PLAY23 アクアロイアの現実と謎の少女①
一週間の船旅は確かに優雅だったけど、その分余計なことを考えることが多かったのが記憶に新しい。
今まで戦いや浄化のこと、色んなことがアルテットミアで起こりすぎて、私は多分ゆっくりと考えている暇がなかったんだと今思う。
アップデートに選ばれた人間。
『終焉の瘴気』に『八神』浄化。
ヘルナイトさんにプレイヤー同士の殺し合い……。
そして……。
ネクロマンサー。
『六芒星』
色々ありすぎた気がする……。
私は冒険者として動いて、『八神』浄化をしようとしてる。
それはいいのだけど、最近変だと自分でもそう思ってしまう……。
変と思ったのは、船に乗って何もしないで外を見ている時だ。
私は空を見ていると……、ふと、頭にヘルナイトさんの顔が浮かび上がる。
それはいい。それはいいと思っているのだけど……、その後が問題なのだ。
ヘルナイトさんの顔と合わさるように誰かの顔が浮かび上がって、どんどん輪郭が形成されて、あと少しと言うところで消えてしまう。
最近そんな記憶と夢が交差しているのだ。
でも、私はそれを見て思った。
懐かしいと……。
そして悲しいと、嬉しいと……。
……簡単に言うと、よくわからないけど色んな感情がぐちゃぐちゃになっているのだ。
私自身……、会ったことがない人………、なのかな?
でも、私はその人を思い浮かべるたびに、悲しい気持ちが勝ってしまう。そして……。
ヘルナイトさんと、重ねてしまう。
他人なのに、おかしい……。でも、どことなく、目が似ている気がするのだ……。
ヘルナイトさんと、その人の目元が……。
そしてもう一つ……。
しょーちゃんのことを考えていた。
強いて言うならしょーちゃん達のことをヘルナイトさんと同時に、同じくらい考えていた。
しょーちゃんとつーちゃんに出会ったけど、あの時は急いでいたから聞く暇なんてなかった。
あの時……、二人の場所に……、メグちゃんはいなかった。
メグちゃんは、今どこにいるのか……。
船に乗っている間、ヘルナイトさんとメグちゃんのことを毎日考えてしまい……、あっという間に一週間が経って……。
□ □
ざざぁっと、船が港に行きついて、錨を下ろす音が聞こえた。
そして――
「アクアロイアに着いたぞー!」
一人の船員さんの声を聞いて、私は荷物をまとめて、一週間も泊まった部屋を出ようとしたけど、一週間もその部屋で寝ていたのだ。
私はその部屋を見て、そっと、頭を下げた後――その部屋のドアを丁寧に閉めた。
部屋を出て、船員さんにお礼を述べて、私は一週間ぶりの地面に足をつけた。
こつんっと、石で造られた地面を踏み、アキにぃとキョウヤさんも地面に足をつけて……。
「着いったーっ!」
キョウヤさんは満面の笑みで、伸びるように腕を伸ばした後で叫んだ。
それを聞いてアキにぃは肩をぐるぐると回しながら「そうだね」と言って――
「船の旅は最初はいいなぁって思ったけど……、流石に一週間は……」と、アキにぃが言うと、私は頷いてこう言った。
「お手伝いもできなかったし……」
「いや、そこは考えに至らなかったぜ……」
キョウヤさんは引きつった笑みで私を見て、驚きながら言った。私はそれを聞いて、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。すると――
「だが、私達はあくまで客人だ。手伝いなど王に知られれば、きっと仕置きを食らうだろうな」
と言って、船から降りてきたヘルナイトさん。それを見た私は、ふっと、またあの顔が浮かんで、そっぽを向いてしまう。
それを見た三人は、はて? というような声を上げていたけど、私は首を横に振って頬をパンパンッと叩いた。
うぅ。少し強く叩きすぎた……。痛い……。
そう思っていると……。
「おらっ! 運べっ!」
「?」
ふと、大きな怒鳴り声が聞こえた。
