PLAY28 激闘! ネルセス・シュローサⅠ(始動)①
あの後、私はヘルナイトさんと一緒に互いの誓いを立てた後……、シェーラちゃんが寝ている部屋に向かって、そして……目を疑った。
その場所には、何も物がなかった。
強いて言うなら、私の荷物しかなく、争った形跡。そしてナヴィちゃんがいなかった。
私は部屋中を探した。くまなく探した。必死になって、血眼になって探した。
でも……、シェーラちゃんとナヴィちゃんは……どこにもいなかった。
私達が泊っている部屋から忽然と姿を消したかのようにいなかった。
気が付いた時には……、すでに朝を迎えていた……。
そして……。
□ □
アクアロイアに向かって、私達は走っていた。
アキにぃとキョウヤさんにこのことを話すと二人は驚いていた。でも二人は大人だ。
アキにぃは冷静に「とりあえず――俺はできる限り人に聞いて情報を入手しておく」と言ってユワコクの町に向かった。
キョウヤさんはヘルナイトさんに向かって「お前はハンナと一緒にいてやれ。俺もアキとは別行動で人に聞いてみる」と言って、走って行ってしまう。
それを見て、やっぱり大人だなぁ。と感動してしまったけど……、私は首を横に振って、道行く人に話を聞いて情報を入手した。
でも……、アキにぃも、キョウヤさんも、私も……、答えは一つ……。
知らない。
で終わってしまった。
結局……私達は残り少ない希望を持って、急いでアクアロイアに向かって走っていたのだ。
そんな中、ヘルナイトさんは言った。
「シェーラがいなくなった時、私はずっと外にいたが、誰も出入りしている形跡はなかった」
その言葉を聞いて、アキにぃは考えながら走ってこう言った。
「だとすると……、夜シェーラは部屋から出なかったってことになるけど……、そうなると争ったところから見て、予め部屋に隠れて、チャンスを窺っていた。そして誰かがシェーラを」
「――今は推理している場合じゃねえだろうがっ!」
そんなアキにぃの推理に対して、苛立ちをぶつけたのはキョウヤさん。
キョウヤさんは走りながらアキにぃに向かって、指をさしながらこう怒鳴る。
「お前そんな冷静になっている暇はねえだろうがっ! 少し大人になったなーって思っていたけど……、前言撤回! 変わってねえわっ! そして口を動かしているなら足を死ぬ気で動かせこのぉ!」
「う、悪かったよ……、てか……っ! 変わってねえってお前……!」
キョウヤさんの言葉に対して、アキにぃは頭に青筋を立てているかのように怒りを露わにしていた……。
それを見て私は走りながらこう言う。
二人を宥めながら……、私は言った。
「アキにぃ、キョウヤさん……。今はアクアロイアに向かおう。向かえば、きっとシェーラちゃんがいる。それに、ナヴィちゃんだっているもの。シェーラちゃんを守ってくれると思うけど、急がないと……」
そう言いながら私は不思議と……、何かに守られているような、勇気が込み上げてくるような感情を感じた。
それを感じて私は走りながら二人に言うと、二人は私の方を見て驚いた顔をしたまま「「…………おぅ」」と言って、アキにぃははっとしてからすぐに前を向いて――
「いよっし! 早くシェーラのところにぃ!」と、スピードを上げてどっと走って行ってしまう。それを見たヘルナイトさんはアキにぃに向かって「あまり先行するな。早めにばててしまうぞ」と、冷静な言葉を投げかけた。
案の定だけど、アキにぃはすぐにばててしまった。
そんなアキにぃを怒りながらも抱えたキョウヤさんは、私とヘルナイトさんと一緒に走ってアクアロイアに向かって走った……。
アキにぃ、少しは自分の体力を考えようよ……、はぁ。
それからすぐに……、本当にシェーラちゃんの言う通りの目と鼻の先に、アクアロイアがあったのだ。
その国はまるで魔法の世界で、ところどころに浮かぶシャボン玉が幻想的な街並みを彩っていた。
ユワコクとは異なってここは魔法一色。日本一色の世界ががらりと変わっていた。
そして街並みは青を基準としていて、街を歩いている人達は殆どいない。代わりに船に乗ってアクアロイアの街を見ていた。
水の街と言われそうな街だけど……、活気に溢れている街だけど……っ。
今は感動なんて二の次三の次。
今はシェーラちゃんの情報を探す事にした私達。私達は手分けしてシェーラちゃんを探した……。でも、情報はユワコクと一緒。
