PLAY21 それぞれの出会い②
それからロフィーゼと青年は丸太に腰掛けていた。まぁ出会ったのも何かの縁と言うこともあってかロフィーゼは青年に聞いたのだ。
「あなたぁ。お名前はぁ?」
彼女は頭から出ている耳やローブで隠れてて気付かなかったが、尻尾も触りながら聞いた。
ふわふわしてて気持ちがいいのか、彼女はその手を放さない。
それを感じていた青年は、少しこそばゆさを感じながら震える口をそっと開いた。
どくどくと不快な心音が彼を襲う。
(言える。言える……。言える……)
そう思いながら青年は……。
「あ、お、お、れ、は……」
と言ったところでぐっと口を閉ざしてしまった。
感情とは裏腹に、体がそれを拒絶しているかのように口が閉じてしまったのだ。
ロフィーゼは首を傾げながら青年を見ている。青年はその視線を感じながら……。
(まただ……)
と、だんだん自分が情けなく思った。
(こう言ったことは気力で何とかするって聞いたけど、おれは到底できないのかな……? 病気だって言っても、多分誰も信用しない。障がいだって言っても……たぶん)
そう思った時……。
――ぽすん。
「!」
頭に感じた重みとぬくもり。
それを感じて青年はそっと上を見上げると、自分の頭から伸びている腕。その腕を目で追うと……、青年は目を疑った。
「焦らずぅ、騒がずぅ。ゆっくりとねぇ」
ロフィーゼは青年の頭を撫でながら優しく言った。
彼女のおっとりとしている且つ優しい音色を聞いて、青年はどくどくとなっていたそれが嘘のように穏やかになって……、青年は俯きながら自分の名前を言った。
「し、シイ、ナ……です」
青年――シイナの名前を聞いたロフィーゼは、にこっと微笑んでから彼女も言った。
「シイナくんねぇ。わたしはロフィーゼェ。愛称としてはぁ、ロフィって言うのぉ。よろしくねぇ。シイナくぅん」
そう言って、彼女は優しく撫でながら名乗った。
シイナはそれを聞いて、こそばゆさを感じていたが、シイナはそれを甘んじて……という感じではないが、少しだけ甘えるように黙って、そして思った。
(初めてだ……)
(おれのことを、待ってくれたのは……。叔父さんや、叔母さんのように、怒ったりしない……)
(温かい手……。なんだけど……)
シイナは頭の感触を再度感じた。
ロフィーゼはなでなでと、未だにシイナの頭を撫でながらニコニコして頬をピンクに染めていた。それを見て、シイナはもしかして……? と思い、ロフィーゼに聞いた。
「あ、あ、の……、あ、あた、ま……」
その言葉に対し、ロフィーゼは……。
「うふふぅ。シイナくんの頭――すごくふわふわしているぅ。耳とかぁ、尻尾とかぁ……、ふわあああぁっ。もうふわっふわぁっ! 病み付きになっちゃうぅっ!」
「お、お、お、う、ぐぅ?」
もう我慢の限界だったのか、ロフィーゼはシイナに抱き着いてそのふわふわを堪能していた。そのふわふわと言うのは、頭の耳と尻尾。いうなれば犬人の体毛みたいなものなのだろうか……。
シイナはそれを固まりながらロフィーゼのされるがままとなって、ドキマギと固まりながら耐えていた……。ここで言うのなら、言った方がいいのかもしれない。
ロフィーゼは、大の犬好きだということを……。
もちろん、シイナが犬だったから話しかけたわけではないが、シイナの紹介を聞き、その表情や仕草と言う名の耳の動きや尻尾を見て、耐えられなかったのだ。
だからロフィーゼは、シイナに抱き着いてふわふわを堪能しているのだ。
シイナが固まっていると……、がざりと、深い木々の奥から人が出てきた。
黒と紺色が混ざったかのようなマントに、ペストマスクをつけた、背中に長い銃を背負っている男を見て、シイナはびくっと体を震わせた。
ロフィーゼは首を傾げてその音がした方向を見ると……。
「あらぁ。コーフィン」
と、親しげに彼女はその男に手を振った。それを聞いてシイナは内心……。
(え? 知り合い?)と驚いてしまった。
そんな二人の光景を見たペストマスクの男コーフィンは……、一度頭のてっぺんから足のつま先まで見て……、一歩、後ろに下がって……。
「――ゴユックリ」
と言って、くるんっと回れ右をして森の奥に戻ろうとした。それを見てシイナは――
(待ってっ!)
