PLAY01 サヨナラリアル①
これは――私が初めてMCOにログインした時の思い出。
確か、中学二年生の時だ。
□ □
VRが主流となった時代でも、絶対に必要なのはログインと設定。
主なやり方はこうだ。
まずはじめに、パソコンとVRゴーグルをUSBで繋げる。
繋げた後は設定の流れに従って操作する。
「確か………、この間に同期しているって言っていたけど、これで本当にできるのかな………?」
少しだけ半信半疑だけど、教わった方法なので私はそれに従うしかない。
わからないままやったら壊してしまうし。
最初に画面に出た項目は――顔写真。
「あ、これがメグちゃんたちが………自分の分身を作る工程かな?」
確かメグちゃんはこう言っていた。
顔写真を撮るのだけど、これは個人のお好みだと。
しなくてもいいし、してもいいそうなので(尚、顔写真を撮っても、登録が終わったら運営側ですぐに削除するそうだ)、私は顔写真を撮った。
トップページのカメラ機能で簡単に映せるので、簡単に自分そっくりの顔が出来上がる。
それが嫌な人は、聞いた話だと――数百種類の顔パーツから選んで、自分好みの顔を作ることができるらしい。
「顔を作るということは………みんなも?」
………そんなことないよね?
私は皆のことを思い浮かべながら、そんなことはないだろう。と言う自分を信じて設定を続けた。
体の造り、ヘアースタイルといった――アバターの外見ができたら、今度は〇☓クイズ。
問題は百問あり、それをすべて行わないとアバターの登録ができないらしい。
それをすべて答え終えたら、少し時間がかかる。診断するには時間がかかるそうだ。
その診断とは……、その人に最も適している『種族』が決まるのだ。
その種族はすごく大事で、診断が終わったら変えることができないもの。
それに関しては、多分説明が入るはずだと、メグちゃんは言っていた。
「それにしても………百問質問して何がわかるんだろう」
そんなことをごちりながらやっと終わった設定。
ログインするために色々な手続きをした後、私は完了のボタンを押す。
押した瞬間、パソコンの画面に出てきた文字は『VRゴーグルを装着してください』だった。
それを見て、私は従うがままそれを装着し、電源を入れて広がったのは――白い光。
眩い光が包み込んだかと思うと、次に出てきたのは女の人だった。
白い髪の毛を腰まで伸ばし、白い近未来風のスーツに身を包んだ、優しそうだけど知的なそれも見せている女性。
その女性が私を見て一言――
『ようこそ。MCOへ』
………無表情に、そして人工音声めいた声で女の人は言った。
私に向けて、笑顔を向けないで――
□ □
『ログインの手続き完了を認証しました。ユーザー名、橋本華様。フリガナは『ハシモトハナ』様でよろしいでしょうか?』
「あ、はい」
私は頷く。
本当に事務的なそれを言う女の人はAIの様で、そしてロボットみたいに淡々とした口調で私に聞き、そして私の返答を聞いて『わかりました』と言って少し黙る。
黙った後――女の人は再度私を見て続けて言う。
『続けて質問します。橋本華様の情報を検索した結果、RCのアカウントをお持ちですが、今回のようにログインしてしまうと二重ログインとなってしまいます』
「あ、そうだった………。忘れてた」
そうだ。そう言えば私、RCのアカウント持っていたんだった………。
前にも話したけど、RCは医療機関だ。
実はこのゲームとは別にカウンセリングできる完全個室の空間がある。
会員制で、その人にしか知らないアカウントが必要となるところで、誰も入ることができない。知られることがない。だから心置きなくカウンセリングができる。
別々の空間でユーザーを喜ばせ、患者を救う。
一石二鳥。これが相応しい言葉だ。
でも今となってはゲームの方が人気で、カウンセリングなんて二の次三の次になっているのも現実。
ほとんどの人がゲームを楽しんでいて、多分カウンセリングができるなんて、私のようなカウンセリングを受けている人しか知らないかもしれない。
そう。私のような人。
私もカウンセリングをたまに受けているので、あのヘビーゲーマーのメグちゃんよりも先輩だ。一応……。
「どうしよう………この場合、前に持っていたアカウントでも大丈夫ですか?」
私は目の前にいる女の人――受付………さんで、いいかな?
