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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
奇人の巣食う場所
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第13話 魔

 レオナは隙を見て剣を出そうと楽器ケースを前に抱えた。

 ヴィオラもバッグのポケットから何かを取り出し、手の中に隠したようだ。


 だが、男は剣を抜かなかった。


 代わりに彫刻にでも使うような小さなナイフを持ち、自らの手首に滑らせた。

「な――っ!?」

 こちらに刃を向けるのかと思いきや、まさかの自傷行為。

 眼を瞠るレオナに男はニヤリと笑って見せた。

 

 ぽたりぽたりと濃い色の雫が地面に落ちる。


 傷口から滴るのだから血液だろう。

 だが、その色は赤ではない。

 静脈血だからとか言うレベルではない暗い色。


 人間――じゃ、ない!?


 頭からザッと血が下がっていくのを感じた。

 話には聞いた事がある。人とよく似た見た目の、違う種族がいるという事を。

 だが見るのは初めてだ。

 その上、その出会いが敵対する相手としてだなんて――!


「ヴィ…オラ……」 

 上擦った声で名前を呼ぶと、ヴィオラはレオナを守るように前に立った。

「あの血の色からすると魔族かしら……できれば遠慮したいわ」

 レオナよりは幾分か落ち着いているようだが、ヴィオラの声にも緊張の色が滲んでいる。


 男はぽつりぽつりと聞きなれない言葉を喋る。


 ヴィオラが手に隠していたナイフを握りなおし、男に向かって駆けた。


 ――ギンッ!


 金属と金属がぶつかるような甲高い音がして、ヴィオラは男に弾き飛ばされる。

 男は手首を傷つけたナイフを手にしてはいたが、はじいたのはそちらの手ではなく、どす黒い血液の滴る徒手の腕――!?


 思わずそこを凝視した。

 ヴィオラのナイフによって破けたシャツの隙間から緑色のものが見える。

 一瞬緑の肌着を着ているのかと思った。

 だが質感が綿や麻とは明らかに違う。


 やけにざらついた肌――いや、鱗!?


 トカゲの肌のように乾いた細かい鱗が、腕の中ほどまでびっしりと張り付いていた。

 理解しがたいものから視線を剥がし、ヴィオラの様子を窺う。

 背中を地面に強く打ちつけたようであるが、すぐに咳き込みながら起き上がった。

「ゲホッゴホッ――何あなた! 下位の魔族だなんて聞いてないわよ!」

「言ってないからな」

 楽しげに言う男の足元で、滴った血が地面に吸い込まれる事なくぼこぼこと泡立った。


 赤黒い血液の泡が膨れ上がり爆ぜる。


 すると中から、蝙蝠の羽根のようなものを持った生き物が出てくる。

「――ヒッ」

 蝙蝠よりも醜悪な顔をした化け物だ。

 切り裂いたかのようにぱっくりと開いた口から鋸に似た尖った歯が飛び出している。

 ひとつひとつの体は人の顔ほどしかないが、そんな生き物が、血液の泡が破裂するたびに現れるのだ。

 あっという間にその数は十数体を越えた。


「きゃああああ!」


 少し離れた所でこちらの様子に気付いた女性が悲鳴をあげた。それを契機にパニックに陥った人々の声がする。

 男の注意が一瞬逸れた。


 その隙にヴィオラがレオナの手を引き、人々と逆方向――公園の奥へ向かった。

「あれに刃物は効かないわ! 逃げるわよ!」

 レオナはそれを拒んで後を振り返った。

 向こうにはたくさん人がいる。皆武器など持っていない普通の町人だ。老人や子供だって居た。ならば、戦う術を持つものが少しでも食い止めるべきだろう。

 だがヴィオラは強く首を横に振る。

「私達じゃ足手纏いになる!」

「でも――!」

「安心して。騎士たちが来てるから!」

 ヴィオラがちらりと目線を送ったのは、最前からずっと周囲に居たカップルや友人連れらしいグループ。

 だが、先程までとは明らかに雰囲気が違う。

 そして手に持っているのも、屋台で売っている食品などではなく――陽光を受けてギラリと光る刃。


「な、何、あの人たち――」

「辺境騎士団よ。彼らの剣は魔族も切れる特製の剣だから、任せておけば大丈夫。ほら、逃げるわよ!」


 周囲に木の植えられた遊歩道のような場所を走り抜ける。

 木々の隙間を黒服に黒い帽子の男達が数人走っているのに気付き、ヴィオラに注意を促した。

「平気よ。あれは味方」

 ヴィオラが男達に向けて合図を送ると、彼らは道に出てきて二人を守るように伴走しはじめた。

 途中、低い声でヴィオラに囁いたのは先頭を走っていた男だ。

「前に何かいる」

 はっと息をのんだヴィオラに手を引かれてレオナは立ち止まった。

 

