PLAY30 激闘! ネルセス・シュローサⅢ(逆転)①
「おおおおのおおおおおれえええええっっっ!」
私達とジルバさんを見つけて、ネルセスは鬼と喩えてもおかしくない形相……、鬼そのものの怒りの顔で私達を睨んで叫んだ。
ただ怒りを露わにしただけなのに、なぜだろうか……、びりびりと来るその声。
体が無意識に恐怖し……、違う。よく怒られたらびくっとくるような……、そんな恐怖を感じて私はぎゅっと胸に手を当てて、握りながらそれに耐える。
シェーラちゃんは強張った表情で剣を握っていたけど……、先ほどの威勢を残しつつ……、警戒しているのか……、剣を握っている手が震えていた。
かちかちと、冷たさによって強張るように震えていた……。
ジルバさんは両手の手甲のところからしゃっと出した――仕込みの剣を出して、それを出して構えず、直立のままネルセスを見ていた。
背中しか見えていないけど……もしゃもしゃでわかる。
ジルバさんは落ち着いているけど……、静かに怒りに燃えている。
そう私は感じた。
ネルセスは苛立ちを露わにし、ぎぎぎっと十指をロボットの指のように動かしながら彼女は怒鳴った。
「なぜこうなった……っ! なぜこの場所に人が来たのじゃっ! 誰にも話しておらんはずじゃ! 部下にも四肢を捥がれても決して口外するなと念を押して、恐怖で脅したはずじゃ! そうそう割らんはず……、割らんはずなのに……っ!」
ぶつぶつと、私達を見ているのに……、私達に対しての言葉を放っておらず、完全に思っていることが口から出ている……。
そんな言葉を放ちながら、ネルセスはじろりと――ジルバさんを睨んだ。
そしてこう聞いた。
「……フランドから聞いておったが……、そなた……、妾に隠れて……、何をしておった……っ!?」
その言葉にジルバさんは「んー?」と、体を右に傾けながら唸り、そして飄々としている音色でこう言った。
「それに対して黙秘を使うことってできるかなー? 俺そんな怪しいことして」
「しておるではないかっ!」
ジルバさんの言葉に、ネルセスはぐあっと――喉の奥が見えそうな大きな口を開けて、彼女はあらん限り叫んだ。あらん限り怒鳴ってこう言った。
私達の方を――強いて言えば、シェーラちゃんを指さして――
「そこにいる女を匿って……っ! そ奴は妾の秘密を知っている危険人物じゃっ!」
と怒鳴った。
シェーラちゃんはそれを聞いて、グッと前に屈みながら迎え撃とうとした時――ジルバさんはすっと手を出した。
出したというより……、ただ握っていた手を解いて、そのまま腕を少し上に向けて動かしただけ……。
ただ、それだけでもわかる。
待て。
そう言っているような動作を見て……、シェーラちゃんは小さく舌打ちをしながら「……なんで」と唸る。
私はそれを見て、シェーラちゃんのその苛立った表情と言葉を聞いて少しだけむっとしてしまった。
むっとした理由。
私も定かじゃないけど……、ジルバさんがなんであんなにシェーラちゃんのことを大事に、そして戦わせないようにしているのか……。何となくだけど分かった気がした。
似ているからだ……。
シェーラちゃんとジルバさん。
そして……、私と……、ヘルナイトさんと。その関係と言うか、ヘルナイトさんが私やみんなを守る時と一緒だということに……、シェーラちゃんは気付いていない。
それを思って、私はシェーラちゃんに対して心の中で……。
――分からず屋。
そう思ってしまうくらい……、シェーラちゃんの、ジルバさんに対しての気持ちの理解の鈍感さにむっとしたのだ。
「秘密ネぇ……」
ジルバさんは体を傾けながら言う。それを聞いてネルセスは苛立った表情でジルバさんを見ていた。ジルバさんは体を傾けながら――飄々とした音色で言う。
「その秘密って――そんなに血相を変える程重大なものなのかな?」
「あぁ……っ!? 決まっておろうっ!」
「そうカリカリしないでヨ。そんなに血相を変えることなら……、部下にでも頼めばいいじゃない? 『私の秘密を知った小娘を殺せ』って。シェーラは『ネルセス・シュローサ』を追って、その時結構戦いを交えたユースティスとムサシは、彼女のことを知っていた。でもほかは知らない。しかもシェーラのことを知ってても、あんたの命令である『ハンナを殺せ。ほかも殺せ。ついでにシェーラとか言う女がいたらついでに殺してもいい。より多くの人を殺せば――褒美をやろう』という命令を優先にして、そんなに深く考えなかった……。ユースティス達はあんた心酔で、それ以外なんて知ったこっちゃない二人……あいや……。一人だったから、扱いやすくて、二人が何かを言おうとしても、ただあんたは『知る必要はない』とか言って誤魔化してきたんだろうネぇ」
