PLAY03 エストゥガにて①
ヘルナイトは『12鬼士』の中でも群を抜いて強い。
それは誰もが周知の情報で、そして出くわしたら即逃げる。これが鉄則のようなENPC。
なぜこのように呼ばれたのかは分からないけど、概ね予想はできる。
何故ならヘルナイトのステータスは異常と言っても過言ではないほどのカンストステータスで、たとえレベル100の力を持っていたとしても、色んな装備を揃えて挑んだとしても負けるのが当たり前。
勝つなんてまぐれに等しいような存在。
人はヘルナイトのことを、強すぎるからチートと呼んでいる。
勝つなんてできないから、強すぎるから誰も倒したことがない。
一種の本当の裏ラスボスのような存在。私のような回復チートと違って、世界におけるチートのような存在。
そんな私とは正反対のチートの騎士が、なぜか今私の目の前にいて、なぜか蜘蛛の魔物……、髑髏蜘蛛という魔物と対峙していた。何故か……、私のことを助けるように背に隠しながら……。
□ □
「あれって……『12鬼士』っ!?」
開口大きな声を上げたのはアキにぃだった。アキにぃがその人物を見て、愕然と言わんばかりの驚き声を上げると、エレンさんも驚いていたのか……ララティラさんのことを見ながら話をしていた。
「なんでこんなところにっ!?」
「今はそんなこと言―とる場合かっ! はよハンナちゃんを!」
エレンさんはララティラさんに向けて驚きの声を上げて疑念のそれを零すけど、それを聞いたララティラさんも驚いているらしく、犬歯が見える様な口の開け方をしてエレンさんに向けて怒声を浴びせた。
……何だろう。さっきもそうだけど、ララティラさんの口調がおかしいような……。
そう思っていると、私の前にいた騎士――ヘルナイトはじっと髑髏蜘蛛を見て、その後私を拘束しようとした髑髏蜘蛛を見て、彼は言った。私を見下ろして――彼は言ったのだ。
「すまないが、少し離れてくれないか?」
「え?」
全く予想だにしなかったというか、そんなこと予想なんてできない状況だったけど、それでもヘルナイトのその言葉を聞いて、私は一瞬首を傾げた。変な声と一緒に……、一体何を言っているんだろう……。そう私は思った。
ヘルナイトは今なお手だけで蜘蛛の脚を掴んで阻止している。ウゴウゴと動いている蜘蛛を見て……、今まさにその手から離れようと躍起になっている蜘蛛の足掻きを見ながら……、片手だけで髑髏蜘蛛の足を阻止しているその光景を見ながら、ヘルナイトは静かに言った。
「こいつは子供蜘蛛だ。さっきの蜘蛛が親ならばきっと――仇討ちのために襲ったのだろう」
髑髏蜘蛛は頭がいい。小さくそう言うヘルナイト。
「え……、もしかして、あの蜘蛛……。親だったんだ……」
なんか可哀相なことしちゃったな……。そう言うモナさん。しかしすぐに気持ちを切り替えたのか……、モナさんは鼻息を荒く吹いてから――
「でも――先にそっちが襲ってきたんだから、お相子! …………で、いいのかな?」
ドンっと大きな声で言ったのはいいんだけど、……だんだん覇気がなくなってくる声量。もしかしたらだんだん自信がなくなってきたのかな……?
そこは私にはわからないけど……、多分そうかもしれない。
それを聞いて私は確かにと思いながら、複雑な心境でヘルナイトを見上げる。
じっと、ヘルナイトのことを見上げて……、その姿を記憶に刻むように見上げていると……、ヘルナイトは私に視線を落としたのか、驚く小さな小さな声が私の耳に入ってきた。そしてヘルナイトは何かを感じたのか、驚いている私の背をそっと押して――
「行け――」と、言った。
「あ」
ヘルナイトのその声を聞いて驚きとと共に私はととっとバランスを崩しかけるけど、すぐに体制を整えて、ヘルナイトを見ようと振り返った。
その時だった。
――ズズズゥン!
