PLAY03 エストゥガにて③
その街は岩山に隠れた――さっきの草原とは違う。別世界のそれだった。
別世界と言うのは少し大袈裟かもしれない。それでも現実世界に生きている私達からしてみれば、もう別世界という言葉が真っ先に出る様な世界が私達の周りに広がっていた。
周りはそれほど高くはないけど、岩の壁に付けられた足場を使わないといけないような高さ。バラバラの高さだけど、それでも大きな岩壁だったせいか、ばらばらの高さでも全然その壁を見ただけで圧迫感がある。それがまるで街の盾となるように街はその中にあった。
街には長い長い煙突や、黒い煙。所々に響く、鉄を叩く音。ところどころから吹き出す熱い熱気。
家は鉄で造られているものだらけで、街の門となっているそれも、武骨な形で色んな鉄をくっつけたかのような造りになっているもので、それを含めてほとんどの物が鉄でつくられていた。
何故ほとんど鉄でできていることが分かったのかは簡単な話……、門が開いているので、その景色を見ることが出来たから。もしかしたら、このエストゥガの主な生産業は鉄関連なのかもしれない。
だってこの熱気と鉄を叩く音を聞いているからに、よくテレビで見ていた刀を作る工程の音と同じだから。
「うわー……エストゥガって……。意外と大きい」
モナさんはほえーっと言いながら遠くを見るように、じーっと手を額のところに付けて見ていた。皆も、私も驚いてそれを見ていた。確かにモナさんの言う通り――エストゥガはぱっと見は小さいと思っていたけど、よく見ると広いみたいだ。
「えーっと……、あ、あった」
エレンさんは持っていた魔導液晶地図を開いて、エストゥガのことについて調べていたようだ。それを見たダンさんとララティラさんは……。
「タブレットだよな! なぁ? なぁ?」
「聞かんでいいっ! というか、それ以上はもう追及禁止っ! きっと捌けないと思う……っ! 裁ける自信がないから!」
指をさして、やっぱりそうだよね? と言う顔をしながら聞くダンさんに対し、ララティラさんは突っ込みながら手で静止をかける。
私も実は言いました……。すみません。
エレンさんは私達に手招きをして呼ぶ。私達はエレンさんの近く(私とモナさんは前に)に来て、エレンさんはエストゥガのことについて口頭で説明した。
画像には――この街の画像。長い煙突、重ねて言うともう一枚あり、そこには金槌で鉄を叩きつけている画像があった。
「『エストゥガは鉱石族が住んでいる街であり、鍛冶や鉱物資源が豊富な土地でもある』」
「ドワーフ……。私はファンシーな印象が強い気が……」
「それは人の見解として……、ここでは小柄だけど力持ちらしいからな。種族の鉱人族もそうだし。ええっと……」
モナさんの言葉に対し、エレンさんは「あー」と言いながら、確かにと言う感じで納得していたけど、このゲームのことを考えてそれはないんじゃないかと訂正する。
モナさんはそれを聞いて、少しショックを受けていた。しゅんっと、それは小さくなるくらい。
……その件に関しては、私も、最初メグちゃんに聞いたのと同じなので、気持ちはわかる……。ファンタジーを基盤にしているのだから、当たり前だろうけど……。
私はそっとモナさんの肩に手をやって……。
「気持ち、わかります……」と小さく言った。
それを聞いてモナさんは私を見て……、目をうるうるとさせながらうんうんっと頬を桃色に染めて頷いた。何度も……。
そんな状態でも、エレンさんの口頭は続いていた。
「『この地には『八神』が一体――炎を司るサラマンダーが住んでおり、鉱石族たちに物価資源となる鉱物を、彼らはサラマンダーに対し住みやすい環境――『鉱焔洞宮』を提供し、今でも共存関係は築いている』……。なんだか、神様って言う位だから、もっと神々しい感じだと思っていたんだがな……」
「共存って……、そんなもんなのかしら? この世界では、あ。ゲーム設定? えーっと……?」
エレンさんが説明を口頭で読んでいると、だんだん曇りと疑問、そして意外と言う表情と化し、そしてエストゥガの門を見る。
ララティラさんも思ったようで、腕を組んで首をひねっていた。
「あ、まだ続きが……。『しかし、『終焉の瘴気』の影響で、サラマンダーはたびたび暴走を繰り返し……』え? え? はぁ? うん?」
『?』
エレンさんは語ることをやめて、魔導液晶地図を凝視し、睨めっこをして、顰めてそれを見ていた。
「……どうしたんで」と、私が言おうとした時だった。
ドォォオオオオオオオンッ!!
