CHIPS GOLES:Memory’s
※この物語には残虐な描写が含まれています。ご注意ください。
回想。
これはゴーレスの回想。
己の口から語ることなどないような、物語のヒトカケラとも云える物語である。
支障も何もないような物語ではあるが、それでもこの物語は語らないといけない。
あの時――ゴーレスのみに何が起きたのか。
それを語ろうと思う。
ゴーレスはマースのギルドにて苛立ちながらもクエストを受けた。そのクエストは至ってシンプルで、至って簡単にできる――スライム討伐だった。
スライムはMCOでもポピュラーで簡単に倒せるモンスターだ。ゲームで言うと木の棒一本で倒せると豪語してもおかしくないほど弱い存在なのだ。
そのモンスター討伐を言い渡され、ゴーレスは思った。
(なんで俺がこんな雑魚討伐で、あの役立たずは違うクエストなんだ)
ゴーレスは苛立ちを募らせていく。
なにせ、何もわからないというか、こんな理不尽なことに巻き込まれて、誰もが正常でなんていられない。
むしろゴーレスはこんな不条理な事態に巻き込まれ、だんだん己のことを律する感情――自制が言うことを聞かなくなってきた。
イライラと募らせる感情が彼の正常な思考を乱し、どんどんと回路不順が出そうな思考がどんどんと頭の中に出てくる。
誰もが正常な思考ができない状況の中、ゴーレスはその中でも常軌を逸している存在。簡単に言うとすごい短気な存在と言っても過言ではなかった。
そんな短気な彼は、仲間の痩せ細ったシーフゥー――デスペンドと、太ったサモナーのトゥビットと一緒に飛ばされた。そしてミッションを受けて、なんとか冒険者免許を受け取り、いざ『八神』討伐へ。
…………と思った矢先。
これだ。
スライム討伐を言い渡され、挙句の果てにはNPCの女に叱られて、彼率いる複数の徒党は――目的の場所である泥炭窟に向かった。
泥炭窟について、それを見上げたゴーレスは舌打ちを一回して……。
(気味悪ぃなぁ)と、声を零しそうになったが、一応自分は熟練の冒険者。大槌士ゴーレスだ。
はたから見ればただのヘビーゲーマーだが、彼は先程崩れてしまった威厳を取り戻そうとして、持っていた大槌を握る力を込める。
「なぁゴーレス」
「あ?」
仲間のデスペンドは言った。ゴーレスは振り向いて言った。
「なんだ?」
「この洞窟でスライム討伐だろう? たった十匹」
「そうだ」
デスペンドの言うとおり、確かにクエストでは『スライムを十匹討伐。報酬は一匹討伐で五千L。クエストクリアで十五万L。より多くのスライム討伐だと、一匹につき五千L追加』というものであった。
簡単に言うと、それはより多くの討伐で、報酬が弾む。
ということであった。
「でもよぉ、それで金が簡単に手に入るんなら、ここは競争しねぇか?」
「あ?」
デスペンドの言葉に、ゴーレスは眉を顰めた。
それを見たデスペンドは「けけけっ!」とくつくつと笑いながら――
「いやよぉ、ただ討伐しても面白くねぇだろうが。ここはゲーム。あの理事長も言っていたんだ。こうなった以上はあのエルフ野郎の言った通り、楽しもうぜ? なぁ?」
デスペンドはギョロ目をギョロつかせ後ろを振り向いた。そこには複数の女性や男性プレイヤーがいた。しかし彼が見た人物は、同じ仲間で、太っているサモナー……。
トゥビットだった。
トゥビットは俯いて、それでいて自信がない顔をして目を逸らしている。
「おい」
ゴーレスはそんなトゥビットの反応が気に食わなかったのか、低く、そして威圧を込めた声で言った。その声を聴いたトゥビットは、びくりと体を強張らせた。
ゴーレスはずんずんっとトゥビットに近付いて言う。それを聞いていた複数のプレイヤーは、怖気づいてしまい、それを見ることしかできなかった。
「お前……なんで無視してんだ?」
「っ」
「俺らに対しての反論か? それとも、反抗か?」
トゥビットは何も答えない。
それを見たゴーレスはぶちぶちと血管をむき出しにし、手に持っていた大槌――『シルバーアックス』(※課金アイテム)をぐわんっと振り上げたと思ったら、それを一気に振り回した。
トゥビットの頬めがけて、メシャリという音を立てて――トゥビットを殴った。
ところどころで悲鳴が聞こえる。
ずたんっと転がって、うつ伏せのまま突っ伏しているトゥビット。
バングルの赤い帯線が一気に減る。そして赤い数字で五百と表記されていた。
デスペンドはそれを見てけらけらと笑う。
ゴーレスは言った。
「お前、俺に反抗するとは、いい度胸じゃねえか……」