一体何なんだろう……。そう思いながら私は声がした方向を見て……、目を疑った。
後ろを見てアキにぃ達を見ると……、二人は目を見開いてその光景を見ていた。
ヘルナイトさんも、それを見て、何も言わなかったけど、静かにうねる赤いもしゃもしゃを感じて、私は思った。
怒っている。
そう思ってもう一度その光景を見ると……。言葉なんて出なかった。
アルテットミアはすごく明るい街で、そして色んな人や種族が仲良く暮らしている……。日本と大差ない国だったけど、ここでは違った。
別の国であり、別の世界だった。
私達がいるこの港町は、そんなに大きくはない。でも、風景は異常だった。
遠くて気付かなかったこともあって、今更私達は気付いてしまった。
重い荷物を運んでいるのは――多種族や人、老若男女問わず……。あろうことか青と黒が混ざったような鎧を着ている人達も、その重い荷物を運んでいる。その人達の足には……。
鎖で繋がれた……鉄球……。
周りを取り囲んでいる銀色と黄色が混ざったような鎧を着て、逃げないように取り囲んでいる兵士の人達は、それをくすくすと笑いながら見物して見張っている。
「あぅ……っ!」
「ん? 何をしている? 休むな。働けこのぉっ!」
倒れてしまった人を見た一人の兵士が、その人の体を手に持っていた木材で力一杯叩いた。何度も、何度も……。
やめてくださいって、言っているのに……っ。
「おい! やりすぎるなよぉ!」
「そんなにしたら、きっと足折れるだろうな」
くすくす、けらけらと笑う見物をして見張っている兵士達。
周りにいる人達は、それを見ているだけ。誰も……、助けようとしなかった。叩かれて泣いている人は、それを見て手を伸ばしているのに、近くにいた人もそれを見降ろして、無視に徹していた。
それを見て、私は襲い掛かる負の感情のもしゃもしゃを受け止めてしまった。
青や水色、でもそれ以上に多かったのは……黒いもしゃもしゃ。
どろどろと、粘着性を持った黒いもしゃもしゃを、私は受けて、見てしまい……。
「あ……っ」
「ハンナッ!」
後ろによろめいてしまった。
それを見てか、ヘルナイトさんの声が聞こえて、私は後ろに尻餅を突こうとしていたのにその衝撃がなかった。
とすんっという、優しい感触。
私は驚きながら、恐る恐る上を見上げると……、そこにいたのは……。
「――大丈夫か?」
私を抱えてくれたのは……、いつもながら、ヘルナイトさんだった。
それを見て、私は何も言えずに、こくこくと頷いていると、ヘルナイトさんはほっとした音色で、「そうか」と言って、私をそっと立たせた。私はそれを見て……。
「あ、ありがとう、ございます……」とおどおどと、緊張しながらお礼を述べてしまった。
ヘルナイトさんは立ち上がりながら「いや、いい」と凛とした音色で言った。
うーん……。ここ最近私はおかしいような……。
そう思いながら、悶々と考えていると……、ばしぃっと言う音を聞いて、私は一気に現実に引き戻されて、肩を震わせて驚いてしまった。
それを見たヘルナイトさんは、私の肩を掴んで、そっとしゃがんでくれた。
見上げた時、ヘルナイトさんの顔は近くにあり……、ヘルナイトさんはその光景を見て、赤いもしゃもしゃを大きくしていた。
きっと、私や、今傷つけられている人達に対して怒っているのだろう。私も、あの光景を見て……、静かにむかむかと来てしまう。
あれは……、たぶん……。漫画とかでしか見たことがない……。
奴隷……。
鎖をつけられた人達がそれだと思う。強制労働されているその光景は、見るに堪えない光景……。
「ん?」
一人の見張りの兵士が私達の存在に気付いた。
キョウヤさんとアキにぃはその人を見て身構える。私もぐっと胸の辺りで手を握り締めていると……、その人はつかつかと歩きながら……。
「これはこれは。冒険者の方ですね?」
と、甲冑で見えないけど、声色はすごく明るく……、それを見たアキにぃ達は――
嫌なものを見たかのように顔を歪ませていた。
