PLAY29 激闘! ネルセス・シュローサⅡ(寵愛と愛。無心と正義)⑥
「はぁ、はぁ……、うぅ……、はぁ」
ばしゃばしゃと靴が濡れる。
大雨のせいで掴んでいる手がすっぽ抜けそう……。
でもこの手を離してはいけない……。そう私は意志を固めてぎゅっとその手を掴む。
あの後私はシェーラちゃんの手を引いて、ヘルナイトさんがいる所に向かって走っていた。
シェーラちゃんは最初こそ覚束なかったけど、段々と足取りをしっかりして走っている。
二人で一緒に走っていると、シェーラちゃんは私に聞いてきた。
「なんで……、ここに来たのか聞いたけど……」
「?」
「転送されちゃったって言っていたわね」
「……うん」
「きゅ?」
シェーラちゃんは私の手をしっかりと掴んで、凛々しいけど何処か弱々しい音色で私に聞いてきた。
私はそれを聞いてシェーラちゃん大丈夫なのかなと思いながら聞いていたけど……、私はシェーラちゃんに聞かれたことに対して頷いた。
ナヴィちゃんはそれを聞いて、帽子の中から覗いてその話を聞いていた。
ナヴィちゃんは濡れるのが嫌いらしい……、今初めて知った……。
するとシェーラちゃんははっきりと――
「ありえない」と言った。
「……それって、私達が罠にはまったことが……?」
私は思った。
もしかして……、シェーラちゃん怒っている……?
そう思って恐る恐る聞いてみると……、シェーラちゃんははっきりとした言葉で「そうじゃない」と言って――
「……私も……、ここに『ネルセス・シュローサ』のアジトがあるだなんて、知らなかった。アクアロイアの、王様のところにあるのかと思っていた」
「?」
シェーラちゃんは考えながらそれを言うけど、私はその言葉に首を傾げてシェーラちゃんにさっき思い出したことを言った。
「でも、あの時兵士が『ネルセス様からの言伝』って……」
「言伝? それこそありえないわね」
「ありえないの……?」
「断言するわ。ありえない」
……そんなはっきり断言しなくても……。
そう私は冷や汗をかきながら走って思った。
さっきからだけど、シェーラちゃんの言いたいことが全然見えていない私だけど……、シェーラちゃんは逆に私の言葉を聞いて段々とだけど、この状況に違和感を感じているようだ。
さっきまで自暴自棄になりかけていたもしゃもしゃは薄れ、今は平静を装っているけど、少し落ち着いている顔をしている。
そんな状態で、思考で、彼女は考えていた。
この状況を。
私は何度も何度も考えても……、ネルセスの策略にしか………。
?
なんだろう……、なんだか今一瞬、思い出しそうになった気が……。
「ねぇ」
「っは! なに?」
突然、シェーラちゃんは私に聞いてきた。
それを聞いた私ははっとして、シェーラちゃんを見ると、シェーラちゃんはぐっと私の手を掴んだまま……。
急に足を止めてしまったのだ。
そのせいで、私は走っていた足を止めざる負えなくなり、「おっとと」と言いながら足を止めて、少しバランスを崩しかけて前のめりになってしまったけど、何とか体制を整える。
帽子の中にいたナヴィちゃんは『きゅきゅきゅっ!』と驚きながら、中でわたわたして慌てていたことは……、私だけの秘密にしておこう。
私はシェーラちゃんの方向を見て、帽子に触れながら帽子越しにナヴィちゃんを撫でて「ど、どうしたの……?」と聞くと、シェーラちゃんは私を見てこう言いだした。
「あんたは……ネルセスを見て、どんな風に感じた?」
「? えっと……」
確か、あの時感じたのは、黒と、楽しいオレンジとか、黄色のもしゃもしゃ。
それを思い出して、私はシェーラちゃんにこう言った。首を捻りながら……。
「楽しそうで……、面白そうで……、えっと……、憎んでいた?」
それを聞いて、シェーラちゃんは少し考えてから、私をじっと見て――
「そのもしゃもしゃって……、黒の方が勝っていたかしら?」と聞いてきた。
シェーラちゃんのその言葉に、私は驚きを隠しことができなくなって、思わずシェーラちゃんの手を掴んで、顔を寄せながら「そう……! すごい……っ! エスパー?」と聞くと、シェーラちゃんは私の行動を見て、驚いたのか、目をぱちくりとさせていた。
私はそれを見て、最初はどうしたんだろうと首を傾げていたけど、段々と、その状況を見て……、私は慌ててシェーラちゃんから離れて謝った。
それを聞いていたシェーラちゃんは、少し驚きながらも「いいけど……、そんなにすごいこと?」と、シェーラちゃんは首を傾げながら聞いてきた。
私は頷いて――
「うん……。なんだか分かり合えた感じがして……、つい、嬉しくなっちゃった」
「………そう」
シェーラちゃんはいつものように凛々しい顔で、両肘に手を添えながら――彼女は言う。
「話を戻すと……、ネルセスがここに誘い込んだ。私を餌にして。確かに私はここに連れてこられたわ。でも違う。ネルセスは私を嬲り潰そうとして閉じ込めていた。口封じをしようとしていた。私はネルセスが隠しているものを知っているから、息の根を止めてでも私を早めに殺すと……、ログアウトさせると思うわ」