 彼らの行く手を塞ぐように、男がひとり立っていた。

 先程のサザニア人だか魔族だかわからない男がやっていたように、赤黒い血液をぼたぼたと地面に垂らしながら――


 やがて落ちた血液が泡立ち、中から先程見たのと同じ醜悪な羽の生えた生物が沸いて出る。

 黒尽くめの男達の一人が、ヴィオラに短剣を投げて寄越した。

 ヴィオラはそれを受け取ると、すぐさま鞘を投げ捨てた。

「レオナ! その植え込みをまっすぐ抜けて!」

「ヴィオラは!?」

「私は大丈夫! その先の広場にダウィが居るはずだから、早く!」

 寝ぼけたように周囲を見回していた蝙蝠羽の生物が、こちらを見た。

 ようやく眼の焦点があったかのように、ニィと牙をむき出して笑う。

「こいつらの狙いはあなたよ! 行きなさい!」

 視線の先で、あの生物が羽を広げ一斉に飛び立つのが見えた。視線はぴたりとレオナに合っている。

 ヴィオラを残すことには躊躇いがあるが、レオナがここから居なくなればこの男や化け物も付いてくるかもしれない――!

 レオナはヴィオラの指差した方向へ走り出した。


「ハァ……ハァ……」

 あがった息を整える。

 ここがヴィオラの言っていた広場らしいが、誰も居ない。

 額の汗を拭い、楽器ケースを開けた。

 本来弦楽器が収まるはずの空洞にぴったりとはまった愛剣。手にすればようやく少しの余裕が出てきた。

 鞘をケースに仕舞い、抜き身の剣を手に周囲を見回す。

 時間が違うせいか印象がまったく異なるが、この場所には見覚えがある。

 ここはあれだ。

 聖王ラズ・ゲットルの像のあった場所だ。

 確かあちら側の――

 レオナの瞳が銅像を映すのと、ソレを視界の隅に捉えるのは同時だった。


「ひっ――!」

 