私も、その一人だ……。
背後で行われている光景を、普通の光景として認識して、明るく世間話でもしているように話しているこの兵士が……、異常に見えたのだ。
キョウヤさんは兵士の言葉に、引きつった笑みで「あ、ああ……」と頷いた。
「どこから来ましたか?」
「アルテットミア……です」
「あぁ。あの日和国家の、何とも滑稽な国でしたよね……」
その言葉に、私は思わず、声を漏らしてしまった。
「どう、滑稽なんですか……?」
「ん?」
と、きっと私に気付いていなかったのか、ヘルナイトさんに隠れていた私を見た兵士は、「やや?」と大袈裟に、そしてわざとらしく私を見つけて、そして近付きながら――
「おやおや。あなた様は天族ですか? お珍しいことですね」
そんなことを言いながら近づいて来る兵士を間近で見た私は、その甲冑の隙間から見えた目元を見て……、さらに強張らせてしまう……。それは……。
普通の人の目ではない……。なんというか、焦点が定まっていない。そんな目だった。
洗脳と言う感じではない……。私もそこまではよくわからないけど、でもわかることはある。
この人は――もう狂っていると……。
それを見てか、ヘルナイトさんは私を自分の胸に押し付けて、隠すように抱き寄せて、その兵士を見て、凛とした音色でこう言った。
「あまり怖がらせるな」
その言葉を聞いた兵士は、「はてはて?」と首を傾げて、そしてヘルナイトさんに聞く。
「あなた様は……、あぁ! 思い出しました!」
手をポンッと叩いて、その人はヘルナイトさんを手で指しながらこう言った。
「あなた様は国を救えなかった役立たず騎士様ではありませんかっ!」
その言葉と音色は人を馬鹿にするような……、とてもむかむかするような音色で、兵士は笑いながらヘルナイトさんを見て、後ろにいる兵士達に向かってこう叫んだ。
「おぉいみんな! ここに役立たず兵士様がお見えになったぞぉ!」
その言葉に兵士達は騒めいて、私達を見て笑いながらこう言った。
「おぉ! そうか!」
「あの役立たずが! この国を救えなかったクズ騎士が来たのか!」
「道理でそこにいる小娘も弱そうに見えた!」
「なんだあの見てくれは!」
「おかしくて笑えるなぁ!」
兵士達が笑いながら言う。
それを聞いてもヘルナイトさんは怒らない。声を荒げて叫ばない……。怒っていないわけじゃない……。ただ……。
怒りを抑えているだけ。
人間が大好きなヘルナイトさんにとって、人は……。
守る人達。大好きな人達……。
その人を傷つけること自体……、騎士としてのプライド、そして……、自分への冒涜……。なのだろう。
私はその行き場のない怒りを宥めようと、私を抱き寄せてくれた手になんとか届く手を添えた。その手の感触に驚いたのか、ぴくりと、ヘルナイトさんの手が震えた気がした……。
それでも、兵士達の笑いは収まらない。どころか……。
私達に話しかけてきた兵士が、後ろで労働していた人達を見てこう言った。
ううん。違う……。これは……。
「ほら! お前達も笑えっ! 命令だっ! 働きながら笑えっ!」
その言葉に、労働していた人達は、一瞬止まって戸惑っていたけど、一人の壮年の男性が、ケラリと笑って、そのままあははっと笑い出したのだ……。
それを見て、だんだんそれが拡散するように、働いていた人達が笑いながら動いていた。働いていた……。
もはや……、異常な光景だった。
あの『六芒星』の光景が、言ってはいけないけど……。甘いようにも見えてしまった。
「あんたら……、何言ってんだ……?」
そう言ったのは、キョウヤさんだった。キョウヤさんはさっきまでの気味悪いものを見たような引き攣った笑みを止めて、ぴくぴくと、口元を歪ませて兵士に聞いた。それを聞いて兵士は……。
「はぁ? いや、冒険者さんにはわからないでしょうけど、こうなってしまった役立たずな」
と言った瞬間――
――バシンッッ!
