PLAY30 激闘! ネルセス・シュローサⅢ(逆転)④
『ばぎぃっ』と殴る音が響いた。
その音はネルセスがジルバさんを嬲るように殴った音。
あの後、ジルバさんとじょろうさんは……、私達を背にして守りながら戦っていた。
でも、ネルセスと子供の蛾はすごい連携でジルバさん達を圧倒していた。
圧倒……。
その言葉が正しいかのように、ネルセスに傷一つつけることができないまま、ジルバさんは成す術もなく攻撃されていく……。
じょろうさんも消えてしまい、二対一となって劣勢となり、ジルバさんは……。
ボロボロになってしまい、挙句の果てにはネルセスのサンドバッグとなりかけていた。
すでに『囲強固盾』が消えた状態だったのだけど、私達は動けなかった……。
あまりに成す術もなく倒されるジルバさんを見て……、あまりに絶望的な光景を見て……、血だらけのジルバさんを見て……。
私達はその場から動くことができなくなっていた……。
「あはははは!」
ネルセスはジルバさんの首根っこを掴み、そのまま上に向けて上げていくと、ネルセスは哄笑しながらジルバさんの首を絞めて言う。
「ざまぁないのぉ? なにが守るものがいれば勝てる? 何恰好をつけとるのじゃ。貴様は己を過大評価しすぎておる」
そう言いながらも、ネルセスはジルバさんの首を絞めたまま言う。
ジルバさんは「っか!」っと息を短く吐きながらネルセスの腕を震える手で掴んで引き剥がそうとしたけど……、ネルセスはクイッと顎を上げると……、周りを飛んでいた大きな蛾がジルバさんに向かって飛びながら突進を仕掛けた。
どすぅっと、ジルバさんの胴体に向かって突進を繰り出す蛾。
それを受けて、ジルバさんは口から血を吐いてえづく。
ネルセスは更に首を絞める手に力を入れながらこう言った。
「世の中は残酷にして厳しい。この世界でも努力がものをいうのじゃ。しかしのぉ……、妾のように才能がものをいう時もある。妾のように、選ばれた存在ならば尚更じゃ……」
ぐっと、ジルバさんの首元を掴んで、指が食い込んだところから血が零れそうになったそれを見て、私は思わず――
「ま」
「や、やめなさいっ!」
「!」
突然だった……。
シェーラちゃんは私の前に立って、私を守るように、剣先をネルセスに向けていた。
でも……、剣先は震えて、声もどことなく……震えていた。
ふっ……。ふっ……。と、整っていない呼吸を繰り返し、シェーラちゃんはいつものような凛々しい声を出さない……、出せない状態で彼女は。
「そいつから……、離れて……っ!」
ネルセスに向かって小さく、いつものような頼りになる様な声とは正反対の、頼りないような怒鳴りを吐いた。
私はそれを見て、不意に手を伸ばしてしまった。
でもその手はシェーラちゃんの肩に届くことはなく、シェーラちゃんは一歩前に出て……、シェーラちゃんはネルセスに向かってもう一回「早く……、離れなさいっ!」と、今度は少し大きい怒鳴り声を上げた。
でも……。
ネルセスはシェーラちゃんをじっと見つめた後……、小さい声で「どこかで……」と言う。そして少しの間、シェーラちゃんを見つめて、ネルセスははっとしてから――
「――思い出した」
と言って、シェーラちゃんに指を指したネルセスは、驚いて身構えてしまうシェーラちゃんに向かって言った。
「そうか……、何処かでも見覚えがある顔だと思ったが……、その整った顔。間違いない! あの廃れた孤児院を襲撃した時……最初に逃げた餓鬼じゃなっ!」
「――っ!」
その言葉に、シェーラちゃんは込み上げてきた感情と共に、グッと声を殺してネルセスの言葉を聞いていた。剣先の揺れが大きくなる。
それを見て、私はわかってしまった。
シェーラちゃんのもしゃもしゃが……、黒と青で揺れて、僅かに見える恐怖のもしゃもしゃ……。それがどんどんその黒と青を埋め尽くして……、恐怖に染まっていく。
「シェーラちゃん」
私はシェーラちゃんの名前を呼ぶ。でも、シェーラちゃんは聞こえていないみたいで、返事もしないで、振り向きもしなかった。
そんな最中、ネルセスはけらけら笑いながら「これは大笑いものじゃ!」と言って、ジルバさんの首から手を離さないで、彼女は言った。
「あの時震えて泣いていた小娘が、まさか妾の秘密を知って妾に追われていたとはな! やれやれ運命とは残酷よのぉ。そしてお前の不運の悪さに驚きを隠せない」
「……………………………」
「なにせ……、妾に二度も滅茶苦茶にされてしまうのじゃからな」
家も、大切な人も……、一時的な仲間も……貴様のせいで全員が不幸になる。
そうネルセスが言うと、シェーラちゃんはぐっと唸った後……、下を向いてしまい……、そしてそのまま剣を下ろそうとした。
その時……。
「しかしのぉ――」
ネルセスは言葉を続けて、シェーラちゃんに向かって冷淡な目つきで見下すように、こう言った。
「それは全部……、貴様が関与したからこうなったのではないのか?」
