PLAY25 アキⅠ(焦燥)①
「進言しますわ」
「――今すぐ、あの天族の少女から離れなさい。さもないと……」
「――一番傷つけたくないあの子を……、精神的に、肉体的にも苦しめ、傷つけてしまいますわ」
「はぁ」
アキは野営のテントで寝っころがりながら隣で寝ているキョウヤの顔を見て、その間抜けな顔を見て苛立つ。
しかしアキはそんなキョウヤに対して怒りをぶつけることなく……、頭を抱えて寝っころがりながら、あの時ベガに止められ、言われた言葉を思い出していた……。
(俺が、ハンナを……、傷つける?)
アキは思う。首を振りながら……、そんなことはないと心の中で断言する。
自分が妹の傍で守れる立場なんだ。自分しかいない。
そう、最初こそは断言できた。しかし……、それがぐらついてきたのだ。
アキから見て、ハンナは普通の十七歳の少女なのだが……、他が異常なのだ。
キョウヤは槍を扱いながら汗ひとつかかずに捌いて、手加減までして勝ってしまう。それはアキ自身が体験したことだ。そこは認める。
ヘルナイトは論外であり、強すぎる。誰も対等に渡り合えないだろう……。言うなればチート。
シェーラは最初、自分より弱いだろうと思っていた。が――
彼女は自分が必死になって逃げては避けて、避けては受けてしまっていたユースティスの攻撃を跳びながら避けては、涼しい顔をして冷静に対応していた。
(守る以前に……、俺の周りにはチートしかしない無い気がしてきた……)
(てか……、ヘビーゲーマー? ゲーム中毒者? でもこのゲームは身体能力を反映しているから……、キョウヤは尻尾の方は例外として……、シェーラのあれは……、実力で……)
アキはむくりと起き上り、片膝を上げてそこに腕を乗せながら眉を顰めて……、たらりと脂汗を流した。要は――焦り始めたのである。
(……よくよく考えてみろ俺……)
(このゲームの世界に閉じ込められて、俺は今までいろんな人に出会った)
(今思い返すと……、どの人も俺以上に強かった気がする……)
回想して、思い返して……、アキの焦りは段々大きくなる。思い返していたこと……、これはこれまで出会った人達である。
エレンやララティラ、ダンに至っては、チームプレイが成り立っていた。エレンは司令塔。ダンが強行。ララティラは支援や遠距離攻撃。
モナの怪力や力は伊達ではない。
グレグルはわからないが、あの巨体なのだ。きっと腕力や筋力はすさまじい。
ブラドはインドアと自負していたが、それでも大剣の使い方が成っていた。
コウガの素早さは人間業ではない。というかアキから見て度胸がすごい。
シャイナの影との連携もあるが、大きな鎌を振り回す力も、精神面でも強い。
シュレディンガーは槍のスキルを駆使して、一時的だがキョウヤを押した。
ロフィーゼやティックディック、カイルやエンドーはわからない。
しかし、決定的に負けてしまったことがあった。
それは……、コーフィンのことである。
コーフィンの演技ではあるが、彼はコーフィンに一回負けている。両手両足壊されて、事実上再起不能となってしまったのだ。
手加減された上で。
「くそ」
頭を垂れながら、アキはごつんっと膝に乗せた腕に額をつけるように、自分に対して怒りをぶつけた。負のスパイラルになるというのに、彼はそれをした。
当たり前な話――ここで八つ当たりしても仕方がない。そんな気がした。
でもしたい。ぶちまけたい。
そのような負の感情が体中を巡りながら血流の川にそれを乗せて、どんぶらこ。どんぶらこ。と流れに従いながら、循環させる。
よく言う……、焦りが苛立ちに変化した。それだけ。
アキは思った。否……、思った言葉が口に出ていた。
「なんで……、俺は何にも授かってないんだよ……っ」
