PLAY24 幻想の地での喧嘩祭り⑥
そんな戦いが繰り広げられていた頃……。
『癒しの台風』の中にいたヘルナイトは、己の腕の中で震えながらか細く「怖い……、やだ……。いやだ……」と小さく呟いているハンナを見降ろしていたが、何をすればいいのかわからない。
本当にわからないと思う中、ヘルナイトはヘルナイトなりに最善の方法を模索していた。
(どうする……)
(こんなことは初めてだ……)
上を見上げ瘴輝石の様子を見る。
風のせいで多少揺れているが落ちる心配はないようだ。それを見てもう一度ハンナを見降ろすヘルナイト。
いつもなら、否……ヘルナイトが見てきたハンナは……確かに感情が一部欠落している少女だった。
しかしここまで負の感情に押し潰され、震えているハンナを見たのは初めてで、ヘルナイトはぐっと横抱きにする力を込めた。
(こうなってしまったのは、私のせいなのだろう)
(ちゃんと……。ハンナを)
そう思った時だった。
ハンナは小さく……、こう口ずさんだ……。
「ひ、」
「?」
ヘルナイトはその言葉を聞き洩らさないように、そっと耳を傾ける。ハンナの声を聞き洩らさないように。
その時、脳裏に走ったノイズと共に映し出される映像。
それを感じたヘルナイトは一気に来た鈍痛に耐えつつ、首を振り、その鈍痛に耐えながらハンナの声を聞く。
すると……。
ハンナは耳を塞ぎながらも、水を含んだ音色で小さく言う。
――ひとり……、にしないで――
それを聞いたヘルナイトは、無意識に、行動に出た。
鈍痛などない。
むしろ頭の中はクリアで安定している。
そんな状態でヘルナイトは何も考えずに……その行動に出たのだ。
その行動。
抱えていたハンナの後頭部に手を添えて――ぐっと自分に優しく押し付けるように、彼女を本当に自分の腕の中に閉じ込めた。
簡単に言うと……、抱き寄せた。
ハンナは肩を震わせ、カタカタと震えている。ヘルナイトはその震えを体感し、そして思い出された……、小さい手と、ハンナの手を重ね合わせ、彼はハンナの方を向き、そして優しく、凛とした声でこう言った。
「わかっている。私はここにいる」
言い聞かせるように、そして安心させるように、彼はクリアになった思考で言葉を選びながら……、彼はハンナに言った。後頭部に添えられた手で、優しく撫でながら……。
その感触を感じていたのか、帽子に中にいたナヴィもひょこっと顔を出して、ハンナの肩に乗り移った後「きゅー」と『こすりこすり』と頬擦りしながらハンナを慰めていた。
それを見たヘルナイトは、ナヴィの頭を指で撫でながら「すまないな」と謝る。
何に対してなどはないが、彼はナヴィに謝る。それを聞いてなのか、ナヴィは体を横にふりふりと左右に振りながら「きゅきゃっ」と笑っていた。
きっと……、「大丈夫」と言っているのだろう……。それを見て、ヘルナイトは腕の中にいるハンナに向かって、言葉を選んでこう言った。
「たとえ、ハンナ以外の人が敵に回ろうとも、私は君の味方でいる。どんな辛い事があろうと、どんな現実に直面しようとも――私は君の味方でいることを約束……。いや」
その時、ヘルナイトは思い出す。
みゅんみゅんから言われた言葉を――
守りなさいよ。
その言葉を思い出し、ヘルナイトはその場でしゃがみ、ハンナの足が濡れないように、器用に抱えながら……、彼はハンナを抱き寄せて――
「辛いことがあれば、誰かに話した方が、心が安らぐだろう……。私には、話を聞くことしかできない。そして、きっと傷つけるかもしれないが……、物理的に、攻撃から守ることしかできないかもしれない。それでも、私は誓った。あの満月の時に、みゅんみゅんと出会った後で……、私は私自身に誓いを、誓約を立てた」
そう言って、ヘルナイトは、腕に収まっている少女に――凛とした声でこう言った。
聞こえていなくてもいい。覚えていなくてもいい。たとえこれが、自分の我儘であろうとも……、彼は言った。ハンナに向かって、ハンナにだけにしか成り立たないその誓約を。
「どんなことがあろうと……、私は――君を守る鬼士として、君が愛する者たちを守る鬼士として……私は君と、君が愛した人達のために命を賭す。君の笑顔を守るものとして……、ハンナ。私は君を守ろう。そして――」