「っっ!?」
キョウヤさんは尻尾をしならせながら、兵士を睨んで見た。
辺りが一斉に静まり返る。
アキにぃはそれを見てにっと微笑む。私とヘルナイトさんは、それを見て驚いてしまった。
兵士の人達も、働いていた人達も、私と同じように驚いて、私達に話しかけてきた兵士はぎょっと驚きながら二、三歩後ろに下がって、兵士は「あ、あの……?」とキョウヤさんに聞いた。
するとキョウヤさんは、うねうねと尻尾をしならせながら、にっと、苛立った笑みでこう言う。
「あんたらなぁ……、ここに来たばっかで申し訳ないんだけど……、その異常行動止めろ」
「っ!」
最後の言葉だけは、低く凄むような音色と無表情の顔。初めて聞くキョウヤさんの静かな怒りの声に顔。
ぞくっと強張らせてしまった兵士は、べたんっと尻餅をついてしまい、そして「あわあわ」と言いながら後ろにずささっと下がってしまう。
それを見て、アキにぃはニヤつきながら「いよ。悪者」と小馬鹿にするように言うと、キョウヤさんはアキにぃを見て、睨んでいないけど睨んでいるように見えるその顔で、こう言った。
「オレはそれでいいけど……。何よりあの人達が可哀想で……」と恥ずかしそうに言って、キョウヤさんすっとヘルナイトさんの方を向いて、にっと、いつもの笑顔で小さく手を振っていた。
それを見て、ヘルナイトさんは一瞬驚いたように固まっていたけど、すぐに頭を下げて……。
「……町に着いたら、恩を返す」と言った。
それを聞いてキョウヤさんは「ならさ……っ! いいや駄目だっ! なら後でお手合せでも……っ!」と慌てながら訂正して言った。
……今、お酒って言おうとしたのかな……?
キョウヤさん二十歳だし、飲める年齢だし……。でも、なんで断ったんだろう、その時一瞬アキにぃを見て何かを思い出したような青ざめた顔だったけど……、何があったのだろうか……。
でも、なんだか、嬉しく感じられた……。
今までは、ヘルナイトさんが助けてくれたことが多かったけど、今回はキョウヤさんはヘルナイトさんを助けてくれた。今までなかった光景だ。
反対の立場だったけど、それを見た私は嬉しく感じられた。
仲間が仲間を思って言った。たったその行動だけなのだけど……、それでも、嬉しく感じられる。
私はそんなポカポカするもしゃもしゃを感じながら、キョウヤさんを見て、ヘルナイトさんを見上げた。
それとは正反対に――誰もが黙って私達を見ている時……。
「あぁっ!?」
――ガシャンッ! と、少し遠くで何かが落ちて壊れる音が聞こえた。
それを聞いた誰もが、その後ろを見て、私達も見た時、目を疑った。
背後に出てきた白くて短いけど、ふわふわした体毛に覆われた蜥蜴の化け物……違う。これは……、よくファンタジーに出てくる……。
ドラゴンが――
「グギャアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
と空に向かって咆哮を上げながら叫んだ。
翼にも羽が生えているそのドラゴンは咆哮を上げながら周りにある木箱を前足で叩き飛ばして、周りにいた人達も吹き飛ばしてしまう。
兵士がそれを見て驚きながら狼狽して逃げようとし、近くにいた青黒い鎧を着た人達を見て、その人の背後に回りながら……。
「あいつを止めろっ! 大切な商品なんだっ!」と言いながら逃げて叫んだ。
私はそれを聞いて、理解ができない思考の中声を漏らした。
「商……、品?」
青黒い鎧の人達は、手に何も持っていない状態で慌てながらそのドラゴンに立ち向かった。
ドラゴンは「グギャアアアアアアアアッッ!」と声を上げながら、手から生えている鋭い爪でその人達を引っ掻き殺そうとしていた。
それを見て私は……、ぐっとヘルナイトさんの胸の鎧に手を付けて押し出して離れる。
それを見てヘルナイトさんとアキにぃ達は驚きながら私を見ていた。止める声も聞こえた。
でも、私は返事もしなかった。
それもそうだろう。何故なら私は……、走って向かったから。
青黒い鎧の兵士さん達の前に立って、すぐに『囲強盾』を出して、私はそのドラゴンと盾の間に割り込んで、手を広げてドラゴンに向かって――
「――大丈夫だよっ!」
と言った。
みんなからしてみれば、意味が分からない。理解不能という言葉が出てきそうな言葉を、私ははっきりとそう言ったのだから……。