PLAY29 激闘! ネルセス・シュローサⅡ(寵愛と愛。無心と正義)①
エレンがララティラを見上げた瞬間、重力に従ってそのままエレンに向かって落ちていくララティラ。
「「え?」」
互いが互いに、別の理由で驚きながら頬を引き攣らせ……、そして……。
――どっしーんっ!
と言う効果音が出そうな勢いで落ちて来たララティラ。
「ぎゃぁっ!」
「うぎょっ!」
互いが声を上げて驚いて唸る始末。
そしてララティラが唸りながら頭を抱えて、起き上がると……。
ララティラは目を点にして固まる。
よくある押し倒し、に見えるそれだが……、彼女はエレンを押し潰している。
しかも自分の顔の位置にエレンの髪があり……、そして……………。
不意に感じた胸の違和感。
というか歪な形の圧迫感。
「ふごっ」
くぐもったエレンの声を聞いたララティラは『ぼんっ!』と顔を真っ赤にし、頭から噴火のような湯気を出してから、自分でも驚くような素早さでエレンから離れた。
急に重みが無くなったことに気付いて、エレンは「イテテ」と頭を抱えながら起き上がった。
その顔を見たララティラはさっきの状況が現実だという証拠を見てしまい……、顔を真っ赤にして口をまるで魚の鯉のように動かしながら「ごごごごごごごごひぇんっ!」と謝った。
それを聞いてエレンは首を傾げて――
「へ? ごへん?」
と言って、ふと鼻の下に感じた生暖かい感触に、その鼻の下に指を添えて拭い取ると……。
「………あれ? 何で血が? てかこれって……、鼻血?」
なんで?
そう思いつつも冷静になった思考で、頭撃って脳に支障が出たのかと思いながら……、エレンはそれについて悶々と考えていたが……、ララティラは顔を逸らして、涙を堪えながら心の中でエレンに謝った……。
そして、ここに飛ばしたトリッキーマジシャンを恨んだ……。
「というか……、何でティラここにいるんだ? こっち向こうよ」
エレンは鼻血の原因を突き止める前に (脳に支障はないと踏んで、彼はそれよりも優先事項を片付けようと思った) ララティラに聞いた。
それを聞かれて、ララティラは明後日の方向を見ながら答える。
「それは……、トリッキーマジシャンの力を……、借りて」
「理由になっていない。俺のことはほっといてもいいだろうが。こっち向いて話せ」
ぴしゃりと論破したエレン。
それを聞いたララティラは、まだ明後日の方向を見ながら彼女は言った。
「ほっとけないやん……。だって、あんな風に別れたら、誰だって心配になるで」
「心配って、お前は俺をなんだと思っているんだ? あのダンを制御しているんだぞ。自分で言うのもなんだけど合理性だってある。心配しないでアルテットミアに戻れって。いい加減こっち向け」
段々とだが、なぜララティラが自分の方を向かないでいるその態度を見て、エレンは段々苛立ちを覚えた。
知らぬが仏。
それを知らないエレンだったが、知らない方がいいだろう。
ララティラは顔をそむけたまま……、俯いて小さく……。
「心配やて……」と言った。
それを聞いて、エレンは言葉を繋げようとしたが、それを一旦止める。
ララティラは……、その状態のまま小さく、こう言った。エレンに向かってこう言った。
「当たり前やろうが……。突然、あんなことになって、あんな悲しい顔をされたら……、誰やって心配になってそのあとを追いそうになるわ……。というか、追わん奴なんて、おるんか……?」
悲しい顔って……。
そうエレンは頭を掻いて、自分はそんな顔をしていたのか? と疑問を抱いたが、エレンはララティラに向かって……、小さく返した。
「そうか。ごめん……」
その言葉にララティラは頷こうとしたが……。
「でも、戻らない。アストラには」
「何でっ!?」
