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出会い  作者: うぇーばー
1/1

出会い


1.We are so bored.


「アイネクライネナハトムジーク?」


きょとんとした顔で俺の顔をのぞいてきたのは、上西菫。菫の字は難しいからか、教師によく間違われる。すみれと読む。


「赤津君いつもそんな本ばかり読んでるよね…先週はホライゾンだっけ?」

「まぁ、なんでそんなことに目が行くんだよ。」

この上西とかいうやつは、毎回俺が本を買うたびに本のタイトルをチェックしている。いかなる理由でそんな真似をするのかは聞いてみたいところだ。


今年で高校2年になる俺は、次々と受験勉強入りをしてゆく同期の奴らを横に、ふんぞり返って漫画と小説を読みまくっていた。勉強や部活。そんなありきたりなことばかりにとらわれている自分を考えると、つまらないなんていう感情が湧き出すのだ。

「上西、昨日の宿題見せてくんない?」

こういう他人への懇願ってのは常に丁寧にゆくべきであると、家族の一幕から学んでいる。

「宿題?なんの?」

「数学だよ、あれ、何だっけ。複素数がなんたらとか…」

上西は根っからの理系女子で言うことが大方理論的に聞こえてくる。なんとも不思議だと思っていると、俺の机の上にさっそうと宿題とやらが舞い降りた。

「もうやってあるのか。冗談にしようと思たんだけど…」

「複素領域の問題なんて簡単じゃないの?赤津君とかとくにさ」

「悪いが俺は数学が目当てで数字いじくりたくない派の人間なんだわ。」

「どういうこと?」

ほらきた、宿題の話題なんてここまででいいだろ、なんて毎回思うわけだが…。

「いや、まあいいや。ありがとう」

「数学が目当てで、とか、なんて考えてるの?」

「うーん、まぁそういう訳じゃないんだけど…」

「どういう訳って?」

本当に…な奴だ…。ま、本心をあまり刺激しない方がいい。俺にとっても、上西にとってもな。

「訳なんかないね。とりあえずそうなってんだよ。俺ンなかではな。」


あまりに痛すぎる返しに背筋が緩まった。

「へぇー」

上西は俺の顔を見てそう言ったわけではなく、遠くに走る電車を眺めての感嘆詞だった。俺には、へぇーが、そう聞こえた。



最近映画を見た。それもゾンビ物のアメコミ。こういってしまうと、とてもありふれたコンテンツに聞こえるかもしれないが、俺はそれにゾッコンである。よく、だれかのはまっているものを下らないとか思うことは多々あるが、やはりそれは間違いだったのではないかと下らない賢者化で返せそうである。

「しっかしよくできてるよなー。インターネットの動画サイトってもうこんなに画質いいんだな。」

寮生活をしていることを明かすが、今口を開いたのは俺ではなく、明石という高3の男子だ。サッカー部に所属していて、個人的に一番じじい臭いやつだ。

「なんでそんなこと気になんだよ。画質いいことはラッキーじゃん。」

「赤津お前わかってないのか?動画ってのは画質が命なんだよ。どんな神内容の動画でも、画質がファッキングじゃ話にならない。」

「一理あるな。たしかに、抜けるものも抜けないな。」

この学校の寮は、男子寮と女子寮で分かれていて、男子寮は体育館の先にあり、女子寮は学校敷地からやや離れた場所にある。男子寮には俺含め数十人の生徒が入っていて、この明石悠馬は、偶然にも俺と相部屋になった一人である。