「う」
うなるトゥビット。
それを見たゴーレスは、更に苛立ちを募らせ……、ダンッと、彼の顔の横すれすれに、大槌をめり込ませた。
びくっと、トゥビットは体を震わせる。それでも、ぶるぶる震えていた拳には、ぎゅうっと握られているかのように、力を入れている。
それを見たゴーレスは大きく舌打ちをして、ぐんっとその大槌を、トゥビットの頭上に振り下ろそうとした。が――
「お、おい……、そろそろ行こうぜ。このままだと日が暮れちまう……」
一人のプレイヤーが、か細く、それでいて先に進もうという焦りと恐怖が見えるその顔で、言った。それを聞いたゴーレスは、また舌打ちを一回。
そして……、大槌を背中に戻して――
「行くぞ――、でくの坊ども」と言った。
デスペンドはけけけっと笑いながら歩みを進め、そしてトゥビットの肩に手を置いて、優しく、そして、肩を掴んだ手の指に力を入れ、肉が食い込むくらいの力を込めて――囁くように言った。
「運が良かったな」
それだけ言って、肩から手を放して行ってしまった。
それを見ていたほかのプレイヤーは……。
「なにあれ……?」
「調子こいてんでしょ?」
「うぜー……」
「てか、さっきも女の子に怒鳴っていたよな?」
「メンドクセーやつが何でリーダーぶってんだ?」
「はぁ……、何でここに……」
「俺もあの子と一緒に行けばよかったかなぁ……?」
「というか、回復要因って、くくっ」
「何であんなはずれを自分で引いちまうんだろうなぁ」
「エクリスターとかいたはずだろうに……。うくく」
ところどころから聞こえるプレイヤーの声。
それを聞いていたトゥビットは……、ぎゅうううぅぅっと、握りしめていた草を、『ぶちぶち』と引きちぎるようにして握りしめる。
草特有の匂いが鼻腔を刺す中……、ああ、本当にリアルに近い世界になっていると思いながら、トゥビットは思った……。否、小さく――こう言ったのだ。
「…………………………………しね」
一行は泥炭窟に入って、少し歩いていた。先頭はゴーレス。最後尾は置いてけぼりになっているトゥビット。
一人の女プレイヤーが、彼を見ようとちらっと後ろを見た。トゥビットは今にも射殺さんばかりの目つきで女を見た。
女はそれを見て、びくっと怯えながら近くにいたであろう女プレイヤーにしがみつき、震える口で「こ、こわ~……っ!」と言った。
「いいか?」
ゴーレスは言った。
誰も聞いていない、彼だけの見解で、彼は言った。
「今ここに必要なのは――強い所属の奴だけだ。つかえねー所属、役立たずの所属は迷うことなく切り捨てるっ! それが俺のやり方だっ! メディック、サモナー、エンチャンター、ドラッカー、シャーマー、エクリスターの奴は囮になれ。その間に俺が、俺達有能所属が倒す」
「ちょっと待てっ!」
そう声を荒げたのは――魔導師姿の男だった。ゴーレスはその男を見て振り向き、聞いた。
「あ? お前の所属はなんだ?」
「俺はドラッカーだ」
「なら囮だな。さっさと」
「いや、そういうことじゃない。お前のその考え方は極端すぎるだろうっ!?」
男はゴーレスに向かって指を指し、彼は言った。
「ドラッカーは確かに攻撃系の魔法は使えない。でも状態異常に関しては得意中の得意だ! なのにあんたの見解は極端だろうがっ! 俺たちのことを考えず、なに偉そうに言っているんだっ!?」
「あぁ!?」
ゴーレスはキレた口で、顔で男に向かって怒鳴った。
彼からすれば、役立たずが自分に立てついている。そうにしか見えないのだ。
「お前ドラッカーの癖に生意気だぞっ! なに俺に指図してんだっ!」
「それはこっちのセリフだっ! なにいつの間にかリーダーになってんだお前! 大槌士なんて、ただ力自慢ってだけで、近距離しかできないくずだろうがっ! そっちの方がよっぽど囮にふさわしいし、それにお前くらいの力があれば何とかできるだろうがっっ!」
「んだと……、てめぇ……っっ!」
とうとう喧嘩になってしまうのか。誰もがそう思――わなかった。
逆に男の言葉によって誘発された怒りが、まるで伝染病のように広がっていく。感染が拡大してゴーレスの心に軋みを与えていく。
「そうだ!」
「なんでエラソーにしてんのよっ!」
「少しは考えろでくの坊!」
「失せろやデカブツ!」
「死ね! 死ねっ!」
誰もがゴーレスを非難する。非難の嵐は止まず、ますます威力を上げて加速する。
それを聞いて、自分のことをまるでのけ者にしているそれを見たゴーレスはぎりぎりと歯軋りを大きくさせて……。
黙れっっっ!!
