PLAY04 ダンジョンへ④
モナさんが言っていた言葉――ゴーレスさんがここに来ていたという言葉を聞いた瞬間、私やアキにぃ達は驚きつつもモナさんに一体どういうことなんだと詰め寄るように聞いたら、モナさんは神妙な面持ちの顔で私達に向かってこう言った。
なんでも私達が来る少し前に、ゴーレスさん達がエストゥガに来たらしい。
でも心身共に危うい状態で見つかったらしく……、その看護を、エンドーさんがしていたそうだ。その見張りはキョウヤさん達が代わりばんこで。
その場所は――ギルドの近くにある、救護室。
救護室も石で作られてて、鉄で作られたドアをグレグルさんが開けてから、明かりとなる鉱物をごんっと叩く。
すると――淡い光が救護室を照らす。
薄暗い中で、私はモナさんと一緒にその中を見る。見て、すぐにわかった。
室内には簡易ベッドや棚もある。
でもそれが何もない部屋の片隅を見ると……、ボロボロのゴーレスさんとその仲間の人達もいて、見た限りだとたった十数人しかいなかった。ゴーレスさんは部屋の片隅で蹲りながら、死んだ目で床をじっと見て怯えていた……。
ゴーレスさんはぶるぶる震えながら、何かに怯えている顔で大きな巨体を小さくさせるように蹲り、一緒にいた太った人はいなかったけど……、瘦せ細った人はけらりけらりと笑いながら虚ろな目で天井を見上げている。
涙を流して、正気を失っている。
女の人もいたけど、女の殆どの人が生気を失った目をして、身体を毛布で包んでブツブツと何かを言っている。他の女の人は泣いている人もいたり、頭をかじかじと掻き毟っている。
それを見た私は、言葉を発することができなかった。
見ることを拒みそうな、苦しくなるようなその光景を見た瞬間、言葉を失ってしまった。と言った方がいいのだろう……。
そう思いながら茫然としていると……。
「これ……」
モナさんも状況を理解したのか、口元を隠して、その異常さを恐ろしく見ていた。
後ろにはアキにぃ達がいたけど、みんなモナさんと同じように、異常さを恐ろしく見ているだけだった。アキにぃだけは……それを見て目を細めているだけだった……。
「マジかよ……」
「なんだ、こりゃ……」
「ひでぇなぁ……」
後ろからキョウヤさん、ブラドさん、そしてグレグルさんの悲痛な声。三人も中を見るのは初めてのようだけど……、エンドーさんは私達の隣りに来て……。
「彼らは驕ったんだよ。自分の強さを過信して、こうなってしまった」
あまりに場違いな冷静な声と音色、口調で言った。
つかつかと、ゴーレスさんに近付いて……、エンドーさんは言った。
「あんなことがあの洞窟であったんだ。それは精神的に傷つくこともあった。でも、この世界はあまりに非道でできている」
後ろ姿だから、エンドーさんの表情が読み取れない。でも、背後からでも感じる……。
異様なもしゃもしゃしたこの感じ……。
「女の人の看護をしている時、その人はゴブリンに襲われて――ひどいことをされたんだ。女としての存在そのものを汚されるような。そんな屈辱を。何人もの人がログアウトになってしまって、そして生き残っているのはたったの数名……。でもね」
と言いながら、くるっと私達を見て――この場には不釣り合いな笑みで、エンドーさんは言った。
まるで、希望に満ち溢れた顔だ……。両手を広げて、エンドーさんは言った。
「僕達は今彼らのために戦う。サラマンダーの浄化のために、彼らもここに来て、君達も来て、これは運命だと僕は思うんだ」
すっと、閉じていた目を、薄く開けたエンドーさん。それを見て、私は肩を震わせる。モナさんも驚いていたけど、すっと自然な流れで私の前に立ってくれた。
それを見ても、エンドーさんはつかつかと歩みを進めて、私達に……、ううん。エンドーさんは私しか見ていないような目で、近付いて来る。
「この世界は本当にすごいよ。なにせこんなにリアルに再現できている。これが本当の異世界転生。僕は信じているよ。君が、みんながこの世界のために死力を尽くして戦」
「――やめとけエンドー」
私達の前に現れたのは……、コウガさんだった。
コウガさんはモナさんの前に現れ、私とモナさんを背に隠すように、エンドーさんを見て言った。
