PLAY26 アキⅡ(決意)②
ハンナ達がその話をする少し前に遡ろう。
アキは苛立ちを募らせながら、亜人の郷を出ようしていた。
きっと洞窟の向こうが出口と思い足を進めていくと……、その時ばったりと、本当に偶然と言う言葉が正しい。
簡単に言うと、ガーディと出くわした。
再会だったが、アキはそれどころではなかった。
「おぉ! 久し振りだなぁ! アキくん!」
あっはっはっは! と笑いながら彼はアキの肩をバンバンッと叩いて再会を喜ぶ。
アキはその言葉を聞いて「あ、はい……」と力なく返事をする。
(ったく……。なんでこんな時にガーディさんと……。というか臭い……っ!)
そうアキは思った。
実際――本当に鼻腔を刺す異臭が異常だった。
喩を書いてもきっと喩えきれないくらいの臭いと言うことだけは言っておこう。
簡単に言うと嗅いだことがないが臭いという言葉が真っ先に言葉に出そうなほどの激臭。
アキは正直鼻をつまもうと思ったが、ガーディはアキを見て……。
「ん? お仲間さんはどうしたんだい?」と、疑問の声をアキに向けた。それを聞いたアキははっとして……、作り笑いで彼は言った。
「いやぁ、実は外で待っているんですよ。俺一人でここに偵察っていう感じで」
そう話すと、ガーディは「ほーぉ」と顎を撫でながら感心したような音色で「それは大変だなー」と頷きながら言った。
それを見たアキは内心安堵の息を吐きながら、 (うまくいった)とガッツポーズをする。
ガーディはそれを聞いてはっと何かを思い出したかのように、アキに向かって「ちょっと待ってな!」と静止をかけながら背負っていたリュックを下ろして、その中からごそごそと中身を漁っていた。
アキはそれを見て……(急いでいるんだけど)と苛立ちをまた加速させながら、とんとんっと腰に当てていた手をの指を、急かしなく動かしていた。
別にいそうでいるわけではない。しかしそれでも、アキはこの場から逃げるように出たかったのだ。
あんなことを言った後、一旦冷静になって思い出すと……、言ってやったと言う達成感二割と、やってしまった後悔感八割がアキの思考を支配してしまった。
達成感はあの最長老に対して言ってやったというそれで、後悔は十中八九――ハンナに対してのそれだった。
目に入れても痛くない妹に対して、アキはとんでもないことを言ってしまったのだ。
突き放すように言ってしまった。
あぁ……、なんてことをしてしまったんだ。後悔先に立たずとはこのことで……、結果として、やってしまったのだから仕方がない。
簡潔に言うと――
合わせる顔がないから、一旦外で頭を冷やして、ほとぼりが冷めるまで待とうということになった。
「あ! あったあった!」
「?」
突然、ガーディはとあるものを取り出して、それを見せてくれた。
それはハンナ達に見せたものと同じ……クリアガラスに入っている金と銀のディナーベル。それを見たアキは、それを指さしながら……。
「なんですかこれ」と聞いた。
ガーディはそれに対して、ハンナ達と同じことを説明した。
それを聞いて、アキはふぅんっと唸りながら、手元を漁る。お金はあるかな? そう思って漁りながら……。
「何で俺にそれを?」と聞いた。
ガーディはそれを聞いて、え? と素っ頓狂な声を上げてこう言ったのだ。
「なんでって――今この先の出入り口は魔法で閉じているから、簡単には開かないんだよ。アキ君知らないで入ったの?」
それを聞いて、アキは寝ていたなんて口が裂けても言えなかったので頭を掻きながら「えっと……実はね」と言葉を濁しながらたははっと、目だけ明後日の方向を見て言うとガーディは「あ~あ。悪い大人だねぇ~」とぷーっと口に手を当てながらくすくすと笑った。
それを見てアキは、突然殺意が芽生えたとか……。
ガーディはそんなアキの心境など知らずに、彼はそれを差し出しながら――
「まぁ、閉じ込められたのなら一刻も早く出たいのは当たり前か。よしっ! 通常価格の場合二十五万Lなんだが……、今日はおまけ! 十万だっ!」
「万じゃなくて千くらいにしてほしいですけど……、ちょうどありますのではい」
「毎度ありぃ!」
にひひっと笑いながら、アキが見せた10万Lを手に取る。それを指で数えながら「ひいふうみい」と数えているガーディ、そして丁度あることを知ったガーディはアキにその鈴を手渡して――