そう声を荒げようとした。叫んで、大槌を地面にたたきつけて、威嚇させて無理にでも従わせようとした時だった。
「はいはーい。それ以上は酷だと思いますよー?」
声が響いた。
誰の声でもない。ゴーレスの背後……、エストゥガの方角から聞こえた。
ゴーレスはふっと振り返ると、そこにいたのは――耳が長く、肩まである少し跳ねた金髪は薄暗い洞窟でも光っているように見えるそれで、前髪の一部を垂らし、服装が独特な模様が刺繍されているローブに近いそれを着ていた優しい面持ちの青年だった。
目元は閉じているが、まつ毛としたまつ毛の一部が長い。女と間違えられてもおかしくないような男がゴーレス達の前に現れた。
「あ、あんたは……?」
ゴーレスは聞く。荒げた声と息遣いで聞いた。
それをきいた青年は、ニコッと微笑みながら右手首を上げて、そのまま袖をまくって、右手首に着けられたバングルを見せながら「僕はしがないプレイヤーです。エストゥガに飛ばされたんですけど……、実は仲間とはぐれてしまいまして……」と首をかしげて、困った顔をして言う。
それを聞いたデスペンドはけけけっと笑いながら、青年に近づいた。
「しがないねぇ……、ていうか、お前シャーマーだろう?」
「ええ」
青年はにこやかに言う。
それを聞いたデスペンドは言った。けけけっと笑いながら――
「おーおーおー。それは難儀だねぇ。お前も役に立たないから、お仲間に愛想を尽かされちゃったのかなぁ?」
「…………………………そう、解釈するんですか」
「ああ。俺はそうだねぇ。けけけっ!」
それをきいた青年は、ニコニコとした笑みのまま……。彼は――「あぁ」と思い出したかのように、そして後ろにいたトゥビットを見て、彼はずんずんと、他のプレイヤーの間に割り込みながら、ずんずんっとトゥビットに近づいてくる。
「そういえばあなたは、なぜこんなところに?」
「あぁ?」
「あぁ。ええ、ええ。何も言わなくてもいいです」
青年はトゥビットに近づきながら、まるで何もかもを知っているかのように、彼は続ける。
「あなた――いやなんでしょう? 現実が」
その言葉に、誰もが言葉を失い、そして、ここの空気がひんやりと冷たくなった気がした。
青年は笑みを刻みながら言う。
「現実ではいろんないじめ、苦しみ、そして助けてくれない苛立ち。ゲームでも精神的に来るいじめに耐えて生きてきた。でも誰もかれもが、自分を見てまるでごみを見るような目で蔑んで、誰も助けてくれなかった。誰も手を差し伸べなかった。自分の中に巣食うストレスも限界」
その言葉に、トゥビットは顔を上げてく。その表情は――まるで、希望に満ち溢れた顔。
否――狂気に満ち溢れた笑みだった。
「でも、あなただって言いたくても言えなかった。親やいろんな人の迷惑がかかるし、我慢すればそれでいいとか考えていた」
「そう……、そう……っ!」
二人だけの空間で、青年はトゥビットに向けて――手を差し伸べて、高らかに言った。
「でもね! 我慢するだけ無駄なんだよっ! 自分の思うがままに、自分が正しいと思えば、それを口にしていいんだ! 我慢なんて言う逃避方法はこれでおしまい! 君の怒りを……」
ばっとゴーレス達を見て、彼は言った。叫んだ。
狂気に満ち溢れたその笑みで、彼は叫んで促す!