内心慌てながら、聞こえるはずもない声を上げてしまった。
◆ ◆
「お二人共、私の剣を叩き落とすことはできませんでしたが、よくここまで耐えました」
その頃、マースのところで通称『死ぬ訓練』をしていたショーマとツグミ、すでに満身創痍。ボロボロの服と傷だらけの顔が、その厳しさを物語っている。
そしてその二人の生気がない表情が、更にその凄惨さをリアルに伝えていた。それを見ていたデュランは……。
――徹夜明けが相まって、疲れが蓄積されていれば、誰だって剣を叩き落とすことなどできんわ。
冷静に突っ込んだ。
マースはうーんっと顎に手を当てて唸りながら、ショーマ達を見てこう言った。
「しかし、お二人はなかなか筋がいい。特にショーマ様は教えれば何でもできるみたいです。剣捌きも形になってきました」
「えぇ。まぁ……、死にかけてやっと会得したようなものです……」
「僕は、関係ないのに……」
そうショーマとツグミは口から自分の魂が出そうな表情で、小さい声で言った。それを見てデュランは……。
――完全に生気が失われているではないか。一日でここまでなのかっ!?
マースを見ながら、デュランはぞっと顔はないが青ざめながらそう思った。
「ふむ……、少し早いですが、私から剣を叩き落とすことができないのでしたら、少しわかりやすい訓練といきましょう。重りを外しますので」
「「えぇっ!?」」
――嬉しそう。
マースのその言葉に、ショーマとツグミは先ほどの生気がない表情から一変、何とも生気に溢れるような笑顔で驚いた声を出した。
これにはデュランも顔はないが驚きの顔だ。
マースははて? と首を傾げながら二人に聞く。
「嬉しそうですね」
「いやいや! そんなことはありませんともっ! こっちとら体力が有り余りすぎなんすよはいっ! なぁ?」
「そうそうそう! 僕らってこう見えて結構スタミナあるんです! 次の訓練もドーンッと来いですよ! あはは!」
そんなことを言いながら、ショーマとツグミは必死に自分は大丈夫何で次に行きましょうアピールをする。それを聞いたデュランは……、頭がない顔で首を振りながら……。溜息を吐いて。
――わかりやすい……。と思ってしまった。
しかし二人は必死なのだ。これでも必死に説得をしているのだ。
二人はこの時思った。思い出していた。
朝から晩まで、休みなしでマースの攻撃をものすごい重りを着けながらチュートリアルと言う名の拷問を受け続けている。
マース曰く、君達は戦いの基礎がなっていない。君達は知識なまったくない。
ツグミはそれを聞いて……。
――知るかっ! と思ってしまった。
そんなものなんてショーマのお得意のごり押しで倒せるのだからいいじゃないか。そう思っている。
だからこそ、マースを相手にした訓練なんて、何日も続いたらもうだめだ。もう無理。死ぬ。
それが二人の本音で……。
早くこの人から離れたい。それも本音で、悲願でもあった。
「………………………わかりました」
と言って、マースは一回ギルドに足を運びながら、彼らに言った。
「魔導液晶地図を持っていますよね? その地図で、『緑の園』に向かってください。私は少し準備がありますので」
◆ ◆
そして『緑の園』。
ショーマ達が集まったのは、ハンナ達が苦戦したポイズンスコーピオンが現れた場所だった。そこは見事に整備され、木の柵もちゃんと元通りになっていた……。
一部を除いて……。
二人はその光景というか……、目の前にあるその異様なものを見て、青ざめて……、昂揚としていたテンションを一気に沈下させてしまった。
デュランはそれを見て、内心二人のことを心配そうにしてみていた。すでに保護者の目となっていた。目はないが。
マースはこほんっと咳払いをして、右手に持っている二つのアイテムをショーマ達に見せた。
一つは黒い鉱物の石。
そしてもう一つは紫の液体が入った小瓶だった。
それを見せながら、マースは言った。
