PLAY32 激闘! ネルセス・シュローサⅤ(本当の強さ)③
「?」
亜人の郷では……、その郷の最長老の家の後ろには……、一つの墓が建てられていた。
古ぼけて苔がこびりついているが、その前に添えられている白い百合の花――『せせらぎ草』という花が添えられていた。
元来、『せせらぎ草』は人の魂が込められた……、日本で言う彼岸花と同じ役割をもつ『災いの花』と言われているが、その反面死んだ人の魂を乗せて咲く花と言われている。
『せせらぎ草』の花言葉は……。
『浄化』と『悔いのない人生』
そして……。
『あなたのことを忘れない』
その花が亜人の郷の近くで咲いているのを見たクルクは、早速最長老の家の後ろにあるお墓に添える。
風が目の前を吹いて通り過ぎた時、感じたのだ。
暖かいぬくもりを……。
クルクは背後を見る。そして背後にいた人物を見て、ぎょっと驚いて逃げようとした時……。
「待て。なぜ逃げる?」
ぐるぅと呻った最長老。それを見てクルクは乾いた笑みを浮かべて、「あはは……」と、引き攣った笑みを浮かべる。
最長老の手にあったものを見たクルクは、はっとして「あ! 『せせらぎ草』!」と言った。
それを聞いた最長老はその手に納まっている花を見て、ぐるぅと唸りながらその花をそっと墓の前に添えた。
カサリと置かれる『せせらぎ草』。仄かに鼻の独特な匂いが犬人の二人の鼻腔に入っていく。
『せせらぎ草』の匂いを感じつつも、その墓の前でクルクは唐突にこう聞く。
「最長老――俺の母さんって、どんな人だったの?」
「………それを知るのはまだ早い」
「ちょっとだけっ!」
そう言いながらクルクは両手を合わせて懇願する。その顔を、必死な顔を見た最長老は……「ぐるぅ」と呻りながら……。
「……『せせらぎ草』が好きだと言って、お前に似て活発な行動をしていた人間の女で、魔女で……、なにより好奇心が旺盛だった」
「俺の、母さんが?」
クルクが顔を上げる。
その言葉を聞いて、興味を示したかのように目を輝かせて聞く。最長老はその目を見て、すっと目を細めた後、上を、泥の塀で作られた、唯一の空を見上げて、彼は言う。
「お前の母は人間であるが……、心を惹かれる獣人が多かった。お前の父もその一人だ」
「………? 俺の母さんは男好きだったの?」
「ちがうっ! 話を聞けグルガアアアアアッッッ!」
「ごめんなさいっ!」
クルクの言葉に怒りを露にした最長老は、大きな口を開けてクルクを飲み込もうとする。それを見たクルクはすぐに謝った。最長老は「ぐるぅ!」と唸りながら話を続ける。
「そうではない。それくらい……、魅力的な女性だった。ということだ」
その言葉を聞いて、クルクは墓に目を通して、納得したような笑みを浮かべて――「そっか」と言った。
それを聞いて、最長老は思い出す。
クルクが生まれる前に起こった惨劇。
その時、彼女はボロボロになりながらも、片腕を失いながらも……、一人生き残った最長老に言った。
「おなかにいる子供を――守って」
その言葉を……遺言を聞いた最長老は、クルクを育て、郷を復興させた。
――……お前が命を懸けて守りたかったクルクは……、今も元気に生きているぞ。お前に似て危なっかしいが……、それでもお前の血を引いた子だ。
――ノディリよ……。この『せせらぎ草』が生えたということは……、お前の魂は……、悔いなく浄化されたのか……? それとも……。
と思った瞬間だった。
「すまない。貴殿が最長老か?」
「「? ……………っ!?」」
クルクと最長老は、彼らの前に姿を現した一人の青年を見て、目を見開いて言葉を失った。
□ □