「はいっ! これであの子たちと合流しなよ! 俺はこの郷に用があるので! じゃ!」
と……、彼はいそいそと走りながら郷に入っていく。
それを見送りながら、アキはすっと銀色のベルを手に取って、ガーディに感謝と謝罪を心でしながら、前に進んだ。
そして――
◆ ◆
アキは……近くの狭い道の小岩に座っていた。場所的には――『六芒星』と出くわしたところ。ところどころの血の跡が、その戦場を物語り、アキの罪悪感を更に大きくしてしまう場所でもあった。
そこでアキは、朝あったことを思い出しながら、項垂れて――溜息ですら出ないくらい……。落ち込んでいた。自業自得である。
まぁ目的、当てもなく歩くことは死に等しい状況になってしまったのだ。
もう夜が近い世界に染まりつつあったのだ。
アキは小岩に座りながら……夜空に近くなっている、赤と黒の空を見上げる……。
「………えっと」
アキは何とか気持ちの整理をしながら、持ち物の確認でもしようと懐を漁る。
今あるのは――MCOの時に買った回復薬一つ。そしてアサルトライフル『ホークス』に、それが入っている収納の瘴輝石。そしてホークス専用の弾丸六十発分。
以上。
「…………マジか……」
アキはまた落胆する。そして思い出した。
アキが使っていたグレンヘレーナは、キョウヤによって壊されてしまった。というか自業自得で壊されたのだが……、アキはそれを思い出し、また項垂れて溜息を零した。
(俺があんなことをしなければ……、いや、あれはガタが来ていた。結局、何処かで壊れることは運命だったのかもしれない。それが早くなっただけだ)
アキは思った。
(焦って、なんとか自分にしかないものがあるって証明したくて、あんなことをした。結局は……、自分の行いで迷惑をかけ、挙句の果てには愛用武器が壊れて途方に暮れる)
(よくよく考えたら……、今日の俺は――馬鹿だ)
アキは空を見上げ、すでに常世の世界と化してしまった世界を見て、アキは思い出す。
(今までの俺も、考えてみたら――馬鹿だ)
(何も授かってない。不良品。今の俺に、ふさわしいのかもしれない……)
◆ ◆
唐突に回想――橘秋政編。
今回は秋政の幼少期に遡ることにする。
幼い秋政が生まれた橘家は、エンドー……、いいや。現実名で言うと遠藤義経が生まれた名門家とは違う。
彼の家族、親戚は、何かしらの才能を開花して、事業に成功している天才一家。天才の血を引いた一家であり、一族なのだ。
異常な血を引いた家族の一人一人が、様々な才能で、世に、人に貢献している。
ゆえに配偶者をつくることはあまりない。天才の血が薄れることを危惧していたが……突然その考えが覆された。
とある天才と、橋本家の一人が結婚し、子を授かった。
なぜこのようなことをしたのか? その理由は簡単で、異常で、結婚したにもかかわらず、愛がこもっていない理由だった。
ただ――橘家が衰退することは、忘れ去られてしまうことは、時代の名だけになってしまうことはあってはならないこと。
その橘の名を後世に残すために、何とかしないといけない。
なんとかして――橘の血を残さないといけない。薄れる云々など関係ない。今は残すことを優先にしよう。
そう言った焦りで――彼らは子を作り結婚した。ただ血を絶やしたくないという一心で、彼らは行動に移したのだ。
その時生まれたのが――秋政だった。
きっと、それぞれの才能を受け継いだ天才が誕生する。そう妻の親戚、橘家の親戚が――そう期待していた。が……。
現実、そんな夢のような、漫画のようなことは起きなかった。
秋政は普通の頭脳で、普通の人格で……、平凡な人格で才能も何もなかった。
彼らにとってだが……、才能などこれっぽっちもなかった。
幼い秋政に、親はいろんなことを強要した。
色んな職業を、強要し、その才能を無理やり開花させようと目論んだ。
しかし……、どれもこれも無駄に終わった。
そのせいで、資産がどんどん減る。
期待もどんどん薄れる。
仕舞には――
五歳の秋政を……、見なくなった。
天才が生まれるはずだった一家に、落ちこぼれのような存在が生まれた。それこそが汚れだった。汚点だった。
だから……、いないような扱いで見てきた。
幼い秋政は、それを見て、感じて、体験していき、五歳にはない感情を芽生え始めてしまったのだ。