「はい。お二人とも。この二つのアイテムを見てください。これからのことも考え、ちゃんと説明を聞いて、戦いの幅を大きくして下さい。まずこの黒い鉱物を見てください。これは瘴輝石という魔力が込められた石です。聖霊族の魂と言われているもので、こうして握って唱えることで魔法が発動する仕組みです。この石は『マナ・エクリション――『威嚇火花』というものです。まぁ逃げる時に使うものと考えてください。そしてこの紫の液体の小瓶は『マンドコロン』です。これはそうですね……。大人が使うものと言った方がいいでしょう。これを使うとハッスル状態……、興奮状態となり、クリティカルが出しやすくなります。しかしこれはコロン。香水ですので決して液体を零さないように。そして近くに獣人の種族がいないことを確認して使ってください」
長い説明が終わったと同時に、マースはショーマにその二つのアイテムを手渡し、すっとその場から少し離れてとあるところを見て彼らに告げる。
マースの背後だった場所にいたのは……。
肌には石の粒がぎっしりと体毛に絡みつくようにくっついて、牙も岩でできている異様な猪。
それはMCOでは少し特殊な分類に入る魔物でもあり……、かなり強い魔物だ。
それがまるでボウリングのコーンのように、少し大きめの猪十体が隊列して逆さピラミッドの形になって並んでいた。更に言うとふんふんっと鼻息を荒くして興奮している。
マースはそれを見てこう言った。
「今から戦闘を開始します。武器の使用はできませんが、このショートソードの使用を許可します。この猪をスキルを使わずに一日以内に倒してください。いいですね」
「「いや難易度が一気に上がっただけっっっ!!」」
昨日振りの突っ込みが炸裂した。
それを聞いたマースはまた首を傾げて「このようなことを希望していたのでしょう?」と、何を言っているのだろうと言わんばかりに言うマース。それを聞いて二人は思った。
ああ、このおっさんに自分達の正論と言う名の願いは永遠の届かない。この人は自分主義なのでは……? と……。
デュランはそれを哀れに見て、マースの目を覗う。加勢してもいいかと。
しかしマースは首を横に振って……、いけませんと目で訴える。
それを見たショーマは「ん? 今何アイコンタクトを取ったんですかっ!?」と指をさしながら聞くが、マースはそれを無視して……。
「それでは」
「え、ちょっと待って。僕達の意見は無視?」
「いざ尋常に……」
「アアアアア待って待って! 俺達はその……はっ!」
マースはすっと手を上げて開始の合図を出そうとした。
ツグミはそれを見て更に顔を青ざめて止めようとするができない。
ショーマも慌てて何とかしようとして、はっと思い出して、ぐるっとデュランがいる場所を見る。
ツグミも見て、二人で涙目になりながら彼らは叫んだ。
「「今度こそヘルプデュランさんっ!」」
デュランはそれを見て……、すっと流れるように片手を上げ、顔を真っ二つにするように手を突きだし、すっと軽く会釈してから……彼は。
「……すまん」
「「オーマイガッッ!」」
……願いは届かなかった。二人は涙目になって、互いを抱きしめ合いながら叫んだ。と同時に――
「――はじめっ!」
マースが手を下ろした瞬間……、岩の猪――グランドボア十匹はショーマ達に向かって唸り声を上げて駆け出した。猪の突進は伊達じゃない。あろうこと肌に硬い岩があるのだから、きっと破壊力は尋常じゃない。というか打撲では済まされない。最悪もあり得るだろう。
それを見て、同時に直感した二人は、抱きしめ合いながら初めて、十七歳になって初めて泣いた。
命の危機に直面して、マースのスパルタに嘆きながら、二人は……、叫んだ。
「「うわあああああああああああああああああああああああああああっっっっ!」」
そして思った。
誰かこの人の性格をどうにかしてと……。
◆ ◆
シイナは今現在、ロフィーゼとコーフィンと一緒に、歩きながら会話をしていた。
コーフィンの誤解が解けて、シイナは自分の紹介をした時、コーフィンは見た目の印象からは窺えないようなフレンドリーな対応で……。
「ソウカ。俺ハコーフィン。コウ見エテモベトナムカラ日本ニ出稼ギニ来テイルンダ。ア、デモ今ハ無職ダナ。完全ナルヴィットナム・ニート。ナンツッテ。ハハハ」
