PLAY30 激闘! ネルセス・シュローサⅢ(逆転)②
その言葉を言った瞬間だった。
ネルセスは蹲っていたのに、ぶらりと糸を失った両手を振り回すように、腹筋だけで起き上って急に立ち上がったのだ。
ジルバさんはそれを見て驚いて一歩後ろに下がる。
それを見ていたジルバさんの影は『ジルジルゥ!?』と、心配そうに手を伸ばしながら言うと、ジルバさんは自分の影に向かって――
「『花魁蜘蛛』っ! シェーラとそこにいるお友達のことを」
と言った時……、ネルセスが「ごぼぉ」と……人間の声とは思えない声を出したのだ。
ジルバさんと私達は声がした方向を見る。ううん……、ネルセスを見ようとして、見て……、そして……言葉を失った。
言葉を失った理由はきっと、様々な場面でよくあることだと思う。
でも今起こっているこの状況を見たら、誰だって言葉を失って青ざめて見てしまうだろう。
目を逸らそうにも……、何かが突然起こるかもしれない。
だから戦える人は警戒して武器を構え、私のような武器を持たない……、戦えない私は……、口元に手を添えて、込み上げてくるそれを押さえながら……。
ただただそれを見ることしかできなかった。
ネルセスは「うごぉ……。ごあぁ」と唸りながら、びくり、びくっ! と体を痙攣させている。
痙攣させながら雨雲が覆う空を見上げ、ネルセスは唸りながら……、どんどんその痙攣を大きくしていく。
その痙攣を見て私は思わず「あ」と声を零した。大丈夫なのかと思い声をかけようとした……。
その時だった。
突然……、ふっとその痙攣が治まった。と思った時――べきんっ! と……、ネルセスの顔が真っ二つになった。
何もしていないのに顔が真っ二つに裂けたのだ。私はおろか……、二人と影一人……、でいいのかな? はそれを見て言葉を失い、目を見開いてそれを見てしまった。
あまりに衝撃的な光景だった……。人間とは、魔獣とは思えないそれだった……、でも。
血は出ていない。むしろその裂け方は、卵を割って出る雛のようなそれに見えた。
ネルセスの体から色素が無くなり、ネルセスの体だったそれが薄い膜でできたそれと化した時、裂かれた頭だったそこから抜け出すように、ぬるりと……、斬られたはずのネルセスの……、無傷の両手が、両手を合わせてくねらせながら出てきたのだ。
両手に纏わりつくねっとりとした粘液。
その手をそっと離すネルセスの手。
ねとぉっと糸を引いていたけど、すぐに素早い動きで、色素が無くなったネルセスの体にその手を付けてぐっと力を入れると同時に……。
「うぐあああああああああああああああああああああああああああああっっ!」
べきんっと色素が無くなったネルセスの体を、力いっぱい横に裂いて――
粘液をつけて現れた……産声とは言い難いネルセスの咆哮が――私達の耳に響いた。
うるさい騒音ではなかったけど……、私達はきっとその声が鼓膜を突き破るような絶叫であったとしても、きっと耳を塞がなかっただろう……。なぜなら……。
さっきジルバさんが傷つけた体は……、まるで何事もないかのように、綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
腕の傷も、下半身の傷も……、綺麗さっぱり治っていた。
ジルバさんは仕込みの剣を構えながら前に出る。
ジルバさんの影の人も、私達を守るように前に出た。
シェーラちゃんはそれを見て、小さく「嘘でしょ……っ!?」と驚愕の言葉を零した。
そんな私達を一瞥し、ネルセスはにやりと狂気の微笑みを零して……。
「――完全回復じゃ」
と、自信満々に……形勢逆転したことに対しての喜びを口にした。
ずるりと、濡れた地面に下半身の芋虫足を乗せて、ネルセスは大雨に打たれながら「あぁ」と言って、その雨の冷たさを堪能するかのように、手を広げながら『ずりっ。ずりっ』と、ゆっくり回りながらネルセスは言った。
「この雨の街で使えてラッキーじゃった。このスキルを使うと、どうしても粘液が体中にこびりつく。動こうにもこれでは気色悪いからのぉ。この雨はまさに、自然のシャワーじゃな」
「…………完全回復って、まさか……、じゃないヨネ?」
そうジルバさんは、引き攣った笑みで、なんとか平静を保ちながら聞いた。
するとネルセスはくるくる回ることを止めて、ピタッと止まってからネルセスは、私達を見てこう言った。余裕のある笑みで、彼女はこう言った。
「ああ、もちろんだ」
その言葉に、ジルバさんの表情の曇りが生じる。シェーラちゃんにも曇りが生じて、私はそれを聞いて、言葉を失った。
回復薬なんて使っていない……。でも腕は完全に部位破壊されていた……。なのに……。
それでさえも完全に蘇生されている……っ!
