PLAY25 アキⅠ(焦燥)③
「アキ……何してんだよ」
キョウヤさんはアキにぃに向かって、真剣な音色で問い詰めていた。
真剣に、今まで聞いたことがないような怒りを声に乗せながら……だ。
それを聞いていたアキにぃは、ふっとそっぽを向きながら……。
「何って、普通に倒して」
「――あれは蹂躙って言うんだよ……っっ!」
キョウヤさんはアキにぃの首元の服を掴み上げて、怒りを顔の出した……犬歯が見えるその顔で、キョウヤさんはアキにぃを睨みながら言った。
「お前……、一体どうしちまったんだ……?」
「俺は俺なりに考えた結果――こうしただけだよ」
「アキ……。お前それ、真面目に言っているのか? 冗談きついぞ」
二人の雰囲気がすごく尖がっている……。尖がっているというか……、ピリピリしている……。
そう思っていると……、私の足元で唸っている『六芒星』の人。
その人はアキにぃに撃たれて、何とか命を繋ぎ止めている人だった。
胸の所から血がどんどん出てくる。それを見て私はその人に手をかざそうとした時……。
「一人だとMPの無駄よ」
そう言ってきたのは、怪我をしている『六芒星』を二人抱えて来たシェーラちゃん。シェーラちゃんは大の男二人を抱えながら涼しい顔で私に向かってこう言った。
「一人ひとりちまちまやるのはMPの無駄。こう言う場合は大人数で回復させる方がいいわ。あんたそれも知らないでこのゲームをしていたの?」
「あ、えっと……知っていたけど……。忘れていた」
「……どこまでお気楽なのかしら。というか……、本当に一人ひとりちまちまやるつもりだったの……?」
そんなことを話しながらシェーラちゃんはそっとその人達を下ろして、ふいっと後ろを向いて行こうとした。
けど、シェーラちゃんは二歩ほど前に出て、突然ぴたりと足を止めた時……、私に聞いた。
唐突に、こんな言葉を零して……。
「――知ってたの?」
知っていたの?
それはきっとアキにぃに対しての言葉。私とアキにぃのことは話した。血は繋がっていないけど……、兄であることは違うとは言わない。でも……。
そのセリフは私が言いたいような……、『それはこっちのセリフだよ』と言いたいような……、そんなセリフだった。
私だって驚いていた。
アキにぃのあの凶行は初めてだった。あのアキにぃの表情、初めてだった。あのアキにぃの鬼のような所業――初めて……。
今まで見たことがない光景で、私はすでに頭がパンクしそうになっている。
あんなこと……、今まで一度もなかった。
変わっていないと思っていたアキにぃが、すごく変わってしまった。
理解できないくらい……、変わっていた。変わってしまった。
ちらりとアキにぃを見ていると……、まだアキにぃはキョウヤさんと喧嘩している……。
それを見て、私はそっとアキにぃから目を逸らしてしまった。
怖くて……、苦しくて……。何より、見ていられなかった。
だから……。
「……今知った」
それだけしか……、言えなかった。
それを聞いて、シェーラちゃんは「ふぅん」と言った後……、続けて低い音色でこう言った。
「……支障が出たら、話し合いましょう」
そう言って、タッと前に向かって歩みを進めたシェーラちゃん。
それを見て私はぎゅっと握り拳を作って、胸の前に押し付けてしまう。それは小さい不安を押し殺すように、胸に溜まったそれを手でせき止めるように。
シェーラちゃんが言っていたそれは……、今まさに、問題になったそれ……。
そう思った時、ざんっと後ろから音がしたので、振り向くと……。
そこにいたのはヘルナイトさんで、ヘルナイトさんは両腕に女の部下達を抱えながら私に近付いて――
「これで怪我をしている『六芒星』は全員だ。他は近くの丸太に括り付けてある」
「ありがとうございます」
そう言うと、ヘルナイトさんはその人達を優しく降ろしながら、すぐに立ち上がって「逃げていないか確認してくる」とだけ言って、タッと駆け出した。
それを見て、ナヴィちゃんがそれを見ながら「きゅきゃー」と言ってピョンコピョンコと跳ねながら笑顔で鳴いていた。
すると……、それを呆然として見ていた女の部下達は……。
「やばい……」
「うん……」
その人達はぽつりと小さい声で呟いたと思ったら、すぐに顔を手で覆い隠して……。
「「めっちゃ紳士…………っっ!」」と、恥ずかしそうに声を零した。
私はそれを見ながら控えめに微笑みながら首を傾げて、どうしたんだろうと思いながら手をかざして『集団大治癒』を出す。
ところで……。なぜこうなっているのか。
それはシェーラちゃんからの提案だった。
『ここで倒れていたら元も子もないわ。死人が出たらこっちも嫌だし……。さらに言うと……、このことがアクアロイアに知られたら、絶対にアクアロイアの前で足止めを食らうわ。ここは、貸しをつくりましょう』
