PLAY23 アクアロイアの現実と謎の少女②
あのドラゴンが出た時、私は感じた……。
どろどろと涙のように流れるもしゃもしゃ。
その色は青や紫といった純粋な感情で押し潰されたそれが……、あの音が出たと同時に爆発したのだ。
それはもうぼたぼたと……、大雨の如く。
兵士が言っていた商品で、何となくだけど……わかった。
あの音は、檻が壊れる音。
その檻が壊れたと同時に、感情が一気に爆発して暴れてしまったんだ……。
このドラゴンはきっと――
怖い。
帰りたい。
その一心で、暴れたんだ……。
そのドラゴンは、私の声を聞いて目を見開いて。
ビタァッ! と――
私の目の先で止まった。その指先は微かだけど……、震えていた。
それを見た私は、その爪に触れて言った。
「怖かったんだよね……? 嫌だったんだよね?」
私は言う。そのドラゴンに向かって――怖くて泣きそうなその眼を見て、私は優しく、宥めるようにこう言う。
「檻に閉じ込められて、自由もない状態で……、怖くて怖くて、泣きたくて……、いやだぁって、叫びたくて、暴れたんだよね?」
ドラゴンはそれを聞いて、「グガァ……」と唸って、私を疑っているようなその眼で見て……、ぐっと爪を刺そうと力を入れた。
触れていたから、押し出される感覚はあった。
「ハンナ! この――っ!」
アキにぃはライフル銃を構えて撃とうとした時、私はアキにぃを見て言った。
優しく、控えめに微笑むように……。
「アキにぃ――大丈夫。大丈夫だから」
「っ! で、でも……っ!」
アキにぃは私を見て困惑しながら言う。それを見て私はまたドラゴンに向かって、優しく、微笑むようにこう言った。
前までこんな恐怖は何回かあった。あの『六芒星』の時だって、怖くて足が震えていた。でも、今は違う。何故なのかはわからない。でも……、私はその子に向かって言った。
爪から手を放して、両手を広げて、向かってくる子供を抱きしめるような姿で、私は言った。
「もう、怖がらなくてもいいから。私がいるから――だから、泣かないで」
そう言った瞬間、その子はぶるっと震え、「グルゥウウウ」と唸り出すとがりがりと地面を引っ掻いた瞬間、その爪痕を作った。
それを見た兵士や国の人達は、慌てて逃げようとして。
アキにぃとキョウヤさんは、それを見て武器を構えようとした。
ヘルナイトさんは、それを見ていただけ。ただ、見ているだけだった。
私はそれを見て、控えめに微笑み――ぶるぶる震えて鳴いているドラゴンを見て、一歩前に出て……。言った。
「帰り方がわからないのなら――私がそこに連れて行くから。安心して」
そう言った瞬間だった。
そのドラゴンはぐっと顔を上げた瞬間――
ぼふんっと煙みたいなものを出したのだ。
私から見て、上を見上げようとしたら首が痛くなりそうなくらい大きすぎたそれを覆うような煙。それは風を受けてぶわりと、私達に襲い掛かってきた。
キョウヤさんやアキにぃ、ヘルナイトさんの姿が見えなくなって、私は辺りを見回そうとした時……。
ぽすんっと、胸に何かが飛び込んできた。
私は驚いて、それを見ようとした時……。
「へ?」
呆けた声を出してしまった。
なぜなら、私の胸のところにいたのは……、人間でも、魔物でもない……。
白くて、あのドラゴンのようなふわふわした体毛で体を覆っていた、楕円形の丸くて、目元がくりっとしている……、絵でよく描く猫の口元のような可愛らしい生命体が、私に顔をこすりつけて……。
「きゅきゅきゃ~っ!」
その眼に涙を溜めながらくりくりとこすり付けて泣いていたのだ。
「あれ?」
あれ? この子、ふわふわしている……。そして何より……。この子は目の前から来た……。
前を見ても、あの大きな影がない。
もしかして……、と思い、胸にくりくりと押し付けて泣いているその子を手に乗せて、私はその子の目を見て聞いた。
くりっとした目には涙が溜まって、そこからいくつもの涙がぼろぼろと零れている。
それを見た私は、しゃがんでその子の目を見て、優しく聞いた。
「もしかして……、あなた、あのドラゴンさん?」
「きゅっ!」
その言葉と同時に、その子は頷いた。
それを聞いて、私は驚きながら汗をタラリと流した。それもそうだろう……。あんなに大きかったドラゴンが、こんなに小さくて可愛い生命体になるだなんて、誰が思っただろう……。
