第5話 石
夜の帳がおり、窓の外は真っ暗――ではない。
母国とは違って、この町は夜でも魔術によって作られた街灯に照らされている。
深夜まで日中とそう変わらない明るさを保つ事ができるのだそうだ。
このホテルのロビーにも何箇所かそんな灯が灯っていた。見た目には蝋燭の明かりと変わらない。だが、触れても熱くなく、風で揺らぐ事もない純粋な「光」だ。
レオナは透明度の高いガラスのはまった窓に指を滑らせた。
ここが高級ホテルという事も勿論あるだろうが、こんなに透明度が高く歪みも少ない窓は母国にはない。やはりこれも魔術を使って精製・製造されているのだそうだ。
イーカルとまったく違う町並みや言語、人々の顔のつくりよりも、こんな魔術に溢れている所が一番異国に来たのだという実感を与えられる。
「ふぁ……」
小さく欠伸をして、窓から離れた。
街中は明るくても体内時計はそろそろ眠る時間だと訴えている。備え付けのクロゼットの中から寝間着を引っ張り出した。
寝間着と言っても、ごく普通の麻のシャツに麻のズボン。寝る時専用の服など嵩張るだけだから持ってきていない。そのため、この国に着いてから出番を無くしたイーカル族の普段着を寝間着にしていた。
シャツを替え、ズボンに手を掛けたところで扉を叩く音がした。
「はい」
返事をしながら枕元に置いておいた短剣に手を伸ばす。
赤い革の鞘を払い、後ろ手に持った。
初日の一件以来、イーカル人とばれるような事はしていないつもりだが、一度襲撃を受けている身としては警戒心は忘れていられない。
「レオナ。俺だ」
扉の向こうから聞こえた掠れ声に安堵を覚えながらゆっくり鍵を外した。
「良かった。起きていたか」
そう言ってアレフは右手に持っていた紙包みをレオナの手に押し付けた。
「何これ」
「ダウィが持って行けってさ。『今日も一緒に居られなかったお詫び』っつってたぜ」
立ち話もなんだからと部屋に招きいれ、腰を下ろしてから包みを開いた。
ふわりと甘い匂いが立ち上る。
丸くて茶色いごつごつしたもの……揚げ菓子のようだ。
「ありがとう。アレフも食べる?」
「甘いものは苦手だっつってるだろ」
眉を寄せるアレフを尻目に、袋から一つ取って口に咥える。
「おいひいのに」
「夜中に食べると太るぞ」
「こっひにひてはらうんろうひて――げふっ」
匂いにつられて大きな口で頬張ったせいで口中の水分を奪われ、最後には咽た。
「ごほっごほっ!」
「飲み込んでから喋れ」
涙目で水差しに手を伸ばすレオナにアレフは呆れきった視線を送る。
コップいっぱいの水を飲み干して、ようやく人心地ついた。
深く息を吐いて、改めて紙包みに手を伸ばす。
その様子をアレフは腕を組んだままじっと見ていた。いつもならここで「まだ食うのか」と馬鹿にしたように言われるのだが、今日は違った。
「ずっと放っておいて悪いな」
珍しく殊勝な言葉に一瞬何の話かわからなかった。まあこの男が自分からそんな事を言い出すとも思えないから、ダウィにちゃんと詫びろと言われて来たのかもしれない。
「いや……『仕事』だってなら仕方ないだろ」
その仕事っていうのがあまり推奨されない類のものであろう事は脇に置いておいて。
無論仕事の内容については想像でしかない。
だが、詳しい事は聞かない。
聞いたら――知ってしまったら、レオナも同罪になってしまうのだから。
そんな心中を当事者たる彼はしっかり理解しているのだろう。
それについては何も触れず、ただレオナの状況を聞いた。
「公爵夫人からの返事は?」
「まだ無い」
断りの言葉も無いのだから希望は捨てられないが、歯牙にもかけられていない可能性もある。
手紙を出してまだ二日目。とはいえ、そろそろ次の手段を講じたほうがいいのかもしれない。
「そうか」
しばし瞑目した後、ゆっくりと瞼が開いた。
親友と同じ楡の葉色の瞳には少しの迷いが浮いているように見える。
じっと見つめかえすと、色素の薄い唇が微かに震え、やがて言葉を紡ぎ出す。
「……あせらなくていいからな」
「んぁ?」
口の中の塊を嚥下し、どういう意味かと問う。
さすがに三個目に手を伸ばすのは辞めた。レオナだって、本気で困った顔の知人を前にすればそれくらいの空気は読む。