「………………は?」
その言葉に、シェーラちゃんは顔を上げて、呆けた声を出す。私もそれを聞いて、疑問の表情でネルセスを見ていたけど、ネルセスは肩を竦めながら、「『はぁ?』でないわ。言葉通りじゃて」と言い、そして……。
「孤児院が無くなったのも、貴様の大事な人がいなくなったのも、今ここにいる侵入者やジルバが死にそうになって苦戦しているのも……、全部全部……、貴様が関与したからそうなったのではないかと言っておるのじゃ」
「………私、が……」
その言葉を聞いて、シェーラちゃんはふらりと、体を揺らしながら、そう発した。それを聞いて、私はネルセスに向かってこう言う。
「そ、そんなのわからないです……っ! シェーラちゃんのせいでこうなったなんて、誰も思いま」
「貴様はリヴァイアサンを浄化しにアクアロイアに向かうはずだった」
「っ」
「フランドから聞いておる、シェーラの提案に乗ってここまで来た。それがいい例じゃ」
「いい……、例?」
そう私が聞くと、ネルセスはかかっと喉を鳴らして私に向かって指を指しながらこう言った。
「そなた達はシェーラの提案に乗ってここまで来た。しかしシェーラは妾を殺すことしか考えていなかった。だがな……、この勢力を一人で捌くことは不可能。ゆえに――必要だったのだ。戦力が、捨て駒が」
ネルセスは驚く私を尻目に、ふらふらしているシェーラちゃんを嘲笑いながら見て、ジルバさんの首を絞めながらこう言った。
「つまりな……、そこにいる餓鬼にとって、貴様等はただの捨て駒! 用済みとなれば捨てるだけの存在なのじゃ! お前達は利用されたのじゃ! その絵になるような優しさを! 何に対しても疑わないその心意気を利用し、嘲笑っておったのじゃ! 滑稽と思って過ごしておったのじゃよ! なんとひどい女よのぉ! 復讐のあまりに人格が危ういっ! そんな女のことを心配する貴様も貴様!」
びしぃっと、私を指さして――ネルセスは狂喜に顔を歪ませながら、こう言った。
「――お前はこのクズに騙されたのじゃよ。お気楽思考の日本人」
私はそれを聞いて、シェーラちゃんを見る。
シェーラちゃんは呆然と、全てを知られてしまったかのようなふらつきをしている。きっと……、私がここで突き放すような言葉をかけたら、きっとシェーラちゃんは、壊れてしまう。
ネルセスによって首を絞められているジルバさんは……、私を見て首を横に振っていた。
きっと、それは違うという合図。
それを見た私は、目を閉じて、そして――すっと開ける。
ネルセスに言われた言葉が真実ならば……。やることは決まっている。
私はシェーラちゃんに近づいて。そして――
「シェーラちゃん」
優しく、声をかけた。
それを聞いたシェーラちゃんは、びくっと肩を大きく震わせた。
そしてそのままぎぎぎっと顔を私に向ける。
私を見る目と顔を見て……、私はやっぱり……、本当だったんだね。と思い、シェーラちゃんの顔を見た。
シェーラちゃんは、泣きそうな顔になりながら、私の顔を見て青ざめている。
きっと、後悔しているんだ。
たとえネルセスを倒すためだとはいえ、私達を騙し、そして『ネルセス・シュローサ』とぶつけて戦わせて、そのあとでネルセスを討とうとしたのだろう。
知られてしまった。まずいと思っていると思う。でも……、シェーラちゃんはそんなことしないと思った。絶対にしないと思った。
だって、凛々しくて、強いけど弱くて、表情も豊かで……、一人になることが一番嫌いで、不器用だけど優しい、温泉が大好きで、弱いことに対して凄いコンプレックスを抱いて……、何より、お師匠様譲りの性格の――自分の責任は自分で請け負うシェーラちゃんなら、きっと……、嘘でもついて私を突き放すだろう。
そして、これからずっと一人で戦っていくと思う。
だから。
「えい」
「!」
私は離れないように、ぎゅうっとシェーラちゃんの手を握った。
剣を持っているその手を包み込むように――
そしてその手に乗っかったナヴィちゃん。
これで離れられない。
それを見たジルバさんとネルセスは、驚きながら私達を見ていた。
シェーラちゃんの方が一番驚いていて、私を見て、握っている手を見ながら――シェーラちゃんは言った。
「な、なんで……掴むのよ。離れなさいよ」
その声には水か少し含まれている。それを聞いた私は――首を横に振ってこう言った。
「いやだ。この手を離したら、シェーラちゃん私を突き離すでしょう?」
「それでいいでしょうがっ! だって!」
だって……っ! と、シェーラちゃんは言葉を詰まらせながら、私に向かって怒鳴った。顔を俯きながら私に向かってこう怒鳴った。
「だって! 私はあなた達を騙していたのよっ!」
「うん」
「私はあなた達を使って、『ネルセス・シュローサ』とぶつけて、あわよくばを狙って縁を切ろうとしていた! ネルセスを殺せればそれでよかった! あんた達は使い勝手がいい道具だったから、それで使えなかったらその辺に捨てる! そう思っていた! 結局私はあんた達のこと、ネルセスのように」