衝撃の言葉に、ララティラはエレンの顔を見て、彼に詰め寄りながら両肩を両手で掴んで、前後に振りながら問い詰めた。座った状態で、問い詰めた。
「なんでなっ!? なんでアストラに戻らんって言うんやっ!? エイプリールやないやろうがっ! なんでそんなウソをつくんや!?」
「嘘じゃない。ほんと。ここでちょっとした調べ事が終わったら、すぐに離れる。もちろん、アルテットミアにも戻らないし、アストラにも戻らない」
「嘘なんて言わんといてやっ! なんでなん!? なんでそんなことを言うんや! まさかあの女に惑わされて」
「っ! 違うんだっっっっ!!」
「っ!」
聞いたことがないようなエレンの叫び。それを聞いて、ララティラはビクリを動きを止めて、震えながら肩を掴んでいた手を離した……。
そんな彼女の驚いた恐怖の顔を見て、エレンは「ごめん」と小さく謝ると……。
「違うんだ。帰れない理由は、戻らない理由があるからなんだ」
「? 理由?」
ララティラは首を傾げて、なんなんだ? と聞いた。
それを聞いて、エレンは目を逸らして……、そして、ゆっくりと……、口を開けてから……。
「俺が――裏切り者だから」
裏切り者。掠れるような声だった。それを聞いたララティラは、驚きのあまりに……、驚く声をだすことを、忘れていた。ただ、自分の顔を見ないで、そらしているエレンを、呆然と、見ることしかできなかった。
◆ ◆
裏切り者。
それは監視者をさす。
エレンはララティラにそのことを話した。全部話した。
自分がRCに雇われた監視者で、情報を逐一――理事長に流していたことを。そして監視者同士であるネルセスの事。そして他にも監視者がいることも話した。
ただ一つだけ……、魂のコピーのことは話さなかった。その話をしたとしても、信じてもらえないことは明白だったからだ。
この状況だ。
自分達を閉じ込めた主犯と、あの監視AIが作られたRCの一員なら……、誰だってその監視者を問い詰めるだろう。そして情報を絞るだけ搾り取るだろう。
ヴェルゴラと、シュレディンガーのように……。
エレンはそうなりたくないとは思ってはいない。むしろ――ララティラ達の事を考えた時……、ネルセスの言葉を聞いたとき……。それが混ざり合い、このような結論に至ったのだ。
自分は監視者だ。
必ずこのゲームから出たい人が、監視者であり、RCのとつながっている自分を狙って襲い掛かってくるだろう。そうなってしまえばララティラ達にも迷惑がかかる。
最悪死人が出てしまうかもしれない。
そうなってしまっては遅い。
ならば自分がその場を離れよう。
みんなには悪いけど……、それでみんなが無事ならそれでいい。
監視者だからこその罪なのかはわからない。
でも……それで済むのなら、自分だけでいいのなら……、それでいい。
そう思い、エレンはネルセスの誘いに乗って、隙を突いて情報を暗記して逃げよう。
そう思った。そう結論して、決めた。
それを聞いていたララティラ。
エレンはただ黙って、ララティラの言葉を待った。
ざぁざぁと雨が降り注ぐこのマドゥードナで、データの世界なのにあまりにリアルすぎるこの感触を感じながら……エレンは言葉を待った。
突き放す言葉を。
騙していたのかと罵倒する言葉。
罵る、泣く、どんな言葉でもあっていた。マイナスな、自分を突き放して離れる言葉を待っていた。
被虐ではないが……、それでも、エレンはその言葉を待っていた。
なぜ? 理由は簡単だ。
その言葉を投げかけ、そして突き放してさえすれば、それでいいのだから。
その方が――楽にこの場を離れられる。そうエレンは思ったからだ。
しかし……。
俯いていたララティラだったが、エレンの話を聞き、一旦黙った後……、すっと右手を上げて、それをエレンに向けて――
――バシンッッッ!