ということで……。
怪我をしている『六芒星』の人達を私のスキルで治して、他の人達には、万が一のために丸太に括り付けてからこう言う。シェーラちゃんが念を押すように。
『あんた達の命を救ったのは気まぐれ。でもこれは貸しよ。あんた達を助けたんだから、このことは無しでね。こっちは助けた。あんた達はこのことをボスや幹部に口外しない。これでプラマイゼロ。さ、明日になったら本部に戻りなさいな。もし口を滑らせたら………………、ね?』
最後のセリフがすごく気になるけど……、最初に回復を終わらせた人にそのことを言った瞬間、怯えたようにコクコクと頷いて、その人はシェーラちゃんの後を歩きながら、自ら丸太に括り付けられることを望んで行ってしまった……。
私も、最後の言葉がなんなのかと聞いた時……、シェーラちゃんはにっと笑って……。
「ん? まぁ、大人のシビアなそれよ」と、すごくオブラートに包んだような言葉で言われた。
だから私は、それ以上は聞かなかった。きっと、後悔する。そう直感が囁いたから……。
ヘルナイトさんはそれを「一種の交渉だな」と納得して、私達は行動に移した。
アキにぃとキョウヤさんは、喧嘩をしている。それを見て、きっと長くなると思っての行動だろうけど……。
「あー! なんなのあのエルフ」
「ほんと、私達もエルフなのに……ねぇ」
近くにいた女のエルフの『六芒星』は、アキにぃを仮面越しで睨みながら言う。私はそれを聞いて、ちょっとした疑問を口にした。
敵にこのことを聞くのは、ちょっとおかしいかもしれないけど……、日本の諺でよくある。
当たって砕けろ。
昨日の敵は今日の友。
それを信じて……、何を信じるのかわからないけど……、私は聞いた。
「あの……」
「あぁ?」
「なに?」
うぅ。すごい威圧的……。マズガさんほどじゃないけど……。仮面越しから私を睨んでいるようで、私はぐっと決意を固めて……、平静を装って聞いた。
「さっき……、リーダーさんが言っていた同胞って、なんですか…?」
その言葉に、女の部下の人達はこう言った。
「はぁ? エルフの同胞ってことじゃん。ダークエルフの」
「異国だとそう言った『同種の手は救いの手』っていう諺ないの?」
「…………初めて聞きました……」
そう言うと、一人の女の部下の人は、自分の両手をすっと私に見せながらこう説明した。
「アズールの諺に、同族や同種族を大切にする。同族には手を差し伸べ助け合う。そして自分がされたことを他の同族にもすること。そうすれば誰もが救われる。その手一つでみんなが救われるって言う諺があるの」
そう言いながら、自分の手を握る女の部下の人。それを見ていたもう一人の女の部下の人は……。
「エルフはそれを重んじている種族で、オーヴェンさんは血が違っているあたし達に、手を差し伸べてくれたんだ」
と言いながら、空を見上げて安心するような笑みで言う。
それを聞いていた私は、ふと、女の人が言った言葉に首を傾げて――
「血が違う? エルフですよね?」と聞くと……。
「ああ、エルフはエルフでも……、穢れた血が混ざっているダークエルフだから……、迫害されて、黙示録から消された。だから許せないんだよ……っ! アズールのやり方にっ!」
その言葉に、隣にいた女の部下の人が「そうさ!」と頷いて――
「たった……っ! たったぁ!」
女の人はぐっと服を脱ぎだした。
それを見て私は慌てて「あわわっ! そんなここで自棄は」と言いかけたけど……、その人は上の服を脱いだと同時に、胸元にあるそれを見せながら、怒りの表情で――
「こんな烙印があるだけで……、私達は今もずっと、故郷に帰れず……っ! いやなことを全部押し付けられるっ! 泥水を啜るっ!」
見せてくれた印は……、丁度胸元にある印で、刺青のようにそれがあった。黒い三日月に刺さっている白い牙。三日月には白いバツ印が付けられてて、それを見て私は言葉を失った。
さっき見えた黒いあざはこれだったんだ。
女の人はぐっと下を向いた後……、恨み言を吐き捨てるように……。こう言った。
「だから……っ。変えたいんだっ」
この時、どんな言葉をかければいいんだろう……。
大変でしたね? 違う。
叶うといいですね。駄目。
かける言葉が、見つからない。
結果として、この人たちがやっていることは駄目なことだけど……、それでもこの人達には思想や願いがあって、こんなことをしている。
それを止めることは、駄目なことなのだろうか……、いいことで止めない方がいいのか? そんなことはあってはならない。
私にも、アルテットミア王のような、人望や力があれば……、何かを変えることができたのかな……?