□ □
「あれ?」
朝になって早速出発した私達。
私は自分の冒険者免許を見ながら、溜まっているSPを見て、ふと、スキル一覧を見ながら声を零した。
後々気付いた事。前までのスキル取得は、カーソルウィンドウで振り分けることができるけど、この状況になったとき、私達のスキルは冒険者免許でできることが、エストゥガのダンジョンで気付いた。
振り分け方は前と同じようなもので、これを使いながら私達は夜――スキルの振り分けをしていたのだけど……、ふと私は、とあるところに目に留まったのだ。それは――
『八神の加護 0SP 詳細:レベル50以上のプレイヤーで、通常詠唱を取得したものは、通常詠唱の技名を言うだけで発動できるスキル。特殊詠唱、複合詠唱、混合詠唱には適用されない』
「通常、詠唱?」
そう言葉を零すと、それに対して、隣にいたシェーラちゃんが私の冒険者免許を覗き込みながら……、「へぇ」と、なんだか感心しながらそれを見てこう聞いてきた。
「それ――SP使わないから取得しちゃったけど……、確かにいまいちピンと来ないのよね」
「……そうだよね。私も詠唱に種類があること自体……」
「そうね」
と言いながら、シェーラちゃんは前を歩いているヘルナイトさんに向かって、口を開いて聞いた。
「ねぇヘルナイト。あなたなら何か知っているんじゃない?」
「あ」
そう言えば……、シェーラちゃんに話してない気がする。
ヘルナイトさんが記憶喪失の事について。
キョウヤさんもそれを聞いて、止めに入ろうとしたけど、シェーラちゃんはずんずんっと、すごい前のめりじみた言葉でヘルナイトさんに近付きながら――「どうなのよ?」と聞くと、ヘルナイトさんは。
ぐっと、頭に手を当てて、小さく唸ったと思った時には――
「ふぅ……」
と、痛みが引いたかのように安堵の息を吐いた。
それを見てシェーラちゃんは首を傾げながらそれを見て、私とキョウヤさんはほっと胸をひと撫でする。
シェーラちゃんは私の方を振り向きながらヘルナイトさんに向かって指をさして、少し気味が悪いような目をしながら小さい声で……。
「……大丈夫なの?」
と聞いてきた。
多分変なことを想像したのだろうけど、私は「大丈夫だけど」と言葉を繋げながら……。
「あ。あのね……」
私はシェーラちゃんにヘルナイトさんのことについて話した。
するとシェーラちゃんは最初こそ驚いて声が出せなかったけど、いったん冷静に考え直して……、一言……。
「そう……」
と、言葉を濁しながらそう言った。一瞬悪いことをしたという顔をしてたけど、その後すぐにヘルナイトさんのことを見てそのままシェーラちゃんは続ける。ヘルナイトさんのことを睨むように呆れるような音色で彼女は言ったのだ。
「そう言うことは早めに言いなさい。でも……、悪かったわね。急かして」
少し上目線だけど、シェーラちゃんは謝った。
キョウヤさんはそれを聞きながら呆れて「いや、ちょっとは誠意を込めろ」と突っ込んだ。でもヘルナイトさんは首を横に振りながら「いいや。気にしてない。逆に私が謝るべきだろう」と言って、少し頭を下げながらこう言った。
「すまないな。もっと早くいうべきだった」
それを聞いて、シェーラちゃんは困惑しながらきょどりだし……。
「な。そんな風に素直にならないでほしいわ。というか私がそのことを知らないで聞いたからこうなっただけで……、お人好しって言われことないのっ!?」
「言われたことは……、あまりないな。だが、そのおかげで思い出したことがある」
「なら言いなさいよっ! 話してっ!」
「あ、誤魔化しやがったな。こいつ。ああいう系が苦手と見た」
そんな言葉を聞きながら、私はほんわかと和んで、キョウヤさんは冷静にそれを見て突っ込んだ。
