PLAY28 激闘! ネルセス・シュローサⅠ(始動)③
ハンナ達が飛ばされた場所は……、一年中雨が降っている天変地異の街――監獄街マドゥードナ。
この街はとある理由で『滅亡録』に記され、国の策略によって監獄街全体が謀殺。
強いて言うなら、感染病により全滅してしまった街なのだ。
とある理由。それは簡単な話。
あまりに人を閉じ込めすぎた。あまりに人を殺しすぎた異常な街。だったからだ。
この街は元々、囚人や犯罪者を留置するために国が町全体を監獄――日本で言う刑務所の街なのだ。だがそこで行われていたことはもう一つある。
それは処刑。
処刑と言っても、斬首や絞首など様々あるが、他にも毒殺や感電死、あろうことか拷問死など様々な処刑方法で処刑しなくてもいい人間や種族を殺したことで、その処刑したいがあまりに小さい罪で投獄させて処刑しようとした。
今の時代では考えられないことだが……、処刑人が狂っていたわけではない。
その処刑にも理由があった。
アクアロイアではこのような言い伝えがあった。
『命ある者必ず罪を背負う。その罪をはがすことができるのは、命ある者だけで……、はがすことができるのは命あるものが命を終えた時にしかはがれない。それをはがすのも、命ある者だけだ』
その言い伝えに沿って、監獄街の人達は処刑人を従え、その言い伝え通りに――魂の救済をしただけだった。
それはアクアロイアの歴史に刻まれており、その言い伝えを伝えた人も、滅亡録に記録されたとか……、されていないとか……。
定かではない。
なにせ――この言い伝えが伝わり、そして監獄街が全滅したのは……今から千年前の話だから。
だからだった。
ネルセスはここに反逆した人を閉じ込めて、それから口封じのために残った処刑器具を使った。
だから――シェーラもここに連れてこられて、閉じ込められていた。
◆ ◆
マドゥードナのとある洞窟……。そこが人為的に横穴がいくつも出来ていて、その横穴の前には鉄格子がはめられている。簡単に言うと簡易牢屋であった。
ぴちょん。と――洞窟内の湿気でできた水滴が、濡れた洞窟内を無駄に濡らす。おかげで洞窟内は年がら年中湿気まみれだ。
そんな中、とある牢獄の前に立っている――シェーラを誘拐した傷の男が、とある牢屋の前に立っていた。
「ネぇ、いい加減諦めたらいいんじゃない?」
男は聞いた。腰に手を当て、体を右に倒しながら――彼は目の前にいる牢屋にいる人物に聞いた。
その牢屋にいるのは……。
「きゅぃ! きゅきゅきゅっ! きゅきゃーっ! ふーっっ!」
「いやいや、君じゃないんだけど……」
ふわふわ体毛の小動物――ナヴィが鉄格子の牢屋に飛びついては落ちてを繰り返して、傷の男に向かって唸って、威嚇していた。
だが、その小ささが故に――恐怖などさらさら感じない。むしろ可愛さが残る……。
そう傷の男は呆れながら思って、そして、もう一度聞いた。
「ネぇ、いい加減諦めたらいいんじゃない? シェーラ」
そう。
牢屋の奥にいる、すでに服に着替えて、手枷によって手が拘束されているシェーラがいた。
しかし目は伏せて……、その眼の光が薄れているようにも見える。
それを見てか、傷の男は指で頬を掻きながら聞く。
「うーん……。イエスかノーで答えても、いいんじゃない? なんか言ってほしいなー」
「………なんか」
シェーラは突然言った。
それを聞いて、傷の男ははっとして彼女の顔を見た。しかし……。
「とでも言って、笑いを取るとでも思ったのかしら……?」
じろりと、シェーラは顔を上げて、傷の男を射殺さんばかりに睨む。それを見た傷の男は、少し、ほんの少しだけ……、悲しそうな眼もとで視線をそらし、すぐにシェーラを見てはへらりと、笑みを作る。そして言った。
「まぁ……、シェレラならしない」
「私の名前を気安く呼ばないで」
怒りの音色を強くし、低く言ったシェーラ。その声を聞いた傷の男は、あれまと明後日の方向を見る。
それを見ていたナヴィは、互いの顔を見てくるくる回っていた。何の話をしているのだろう。二人は仲がいいのかな? そんな表情をして、ナヴィは聞いていた。
「……私の、その名前を……ここで使うな……っ」
シェーラは、ぶつりと下唇を噛み締めて、唇の薄い肉を突き破ったと同時に、そこから微量の血を零す。
それを見た傷の男は――彼女の言葉に耳を傾け、すっと目を細める。その眼はまるで――
シェーラのことを、可哀想なことして見ている……。そんな目だった。