私は受付さんに聞く。聞いた後すぐに受付さんは『はい』と頷いて――
『こちらの方で重複してしまったアカウントの処理をしておきます。あなた様のように間違えてしまうユーザーも、カウンセリングを受けるために取ったアカウント、それとはまた別にしてアカウントを取るユーザーもいますが、これはよくあることなので安心してください。それでは以前から所持しているアカウントに情報を更新しておきます』
「あ、ありがとう………ございます」
よくあるんだ………。安心した。
ほっと安堵した後、受付さんは私のことを見て改めるように口を開いた。
自分の横に映像パネルを出して――受付さんの話が始まった。
『それでは改めまして――MCOへようこそ。この世界の主なジャンルはファンタジーです』
「よくありますよね」
『皆さま方、ユーザー様は本社――つまりはRCからクエストというチャレンジミッションを受け、討伐や採取を行い、従来のRPGの世界を体験することができます』
「はい」
『なお、冒険だけがこの世界でできることではありません。プレイヤー同士の対戦。団体対戦形式も行えます』
「交流もリアルに体験できるんですね………」
『様々な交流ができますが、規約に反した交流、又は違法行為目的の接触は禁止されています』
「は、はい………」
しないけど、しっかり注意事項は言うんだ。流石だなぁ………。
これって、AI、なのかな………? それにしては凄い流暢というか………。
私の知らない世界が今まさに広がっていると思うと………、驚きもあるけど、怖くも感じてしまう。
『アバター』のこともだけど、カウンセリングの時は自分の精神データを電脳空間に送っているから、ゲームとなるとこうなんだという、なんだか新鮮さも感じてしまい、今目の前にいるこの人は、本当に人間じゃないの? と思ってしまうくらいリアルだから………。
ゲーム、あまりしないからわからないな………。
そう思っていると、受付さんは私の名前を呼んで、続けて私に言ってきた。
『MCOの世界観を理解したのであれば、次は橋本華様の『アバター』の設定を行います』
とうとう来た。
そう思いながら私は受付さんに向けて「分かりました」と頷くと、受付さんは隣に出てきた液晶パネルに手を向けた。
『ではまず最初に――このゲームの世界の『種族』について説明いたします。なお、アバター作成『種族』と『所属』で決まります。作成はそれぞれの項目の最後に行いますので、説明をよく聞いたうえで選択してください。もし忘れてしまったということがあれば、項目欄でもう一度説明したい場所をタップしてください』
「あ、はい」
『勿論決めることが困難であれば、こちらで推奨したアバターを選ぶ項目もありますので、参照にしてもよろしいかと思います』
「ご、ご丁寧に………どうも」
いろいろと丁寧に言ってくれた言葉の数々。
それを聞きながら私は液晶パネルに視線を向けた。
向けられた液晶パネルに出た文字は『種族』
よく授業でもするように、ううん。本当に授業でもするかのようにその人は私に説明を始めた。
今思うと――しょーちゃん、聞いてないかもしれないな………。
『MCOの世界は多種多様な種族が存在する世界となっています。皆さまもその種族の姿になる――つまり『アバター』になるということです。主に七種類の種族になることができます』
「七種類ですか?」
『はい。最初に、プレイしている人口七割、ステータスもバランスがいい『人間族』これらが現在MCOに置いて人気のアバターとなります。』
画面に出たのはよく見る人間の男女。
その姿を見て、確かに人間は必要かもしれないと思う。
人間がいなかったらどうなるんだろう………、その想像ができない………。
『次に多い種族は『エルフ族』です』
「エルフって、よくファンタジーに出て来るあの耳が長い人のことですか?」
『正解です。耳が長い、またの名を『森人族』と呼ばれている種族ですが、細分化すると、スピードと命中率が高い森人族――エルフ。魔力が高く、魔法攻撃が得意な上森人族――ハイエルフ。そして気性が荒く、攻撃力と魔法攻撃ずば抜けている森人亜種――ダークエルフとなります』
映像に映し出される耳が長い男女の映像を見て、私は頭の中で順番に言われた言葉を復唱していく。
復唱した後、受付さんの説明が再開された。
もしかして………、考え終わるのを待っていたのかな………?
『人間、エルフの他にも種族はいますが、ユーザー様が扱う種族は――亜人族と言う混血族になります』
『混血?』
『亜人族は人間族と多種族の血を引いた混血族と言われています。犬の血を引いた『犬人』。猫の血を引いた『猫人』。蜥蜴の血を引いた『蜥蜴人』。ドワーフの血を引いた『鉱技人』。巨人の血を引いた『巨人族』。人魚の血を引いた『人魚人』など、種族の血を引き、それを生かした戦い方をすることができるアバターです』
「えっと………、つまり、人間+多種族という種族が、亜人族、ですか?」
『正解です。そしてその亜人と対を成す種族もいます』
「対?」
『亜人は人間と他種族でしたが、今度は他種族と魔物族の混血族――魔人族が存在します」
おぉ………、なんか、恐ろしい言葉が出てきた。
亜人はなんとなく聞いたけど、魔人って聞くと、なんだか怖いイメージが出てしまう。先入観なのかな………?