 銅像の脇の遊歩道――その出口にあいつが、いた。

 最初に遭遇した、鱗のような肌を持つ帽子を被ったサザニア人だ。

 いや、ヴィオラが確か魔族だとか言っていた。そういう「人」ではない何かなのか。

 判断のしようが無いが、とにかく、レオナを付け狙うあいつだ。


 男はレオナの顔をみてニヤリと笑い、一歩づつ距離を縮めてくる。

 不敵な笑みが不意に強張った。

 視線はレオナを見ているようで、少しずれている。

「何――?」

 その視線を追うように背後を振り返ると、いきなり頭に何かが乗った。


「代われ」


 聞きなれた掠れた声がそう告げた。

 見上げれば、頭に乗っているのは大きな手。

「アレフ!」

「あいつは俺の獲物だ」

 アレフの言葉に呼応するように、右の方から声がする。


「じゃあ……その女は私が」


 帽子の男とは別の遊歩道から現れたのは、ヴィオラを残してきたあの場所に居た男。

 とりあえずヴィオラから引き離せた事に安堵しつつも、新しい敵の出現にレオナは身を固くした。

 だが、強張ったのはレオナだけで無かったらしい。

「兄さん――!」

 帽子を被った男が驚きの声を上げた。

「まだ起き上がっちゃまずいだろ!」

「お前こそ、大した魔力も持ってない癖に」

 焦る様子の帽子男に、兄と呼ばれた方が淡々と言葉を返していた。

 だがすぐに帽子男も我に返ったようで、身内の言い合いはすぐに終わった。

 帽子男は兄に不安げな視線を送りつつ、アレフに向けて剣を抜いた。


 アレフもナイフを構えながら低い声で告げた。

「レオナ。無理するなよ。さっさとこっちを片付けて手伝いに行くから」

「――うん」

 アレフは自分の獲物と言ったあの帽子の男に向かって駆けた。

 レオナも後から現れた男に剣を向ける。


 先手必勝を旨とするレオナだが、今回はあえてそれを避けた。

 相手は魔術を使う。

 魔術による攻撃など想像がつかないため、相手の出方を窺うしかなかったのだ。


 目の前に立つ男は淡い金髪に碧眼で、やはりサザニア人であるようだ。

 アレフと剣を交えている男よりだいぶ年上。四十は超えているだろう。

 いや、痩せているからそう見えるだけか。

 頬のこけ方からすると、痩せているというより、やつれていると言ったほうが正しいかもしれない。

 この男は帽子を被っていないが、代わりに夏だというのに手袋をはめている。

 着ている服も長袖に長ズボンで……つまり、首と頭部しか露出させていない。


 ――こいつも肌を隠しているのか。


 レオナはヴィオラが帽子男に切りつけた時に見た緑の鱗を思い出した。

 ヴィオラはそれを見て「下級魔族」と言っていた。他に上級や中級があるのかとかその違いなどはわからない。だが男も否定しなかったから魔族というのは確かだろう。

 目にしたのはこれが初めてだが、物語や神話の中でたびたび出てくる種族だから知らない訳でもない。

 話の中では、必ず強靭な肉体を持っていたり魔術を使ったりする強者だ。人間に紛れて暮らし子を成す者もあれば、巨大な化け物として描かれるモノもある。


 そして……魔剣や聖剣と呼ばれる特別な剣でなければ倒せないというのが定番だ。

 

 ヴィオラが刃物は効かないと言っていたのもきっとその事をさしているのだろう。

「この剣でも斬れるかな……」

 だが、抗わずに死ぬのも嫌だ。

 レオナは掌に不快な汗が滲むのを感じ、剣を握りなおした。 


 仲間も背中を預ける奴も居ない。自分でなんとかするしかないのだ。


 男の方もこちらの出方を窺っていたようだが、仕掛けて来ないと悟ると左手を上に上げた。

 宙に円を描き……そこに燐光が現れ……


 この間の魔術!?


 レオナは男の手がこちらに向けてスナップをきかせるのと同時に真横に飛んだ。

 

 ――ドォン!


 大きな爆発音と共に地面がえぐれる。

 爆風を頬で受けながらレオナは体勢を立て直した。

 どうやらあれは、ボールを避ける要領で飛べばなんとかなる。むしろあの円を描く動きをする前に攻撃できれば――


 レオナは砂煙に紛れながら地面を蹴った。



 ――ギンッ!


「!?」


 肩口への一閃は盾にでも打ち付けたかのような固い衝撃とともにはじかれた。

 それでも、とっさに切り上げた切っ先が男の額を掠った。

 男は額を押さえ、怒りの視線をこちらに向ける。


 最初に斬りつけた肩は確かな手ごたえがあったのにまったく堪えていない。

 だが、額を押さえる指の間から赤黒い血が伝っている。


 斬撃が効く所と効かないところがあるのか。


 レオナは男を睨みつけた。

 シャツの肩の破れ目から緑色が覗いている。


「そういう事か――」


 鱗状の皮膚のところは剣が通じないが、普通の人間の皮膚の所は切れる。

 ならば首や顔なら……


 レオナは突きの構えで喉元を狙った。

 初撃は鱗の生えた腕ではじかれた。

 追撃をしようとした所で、男の手を見て血の気が下がる。


 手が燐光を放っている。


 この距離じゃ避けられな――



「ヴァウ!」


 獣の吼える声と同時に体の右側に衝撃を感じ、体が宙を舞った。


 ――ドゥン!