大雨の世界から一転。晴天の空に変わり、リヴァイアサンが私に近付いてお礼を述べるように、顔をこすりつけている時……。
「おぉーっ! いやったぜええええっっっ!」
「!」
遠くから声が聞こえてきた。
その声がした方向を見ると……そこにいたのは――
「ブラドさんっ! ロフィーゼさん達も!」
「ジルバッ!」
シェーラちゃんも叫んでその光景を見た。
そう、そこにいたのは、ブラドさん達だった。ここに向かって駆け上ってきて、シイナさんに肩を貸してもらって上っているブラドさん。
私達に向かって手を振っているロフィーゼさんがそこにいた。
その傍らにはキクリさん。そしてジルバさんの姿が――
ナヴィちゃんに言って、地面に降ろしてもらった私達。私達が下りたと同時に、ナヴィちゃんはぼふぅんっと白い煙を出して、また小さくなって私の手にぽすんっと納まる。小さい体で「きゅぅ~……」と溜息を吐きながらナヴィちゃんは疲れを顔と体で出す。
「お疲れ様」
そう私が言うと、ロフィーゼさんはナヴィちゃんを掴んで持ち上げてから……。
「やだぁ! この子可愛いぃ~! シイナくんみたぁいっ!」
「お、おれ……っ!?」
モフモフしながらナヴィちゃんに擦り寄るロフィーゼさんに驚くシイナさん。ナヴィちゃんは疲れた顔のまま「ぎゅぎゅぎゅ~……」と、珍しい鳴き声で唸っていた……。
顔もすごく嫌そうな顔をしている……っ!
私はロフィーゼさんに「あ、あの……ナヴィちゃん疲れてて……」と、何とかしてナヴィちゃんを助けようとしたけど、ロフィーゼさんは聞いていないのか、フニフニしながら抱きしめていた。
「……呑気ね」
シェーラちゃんの呆れた声が聞こえた気がしたけど、気のせい、だよね……?
すると……。
「なんだが大所帯と言うか、大人数になったというか……」
「賑やかやな。そして浄化おめでとさん」
「エレンさんにララティラさんっ!」
私は下りてきたエレンさんとララティラさんを見て、声を上げる。エレンさんは私達を見て頭を掻きながら「いや、最初に謝らなちゃいけないことがあって……」と言って、首を傾げる私達を見て……、そして――
「あの時、俺はネルセスと一緒にいただろ? あれには訳があって」と言いかけたけど……、私は首を横に振って――エレンさんを見て言った。
「大丈夫ですよ。エレンさん、理由があってネルセスのところにいたことは、なんとなく感じられました……。だから怒ってません」
そう言うと、エレンさんは私の顔を見て、安心したのか――はぁっと溜息を吐いて胸を撫で下ろしていた……。私もその顔を見てほっと内心胸を撫で下ろす。
言えなかったからだ……。
すっかりエレンさんのことを忘れていたことに……。
ふっと振り向くと、アキにぃも明後日の方向を見ながらエレンさんから目を逸らしていた。キョウヤさんも口笛を吹いていて、二人もすっかりあの乱戦で、忘れていたんだろう……。
そう思いながら私は、未だに安心しているエレンさんに、心の中で謝った。ララティラさんは私達を見て――
「それにしても……。ハンナちゃん達がここにいることには驚いたで。エレンを追ってここまで来たけど……、何だが運命的なもんを感じるわー」
ララティラさんはブラドさん達をちらっと見て――
「ブラドも久し振りやし、他の二人と……、傷のあんたは初めてやな」
と言って、ララティラさんは自分の名前を言った後であいさつをした。
それを聞いてジルバさんとシイナさんが挨拶をした。
「初めましてだネ。俺ジルバ。キラーだヨ」
「ど、ドラッカーのし、シイナです……、そしてこっちでも、モフモフしてるのがロフィーゼさん……。トリカルディーバーです」