けたたましい轟音に近いそれは、私達の耳に、ダイレクトに響いて――
私達はその方向を、長い長い煙突が伸びているその方向を見た。
その煙突の背後にあった。岩壁よりも低い標高の、赤黒い山がそびえ立っていて、そこから黒い煙と、少しばかりの飛び火と、赤いどろどろの液体が飛び散っていた。
「あ、あれって……っ!」
アキにぃがあれを見て、驚愕のそれへと顔を変えて、エレンさんはすぐに、魔導液晶地図をしまって――焦りを含んだそれで、叫んだ。
「にげろぉっ! それは溶岩だ――あっ!?」
エレンさんは上を見上げ、ぎょっと驚いてそれを見てしまった。
私達もそれを見て……、すぐに察した。というか、頭上にあったのだ。
一際大きい――赤黒い歪な岩が……。
「「「溶岩石いいいいぃぃぃぃーっっっっ!?」」」
アキにぃとエレンさんと、ララティラさんが驚愕の声で叫んだ。
「うぉおおおおおおっっ! 飛んできたぁああああっ!」
「なんで撃ちこむ体制になってるっ! やめぃダンッ! うぅおいっ! なんで受け止めようとしているっ!? 逃げろ逃げろっ! 馬鹿っ!」
「おぅっ!? ぐへえぇっ!?」
ダンさんの興奮した声に、エレンさんの怒声。それから聞こえたダンさんの締まる声。
どれも見れない状況で……、混乱する思考の中、私は――
「っ!」
私はすぐに手をかざして――唱える。
「「囲強盾ッ!」」
モナさんも同じように唱えたのだろう。私の隣りで、手をかざしていた。私を見てモナさんは、にっと笑みを作って頷いている。私はそれを見て、頷き、そして目の前の大岩対策として、集中を途切れないようにする。
それは、『盾スキル』の中級スキル。『盾』よりも硬く、そして広範囲にそれを張ることができるスキル。
それを使って――私達はアキにぃたちを守る。
ぐおおおおおっと来る大岩。そして――
ガァンッと鈍い音を立ててそれは直撃し、私達の手にも伝わった振動。ビキビキとなる『囲強盾』。
「っ!」
「うう……っ!」
何とかしようと、それが完全に崩れるまで耐えていると……。それはすぐに訪れた。
段々熱気を失っていく大岩。しゅううううううっと熱が冷めて、ただの大岩と化していき――バカンッと罅割れた大岩は、崩れてただの小さい小岩になっていく……。
ガラガラと落ちるそれを見て、私とモナさんは……というか。モナさんは――
「っっぷはぁ! ヤバかったぁ! ねぇハンナちゃん! 怖かったねぇ!」
私の手を掴んで、カクカクと揺すりながら私に、歓喜と恐怖から解放された安堵感の声を上げて言ってきた。
私も安心していたので、「は、はい……」と頷きながら、そのカクカクを体感している。そして――後ろにいたアキにぃ達を見て、私は聞いた。
「――アキにぃ大丈夫? エレンさんたちも、大丈夫ですか?」
そう揺すられながら聞くと、アキにぃたちはぽかんっとしてそれを見ているだけで、私はどうしたのだろうと、アキにぃ達を見る。
エレンさんはハッと気付いて――
「あ、ああっ! ありがとう! 助かったよ! モナちゃんにハンナちゃん」
慌てて礼を述べるエレンさん。一瞬の出来事だったから、何も考えることができなかったのかな? そう私は思った。
モナさんはいやーっと、照れながら後頭部を手で掻く。
私は……、今なおエレンさんの手によって首が閉まって、青ざめて唸っているダンさんが気になって仕方がなかった。
「にしても、よく冷静に対処できたなー」
ララティラさんは私達を見て言う。
………あれ? と、私はララティラさんの口調に対し頭を捻った。
「あんな風にぶっ飛んで来たら、誰やって身が縮んでまうわ。うちら何も出来ひんかったし、今回はおおきにな」
無言のまま私達はララティラさんのことを見つめる。そんな私達のことを見て首を傾げながらララティラさんは私達に聞いて来た。
「? どないしたん?」
モナさんも驚いていた。アキにぃはなんとなく腕を組んで、納得したような顔をしてララティラさんを見ていた。
私はじっとララティラさんを見上げ、当の本人はきょろきょろと辺りを見回し……、何があったのかという疑問の顔をしていた。
すると、エレンさんが近くに来て――
何か小さい声で、ララティラさんに耳打ちしていた。
それを聞いて……、またもハッとしたララティラさん。そしてエレンさんはぽんっと肩に手を置いて――
「……もうばれてると思うぞ?」と、悟った顔をし、ダンさんは解放された反動で、喉元を抑えながらえづいて来て――