それを聞いた互いの顔は……、すでに憔悴しきっていた。まだ早朝なのに……。
そう思っていると、アキにぃはぐっと顎を引いて、そしてとある方向を見ながらアキにぃは言った。
「こうなったら……、奥の手と言うか……。最終手段に入るしかない……っ!」
そう言ってアキにぃはとある方向を見て、私とキョウヤさん、ヘルナイトさんに向けて言った。
「王様に――聞くしかないっ!」
そうアキにぃは言った。意気込んで言った。それを聞いていたキョウヤさんは、小さい声で「大丈夫かなー……」と、アキにぃを心配そうに見つめていた……。
その心配は的中して……。
アクアロイア皇王殿――門前。
「申し訳ございません。アクアロイア王は現在――『国王会議』に出席しておりまして……、当分は戻ってきません」
それを聞いたアキにぃは、ガクリと項垂れてしまった。
アキにぃのその姿を見ていたキョウヤさんは、肩を叩きながら「当然だけとオレは知ってた。言ってただろうが」と、少し怒りながら言った。
キョウヤさんとアキにぃの話を聞いてヘルナイトさんは門の前にいる門番さんに聞いた。
この人達の鎧は……、アクアロイアの兵士さん……。だよね?
『六芒星』と関わっているのかな……? そしてこの人達は……、味方……、で、いいんだよね?
門番の兵士さんは言った。
「大変申し訳ございません。つかぬところをお伺いします。あなた様は……、その、ハンナ様ご一行、ですね?」
その言葉を言った瞬間だった。
その人から出てきたもしゃもしゃが……、黒と黄色のもしゃもしゃも変わって、そしてニコニコと微笑んでいるのに、歪な笑みで、私達を見ていた。
見たことがある笑みだ……。
そう、その笑みは……ユワコクで……っ。
「! くっ!」
ヘルナイトさんはすぐに私達は抱えだす。アキにぃも、キョウヤさんも抱えて、そしてそのまま後ろに飛び退こうとした時……。
「お逃げにならないでください。アクアロイア王と、ネルセス様からの言伝があります」
さっきまでの私に、今の私はこう言いたくなった。過去の自分に向かって。
馬鹿。と言いたくなった。
なぜなら、シェーラちゃんが言っていた言葉を思い出せば、こんな事態になることはなかったのだ。
シェーラちゃんは言っていた。
ネルセスの言葉で、アクアロイア王は壊れた。
リヴァイアサンを制御して、バトラヴィアを滅ぼそうとしている。
私を殺そうとしたユースティスとムサシの一件だって、それを考えれば簡単だった。
リヴァイアサンを浄化してしまえば……、暴走状態でないとバトラヴィアを滅ぼせないのだから……、私の存在を知ってしまったネルセスは、私が邪魔と見て殺すだろう。
そしてこの国はアクアロイア。
ユワコクも、アクアロイアの領土。
亜人の郷のせいで、気が緩んでしまった。
もっと、警戒すべきだった。
つまり……、私達は、まんまと敵に『私達はここにいます』と、宣伝してしまったのだ。
通告したのはウェーブラさんではない。きっと、隠れていた受付の人だと思う。だからシェーラちゃんを連れ去った。そして……。
シェーラちゃんを餌に、私達をここにおびき寄せた。
まんまと引っかかった。
袋の……鼠である。
ヘルナイトさんはそれにはやく気付いて逃げようとしたのだろう。でも……、兵士の人は、手に透明な石を持って、こう言った。
逃げながらも、それを聞く私も、私だ。こんな状況だ。聞かなくてもいいのに、でも、いやと言うほど聞こえてしまう。耳を、傾けてしまう。
「ネルセス様からは……、『シェーラは預かった。取り返したいだろう? ならばお望みどおりにシェーラがいる場所に連れて行こう』と、そして国王は――」
と、言葉を紡ごうと口を開けた兵士。
でも……。
「んまったあああああああああああぁぁぁぁーっっっっ!」
「「「「っ!?」」」」
突然背後から声が聞こえた。その声を聞いて振り向くと……、そこにいたのは……。
「「んげっ!?」」
アキにぃとキョウヤさんは顰めた顔をしてその人を見て。
ヘルナイトさんは驚きながら「なぜここに……っ!」と言い。
私は目を白い点にして、ぽかんっとしてしまって「すごい……」と、場違いだけど、私はその人に感心してしまった。
私達の背後から走って迫ってくる人……。その人はユワコクでもすごく (迷惑な)お世話になった人だった。
その人は、がっしゃがっしゃと鎧のまま走ってきて、肩に乗っている小さな子犬を乗せたまま、こっちに向かって、手を広げて……?
