PLAY04 ダンジョンへ①
門の所にいたヘルナイト。
私に気付いて、私を見て――ヘルナイトは言った。
「……お前は」
その言葉は驚いた声だったけど、凛としてて、耳に残る声だった。
◆ ◆
そんな二人の再会の前に、時間は少し遡る。
場所はエストゥガギルドの裏にある訓練場。
ギルドより少し広い、まるで学校の校庭のような広さの対戦場所がある。少し遠いところには丸太で作ったベンチがいくつか置かれている。
そこで鉱石族は日々体を鍛えたりしているのだ。鍛えている理由などない。ただ鉱石族にとって筋肉と言うものは己の誇示でもあり、わかりやすく言うとその筋肉こそ己の強さの表れでもある。
その表れを維持するために、そして互いの強さをぶつけるために、この場所は存在しているのだ。
まさにシンプルイズザベスト。強さこそが強者の証。
ただ普通と違うとすれば、この証明は純粋な強さではなく、エストゥガを守るための強さの証。
その証を得るために、彼等は日々仕事をしながら強さを極めているのだ。
この場所はその強さを確かめるための場所でもあり、鉱石族の気位を高めるために設けられた場所でもあるのだ。
名称は『鍛錬広場』
鉱石族にとって己の強さのぶつけ合いをするその場所で、ハンナ以外のプレイヤー達が集まっていた。
鍛錬広場の中央には、二人の人物。
手に愛用のライフル銃を持って、目の前の人物に対し警戒を怠らないようにしているアキ。
そして対照的に、よく柔軟体操で使われる手首足首をしながら、腑に落ちないのか、唇をとがらせている蜥蜴人の亜人族――キョウヤがいた。
以前にも話したかもしれないが……、MCOでは、対戦バトルと言うものがあるのだが、それも機能しない。どうやらアップデートで消去されたのだろうとエンドーは解釈し、エンドーは審判役をエレンにしてもらおうと提案した。
エレンは渋々承諾した。本当に渋々である。
アキの背後には、それを観戦しているララティラ、モナ。ダンはうずうずと体を揺すっては、落ち着きがない様子だ。
「ダン……、ちぃっとばかし落ち着いたら?」
それを見て、ララティラは首を横に振りながら呆れて言う。
ララティラの言葉にダンはまるで貧乏ゆすりの様に揺すっていた体を止めて、ララティラを見て彼は言った。目をぎらぎらさせて……。
「――戦っていいんだなっ!?」
「飛躍しすぎや。ちゃうって。落ち着け言ーとるの」
……とんでもなく飛躍しすぎて、そしてなによりなぜそうなると言った感じの言葉を放ったダン。それを見たララティラは溜息とともに冷静に、冷たく突っ込んだ。
それをララティラの隣りで見ていたモナは乾いた笑みを零すことしかできなかったが、アキの方を見て、そしてその審判役となっているエレン(溜息を吐きながら腰に手を当てて気怠そうだ)を見てから……、すっと、モナはとある方を見た。
――あの人。
モナが見たのは、キョウヤの後ろにいたシノビのコウガ。パラディンのグレグル。そしてブラドとエンドー。
特に、エンドーを見て、モナは先ほどの流れを思い出す。
エンドーが来るまでの間、話し合いが段々険悪なものとなっていた。しかしそれを無理矢理丸め込み、同行するかしないかと言う交渉試合にもつれ込ませた。
強引ではある。しかし誰もその会話に口を挟めなかった。
それを見事に成し遂げたエンドーを見て……。モナは思った。
モナの直感が、囁いた。の方がいいだろう……。
――あの人……。違う。と……。
一方として――じーっと見ているモナを見ていたエンドーは、ほくそ笑みながら手を振って対応する。
それを見たモナはハッとして、すぐにアキの方を見る。
「ふふ」
エンドーは笑みを声で零した。
「なに見てんだエンドー」
そう聞いたのはグレグルだった。グレグルは頬杖を突きながら、エンドーを見下ろして聞く。
それに対しエンドーはクスッと微笑みながら見上げ……。
「いいえ。この戦況――どう出るのかなーって思っていまして……」