「っ!?」
「「「「「っでぇぇ!?」」」」」
足を掴んでいるヘルナイトと、その小さな子蜘蛛の背後に、上から急に表れた二匹の子蜘蛛。そして私達がさっき戦った、同じ大きさだけど、目が紫の髑髏蜘蛛が現れた。
泥炭の土煙を上げて、子蜘蛛三体、親蜘蛛一体が現れた。
「うっそ、でしょ……っ!?」
「さっき倒したやつが……もう一人かっ!」
「ダン、ここはシリアスな展開だ。だから間違えないでくれ……。この場合は、『もう一体』だ……っ!」
「おぅ?」
ララティラさんが驚愕の顔をして驚いている。もうわなわなと、震えそうな顔だ。ダンさんはそれを見て初めて見る驚いた顔。でもエレンさんは頭を抱えつつ、唸るようにその言葉に対して苦痛の突っ込みを入れていた……。
ダンさんは、それに対して首を傾げているだけだったけど……。
ヘルナイトは対照的に――冷静だった。
「……やはり親も、雌の方か」
そうひとりごちるヘルナイト。
それを見た私は、すぐにサポートに向かおうとした時だった……。
落ちてきた子蜘蛛が、かさかさと私に向かって突っ込んできた。
「っ!」
さっきの大蜘蛛より早く、そして動きも素早い。
その蜘蛛は私に向かって鋭い脚を突き刺すように向け、ぐんっとそれを、私の胴体に向けて、刺そうとした。
「ハンナッ!」
アキにぃの声。焦るその声を聞いた私。でも、脚が動かない。
あまりの驚きに、恐怖に、萎縮してしまった。
恐怖で、身が竦んでしまったのだ……。
私はずるっと滑るように、後ろに傾いてしまい――尻餅をどてんっとついてしまう。幸い、そこはぬかるんでいなかったので、汚れはしなかった。
でも――目の前の蜘蛛の攻撃は、やめることなどしない。
胴目掛けて来た足の攻撃。
それを見て――私は………。
と、一瞬、死を覚悟した時だった。
私の身体は、ぐんっと後ろに引かれて――その後すぐに、目の前にいた蜘蛛に、黒い大剣が突き刺さった。
緑色の蜘蛛の体液がどろどろと出てきて、子蜘蛛は「キィイイイイイイイイイイイイイッ!」と叫びながら、背中に突き刺さっている大剣をどうにかしようと、脚を使って引き抜こうとしていた。
でも、脚は大剣の刃や柄に『カツン』『カツン』と当たるだけ。むしろ掴めないので、引っこ抜くことはできないのだ。
それを見た私は、子蜘蛛の背後にいた……、いまだに手で押さえつけて、私の頭を撫でていた手を、大剣が突き刺さった子蜘蛛に向けて、投擲したような手の形で、横を向いて、きっと、私達を見ていた。
私は上を見上げる。そこには――アキにぃがいた。
アキにぃは焦った顔をして、私を見下ろしながら、「危ないったらありゃしない……っ!」と、心臓に手を当てて安心していた。
「ご、ごめんね……、アキにぃ」と私は謝る。
アキにぃは首を横に振って「もう慣れたよ」と汗を流しながら言った。
そんな少し安心した空気が流れた時だった。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
親蜘蛛が叫んだ。それを聞いた私達は、まるで高圧音のような響きに耳を塞ぐことしかできなかった。
でも――
ヘルナイトだけは、違っていた。
私はうっすらと開けた目で、それを見ることが出来た。
ヘルナイトは片手で拘束していた子蜘蛛の脚を――べきんっと、飴細工を折るように、簡単に圧し折ったのだ。
「キィイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
泣き叫ぶ子蜘蛛。
バラバラと落ちる子蜘蛛の脚の一部。圧し折られた脚からは、噴水のように噴き出る体液。そして叫んでごろんっと仰向けになってウゴウゴと足を動かす子蜘蛛。
親蜘蛛の叫びが消える。私も耳を塞いでいた手をどけて、それを見る。アキにぃ達も見て、驚きを隠せなかった。それは――子蜘蛛を見て、驚いてしまったそれなのか……。はたまたは……。
でも、ヘルナイトはそのままズンッと、一歩。前に進む。躊躇いもない一歩。
ビリィッと来たプレッシャー。