 肩を強かに打ったが、魔術は離れた所で爆ぜたらしく、他に痛みは無い。

 レオナは上体を起こし、敵と自分の間にいる真白な獣を視認した。

「タイ!」

 耳をピクリと動かしたのが返事だろうか。

 どうやらこの犬がレオナの事を突き飛ばして魔術から守ってくれたようだ。

 そして、タイがここにいるなら飼い主のダウィも近くにいるのだろう。

 少し心強く思って再び剣を構える。

 タイが地面を蹴り、高く跳躍した。

 男はとっさに首を手で守ったが、タイはその腕に噛み付く。そしてその勢いのままに地面に押し倒した。

 レオナは、タイを引き剥がそうともがく手を、足で地面に縫いとめた。

 魔族だからだろうか。男の抵抗する力は相当なもので体重を乗せているというのに危うく跳ね除けられる所だった。

 レオナは踵を手首の関節へ当ててギリッと踏みつける。

 力が緩んだ瞬間に剣を振り上げた。

 男の顔が歪む。額から流れ落ちた血で汚れているのが見苦しい。

 素早く剣を逆手に持ち直し、真上から突き立てるべく首に狙いを定めた。


「レオナ殺すな!」


 ダウィの声が耳に飛び込んでくる。

 かといって勢いを殺す事はできず、剣先が僅かにずれただけだった。

 首の皮膚をかすめ、剣は地面に突き刺さる。

 死に物狂いの男は尚も暴れ、レオナを跳ね除けようとするので、喉仏に踵を落とした。

 とっさの事で加減ができず、普通の人間なら喉笛の潰れる勢いであったのだが、頑丈な魔族は気を失うだけにとどまったようだ。


 駆けつけたダウィが男の呼吸を確認した後ロープで縛り上げる。

 息を整えながら周囲を見回すと、タイの琥珀色の目と目が合った。

 口の周りの白い毛は赤黒い血で汚れていて、白狼を彷彿とさせるのに、心配そうに見上げる目だけはやはり犬だ。


 ――そういや、こいつ血が嫌いだったっけ。


 飼い主に命じられれば斥候や伝令の真似事をするが、戦場には近づかないし返り血で汚れた主人が近づくのすら嫌がる犬だった。

「ありがとうな」

 レオナは感謝を籠めてその頭を撫で、立ち上がる。

「アレフは――」

 タイが鼻先を銅像のある方へ向けた。レオナが駆け出そうとすると、ちょうどその方向の茂みが揺れた。

 アレフが何かを引きずっている。

「生かしておけって言ってたのはこいつだったか」

 握っているのは帽子男の腕のようだ。

 抵抗の気配の無いそれを、気を失ったまま縛り上げられた男の隣に放り投げた。

「悪い。死んじまった」

「えー」

 ダウィが不満そうな声を漏らす。

「違う。オレが殺したんじゃねえ。勝手に死んだんだ」

「どういうこと」

「魔族の召還やらなんやら繰り返してたから魔力切れみてえだな。ああ。召還した方は連中が嬉々として片付けてる」  

「召還なんてこなすような奴が魔力切れ……ね」

 ダウィは死体の懐をあさった。

「ああ、やっぱりあった。これのせいだ」

 取り出したのは指輪を入れる箱よりふたまわり大きいくらいの箱。

「なんだ、それ」

「【萌花の欠片】。これの封印に魔力を吸われ過ぎて自滅したんだ。この魔術には相当な魔力が必要だって話だよ」

 ダウィは躊躇いもなくその箱を開けた。

 長い指でそこに入っていた金属片を摘み出す。

 刃で指を切らないようにという気の使い方はしていたようであるが、魔力の暴走がどうのという事に対する気遣いはまったく感じられない仕草だ。

 あまりに自然で、誰も止めることができなかった。

 だが、トリカの言っていたように即死することも魔力が暴走する事も無かった。

 ダウィは親指と人差し指で摘んだそれを聖王ラズ・ゲットルの像に向かってかざした。

 レオナの小指とほぼ同じ大きさの金属片がきらりと陽光を跳ね返す。


「うん。確かに【萌花の欠片】だ」   


 金属片の向こうにある銅像。それの掲げる剣の銘が【萌花】だと言っていた。

 細長く尖った金属片は確かに像にあるような細身の剣の先と形は一致する。

 ただ、魔力がどうとかいうのはレオナにはよくわからない。ただの剣先だといわれてしまえばそういう風にも見える。


 見る人が見れば違うのか――?


 そう思った時、まさにその「見る人」が現れた。

「ダウィ! 取り返したのか!」

 よく通る大きな声に振り返ると魔術師連盟のイネスが赤毛を振り乱し、駆けて来るのが見えた。

「ああこら、魔力が溢れすぎだ。中毒を起こす者が出る。さっさと封印するぞ!」

「じゃあ、はい」

 ダウィはイネスにその【欠片】を差し出す。

「そんなもん素手で渡すな!」

「イネスさんでも駄目?」

「決まっとろうが! こんな物を素手で持てるのは賢者か古い民か、魔力を帯びぬ者くらいよ!」

「へー。じゃあ魔術師は触れない?」

「私が持てば次の瞬間にはこの町全てが焦土と化すわ」

 苦々しげに吐き捨て、イネスはちらりと後を見た。

 息を切らせた老婆がよろよろとこちらに走って来る。

「ああ、これソユーに渡せばいい?」

 ソユーというのが老婆の名だろうか。

 肩で息をする老婆は、ベージュ色のローブの下から皺だらけの手を差し出した。そこに乗っていたのは【欠片】の入っていた箱より二周り大きく、美しい彫刻の凝らされた箱だ。

「ここに入れとくれ。私もソレには触りたくない」

 魔術師二人が眉を顰め、レオナにはただの金属片にしか見えない【欠片】から体を遠ざけるようにしているのがどうにも滑稽だ。ダウィも苦笑いを浮かべながら、手に持った【欠片】をシルクの張られた箱の中央に置いた。