「お前のその異常な見解なんていちいち聞いていられるかっての。第一希望とかそんなファンタジーめいた言葉はごめんだ。ただの切り札。浄化できるやつって俺は思っている。お前のそのメルヘン脳……、いい加減うざくなってきたぜ……」
「………ふぅん」
コウガさんの毒のような言葉に、エンドーさんは肩をすくめ、顎に手を当てて考えながら、微笑んだ笑みを崩さずに――コウガさんに言った。
「僕の脳味噌はメルヘン……。ふぅん……、嫌な例えだね」
その言葉を聞いて、私とモナさんがそれを見て黙っていると……。
「なぁ――」
その会話に入り込んできたのは――キョウヤさんだった。
キョウヤさんは私の頭に手を置きつつ、コウガさんとエンドーさんに向かって、少し怒っているような顔をしてこう言った。
「その話はよぉ。この人たちがいないところでした方がいいぜ。そう言ったトラウマって……、簡単に取り除くことなんてできないし、それに今は――静かにした方がいいんじゃねえか?」
すっとゴーレスさんを見るキョウヤさん。
それを聞いたコウガさんは、じとっとキョウヤさんを睨んで、そして視線をそらして舌打ちをする。しかしエンドーさんは今までの微笑んだ笑みを崩さずに、少し困った顔を混ぜた顔をして――
「それはそうしたいのですが……」と言いながら、私達に言い、そして――
「僕はここから出て、すぐにでもダンジョンに向かいたいです。しかしですね……」
と言って、私達のことを見ながらこう続けるエンドーさん。その目は困った顔ながらも真剣な顔だ。
あ、一応言っておくけど……、賭けの試合は、アキにぃが負けたということを聞かされた私は、正直驚いた。
アキにぃとはついさっきまで長い間会ってないけど……、冒険者免許にはレベル五十は超えていたはず。
キョウヤさんが圧勝……。それは言ったどんな試合だったのだろう……。そう思っていると、エンドーさんは困った音色で言った。
「僕はここで彼らの看護と言う名の手当てをしている。それは毎日しているんですよ。現実では僕、医学に通ずる仕事をしていたので……、かじる程度のことしかできないけど……。傷も深い人もいる。その人たちの手当てなんですけど……」
「それなら――」
エンドーさんに近づきながら、モナさんは言った。かつかつと、靴の音を立てながら。
自分の胸に手を当てて、自分ならと言う意思表示なのか――モナさんははっきりとした声で言った。
「私はメディックです。回復専門の所属なら、私が残ります」
「え……?」
誰もが驚く。エンドーさんも、そしてコウガさんも。私も……。
私の驚いた声を聞いたのか、モナさんは振り向いて、私の肩に手をトンッと置く。そして――ニコッと微笑んで。
「大丈夫だよ。サラマンダーの浄化では、ハンナちゃんは必須。そして回復要因はきっと、ハンナちゃんで十分だよ」
「………………………」
「自信持って。あの時だって、ダンさんの怪我、すごい大ダメージだったのにすぐに全回復したって、ダンさんも大絶賛していたもん。きっと、出来るよ」
だから、私の分まで頑張ってっ!
その言葉を聞いて、私はダンさんを見るために、振り返る。
ダンさんは笑顔でサムズアップしていた。
それを見て、私は落ち着かせるために、すぅっと息を吸って――そしてモナさんの手に、自分の手を乗せて言う。
「――お願いします」
その言葉を聞いて、モナさんはうんっと元気よく頷いた。
「おぉ? ここにおりましたか」
少し遠くから野太い声が聞こえ、みんな一斉に背後を見るために振り返った。
そこにいたのは――ダンゲルさんだった。ダンゲルさんは石の大剣を杖代わりにして歩んできて、私達に言った。
「準備は整ったのですかな?」
ダンゲルさんの言葉に、誰もが言葉を返せなかった。ダンゲルさんは何故かきょとんっと首を傾げている。それを見た私は……、あれ? と違和感を覚えた……。
なんだろう。
ここに来てからだけど……。
何か辻褄が合わないような……。そんな気がした。
私達もここに来て、ゴーレスさんのことは話していないから、それは知らないということになるだろう。でも、ここに来て、最初の言葉は……、何だっけ……?