と言って、エンドーはその光景を見ながら言うと、エンドーのその言葉にグレグルははっきりと、即答で――
「キョウヤが勝つ――だ」
「俺も同文」
「俺もだ。つか足折れろ」
その言葉に同意の声を上げたブラドにコウガ。コウガに至っては何やら不吉の言葉を放った気がしたが……、それでもコウガはコウガで、これは優しい言葉だ。
……優しいのか、それはその言葉を聞いた人次第だが。
コウガの言葉に、エンドーは少しむすくれた顔をして「そんな物騒な言葉はだけですよー」と言うと、コウガはじろっとエンドーを睨んで……。
「うっせ」と、毒を吐いた。
「うわー……。怖いですねぇー」とエンドーは肩をすくめながら冷や汗交じりに笑みを浮かべる。
それを見て、コウガは一瞥した後――キョウヤを見る。
――素手で、ねぇ。
コウガは内心甘いなと思った。
コウガやグレグル、ブラドにとって――キョウヤが負けるという想定はないというか、そんな思考ができるのは、キョウヤと対戦していない人だろう。むしろエンドーの提案は甘い方だと思っているコウガ。
それは、コウガとブラド、グレグルしか知らない……。
キョウヤに武器なしで圧倒されて、負けてしまった三人にしか――キョウヤの凄さはわからないのだ。
一方で、アキはキョウヤから目を離さないで見ている。じっと、銃を構えず……ただキョウヤだけを見ている。
警戒の目で――彼を見ていた。
(素手対武器……、簡単な話、それは武器を持っている俺の方が有利だろう)
アキは思う。しかしアキはその予想を右に流して、再度思考する。
(でも相手は蜥蜴……蜥蜴人。俺はエルフ。身体能力的に、未知数のあっちの方が、有利なのか……? 俺の場合は魔力値が高いのと、逃げ足が速いだけのそれ)
と思い、アキはすっとキョウヤを再度見た。
丁度終わったのか――キョウヤはたんたんっと小さく跳躍して、ウォーミングアップを終えて、既に臨戦態勢になっていた。表情は余裕……ではなく、普通に対戦するようなその顔。
真剣勝負のそれではなく……、ただ単に対戦と同じ、勝ち負けなど気にはしていないような。そんな顔だった。
(気にくわない)
そうアキは思った。アキは内心大荒れで、その起因が、キョウヤにあったからだ。
キョウヤはハンナの頭を撫でた。ブラドに話しかけようとして、彼女は近づこうとした。それを止めたキョウヤは、ハンナに言うと、ハンナは申し訳なさそうに謝る。
キョウヤはそれを見て、ハンナの頭を撫でた。
たったそれだけ。
それだけで、アキは思った。
(――気にくわない。ハンナに触るな)
それは――常軌を逸したものだった。
アキにとって、ハンナは唯一心を開いた存在。
それが指す事……、それは――他はどうなってもいい。
ハンナだけいればそれでいい。ただの妹溺愛ではない。アキは――
――重度のシスコン。それも……『え? この人大丈夫?』というレベルのそれであった。
触れることも、仲良くすることも、泣かせることも……、ハンナに何かがあったら、それは許せない重罪。
アキにとって――ハンナは己の全てなのだ。
何故こうなったのかは……。後日話すことにしよう。今は目の前の、キョウヤのことである。
キョウヤはアキを見て、あっけからんとした表情で言った。
「おーぃ! 準備万端だから、そっちのペースで始めてもいいぜー」
(馬鹿にしやがって)
アキの心の声が汚くなる。表情にも曇りが深くなる。
幸い、ハンナがいないこの状況だからこそ、彼はこの表情が出来る。
だから――容赦などしない。
(あのキョウヤって人のレベルは五十だけど、俺は五十三。たったそれだけの差だけど……、武器とエルフの特色を駆使して……、勝ってやる)
(あのエレンさんの協力も、本当は乗り気じゃなかった)
(邪魔する人が増えるから嫌だった。俺一人でもできると思っていたのに……)
そんな悪態をつくアキ。
アキはその心の声をしまって――審判を務めていたエレンに向かって言った。