と言った。外見とは裏腹に陽気で、フレンドリーに。
(怖そうに見えて、すごく気さくな人だ……。笑いに関しては地味だけど……)
シイナはそれを聞いて、見て思った感想だ。
自分にはない気さくな会話。そしてマイナスなことを言ってもすぐにポジティブになって笑いで返す。そして何より……。
(みんな……、すらすらとしゃべっている……)
シイナはその普通にできることが、羨ましくてしょうがなかった。
唐突だが、シイナの回想に入る。
しかし、回想をする中で、シイナの回想の中には悲しい記憶しか残されていない。
だが、シイナのことを知りたいのであれば覚悟をしてほしい。
シイナと言う存在が歩んできた道がどれだけ苦しいものだったのかを――どうか、見届けてほしい。
◆ ◆
シイナの現実名は芹沼椎名という名前で、御年二十一歳であり――障がい者である。
彼が抱えている障がいは、言葉が円滑に話せない病気だ。
よく「あ、あっと」や。「ぼ、僕はね」と言ったような、言葉が連続で出ることや、一瞬無音状態になる。これが吃音症である。
彼の場合は連続的に言葉を発する『連続型』であるが……、彼の場合、軽度の障がいだった。
軽度であればつっかえつっかえでも喋れるくらいのレベルではある。しかし椎名の場合……、できないかもしれないという精神的状態と性格が不幸を招いてしまい、あのような一文字一文字の言葉しか発することができなくなってしまったのだ。
軽度のそれが発症したのは二歳の時。それでも父と母は、彼の障がいと向き合って生きてきた。そして、椎名の将来を見守っていた。障がい者専用の学校に通いながら、彼は普通に生活を送っていた。
が。
突然……、悲劇は起こった。
彼の父と母は消防士である。命と隣り合わせの現場で働く人達だ。そんな人達だからこそ、細心に注意を払いながら人命に勤しんでいた。しかし――
彼の父と母は――事故で亡くなった。
原因は倒壊した材木の下敷きになったことによるもの。
椎名が九歳の時だった。彼は父の弟にあたる伯父と伯母のもとに養子に出された。出されて暮らせる。それまではよかった。
しかし……。
…………障がいと言うことは話していたはずだが、それでも血の繋がっていない伯父達は椎名のことを見なかった。血が繋がっていない子を愛することをしなかった。その行動や性格、そして苦悩やストレスが重なってしまい……、椎名の心はどんどん鋭く尖った刃物で傷ついていく。
自分が悪いんだ。自分のせいなんだ。自分は普通じゃないから、伯父さんたちは見てくれないんだ。
負のスパイラルが、椎名の心を傷つけていき、病状も悪化の一途をたどった。
椎名は成人となって、言葉を発することがない仕事をしながら転々としていると……、風の噂でMCOのことを聞いて、椎名は犬人の亜人である『シイナ』として活動した。そこで、カウンセリングを受けながら、言葉を何とは発する練習をしていた。何度も、何度も……。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
彼は普通に話せるように、人一倍努力をした。
放すことに対して努力はいらないと誰かが言うだろう……。しかし、椎名にとってそれは大きな第一歩なのだ。
普通に話せれば友達ができる。
特別な学校では色んな友達がいた。しかしみんな普通の友達がいない人達だらけだった。だから自分が大きな一歩となれるように、自分の夢を叶えたいがために彼は努力を怠らなかった。
のだが……、このような事態になって……、椎名は意志が折れかけていた。
結局……、何も変わらないのでは?
結局……、努力しても何にも変わらないのかもしれない。
自分が前に出て助けようとしても、結局足手まとい。
あの天族のメディックの少女のように、守るために命を懸ける……。自分には到底できないことだった。正直……、すごいと思ってしまった。
おれは結局、何のために生きているんだろう……。
そう椎名は思った。
芹沼椎名の回想――終了。