出して言い、内心こんなことを思いながらばらけて散ったシェーラと虎次郎を目で追う。
――あの二人は一体何を話していた? 声が小さくて聞こえなかった。
――何かを企んでいる? だが無駄だ。私はウィザード。そしてヘロリドのシャーマーのスキルがあれば何でもできる。魔法攻撃と物理攻撃を防げばこっちのものなんだ。
――相手はソードウィザードと見るからに武士だろう。が、結局は相性が悪すぎるんだよ。
――私は絶対に勝てる。難なく勝てるだろう。
――そうさ。私は強いのだ。レベルだってもう七十五なのだから、勝てる。老いぼれと小娘だぞ。勝てるに決まっている。
――勝って、そしてあの子に、ハンナに会うんだ。
――私はあの子に会うんだ。会ってあの子の騎士になるのだ。
もう一度手をかざしながら、クサビは思う。己でも気づけないほど歪んで、そして狂っている思考の中で、彼は思う。
狂気に満ち溢れたその笑みで、彼は思った。否――想った。
――ア ノ コ ニ ワ タ シ ノ ア イ ヲ ウ ケ ト メ テ モ ラ ウ ン ダ。
その気持ちを胸に彼はスキルを発動しようとした。
今まさにヘロリドに向かって姿勢を低くしながら駆け出しているシェーラに向かって!
シェーラはただただ駆け出して行く。この中で一番厄介とみなしたヘロリドに向かって、彼女は炎を纏ったその右手の剣を構えて、彼女は攻撃を繰り出そうとする。
「属性剣技魔法――『火刺突』」
それを見たヘロリドはすぐに自分の目の前に手をかざし、シャーマーのスキルを使って彼女の攻撃を防ごうとする。
「っ! ま、『魔反鏡』ッ!」
ヘロリドは己の前に魔法スキルを反射させる半透明の壁を作り出す。
それを見ても、シェーラは炎を纏った剣を引きことなどしない。
むしろそのまま繰り出そうとして――ギィンッッ! と、ヘロリドが作り出したスキルの壁に突き当たったと同時に、ガゥインッッ! と言う音を立てながら、跳ね返されてしまう。
跳ね返ったと同時に、シェーラは右手に持っていたその剣を素早く手放して、すぐに回避体制に入る。
ひゅんっと、風を切る音を立てながら、剣はぐるんっと、シェーラに向かって回りながら迫りくる。それを見たシェーラは即座に、左に避けて躱すが、その際、頬に剣の先が当たってしまい、頬の肉を少しばかり抉ってしまう。
それを受けたシェーラは、顔を一瞬の痛覚で歪ませながら、その剣が己の背後に向かって跳んでいく光景を目に焼き付ける。
まるでスローモーションのような光景だ。
それを見ていたヘロリドはすぐに手をかざし、内心無駄だよぉ。と思いながらシェーラのことを見降ろしていた。
彼は思う。
――無駄なのになぁ。クサビのことに関しては確かにドン引きだったけどぉ……。結局この勝敗はすでに決まっているも同然なんだぁ。
――俺は今までいろんな奴に馬鹿にされて生きてきたぁ。でもアクロマはそんな俺のことを受け入れてくれたぁ。色んな奴に『女装癖があるやつ』とか言われていたけどぉ。もうそんなことを隠さなくてもいいんだぁ。
――俺は俺のままぁ、ありのままの姿で生きていくぅ。それがぁ――俺のあるべき姿ぁ。
だから――と、ヘロリドは思う。今まさに、左手に持っている剣の攻撃を繰り出そうとしているシェーラに向かって、彼は手をかざして、ぎちりと歪に歪んだ笑みを浮かべながら、彼は思った。
――こんな小娘にぃ……、俺のことを小馬鹿にした娘とそっくりな女なんかにぃ……、俺は負けないからなぁ!
そう思って、彼はそっと目を動かして、シェーラの左手に収まっている剣を見る。発動してからでは遅い。ゆえにヘロリドはその剣の刀身を見て、スキルはそうでないかを見極める。さっきの攻撃も、見てから発動したせいでクサビに怒られたのだ。それを教訓に、彼はスキルを発動させようとした。
ヘロリドは見る。シェーラの左手に収まっている剣の刀身を、じっと見る。剣先だけでも見る。
そんなヘロリドを見ていたシェーラは、すぐに左手に持っている剣を、刺突の構えをしながら攻撃を繰り出そうとしていた。
何にも纏っていない。ただの刀身を――
「っ!」
それを見たヘロリドは、すぐに察する。これは普通の攻撃だと。そしてヘロリドはすぐに防御と反撃体制を同時にとって、スキルを発動させる!