そう思っていると…………。
「うぎゃああああっっ!」
「!」
突然叫び声がした。その声がしたのは前。前を見ようとした時……。さっきまで話をしていた女の人はがくがくと震えて、声がした方向を見ながらぶるぶると、お互いを抱きしめあっていた。
「あの……っ。何が……。っ」
と聞こうとした時……、私ははっと息を呑んだ。
二人はがくがく震えながら目の前の光景を見て、涙を流して歯をかちかちとかち合わせながら「ひぃっ」や「ひぃい」と恐怖の声を上げていた。
私はそれを見て前を見た瞬間……、目を疑った。
「ああああああっ! ああああぎゃああっ! いでえええええっっ!」
ごろんごろんっと転がりながら叫んでいるリーダーの人。目の前には……。
「アキ! おい何してんだ!」
キョウヤさんの声なんて聞こえていないかのように、アサルトライフル銃を突き付けながら、アキにぃはリーダーの足に銃弾を放ったのだ。
足からは血が出ている。
それを見た私は、タッと駆け出したけど、私ははっと気づいて後ろを振り向く。そして――
「ナヴィちゃん!」
ナヴィちゃんは私の肩に乗らないで、そのまま待機しながらぐぐっと体を丸めて……。
かっと白く光ったと思った瞬間……。
ぼぉんっと光が大きく肥大して、消えた時にはあのドラゴンが現れた。ドラゴンを見上げた『六芒星』の人達は、叫び声を上げながら逃げようとしたけど、ナヴィちゃんはそっと手と体でその人達を覆い隠した。
それを見て、私はほっとしながら小さく……「お願いね」と頼んだ。
それを聞いてか聞いていないのかはわからないけど……、ナヴィちゃんは「ぐるぅ」と唸りながら頷いた。
私はそんなナヴィちゃんを見て、すぐに前へと駆け出す。
そして――
「アキにぃ。待って……っ!」
リーダーとアキにぃの間に入るように私は手を広げてアキにぃを見て言った。それを見て、キョウヤさんはほっと安堵の息を吐いているけど、アキにぃは私を見降ろし……、冷たい目をすっと細めながら……。
「どけて。そいつを今から撃つから」
と、機械のような、心がこもっていないような音色で言ったアキにぃ。でも私は首を横に振って――
「いやだ。避けない」とはっきりと、苦しい中言った。でも……。
「そいつはお前を殺そうと、剣先を突きつけようとした……っ! それを未然に防ごうと俺は……っ! 未然に、永遠のそんなことがないように止めを……っ!」
アキにぃはすっと私から銃口を逸らして、リーダーに向けて引き金を引こうとしていた。それを見て、リーダーは「ひっ!」と上ずった声を上げて逃げようとしていたけど、私はアキにぃの前に立った。逸らしてもその銃口から離れないように、自分が当たるように。
前に出た。
それを見て、アキにぃは苛立った音色で私を睨んで……。ううん。なんで? どうしてと言う感じの表情を浮き上がらせながら……。
「っ! なんで……っ! 何で俺の気持ちを踏み潰すんだよっ! 俺だって華を守れることを証明したいだけなのにっ! 俺だって授かっていることを証明したいだけなのにっっ!」
と言った時、キョウヤさんはアキにぃの背後から羽交い絞めにして止める。
そして私の前にはヘルナイトさんとシェーラちゃんが、私を守るように前に立ってくれた。
私はその背中の大きさを見て、ふと、安心してしまった反面、しまったと思ってしまった。
こんな事態に何をと思った時だった。
「――みんなみんなそうだ! 俺は何も持っていないっ! なのにキョウヤ達は何かを持っているだろうがっ! 普通の人間の気持ちなんてわからないようなすごい力を持っている! なんで、なんで! 俺だって何か――持っててもっ!」
アキにぃの悲痛な叫びを上げたと同時に、それは突然起こった。