そう思いながら私は受付さんに対して手を上げて、おずおずとだけど「質問していいですか?」と聞く。その言葉を聞いて受付さんは一旦説明を止めて、私のことを見て『ご質問をどうぞ』と言ってきたので、私は受付さんに向かって質問した。
「あの、魔物族って、なんですか?」
『ご質問ありがとうございます。魔物族と言うものはRPGにおける魔物と思って下さい。なお魔人族は敵ではありません。魔物の血を引きつつ、その特徴、性質を受け継いでおり、魔力が高い種族です。皆さまが倒す魔物と魔人族は全くの別物なのでご安心してください』
「な、成程………」
なんとも事務的な言葉で、機械質で人工音声めいた音色で言う。詳しい説明もしてくれるからありがたいけど………、ちょっと人工音声が怖いと思ってしまったのは、言わないでおこう。
『次に、魔物の力を引き出すことができる混血――魔獣族です』
「魔獣? それって、魔物なんじゃないですか?」
突然出てきたワードの驚きつつも受付さんに聞くと、受付さんは『いいえ』と即答して――
『魔獣族は魔物の血を引いていますが、人間の自我を持ちつつ、魔物の力を最大限に引き出している種族です。余談となりますが、マニアに人気とのことです』
「そんな情報もあるんですね………。簡単に言うと、魔物族+人間族。という感じですか?』
『正解です。魔獣族しか持っていない魔物の力を引き出すことができ、それが限界を超えると、『魔獣マスター』の称号を手に入れることができます。なお――橋本華様にこの魔獣族の適正はありません』
「そ、そうですか………」
かなりズバッと言われた………。
ということは、私の適正アバターは、魔獣族以外ってことだよね?
そんなことを思いながら受付さんを見ると、受付さんは液晶パネルを指しながら『最後になります』と言って、パネルに四人の人物を映し出した。
男女二人組で、一組の男女には体に黒い刺青のようなものが。反対に残りの男女の眼は金色という、エルフや亜人のように変わったところがない人の映像を見せて、首を傾げる私に向けて受付さんは言った。
『MCOにはレア種族と言うものがあります。橋本華様はその種族に適性がありました』
「わ、私が、レア種族、ですか?」
驚きというか、そんな確率で当たってしまう自分に対して、どう反応すればいいのかわからないまま自分を指さすことしかできない私に、受付さんは頷いて話を続ける。
『説明をしますと、一つは悪魔族というもので、HPが異常に高く、魔力や攻撃が高い分、防御力、魔法防御力は異常に低い種族ですが、三回体力がゼロになっても、三回も踏ん張って生き残るというそれを持っています』
「悪魔………ですか?」
『橋本華様が思う悪魔ではありませんのでご安心してください。そして最後にご説明するのは――天族です。橋本華様のアバターにもっと適している種族となります』
橋本華様、いかがなさいますか? 項目からお選びください。
そう言って受付さんは金色の目を持つ種族に視線を向ける。
私が、この種族に適しているんだ………。てっきり人間かと思っていたけど、なんだろう………、こっちの方が、しっくりくるような………。
『天族は攻撃系のスキルはありません。攻撃力は低いですが、防御力、魔法防御力が高く、MPが異常に高い種族です』
受付さんの言葉を聞きながら私は考える。
攻撃系はない。それは果たして必要な種族なのだろうか………。
わからない。わからないけど、私は………傷つくのが嫌いだ。傷つけられる人を見るのも嫌い。
そして、人を、傷つけたくない。
そこだけは、なんだか同じように感じてしまった。
だからなのかな? 私は最後まで聞いて、すぐに決めることができた。
前を向いて、項目のあるボタンを押してから、小さい様な声で言った。
「天族、に、します」
『かしこまりました。橋本華様のアバターは『天族』に決定しました。認証、同期を開始します。同期、完了しました』
そう言って、液晶パネルに映し出される私の名前と種族。
そこにはしっかりと『天族』と書かれてて、なんだか心なしか、もう一人の自分になれるんだとワクワクしていたのを、今でも覚えている。
そして――
『続きまして――橋本華様のジョブ、『所属』の設定を行います』
………まだあったんだ、と思い、悪い意味で肩の力が落ちてしまったのも、今でも覚えている。