ヘルナイトさんは頭をそっと押さえながらこう言った。
「詠唱には種類がある。通常詠唱が普通の詠唱とすれば、複合は己が持っている詠唱を足す詠唱。二つあるそれを一つにし、唱えれば二倍の力を発揮する。混合は互いの詠唱を合わせることで成し得る詠唱。それぞれの力を合わせたもので、混同適合率がカギとなる。複合と混合に違いは、複合は一人。混合は二人の時に発動する。そして特殊詠唱はとある人物にしか扱えない……。ハンナでいう『大天使の息吹』がそうだ。呪文の中に『我思う。我願う』が含まれている。私の『断罪の晩餐』もそうだ。だが、複合と混合は通常から派生したものだ。だから比で行くと……、通常と特殊は半分半分の数だけしかないということになる。中には特殊と特殊が合わさってできる詠唱もあると聞いたが……、詠唱にもいろいろ種類があるんだ」
「そうなんだ……」
私はそれを聞いて頷く。
ということは、『大天使の息吹』は特殊で、きっと他にも詠唱が使えるってことになる。そう言えばララティラさんやシャイナさんも、詠唱を使っていた。
一体どのくらいの詠唱があるんだろう……。
そう思いながら、少しだけ湧き上がった興奮もあり、怖さもあったけど……。私はそれを聞いて、少し好奇心が疼いた。普通の人なら一体どんな詠唱があるのか、気になるのが普通だから。
「となると……」
キョウヤさんは自分を指さしながらこう言った。
「俺の『殲滅槍』は、通常ってことか」
「そうなるな」
ヘルナイトさんは頷く。シェーラちゃんもそれを聞いて……。
「詠唱って事は、私は特殊を一つ持っている。そして通常が一つの二つね」
「なんだそれ! 特殊一つっていったいどんな詠唱なんだ?」
「使ってもいいけど……、……………………死ぬわよ」
「間が長すぎるっっっ! 怖っっ!」
「で? あんたはどうなの? アキ」
シェーラちゃんがアキにぃに聞いたけど……、アキにぃは。
アキにぃは少し離れたところで、明後日の方向を見ながら歩いている。みんなはそれを見て、いったん立ち止まってアキにぃを見た。
アキにぃもその足音が消えたことを聞いてか、ぴたりと足を止めて、はぁっと溜息を零す。
「……どした? アキ」
キョウヤさんが大きな声で聞くけど、返事をしないアキにぃ。
私はそれを見て……、心ここに非ずと言うか……、なんというのだろう……。前のアキにぃみたいになった気がして不安を覚えた。
前のアキにぃ、私が知っている最初のアキにぃみたいに……。
周りに壁を作っている。そんな感じだった。
前も、今も……。
そんな状況が今ここにある。
「ちょっと、無視しないでよ」
「アキー。どした?」
二人がアキにぃに向かって言っていたけど……、私はアキにぃの方を向いて、アキにぃの顔を見ようと視線を顔に向けた時……、アキにぃの表情は……。
苛立っていた。
そんな雰囲気を出しているアキにぃが、そこにいた。ううん。戻ってきてしまったの、方が……、いいのかな? そう思った私はアキにぃに近付いて、そっとアキにぃの手を握ろうとした時……。
「……むかつく」
「え?」
アキにぃは私の手を避けるように、すっとその場から離れて、後ろの方を向いてしまった。
「アキ、にぃ?」
なんだろう。
アキにぃ、変だった。
あんな言葉を放たなかった云々ではない。アキにぃのもしゃもしゃが……、黒すぎて見えなかった。その中にある、金色の粒のもしゃもしゃを感じたけど……、それでも……、見えなかった。
アキにぃの感情が……、どろどろの負の感情しかなかった。六芒星の、あのオークのようなもしゃもしゃよりは明るいけど……、黒さは異常だった。
あの時とは違う……、何かを求めていたアキにぃになっていた……。