「――『空気の子守唄』」
ふわりと、アキにぃに向かってくるわっか型のなにか。そこだけが歪に空間が変になっているので、迂闊には触れない。そう思っていると、キョウヤさんもそれに気付いて、バッとアキにぃから離れたと同時に、アキにぃにそれが当たる。
当たった瞬間――ぽわんっと柔らかく破裂して飛散するそれ。
アキにぃはそれを受けてしまい、そのままふっと目が上を向いて、アキにぃは膝から崩れ落ちて――倒れてしまった。
それを見ていた私達は、呆然としてしまっていた。
背後で、その光景を見ながら恐る恐る逃げるリーダーに気付かず。
すると――
「――『空気砲』ッ!」
と言う声が聞こえた瞬間――
ぼっと私の背後を通り過ぎる突風……、なのかな? その風を背後で感じた私は背後を見ようと振り向こうとした時……。
ドォンっという音と、「うぎゃぁっ!」というリーダーの声が聞こえて、その方向を見たとき、リーダーの男は地面に突っ伏して……、気を失っていた。
「なに……、今の……」
と、シェーラちゃんが驚きの声を上げて言うと――
「おーい。大丈夫ー? それとありがとー」
私から見て左から声が聞こえた。その声を聞いてみんなが振り向くと、叢からがさがさと音を立てながら「イテテッ! っとぉ!」と言って、姿を現した普通の子供だった。私よりも小さい子供だった。年齢は……十三歳くらいかな……。
子供と言っても頭からピコンッとした獣耳を立てて、背中から見えた二本の尻尾。くせっ毛が印象的なそばかすの少年で、毛の色は茶色のしましま模様の猫だった。
服装はラフで、つなぎのような紺色の服に革製の靴。手には大きな手袋をしている子供だった。
「君達――冒険者でしょ?」と、腰に手を当てながらその子は聞いた。それを聞いて、シェーラちゃんはむっとした顔をして……。
「えぇ。冒険者だけど、ちょっと失礼じゃないの? 初対面の人に対して上目線じゃない」
「それはお前もだからな。ちょっと自分を見直せ」
シェーラちゃんはキョウヤさんの突っ込みを無視して、その子を見降ろしながらこう聞く。
「私はシェーラ。こう見えても十八歳なの」
「へぇ。結構若いんだなー。俺はクルク。この近くに住んでいる猫人の魔女で……、年齢は四百六十二歳だよ」
「そう。四百六十二……………。て!」
「いやどんだけお年寄りなんだ! すいませんこのお転婆ちゃんがとんだ無礼をっ!」
「どういう意味よそれっ!」
私はその子――クルクくんのことを聞いて目が飛び出そうになった。シェーラちゃんもそのことに関しては、素っ頓狂な声を上げて驚き、キョウヤさんは大慌てでシェーラちゃんの頭を掴みながら、一緒に頭を下げる。
シェーラちゃんはそれに対して怒りを露にしていたけど……、それを見ていたクルクくん……。ううん。クルクさんだね。
クルクさんは「大丈夫大丈夫」とけらけらと笑いながら言って、ヘルナイトさんを見上げて――
「鬼神様も久しぶり。もうあれから二百年以上は経っているね」
とすごく親しげに話しかけてきた。それを聞いてヘルナイトさんはすっと頭に手を添えながら思い出そうとした時――
クルクさんは「ああ、いいよ大丈夫。無理に思い出さなくてもいいから」と言って、私を見てクルクさんはにっと牙が見える笑顔でこう言った。
「君達でしょ? ここにいる『六芒星』を懲らしめてくれたの」
クルクさんはくるっと踵を返しながら振り向いて言った。猫の尻尾をふりふりと二本生やしているそれを動かしながら――
「お礼がしたいから来てほしいんだ。そこで寝込んでいるエルフのお兄さんと一緒に――『亜人の郷』に」
小さな魔女――クルクさんは私達に向かって、はっきりとした音色でそう言った。