「なあ明石よ、お前外国には興味ないの?」

「外国?例えば?」

「アメリカとか、イギリスとか?」

「なんで?」

明石は、ガタンと椅子の背もたれに勢いよく寄り掛かった。

「テストランドって知ってる?」

「何それ?」

「アメリカのドラマの小説なんだけど、最近はまってんだよね。」

「はぁ、でもお前、本の虫みたいなやつだから何でもハマりそうじゃん。」

「いや、これは格別だわ。ほかの奴なんて話にならん。」

「へぇー、ずいぶんきっぱり言えるらしいね。じゃあ少し貸すんだな。」

「いいよ」


明石とは、毎回こんなかんじで会話している。本当に何も考えずにしゃべると、明石とのトークは盛り上がる。理由は謎だが。

「つかさぁ、西宮の奴が旅行してきたらしいよ?」

明石は、よっこらせと、俺の横にあった本をがっつりと取ろうとしながら新たな話題を吹き込んできた。

「西宮?」

「そうそう、西宮アカリ。」

「どこに旅行してきたのよ。」

「んー、それが何処か分かんないんだよねー。多分ヨーロッパだったと思うんだけど。」

「ふーん、で?それがどうしたの?」

「なんか昨日お土産みたいなの配ってたぞ?俺は見ただけだけど。」

「まじか、この学校にもそんな金があるやつがいるのか。」

「金?どういうこと?」

明石は、はてなマークを鼻に押された顔をしていた。

「ほら、この学校に海外に行く奴なんていたんだー、なんて。」

「ふーん…確かにね…ま、でも行こうと思えば行けるんじゃないの?」

「そうか?」

明石は自分の短い髪を手で掻きながら、俺からとった本をじっと見つめていた。



いつも通りの夜―

いつも通りの学校―


そしていつも通りの―


「あぁ、なんて退屈なんだ。」

「ふーん。」

明石はまだ部屋の中にいた。

「おい、あいつらと飯食いに行くんじゃなかったのか?」

「めんどくせぇ…」

「ほんとかよ。」

明石は見るからに、俺の本にはまっている。はまっているというより、夢中になって周りのことがどうでもよくなっているといったところか。

「お前こそ、上西から誘われたりしないのかよ?」

唐突に、俺への切り返しを図ってきた。

「はぁ?上西から?なんであんな不思議ちゃんから誘われなきゃいけないんですか。」

「不思議ちゃんって。」

ため息を漏らしながら、明石は依然本を読んでいた。

「まぁ、もう時間的に寝るから、おやすみんご」

俺は、よくわからない空気を濁すために、茶化した語尾を付ける癖がある。だが、それを受け取るはずの明石は、そんな挨拶には見向きもしなかった。


2. 暗雲


あくる日。

「もしもし」



「もしもーし」


「なんだよ?」

ガチャ。とふてくされた顔で男が一人扉の中から顔を出す。

「カステリアだ…入るぞ?」

カステリアは男の家を訪ねた。

「なんだお前か。どこぞの幼女かと思ったよ。」


「幼女?どこが?また得意の冗談か?」


「はいはい、すいません」


カステリアは、向かいにいたセバストレスに文句をつけた。

「ねぇ、これ!コーヒー苦すぎなんだけど!」

「コーヒーがにがいんですか…やっぱり幼女じゃねえですか?」

セバストレスは間髪入れずにカステリアを煽る。カステリアは、見た目が完全にセバストレスのいうそれで、金髪ロングに黄色い瞳を持つ、いわゆる合法ロリータお姫様と化していた。

「幼女じゃないったら早くコーヒー淹れなおしてよ!」

「はぁ?それ俺が自分用に作ったやつなんだけど…。そんなに嫌ならフェルヘルドに帰りな」

「いやですー、誰があんな胡散臭い場所に帰りますか!」

「じゃあすこし黙ってろアホ!」

まるで痴話げんかのごとく始まった二人の会話。セバストレスは赤い髪を持ち、つんつんヘアーで蒼い瞳、そしてジャラジャラとしたアクセサリー多数に腕には豪快な刺繍が施されていた。服装としては、この世には珍しいほどの燕尾服を着ている。一方カステリアは、燕尾服ではないが、真っ黒のワンピースを着ていて、なんとはだしで出歩いているらしい。