と、大きく、雨なのに、乾いた音が響くような……、ビンタを放ったのだ。
それを、エレンは予想外に驚きながら、左頬に感じるジンジンする感触を感じながら……、その場所を手で押さえて、ララティラを見た。
ララティラを見たエレンは、再度驚く。
理由は簡単だ。
ララティラは――怒っていたからだ。むっとした顔をして、彼女は怒っていた。
それを見て、エレンはおっかなびっくりに……「ティ、ティラさん……?」と、小さい声で彼女の名を呼ぶと……、ララティラはエレンを見たまま、手を下ろしてこう言った。
「あんた……、うちらを舐めとんのか……?」
ひどくドスが聞いた声。
それを聞いて、エレンは肩を震わせて驚いたが、ララティラはそれ以上のことをしないで、エレンを見て話すことしかしなかった。
ララティラは言う。
「なんでそんなことで、アストラを離れないといかんのや? そんな回りくどいことせんでもええやん……」
その言葉に、エレンの癇に障ってしまったのか、エレンはカッとなってララティラに向かって怒鳴った。
「そ、そんなことって! 俺はみんなのことを考えて」
「あんたにとってっ! うちらは弱い存在なんかっ!?」
「っ!」
エレンの言葉を遮るように、ララティラは荒げて言った。その荒げた声に驚きながらエレンは口を止める。それを見てララティラは一旦冷静になろうと息を吸って吐く。
そして――エレンの目を見てこう言った。
「前々から思っとった。あんたはあんまり過去とか話さんし、何かと隠すことが多いと思っとった。もしかしたら犯罪者かなとは思ってたんやけど……、とんだ拍子抜けや。まさかの内通者て」
「んなっ!? ただの内通者じゃ……っ!」
「わかっとる。こんな状況や。RCと繋がっとると知られたら、誰もがあんた達監視者を捕まえて、情報吐かせるかもしれないんやろ? でも、それだけでうちらから逃げる理由にはならんやろう」
「なるだろうがっ! それだとお前やダン、関係ないモナちゃんやシャイナさんだって」
「でも、三人に話しても、絶対にうちと同じ言葉が返ってくる。そしてあんたをアストラから離れさせへんと思うで。絶対に」
ララティラの言葉にエレンは顔を青ざめながら「最後は怖いな……」とごちりながら……、エレンは反論を続ける。
「だがな。そうやって強がっても、俺と一緒にいるだけで」
「一緒にずっとおったけど……、そんな危険な目には合わんかったやろ? そう言う危険な目を運んでくるのはダンや」
「正論だけどさ、ダンに謝れっ! どう言われたって、俺はアストラを」
と言ったところで、エレンの口は塞がれる。
しかしその塞ぎ方はすごく脆すぎるもので……。
ただ、ララティラがエレンの口に人差し指を添えるだけのそれだった。
それを受けたエレンは、驚きのあまりにそれを払いのけることができなかった。
そんなエレンを見てララティラは言う。
「うちな。本当はこの関西の言葉嫌いやったの、聞いたやろ?」
その言葉にエレンは頷くことはしなかった。知っていたから。彼女が――自分の訛りに関して非常に敏感で、傷ついていることを……。
それでもララティラは言った。エレンに向かって。
「大人になっても、その怖さは抜けへんかった。大人になれば治るとか思っとったんやけど、やっぱダメやった。ほんの小さいトラウマやったんやけど、それでも無理やった。人と話す事も出来んで、大学に入っても一人やった。そんな時、偶然やったな。あんたとすれ違いざまに肩がぶつかって、そん時にうち、つい関西の言葉が出てしもうた。でもあんたはその言葉を聞いても嫌悪感とか出さんかった。むしろ……言ったこと、覚えとるか? 『逆に訛りとか、そう言った言葉を言う人って、ギャップがあって俺は好きだけどなー』って」
ララティラのその言葉を聞いて、自分の些細な言葉を思い出して、エレンは驚きながらララティラの言葉を聞いた。耳を傾けた。
「それからやったよ。悟と仲良くなって……、そのあとで団十郎とも仲良くなって、止めたりなんだったりして面白くて忙しい毎日やった。でも……、うち今の今まで友達とかあんまりいなくて、隠さないで話せる友達がおらんかった。だから、悟や団十郎に出会えて、今でも本当によかったって心の底から思っとるんや」
それを聞いたエレンはそっと指を離すララティラの話を、黙って聞いていた。
「こんな事態になって、本当はうちも内心混乱して不安だらけやった。あの団十郎でさえも、きっと不安を吹き飛ばしたいから暴れたかったんやろうけど……、あんたが――悟がいてくれたおかげでな、うちらなんだか、安心したんよ。本当はあんたの方が混乱していたのに、あんたが冷静でいてくれたから……、たとえ監視者であっても……、あんたが冷静でいてくれた。それだけで心から安心した。というか……」
ララティラはエレンを見てにっとはにかみながら笑い、彼女は言った。
「心から安心する人がおらんと……、やっぱり不安やわ。うち――悟中毒なんかな……?」