この子、みゅんみゅんちゃんにも見せたい……。
今触って思ったけど……、この子の体毛……。
ふわふわしている。それも、指でくりっと回して絡めても、すぐにふわっと解けるし、肌触りもすごく気持ちいい……。煙の中でなでなでとお腹や背中を撫でていると、私の手の中でその子は……。
「きゅっ! きゅきゃっ! きゃきゃきゃ!」
きゃっきゃっと笑いながらくすぐったそうに捩っていた。
さっきまでの泣き顔が嘘のように、笑って私の手の中で動いていた。
私はそれを見て、こそばゆさもあってか、くすっと微笑んでしまう。
すると……。
「何事だ――」
「っ!?」
遠くから声がして、その足音はこっちに向かって近付いて来ている。私はそれを聞いて、そっとその子を抱き上げて立ち上がった。
煙が晴れていき、兵士や国の人達、アキにぃ達がん? と首を傾げて辺りを見回している。
きっと、あのドラゴンがこの子だという真実を知らないみんなは、どこに行ったのかという困惑で、辺りを見回していた。
でも、ヘルナイトさんだけは、私が抱き上げているこの子を見て、頭を抱えて唸りだす。
私はそれを見て、「ヘルナイトさんっ」と言って駆け出そうとした時……。
とんっと、肩に手が置かれ、私はその手の感触を受けて、ふっと後ろを見た……。そこにいたのは、耳が長い……黄色と銀色が混ざった鎧を着てるエルフの男の人だった。
顔は整って、目元にはなきほくろがある冷たい眼差しが印象的な人で、金髪の髪をオールバックにして一部を三つ編みにしている人だった。騎士なのに腰には刀を帯刀していて、その人は私の手に収まっているふわふわの子を見て……、その人はこう言った。
「その生物は?」
私はそれを聞いて「えっと」と言って……、その子を見降ろしながら私は言おうとした。
でも……。
「そ、その子はバトラヴィア帝国に脅迫した人物の一人ですっ! その手に持っているものこそが、その証拠ですっ!」
「っ!?」
一人の人物は、私に向かって指をさして叫んだ。
それを聞いて、誰もが私をじろんっと見て、小さい声で「そうだ」と言う。
叫んでいたのは労働していた女性で、その人は私を指さして、必死に指をさしながら力説するようにこう言った。叫んだ。
「その小娘は偉大なるバトラヴィア帝国の荷を勝手に手に取り! あろうことか兵士に立てついた愚か者ですっ! 直ちに私を自由にして、その小娘を代わりにしてくださいっ!」
それを聞いて、私は驚いて声が出なかった。
キョウヤさん達もそれを聞いて驚きながら……。
「な、なんだよそれっ! てか、あれはオレが」
「あぁぁっっ! 今この穢れ種族の人間は自白しましたっ! この男とその仲間は重罪ですっ!」
「はぁ!?」
「さぁ! 私を自由にしてくださいっ! どうか! どうか!」
そう言って、刀を帯刀している人にしがみついて懇願している女の人は、泣きながら叫んでいた。それを見ていた二人の兵士は、その人を掴んで……。
「おい! 口を慎めっ!」
「くそ! 早く離れろっ!」
「自由を! 自由をぉおおおおっっ!」
引き剥がそうとしているのだけど、一向に離れようとしない。私は戸惑いを隠せない状態で、何を言えばいいのかわからない状況に陥っていた。
それは、アキにぃたちも同じ……。
ここに来てから、もう頭の許容がパンクしている。アルテットミアの方がいいなと思うのは……、この国の人達のこの異常な言動を聞いて、見て……、理解の許容を超えてしまったのだろう……。
なにせ、今この人は、私を指さして、自由にしてくださいと言っていた。それがなんなのかはわからないけど……、でも、理解はできる。
今しがみついている人は、奴隷。
奴隷は、自由なんてない。本心は一体どんなことなのだろうか……、それはわからないけど……、この人は、私がしたことを暴露してどうになかろうとしていた。
私はそれを聞いて、刀を帯刀している人に対して声を上げようとした時……。
「――さて。私はその少女が持っている生物のことは、何も報告されなかったのですがね……?」
「え?」
私はそれを聞いて、ぽかんっと、口を開いてしまった。それは……アキにぃやキョウヤさんも同じで、ヘルナイトさんだけは、頭から手を放して、そっと立ち上がっていた。
私は名前も知らない兵士さんに言った。
「あ、あの……、この子は、さっき兵士さんが商品って……」
