PLAY27 世界(アズール)の動き⑤
その頃……アクアロイア・ユワコクでは。
□ □
「疲れた……」
「疲れた……ね」
「きゅぅ……」
夜になったユワコクは、日本の温泉街と一緒の風景が見えていた。
赤い提灯が辺りを照らし、その風景を旅館の部屋の窓から覗いて、私達女二人はついさっきまであったことを思い出して……、力を抜きながら吐いた。
というか疲れた。
憑りつかれているのか。
そう思うくらい……本当に疲れた……。うううう……。
ナヴィちゃんも窓枠に乗って溜息を吐きながら疲れた顔をしていた。
なぜ私達はこんなに疲れているのか……。
それはついさっきまで……、私達はSKさんという人に追い掛け回されていた……。
それはもう、まるで漫画のような出現の仕方で……。
ゴミ箱の中から「正義のために!」
流れている湯水の中から「正義のために!」
売り物として並べられている品物の中から「正義のために!」
その時やっていたユワコク名物の『太鼓祭り』の太鼓叩きの人に紛れて「正義のために!」
他にもあったと思うけど……、ありすぎて忘れてしまった。
そして最後にこの旅館でお茶を飲みながら「正義のために!」と言った瞬間……。
「うるせぇっ! 何回『正義のために!』って言うんだ! おかげでお前の声が耳に残っちまったわっ! てかマジでうぜぇっ! コウガじゃねえけどうぜぇ! だぁああっ! このままうおりゃあっ!」
キョウヤさんはぶち切れながら尻尾を使って、SKさんの胴体にそれを絡めてからグルンッと一回転して、遠心力をつけながらSKさんを……。
投げ飛ばしてしまった。
その最中……、「せいぎのためにちからをぉぉぉぉぉぉ~!」と言う声が聞こえた気がしたけど……、きっと気のせいだと思う。そう思いたい……。うん……。
そのことがあり、私達は一日中、SKさんに付き纏われていたのだ。
お風呂は露天風呂だったけど……、もしかしたら、そんなことを考えていたので、ゆっくりと浸かることができなかった。でも女湯だからそんなことはSKさんしないと思う……。
たぶん。
「ねぇ、そんなことを思い出してても疲れが出るだけよ。今は英気を養うために、雑談しながら紛らわせましょう」
「そ、そうだね……」
「きゅぅ……」
シェーラちゃんは青ざめながら凛々しいけど、なんだか疲れている音色で言って、私はそのシェーラちゃんの提案に乗って、予め敷かれていた布団に座りながら、互いの顔を見るようにして話しを始めた。
ナヴィちゃんは私達の間に座って、互いの顔を見ながらウキウキしていた。
あ。
これはいわゆる……女子会というものなのかな……? でも違うか。今はパジャマパーティーだし、そして今私達の服……、寝巻き用の浴衣だし……。
そう思っていると、シェーラちゃんは開口、私に聞いてきた。
「聞くわ。ずっと思っていたことなんだけど……、ハンナって、料理上手いわよね」
「そうかな……?」
その言葉に、私は少し恥ずかしがりながら言うと、シェーラちゃんは頷きながら「ええ」と言った。
「何よりレパートリーが多い。私……、オリジナルで言うと……、滋養強壮ティーしか作れないし」
「えっと。あのね」
私はシェーラちゃんが言ったその滋養強壮のお茶を思い出し、口に広がったあの味を思い出してしまった。
それを掻き消すように私は慌てて言葉を繋げる。
「私ね……、おばあちゃんと二人で暮らしてて、おばあちゃんと一緒にご飯を作ったりしていたから、たぶんその時の経験なのかな……?」
そう言って、私はおばあちゃんのことを思い出す。
もうこのゲームに監禁、されて……、すでに一ヵ月以上は経っているはず……。
おばあちゃん……、大丈夫かな……? そう心配そうに思っていると……。
「へぇ、そうなんだ」
シェーラちゃんを腕を組みながら言う。それを聞いて私ははっとして前を向きながらこくこくと首を縦に振りながら「そうなの」と言った。
そして、シェーラちゃんはその言葉を聞いて……。
「なら……、それって趣味なの?」
と聞いた。
私は正直に首を横に振って――