それを感じた私達は、そのプレッシャーに押され……、動くことができなかった。ただ、ヘルナイトの背中から感じたそれを、感じて、受けることしかできない。
それは――髑髏蜘蛛も同じだ。
「キィイイイイイイイイイイイイッ!」
背後から(ヘルナイトから見て)襲ってきた。大剣が突き刺さった子蜘蛛は、ヘルナイトの背後を襲おうと、奇襲をしかけてきた。
でも、ヘルナイトはそれを察知していたのか――
ぐるんっと左手の裏拳を、子蜘蛛の頭めがけて、めり込むくらい殴った。ぐしゃっという音を立てて……。
更に吹出す体液。
子蜘蛛が黒く変色する最中、ヘルナイトは刺さっていた大剣の柄を逆手で掴んで、ずっと引っこ抜く。
ブンッと言う音が聞こえたあと――子蜘蛛二体がヘルナイトの前に飛んで、奇襲をしかける。でも、何の焦りもないへルナイトは逆手のまま横一文字に、子蜘蛛二体を切り裂いた。
子蜘蛛はだんだん黒く変色していき、三体一緒に――ぼぉんっと黒い煙と塵を残して……、消えてしまう。
それを見ていたであろう親蜘蛛は、ぐあっと足を振り上げて、ヘルナイトに向かって地団駄のような足の踏みつけを、何度も、何度も繰り出す。
ズタンズタンっと吹き上げる土煙。
それを肌で感じ、私達は腕で目を守る。
地団駄のような攻撃は、全てヘルナイトに向けている。私達のことは、眼中にないみたいだ。
親蜘蛛は叫びながら地団駄を続けている。
でも――
「――気は済んだか?」
その言葉に、親蜘蛛は言葉による意思疎通などできないのに……、びくりとして、脚の地団駄を止めてしまった。
私は腕をそっとどけて、その光景を見た。そして――目を疑った。
動いていないのだ。
ヘルナイトはその場で一歩も、微動だにせず、親蜘蛛の地団駄の攻撃を剣で受け止めていた。それだけ。それだけなのだけど……。
動かないで、攻撃も受けて、なおかつ無傷……。
それが、あまりに恐ろしくて……、怖くて……。場違いなことに、私はもう思ってしまった。
すごく……、安心する背中。と……。
ぎりぎりっと、研磨音を響かせていたそれを、ヘルナイトはぐっと剣を持っていた手に力を入れて、そのままぐんっと、押し出す。大剣をぐんっと回すように。
すると、全体重をかけていた親蜘蛛は、バランスを崩して、仰向けに倒れてしまう。
そして――ヘルナイトは大剣を戻して……。剣を持っていた手を、ゆっくりと出した。
そんな中でも、親蜘蛛は何とか体制を取り戻そうと、必死に足をばたつかせている。周りの岩を削りながら。
「すまないが……、退場してもらう」
ヘルナイトは前に出した手を、くっと――指を鳴らすような手にした。それと同時だった。
薄暗い世界でもわかる。真っ黒な床……、違う、親蜘蛛の真下に出た黒くて丸い何か。
それは親蜘蛛の足場全体に、ううん。それは親蜘蛛の身体全体がすっぽりと入るように大きく出てきて、親蜘蛛はその中にゆっくりと、底なし沼のように引きずりこまれていく。
もがいて藻掻いて、もがきまくる親蜘蛛。
足をばたつかせ、壁に足を引っ掛けようとしている。でもそれもかなわない。ずぶずぶと入って、成す術なく顔と、脚が出ている状態になってしまう……。胴体はすでに黒い何かの中。
ヘルナイトはそれを見て、ぐっと指に力を入れて――
「――『死出の旅路』」
パチンっと、指を鳴らした。
それと同時に、引きずり込む速度が速くなり、親蜘蛛は叫びながらもがいて――そして、たった十秒も満たないうちに……、どぷんっと、親蜘蛛はその黒い穴に引きずり込まれてしまった。
それを見たヘルナイトは――もう一度パチンっと指を鳴らすと、その黒い穴はふっと、煙のように消える。
驚きの連続で、衝撃の連続を見てしまった私は……緊張の糸が切れてへたり込んでしまう。それと連動されているかのように、はぁ……と、安堵の息を漏らしてしまった。ドクドクと、心臓が五月蠅い。
正直……、死ぬかもしれないと、悟ったから。
死に直面した私にとって、腰を抜かすことは、普通のことだった……。誰だって、死に直面したら、腰を抜かしてしまう。
アキにぃでも、モナさんでも、ララティラさんでも、エレンさんでも、ダンさん……、は、どうなんだろう……?