そう言って、ヘルナイトはぎゅうと抱き寄せていたその行動を発展させて、抱きしめるようにして抱えて、彼女に言った。自分の鎧の胴体に、手を添えている彼女に向かって――
「ハンナ――君を、一人にさせない」
「あ」
初めてだった。
ついさっきまで、彼女は『怖い』や、『いやだ』という言葉しか出さなかった。
しかし……、そんな彼女でも、抱きしめられたことで安心したのか……。すぅっと目を閉じて、そのぬくもり……、否、鉄特有の冷たさなのか……、それに甘えるように……。
こつりと、その鎧の胴体に額を押し付けながら……、彼女は小さく、こう言った。
「あ……たた、かい……」
その言葉を聞いて、ヘルナイトは優しく、ハンナの頭を撫でる。
こんな喧嘩ごとの最中に、不謹慎ではあるが……、ハンナにとって、この空間は唯一の安らぎだったのかもしれない。どんなことがあろうと、どんなすごい存在であろうとも……。
元は――普通の……、否。
心に傷を抱えた十七歳なのだ。
ヘルナイトはそんなか弱い彼女を抱きしめ、その甘えが終わるまで……、そのままでいた。
ナヴィもそれを見て、「きゅぅっ!」と鳴きながら、ハンナの頬にすりすりと頬をすり合わせていた……。
◆ ◆
その頃、ベガはアキ達の方向を見て、ふぅっと溜息を吐きながらこう言った。
「まさか……。魔法を使いながらあんなことを……、わたくし達では到底理解などできない。というか、スキルの余波を使ってあんな風に使うとは、異国の冒険者の考えることは……、案外ぶっ飛んでいますわね」
その言葉を吐きながら、自分自身もそんな柔軟な思考で戦ってみようかと、頭の片隅でそんなことを思いながら、目の前で行われている戦闘を一瞥した。
一応言っておこう。
彼女は何も手を出していない。彼女は最後のシメ……、フィニッシュなのだ。
ガルディガルと闘っているのは、男三人で、ベガはそれを見て、「どうやら」と、髪の毛をたくし上げながら彼女はこう言った。
「――勝負は、決しましたわね」
そう。決していたのだ。ガルディガルが劣勢と言う形で――
簡潔に説明すると……。
最初はガルディガルが下半身のキャタピラーを高速に動かしながら、轢き殺すように迫ってきた。その速さは急加速してくる自動車並みだ。だが、それを見て、前に出たのは――オイゴだった。
オイゴはぐっと両手を前に向け、迫りくるキャタピラーを掴もうとしていた。それを見ていたガルディガルは――哄笑しながら迫ってくる。
「ぐあははははっ! なんだその構えは? 死霊族の降伏の姿か? これまた滑稽滑稽! その姿を目に焼き付けてから、ゆっくりと轢き殺そうか! 吾輩の秘器――『猛攻轢殺』でなぁっ!」
ここで説明しておこう。
秘器。呼び方は『アーツ』
それはバトラヴィア帝国でしか作られていない兵器であり武器。シェーラが言っていた秘密兵器とはこのことであり、『機械人』とも言われている。
バトラヴィアの兵士は全員この武器を持っている。
どのような過程で作られているのかは……、後日明かすことにする。
ガルディガルはその下半身に特化した団長で、そのキャタピラーに巻き込まれてしまえば、たちまち体はミンチとなってしまう……。
わかりやすくて残酷な武器だ。
ガルディガルはその突進を止めずに、突っ走る。それを見てマズガはがこんっと大きめの手袋を動かし、ギルディもレイピアを構えながら迎え撃つ。
「隊長――」
ギルディは言った。ベガに向かって。ギルディは言った。
「……最後は、任せました。この男にも怨みがあるようですが……、力を使う時は、この体が最も恨む者に対して使いたい。そうこの体が囁いているようでして……」
その言葉を聞いて、ベガはすっと目を閉じて、彼女は言った。
「――ええ。任されましたわ」
そうベガが言うと、ギルディは振り向かずに――小さく感謝を述べた。
そんな最中でも、どんどん距離を詰めて来るガルディガル。ガルディガルは言った。
「もう思い残すことはないのかぁっっ!」
そんな言葉を言いながら、彼はキャタピラーの速度を上げながら迫りくる。
それでも、オイゴは動かない。むしろ……、細かった腕に力を入れて……。
ぼごっと腕全体と足全体を膨張させる。
それはまるで、突然筋肉がついたかのような、歪な筋肉の付き方だ。それを見たガルディガルはぎょっと驚きはしたが、止まることなどできない。彼はそのまま、言葉通りの猛攻で突き進む!