カステリアは、セバストレス邸の3メートル級ソファーに寝っ転がりながらポケットに手を突っ込んで思いにふけっていた。

「おい、何のようなんだ?それをまだ聞いてねぇ」

「用なんて気にするの?あほ?」

「お前が俺にケンカを売っているのは理解したよ。でも俺は寛大だ。なんでここに来た?」

「そんなの暇に決まってるからじゃない?あんたホントに馬鹿だね」

セバストレスは今のカステリアの言葉にブチ切れた。

「カステリア、仏の顔ってもんを教えといてやるよ!」

カステリアはセバストレスが襲ってくるのに感づいてとっさに両腕で自分を覆った。そのまま2人は互いの手を握り合いながら、カステリアはソファーにのめりこんだ。

「へぇー、セバスって意外と力強いのね…関心出来るわ」

「そりゃどうも、カステリア嬢‼」

セバストレスはそのままカステリアを押しつぶそうとした。

「甘いわ」

すると、カステリアはセバストレスの両腕を左側にバサッと押しのけ、瞬時にソファーから脱出した。セバストレスはいきなりのことだったので不意を突かれたようにソファーに顔を突っ伏した。

「ふぐっ!?」

「そのまま寝てて頂戴!セバストレス!」

カステリアがセバストレスの上から思いっきり肘うちを食らわせようとした。しかし、セバストレスも抵抗し、攻撃をかわした。セバストレスは、何とかカステリアの逆襲から逃れられた。

「へぇ、意外とやるんだなカステリア」

 セバストレスは、横においてあったワインボトルを手に取ってポンポンと手で遊んでいる。

「あんたの家意外と大きいからやりやすいわね。でも、このカステリア様に手を出したらどうなるかな?自慢の豪邸も肺になるかもねぇ?」

「へぇ、そうかいそうかい、じゃあこれでも食らわせといてやる…」

というと、セバストレスの持っていたワインボトルがカステリアに剛速球で飛んできた。

「よっ!!」


ブン!


と、勢いよく放たれたワインボトルは物理法則にしたがいながらカステリアめがけて飛んで行った。カステリアに当たるかと思いきや、よけるでもなく、カステリアの右手にそれは着地した。

  

 パシィ!


「サンキュー」

まもなくカステリアは自身の喉に、ワインを流し込んだ。

それを見ていたセバストレスの表情はますます不愉快なものになっていった。 「カステリア…ここは俺の家だ。所有者は俺であってお前ではない!この意味が分かるか!」

セバストレスは激高した。

「毎回毎回、何を思って俺の家に押しかけてくるのかは知らないが…!クルル兄に迷惑ばかりかけやがって!」

「クルルは良い人なんだけどねー」

 ワインボトルを豪快にラッパ飲みしながら、きゅぽんと時折飲むのをやめて、セバストレスに返答する。

「セバストレスは少し私に厳しいのよ。この意味が分かる?」

長い金髪をふぁさふぁささせながら、セバストレスに説教をする。これは、この2人を観察しているストーカーなら当たり前の常識として覚えておくだろう。

「うるさいな…とにかく俺の言うことをきけ!あと10秒以内にそれを飲むのをやめろ!そしてあと1分以内にこの家から出ていけ!いいな?」

顔の形相がますます深刻になってきた。カステリアは、しょうがない感じでセバストレスの言うことにしたがった。 「わかったわよ。今はあんたの都合が悪いんだね。じゃあ帰るよ」