「……秘密って……?」
「……このゲームには、監視者っていうRCに内通している……いうなれば私服警官のような人がいて、その人達はMCOのプレイヤーに紛れながら、他のプレイヤーがどんな行動をしているのかを、逐一RCに教えているの。その中には研究員とか、あとはアルバイトの人もいて、何人かがプレイヤーとして紛れては、遊んで私達の行動を監視していたのよ。知ってた?」
「……知らなかった」
私は口をあんぐりと開けながらシェーラちゃんに言った。
私服警官って……、よくドラマとかで見る普通の服を着て捜査をしている人達のことだよね……? それが現実でもあったんだ……。
そのことを知った私は、驚きのあまりに呆けてしまっていた。
シェーラちゃんはそんな私を見て、溜息交じりに呆れながら「まぁ……、私もそのことを知るまでは知らなかったわ」と言って……、そのあとシェーラちゃんは、とんでもないことを口走った。
「その監視者がネルセスなのよ」
「え?」
あまりに唐突で、そして衝撃の言葉に、私は口を手で押さえながら、驚きを隠せずにいた。
シェーラちゃんは肩を竦めながら「驚いたでしょ?」と言い――更にこう言う。
「それを知ったのは、私一人でネルセスを殺そうとした時で、その時偶然知ったの。監視者の事。その時ネルセスはアクアロイアにいたから、まだそこにいると思っていたんだけど……、やっぱり場所を変えていたのね……。って――ごめんなさい。話を戻すわ。そしてその監視者達はこのアップロード後は理事長と連絡が取れていない。更に言うと……」
そう言って、シェーラちゃんはすっと、私を指さして――シェーラちゃんは言った。
「――アルテットミアにも監視者が二人いることが分かったの」
「……二人……」
その言葉に私は不意にじくりと感じた胸の痛みに驚きつつ、ぎゅっと胸の所を握って、不安と痛みを掻き消すように耐えていた……。
それを見てシェーラちゃんは「大丈夫?」と声をかけて心配してくれたけど……、私は控えめに微笑みながら「大丈夫」と頷いて答える。
それを聞いて、シェーラちゃんは話の続きを教えてくれた。
「でも、ネルセスはああ見えて慎重で、ビビりなの」
「ビビリ……」
「ビビリなネルセスだから、絶対彼女のことだから、一人でその監視者と接触して、保険のためと情報収集のために、きっと自分の手元に置くように仕向けるわ。あの女の事よ……。人質を取るような言葉を言ってね、言葉巧みに人を弄ぶわ……」
「………まさか」
「どうしたの?」
その話を聞きながら、私はふと……ネルセスの近くにいたエレンさんのことを思い出す。
エレンさんが何でこんなところにいて、あんな悲しいもしゃもしゃを出していたのか……、今。たった今分かった。合点が一致したのだ。
シェーラちゃんの言葉と照合して……、私はわかってしまった。
エレンさんが――RCの監視者だと。
もう一人は誰なのかはわからないけど……、アルテットミアで、人質と言えば……エレンさんのチーム。
アストラがある。
ネルセスはきっと……、エレンさんのパーティーの命を脅かすような言葉を使って、エレンさんを無理やり引き入れたんだ。
そうなると……、エレンさんが何であんなところにいたのかが理由がつく。
「……何かあったの?」
と、シェーラちゃんは私に聞いてきた。
私はシェーラちゃんを見ると、シェーラちゃんはどことなく心配そうに私を見ていた。
凛々しい声にも覇気が無くなっている。
それを聞いて、私は意を決して一回深呼吸をしてから……。
エレンさんのことを話した。
それを聞いて、シェーラちゃんは納得したかのように「やっぱりね……」と言い、そして――
「そうなると、ますますこの場所を知られるわけにはいかないわ。なにせ――RCの何かを知っている監視者が二人いるんですもの。プレイヤーをここに誘い込むだなんて……、自分を窮地に追いやるドエム女よ」
「…………。うん」
……ここにキョウヤさんがいれば、きっと的確な突込みを出すと思うのだけど……、お生憎、私はそんな突込みに才能はない。
なのでシェーラちゃんの言葉に対してあんまり突っ込むようなことはしない。墓穴を掘ったりしたら……、恥ずかしいと思うので……。
シェーラちゃんは続ける。
「だからあり得ないのよ。ここにあんた達を転送するのは――おかしすぎるのよ」
「あ」
私はふと思った。
確かに……、自分が監視者で、仲間にばれたりしたら、最悪『ネルセス・シュローサ』は壊れる可能性がある。
それを避けるために、彼女は隠れてエレンさんに近付いて、情報を入手していた。その前にシェーラちゃんに知られたから、血眼でシェーラちゃんを探して、殺そうとしていた。
そのくらい隠すことに慎重になっていた。仲間に打ち明けないくらい……、人に心を許していなかった。