 ソユーと呼ばれた老魔術師はその箱を地面に置き、全員に少し下がるようにと告げた。

 そして目を閉じ、独特な抑揚を持った言語を口にする。

 帽子男が魔族を召還する時に使っていた言葉に似ている。

 だが、それよりもどこか温かく懐かしい響きを持っていた。


 やがてその言葉に呼応するように箱の周囲に紅い燐光が舞い始める。


 焚き火の時に爆ぜる火の粉に似た色だが、それよりももっとずっと穏やかな光だ。

 光は箱を中心に幾重にも円を描き、そこに別の光の線が蔦のように絡んでいく。

 これを魔法陣と呼ぶのだと、隣で眺めていたダウィが教えてくれた。

 魔法陣を形成する紅い光は、一際強く光った後、箱に吸い込まれるように収束していった。


「これで一安心」

 イネスとソユーの二人の魔術師が安堵の溜息を吐いた。

「このような事二度とないように、すぐに神殿に移動させなければ」

「だったらまだ残党がいるかもしれないから護衛にタイを貸すよ。それから公園の外に辺境騎士団の誰かがいるはずだから適当に連れて行ってくれると安心する」

 ダウィの言葉にイネスは了承の返事をした。

「今回の件では辺境騎士団にも随分迷惑をかけたね。元は我らの手落ち。後で詫びに伺おう」

「貸し一つって事で。それに詫びるなら巻き込まれたこの子にね」

「ああ。封印の石を拾った子だね。月の女神の恩寵を受けし子。面倒に巻き込んで悪かった。

 今はこの危険物を人のいないところまで持っていかなければならないんだが、機会を改めて謝罪をさせてくれないかい」

「あ、あの、ええと――」

 ダウィが耳元で囁いた。

「『是非』って言っておきなよ」

「ぜ、是非……」

「そうか、良かった。じゃあ、私らはもう行くよ。悪いね」

 魔術師達はタイを促して公園の出口の方へ走っていった。

 レオナとそう変わらない年のイネスはともかく、後を走る老婆の方は少し辛そうだ。

「……謝罪とかいいからお婆ちゃんを労わってあげてとか言っちゃ駄目かな……」

「イネスさんは気遣いの出来ない人だからねえ……」

 ダウィの顔には諦めに似た苦笑が浮いていた。

「ところで、レオナは怪我無い?」

「平気」

 寿命は五年くらい縮んだ気がするが、痛む場所はどこにもない。

 それでもダウィは心配そうにこちらを見ていた。

「広場の非難誘導をしてて駆けつけるのが遅くなったんだ。ごめんね」

「このとおり無事だったんだから、気にしなくていいよ」

 レオナがぷらぷらと手を振ってみせていると、向こうからヴィオラが駆けて来た。

「レオナ!」

 名前を呼ばれると同時に、首に手をまわして抱きつかれた。

「ヴィオラ、大丈夫だった?」

「ええ、レオナも!?」

 少し体を離してヴィオラに怪我がないか確認した。服のあちらこちらに血痕がついているが、これは色からして人間のものではない。二の腕が少し赤くなっているのとふくらはぎに小さな擦過傷があるのが見えたが、どちらも数日後には跡形も無く消えるだろう。

 レオナは安堵してヴィオラの小さな体を再び抱きしめた。

 ヴィオラの髪の毛からは、彼女の家にあったキャンドルと同じ甘い花の匂いがした。

 その匂いをかいでいると、体からふっと力が抜ける。

 

 ――オレも随分気を張ってたみたいだ。


 今更のようにその事に気付き、初めて魔族に対する恐怖が沸いてきた。

「はああああああ――」

「ど、どうしたの」

「怖かったあ……」

 肩に顔を埋めたレオナの頭をヴィオラが優しくなでてくれた。


 ほっとする時間を壊したのはアレフの無粋な声だった。

「感動の再会の途中で悪いな。そろそろ騎士連中も来るだろ。俺達は消えるぞ」

 そういってアレフはヴィオラの手首を掴み公園の奥へと足を向けた。

「ちょっと! 離しなさいよ! 痛いってば!! ――あ、あとでね! レオナ!」

 ぶんぶんと手をふる彼女に手をふりかえしながら、「今日はヴィオラ一人で寝れるのかな」など考えていた。


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