アレフは今までよりもさらに慎重に言葉を選ぶように話し出した。
「公爵夫人は今忙しい。
あんたの手紙は……無視されているんじゃなくて、返事を出せないだけだろう」
「なんで公爵夫人の動向なんて知ってるの?」
「その辺は、まあ色々な」
視線を逸らし言葉を濁すのは、「一般人」が知っちゃいけないルートの話なのだろうか。
アレフにはアレフの世界があるのだろうが、どうもこっちにきてから追求してはいけない事が多すぎてかなわない。
レオナは溜息を隠すようにグラスをあおり、口の中に残った甘い欠片を流し込んだ。
「それで……」
懸命に言葉を探す。
先程のアレフもこうだったのだろうか。核心に触れないように話すのはとてももどかしい。
「『仕事』はまだ忙しそうなの?」
「ああ。明日もまた付き合ってやれそうにねえんだ」
「だから気にしなくていいって。
――公爵夫人から返事がなければやる事もないから、明日は市場にでも行ってみようと思ってるよ」
「この街の市場は広いから迷うなよ」
「信用無いなあ」
「あんたいつもぼーっとしてるからなあ」
そう言ってにやりと笑うアレフは、いつものアレフだった。
* * *
今日の朝食はやや小ぶりなオープンサンド。香草と塩漬けの魚の物が二つと、ミンチ肉と野菜を混ぜて焼いたものが二つ。ミンチ肉の方はまあ、母国にも似たような食べ物があったので見た目通りの味だと感じたが、もう一つの魚の方を口にして首を傾げた。
とても美味しい。
美味しいがこれは本当に魚だろうか。
魚の食感がどうにも魚らしくない――肉に近い感じがするのだ。
余程怪訝な顔をしていたのだろう。ウェイトレスが「何か問題でも?」とやってきた。
恐る恐る問いかけると、得心顔で頷く。旅行者からはよく聞かれることであるらしい。
「それは海の魚なんですよ」
瓶詰めに加工して、遠い大陸東岸の港から数週間かけて持ってきたのだそうだ。海の魚はどれもこんな風なのかと聞くと首を横に振る。そういう物もあるが、大半は川の魚と変わらないという。ただ、この魚はレオナの身長よりも大きな魚だからそういう味になるのだろうと話していた。
三つ目に手を伸ばそうかという頃。トリカが姿を見せた。
ちらりと壁時計に目を走らせる。
彼は本当に「この時間」に来ているらしく、昨日・一昨日と分単位で同じ時間だった。
「おはようございます」
今日も挨拶は共通語で先制した。少し残念そうな顔をしているのは気のせいだろうか。
「おはようございます。レオナ」
「昨日は魔術師連盟までお付き合いくださってありがとうございました」
「良いですよ。面白かったから」
トリカはゆったり足を組み、メニューを見る事もなくレオナと同じものを注文した。
今日の彼は透けるほど薄い生地のシャツを重ね着し、下に暗い色のズボンを履いている。このシャツのような素材はあまり町で見ない気がするが、とても涼しそうだ。
そういえばレオナの持っている服はイーカルから持ってきた物だけなので、「イーカル人に見えない服装」という条件では替えは一着しかない。その上こちらの気候ともあっていなかった。
今日も特に予定はない。これを食べ終わったら替えの服を買いに行くのもいいかもしれない。
そんな事をつらつらと考えているうちにトリカの分の皿も届き、レオナも食事を再開した。
しかし、ウェイトレスが遠ざかってもトリカは食事に手をつけず、耳の後を掻きながら話しだした。
「実は昨日、仕事の帰りにも魔術師連盟に顔を出してきました」
「え、あの石の事ですか? ――なんかすみません」
「いいえ、私も大切な仕事道具を落とすような魔術師に興味があったものですから。
でも昨日は持ち主は見つからなかったらしいんですよ。イネスさんは『非番の人の物かもしれないからもう少し探す』って言ってたけれど」
「そうですか」
「それから、ちょっと気になった事があるんです」
トリカが時々口ごもりながら続けた。
「あの石をよく見せてもらったんですが――あれ、裏に小さな文字が刻まれているのに気付いていました?」
「ああ。そういえば」
「サザニア語で『下』と刻まれていました。
……確か、レオナさんを襲った暴漢も、サザニア人でしたよね」