ネルセスはそんな私達の表情を見て、「あはは!」と嘲笑って、彼女は背後にあるネルセスの体だったそれを指さしてこう言った。
種明かしでもするかのように、こう言ったのだ。
「妾は魔獣族。その中でも上位の魔物の魔獣族でな……。この姿の妾にはとっておきのスキルがあり……、HPが二桁になった時に発動できる『蘇生』ならぬ『死に脱皮』と言うスキルがある。それは己が死ぬと同時に、脱皮をしてHP・状態異常・あろうことか部位破壊をまるでなかったかのように回復させ、そして前の体を捨てて脱皮をすることができるという代物だ」
尚、これは詠唱ではないぞ?
そう挑発的な笑みを浮かべるネルセス。
シェーラちゃんはそれを聞いて小さく「脱皮って……蛇でもないくせに……っ!」と毒を吐きながら剣を構えていたけど……。
「シェーラッ!」
「っ!」
ジルバさんは、シェーラちゃんを横目で見ながら叫んだ。
それを聞いて、シェーラちゃんはびくっと肩を震わせた。
ジルバさんは叫ぶ。
「逃げろっ!」
「「え?」」
私達は声を揃えて言って、疑問を抱いて声を零す。
するとネルセスは……すぅっと息を吸いながら、挑発的な笑みを浮かべてこう言って、体をまた仰け反らせていく。エビ反りなんて生易しいほどの反り具合で――ネルセスは仰け反っていくと――
「さぁて、二対一だと不利じゃな。もう頃合いじゃろうて」
勝ち誇ったように――ネルセスは、背中を反らせながら言った。
そして、長髪の毛が地面に付いたところで止まって、そして……。
下半身の、芋虫の体から――ぼこんっと音を出した。
するとネルセスはエビ反りになりながら……、彼女はこう言う。
「『仔成虫』」
と言った瞬間、下半身の体に、亀裂が入った。
そしてそのままびりびりと亀裂を大きくしていき、ネルセスは反り返ったまま身を委ねているようで、体を揺らしながらその時を待っているようにも見えた。
ジルバさんはそれを見て、駆け出したと思った瞬間、ジルバさんは仕込みの剣を構えて――
「――ふ!」
息を吐いて、素早い直進の特攻でネルセスのその裂けている下半身と無防備の上半身に向けて、右斜めに切り込みを入れようとした。
でも……。
ずるんっと――下半身の芋虫から出てきたそれを見、そしてその突進のような突撃を、ジルバさんは胴体でで撃てけしまった。ううん。受けてしまったのではなく……、攻撃されてしまったのだ。
「がはっ!」
ジルバさんは声を零して、血を吐く。
それを見た私は、すぐに手をかざして――
「っ! 『中治癒』ッ!」
ふわりと黄緑色の靄を、ジルバさんに纏わせた。
それを受けたと同時に、ジルバさんはたんっと地面に付いたと思ったら、後ろに向かって跳んでくるんっと回って――着地する。
「ありがとうネ」
そうジルバさんは私に向かってにこっと微笑んでいるけど、その笑みは強張っていた。
私は首を横に振って「いいえ」と言い、そして眼の前にいるそれを目にした瞬間……、ネルセスの下半身から出てきたそれを見た瞬間……。
うっと唸って……。シェーラちゃんも唸りながら顔をひきつらせていた。
ジルバさんの影である……、じょろう……さん? でいいのかな?