「ううん。違うよ。趣味と言うか……、なんというか。というか私、趣味ってあまり考えたことがない」
「えぇ? 何よそれ。今の時代ならネットサーフィンとかゲームとか色々あるでしょうに」
「うぅーん……。強いて言うなら……、剣道?」
「それは趣味じゃないと思う、でも共感できる。ハンナって剣を使う部活に入っていたの?」
「えっとね……剣と言うか、竹刀だけど」
「そう……」
うぅ。すごく落ち込んでしまったシェーラちゃん。
確かに私は剣道部に入っていたけど……、その落ち込み方はなんだろう……。そしてこれは趣味ではないのか。私はちょっとショックを受けながら固まっていると、私はすぐに気持ちを切り替えてシェーラちゃんに聞いた。
「シェーラちゃんの趣味は?」
すると、シェーラちゃんはうーんっと腕を組んで考えた後……、左手を出して指折りに――
「えっと……。剣術に、剣術のシュミュレーション。ね」
「……さっきのセリフ、きっとそのまま返せる……」
ぼそりと思ったことが口に出てしまった……。それを聞いたシェーラちゃんは顔を真っ赤にしながら「わ、悪かったわねっ」と怒って、そして小さく「仕方ないでしょ」と言って……。
「憧れの人の……、影響だから」
「あこがれ? 尊敬している人の事?」
そう私が首を傾げて言うと、シェーラちゃんはぼんっと、髪の毛までも巻き込むような蒸気噴火をして、シェーラちゃんは真っ赤な顔で私の肩を掴んで……。
「言わないでね! あの男達には言わないでねっ!」
と、詰め寄りながら念を押された。私はそれを聞いて、若干引きながら「う。うん……」と頷く。
ナヴィちゃんも怖がりながら私の膝に乗っかって顔を隠していた。
シェーラちゃんはふぅっと息を吐いて、落ち着いてから話をした。
「実はね……、私に剣技を教えてくれた人がいて、私、その人の影響で――剣術や、温泉の事、ニホンのことを聞いて……、剣術や温泉、ニホンのことが気になって、調べていくうちに……大好きになったの。実物を見たい。って思うくらい。ニホンが好きになったの」
「そうなんだ……。と言うことは……、その剣を教えてくれた人って、日本人?」
「そうよ」
シェーラちゃんは頷いた。その顔は、懐かしむような目で……、でも……、もしゃもしゃは――
青一色のそれ――悲しいもしゃもしゃだった。
シェーラちゃんはそれを隠しながら、想い出話を聞かせてくれた。
「その人は、今はネットが主流の時代だけど、そんな時代には合わない……。海路は自分が作った船。陸路も歩き。空路は無理だけど……、道行く村や町で、日本の伝統となっている刀を広めながら旅をしている人よ」
「すごい……。アクティヴだね」
「または野蛮人って言われていたわ。そして現代原始人」
「それは悪口に聞こえる……」
そんな話をして、シェーラちゃんは話を戻しながら続ける。
「そんな時ね。私……、孤児院で暮らしていたんだけど、その時孤児院に来て、何日か孤児院に泊まっていたの。その時にね、刀の事、ニホンの古い遊びや文化を教えてくれた。確か……お手玉とか、けん玉っていうのもあったわ」
「知ってる。よくおばあちゃんと一緒に遊んでいたよ。私。『アルプスイチマンジャク』とか、あとは蹴鞠とか」
「……あなたも結構古い遊びを知っているのね……。というかケマリって何……? そこでね、私はその人の剣術を教わった。というか、見ていただけ」
「……教えてくれなかったの?」
「その時私七歳ってこともあって、頑なに教えなかったわね。けちんぼなんだから……、師匠は」
それは……、けちんぼではなくただシェーラちゃんのことを考えて教えなかっただけじゃ……。というか今……。
私はシェーラちゃんに聞いた。
「お師匠様なんだね? 憧れの人」
そう聞くと、シェーラちゃんは頷いて――目を閉じて、優しい音色で……。
「そうよ――すっごく憧れる人」と言った。
と同時に、青いもしゃもしゃが一層深くなり、そのもしゃもしゃに波を作り出した。
その言葉ともしゃもしゃを感じ取った私だけど……、その話をしているシェーラちゃんはすごく嬉しそうに見えるけど……、すごく悲しそうな感情を出している。