そう言うとララティラさんは笑顔で「よろしくな~」と手を振る。
「なんでここにいるのかは聞かんけど……、ブラドのことやし勘当されたんやろな?」
「だから何で知ってるのっ!? どっかで情報が漏れたっ!?」
「まぁ……、なんとなくだけどわかる気がするけどな」
「エレンさんもかよっ! なんでみんな俺エストゥガではないところにいるイコール勘当って結びつくのか意味わからないんだけど……っ!?」
私も分からないよ……。ブラドさん。
ララティラさんやエレンさんにはわかるようなことだけど、私には皆目見当がつかないようなことなので、あまりそのことには首を突っ込まなかった。
その光景を見ていたリヴァイアサン――ううん、リヴァイアサンさん……、なんだか言いづらいな……。
この際だからリヴァさんにしておこう。
リヴァさんは私達を見下ろしながらこう言った。
――私のために、こんな大勢の冒険者が手を尽くしてくれたのか……。感謝の言葉しか浮かばない。本当に感謝する。天の者よ。魔王の者よ――
そう言って。リヴァさんはすっと大きな頭を下げながら言う。
それを聞いていたみんなには――多分唸っているようにしか聞こえないみたい。
初めて見るシェーラちゃんは剣を構えていたけど、私はシェーラちゃんに「大丈夫だよ」と控えめに微笑みながら言う。
それを聞いたシェーラちゃんは少し腑に落ちないような顔をしていたけど……、剣を収めて話を (唸り声を) 聞いていた。
声が聞こえるのは私とヘルナイトさんに、キクリさんだけ。
三人でリヴァさんの言葉を聞く。ヘルナイトさんから事の事情を聴いたみんなはアクアロイア王の非道の行為を聞いて、和やかな雰囲気から不穏な空気が辺りを包み込んだ。
それを聞いた上でリヴァさんの話を聞く。
――私の未熟さと愚かさのせいで、アクアロイアの民達に迷惑をかけてしまった。誠に申し訳ない――
その言葉を聞いて、キクリさんは肩を竦めてこう聞いた。
「なんで『終焉の瘴気』に侵されながら、更に暴走するような事態になったの?」
――残念ながら、よく覚えていない。しかし痛みで我を忘れていた時……、定期的に脳に来る激痛が来ていた。そのせいで、記憶がおぼろげで……、覚えていない間にこんなことになってしまった。『八神』の一体として……、情けない限りだ――
リヴァさんは落ち込んでいるかのように頭を垂らす。それを見た私は慌てて「そんな、頭を上げてください……っ」というと、リヴァさんは私を見て――
――だが、浄化してくれたおかげで気持ちが和らぎ、痛みもない。心が現れた気分だ。私を操るために使われた魂も……、きっと感謝していると、私は思うぞ――
その言葉を聞いて、私は思い出す。
あの時『大天使の息吹』を放った瞬間――聞こえた女の人の声。それを聞いて、リヴァさんの言葉を聞いて、私はきゅっと口を噤んでから――
「――だと、いいです……」と言うと、ヘルナイトさんは私の頭に手を置いて、ゆるりと撫でる。
その感触を感じた私はヘルナイトさんを見上げると、ヘルナイトさんは私を見下ろしてからすっとリヴァさんを見て――
「――リヴァイアサン様……。私の力不足のせいでこうなってしまい……、こちらが先に謝るべきことです……。申し訳ない」
とヘルナイトさんは頭を下げて謝ると……、リヴァさんはそれを聞いて慌てながら (みんなからしてみれば口を少し上げて、怒っているようにも見えるけど、違う) こう言う。
――これ、頭を上げてくれ。貴様の力不足など誰が申したのか。これは瘴気の力が予想以上に――
――バキンッ!
『!?』
と、何かが壊れる音が聞こえた。
その音がした方向を見て、私は……、私達は言葉を失った。
なぜ?