それは――嫉妬、怨恨、渇望。
嫉妬――それは自分にはない才能を持っている人に対して。
渇望――それは何かを授かっていることに対しての強い欲望。何かを持っているという安心感を欲する願い。そして――
怨恨――それは………………………。
親や親戚に対しての、異常な怨み。
愛など与えられなかった。何も与えられなかった。与えられたのは――冷たい言葉と暴力、そして……、殺意。それしかなかったがゆえに、幼い秋政はそれを見て……。簡単にこう思ってしまった。
親がしているなら、自分もしてもいいんだ。
そう思い、秋政は親を、親族を、親戚を恨んだ。
恨んだ。恨んだ恨んだ恨んだ恨んだ恨んだ恨んだ恨んだ恨んだ恨んで……。
両親と一緒に乗ったドライブと言う名の父の仕事の視察の時……、それが起こってしまった。
秋政と親は、父の仕事の視察……、秋政の父――橘仁慈は建設に関わっているCEOだった。
色んな建設に関わっており、近年の建設において彼がいないければ駄目だという声が飛び交うほど、父の存在が大きかった。なにせ……、RCの会社を設計から作り上げたのだから。その功績も大きいのだろう。
そんな父はとある超入り流のデザイナーの母――橘星羅と一緒に、新しくできるマンションの設計現場に向かおうとしていた。生憎秋政を一人にすることもできず、親戚達に預けることもできなかった彼等は……、その時十二歳の秋政を連れてドライブと言う名の下見に行くことになった。
天気は大雨。視界も悪い中……。父は急いでいたのかスピードを速めて目的の場所まで行く。
場所までは相当遠く、高速に乗らないといけないくらいの距離にあった。
高速に乗り、パーキングエリアに入って、父は――
「ブラックコーヒーを買う。休憩なら今しておけ」
何とも心がこもっていない言葉。それを聞いて秋政は、無言でドアを開けて、パーキングに向かった。
それが――転機だった。
秋政はパーキングから出た瞬間、十二歳の目で、それを目撃してしまったのだ。
秋政の父と母が乗っていた車が……、燃えていた。
それはもう……、めらめらと……。ゴウゴウと……。
その周りにはパーキングに酔っていた人達が、叫び声を上げたり、スマホで撮影していたりと、様々な光景が見えていた。中には写真を撮っている人。電話越しに『やべーって! 動画送信するから見てみ!』と、異常な光景を楽しんでいる人。その光景を見ていた秋政は、『ウウウーッ!』と言うサイレンの音を耳で受け取った。それを聞いてその音がした方向を見た。
紅い車――消防車。
白い車――救急車二台。
白と黒の車――パトカー。
それが辺鄙なパーキングエリアに来て、その間、その場所は大騒ぎだった。
秋政はふと……、運転席のドアの窓を見た。
そこからずるりと出てきた黒い何か。それは何かを握っており、握力を失ったそれは……、握っていたそれを『カンッ』と落した。だらららっと……、中から黒い液体を零しながら……。アキはそれを見て……、見たことがあると、頭の片隅で思いながらそれを見ると……、それは――
父がよく飲んでいた『Blue Jane』のブラックコーヒーだった。
それを見て、秋政は、その黒い何かが父の一部と認識した瞬間……。
にへっといびつな笑みを微かに浮かべて……。
『ああ、やっとかよ』
彼は安堵の息を零した。
その後は流れるようなそれだった。
秋政は警察に保護され、施設で預けることになった。父と母は殺人と断定され、犯人もすぐに捕まった。犯人は父の部下の男で、父のせいでリストラされて犯行に至り、焼いた後でもっとしたかったと供述しているそうだ。
男の精神状態は不安定なため、カウンセリングを行いながら裁判を待っているそうだ。今もまだ、精神的に不安定らしい。
その話は今から数年前の話なので、今現在その男がどうなっているのかは、秋政自身知らない。だが、服役していることは間違いないだろう。
両親を亡くした秋政は施設で暮らしていたが、親戚も誰も……彼を受け入れることはなかった。
親戚は、秋政のようなポンコツを受け入れることなどできなかったし、優秀な二人を見殺しにした子供など、受け入れることをしなかったのだ。
きっと秋政が殺したと、親戚は彼を憎んだ。
そんなの俺はずっとしていた。と、秋政は今更だと思い、これで自由で、これで独りぼっちだと……、秋政は諦めかけていた。その時だった。