「――今まで虚仮にしてきた奴に、ぶつけまくろうっっっっっ!」
そう言った瞬間、トゥビットは持っていた木の杖をとんっと泥炭で作られた地面に向けて、強く叩いた。
そして――彼は言う。
「術式召喚魔法――『召喚:髑髏蜘蛛』っ!」
そう言い放った直後、彼が強く叩いた地面に、魔方陣が浮き出て、そこから大きな大きな蜘蛛が二体。そして小さな蜘蛛が三体現れた。
それを見たゴーレスは、ぎょっと驚いて、震える足を見てその足に衝撃を与えながら、武器を構える。
「あははははははははっっ!」
トゥビットは笑う。笑う。笑う。狂気のそれで笑う。
誰もがそれを見て絶望のそれで見る。武器を構えている手が震え出す。それでも数人のプレイヤーは駆け出して、その蜘蛛の足に切り傷をつけようとした。しかし――
がちぃんっと、金属特有の反響音を立てて、はじいてしまう。
「えっ!?」
「えぇ!?」
誰もが驚く。それをあざ笑うかのように――トゥビットは言った。腹部を抱えて笑いながら言った。
「無駄だよ。むだむだぁ! この蜘蛛はとあるルートで手に入れた特殊なそれなんだっ! 攻略できない相手に、どうやって立ち向かうのぉ~っ? 有能所属さぁああああああああああああああああああああんっっ?? あひゃひゃひゃっはひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっ!」
トゥビットは笑いながら叫んで、ゲラゲラ笑いながらそれを観戦しているかのように、笑いこけていた。
ゴーレスは武器を構えたまま……。
なにも、できずに、立ち尽くしていた。
「うわっ! スライムッ!? 何でこんな時にっ!?」
「騒音で来ちまったんだ! 早く倒せっ!」
スライムが轟音で来てしまい、それを倒そうとして、一人のプレイヤーが剣を振り下ろしたが、ぶよんっとスライムの弾力あるそれではじかれてしまい……、驚いた隙を突いて、剣を持っていたプレイヤーに覆い被さるスライム。
「きゃぁっ! あれって……、ゴブリンッ!?」
「いやっ……、いやよぉ! こないでぇ!」
「あ、いやああああっ!」
そしてゴブリンまで引き寄せてしまい、女プレイヤーは何とか応戦するも、ゴブリンの卑劣な不意打ちに引っかかり、足を折られてどこかへと連れて行かれてしまう。
その最中、遠くで女の叫び声が聞こえた気がしたが、ゴーレスはそれでさえも、動けずにいた。
恐怖が、彼を支配し、そして――彼の心を、折ってしまったのだ。
まさに阿鼻狂乱。まさに絶望。
ゲームの世界で、死ぬ思いをしたり、死んでしまったり、殺されそうになったりなど……。
もう、何もかもが、地獄。
そんな中――ゴーレスは、先ほどトゥビットをこんな風にした青年が、ぶるぶる震える体を押さえながらその絶望的な光景を見て、彼は……。
「~っ!」
ゾクゾクと、背中を這う何かを押さえているかのように、体中をびくつかせながら……、彼は、言った。
「~っ! イィッッッ! すごく……! イイッ! この音……すごく、イィィィィィッヒヒヒィィィッッッ!」
まるでそれは、とある特殊性癖の持ち主が叫ぶ言葉のように、彼は興奮した声で叫んだ。最後のところは半音高くなってしまったので裏返った。
それを見たゴーレスは思った。
(もう……、死んで現実に帰りてぇ)
その後を語ることなどあまりない。
ただゴーレスは地獄と化した世界が、蜘蛛の満腹とトゥビットの気まぐれによって、ゴーレスとデスペンド、そして生き残ったプレイヤー達だけで重い足取りのままエストゥガに向かった。
しかし、そこでも青年は待ち望んでいたかのように、鉱石族に気付かれない様に裏通りから入るように促し……、そして彼はゴーレスの耳元でこう囁く。
「これからも、よろしくね」
最後にハートマークが出そうな音色。
それを聞いたゴーレスは、本当に死にたいと願った。
その発端を引き起こした青年は、狂気の笑みを顔に張り付けて、彼らをただじっと見ていた……。