じょろうさんはそれを見てプンスカと怒りながら『ちょっとぉなんなのよあれぇ! キモォイ!』と怒っていた。でも確かに……、あれは気持ち悪い……。
一言で言うなら……、赤い虫の羽根を生やした……。
二メートル以上はある……、大きな蛾がそこにいたのだ。
それも、バサバサ羽ばたきながら、「キィイイイイイイイイイイイイイイッッ!」と言う虫とは思えないような声を上げていた。ところどころに鱗粉が舞う。
驚愕と絶望に顔を染めている私達とは裏腹に……、ネルセスはカンッと、ネルセスの足からは出ない音を出しながら、彼女は言った。
「さて、これで同人数になった」
私はネルセスを見て、さらに顔を青くさせて、見てしまった。もう絶望のオンパレードだ。
ネルセスの下半身は――すでに芋虫の体ではない。足があったのだ。
足と言っても、節足の足のようなそれで、足先が畝って尖がってる。それを見た私は、ふと思い出したのだ。
メグちゃんが言っていた……、厄介なモンスターについて。
『いい? MCOに『クイーン・モスラ』っていうモンスターがいるんだけど、そいつと出くわしたら、一体の状態で必ず倒すのよ。一体ならまだ倒せるんだけど、そのモンスターは奥の手として、HPが少なくなったらすぐ脱皮して体力を回復させて、あろうことかそのあとすぐに下半身にいる子供を急成長させて、自身も足を生やして素早さが上がって、二対で襲い掛かってくるから大変なのよ。だから一体の時に必ず駆逐!』
……その話を聞いていたつーちゃんは、馬鹿にするように笑いながら大丈夫と言っていたけど……、その時のつーちゃんに言いたい……。
これは、かなり厄介だと。
そう、ネルセスは魔獣族。それも……。
『クイーン・モスラ』の力を持っているプレイヤーだったのだから、厄介にもほどがある。
ネルセスはカンっと足を鳴らしながら歩みを進めて、ジルバさん達を見ながらこう言った。そばに駆け寄って飛んでいる……、赤くて大きな蛾の頭を撫でながら、狂気の笑みを浮かべて、彼女はジルバさんと、じょろうさんを見て言った。
「さて――二対二の勝負を、始めようか?」
◆ ◆
その頃……キョウヤは……。
「もぉおおお~! なんでコココに攻撃しないのよぉ!」
飛び回りながらコココは、キョウヤに向かって鉤爪の攻撃を仕掛けるが、それを難なく避けて裂けているキョウヤ。
しかし、キョウヤの体には無数の切り傷ができ、コココには切り傷一つもついていない。
そんな中、キョウヤは攻撃する素振り、気配を見せずに、ただじっと佇んでいるだけだった。
キョウヤがコココに捕まり、そのまま遠くの元処刑広場に降ろされたキョウヤ。
最初こそ警戒して攻撃しようとした。
だがコココは飛び回ってはけらけら笑いながらキョウヤを見降ろすように飛び、空から攻撃してはキョウヤの攻撃する隙を与えなかった。
キョウヤは何とか避けようとしたが、それでもかすり傷を作ってしまう。
コココはけらけら笑いながらキョウヤに向かってこう言っていた。
「きゃははは! やっぱり飛べない人って不憫だよねー! コココは飛べるしお仕事もできる! コココの方がマーマァに褒められる回数が多いもん! コココは生まれてからずっとマーマァと一緒にいて偉いから、マーマァのために殺しも盗みも何でもする! マーマァに褒めてもらえるなら! どんなことだってするもん! だって、マーマァの事、大好きだもん!」
それを聞いたキョウヤははっとして、避けることを止めた。
勿論。攻撃をすることもやめた。
最初、キョウヤはコココのことを見て、MCOにいたモンスター……、鳥人怪獣『ケツアルコアトル』と認知したキョウヤ。
ケツアルコアトルとは、鳥人族と姿は似ているが、獰猛で攻撃性が高く、捕まえた獲物を嬲り殺し食べる習性を持つ、食人魔物の一種である。
設定として。
それを聞いて、キョウヤは決して捕まらないように、避けることに専念していた。
だが、コココの話を聞き、今の状況を見て……、キョウヤは――
――儘に褒めてもらうために、殺しも何でもする?