その眼が気に食わないのか、シェーラは押し潰しても吹き出す怒りを吐き出すように……、彼女は震える口で、小さくぶちまけた……。
「私は……、シェーラよ……っ! もう弱かった時の名前で……、私を呼ばないで……っ! 何もできなかった……。あの時の私とは違うの……っ!」
◆ ◆
久し振りの回想となる。
今回はシェーラの回想。
厳密には、彼女の現実名――シェレラ・ヘップバードの回想である。
だが、彼女の過去は一度、ハンナに話したことがある。
彼女の親は互いに浮気をして離婚し、シェレラは父方に引き取られた。
母親は浮気相手と再婚したという話であった。しかし……、その後のシェレラの人生は、幸せではない生活だった。
父は浮気相手の女と結婚しようと思った。
しかしシェレラがいたせいでその婚約も破棄された。
それ以来、シェレラの父は酒に溺れ、酒の力を借りて、一時的にその苦痛から解放される日々を送っていた。
小さかったシェレラにとってすれば……、父の存在はあまりに無様に見えただろう。それと同時に、自分ではどうすることもできない。無力を痛感していた。小さいから当たり前だが、それでもシェレラはいやだった。
酒を止めろと言えたら、父は止めたかもしれない。たとえ暴力を振るわれても……、声を出さないといけない。
なのに、できない。そんな弱い自分が、情けなく見えて、自分のレッテルとなって言ったシェレラ。
その頃からだった。彼女が強さを求めていたのは……。
そんなシェレラの父は、とあるところのお金を使ってしまい、そのお金の持ち主に追われる日々を送り、逃げ切れなくなり、最終的には、自分の保身のために――シェレラを孤児院に捨てて去って行った。
そのことを知らないシェレラにとって……、父の無様さが格段に上がり……。
弱虫。
そうレッテルを張って、孤児院で一人、ひっそりと暮らした。
その孤児院では、身寄りのない子供達を育てて、無償で住まわせているところで、そこの院長は心が広い人だった。院長にも子供がいるが、その子と一緒に孤児の子達と一緒に住んで、楽しい日々を過ごしていたが……、シェレラだけは、その空気に溶け込むことがなかった。
いつも一人でじっとしているだけで、友達などいなかった。
だれも、シェレラに近付くことがなかった。
院長はシェレラに積極的に話しかけたが……、反応は一緒で……。希望は薄かった。
シェレラにとってすれば……、群がっている子供たちは自分と同じ無力な人。
だからこそ……、そうなりたくないから、どうすれば強くなれるかと、ずっと一人で模索していただけだったのだが……、それが仇となってしまっていた。
そんな時だった……。
孤児院に――二人の旅人が来たのだ。
旅人と言っても、自分とは違う……、黒い髪で、黒い目の……。日本人の二人だった。
一人は背中に大きなリュックを背負った人で、もう一人の、日本人の老人は孤児院の院長にこう言った。
「すこし、ここ、泊まりたい。 部屋、ある?」
母国語だと、こんな感じのカタコト。
あまり英語には精通していないようだ。
それを聞いていたシェレラ、不思議と……、興味がわいた。
その老人が腰に差している……、剣ではないその筒の物を……。
その日、シェレラは初めて、院長に声をかけて聞いてみた。その二人の日本人のことについて。すると院長はその日本人のことについて、こう話した。
あの二人は日本から来た世界を旅している方々で、日本の文化や伝統を教えながら旅をしているんだよ。と――
それを聞いて、孤児院の広場で孤児院の子たちと遊んでいる……。老人の弟子と言われている男を見た。
男の周りにはいろんな孤児院の子達、あろうことか近くの街の子供達も来ていて、『かしゃかしゃ』鳴る楕円形の布のそれを、手の上で持ち上げながら円を描くように回していた。
それを見ていた孤児院の子達や町の子達は――「おぉーっ!」と、歓喜の声を上げていた。
更に男が出したのは木でできた赤い玉がついているそれで、それを一杯出しては子供たちにそれを教えていた。
一種の交流だろう。
それを見ていたシェレラだったが、その前にシェレラは気になっている人を探して、少し孤児院から離れた。
すると、すぐに見つかった。
腰に差していたものは――剣とは違う片方にしか刃がないそれで、先が尖がっている……細い刀身だった。それを老人は――ぶんっ! ぶんっ! と、振っては、腰を低くし、足を走る体制にして、両手を上に持ち上げて、右手に持っていたそれを、今度は両手で持ってから……。