「あなたが、秋政くん?」
そう声がしたので、振り向いて見ると、そこにいたのは――優しい顔で肩にショールを羽織って微笑んでいる老婆に、杖を突きながらトレンチコートに身を包んだ老人が秋政を見ていた。
老婆はにこっと微笑みながら言った。
「ニュースで見たわ。あなた……、一人なの?」
それを聞いて、秋政は何も答えない。どうせこいつらも同じだ。そう思って反抗だった。それを見ていた老人は「いや。怪しい……、と言う言葉は正しいのかすら断言できないが、怪しいものではない」と言って……、厳しい顔から覗く優しい笑みでこう言った。
「私はとある探偵事務所を営む橋本晴行と言うんだ。こっちは家内の優子。私達は君の里親になろうと思ってここに赴いたんだ」
「…………………さとおや?」
秋政は口を開く。それを聞いて、老人――晴行は言った。
「ああ、私達はとある団体に入っていてね。私達は君達のような子供を引き取るようにしているんだ。秋政くん。君のように――心に傷を抱えた子供を。ね」
「…………………………」
確かに。と思い、秋政はじっとその施設内を見た。
その施設にいる子供は少ない。秋政を入れても三人だ。親が死んでいなくなることは普通ではないのかと思って、あまり考えなかったが、そうか。とアキは納得する。
そこにいる子供達は……。
心に傷を抱えた――PTSDを発症してしまった子供達しか入れない施設だったのだ。
優子は言う。
「秋政くん。あなたがいいのならいいのだけど……、私達と一緒に暮らさない?」
そう聞いた時、ふっと少し前にのめり込んでしまう優子。晴行も「お」と驚きながら後ろからなにかに押されたかのように前に転びそうになったが、杖を使って何とか体制を整えた。
そして――後ろを振り向きながら二人は……。
「こら輝夜。危ないだろう」
「あらら。華ちゃん。どうしたの?」
後ろを見ながら言った。その二人の背後から、ひょっこりと顔を出す二人の人物。
一人は目元が少し吊り上っている黒髪の女の子のショートヘアーのような髪をしている少年。その子は晴行の背中から、秋政を覗き込んで、そっとそこから離れて「こんにちわ」と頭を下げて挨拶をした。服装は黄色いTシャツに長ズボンだった。背丈と年齢は、秋政と同じだ。
そして優子の背中からそっと秋政を覗き見ていたのは、秋政よりも小さい、女の子だった。
肩まである髪の毛に、白いワンピースを着ている、まるでお人形のような少女。その子は秋政を人形のような、生気が欠けている目で見ていた。
それを見て、秋政は不思議と、その子から目が離せなかった。
「紹介するわ」と、優子が言い――
「私達の家族。血は繋がっていないけど……、それでも私達の家族なの」
それを聞いて、優子の背中に隠れていた少女――華は、小さい手で秋政に手を差し伸べた。
それがまるで――自分を救いに来た手のように見えた秋政は、そっと手を伸ばして……、きゅっと掴んだ。
温かい。そう感じた秋政。
それを見てか、二人の老夫婦は秋政に向かって、微笑みながら言った。
「「これからよろしく。秋政/秋政くん」」
これが……、秋政の幼少期の回想。
これがあったおかげ彼は橘から橋本に名字を変え、短い間だったが楽しく、愛が溢れる毎日を送った。
これが家族。
そう秋政は思った。
と同時に、妹である華に対してとある感情を抱いた。
それは――守りたいという感情。
今までなかった感情で、湧き上がってきたそれであった。
自分に向かって手を差し伸べてくれた光のために……、その光を守りたい。
その純粋な気持ちが世間でいうところのシスコンと言うものに進化してしまっていたが……、その気持ちは変わらない。
ハンナを守りたい。きっとそれが運命だと思っていた。
その時までは才能など関係ない。そんなのは想いが証明してくれると思っていた……。
が、才能を持っているシェーラやキョウヤ。色んな人を見ていく内に、その黒い感情が湧き上がってしまった……。そしてアキは思い返し……結論に至る。
俺には――何もないと。
回想終了――
◆ ◆
「橘の息子さんだよね?」
終わった瞬間、声が真横から、しかも耳元で囁くようにねっとりとした男の声がダイレクトに響いた。
回想が終わった瞬間、それは唐突に起きて、アキはすぐに行動に移した。