「ん? そのような生物は知りません。私は聞いた情報は、銃器の運搬です。生物などバトラヴィア帝国法に違反しますけど……?」
と言いながら、その人はしがみついていた女の人の目線にしゃがんで、こう聞いた。
「商品と言った兵士は、誰ですか? 言えば――あなたの開放を考えます」
その言葉を聞いて、女の人はすっと、とある方向を指さした。その方向を目で追うと、そこにいたのは……、さっき青黒い兵士さん達を囮にした兵士だった。
その人はきっと、上の位なのだろう……。刀を帯刀した騎士を見て、びくっと体を震わせて、「うあ」と唸ってわたわたと慌てていた。
それを見て、刀を帯刀したその人は、その兵士を一瞥し、そして……、女性を見降ろして――
にこっと微笑んでこう言った。
「ありがとうございます。これでまたバトラヴィア帝国の法に逆らう反乱分子は消えました。あなたの位を上げるよう……、帝王に頼んでおきましょう」
「あぁ……っ! あぁ……っ! ありがたき幸せ……っ」
女の人は、ボロボロと涙を流しながらその人に感謝していた。その恩赦を受けてか、指をぎゅううっと絡めて握りながら、ありがとうございますと延々繰り返して言うその人の肩を叩いて、刀を帯刀した人は私に向かって、止まる。
そして私を見降ろし、腕に収まっているこの子を見ていた。
私はぎゅっとその子を守るようにして身構えていると……、その人は私に向かって――
すっと――頭を下げた。
「?」
私はあまりに唐突なことに驚きながら、その人の頭のてっぺんを見た。その人は私に向かって――
「アクアロイアに来たばかりだというのに、我が軍の兵士が不躾なことを、大変申し訳ございませんでした」
謝ったのだ。
私はそれを見て慌てながら「あわわ……、そんな」と言って、何とか頭を上げてもらおうと言葉を探していると……、その人はそっと頭を上げた時――近くに来ていたアキにぃ達がその人を見て……。
「あんた、一体何が目的なんだ? てか謝罪だけで済まされないと思うけど……」とアキにぃは聞いた。
私はアキにぃを見上げて「あ。アキにぃ」と言うと、アキにぃは私を見降ろして心配そうにこう聞いてきた。
「怪我は?」
「大丈夫だよ」
私は控えめに微笑むとキョウヤさんとヘルナイトさんも来て、帯刀している人は私達を見てからはっとして……もう一度頭を下げてこう言った。
「申し遅れました。私はバトラヴィア帝国偵察軍団団長のレズバルダ・ウォーエン・ヴィジデッドと申します。遅まきながら……アクアロイアにようこそ。鬼神卿とそのお仲間の方々。そこにいる生物の件に関しては、こちらの不正とみなし、その子は解放します。どうぞ。お好きなように……」
その言葉に私はほっとしてその子の頭を撫でる。撫でられて嬉しいのか、その子は「きゃっきゃ!」と嬉しそうに私の手に甘えていた。でも――
「……バトラヴィア、帝国……?」
その言葉に、ヘルナイトさんが疑問の声を上げる。刀を帯刀している人――レズバルダさんはその疑問の声を聞いて申し訳なさそうにこう言った。
「いえ、実は帝国に刃向った一味を捕まえようと、ここまで来ている次第でして……」
「刃向った?」
キョウヤさんは疑問の声を上げる。そしてレズバルダさんに聞いた。
「それって、一体誰のことを指してるんだよ」
「あぁ、それはですね……。とある冒険者の少年が、帝王に向かって……。『ハゲ』と言いまして……」
「「「ハゲ……っ!」」」
その発言に、私達は固まって驚いてしまう。
一国の王様に対して、ハゲと呼ぶなんて……、その冒険者=プレイヤーは、一体どんな人なのだろう……。だから帝国の人はここに来て見張りがてら荷物を運んでいたのか……。と思っていたけど……。
アキにぃはそんな言葉に対して、じとっと疑いの目でレズバルダさんを見て……、ちらっと鉄球を引き摺っている人を見てこう言った。
「じゃああれは何? あれはなんて説明するの? あの人達のせいで、俺達は一瞬やばい雰囲気だったんですけど……、てか、そんなフレンドリーに話しかけられても、俺は心を許せる性格じゃない。何か隠してない?」
その言葉に、キョウヤさんは「おいアキ」と宥めようと声をかける。私はそれを聞いてレズバルダさんを見た瞬間……、はっとした。
その人は、目を逸らしていたのだ。その逸らしと同時に来た……、青いもしゃもしゃ。
それは……。