「おい……、まさか……っ!?」
「状況……っ! 状況考えて……っ!」
キョウヤさんとアキにぃが引き攣って、これから起こる事を想定してその人に向かって待てと促すけど、その人はそれを見ても走ってきて――
「ホォォォォォォルドオオオオオオッッッ!」
と、叫びながらヘルナイトさんの背中にタックルするように突進してきて、背中から手を伸ばしてぐっと背中から抱きしめるようにして、その人は高らかにこう言った。
「私は正義の冒険者――SK! そしてこの忠犬は私の相棒――さくら丸っ! 悪が蔓延るこの世を撃ち滅ぼす者であり、正義のために、悪を討つ」
「「今は離れろぉおおおおおおおおおおっっっ!」」
そんなアキにぃとキョウヤさんの魂の叫びは虚しく……、セイントさんは私達にしがみつきながら首を傾げて「一体何を言っているのだっ!?」と驚いた瞬間……。
「マナ・イグニッション――『瞬間転送』」
刹那、私達の真下の出てきた白くて足が見えない穴。それを見てヘルナイトさんの足がずずずっと引き込まれる。
吸い込まれるようにしてどんどん下に向かって落ちていき、私達はそれをただただ驚いてみることしかできなかった。
そして、私達が白い穴の中に吸い込まれた瞬間――『トプンッ』と、まるで液体となった地面が元に戻るような音が聞こえた。
「『ようこそ冒険者の方々。歓迎いたそう。そして……、我々の軍服に下れ』」
その言葉を聞くことができずに……、私達は……。別の場所に転送されていた。
□ □
ばしゅぅっと、白い世界から脱した私達。
私はヘルナイトさんの腕の中でその光景を見た時、頭に感じる重みに不快感を覚えた。
よくよく感じると……。髪が湿り気を帯びて顔に張り付いて、あろうことか服までも濡れている。アキにぃ達を見ると……、頭を手で隠しながら辺りを見回しているけど、なんの役にも立たない手。
上を見上げた私。
上――というかここは外で、曇り空の……。
大雨だった。
ざぁざぁと降り注ぐ水滴。
大粒のそれは私達の体を、髪を濡らす。
よくよく周りを見ると……、石で造られた建物があり、その石の建物は雨のせいで削られて、歪な形を作っていた。
石で造られた地面も……雨によって削られて凸凹している。
それを見ていた私は……、ここがどこなのかと思い、大きめのポーチから魔導液晶地図を取り出そうとした時……。
「ハンナ――隠れろ」
ヘルナイトさんの声。その声はひどく冷静で、そして……、警戒している音色。
それを聞いた私は、また周りを見た。そして、言葉を失ってその光景を凝視してしまった。
アキにぃとキョウヤさんが武器を構えている。
そしてセイントさんは状況が理解できていないのか、周りを見回して「いったい何がどうなっているのだ?」と言っていた。
それを聞いて肩に乗っていたさくら丸くんも「くぅーん?」と首を傾げながらそれを見ていた。
私はそんなセイントさんの人格を見て、羨ましいと思ってしまった。
なぜ? 簡単な話だけど……。
私達は、囲まれていた。私達の周りには――黒いローブを羽織り、頭をローブですっぽりと隠すように被っている……。『六芒星』とは違う、別の集団……。
「これは……」
私はそれを見て、ヘルナイトさんから降りると、アキにぃは銃を突き付けながら警戒してこう言う。
「こいつら……、『六芒星』じゃない」