それが指す事……。
たぶん、私にはわからないものだと察した。
悲しいけど、きっと、シェーラちゃんにしかわからないし、聞いてしまうと……シェーラちゃんはもっと悲しむ。そう思って私はそれ以上聞かなかった。
「だから、私は好きになって、独学で剣術を習った。そして、温泉も好きになった」
「……温泉好きは、そのお師匠様の影響なんだね?」
最後の言葉に私はシェーラちゃんに聞くと、シェーラちゃんは頷いて――話題を切り替えながら続けて言う。また指折りの動作をしながら……。
「そう。私ね……、お師匠のおかげで好きなものが増えたの。剣術に、温泉、あと……」
と言って、シェーラちゃんは言葉を止めてしまった。私はそれを聞いて首を傾げていたけど、シェーラちゃんは小さくこう言ったのだ。
「……水族館。は、最初は好きだった」
「水族館? お魚を見るのが好きだったの?」
そう聞くと、ナヴィちゃんは口からよだれを流していた。きっとお魚と言う言葉を聞いてしまったから、お腹が空いたのだろう。
でも私はナヴィちゃんの頭を撫でながら「今日は食べれないよ」と言った。それを聞いて、ナヴィちゃんはショックを受けた顔になってしまった。
しょんぼりとしているナヴィちゃんを見て、シェーラちゃんを見ると、シェーラちゃんは――
「!」
私は、シェーラちゃんの顔を見て、しまったと思ってしまった。
シェーラちゃんの表情から笑みが消えて、悲しいそれに変わってしまっていたから。
私はそれを見て、慌てて謝ると……シェーラちゃんは「いいの」と言いながら、話を続けた。
「そうね……、お魚と言うか……、水槽の中を泳ぐジンベイザメや、シャチがすごくきれいで……、特にシャチが好き。カクレクマノミも好きだった。家族で唯一……一緒に行ったところだからなのかしらね……」
「家族……」
なんだろう……。
その言葉を聞いた瞬間……、私はふと、脳裏がノイズと砂で埋め尽くされる。
家族のことを思い出そうとした瞬間、突然こうなってしまった。思い出そうとしても、思い出そうとしても……、思い出せない。
大切な――
大切……なのかな?
そう思っているとシェーラちゃんは口を開いた。それを見て、私はシェーラちゃんの話を聞く。
「家族って言っても……水族館言った後でバラバラになってしまったのだけど。私が五歳の時の誕生日に」
「……どうして?」
そう聞くと、シェーラちゃんの口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「簡単な理由よ。父と母が浮気をして、それで崩壊しただけ」
シェーラちゃんは、呆れながら言っていたけど……、私はそれを聞いて、なんて言葉をかければいいのかわからなくなった。
浮気。
それはしてはいけないことだけど……。
それが父と母、同時に起きて、それがばれて……。
シェーラちゃんはすごく流すように言ったけど……、私はその言葉を、重く受けてしまう。
シェーラちゃんは続けて言った。
「浮気が原因で、家庭は崩壊。そしてそのあとすぐに離婚が決まって、私は父方の方に引き取られたわ。母は一人で浮気相手と再婚したって聞いた。でも父は莫大な借金を背負ってしまい、私を捨てるように孤児院に置いてどこかへ行ってしまった。そのことを院長先生に聞いたら……、あれから連絡が取れないって言っていた。きっと蒸発したと思う……」
淡々っと説明したシェーラちゃんだったけど……、シェーラちゃんは私を見て、困った笑顔を向けながら「なんて顔してのよ」と言って、腕を組んで私の目を見てこう言った。
凛々しい、その言葉が似合うような、はっきりとした音色で。
「そんなことがあったけど、あの孤児院にお師匠が来てくれたおかげで……、すごく充実した生活を送っているのよ。むしろ嬉しかったわ。お師匠に出会って、ニホンの事をもっと学びたいっと思っているし、知りたいって気持ちが強くなった。今は今ですごく満足しているのよ」
「………………………………」