「何よあいつ……」
「なんだか虫の居所が悪いんだって。てか、人の隙間に入り込むことは野暮だしな」
シェーラちゃんはアキにぃの態度に対して苛立っていたけど、キョウヤさんはいつもアキにぃのことを宥めたりして、何となくだけどアキにぃの気持ちを汲み取ったのだろう。
キョウヤさんは申し訳なさそうに、私を見て「頼む」とアイコンタクトをしてきた。ヘルナイトさんは遠くで私を見ていて、私はアキにぃを見た。
アキにぃは、未だに後ろを向きながら何かを呟いている。
それを見て、私はそっとアキにぃに手を伸ばした。
そんな時だった。
「っ! 二人とも伏せろっ!」
「!」
「っ!?」
ヘルナイトさんの慌てた声。
それを聞いて、私はヘルナイトさんの方振り向いた瞬間……、アキにぃは私を抱えてヘルナイトさん達がいる方向に飛び退いた。
と同時に――ヘルナイトさんは大剣を掴んで、それを投げるように、ブーメランのようにして腰の捻りを使って、ヘルナイトさんは大剣を……。
ぶぅんっと、大きな音がするくらい勢いのあるブン投げを行ったのだ。
その大剣はぶんぶんっと回りながら飛び退いたアキにぃの背中を通り過ぎるように、上を飛んで、そして……、とある木に向かった時……。
「うわぁっ!」
と、木から飛び降りて、その大剣の攻撃から逃れた人。その人が下りたと同時に、ヘルナイトさんが投げた大剣は、その木を切り裂くように……。
ばぎばぎばぎっと木が抉る音が聞こえて、それがぶぅんっと空中に向かって軌道を変えながらヘルナイトさんの手に向かって戻ってきて。
かしっとヘルナイトさんはその戻ってきた大剣を、自分の手でしっかりと掴んだと同時に……。
ぎぎぎぎぎぎっ。どぉんっ!
と、木が斧で斬られて、どんどん斬れた方向に向かって倒れるというシュチュエーションと同じそれで……、木が大きな音を立ててばざざぁっと葉っぱで音を奏でながら落ちたのだ。
それを見た私は驚きのあまりに言葉を失ったけど……、それと同時に私達の周りには――
人、人、人、人、人、人、人。
仮面をつけた人達が、私達を人の壁と言う檻に閉じ込めるように、囲んでいた。
それを見て、みんなが無意識に背中合わせになりながら各々武器を構えながら周りを見る。
「こいつら……」
キョウヤさんは槍を構えながら言う。そしてシェーラちゃんはそれに対し、両手に剣を構えながら目の前にいる人物達に向けて苛立っている音色でこう言う。
「まさか……、こんなところに来るとは。想定外」
「アクアロイアは、奴らと手を組んでいると聞いたが……。明らかに速すぎる襲撃だ」
ヘルナイトさんが言うと私は目の前にいる人達を見て、小さく……、震える声でこう言った。
自分の胸の前に手を絡めて……。
「……『六芒星』」
そう。私達を取り囲んでいるのは……、耳が長い六芒星の部下達だった。
~補足~
※詠唱。
詠唱とは『詠唱結合書』と言う書物に封印された大いなる力。『詠唱結合書』に選ばれたものにしか扱えない代物。その見極め方としては――詠唱結合書を結び付けている紐が黒ではなく白ければ使える。
詠唱には種類があり、通常詠唱と特殊詠唱があり、通常は『必中の狙撃』や『殲滅槍』。特殊詠唱は『大天使の息吹』と『断罪の晩餐』などがそれである。
通常詠唱をA。特殊をBとすると……。
複合詠唱――一人の人間が自分が持っている詠唱を複合させる。 (A+B)や(A+A)
混合詠唱――二人の人間 (この場合は一人の人間をⅠと表記する)が自分が持っている詠唱を重ね合わせる。 (AⅠ+AⅡ)、(BⅠ+BⅡ)と言った感じで使える。
その組み合わせ自体はどうなるのかは誰にもわからない。要は――直観である。