「エレンさん、お願いします」
がちゃっと、ライフル銃を構える。
アキが持っているライフルは良く言うボトルアクションライフルと言うそれで、モデルとなったライフル銃はアメリカで使われた『スプリングフィールドM1903』という小銃だ。しかしそれはモデルであり、ゲーム内では課金ウェポンアイテム『グレンヘレーナ』という名前で売られていた。
装填は七発が主流だ。
しかしアキが持っているライフル銃の弾丸が三十五発。一回に七発入って五回使える仕様だ。
五回のタイムラグがあるかもしれないが、それなりに撃つことができる。
(ギルドの中で売られていたものを確認した。ライフルの弾丸は少し高かったけど売られていた。無くなればそれを買うとして……、今回は、全弾撃ちこむ勢いで行かないといけない)
容赦なし。待ったなど言わせない。
そんなアキを見ていたエレンは、薄々アキの本性が分かってきたような顔をし、溜息と共に、右手を上げた。
それは――試合の合図。
アキは銃に残った弾を確認し、そして銃口を――キョウヤに向ける。
キョウヤは少し前かがみになって、尻尾をしゅるりとうねらせる。
互いに、真剣そのものの顔だ。
「それじゃぁ……」
エレンの言葉に空気が一気に張りつめた。ぴりっとその場に緊張が走る。
アキの銃の餌食にならないように、その軌道から逸れていたコウガ達も。
キョウヤの凄さがどんなものかを見ているララティラ達も……、そしてそれを見る前に戦おうとして、それを抑えてうずうずしているダンも……。
黙ってそれを見て――エレンの言葉を待っていた。
そして――
「――始めっ!」
開始の合図が、エレンの声と腕が振り下ろされたと同時に――始まった!
最初に動いたのは――アキだった。
銃口をキョウヤに向けていたので先手は彼の特権であり、エレンの「始め」と同時に『パァン』と放たれる発砲の音。
弾丸は一直線にキョウヤの心臓目掛けて突き進む。
撃ち込むように――要は……、倒す勢いで打ったのだ。
「あ! 撃った!」
「しかもアキくん――何しとんっ!?」
「ああああぁぁぁぁ~! 俺も戦いてぇっ!」
「じゃかぁしぃっ!」
モナが身を乗り出す勢いで、目をひん剥いてそれを見た。ララティラも驚いて見たが、ダンの頭を抱え出すほどの場違いな台詞を聞いて、彼女はそんなダンに突っ込みを入れる。
それを見て、モナは無言になってそれを一瞥することしかできなかった。
そんな中でも、賭けである試合は始まったばかり。
エレンもダンに対して突っ込みを入れたかったが、それでも、審判と言う役を全うしている。
エンドー達を見るエレン。
何かをしている形跡はない。
なにより――心配の顔をしていないのだ。
「………………………?」
エレンはそれを見て、疑問を抱いた。
その疑問は、すぐに来た。答えが来たのだ。
弾丸がキョウヤの心臓目掛けて飛んできた。
が、キョウヤはそれを臆することもなく、尚且つそれをどうにかしようという顔もしていない。敢えて言うのなら――避けた。
すっと――銃弾の軌道から逸れるように、体をそっとよろけて、最小限の動きで避けたのだ。
至近距離で――避けたのだ。
「え? へぇ!?」
アキはライフルを構えながら驚く。そしてモナ達も驚いて見て、エレンも疑問に抱いていたものが――突然雲が晴れるかのように解けたのだ。
エレンは見ていた。キョウヤが避ける瞬間、それを――ちゃんと目で見て、避けている姿を。
蜥蜴人。常人よりも目がいい。
それが、蜥蜴人の特色のひとつなのだ。
キョウヤは「っとっととぉ!」と、バランスを崩してよろけながらも、ちゃんと体制を崩さず、姿勢を低くし、そのままだっと駆けだす。
その最中――キョウヤは左手に何かを持った。
それを見逃さず、アキは銃口をキョウヤの顔面に向けて――特に左目に向けて、定める。
(左目に集中しつつ……)と、アキは思いながら、その時を待つ。
だんっ。右足を踏むキョウヤ――
だんっ。左足を――
(今――っ!)