「オイゴ。心置きなく」
すると、ベガが言った瞬間、オイゴは「んが!」と鼻息を荒くして意気込んだ後……。
ががががががががっ! と迫りくるキャタビラーの猛突進を――
がしぃっと、掴んで止めた。そして、『がぎゃんっ』という機械が壊れる音が聞こえた。
「っ! うぐぅ!」
ガクンッと前のめりになったガルディガルの体。彼は猛突進を受け止め、自身の秘器を傷つけたオイゴを見た。
オイゴの手は確かに彼の秘器を素手で止めて、あろうことかそれに指であけた穴の傷を十個も作った状態で、鷲掴みにしながら、迫りくる勢いを殺していた。
地面も少しだけ盛り上がり、その威力と相殺力を物語っていた。
「っ! うぬぅうううううううっっ!」
ガルディガルはそんなオイゴを見て、突然来た不安感にかられながらも、彼は正常な策を立てつつ、ひとまず距離を取ろうと、『ガコンッ』と傍にあったギアを使って――バックを選択し離れようとした。
しかし、それでさえも許さないかのように……、オイゴはぐっとガルディガルの秘器から手を放さないでいた。足に力を入れ、踏ん張りながら「んがああああああああああっ」と、間の抜けた声で耐える。
ががががっと、耕す機械のように……、ベガたちに向かって耕された土が飛んでくる。彼女達には当たっていないが、ぼとぼとと土の塊が足元に飛び散る。
ガルディガルはその力に驚かされながら、オイゴの力に翻弄される。
勢いを殺す力があるだけではない。動きを殺す力も備わっている。
ガルディガルはそれを見て、愕然とし、びくびくと目を震わせながら、それを見て思った。
――う、動けんだとっ!?
――吾輩の秘器の馬力はそんじょそこらの馬力では殺せるものではないっ! 帝国団長クラス、機動力に長けているこの秘器が……っ! 完全にこのオイゴとか言う化け物に負けている……っ! 力負けされている、否――火力が劣っているっ! 一体何を。
そう思っている間にも……、左右から二つの影を捉えたガルディガルの視界。
「っ!」
ガルディガルははっとして左右それぞれ、しっかりと目に焼き付けるようにして見ると……、彼から見て右にはギルディが。左からはマズガが迫ってきたのだ。
最初に行動に出たのは――マズガだった。
マズガは両手に嵌められた大きな手袋を使い、そのままガルディガルの左脇腹に、左手をトンッと手をついた。
それを見て、ガルディガルは触れられた些細な違和感を感じ、左腕を上げてマズガを見降ろす。
そして、冒頭の劣勢に至ったということだ。
マズガはその視界の隙を狙いながら――彼は言った。
「マナ・エクリション――『大爆破』ッッ!」
ぐっと掌を押し付けた瞬間……、かちっと手袋の中から音がした。その音と同時に――
ばがぁんっ! と――大爆発を起こしたのだ。
まるでその手自体に……、手袋自体に爆弾が仕込まれていたかのように大爆発を起こしたのだ。
「ウガァッ!?」
怒声じみた唸り声を上げるガルディガル。
しかしそれを見て、ギルディも刺突剣――レイピアを構えながら、すぅっと流れるように右手に持っていたレイピアを構え、そして右手は腰に添えながら、脇を締めて彼はこう唱える。
「マナ・イグニッション――『雷鳴刺突剣』」
そう言った瞬間、剣が黄色く光だし、バチバチと稲光を放つレイピア。そして――
ひゅんっと言う空気を切る音と共に、ガルディガルはその光を目の端で捉えながら、ギルディが狙うであろうその箇所――マズガと同じ右脇腹を、急ごしらえの右手でぐっと押さえ、盾代わりにした。
彼自身、下半身の秘器しか持っていない。つまるところ――武器なんて持っていない。
だが鎧は着ている。手の装甲が守ってくれさえすれば、なんとかなる。そうガルディガルは思っていた。
マズガの爆破に関しては読みが浅かったが……、それでもギルディの攻撃は何とか避けられると踏んで、手で守ったのだ。
が――。
ひたりと……、背中に触れられる違和感……。
ガルディガルは血走った目で、背後を見た。刹那、見えてしまい……。そして……。絶句した。
彼の背後には……、掴んだ左手でガルディガルの左わき腹の肉を掴むように、そのまま背中に這いつくばる蝉のように、べったりとくっついて背中の心臓の位置に右手を添えているマズガの姿。
彼はにっと犬歯が見えるような笑いを浮かべ――
「マナ・イグニッション――『連鎖爆発』ッッ!」
かちっと、掌を背中に押し付けた。そして――
ボボボボボボボボボボンッッッ!