――正気かよそれ……。てか、あの音フェチのように……私欲とかそう言った感覚で、こいつは殺していねぇ……。殺しを褒めてもらう材料にしていやがる……。
――殺しに対して……、何の罪悪感もねぇ……。むしろ、得点と思っている目だ……。
――胸糞わりぃ。こんなやつに槍で戦っても後味が悪いだけだ。てか……。
――ぶん殴りてぇ。
キョウヤは普段、人に槍の刃を向けることはない。天賦の才を持っていたとしても、人を殺すようなことはしない。刃を向ける相手は魔物。他は柄で。女子供には素手で。
そう言ったジンクスで戦っている。
しかしそのジンクスを崩してでも、コココの言葉に対してキョウヤは……怒りを覚え……、とある行動に出ようと行動に移した。それが……、避けることを止め、戦うことを止め――
直立することだった。それが彼のとある行動の初期段階であり……、そして現在に至っている。
すでに何十分経過しているこの状況で、キョウヤはコココに攻撃する素振りを見せないまま、ただじっと立っているだけだった。
それを見て、コココはむぅっと頬を膨らませながら……。
「ねぇ! なんで攻撃しないのー!? これじゃ戦えないよー!? このままコココ、腕捥いでもいいのー!? このままそのトカゲの尻尾引っこ抜いてもいいのー!? ねーねーねーねーねーねーねー!」
「ねーねーねーうるせえっつうの」
今の今まで、キョウヤは言葉を発しなかったが、あまりにうるさいと感じたのか、キョウヤはじろっとコココを睨みながら言った。
それを聞いて、見ても、コココはけらけら笑いながら「やっと話したー!」と言いながら飛び回り、キョウヤを見ながら飛んで、彼女は彼の周りを飛びまわりながらこう言った。
「ねーねーねーねーねーねーねー! なんでコココを殺さないの? お兄さん殺したことないのー?」
「ねえよそんなの。日本じゃそんなことをしたら逮捕されるんだよ」
「えー!?」
コココはそのキョウヤの言葉を聞き、大げさに驚いた後――
「それじゃぁ、やっぱりマーマァが言っていた通り、ここは天国なんだね!」
その言葉を聞いてキョウヤはぐっと口を噤んだ。
その言葉を聞いてキョウヤは思った。
――やっぱりこいつはイカれていやがると……。
コココはそんなキョウヤの心境を知らずに、彼女はペラペラと、けらけらと……。彼女はキョウヤを見降ろしながら話を始めた。
「マーマァが言っていたんだ! ここは殺しても誰も死なない。蘇生の薬を与えれば何度も生き返るし、コココが斬りすぎてばらばらにしちゃっても生き返るところなんだって。だからね、コココここでね、いっぱいいっぱい斬りまくったの、いっぱい斬って遊んでいたらね。マーマァは褒めてくれたの! 頭撫でてくれたの! コココ嬉しいんだ! マーマァが褒めてくれることに! マーマァがコココをぎゅーって抱きしめてくれることがすっごく嬉しい! コココね、もっとマーマァために頑張ってね、斬って遊ぶの! だからね――」
飛びまわっていたコココだったが、急に速度を落とし、キョウヤの背後を空から見た後……、にっと子供の笑みを浮かべて――何の曇りもないその笑みを浮かべて……、彼女は。
羽ばたかせていた羽を、空中で気を付けをするように折り畳んだ後――コココはキョウヤに頭突きをするように――
ぎゅんっとキョウヤの背後を狙い――斜め下に急滑走する!
空気を切る音が耳に響くが、それでもコココはその加速を上げる。
上げて、上げて、上げて……。
とうとうキョウヤの背中が大きく見えた時、コココはにっ笑い、急滑走したままぐるんっと一回転して、鉤爪の片足をキョウヤの背後に向けて、飛び蹴りを入れる体制になった彼女は叫ぶ。
「――このまま、コココのために、マーマァのために死んでっ!」
彼女は、笑っていた。
まるでゲームに勝つ子供のように。
この世界で起きている現状を……、楽しんでいる子供の様に。
彼女は――コココは、たった一人の……、血も繋がっていない母のために、己の手を染めて、己の手を汚して、彼女は今日も斬りまくる。キョウヤを殺して、母に褒めてもらうために……。
すべては……、大好きで、愛している母のために。
が。
しゅるん。ぎゅりっ!