ややふてくされ気味だったが、それ以上にセバストレスの怒りを目の当たりにし、自身に対する許しを感じえていた。

カステリアはそういうと、青い月が上空に浮かぶ中、足をふわっと浮かせて、何処かへ飛び立っていってしまった。

上西菫は、上の文章を10分ほどで読み切り、ため息を大きくついて立ち上がった。

ここは上西の家。上品さに欠けた家かもしれないが、そこには無数のアイデアが散漫としている。

「いってきまーす」

上西はそういって、先に読んだ本の内容を頭で反芻させながら学校へと足を運んだ。



「マークロビンスの冒険じゃん!」

上西菫は毎回俺の本のタイトルを叫ぶ。それもみんなの前で。

「知ってるのか?」

「知ってるー。これ面白いよねー!映画で見たよ」

嬉々とした表情。

「あぁ、これ映画化してたな、そういえば。俺も見には行きたいと思ったんだけどさ、予定とかはいってて忘れてたわ。」

「へぇ、意外だね。あ、でも私、最近それに似た映画も見ようと思ってるんだ。」

「似た映画?」

そう返すと、上西はうん!というように首を小さく縦に振った。

「乱ジェル姫っていうんだっけ?めっちゃコマーシャルやってるやつ!」


普段通りの朝。普段通りのトークが展開されていた。しかしここは美咲が丘高校。高校なだけあって、やはりこういうこともある。

「あ、あそこにいるの菫じゃない?」

隣のクラスの、菫の友人複数。菫とは大違いで、みんな揚々としている。

「菫―!明日遊ばない?」

10メートル先のほうから、手を振りながら菫と会話しているのを見ると、何故だか自分の立ち位置が分からなくなった。

「うん!じゃあ明日ね!」

菫は元気よく承諾したようだ。こんな散切り頭で、若干前髪が目にかかりそうな根暗男子と会話しているのが広がったら…なんてことは考えたことはないが、菫は、クラスの中でもなかなかにかわいい顔をしていた。ま、これは俺の判断基準だが。

「でさぁ、…」 そのあとも、菫の映画話に長々とつきあわされた。美咲が丘高校は、普通の高校とは違って、授業が自由に選べる。これは大学のそれに似ていて、必修科目さえとっていれば、卒業できてしまうのだ。したがって、俺や上西は、この時間は授業がないってわけで、こんなにも長々とだべっているわけだ。


「そうだ、赤津君に話しておきたいことがあった。」

唐突に何かを思い出したように、ひとさし指を立ててそう言った。

「何?」

「このクラスじゃないんだけど、3年生の矢崎さんって知ってる?」

その話題に切り替わると、暗雲が立ち込めるように上西の表情が曇りだした。

「矢崎?知らない」

いつも以上に、怪訝な顔の上西。

「矢崎善くんって言うんだけど、なんか学校中で悪いうわさがあるみたい」

「悪い噂?なんだそれ?」 冗談めいたように聞こえたが、少し興味をそそられた。まもなく菫は俺のためらいとは裏腹に、口を一方的にひらいた。

「うん、なんか、殺人?とかなんか起こしたみたいで…」

すっと、ささやくような声でつぶやいた程度だったが、それは一大事の何事でもなかった。

「殺人?おいおい…なんだそれ」

本当になんだそれであった。そんな悪評は一度もこの学校で聞いたことがない。それがホントかどうかは、現時点では上西の表情からしか読み取ることが出来なかった。そして、もし本当に殺人とかだったりしたら…。なんて、考えても意味はないが、ともかく今の生活環境全体に対して、黒い影がバックフィールドに落ち込んだ気分になった。

「うん、それで今?先週くらいからかな、3年生はその話題で持ちきりだって…」

「なんだそれ…先週から?今初めて知ったぞ?」

「多分私たち2年生には関係のないことだからじゃない?私みたいに、情報もってる限られた人しかこんなことは言えないし…」

「誰から聞いたんだそれ?」

「私は姉貴からきいたよ…」

上西には姉貴がいる。これは俺も知っていた。だがしかし、そんな情報が姉からとはいえ…。「姉貴のいっていることが間違ってるとか思わなかったのか?」

「思わないよそんなこと…だって栞は家庭内ナンバーワンの正直者だよ?」

「まぁ、多分本当なんだろうな…。で、俺にそいつを警戒しとけってわけ?」

「たぶん十中八九大丈夫だろうけど…念のためよ」

いつもとは違って、上西の言葉に力がないように感じた。


「学校の教師連中はそんなこと俺たちに言わないってか…。確かに赤の他人として処理できそうだしな…。」

 関係ないとはわかっていても、それがどれほどこちらに浸透しうるのかわからなかった。上西の情報では、殺されたのは1名。そいつがこの学校に関係していたのかはわからないらしい。