「家族のことに関して言えば、あまりいい記憶がないし、水族館の時の記憶しか楽しい記憶がないから、全然へっちゃらよ」
「そう。なんだけど……」
「?」
と、私は言う。
確かに、シェーラちゃんの話を聞いて、すごく悲しいと思ってしまった。と同時に、さっきの砂とノイズがひどくなっていることに気付いた私は、ふと……、無意識に、この言葉を零してしまった。
「……、私、家族の記憶がない」
「……………………は?」
シェーラちゃんは首を傾げて、素っ頓狂な声を出して驚いていた。ナヴィちゃんは不思議そうに私の顔を見上げているけど……、私は家族のことを思い浮かべながら、言葉を発しようとしたけど……。
思い出せないのだ。
まったく、何もかも。
楽しいことはおろか。つらいことも何も……。
おばあちゃんやおじいちゃんの記憶はあるのに、お父さんと母さんとの記憶が全くない。
思い出せないのだ。
「私のお父さんとか、お母さんって、どんな人だったのかも、どんな仕事をしていたのかも、何もかも思い出せないの……、なんで? 私……、記憶喪失なのかな……?」
頭を抱えて、最初はチクリと痛かった頭痛が、次第に大きく、じくじくと痛みだし……、どんどんからだがさむくなってどんどんいたくなって。
どんどんどんどんどんどんどんどんどんどん。
おもいだせなくなっていく――。
なんで、おもいだせないんだろう。
なんで、おもいだしたいのに。おもいだせないんだろう……っ。
わたし……、なんで?
――ぽん。
「!」
すると――私の肩を叩く誰か。
そのまま前を見ると、そこにいたのはシェーラちゃんで、シェーラちゃんは申し訳なさそうにして、私の肩に手を置いたまま、とんとんっと肩を叩いて――
「なんだか、ごめんなさい。いやなことを思い出したの?」
その言葉に、私は首を傾げて……。曖昧だけど、言えることを口にした。
「えっと、わからないけど……、怖かった」
その言葉を聞いて、シェーラちゃんは溜息を吐いて、もう一度謝ってから立ち上がって、和風だけどその中にある光を発生させる瘴輝石の電気の紐を掴んでこう言った。
「今日はもう休みましょう。明日に備えないと」
「………うん」
そう言って、私は掛布団を上げて、ナヴィちゃんを枕元に促すと、ナヴィちゃんはピョンコピョンコと跳んで、その枕元でくるまりながらすぐにすーすーっと規則正しい寝息を立てて寝た。それを見て、私も布団に入って、シェーラちゃんが部屋の明かりを消した。
ぱちりと鳴ったと同時に暗くなる部屋。
シェーラちゃんも布団に入って、そして私達は意識を手放した。
……そんな私達とは正反対に、アキにぃとキョウヤさんは男湯の露天風呂に頭の甲冑だけ取らないで入っていたSKさんと出くわし、二人の断末魔のような叫びが露天風呂中に響いたけど……、私達には聞こえなかった……。
眠れない。
寝よう寝ようと思えば思うほど……、眠れなくなってしまう。
どんどん目が覚めてしまう。
すっと右を見ると、ナヴィちゃんとシェーラちゃんはすぅすぅと寝息を立てながら寝ている。それを見て私は起こさないようにそっと起き上がって……。
そーっと抜き足差し足で歩きながら……、外の空気を吸いに向かった。もちろん羽織を羽織ってね。
旅館の中はすでに暗く……自分の足元に気を付けながら階段を下りて大広間に向かって行く。足音を立てずに旅館の出入り口に向かっていると……。
「!」
私は出入り口で、とある人を見かけて足を止めてしまった。
そしてすぐに思い出された、ウェーブラさんの事……。
『話した方が大吉』と、『最強さん』。
それが指す事なんて、一つ……、一人しかいない。
一体何を話せばいいのかわからないけど……、それでも話した方がいいのなら……。というかなんで話せばいいのかすらわからないけど……、うん。
言われた通りと言うよりも、ここは話して眠くなった方がいいかな?
そう思った私は一歩前に進んで、旅館の前でその風景を見ながら立っている――
「あの……、眠くないんですか?」
「? ハンナか。どうした?」
――ヘルナイトさんに話しかけた。