走る瞬間に出来る隙。その隙は走った瞬間の、踏み込むときに出来る一瞬の静止。
それを見切って――アキはその銃口の先を、目から左手のそれに変え。
――パァンッ! と。撃った。
「お?」
「狙いを変えたのか?」
「てか――早すぎぃっ!」
コウガとグレグルが驚きの声を上げ、「これはいい勝負じゃないか?」と思いながら見ている。ブラドに至っては、早すぎて見えないと驚きの声を上げて怒っていた。
エンドーはそれを見て、ふるりと肩を震わせていた。
試合の方はというと――
キョウヤはその銃口が左手に向いて、そして撃たれた瞬間――彼は手に持っていたそれを、思いっきり振りかぶって、投げた。
「っ!?」
投げた。それは石ではない。
それは――一握りの土の粉。
アキは小石だと思っていたのが、完全に外れた。キョウヤが投げた土の粉は、弾をすり抜け、アキの目に、ピッと――入ってしまう。
その間に、キョウヤはだんっと銃よりも早く走って、銃の攻撃から逃れる。
「っ! ~~~~~っっ!」
目にゴミが入ったかのような痛み。否、目にゴミが入って痛いのだ。リアルに。
アキは右片目に入った土の砂を取る暇もなく、右片目だけを手で押さえて――左だけで補おうとキョウヤを探す。
キョウヤはすぐに見つかった。
アキは探検家のスキル――『感知スキル』を使って気配を察知して背後を振り向く。左回りで振り向く。
左手に持ったライフル銃を突き付けて、背後を取っていたキョウヤに銃口を突き付けた。
「――終わったな」
そう言ったのはコウガ。その音色は――言葉通りのそれだった。
キョウヤは低く屈んだ状態でいた。しかし――アキの銃口は。
ぐわんっと軌道を逸れ、キョウヤがいるところとは違うところに銃弾を撃ち込んだ。
「っ!?」
アキはそれを見て、地面にめり込んだ銃弾を見て、彼は混乱する。
その光景を見て、ライフル銃を見た瞬間――パズルのピースが揃って、一枚の絵になったかのように解った。解ってしまった。
キョウヤの両手は塞がっていない。脚も使ってない。使ったのは――
尻尾。
尻尾を使って、アキが持っていたライフル銃の銃口を尻尾の先で掴んで、横に押したのだ。
両手両足を使わないで、尻尾だけ使って攻撃を防いだのだ。
その隙を突いたキョウヤは「――っふ」と、アキの両肩を両手で掴み、そのまま押し倒す。
アキの両足に、自分の左足を使って重しにするように体重をかけて乗せ、右足はアキの左手を押さるように踏みつけ。
左手から離れたライフル銃を、尻尾で軽々とぶんどって、それを少し離れたところに投げると、アキの最後の頼みの綱でもある右手首を『しゅるり』と巻き付き、地面に押し付ける。
「――ぐぅっ!?」
唸るアキ。しかしキョウヤは止めない。
左手で肩を掴んで、アキに乗っかるようにキョウヤは――ぐんっと右手の中指を人差し指を、アキの両目に突き刺すように、一気に振り下ろす。
それを見たエレンが止めようと口を開いた。
が。
キョウヤはアキの目元寸前のところで、止めた。
ぴたりと、止めた。
それだけ。
アキに至っては……、助かったの一言だろう……。
瞬間、ブワリと来た発汗。それは恐怖から解放された安堵と緊張の糸が取れたそれ。
キョウヤに至っては……。
「ふひー。あっぶねー」
本人は一気に抜けた緊張感から、だらんっとした顔になってアキの目元に突き付けていたそれを解く。肩を掴んでいた手も離して――ぶらんぶらんっと手首を振るう。
それを見ていたララティラ達はきょとんっとするしかなく、その光景を見ることしかできなかった。
コウガ達はやっぱりな。と言う感じでそれを見て肩を竦めるコウガ。半笑いで頬を指で掻くグレグル。頭を垂れて、「……素手であれかよ……。俺のソードマスターリザード魔人のアイデンティティは……?」と、小さい声で呟いていた。
一応補足として言っておこう……。ブラドはソードマスターである。
そんな話を少し置いておいて……。
「っは! し、勝負ありっ! キョウヤの勝利っ!」
エレンの試合終了の合図。それを聞いたキョウヤはすぐに立ち上がると同時にアキに手を伸ばす。
「ほい。この勝負――オレの勝ちってことでいいか?」
そう言ってキョウヤはアキに対し、笑顔で言って手を差し伸べる。
それを見たアキはただただ仰向けに倒れた状態で……、ぐるぐると思考を巡らせていた。