「――っ!」
「あんたの人間像はよくわかっているつもりだヨ。あんたは自分の手を汚さず、他人に全ての汚い仕事を任せ、言葉巧みに人を操る。でもその内面は――人のことをまったく信用せず、自分以外の人のことをただの道具としか見ていない。時に金が稼げる道具としか思っていない……、優しさがない非道で慎重で、可哀想な女」
「~~っ!」
ネルセスは、ジルバさんの言葉を聞きながら、ぎりぎりと歯を食いしばり、そして口の端から血が零れるくらい噛み締めながら、いら立ちを募らせていた。
ジルバさんはすっと体を直立にして、そしてネルセスに向かってジルバさんはすぅーっと、仕込みナイフが出ている右手を上げて、ぐっと、何も持っていないのに、その右手をぐっと握る。
まるで、その手の中に何かをしっかりと持つように、突き付けて――ジルバさんはこう言った。
飄々とした音色だけど……、真剣さと怒りが含まれた音色で……、彼は言ったのだ。
「言っとくけどネ……。ネルセス。人はネ……」
しかし――
ネルセスはジルバさんの言葉が終わる前に、すぅーっと息を吸ってから、ぐんっと体を後ろに反らし、そして痩せていたそのお腹を――
ぼんっ!
と、一気に膨らませる。
まるで風船に空気を入れた時のような膨張具合だ。
それを見て、私はシェーラちゃんの肩を掴んで、「へぇっ!?」と驚く彼女をよそに、スキルを発動させる。
「『囲強固盾』ッ!」
そのスキルを発動したと同時に、私とシェーラちゃんを取り囲む半透明の半球体。そしてすぐに、ネルセスはぐぅんっと反り返っていた体を起こして――
ぶくぅっと両頬を膨らませる。それを見ても、ジルバさんは動じないで……、私達を背中に隠しながら、ふらりと体を揺らしながら――
「――守る人がいると、強くなれるんだヨ」
背中からドロッとしたものを出して――ジルバさんは駆け出した。
一直線に、姿勢を低くしながら、ネルセスに向かって、すごいスピードで。
でもネルセスはそれを意ともしないで……、すぅっと鼻から息を吸った後……、ぐんっと顔を上に向けて、放物線を描くようにして……。
ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっっっ! と――
人間ではまずありえないようなことをした。
私とシェーラちゃんは、それを見て驚いてしまい……、シェーラちゃんに至っては「うげっ!」と蛙が潰れたような声を上げて青ざめた。
私も青ざめてそれを見ることしかできなかった。
ジルバさんはそれを見ないで、ネルセスに向かって走っていた。
人間ではまずありえないこと。
それはお腹を一気に膨らませることもそうだけど……、何かを吐きだしたというか……、あんな高速に、銃のように何かを吐き出すことはできない。
でも……、それ以前に、ネルセスが吐き出したものは……、人間では、じゃない。人間族ではまずありえない。
というか、ネルセスのような、ネルセスのような魔獣にしかできないようなことをした。
簡単に言うと、ネルセスが吐き出したものは――白い小さな楕円形の球。
それがいくつも、ネルセスの口からマシンガンのように出てきて、発射されて……、それが上に向かったと思えば、重力に従うようにどんどん、私達に向かって落ちてくる。
その最中、ぽろぽろと何かが飛び散っていた。
上を見上げ、そして言葉を失うような光景が……。目の前に、大雨と一緒に降り注いできたのだ。
それは……。
小さな小さな――
蛾。
それが、雨雲を覆うように……その空中を覆うような、無数の小さな白い蛾の大群が……、私達の向かって襲い掛かってきたのだ。
あまりに悍ましいというか……、気持ち悪い光景。
シェーラちゃんはそれを見て「気持ち悪っ」と毒を吐きながら剣を構えようとした。
でも私はシェーラちゃんから離れないように、ぎゅっと抱きつく。
それを見てか、シェーラちゃんは舌打ちをしてから私に向かって声を荒げた。
「ちょっと! 離れて! 今からどうにか」
「待ってっ」
「はぁ!?」