「上西、この学校に入ってから、そんな事件が起きたことあったか?てか、殺人っていうけど、それって死んだ被害者は見つかってるのか?」

「ちゃんと見つかってるよ。死者1名は確実らしいよ…。なんか写真も公開してた人いたし…。あと、いままでにこんなことは起きていなかったよ。私の思うところではね…」

「写真を公開している?それって死人をスマホかなんかで直撮りして、ばらまいてるってことか?」

「学外の制限されたネットワークにその写真があったらしいよ…これも栞からの情報だけど…」

「ふーん、なんか意外とヤバいやつなんだな…矢崎善」

どうやら矢崎本人は、この学校に来ていないらしい。まぁ、事に寄っちゃ監獄送りは避けられないだろうけど…。



日々の日課をこなすのはなかなか厳しいことでもある。今回学校から出された宿題だが、やはり数学が鬼門になった。

「くそ…わからねぇ」

「おいおい、お前理系だろ?」

うしろで明石がカップラーメンを食いながらそそのかす。

「明石…お前な…」

「そういや宮崎慎太郎って奴がお前のことよんでたぜ?ここの1年だ」

「宮崎…なんだ?なんかの勧誘か?」

「さあな」


とりあえず、後日宮崎と会ってみることにした。

しかし、今はそれどころではない。数学だ。ここは上西に聞くのが妥当だが…。上西がいないとなると…。


「すいません」

俺は、一年生の教室にしばらくぶりに侵入した。

「宮崎ってのはいますか?」

「はい」

目の前にいたのがそうだった。

「宮崎慎太郎君か?俺が赤津だが…なんか要件があるの?」

「赤津先輩!こんにちは…!よ、要件はあります!」

ぎこちなさからして、やはり1年生だなと、改めて思った。

「なんだ?」

「これです!」

そういって俺に手渡してきたのは、謎の文書だった。3ページほどだったが、なにやら英語で書かれている。

「これ何?」

「道端に落ちてました…で、中身開けたら、赤津信二様へって書いてあったんで…」

宮崎は何故だか不安そうな顔をしてる。俺の機嫌を気にしているのだろうか。

「へぇ、開けた度胸は評価するわ…。まぁありがとう。で、おれからも頼みがある。」


3.接触


「え?数学の宿題ですか?」

手紙をしまうと、宮崎は手のひらを返したように明るくなった。

「まぁ、お前確か数学得意なんだろ?俺の同期が言っててな」

「確かに得意ではありますが…」

そういっているので、見せてみた。

「これ…数学じゃないですよ先輩…解析力学…物理です」

「はぁ?」

よく見てみると、そこには物理学3と大きく書かれていた。これには開いた口もふさがらなかった。


とはいえ、難解な物理の宿題ですら、宮崎の奴はいとも簡単に解いてしまった。なんというやつだ。その瞬間、これは第二の上西だと感じた。すぐさま俺のコミュニティーに入るべきだと声をかけたかったが、要件は文書を手渡すだけだったことから、その気は失せた。