ダッと駆け出し、そして――そのまま上段で目の前にある大木に向かって。
すぱぁん! と。
斬りつけた。
老人は老人らしからぬ細身だが筋肉がついているその体で、手にしていたそれを一回ブンッと振るってから、そのまま流れるように腰に差していた筒にすぅーっと収めていき……、チンッ! と、それをその筒に収めた瞬間……。
ずっと、大木がずれ――少しずつだが段々横にずれていき、そして、どぉんっと言う大きな音を立てて、倒れた。
シェレラはそれを見て……、目を輝かせて、すぐに魅了された。
老人が持っていたそれに――刀に魅入られた。
「ねぇ!」
シェレラは聞いた。
老人はシェレラを見て首を傾げたが……、シェレラは母国語のまま――彼女は言った。
「その剣! 私にも教えて!」
そう彼女は頼んだ。弱い自分から、強い自分になるために。そう願って頼んだが……。
「………………………?」
「………………………?」
「??」
「??」
しかし、言葉の壁が厚すぎた。ゆえに疎通ができなかった。というか……、当たり前な話……。
つたない英語しか話せない老人に、流暢な言葉を話すシェレラの言葉など、わかるわけなかった。
それに関して理解し、そして後悔したのは……、シェレラだった。
言葉が通じないのでは話にならない……っ!
そんなことを思って、シェレラはすぐに行動に移した。
それは……、日本語を学んで、そして老人にカミングアウトを仕掛けることだった。
シェレラは老人に向けて、手に持っている紙を老人に見せた。
書かれている内容は――これだった。
『あなた。こし。剣。教えて』
たったそれだけの、よくわからない単語。日本語で学んだ付け焼刃のそれだったが……、老人はそれを見て、ふむっと顎を撫でてから……、シェレラに「プリーズ」と言う。
それを聞いてシェレラは手に持っていた紙を手渡した。老人はあらかじめ持っていたボールペンで、すらすらと書いて……、そしてシェレラにそれを見せる。シェレラはそれに目を通す。そこに書かれていたのは……。
『まだ小さいからダメ。しかし外国語を教えたら、見せるだけならいいぞ』
日本語で書かれたそれ。
それを見てシェレラは首を傾げたが、それを手に取り、頭を下げてからすぐに調べて……。
次の日――
『見せる。だめ! したい! はい!』
そんな乱暴書きにされた紙を見せたシェレラ。頬を膨らませて怒っているシェレラを見て、老人は腕を組んで溜息を零す。そして「NO」と言った。
それを聞いて、シェレラは紙に文字を書きながら孤児院から持ってきたそれを見せて、紙も一緒に見せた。そこに書かれていたのは――
『教える。むずかしい。でも。見せる。頑張る』
それを見て、老人は、すっと頭を下げて、英語でお礼を言った。
それからだが、シェレラは老人に英語を教えていた。老人は案外勉強が苦手で、教えるのには手間がかかった。しかし一回行ってしまえば大概のことは覚えると言った……、よくある体で覚えるようなことをして、老人はお礼としてシェレラに剣技を見せていた。
その流れるような姿をみて、シェレラは見て、覚えて、そして自室でそれを真似しては転んで、怪我をして、そしてそれを繰り返す毎日。
それが毎日。たまにだがその老人の弟子も来て、英語を学んでいた。
シェレラが先生となり、日本人の二人が生徒となって……、英語を教え、弟子からはお手玉やけん玉を教わり、老人の剣術を見て、部屋で真似をする毎日が続いていた。
老人とその弟子がいる間……、それが続いていたが、シェレラの心の中では……、ふと、こんな言葉が頭の片隅に巣食っていた……。
いつまでもこんなことが続けばいいのに……。
そんなことを思っていた矢先――否。その日のうちに起こってしまったのだ。
その日の深夜、シェレラは寝ていたのだが、下の騒音を聞いて、起きてしまったのだ。そして何も考えずに、窓の外を見た瞬間、目を疑って「え?」と声を零した。
目の前に広がっているのは――赤い世界。
それはまるで、ハンナ達が見たようなアムスノームのような風景が広がっていたのだ。
シェレラが見た孤児院の手前にあった街が……、火の海と化していた。
シェレラは急いで起き上がって、窓の外を見た。
すると――下には大勢の集団が、子供達にズタ袋を被せて大型のトラックの荷台に乗せていたのだ。それを見たシェレラは、まずいと直感し、そして部屋に置いてあった。木の棒を掴んで、助けに行こうとした時……、不意に、シェレラのドアが開いた。
シェレラは掴んでいない。