と思ったとき……。
「っ! すまないっ!」
ヘルナイトさんは私を抱き寄せて、大剣を引き抜いて私を胸の中に収めた。私とフワフワしたその子は、驚いて声が出なかったけど、突然来た金属音に驚きながら、私はその腕の中でその光景を見た。
すると――
「うわあああああああああああああああっっっ!」
「きゃああああああああああああああっっ!」
「ウソだろ……っ!? 何でこんなところに……っ!」
レズバルダさんが率いていた兵士達が驚いて逃げ腰になる。
それを見ていたレズバルダさんは刀を抜刀して、彼が来た道を睨んで構えた。キョウヤさんやアキにぃも武器を構えながら……。
「あーあ……、一週間ぶりかよ……」とキョウヤさんが嫌々毒を吐いた。
そう、その先にいたのは……、独特な籠の目のマークがついた仮面をつけている……。
『六芒星』の姿があった。
あの時のように、オグトやオーヴェンはいない。今いるのは……、部下だけ。それも見ただけで二十人以上はいる。誰もが剣を構えて立っている。それを見て、ヘルナイトさんは私を背に隠しながら大剣を構えた。
「『六芒星』か……」
「もういい加減にしてほしいんだけど……っ!」
ヘルナイトさんの後でアキにぃが銃を構えながら言うと、レズバルダさんは刀を構えながら、その人は私達に向かってこう言った。
「彼らは我々が何とかします。その間に」
「逃げろって? でもさぁ……って、はぁ?」
と、キョウヤさんはちらりと辺りを見回し、素っ頓狂な声を上げた。私もその周りを見て……、言葉を失った……。
労働していた人達が、近くにあった大木を両手に持って、あろうことかレズバルダさんと同じ兵士達に向けて……、威嚇しているのだ。威嚇されて、誰もが震えながらそれを見上げている。武器で対抗しようにも、奪われてしまって何もできない……。
対照的に、労働していた人達や、泣いていた人も、狂気の笑みを浮かべながら剣を両手で持っていた。
それはまるで形勢が逆転したような、そんなありがちな光景……、でも私から見れば……、異常なそれに更に異常なそれを上乗せしたかのような……。
もう滅茶苦茶な光景でもあった……。
さっきまで労働していた人が……、『六芒星』に加担しているような……そんな光景。
「きゅきゅ……」と、弱々しく鳴くその子を見て、私はぎゅっと優しく抱きしめた後こう言った。
「大丈夫……、大丈夫だから……」
そんな言葉を言ったと同時に――
「見てられないわ」と、凛々しい女の子の声が聞こえ……。
シュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパンシュパン!
と、何かが切れる音が聞こえ、そして叫び声が聞こえた。
それを聞いた私は声がした方向を見た。
すると……、その光景を見た私は、驚いて声も出せなかった。
さっきまで『六芒星』がいた場所には一人の……、私と同じ身長で同じ年なのかはわからないけど、その子がその場所の中央に立って、両手にレイピアのような武器を構えながら私達を見ていた。
肌色の肌に、耳は鱗と鰭がついた魚人の耳。その耳には貝殻のピアス。服装はシャチの模様の刺繍が入ったスカートなのだけど、少し和を取り入れた丈の短いドレス。腰まで伸ばしている髪の毛は銀色で、髪の先がくるんっと丸まっている黒いヒールブーツに、黒くて長い手袋の甲に嵌めているのは浅瀬色の宝石をつけている。顔はツンっとして怒っているような顔だけど、お人形みたいに可愛くて、目は猫のような三日月の目だった。
その子は私達を見ていた。
背後には蹲って震えている『六芒星』に、武器を持っていた人達。
私はその人達を助けようと手を伸ばそうとした時……。
「何をしでかすかわからないわ。迂闊に触らないで」
そう言ってその子は私の手をぐっと掴んで――
「こっちよ」と私の手を引いて走ってしまう。
「え? えぇ?」
私は驚きながら引っ張られて行く。
それを見ていたアキにぃやキョウヤさんの声が聞こえたけど、ヘルナイトさんが何かを言った声が聞こえた。そして三人は私達の後を追ってきた。
私はそれを見て、安心しながら目の前で走っている女の子を見た。女の子は何も言わないで、前を向いて走っていた。
……レズバルダさんは刀をそっと鞘に納めて、私達の背中を見ながら悲しい顔をしていたことに私達は見る暇などなかった。