私の言葉を聞いて、シェーラちゃんは流石に切れてしまったのか、私に向かって怒鳴りながら言った。
「何言っているの! まさか……、あの蛾を殺さないでとか変なことを抜かすんじゃないでしょうね!?」
「違う……、ただ、待って」
「何で待たないといけないのっ!? そうしないとあの蛾が」
「待って――シェーラちゃん……」
私は何度もシェーラちゃんを宥める。
シェーラちゃんはその真意に気付いていないのか、私の言葉を無視して迎え撃とうとしている。
それでも私はシェーラちゃんから離れないように、ぎゅううっと抱き着いて留まる。
シェーラちゃんはその行動に怒りを覚えて「離れてっ!」と声を荒げていたけど……、そんなことを言われても、私は離れない。絶対に離れないと心に決めていた。
だって、そうでもしないと……。シェーラちゃんに届かないと思ったから。
ジルバさんが言っていた言葉と気持ちが……、伝わらないと思ったから。
だから――私はシェーラちゃんの目を見た。
シェーラちゃんは今まで怒り任せになっていたけど、私の目を見てぎょっとして、強張った顔のまま驚いたまま止まった。それを見ながら疑問を抱いていたけど……、私は言う。
「今は……、ジルバさんを見て。聞いて」
その言葉を聞いてくれたのか――シェーラちゃんは強張りながらも、ジルバさんの方を見ることに専念した。
その最中でも、どんどんと迫ってきている小さい蛾の群れ。
さっきまでは大雨のように見えたけど、どんどん滝のように襲い掛かってくるそれを見て、私はジルバさんの方を見る。
ジルバさんはどんどんネルセスに向かって、仕込みの剣をネルセスに向けようとしていた。
でもネルセスは「くはははははははっ!」と、さっきまでとは違う……、ううん。あれは、本当の気持ちを隠すための笑顔だ。
その笑顔のまま笑い、焦りを零しながらネルセスは高笑いをしながら迫って来るジルバさんを見降ろしてこう言った。
「こっちに来てもいいのかジルバッ! あの小娘どもに『蚕弾』を向けたのだぞっ!? 見捨てるというのか!? 矛盾が生じておるぞおいっ? このまま妾に刃を向けたら小娘どもは食人蛾の餌になるっ! 貴様があの虫を駆逐するのであれば、妾は貴様を不意打ちで殺そうぞっ! なにが『守るものがおれば強い』じゃ! 逆の弱くなっとるではないかっ! 貴様は勘違いをしておる。妾を弱く見ておったが、妾は現実でも仮想でも強い! 過少したなっ!」
そう言って、ネルセスは『ズッ!』と一気に伸ばした右手の爪を、ジルバさんに向けて貫手を繰り出そうとしていた。
でもネルセスは気付いていない。私は気付いていた。
ジルバさんの背中から出ている……、黒いそれを。
影を。
「――『花魁蜘蛛』っ!」
ジルバさんは叫ぶと同時に、どろっと私達に向かってくる影。
それを見て、シェーラちゃんは驚きを隠せずに、固まったままそれを見ていた。私はそれを見て、どんどん迫ってきて、そして私達の前にその黒い何かが前に出て、手を広げていた。
まるで……、私達を守るように……。
ぶわりと姿を現したのは……。
明るい色の着物を着て、少し崩れた江戸時代の女の人の髪型。頭には蜘蛛の釵が刺さっていて、蜘蛛の巣柄の帯。足は六本の節足の足。手は人間のような手だけど、色素が白くて血の気がない。そんな大きな女性が……。
女性……、なのかな……?
顔からなんだが『キリキリ』音がしている……。そう思った瞬間だった。
『『網蜘蛛』っ!』
バシュッと、口からなんだか無数の糸で作られたそれが吐き出されて、襲い掛かってくる蛾の群れに向かって……、大きな大きな蜘蛛の巣を作り上げたのだ。
空中にできたそれに向かって、無数の蛾の群れがそれにべちゃべちゃとくっついては、ウゴウゴと身動きが取れなくなっていき、どんどんそれに向かって突っ込む蛾達を捕まえる蜘蛛の糸の巣。
それを見て、絶句するネルセスに――驚いて声が出ない私達。
次第にばいんばいんっと揺れていた蜘蛛の巣が揺れなくなり、目の前で私達を守ったその人は『うふふふふ』と、くすくすと笑いながら色素がない手で蜘蛛の巣の端を掴んでまとめながら――
まるで網にかかった獲物を見るように……、蜘蛛の巣に引っかかった蛾の大群をじっと観賞してから……、上にそれを上げて……。
『あーんっ!』と……、背中しか見れない私達の目の前で……、蜘蛛の巣に引っかかったそれを……。
――ごっくん!