それを見たシェレラは、ゆっくりを顔を上げて――そして……、ひゅっと息が詰まった。
目の前にいたのは……、孤児院の子供達を連れて行こうとしている……、痩せ細った黒いスーツを来た男だった。
シェレラは逃げようとしたが……、大人と子供の力関係は歴然で、細い体でありながらも、その男に捕まってしまい、外に連れ出されてしまった。
「ヘイボス。餓鬼がまだいました」と、痩せ細ったスーツの男は、ぽいっとシェレラを放り投げた。シェレラはずてんっと転んで「うぎゃう!」と声を上げてしまった。
そして立ち上がろうと手をついて起き上がった瞬間……。
目の前にあった……。転がっているそれを見て、シェレラは悲鳴を上げた。
それを見てしまい、シェレラはぶるぶると震えながら……、それを見て、そしてそらしてしまった。するとシェレラを連れてきた矢さ細った男は「けけけ」と笑いながらこう言った。
「ありゃりゃ? 子供には刺激が強すぎたなー。なにせ、そのボールが院長だもんなー。あはは! でも抵抗したから悪いんだぜ。俺達『ネルセス・シュローサ』に刃向ったから、見せしめにされたんだからなー」
アハハハハハハハっッッッ!!
下種な笑い声が聞こえた。
それを聞いたシェレラは、ぶるぶると震えながら、手にしていた木の棒をぐっと掴んで、立ち向かおうとした……。したが……。
動けない。
固まっているかのように、否――寒さによって強張っているかのように……、否々。
ただ、恐怖で動けなかったのだ。
シェレラは強くなるために剣を見ていた。しかし――それはまやかしだった。
強くなっていると思い込んでいた……。何もしていない無力の子供だった。
結局……、何も変わらない。怖い。怖い。怖い。
初めて感じる恐怖に、行き場のない怒り。それがぐちゃぐちゃになっていき……、シェレラはただ、その場で座り込んでしまっているだけの……、何もできない無力の子供と化していた。
だが……。
「ぐわっ!」
「ぎぃえ!」
「ぎゃああっっ!」
『っ!?』
「!」
遠くから聞こえる大人の叫び声。
それを聞いて、スーツ姿の男達はその声がした方を向いて、ズタ袋を被せられた子供達も、シェレラもその方向を見た。すると……、赤く轟々と燃えている世界から出てくる。一人の老人と男。
その二人は、手に刀を持って現れ、スーツ姿の男達に向かって刃を向けていた。
叫び声と共に、スーツの男達は手を押さえたり、足首の踵の上を押さえて悶え苦しんでいた。
それを見て、シェレラは再度――すごいと思った。
流れるように、さっきまで怖くて震えていた自分とは違って、老人は――シェレラにとって、師匠は勇敢にも、時代劇のように敵をばっさばっさと切り落として言ったのだ。
弟子である男も、剣技を習っているのか、斬っては蹴りを繰り返していた。
子供達の応援が聞こえる。シェレラはそれを見て……、希望が見えたと同時に……。
かっこいい。と思ってしまった。
そう――彼女にとってのヒーローがそこにいて、憧れを抱いた瞬間だった。
瞬間……、それは絶望へと陥落する。
――ばぁんっ! ばぁんっ!
孤児院に響き渡る銃声。
それを受けたのは――老人と男。
男は腹部を押さえ、老人は足を押さえていた。唸る声と共に、地面に膝をつけてしまう。
子供達の応援が消え、そして――
希望が消えた。誰もが、笑顔を消して、絶望の表情に変えていた。それは、シェレラも同様だ。
「まったく――妾の手を汚すでないわ」
そう言ってきたのは、車椅子に乗っている女だった。
その女を見たスーツの集団は、頭を下げて「すみません! ドン!」と叫んで謝った。
ドン。つまりは首領。
この車椅子の女こそが、後にシェーラが追うことになるマフィアのボスの正体だ。
女は言った。
「さっさと殺せ。そして手を煩わせた貴様等は、あとで仕置きじゃ。功績を遺した者は見逃そう」
そう言った瞬間――我先にと武器を手に取って襲い掛かるスーツの集団。
そして、老人と男にロープで拘束をし、男の顔に切り傷を残し、老人の体に傷を作る。
それを見てシェレラは「あ」と声を出した。
刹那。
老人はシェレラに気付き、そしてすぅっと――息を吸って。
「ランッッッ!! ライブッッッ!」
拙い言葉に、女とスーツの集団は一瞬「は?」と素っ頓狂な声を上げたが、シェレラにはわかっていた。男もわかった。
ラン。ライブ。
英語にすると……、run。そして……live。
走る。生きる。
つまり……。
走れっっっ!! 生き残れっっっ!!