戻って、明石と共同作業で謎の文書を解読し始めた。

「にしても、なんだこれ…。To SHinjI AkatsUだってよ…こいつ英語できねぇんじゃねえのか?」

明石はそういって文句をつけている。

「まぁ差出人がふざけてるのは間違いねぇだろ…。まともに俺のポストに入れないんだからな」

「はは…てかそれなんかこわくないか?最近この学校物騒らしいしな。」

「明石も知ってんのか?あの話」

そんなことをいいながら、対象物の文書の一枚目の解読が終りつつあった。

「で、なんて書いてあるんだ?」

明石に尋ねると、すっと顔を上げて一言言い放った。

「分からん。」

「は?」

「分からんわ」

英語の模試で毎回満点を取るほどの実力者の明石悠馬が、わからん。これは一大事だと思った。

「分からないのか?」

「いや、一応読めるんだけど…。内容が意味不明なんだよ…」

「内容?」

「そう、これ、どうやら勧誘じゃなくて、予告みたいだ。なんか、差出人はお前に興味があって、そのうち合いに行くといっている。」

「なんだよ、読めるじゃねぇか。」

「まぁ、読めてはいるけど…結局何が会いに来るのかわからない…」

「差出人名義見ろよ…名前書いてあるだろ?」

「きゃす…カヤス…デリヤ?」



「はぁ?何言ってんだ?」

「じゃあ赤津が見てみろ。なんて読むんだこれ?」

正直目を疑った。そこには確かにCKYYKASDGELYEAと書いてあった。

「なんだコイツ…完全に愉快犯じゃないのか?ここは日本だ。こんな名前で送ってくる奴なんて、そうとう頭の狂った外国人だろう。」

「それだといいけどな…ま、あまり頭の狂ってるやつが来たら俺を呼べよ」

明石の心配に、ふん、とはなったが、実際自分あてにこういうのが来るのは怖いものである。

「いったいこの送り主はどういうつもりで、これを書いたんだ…?」

いろいろと言いたいことはあったが、今日の出来事が多すぎて頭に入ってこない。この現状がである。

「で、明石さんよ、予告とは言っていたが、何で予告に来るんんだ?そして何を予告に来るんだ?」

「詳しくはわからんが、とにかくお前に会いたいみたいだ。そのための心の準備をしておけ、みたいなことが書いてあるぞ?」

「おいおい、そんなこと言われてもだな…」

いきなりよくわからん文書を受け取って、中身を見てみたら目的も会いたいだけ。なんて怪文書を素直に認められるかって言いたい。

「いまのネットの普及しきった時代に、ご丁寧に道端に手紙を置き去りにするあほはなんなんだよ…こんなのいままでで初めてだ」

兎に角、今は何もする必要はないらしい。来るべき時にやるべきことをやるだけだ。



「テストランド返しておくぜ、ありがとな赤津」

「あぁ、そこに置いといて」

明石はさりげなく俺の横にあった台に本を置いた。手紙の一件からすでに12時間ほどたとうとしている処だったが、謎の差出人に対する一抹の不安はいまだに拭い去れていなかった。