至極簡単だけど、予想だにしなかった展開が起こってしまったのだ。
「うそ……っ!」
「マジ……かよっ!」
「どこまで……っ!」
シェーラちゃん、キョウヤさん、アキにぃが驚く中――ヘルナイトさんは私を背に隠して大剣を引き抜こうとした。
みんながその光景を見て言葉を失っている。武器を構えることすら忘れてしまいそうな……。
びちゃびちゃになっているアクアロイア王。
の背後にいる……。どこにいたのかすらわからないような……。青黒い鎧の兵士達。
その数は……、きっと一万を超えると思う。その状態で私達はその光景を驚愕の眼で焼き付けていた。怒りが頂点に達していたアクアロイア王は、私達を睨んでから……、ずびしぃっと指をさしてこう怒鳴った。
「兵士よぉっっっ! この者達の首を刎ねよぉっっ! 打ち首じゃああああっ!」
まるでどこかの童話で言いそうなセリフを吐いた王。血走った目で私達を捉えて、指をさして兵士達に命令をした。それを聞いた一万以上の兵士は――ざっざっと足並みを揃えて進んでいき、手に持っていた剣を構えて、私達に向かってくる。
「ちょっと……っ!」
「これはさすがに……っ!」
「戦っていい人達じゃなさそうだネぇ」
「ちょっとぉ。英雄さん達がいるのにぃ」
「わーわーわーっ! 話し合おう! 話し合いましょう! 土下座するから待ってて!」
「んなこと言っている暇はねえだろうがっ! つかなんで土下座っ!?」
ララティラさんにアキにぃ、ジルバさんとロフィーゼさんが驚く中、ブラドさんは混乱しているのか、膝をつこうとしている。それを見たキョウヤさんは突っ込みながら制止をかける。
エレンさんもその光景を見て――
「ちょっと待った! アルテットミアで聞いた話ですが……っ! アズール全土の者達は、冒険者に危害を加えることを禁じているはずですっ! 『六芒星』は違いますが……。ここで禁を破るというのですかっ!」
慌てながらも冷静に言う。しかし――
「うるさぁいっ!! 貴様に何がわかるのだっ! 私はアクアロイアを統べる王であるぞ! 私がいいというのならばいいのだっ! 異国から来た部外者の言うことなど……、耳が腐ったとしても聞くかぁっっっ!!」
王は止まる気などない。
それを見た私は、ヘルナイトさんを見上げる。
ヘルナイトさんは大剣を持ったまま動けずにいる。きっと目の前にいるアクアロイア王に、手を出せないでいるんだ。ああ見えても一国の王様。手など出せない。キクリさんも扇子を持ったまま固まっている。
万事休すか――そう思った時だった。
――やめよ! 人間!――
ぶわりと、私達の目の前に現れたのは――リヴァさんだった。
アクアロイア王は驚きながらリヴァさんを見る。リヴァさんはそんなアクアロイア王を見てこう言った。
聞こえていないけど、代わりに「グオオオオオオッ!」と雄叫びを上げながらこう言った。
――我が恩人に仇なすか……。この不届き者めがっ! 私を操り、アクアロイアを歪めたうぬを人として捉えぬっ! 我ら『八神』に牙を向くものとして――粛清を与えるっ!――
と言って、ぐわぁっと口を開けて、私達に放ったその水の槍を、兵士とアクアロイア王に向けようとした時――
事態はまた急変した。私達のいい方向に――
「お待ちくだされ」
突然――後ろから声が聞こえた。
その声を聞いた私はそっと背後を見る。みんなも見て、リヴァさんも、アクアロイア王と兵士達も見る。
私達の背後にいたのは……、数名の夕焼け色の鎧を着ている兵士を連れた一人の青年がそこにいた。
きっちりとした白い軍服のような服を着て、明るさがある赤い髪を一つの三つ編みにして束ねている、首には金色のチョーカーをつけて、腰にはサーベル剣をさしている人だった。顔はきれいに整っていて、エメラルドグリーンの瞳と両目の下にあるほくろが印象的な――私よりも少し年上で、アキにぃと同じ年の人がそこに立って、アクアロイア王を見て腰に腕を組みながらこう言った。
「アクアロイア王。そなたの愚行……、この王都ラ・リジューシュ第三王子……、イェーガー・ラ・リジューシュが。しかと見届けた」
その言葉を聞いて、誰もが驚きを隠せずにその人を……、王子を見て……、言葉を失ってその光景を見ることしかできなかった……。
というか私達の目の前に王都の王子様が来るだなんて……、誰も想像していないと思う。急激な展開に私達は目を点にすることしかできなかった。
それはヘルナイトさんとキクリさんも……、同じだった。