思わぬ流れで敵国の名を聞いて思わず体が強張る。
脳裏を過ぎったのは、暴漢のリーダー格らしきあの碧眼の男。
「あの石は、あいつらが落としたものだという事ですか」
「可能性は高いんじゃないかと思っただけです。共通語さえ使えれば生活のできるこの国で、サザニア語を覚えようなんて思う人間は少ないですから」
「でもサザニア人に魔術師は――」
「居ませんね。基本的に」
「基本的に?」
「居なければ連れてくれば良いんです。金で雇うなり、脅して連れてくるなり、誘拐するなりいくらでも方法はあるでしょう。
今でこそ聞かなくなりましたけど、歴史的に見れば、魔力の強い子供を生ませる為に王侯貴族が女性魔術師を拉致したなんて話はこの辺りでは掃いて捨てるほどあります」
ぞくりとした。
確かにそれなら、魔術師を国に取り込むことが出来る。
戦場でしかまみえる事の無いサザニア帝国が、一人組み入れれば千人の兵にも相当するという魔術師を有しているなら――勢力図が逆転する可能性すらある。
骨の髄まで冷え切るような想像と戦うレオナの耳に、淡々とした声が追い討ちをかけた。
「それに――彼の国の皇帝の家系には、人ならざる者の血が混じっているという噂もありますしね」
* * *
青い空にきらきらと光の粒が舞う。
風向きが変わると時折頬に当る飛沫が熱の篭った体に心地よい。
レオナは初日に連れてこられた噴水の縁に腰掛けて、飛び散る水滴が陽光を跳ね返す様を眺めていた。
サザニア人に襲われた後、サザニア語で文字の書かれた石を拾った。
これは偶然じゃないだろう。
あの中に魔術師が紛れていたのだろうか。
魔術師連盟で見た魔術師達はローブを羽織っていたようだが、少なくともあの中にそういった服を着たものは居なかったし、魔術で攻撃をされたりもしなかった。
服は着替えれば良いが、生死をかけた場で奥の手を出さない者があるだろうか。
そして、あの石に書かれた文字。
昨日魔術師連盟で出会ったイネスによれば、封印の魔術に使う文字。
裏に刻まれていた「下」という単語。
それらを考え合わせると――
「イネスさんの言っていた、六方の封印の下――底部分の石って事かな」
頭を抱え、なんに使うつもりなんだろうと考えていると、頬に何か冷たいものが触れた。
「うわあっ!」
「……何やってんだ、あんた」
両手にグラスを持ったアレフが呆れ顔で見下ろしていた。
冷たいものの正体はその珈琲か!
「お前こそ何やってんだよ!」
「アホ面さらしてる奴がいたから寄ってみた」
「仕事とか言ってなかったか」
「いや……それは、とりあえず俺の担当じゃなくなった。明日からはまたあんたの案内してやるよ」
そう言って左手に持っていたオレンジジュースを突き出す。レオナの分だろう。
礼を言って受け取った時、割り込んでくる声があった。
「私も明日からフリーになったの。ご一緒しても良いかしら」
「ヴィオラさん!」
日中だからか、今日は娼婦のような格好ではなく、極普通の若妻といった装いだった。
手に持った小さなトレイには小振りの果実……いや、果実を模した菓子らしきものが乗っていた。
「レオナちゃんが甘いもの好きだから買って来いってアレフに言われたの。
――って、ちょっとアレフ! 私の分の飲み物は!?」
後半少し化けの皮が剥げたような気がするが、これくらいは許容範囲らしい。
すぐに繕った若妻の顔でアレフの腕をつねる。
「……ああ。ミルクだったな。忘れてた」
「早く買って来て下さいな」
アレフは珈琲を脇に置くとまた屋台の出ている方へ去っていった。
ヴィオラはいそいそとレオナの隣に座り、トレイの上の菓子を勧めた。トレイに乗っている菓子は二つ。
ひとつはオレンジでもう一つがりんご。どちらもつや感まで正確に模写されている。
「レオナちゃんはオレンジとりんごどっちが好き?」
「えーと、りんご?」
「可愛い~っ」
果物の好みをこたえて何がツボにはまったのかわからないが、ヴィオラは身悶えた。
そしてオレンジの形の菓子を手に取り、りんごの形のものがのったトレイをレオナのほうに押す。
アーモンドの粉を練って生地を作り、蜂蜜で煮た果実を包んだお菓子だという。ねっとりとした生地の中から甘い汁がじわりと溢れた。