「初めて見るやつらだけど……、あの兵士が言っていた言葉から察して……、アクアロイアの兵士でもない。こいつらは……」
キョウヤさんがそう言った瞬間だった。
私達の前にいたローブの人達は、すっと集団行動のように、道を開けて、そしてそのまま頭を下げた。
それを見て、私はその道の奥からくる集団を見た。
その集団は、異様な集団だった。
一人はシャイナさんのような真っ黒い鎌を手に持った、黒のローブで深く被って、黒い脚からはこつこつと音が鳴っている。黒い目で、片目を白髪の前髪で隠している私より少し大きい少年。
一人は大柄で、体長三メートル以上ある巨漢で大きな腕と短い脚。その姿はよく見るセイウチのような姿で、ギョロ目で片目が隻眼になって、三本の傷が目立つ、鋭くて大きな牙が二本口から生えている人。
そしてそのセイウチの肩に乗っている小柄な少女がいた。両手が鳥の翼、足が鳥のかぎ爪で、ショートパンツに胸元を隠すだけの黒い布を巻いた……薄桃色のミディアムヘアーに大きな赤いリボンをつけたの少女が、そのセイウチの男 (?) の肩に乗って足をぶんぶんっと振っていた。
そして最後に……。
その集団の中央を歩いて……、違う。
ずりずりと軟体動物のような動きをして……、それも違う。
私はその人の足元を見て、言葉を失って、青ざめてしまった。
その人の足は、足じゃない……。あの足は……。
芋虫の下半身だった。
大きなスカートで隠しても隠し切れていない大きさのそれで、癖がうねっている腰まである茶色い長髪で、片目を前髪で隠している。ふるっと震える唇には真っ赤な口紅がついており、ぴっちりとしたへそ出しの長袖を着ている女性が威張るように腕を組んで、私達に近付いて来ていた。
私は直感で、その芋虫の下半身の女性が……、ネルセスだと感じた。
理由はない。と言ったら変だろうけど……。
私達を見てもふっと口元に弧を描いているだけで、余裕と言うか……、威張っている。そして……、もしゃもしゃは特に異常で……、その人のもしゃもしゃに、黒いそれがなく、ただ――
楽しい。
それ一色のもしゃもしゃで、この状況を……、心から楽しんでいた。
サイコパス……、そんな感じの人だった。
そう思ってみていると……、そのネルセスらしき人の背後からすっと誰かが出てきた。異様な姿の人達とは違う……人間らしくて、耳が長くて……。
そ、そし、て………。
「え?」
私は、目をひん剥いてまで、その人を凝視した。
アキにぃも、キョウヤさんも、その人を見て言葉を失って、アキにぃに至っては銃を下ろしかけてしまっていた。
なぜ? 理由は簡単で、受け入れたくないことであり……。
嘘だと言って。
そう思うような人が、そこにいたのだ……。
「おぉ。そなたがハンナか。情報通り……、本当に子供であったか。お前の情報通りじゃのぉ」
と、ネルセスと思しき女性はすっと背後にいるエルフの男性に向かって、にっと微笑みながらその人の名前を呼んだ。
「なぁ――エレン」
そう。
アストラで、アルテットミアにいたエレンさんがアクアロイアで、ネルセス・シュローサにいて……、そして仲間になって、私達の前に姿を現していたのだ……。
シェーラちゃんを探しに来て、罠に引っかかって、そして……こんな衝撃的な展開……。
私はそれを見て……、思った。
夢なら覚めて……。嘘と、言って――?
と……。