あははっと、段々とだが顔を赤くして照れていくララティラを見て、エレンはふっと肩を竦めて笑い、そして……。
「中毒って、俺は煙草かよ……」
と、冗談交じりに言った。
それを聞いたララティラはぼんっとまたもや噴火のような水蒸気爆発を起こして「そそそそそそんなニコチンやのうて!」と、なぜ慌てているのかわからないが、それでもエレンは言った。
もうマイナスな言葉を待っているエレンはいない。
今ここにいるのは……。
「そうだな。俺がいないと――ダンを……、団十郎を止められないし、あのアストラをまとめる人がいなくなる」
「…………そ、そやそや」
その言葉を聞いて、ララティラは少し残念そうに頷きながら内心ショックを受ける。
エレンはララティラを見て――手を伸ばす。
そして……。
ぽすんっと、帽子越しにララティラの頭に手を乗せて――優しい音色で、感謝の意を込めて――
「ありがとうな――和海」と言った。
それを聞いて、ララティラは顔を、頬を赤くして……、ぐっと唇を噤んだ後……。
「…………………………うん?」と言った。
「何で疑問形?」
「い、いや、ナンデモアラヘン」
「カタコトになったけど大丈夫かっ?」
「ダイジョブダイジョブ」
「不安なんですけどっ!?」
◆ ◆
彼の名は関悟。アバター名エレン――
彼女の名は春日和海。アバター名ララティラ――
彼の名は蜂谷団十郎。アバター名ダンは――
互いに同じ大学 (団十郎だけは不良でやばいことをしていたので留年している) に通っている三人で、三人はごく普通に大学生活を送って、日常生活でも、ゲームの世界でも仲がいい……。
少しだけ歳の差が離れた友達だった。
ゆえに……、彼等の三人の絆は――ちょっとやそっとでは切れない。
彼らの絆は――確かな友情関係で生まれたものだった。
◆ ◆
刹那。
「聖騎士属性魔法――『エレメントザンガ』」
「「っ!?」」
突然だった。突然二人の上空から来た竜巻。その竜巻は意志を持っているかのように、エレンとララティラの真上から襲い掛かってきたのだ。
エレンはララティラの手を掴んで、すぐに駆け出す。ララティラも走ったおかげで――その攻撃が直撃することはなかった。
が――
ずおおおおおおっと、迫りくる竜巻。
それを見て、エレンはララティラの手を離して、そのまま横に突き飛ばした。
ララティラは驚いて、手を伸ばしたが――突き放したエレンを覆う横殴りの竜巻。
ごおおおおおおっという轟音を出してエレンを襲う竜巻エレンはそれを受けて「があああああっ!」と叫んで、身動きが取れずにそこにいた。
ララティラはそれを見て、すぐに行動に移した。
彼女はすぐに立ち上がって「エレンッ!」と叫びながら杖を構える。
そして狙いを放った本人に絞り、辺りを見回す。
――属性は火から順番に、氷、風、土、雷、水の順番で、時計回りならその属性に強い順番で、逆と返すと反対がその属性の弱点になる! 光と闇なら互いに対となってしまうからどっちも弱点やけど……。
――風を消したいなら氷なんやけど……、このまま放ったらエレンも氷漬けに!
――どこや! どこに!
そう思いながら彼女は火元を探し……、プレイヤーを探した。辺りを見回しても見つからない。が――
「!」
ララティラはとあるところを見てはっとした。
それは――自分達から少し離れたところに、地面にできた不自然な影が浮き上がっていたのだ。否、あったと言った方がいいだろう。
それが指す意味――それは……。
――上!
「『氷塊』ッ!」
バシュッと放たれる大きな氷の塊。
その塊は竜巻ではなく、とあるところに浮いていた人物に向けられ、ララティラが放ったそれを見た人物は――空中なのにその攻撃を避けた。
と同時に、エレンを襲った横殴りに風は消えた。
「っがぁ!」
エレンは体中に切り傷ができた体を押さえながら膝をつく。それを見たララティラはエレンに駆け寄って背中を支える。そして浮いている人物を睨んで――彼女は叫んだ。
「あんた! 不意打ちなんて卑怯やないかっ!」
しかし――
「不意打ち? 卑怯か……、それはこっちのセリフだ。なぜお前のような弱小の種族になったお前が……、あのお方の、ネルセス様の寵愛を受けているのか、今でも理解ができない」
空中を浮いている人物――日本の漆黒の兜と鎧を着て、顔には白いお面でその素顔を隠している大柄の男が、刀身が白い刀を手にして、背中に黄緑色の妖精のような羽を生やした状態で飛びながら、男はその刀身をエレンに向けて、彼は言った。
「その寵愛は私だけの……、このネルセス・シュローサ懐刀――アルヴレイヴだけが受ける寵愛だ」
そう言って、男――アルヴレイヴは言った。
低く、まるでエレンを恨んでいるかのようなその音色で、エレンを仮面越しで睨みながら言う。
それを聞いていたララティラはエレンを支えながらその男を睨んでいたが、エレンはただ一言……、こう思っていた。
――こいつもネルセス狂信者か。と……。