でも、この状況なら……、何となくだけど分かる気がする……。
そして――
今思うと、オレンジや黄色はもしかしたらその黒いもしゃもしゃを隠すための演技……、笑みの仮面だったのかもしれない。
人間辛いことがあると、作り笑顔で誤魔化すってどこかの精神科さんがテレビで言っていたし……。それかもしれない。私の場合は、もしゃもしゃだけど……。
となると……、あの隠しきれない黒は……、一体……。
「……あんたの言っていた黒が、もし……誰かに対しての憎しみ、怨み、もしくは逆恨みだったら……?」
「………………ネルセスは、その人に対して怒りを覚えていた……?」
「認識していない、赤の他人なら……、きっと黒が小さかったかもしれないけど……、ネルセスには心当たりがあって、その人のことを思い浮かべながら恨んでいた……」
「ネルセスの顔見知りが……、ネルセスの知っている人が……、私達をここに、誘い込んだ……?」
「……話せは話すほど……、後悔してしまうわね……」
そうシェーラちゃんが溜息交じりに疲れたような音色で言うと……。
「ふぅーん。それはすごい展開だネぇ」
「「っ!」」
突然だった。
突然石で造られた建物の上から声が聞こえた。
私達はすぐにばっと上を見上げると、石で造られた建物の上に座って私達を見降ろしてる……、さっきすれ違った人……。その人は私達を見降ろしながら、ニコニコしながら手を振っている。その人を見たシェーラちゃんは怒りを露わにしていた。
そう、さっきすれ違った――ジルバさんがそこにいたのだ。
「あ、えっと……」
「あんたなんでこんなところにっ!」
「わ」
私はジルバさんの名前を呼ぼうとしたけど、突然シェーラちゃんが前に出て、ジルバさんを睨みつけながら怒声を上げた。
それを聞いていたジルバさんは飄々と首を傾げながら「んー?」と言って――
「なんでって……、それはネ……。シェーラちゃんの言葉心配になってきたんだヨ?」
と、首を傾げながら飄々というジルバさん。
それを聞いていたシェーラちゃんは更に苛立ちを見せながらダンッと足を前に出して……、ジルバさんに向かってこう怒鳴りつけた。
「今すぐ消えてっ! 私の前から消えてっ! あんたのような弱虫なんて知らないっ!師匠の一番弟子なのに、なんで簡単に『ネルセス・シュローサ』に懐柔されるのよっ!」
「言ったじゃん。俺はシェーラちゃんを守るために」
「言い訳なんて聞きたくないっ! だいたい私の代わりにネルセスを殺すって……、何ができるっていうのよ!」
なんだろう……。
シェーラちゃんとジルバさんって、お知り合いなのかな?
シェーラちゃんは怒りながら指をさして何かを言っているけど、ジルバさんは飄々としているけど、その中から見える赤と青のもしゃもしゃ。それを見た私は、シェーラちゃんを一回見て、そしてジルバさんを見直す。
……どことなくだけど、ジルバさんはシェーラちゃんを見ている時……、常に悲しさを帯びている。
それはまるで……。
と思った時――すっと立ち上がって、そのままとんっと綺麗な体制で跳んで、そして華麗に着地したジルバさん。着地した場所は――今私達が向かおうとしている道の前だった。
「あの……っ! ジルバさん……っ! その先に、私の仲間が」
「お二人さん」
ジルバさんは私達に背中を向けたまま、私達に向かってこう言った。
「お二人が立てた推理は……多分あっていると思うヨ」
「……え?」
私の驚きの声を聞いたのか、ジルバさんは続けてこう言う。
「ネルセスの顔見知り。知っている人が……、ここに誘い込んだ。そして情報を漏らした人物もきっと……、同一人物だと俺は思う」
そう言った瞬間だった。
ずりっと――ジルバさんの前から音がした。
その音はあまり聞き覚えがない音でシェーラちゃんを見て、私ははっと息を呑んだ。
シェーラちゃんは息を潜めるように、取り返した剣をしっかりと持つと、じっと構えていたのだ。シェーラちゃんの目は……、さっきまでの凛々しい目とは違う……。
何かに怯えているような……、ううん。不意に思い出された恐怖に押し潰されそうになっているような……、そんな顔だ。
それを見て、私はシェーラちゃんに手を伸ばした瞬間――
「お友達さん」
「っ! はい」
ジルバさんは私のことをお友達さんと呼ぶと、『ふいっ』と私の方を振り向いて、私を見て言った。
飄々としている。でも少し怒りがこもっているけどあまり怖くない。そんな笑みで――ジルバさんは言った。
「――シェーラの事、お願いネ」
その言葉に、私は、シェーラちゃんの同意を見ないで頷く。
それを聞いてシェーラちゃんは「はぁ!?」と驚いたような音色で私を睨んでいたけど……、ジルバさんはそれを聞いてにこっと微笑みながら前を――
ジルバさんの目の前にいる……、怒りの形相で「ふーっ! ふーっ!」と唸って、ぎりぎりと歯軋りをしてジルバさんと私達を睨んでいる……。
ネルセスを見て、ジルバさんは腕からシュッとナイフを出した。