でも、私は率直な感想として……、怖いと、思ってしまった。
――怖い。
――怖い……。
まだ、頭の中でこの言葉が支配している。血流の流れが速い気がする。呼吸がうまくいかない。
決意して、前に進もうとしたのに、この体たらくだ。なにが、唯一の希望だろう。
自嘲気味の私の心の声。自分でもそうだと同意してしまいそうな、何とも身勝手な言葉。
――やっぱり、何も力がない私が、救うことなどできないのだ。
それを痛感されてしまった私。
そう考えて、この先の不安を抱えながら、どうやって浄化をするのだろうと思っていると……。私の視界の上に写った……。黒い手。
その手を見て顔を少し上げると、黒いグローブに包まれた鎧の手があった。
それを辿るように、顔を少しずつ上げていくと……。
「――大丈夫か?」
立てるか? と、目の前には、しゃがんで私に手を差し伸べている――ヘルナイトがいた。
その人は私が手を差し伸べ、掴むのを待っているかのように、何もしない。ただじっと待っている。
さっきまで、戦って、圧倒していたそれとは違う。
安心できる。何とも言えないそれ。
私はヘルナイトを見て思う。
これが――チートだと。
強い。故に恐怖などない。
だから、怖い。もしかしたらと思って、躊躇ってしまう。
でも、ちゃんと、お礼が言いたい。
その手を見て、私は怯えながらも、その手を掴もうと……したのだけど、かちりと、何かがヘルナイトに突き付けられる。
それを見たヘルナイトは、すぐに行動に移して――突き付けられていたそれを、手で掴んで、ぐいんっと軌道をそらした。それと同時に、『パァン』と銃声音が聞こえた。
私はそれを見て、混乱して思考が追い付かなかった。
見てわかったこと――
アキにぃがヘルナイトに銃を突き付けて、それを見切ったヘルナイトが銃口を掴んで軌道を逸らした。
それだけだ。
二人は何も言わない。それもそうだ。初対面で得体のしれないものと出会ったのだから。
アキにぃが……。
「何を、しようとしている……?」
と聞くと、ヘルナイトがその銃口を掴んだまま何も言わなかった。でも警戒などしていない。それは見てわかった。
それに対しアキにぃは、何とか銃口をヘルナイトに向けようとして……、力一杯に動かそうとしている。ぐぐぐっと、拮抗が保たれているその動きと空間。そんな中アキにぃは冷たい目と声で言う。
「話さないのか? じゃぁ、質問を変える。なんでいきなりここに来るんだ? 何の用もない『12鬼士』が、なんでこんな泥臭いところに来て、こんな善人ぶったことをするんだ?」
「? 善人? 当たり前だろう」
ここでやっと、ヘルナイトは当たり前のように言葉を返す。
「鬼士は――国民を守る存在だ。私も鬼士の端くれ。このようなことをするのは当たり前だ」
「そうじゃない。お前は『12鬼士』だ。『12鬼士』は悪い存在なんだろ?」
アキにぃのその怒りを含んだ言葉を聞いて、ヘルナイトは少し驚いた(ように見えた)あと、少し黙った。そして……。
「……そうだな。お前達、異国の者達からすれば、私達は悪に分類されるだろう……。きっと」
?