それを聞いたシェレラは、何も考えず、孤児院の裏にある大きな川に向かって、走った。それに乗じて、他の子供達も走って、川に向かう。それを見て、女ははっとしてスーツの集団に「逃げるぞ! 捕まえろっ! 抵抗するならば殺しても構わんっ!」と言った。
それを聞いても、シェレラは走る。走る。走って、だんっと、勇気を振り絞って――川に飛び込んだ。
それからの記憶は、あまりないシェレラ。
しかし……、彼女が暮らしていた孤児院は……、もう跡形もなく燃えてしまった。
老人も、男もいない。だが、大量の血だけが、燃え尽きた焼け野原にくっきりと残っていた。
それを知り、シェレラは孤児の施設で過ごしながら、静かに復讐に燃えていた。
後から聞いた話だが、孤児院を狙った理由は――子供を使った商売の売買のために、邪魔だった街と孤児院を壊したことが理由だった。それを聞いたシェレラは……。
許せない。
そう思い、次に思い浮かんだのは……、孤児院のみんなと院長。そして……。
弟子と、師匠。それを思い浮かべて、彼女は決意する。
殺してやる。ネルセス・シュローサ。
この時、シェレラは八歳。復讐などとは無縁の年齢で、彼女はその集団を消す意思を固めていた。
独学で剣術を磨いて、武術を磨いて――殺すためにその手を磨く。
たとえ、どんな手を使っても、どんな汚い手を使っても……。殺す。
それだけを胸に……。
回想終了。
◆ ◆
「でもネ……。俺にはシェレラの事……、あの時と同じように見えるヨ」
「な、んで……、そう、見えるのよ……」
「ん? 当たり前な話。見たことを言っただけ」
傷の男は、シェーラを見て言った。言ったことに納得がいっていないのか、シェーラは声を荒げて、傷の男に向かって叫んだ。
「そんなことはないわっ! 私だってあの後己の技術を磨いた! あの女を殺すために! 師匠や、あんたの顔を切った奴らを殺すために! ここまで頑張ってきた! なのになんであんたはその師匠を殺した集団と一緒にいるのよ! なんで! 何でぇ!」
「………きゅぅ」
だんっと、手枷がされてる手で、濡れた地面にそれを叩きつける。シェーラ。それを見たナヴィはぴょんことシェーラに近付いて、心配そうに見上げる。シェーラは肩を震わせながら、蹲って……、「なんで」と言って……。
「意味……、分かんない……っ!」と、本音を零した。震える声で、零したのだ。
それを聞いていた傷の男は、ふぅっと息を吐き……、すっと、蹲っているシェーラの視線に合わせるように、シェーラの背中を見ながら、彼は言った。
「親の心子知らず。って、このことなんだネ。まぁ答え合わせをすると……、俺ネ、師匠に言われたんだ。『シェレラを守れ』って。遺言……には聞こえないけど、シェレラが逃げ出した後、師匠は俺に……『ここは自分がひきつけるから、お前は逃げのびろ』って。何とも死亡フラグが立ちそうな言葉だヨネ~……。でもネ……、そうするしかなかった。俺も、自分の非力さには苛立ったし、痛感されたヨ。でも、師匠の言葉を胸に、君を『ネルセス・シュローサ』から引きはがすがために、ここに閉じ込めて、最後に俺があの女を殺す算段だった。でも……、情報が洩れていて、結局ネルセスに知られてしまった」
傷の男は立ち上がり、すっと出入り口に向かって伸びる通路の方向を見た。シェーラもその方向を見ると……、小さいが足音が聞こえた。
それを聞いた傷の男はにっと笑い、にへらと、悲しく、そして吹っ切れたかのような顔をして、こう言った。
「シェーラは、いいお友達をもったネ」
だから――と言い、彼は続けて言いながら歩みを進める。
シェーラを見ないで手を振り、出入り口から入ってきた少女とすれ違った後――彼はこう言った。
「お師匠の一番弟子――左右田仙人改め。キラーのジルバが、代わりに果たしちゃうヨ」
君を守るために――
そう傷の男――ジルバはそう言って、その場を後にして歩みを進めた。