「『反射鏡』ッ!」
ばしゅっと、ヘロリドの目の前に現れた半透明の壁。それを見たシェーラはその壁を見ながらも、攻撃を繰り出そうとしている。そんな彼女の行動を見ながら、彼は内心シェーラのことを嘲笑いながらこう思った。
――はいお疲れ様。無駄な足掻きご苦労様。
と思い、ヘロリドは彼女が己の攻撃で倒れる姿を妄想し、下劣な笑みを浮かべながら見降ろしていると……。
「――っふ!」
シェーラはそのまましゃがんだのだ。何のことはない――ただしゃがんだのだ。攻撃をすぐに取りやめて、彼女はそのままヘロリドの真正面で、『反射鏡』の前で彼女はしゃがんでしまったのだ。
「?」
その光景を見ていたヘロリドは、一体何をしているんだと思いながら、シェーラのことを凝視して見降ろしていた時……。
バリィンッッ! と――目の前から聞こえた大きな破壊音が耳に飛び込んできた。
それを聞いたヘロリドは、すぐに目の前に広がった半透明の壁に破片が飛び散る瞬間を目にして、驚愕に顔を染めながらその光景を目に焼き付ける。クサビも同じように、顔を驚愕に染めながらその光景を見ていた。
――一体何が起こった? ヘロリドは思った。思ったと同時に、シェーラはすぐに動いた。一瞬の隙が生まれたと同時に、彼女はすぐにヘロリドの顎めがけて、しゃがんだ状態でとんっと小さく跳躍しながら、ぐるんっとその場で後転をする。その状態で彼女は回りながら、足を鞭のようにしならせながら――
「はぁっっっ!」と、ヘロリドの顎目掛けて、強烈な蹴りを繰り出す。
ばぎゅり! とシェーラの蹴りは、きれいにヘロリドの顎に直撃して、ヘロリドは上を見上げた状態で「ぶっ!」という声を上げる。そしてよろめきながら唸り声を上げて、ヘロリドはかろうじてその場で立ち尽くしていた。それを見たシェーラは、すぐに床に降り立った後、左手に持っていた剣で勢いをつけながら、彼女は重く、そして素早い刺突の一撃を繰り出す。
ぼっと言う空気を裂く音と共に、その剣の先はヘロリドの腹部目掛けて放たれて、それを無防備で受けてしまったヘロリドは、その衝撃に耐えきれず、後ろに向かって吹き飛ばされていく。
吹き飛ばされて、ぐるんっと一回転しながら……そのまま背後にあった壁に『どごじゃっ』とめり込んで白目をむく。
「かふ――」
吐き出された己の血と共に、ヘロリドは力なくその場に倒れ込む。頭から倒れ込んだので、ゴチンッと言う音が聞こえたが、誰もそのことに関して追及する者はいなかった。否――追及などできなかった。
クサビはそれを見て、青ざめながらその光景を見てから、すぐにシェーラの方を振り向きながら、彼はシェーラに向かって手をかざした瞬間、叫んだ。
恐怖、焦り、怒り、混乱が混ざってしまったような歪んだ顔で、彼は叫んだのだ。
彼だけが見ていた――虎次郎が組み立てた作戦の全容を見て、彼は声がかれてしまうのではないのか。と言うくらい大声で叫んだ。
「何なんだよ……っ! なんなんだよそのやり方はああああああああああああああっっっ!」
と、クサビはあらんかぎり叫んで、彼はシェーラに向かってスキルを放とうとした瞬間……。
――しゃりんっっ!
と、己の腹部から切れる音が聞こえた。
「――?」
クサビはそれを聞いて、すぐに自分の腹部を触って、衣服が切れていないかを確認した。確認したが、斬れていない。それを見たクサビは首を傾げながらも、すぐにシェーラに向かって攻撃を続行しようとした瞬間……。
「安心せぃ」
と、虎次郎は彼の真後ろで仁王立ちになって、手に持っていた刀を鞘にゆっくりと納めていきながら、静かに言う。
いつの間にか、何の気配もなくクサビの真後ろに立って、彼は言ったのだ。
クサビは、突然来た気配と殺気に驚き、言葉を失う。
たらりと流れる汗を拭わずに、彼は震える口で、一生懸命静かに深呼吸をしながら――
――いつのまに? と思った瞬間……。
虎次郎はそんな彼のことを見ず、ただただ、自分の目の前にある刀を鞘に……、かちんっ! と、音を立てて納めた瞬間。虎次郎は言った。
どすんっっ! と言う、クサビの腹部から聞こえた衝撃音を、そしてクサビの息を吐く声を聞いて、そのまま床に突っ伏する音を聞きながら、彼は言った。
「――峰内じゃ」
そう言いながら、虎次郎はクサビのその姿を見ずに、ただじっと立ち尽くて、背後にある今回の重要なアイテムに向かって、彼は言う。
「本来なら――盾として使おうと思っておったのじゃが、あれももう使えんな」
彼が見たそれとは――シェーラもクサビもそれを使うとは思っても見なかったものであり、きっと誰もがそれを見て『ああ、これは』と驚きの声を上げるものであろう。
それは今現在――壁に激突して、そのツよう衝撃に耐えきれずに粉々になってしまった……、マンホールのふたがそこにあった。
それを見た虎次郎は頭を掻きながら「やれやれ」と言い、困ったように首を傾げながら虎次郎は言った。
「またもや盾を失ってしまった。これではぱらでぃんとして何の技も使えんな」と――
それを聞いたシェーラは、呆れながら虎次郎を見て思った。
――あのマンホール……。盾として活用するつもりだったの……? と……。
だが、そのマンホールのおかげで二人は何とか勝利をもぎ取ったのだ。
シェーラはそんなことを思いながら虎次郎のことを見て、その近くで倒れているクサビを見て、ほっと安堵の息を吐いたのだった。