「ティラよぉ。なんで関西のくせに隠す必要があるんだ」
「どぅわあああああああああああああああーっっっっっ!!」
ダンさんの言葉を遮って、ララティラさんはあらんかぎりに叫んで、ぐわんぐわんっと頭を前後左右に振り回しながら、悶えだした。
顔を手で覆い隠して、ララティラさんは叫ぶ。
「なんで今話すんっ!? なんで今暴露せなあかんのやっ! ああぁ! もうっ! なんでうち関西に生まれてしもうたんやぁああああっ!」
「悶絶しすぎだろ。ティラ」
震えながら言うララティラさんに対し、それを見下ろして見ているエレンさん。ダンさんは笑いながら「ドンマイだって!」と慰めていたけど……、聞いていないみたい。
「ララティラさんって。関西の人だったんだ……」
「そう、だったんですね……」
モナさんと顔を見合わせて私は頷き、内心納得した。
言葉が変な所は、きっと素で関西の言葉を言おうとしたから、変になってしまっていたのだろう。
アキにぃはそれを見ていたけど、ハッと気付いて私の方を直ぐ見て……。慌てた様子で駆け寄りながら「大丈夫か!? ハンナ!」と、私の肩に手を置いて聞いてきた。モナさんはそれを見て驚いた顔をしていたけど……。間に入ることはなかった。
そんなアキにぃを見た私は、すぐに頷いて――
「うん。大丈夫だよ。アキにぃ達も無事でよかった……」と、ほっとして言う。
それを見て、聞いたアキにぃは、私よりもほっと胸を撫で下ろして、溜息と共にがくんっと頭を垂れた。
それを見て、私はアキにぃにどうしたのかと聞こうとした時……。
「おおぉっ!? あんなところに人がっ!」
門の向こうから声がした。声がした方向を見ると――向こうからこっちに向かって走ってくる人達が見えた。近くまで走ってきて、息を整えながら、その人たちは私達を見る。
私よりも小さいけど、屈強な腕に足。そして白い毛を一つに縛っている人や伸ばしている人。そして顎髭を伸ばしている人や蓄えて短くしている人。全員が獣の皮で作った腰巻だけと言うすごくワイルドな服装をした、色んな小さい人……、鉱石族がそこにいて……、その背後には――その人達とは違った、人間の人と、巨人族の人、そして蜥蜴の人がいた。
人間の人は黒い忍びの服装で、口を布で隠し、黒い髪を一つに縛っている睨んだ目が少し怖い男の人。
巨人族の人は半裸で、背にはその身体がすっぽりと隠れるくらいの盾を背負っている、褐色の肌に筋骨隆々の体格。そして黒い布で足元を隠した腰巻をまとっている男の人。顔はいかついけど、頭はお坊さんのような頭だ。
蜥蜴の人は現実に近い――背中には大剣を背負い、革製のジャケットに白いVTシャツ、黒いジーパン、靴も黒く、黒いニット帽には缶バッチを付けて、それを被っている耳が長い蜥蜴の人が私やララティラさんを見て、ぎょっと驚いていた。
「ん? 冒険者か?」
「なんでこんなところに……」
鉱石族の人達が話している。私達を見てもの珍しそうに……。すると――
「よくぞいらした。マースから話は聞いています」
鉱石族の背後から聞こえたその声。老人のような野太いけど厳格そうな声。鉱石族の人達はそれを聞いて、すっと道を作る。
かつかつと、杖を突いて来た――違う。
私達はその人を見て、驚いてしまう。
その老人は確かに他の鉱石族よりも年老いて、白い肌襦袢のような、生地が厚い白い着物を着て、首には独特なネックレス。右手の二の腕には異様な赤い炎のようなマークの刺青。白髪も腰まで伸ばして、髭もお腹のところまである。腰が曲がっているせいで、より年老いて見えるのに、他の鉱石族よりも、大きい。ダンさん並みに大きく、筋肉の衰えなど感じない体格だったのだ。手に持っていたそれは――大剣に見える大きな石の大剣。重そうなそれを、持ち上げてはかつんっと、杖のように小突いて――老人のような仕草なのにその力だけは劣ってない。
それを見た私達は驚きしかなく……、その人の言葉を、聞くことしかできなかった……。
「儂はこの『鉱山の街・エストゥガ』族長兼、エストゥガギルドのギルド長を務めております。ダンゲルブ・グランドラグシスと申します。長い名前だとお聞きしましたので――ダンゲルと呼んでも構いません」
そうエストゥガの族長兼ギルド長のダンゲルさんは……「っふぉっふぉっふぉ」と笑いながら厳ついその体格からは程遠い、柔らかい笑みを浮かべて笑っていた……。