「シェーラちゃんは、そこまでお師匠のことが好きで、それと同時に、ネルセスのことが許せなかったんだよね?」
「…………………………………」
「あのね」
と言って、私はシェーラちゃんの手を持ち上げて、自分の胸に持って行くように近付けてシェーラちゃんに言った。控えめに微笑みながら、私はシェーラちゃんの顔を見て。
「シェーラちゃんの今の感情……、当ててあげようか?」
「今のシェーラちゃんの感情。まっさらな青い海。悲しみと、後悔の海。それが波を作って荒れている。その中に、嘲笑うもしゃもしゃや、馬鹿にするようなもしゃもしゃは見えなかった。ずっとそうだったよ。シェーラちゃんはすごくわかりやすいもしゃもしゃだった。今も、あの時ユワコクで、私を心配している時も、アキにぃのことを心配している時も……、シェーラちゃんの感情はずっと……、私達をバカにするようなもしゃもしゃはなかった。ずっと――シェーラちゃんは初めて出会った時のシェーラちゃんだった。凛々しくて、恰好いい人で、でも表情が豊かで弱いことにコンプレックスを持っている……、全部の落とし前を、罪を、全部自分で背負うような……、そんなシェーラちゃんが、出会った頃も、今も変わらず……ここにいるよ」
温泉街ではすごく色とりどりのもしゃもしゃだったけど……。シェーラちゃんはシェーラちゃんで、私達を小馬鹿にするようなもしゃもしゃは一切なかった。
だから私は……、今も青い海を作っているシェーラちゃんに手を伸ばした。
裏切られても大丈夫。
私はここにいる。シェーラちゃんのせいでこうなったなんて、思ったことなんて一度もない。
むしろシェーラちゃんは優しい。優しくて凛々しくて……、そして、全部を背負ってしまうくらい優しい女の子。
優しさで包まれている女の子なんだ。
シェーラちゃんとはここで出会った、年が近いお友達だから。
だから、この手を離してはいけない。絶対に――離してはいけない。
この手は……、シェーラちゃんは……シェーラちゃんの心は、私は救ける。
「だからね。突き放したとしても……、この手は離さないし、逆に私はシェーラちゃんを突き放したりしない。みんな一緒にいる。シェーラちゃんのせいでこうなったわけじゃない。偶然だよ。絶対に。だからシェーラちゃんのせいだって、背負わないでほしい。私も背負うよ。だって――」
そう言って、私は微笑んで――こう言った。
友達だもん。仲間だもん。
そう言った瞬間――シェーラちゃんはぼろりと涙を零した。
それと同時に、大荒れだった青いもしゃもしゃの海が一瞬揺れを止めた。
私はぎゅっとシェーラちゃんに勇気を与える。
いつも、ヘルナイトさんがしてくれた同じ行動を――シェーラちゃんにする私。
人は一人では生きていけない。だから、手を取り合って生きる。
それしかできないけど……、私はシェーラちゃんに微笑みながら彼女の手をぎゅっと握って、安心させる。心からの安堵を与える。
僅かな勇気を与える。
それを聞いて……。
「ぬがあああああああああああああああっっっ!」
ネルセスは咆哮を上げて、ジルバさんをぶんっと叩きつけて手を離した。ジルバさんはえづいて転がっていく。私はそれを見て、空いている手をジルバさんに向けて――
「『大治癒』ッ!」
そう言った瞬間、ジルバさんの体を黄色い靄が包み込む。
ジルバさんは唸りながらその温もりを感じて、そっと立ち上がる。
ネルセスはかんかんっ! と節足の足の音を鳴らしながら進んできて、私達の目の前で足を止めて、ぐあっと私達に向けて手刀の貫手を向けた。
それを見て、私はすぐにシェーラちゃんの体を押して離れさせる。
ネルセスがシェーラちゃんを見て、貫手の方向を変えながらシェーラちゃんにそれを向ける。
シェーラちゃんはそれを見て呆然として見ていただけで、何もしていない。ネルセスはそれを見て、にっと口元を歪ませながら、貫手をシェーラちゃんの胴体に、心臓に向けて突き刺そうとした。
私はすぐに手をかざして――
「『盾』ッ!」
スキルを発動させたと同時に、シェーラちゃんの前に出た半透明の半球体。その半球体に『がんっ』と当たるネルセスの貫手。
それを見て驚いたのか、ネルセスはじろりと私の方を見て貫手を向けた。
どすんっと、シェーラちゃんは私の方を見ていた。
呆然とした顔で私を見て……、小さい声で「な、に……して」と言っていたけど、私は自分に向けてすぐに『強固盾』を出すと……、そのままシェーラちゃんの方を見て控えめに微笑みながらこう言った。
絶対にシェーラちゃんを救ける。その意志を込めて――
「――私が囮になるから、逃げて……。シェーラちゃん」
私がシェーラちゃんを、シェーラちゃんの心を守るんだ。救けるんだ。
その意志を持って――私は言う。驚くシェーラちゃんに向かって。