と、弾ける花火のように……、否、花火以上の威力を持った火力で、ガルディガルの背中を攻撃した。
不運なのか……、ガルディガルの背中の装甲は薄い。ガルディガルは機動力に長けている。
ゆえに背中など見せる前に、持ち前の機動力で方向転換して轢き殺すから。
「ウガァッ!?」
ガルディガルは突然来た衝撃に痛覚が生じ、がふっと吐血してしまう。が、そんな隙を逃すギルディではない。
稲光を纏ったレイピアを、僅かに開いた右脇腹の――秘器との連結部位に向けて……。
ガゥィンッ! とその場所に突き刺した!
すると……、連結部位からバチリと、青い稲光が発生し……。
バリバリバリィッと、ガルディガルを襲うように、電流が体中を襲ったのだ。マズガと、オイゴと、ギルディをも巻き込むように、簡単に言うと……、秘器がショートを起こしたのだ。
「あがあアアアアアアッッッ!?」
ガルディガルは叫んだ。しかし――
三人は叫ばない。ぐっとその痛みに耐えているかのように――歯を食いしばっていた。死体だから聞かないなんて言う話はない。アンデッドであるムサシでさえも効いているのだから、当たり前な話だ。
その光景を、全身を迸る電流に耐えながら、ガルディガルは混乱していた。
なぜだと。そう思いながら……、なんで耐えられるのか? と――
「なぜ? そんな心境が――お顔に出ていますわ」
ベガはやっと、そっと前に足を出す。
手には大剣と刀を持ち、彼女は痺れて声すら出せないガルディガルに向かって言った。
「それは……、オイゴが吐き出した『耐電』の瘴輝石のおかげで、なんとか耐えられるだけ。あとは気力ですわ。逆に問います。わたくし達の事を……」
と言い、ベガはそっと、己の顔を指さして、ガルディガルに問い詰めた。
「――この顔を見ても、何も覚えていません?」
その言葉に対しガルディガルは答えない……。答えられない。それを見て、ベガはふぅっと溜息を零しながら……、まぁ、覚えていないだろう。と半ば諦めながら彼女は言った。
「わたくし達の憑代四人は――とある砂の国の辺鄙な土地にいた人間四人です。マズガは姉弟でとある村で暮らしていた。ギルディは砂の国では貴族の地位にある名門一家の騎士でした。そして……わたくしはとある村で、あなた達の手によって魔女狩りされた女ですわ」
「っ! あ、が……、ぐぎゅっ!」
ガルディガルはそれを聞いて、全身を駆け巡る電流に耐えながら言葉を発しようとしたが、うまくいかずに、ベガの話を聞く羽目になってしまう。
ベガはそれを見ながらも、彼女は言った。
「オイゴはあなた方に特に怨みがあるようで、肉体は――あなた方のその秘密兵器の実験台になって死んでしまったのですから……、オイゴにとってすれば、悲しいことだったのでしょう。マズガの肉体も、ギルディの肉体も、わたくしの……、この変異種の肉体も――死んでいるにも関わらず、バトラヴィアを見た瞬間、血がない体に熱い血流が、全身を迸りましたわ。もう……、生きていないのに……」
ぐっと、大剣を握って、腕を自分の目の前で交差させながら大剣と刀を構えて、痺れているガルディガルに向かって、ぎんっと睨みつけた。
怨恨を、そして……、僅かに見える憤怒を込めた目で、ガルディガルを睨んだ。
ガルディガルはそれを垣間見て、ぞぞっと背中を這う悪寒を感じ、痺れる体に鞭を打ちながら、ギアに手をかけようとした。が……、その前に、ベガは駆け出す。
姿勢を低く、そしてぎゅうっと大剣と刀を握りながら――
「お三方っ! 行きます!」
その言葉ともに、三人はすぐにガルディガルから離れる。青い稲光によって体の自由と思考を奪われいるガルディガルに向かって――彼女はぎゅんっと至近距離に詰め寄り……。
ザシュッとガルディガルの胴に、鎧を突き破るようにバツ印を残し……、彼女はざっとガルディガルの背後まで走った後……、斬りつけた体制のまま――彼女は言った。
「――『刺斬薔薇』」
刹那。『びきっ』と、ガルディガルの鎧にバツ印がもう一つ増えた。それがだんだん増えていき……。
バシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッッ! と、ガルディガルの体中にバツ印の切り傷が体中に刻まれ、げふぅっと口から血を吹き出す。
ベガは言った。
「わたくしは変異種――『武器』の魔祖を持った……。魔女にして考古学者。ですわ」
その言葉にギルディ達は怨みが一つ晴れたかのように、少しだが晴れた笑みを浮かべていた……。
しかし、ガルディガルはぎゅるんっと上を向いていた眼を元に戻して――怒号を上げた。