「赤津さんよ、お前今何やってんだ?」

「宿題の写しだけど?」

「じゃ手が空いてるってことだな?」

「はい?」

「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど…」

「手が空いてるなんて言ってないんだが…」

明石はすこし乱暴に、俺へタスクをこなせと言い張ってきた。


「これだ、ここにあるファイルをこのファイルに移してほしいんだけど…」

そういって、明石は自分のパソコンを取り出し、俺に一方的に仕事とやらの説明をしだした。

「あのなぁ、今こっちも忙しいって言ってんだろ?」

「まぁま、すぐに終わるから。」

明石は機嫌取りのごとく態度を変えて俺を説得した。

「クッソめんどくせぇな…」

仕方がなく、明石のパソコンに手を伸ばした。仮にここで明石の助太刀をしなかったとしても、あまりいい未来は見れそうにない。単純にそう思っただけだった。

すると、俺がキーボードに手をかけた瞬間、後ろの部屋扉がバタンと開いた。

「すいません、3年の坂口っていいます。ここに明石悠馬さんはいますか?」

姿を現したのは3年生の坂口俊太郎。明石とは面識がなさそうに思えた。

「はい、僕が明石です。」

すっと前に出る明石。うしろからでよくは見えなかったが、どうやら坂口から何か聞かされている。おそるおそる近寄り、二人の会話を何事も無いような顔で聞いた。

「明石くん、君はこの学校で今何が起きてるか知ってる?」

「何って…?」

「先週この学校で殺人事件が起きたんだよ。これを見てごらん」

坂口は明石にためらいもなく死んだ被害者の写真を見せた。

「これって…やっぱり本当だったんですか…」

「写真を見たことはなかったんだね…。で、この死んでいる彼女なんだけど、真理ユイって言うらしいんだ。見つかったのはこの学校の裏手の倉庫内…。」

「はぁ…」

明石は坂口の話をただ茫然と聞くことしか出来なかった。

「問題はそこではない…彼女、この学校を2年前に卒業したOBらしい。だから、少なくとも学校関係者の犯行とみんなは見ていてね…」

そこで、俺は矢崎善という男の名前を思い出した。

「矢崎善?」

明石はすっとぼけた顔で反芻した。

「そう、矢崎善、その発音は正しいね。今彼が一番犯行を疑われているんだけど、このまま彼を被疑者にするのは何とも可笑しい話だと俺は思ってね…」

「坂口さんは違うと思うってことですか…ではなんで?」

「第一に、矢崎善がこんな悪評まみれになったのはそういう風潮があったからに過ぎない。俺も誰がそのような噂を吹き込んだのかはわからないんだがな…」

「へぇ、じゃ、その吹き込んだ奴が本気で言ってたら…そいつをとらえることが先決ってわけですか?」

「君は頭の回転が速いね…まぁそれが一番根拠を集めるのには手っ取り早い…。今のところこの話は3年生の間で影を落としてる程度だ…下級生やその家族とかまでにこの情報が届いているとは思えないよ。」

「なるほど…じゃあすこし協力してみます。ちょうどいい助っ人もいるんで」

おい、明石、その助っ人って誰だ。そう思ったが、坂口から聞いた話はどうも怪しい。確かに、コイツの言っていることは、いままで上西から聞いてきた話と一致していた。

明石が坂口との会話を終えると、俺のほうに近寄ってきた。

「どうやら、明石よ、お前が聞いてた話は本当のことらしい。」

「え?そうなのか?やっぱり?」

「ああ、同じことを同期の奴から聞いた。そいつも3年の姉からの情報だって言ってたしな。」

「へぇ、じゃあこの話はガセネタじゃないのか…」

「ああ、そしてもう一つラッキーなことに、坂口から被害者の名前を聞けた…それに遺体発見場所もな…」

「おいおい、お前なんか探偵みたいな顔してるぞ?」


「うるせぇ、今は探偵でも大統領でもいい気分だ。あんな手紙を受け取った身としてはな」

「はは、それってまさかの今の状況に対する免罪符とか?」

明石がそういって茶化す。

「お前免罪符の意味わかってんのか?」


「ま、とりあえず、俺とお前で協力できることは確からしいな。」

明石は俺の方を見て目をそらした。 「いや、明石よ、お前は理由なんて暇だからとかじゃないのか?」

「ははは、一理ありますな」

明石は、俺と同じように、俺をちらりと見つめた後に、窓の外へと目を移した。



いつの世も、出会いとはいつやってくるのか分からないものである。基本的には、築いたときに知っていたら、それはもう議論する必要のないことなのだ。


この文章を読んだのは、俺が中学の時だった。そのころは何を思って読んで読んでいたのかは知らないが、今になって、そういう哲学的な問いに少し真面目になるようになった。そして、不思議なことに、その時は、少しも待たずにやってきた。