なんだろう……。
この人からは感じ取れない……。
嘘をついている雰囲気が、全然……。
「ねぇ、アキにぃ」
「ハンナは、何も聞かない方がいい」
でも、アキにぃは何も、私の言葉を聞く耳などなかった。冷たい眼光で、ヘルナイトしか見ていない。そんな目で私を見ないで、ヘルナイトだけを見ていた。
今にも戦いそうな雰囲気……。それを察知したのか。そうではないのかわからない。
でも――
「あぁー! はいはいはい! そこまでやでっ!」
ララティラさんがアキにぃとヘルナイトの間に割り込んで、強引にアキにぃが持っていた銃をぐんっと上にあげた。
ぎょっと驚くアキにぃ。私も驚いてみていたけど……。
…………………やっぱり言葉が……。
そう思っているとララティラさんは私を見て――心配そうな顔をしてから。
「大丈夫? ハンナちゃん。何処か痛いところとかある?」
……標準語とは違った、少し半音が高いところがある言葉を言っているララティラさん。
それを聞きながらも、私はおずおずと「あ、はい……。平気です」と言う。
それを聞いたのか、エレンさんがすすっとララティラさんの背後に忍び寄り……。
そっと何かを耳打ちした。
すると、ララティラさんはぎょっと驚いて、ボンッと顔を真っ赤に染めて――すぐに私に向かって引き攣った笑みを浮かべて……。
「と、とにかく……っ! よかった……わっ?」
すごく言いづらそうに言った……。
「…………………あの」
私は目の前にいるヘルナイトに声をかける。
ヘルナイトはそれを聞いて、伸ばしていた手を――そっと引いてから、私に向かって言った。
「怪我がなくてよかった」
安堵のその声だけでも凛として、それでいて安心するような、そんな音色。私はそれを聞いて、頷こうとした時――
「――何が目的なんだ?」
ぐっと、アキにぃは私を絞めつけるように抱きしめて、鋭く目を光らせながら睨んで、ヘルナイトに聞いた。
「え? どうしたんですか……?」
「喧嘩か? 揉めてんのか?」
モナさんとダンさんの声がして、振り向くと二人が走って近付いて来た。驚いた顔をしている二人を見て、私は状況を言おうとしたのだけど……。
「お前は、なんで俺達を助けた? 何か目的があって、俺達に近づいたのか……?」
アキにぃの言葉に、辺りの空気が冷たくなる。
アキにぃを見て、私はアキにぃの腕を掴んで、宥めるように「だ、大丈夫……だよ」と言ったのだけど、アキにぃの耳には届いていないようだ。
アキにぃの言葉に、エレンさんも何とかしようと間に入り込もうとしたのだけど……。その前に――
「いや……、私もこの先に用があるだけだ」
ヘルナイトが答えた。
その言葉に、誰もがヘルナイトを見て、そしてヘルナイトの言葉に、質問と言う形で返したのが――
「この先って、まさかとは思うが……エストゥガか?」
エレンさんが、そう聞き返すと……、ヘルナイトは言った。
「ああ。そうだ」
その言葉がいけなかったのか……、アキにぃは私を自由にして、立ち上がってそのまま銃を手に持ったまま、ララティラさんから銃を取り返そうとしていた。
でも、ララティラさんはその手を離さない。
「……離してください」
「駄目よ」
真剣な音色で反論するララティラさん。アキにぃのその冷たく、凍りつくような寒さの音色に対して……。
「アキくん。今はエストゥガが最優先だろう? ダンは口チャックな?」
「おぅ……っ?」
エレンさんがアキにぃに対して冷静になれと促している。
ダンさんに対しても、きっと話がこじれないようにという配慮として、しぃーっと指を自分の口元に沿える。
ダンさんはそれを見て、え? っと驚きながら、なぜ悲しそうにして自分を指差す。
モナさんはそれを見て、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
それでも、アキにぃは――
「最優先なら、この道のりに不要なそれは――駆逐しないといけないと思います」
そんな怖い言葉に、ララティラさんはびくっと顔を強張らせ肩を震わせた。
私はそれを見て……、慌てて立ち上がってアキにぃに対して静止の言葉を投げかけようとした時……、アキにぃはぐっと私の手を掴んだ。
そして――
「行こうハンナ――」と私の言葉を聞かず、そのままずんずんっとその場を後にしようとする。
「え? え? ちょっと……、アキにぃ。まってっ」
その手に引かれるがまま、私はアキにぃに連れられて泥炭窟を後にされてしまう。
エレンさん達がその後を追うように早足で後を追う。
モナさんがヘルナイトに対し頭を下げて後を追っていた。
その行動を見て私はハッとする……。
私――ヘルナイトに、お礼を言っていない……。
そう思いながら後ろを振り返る。アキにぃは私の手を強く掴んでいる。それでも私は一生懸命に後ろを首だけでもと振り向く。そしてヘルナイトを見た。
ヘルナイトは私達が消えていくその後ろ姿を……、立ち上がってただただ見ているだけだった……。