「へ?」
突然来た足首の圧迫。
それを感じたコココは、ふっと突然止まった滑空の感覚に違和感を覚えながら、ふっと……、足元を見た。
足元にあったのは……否。足元に絡みついていたのは……、蜥蜴の尻尾。
その尻尾は、キョウヤの尻尾で、その尻尾はコココの足にきつく絡みつきながら、更に力を入れて締め上げる。コココの足から『ぴきぴき』と言う音が聞こえた。
それと同時に来る痛み。
「あ、いた! 痛い! 痛い!」
コココは急に来た痛みに音を上げ、目に涙を溜めながらコココは羽の手と、もう片方の足を使ってキョウヤの尻尾を解こうとした。
バサバサと掴めない手だったので、彼女はやむなく足を使って、キョウヤの尻尾に傷を作りながら、彼女はバリバリと引っ掻きながら「放せ! 放せよぉ!」と怒りを露わにして引っ掻いた。しかし……キョウヤは離れない。
むしろ――尻尾の力を更に強くして、コココの足をへし折ろうとする。
「痛いってば! 痛いってぇ! うぅ……っ! マーマァ! マーマァ!」
コココはもう痛みに耐えられず、ネルセスを呼ぶように、大きな声で叫んだ。叫んだが、ネルセスは遠くにいる。届くわけがない。
しかしコココは叫んだ。叫びまくった。
絶対に、母はここに来る。そのことを信じて――
「来るわけねえだろうが」
キョウヤはコココを見ないで、コココに向かって言った。それを聞いて、コココははっとしてキョウヤを見上げた。彼女は涙目になりながらキョウヤの背中を睨んで――
「何言ってるんだっ! マーマァなら来るもん! あとお前! 足折れそうなの! 放せよぉ! 放してよぉ!」
と叫ぶが、キョウヤはその尻尾の拘束を解かずに、彼はコココを見ないでこう言った。
「――そうやって命乞いをした奴がいただろう?」
「っ?」
びくりとコココは肩を震わせ、恐怖の顔を浮き彫りにした。
幼いコココにとって、キョウヤの怒りの音色はかなりインパクトがあるそれだったのだろう。しかしキョウヤはその音色で言う。
「お前……、さっきここでは死なねえって言っていたよな?」
「?」
「……お前の頭の中はそのマーマァだけなのか? マーマァがそう言ったら正しいのか? マーマァが褒めてくれるなら何でもしていいのか? なんでこんな簡単なこと何でわかんねえんだよ」
「なに、言っているん……」
「この世界でも、人は死ぬんだよ。一回死んで、蘇生されて生き返るからいい? そんなことは通用すると思ってんのか? オレは思わねぇ。というか絶対にない。仮想世界でも、ゲームの世界でも…………人の死は見たくねえ。生き返るから殺してもいい道理なんて……どこに行っても絶対にねえんだよ」
そう言って、キョウヤはふっと、コココの方を振り返る。
そしてコココは、そのキョウヤの顔を見て、びくぅっと大袈裟に肩を震わせて、「ひぃっ!」と悲鳴を上げて、ボロボロと涙をぼたぼたと零した。
当たり前だろう。
キョウヤはコココを睨んでいたから。
怒りの形相で、子供が見たら大泣きしそうな顔で怒りの表情のまま睨んでいたのだから……、無理はない。
キョウヤは言った。
「けらけら笑って……人の命を弄ぶのも――大概にしろ」
低く、黒い音色で、彼は怒りを乗せたその感情を剥き出しにして、コココに向かって言って、睨む。
コココは「ひぃいいいいいっ!」とぶるぶると震えながら委縮してしまう。
キョウヤはそんなコココに対し、一回尻尾の拘束を解いてからゆっくりと地面に降ろした後……、キョウヤはコココに近付きながらしゃがんでトンッと肩に手を置く。
そして――
「それでもわからねえなら……」と言い、肩を掴んでいない手をぐっと振り上げ、ぐぅっと握った瞬間……、ぶんっと音が鳴るくらいの速さでその拳をコココの頭上に向けて――
「――拳骨だぁっっっ!!」
――ゴヂィイイイイイイイン!!
と言う音が響くような、頭上からの正拳月を繰り出すキョウヤ。
まぁ、彼の言うとおり……、それはよく親が子供を叱りつける時に使うそれだ。それを受けたコココは――
「ふぎゃっ!」
コココは潰れたような呻き声を上げて、そのままくらんくらんっと目を左右非対称にくるくると漫画のような渦巻きのそれを回す。本当に視界が揺れているかのように、彼女はそのまま背中から――後頭部を強打するくらいの勢いで倒れ……。
気絶した。
『デス・カウンター』は出ていない。死んでいない。ただ気絶しているのだ。
それを見たキョウヤはふんっと鼻息を吹かした後――ふと……自分が言ったことを思い出す。
頭を垂らし……、がりがりと掻いた後……、彼ははぁっと溜息を吐いて、小さく。
「キャラでもねえこと言っちまったけど……、今回は白の言葉に感謝だな……」
サンキュ……、白。
彼ならそう言う。彼がいたらこう言うだろう。
そうキョウヤは思いながら……、アップデートの時に離れ離れになった友のことを思い、気持ちを切り替えるように、彼はその場を後にした。