「ええ。問題も解決しましたし、整ったと言っても過言ではないでしょう」
と言ったのは――エンドーさんだった。エンドーさんの言葉に、ぎょっと驚いたブラドさんは……。
「おいおいおい! 何一人で言っちゃってんのっ!? 俺達は全然整ってねぇ!」
そんなことを言いながら怒って言っていたけど、エンドーさんは無視などせず、ブラドさんを見て言った。
私はその顔を見ることができない。けど――
ブラドさんは驚いたというか、青ざめた顔をしてエンドーさんを見ていた。
まるで、自分が見たことがないような、そんな顔。
「僕達は、既に整っていますよ?」
そんな微笑んだ音色で言って、コウガさんはグレグルさんを見て何かを耳打ちしている。グレグルさんは驚いた顔を一瞬出したけど、すぐに頷いてモナさんの近くに行く……。
「おや?」
くるっと微笑んだ顔でグレグルさんを見たエンドーさんは、笑みの侭グレグルさんに聞いた。
「グレグルさんは行かないんですね?」
その言葉にグレグルさんは「ああ」と答え――
「俺はここで警護でもしとくぜ。パラディンじゃ……、きっとサラマンダーの熱で盾が溶けちまう」
と肩を竦めて言って――
「俺は応援でもしとくぜ」
と言った。
「て、てめぇっ!」
ブラドさんが怒りを露わにして突っかかろうとしたけど、キョウヤさんはそれを静止するように、ブラドさんの腰に尻尾を巻き付けて止める。
本当に、尻尾を使うんだ……。モナさんの言った通り……。
なんだが……。犬みたいだけど蛇みたい。
それを見て、エンドーさんは溜息とともに「解りましたよ」と言って。
「属性系なら、僕のサポートが重要でしょうね」と、やれやれという感じで言った。
「――決まったんだな! よし、倒そう!」
「『そうだ、京都に行こう』やないんやで。これはマジモンや」
「はぁ……、ホント、ダンは」
ダンさんは気合十分に拳を振り上げて言うと、ララティラさんはこつんっと杖でダンさんの胴を叩く。エレンさんは頭を抱えながら眉をひそめていた……。
アキにぃは銃を持って、キョウヤさんも槍を持っている。
コウガさんもその建物を後にし、私のその後に続いて行こうとした時、私はハッとしてすぐに建物の奥――ゴーレスさんの所に向かった。
「あ――」
モナさんの声を聞かず、私は少し遠くでゴーレスさんに言う。しゃがんで、まるで小さい子供をあやすように優しく……、怖がらせないように言った。
「あの……、リオナさん……。あ、ギルドにいた受付の人なんですけど……」
……ゴーレスさんは何も言わない。でも、私はそれでも続ける。
聞いてくれるだけで良い。今は聞いてくれるだけで、いいんだ。
答えるなんて無理なことはさせない。
だから、私の声を聞くだけで――いい。
苦しい思いをしたんだ。無理はさせたくない。
「あの人、あなたのことを心配していました……」
蹲りながら何も言わないゴーレスさん。それでも続ける私。
「もし、歩ける元気が出たら……、リオナさんに会って、元気ですって言ってほしいんです。モンスターは倒しました。だからもう、怖がる心配はない、と思います。私が言うのもなんですけど……、怖いかもしれません。でも、きっと誰かが、あなたの恐怖をわかってくれると思います。だから……」
生きることを、諦めないで――
……それだけ言って、私は立ち上がって、そっとその場を離れる。その間、皆は待ってくれていた。私は申し訳ないなと思う気持ちもあったので、後で謝ろうと思った時だった。
ぱしりと――モナさんが私の腕を掴んだ。
私は驚いたけど、もっと驚いたことがあった。
モナさんは、私を見て――今まで見た笑顔や、怒りの顔とは違い……。心配と真剣が混ざった顔で、口をつぐんで、彼女は、私にしか聞こえない声で言った。
「――気を付けて」
モナさんの言葉に、私は声をあげそうになったけど、モナさんはそれよりも早く――言葉を続けた。
「あのエンドーって人と、二人きりになっては駄目」