「明石、で、矢崎善が犯人かどうかを見極めほしいって言われたのか?」


「いや、特に何も言われなかった…。本当に…。だから」

「でも多分あの坂口とかいうやつ、この寮全体をうろうろしてるぞ?ここの奴らに知ってもらうためにな」

「ほんとかよそれは…。」

明石は不安な表情を垣間見せる。

「ほんとだって言ってんだろ。さっさと犯人の特定に入るぞ。多分これに関して真剣に立ち向かう奴なんて同期じゃ俺たちしかいねぇ」

「赤津…確かに同期じゃお前しかそんな先見の明を自信満々に言える奴はいねぇな。」

「ああ」

「んで、何をやるってんだ?赤津さんよ」

明石が行き当たりばったりなことを口に出して再確認。赤津は明石のきょとんとした顔にむすっとした。

「おいおい、そんな調子なのかよ…頼むぜ。確かにお前はこの事件を深く掘り下げる理由はないだろうが…」

「そんなのお前だってそうだろ。」

上西から聞いただけとはいえ、確かにここまで執拗に事件にむきになるのも道理がずれているようにも見えた。


「…あぁ。だが、ここは俺たちの学校だぞ?殺人事件なんてほっておけるわけ…」

「そんなのは警察かなんかに任せとけばいいだろ!自分から首を突っ込まなくても…」

確かに明石の言うとおりである。皆から情報は聞いてはきたがそれは全て警告に近いもので、捜索願ではない。先ほどの坂口も、上西もそうだった。

「…まぁ、お前の言うことは理解してる…。けど…」

なぜか引き下がれない状況になっていた。さっきまでだべっていたとは想像もできないシチュエーションに昇華した。


「あぁ!そうか赤津…おまえ、純粋に心配なんじゃないのか?」

「…そうかもな、俺はこんな状況になったらすぐ本気になるって、自分でも自己紹介でさんざんほざいてた気がするわ…」

「…」

明石は黙りこくって赤津の顔を眺めていた。

「赤津、俺はお前のすべてを否定してはいない。ただ…」

「わかった。今回はお前の言うとおりだ。殺人事件に1生徒が口出しするのはおかしいよな」

「…」

明石はまた黙りこくってしまった。

「でも、どう思うよ、お前は?怖くはないのか?」

平然と取り繕っても怖いものは誰にでも存在し、それはいつ表立って没するかはわからない。すべてにおいて偶然そうなりました。という簡潔かつ何の当てつけも受け入れられない回答が横たわるだけ…。

赤津は、明石の顔を一瞬だけみて、そのまま寮の窓を見つめた。同時に、自身の家族像を窓の奥に見た。

「家族…か」

家族…殺人事件…矢崎…。いろいろなことが頭の中で現れたり消えたりする。それらは互いにもつれ合い、さらに難しい問題として牙を再び剝いてくるように思えた。



「なぁ明石…。今度、どこか行かないか?二人で」


「はぁ?いきなり何を言う出すのかと思ったわ…。どういう風の吹き回しだよ…」

「いやな、いろいろ考えてみるけど無理なものは無理だ…。気分転換の意も込めていってみようかと思うんだがな…どこかに」

 俺は明石にそんなことを尋ねていた。


現在時刻は深夜12時半。これを一部の人間は24時30分とかいう。一体いつから一日は一日以上の長さになったのだと突っ込みたくはなるがそんなことはどうでもよい。


 俺は早く寝ようと思って、ベッドから立ち上がり洗面場に向かった。

この時間帯は、基本的に誰も起きていない。洗面場は、寮の中にあるが、それは居住する場所とは別にあり、共用である。おまけに真っ暗で誰もいない。全く持って最悪だ。

 「はぁ、少ししゃべりすぎたか…?」

そう自分に言い聞かせるようになだめたが、正解は喋りすぎではなく考えすぎである。たしかに今日一日で起きたことは、おそらく人生でも特筆すべき要項になると思った。がしかし、そんな心配は全く無用でしたと言わんばかりに、鮮烈な衝撃は刹那的に虚な世界をくらます。


顔を洗い終わった。なので、顔を上げると、そこには見覚えのない生徒がたっている。

「生徒?」

身長は160センチくらい。

正気で幽霊だと思った。

それは、超常的にも思える出来事だった。まるで、そもそもそこにいたかどうかは問題ではなく、こういうものとしてのホログラフと言わんばかりに、金髪の少女が突っ立ているではないか。



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