と、飲み込んだ。
私達はそれを見て、青ざめながらそれを見ていると……。私達をも守ってくれたその人は、私達に気付いて、くるっと振り返った。そして……。
『あらぁ! ごめんなさぁいっ! ワタシったら、人前で行儀悪いことをしちゃったっ! うふっ!』
両手を握りながら首元に持ってって、コテリと首を傾げて、可愛く言うジルバさんの影……。仕草は可愛いのだけど……、顔がその可愛さを壊してしまっている。
なぜなら……、そのジルバさんの影の顔は……。まんま蜘蛛の顔そのもの。紫に黒を混ぜたような……、いくつもの赤い目がこっちを見ている、毒々しい肌の色……じゃない。虫の肌の色だった。
それを見て、私達はただ、首を横に振ることしかできなかった……。
すると――
「な、なんじゃとっ!?」
ネルセスは私達の方を見て驚きの声を上げた。
私はその声を聞いて、その方向を見ると――ネルセスはどうやら、ジルバさんの横からくる仕込みの剣の攻撃を避けながらそれを見て、驚きを隠せない状態でそれを見ていたようだ。
ジルバさんはそれを見ながらも、ダンッと駆け出すと同時に――そのまま……。
「暗鬼剣――『四肢切断斬』」
ザシュザシュザシュザシュ! と――
ネルセスの両手を切り落とすような斬撃を一回ずつ交互に、芋虫の下半身に二回――斬撃を入れた。
ぶしゅっと出る両手の鮮血。
芋虫の体から零れ出る緑色の体液。
それと連動されているかのように、出血をしながらネルセスは「うがああああああああああああああああっっ!?」と叫んだ。
どくどく出るその血を抑えることができないのか、ずたんっとへたり込んでしまったネルセス。
それを見て、ジルバさんは両方の仕込みの剣をぶんっと振るった。
辺りに飛び散る赤と緑の液体。
大雨のせいでそれはどこかへ流れて行ってしまうけど、ジルバさんはそれを無視して、蹲りながら悶えて、「う、うぅ……っ!」と唸っているネルセスに向かって歩みを進める。
その最中、ジルバさんの影である蜘蛛の女の人 (?) は、体をくねらせながら『きゃああーっ! ジルジルカッコイィ! ますます惚れちゃいそうっ!』と喜んでいた……。
それを見て聞いていたシェーラちゃんは顔を引き攣らせながら……、「女性人格……っ!?」と驚愕な顔をして呟きを零していた……。
ジルバさんはそれを無視して……、ううん。聞こえていないみたいだ。
目の前で痛みに耐えているネルセスを見下すように、赤いもしゃもしゃを炎のように燃やしながら、彼は冷たく、低い音色でこう言った。
「これが――実力だヨ」
「っ!」
ジルバさんは続ける。
「確かに、現実ではマフィアのボスとして君臨し、そして手駒のようにして扱い、仮想世界ではその体で戦ってねじ伏せて来たかもしれないけど……、俺はこの人間族の体でも――お前に勝てる勝機がある」
それはネ……。と言いながら、すっと右手を振るい上げ、丁度真上のところで手を止めたジルバさんはネルセスを見て――私達を見ないでこう言った。
「俺はネ……、どうしてもお前だけは許せなかったんだヨ。お師匠をあんな風にしたお前等が。シェーラのような小さい子達の人生を滅茶苦茶にした。孤児院の院長の息子を……殺しの道に誘った。そして……、シェーラの人生を滅茶苦茶にしたお前が……許せなかった。いんや……。許すなんて言葉はもうないネ。ここで俺が、お前に人生の終止符を打つヨ。もうシェーラを苦しめたくない。シェーラには明るい未来に向かって、進んでほしいからネ」
と言って、そのままジルバさんはネルセスの頭をかち割るように剣を振るい上げて言った。
「――散際の一言があれば……、どうぞ?」
その言葉にネルセスは震えながら悶え苦しんでいた。それを見てシェーラちゃんは目を見開きながら、段々とだけどシェーラちゃんも驚きながら気付いてきたようだ。
私はそれを見て、控えめに微笑んで見ていると……。
ネルセスは言った。
苦しい音色ではなくて……、グニッと笑みを浮かべたかのような……、そんな狂喜の音色で……。
「――時間を与えてくれて、ありがとう」
と。