思わぬ人とのティータイムを過ごすうち、サザニアに対する不安が少しずつ薄れてきた。
ヴィオラの話す「この国の普通の人」の生活というのがとても興味深かったのもある。
多国籍風で知られるウォーゼルの食事だが、男女平等でどちらも外で働くのが当たり前という国なので家庭では調理の楽な比較的シンプルな物が好まれるという事。服は古着屋で買う事が多いが、新品を買うなら市場の南端にある縫製済みの服を売る店が質が良い上に手ごろな価格で人気だと言う事――
ちょうど服を買う事を考えていたレオナは、そこへ連れて行ってくれと頼んだ。
泊まっているホテルも高級であるし、辺境騎士団や魔術師連盟などへ国を代表して行くなら古着ではなくそれなり以上の服を用意しなければならないと思っていたのだ。
かといって、仕立て屋に行っても短い滞在期間内に縫い終わるとは思えない。
ならばその店で掘り出し物を探すというのも良いだろう。
ヴィオラは一も二も無く頷いた。
「いいわよ。私が見立ててあげる!」
必要なのは「可愛い服」ではなく「男装の服」だと説得するのには時間を要した。
* * *
「ずっと気になっていた事があるんだけどさ」
レオナは売り物のパンツを片手に疑問を口にした。
「この国の人って、オレが女だって気付いても何も言わないよね」
ヴィオラもトリカもイネスも、ホテルの従業員たちも女性として扱ってくれている。
ルノーだけは一人称を「オレ」と言った事に対して首を傾げていたが、男装自体に対しては何も言わなかった。
「それは、ここが商業都市だからよ」
ワンピースを吟味していたヴィオラが答えた。
ヴィオラが着るにはサイズが明らかに大きい事については――触れないでおこう。
「商業都市だと……ええと、色んな民族がいるから?」
「それもあるけど、旅人が多いでしょ? 女の旅人は狙われやすいから男装する人が多いの」
「ああ。それでこんなサイズの服も売ってるんだ」
手にしていたのは、細身のパンツ。
まず丈からして小柄な男性しか着れないだろうし、足やウェストはきつめなのに腰が余るというような半端なサイズだ。
だが女性が着ると言うならわかる。
やや腰周りの肉付きが悪いレオナにはぴったりのサイズと言いがたいが、ウェストが余らないパンツは貴重といえた。
「それより、レオナちゃん。これとこれ、どっちが良いと思う?」
清楚な印象のオリーブ色のワンピースと、甘い印象のタック入りの襟付きワンピース。
「……ヴィオラさんが着るんだよね?」
恐る恐る聞くが、あっさりと首を横に振られた。
「レオナちゃんに決まってるでしょ」
「無理!」
「お国じゃ駄目かもしれないけど、ここは外国だし? 『旅の恥はかき捨て』って言葉もあるそうよ」
「いやいやいやいやいや」
こんな乙女チックな服、男装を始める前ですら着たことが無いし、男として軍隊に溶け込めていたような見た目の自分が似合うわけが無い。
全力で否定するが、スイッチの入ってしまったヴィオラの耳には届かない。
「ねー。アレフはどっちが好み?」
店の入り口でつまらなそうに往来を眺めていたアレフまで飛び火する。
アレフはヴィオラの掲げる可愛らしいワンピースを一瞥して吐き捨てた。
「……そんなびらびらしたの、あんた以外似合わねえだろ」
――ですよねー。
自覚はしていても人に言われるとちょっと腹が立つ。
むっとした顔を見られないように顔を背け、手に持っていたパンツと風通しの良い生地のシャツを二枚ほど店主に押し付けた。
「ねえ、どっち行く?」
洋服の入った紙袋を抱えたヴィオラが言った。
心なしか声が艶っぽい。
「――確かそこの路地を入ると近道だったな」
応えるアレフの声もいつもより少し低い。
そんな二人に挟まれたレオナは、先程買った服を胸元で抱え、さりげなく周囲を見回すのだった。
日はだいぶ傾き、細い路地に三人の影が長く伸びる。
市場の周囲には商品を保管するための倉庫が数多くある。ここもそういったエリアらしい。
路地の入り口周辺には数人の作業員が大きな木箱を抱えて動き回っていたが、大きな通りと反対側にあたる位置であるためか、ここまで来ると倉庫の裏口しか見えず、人通りも殆ど無い。
両手をポケットにつっこんだまま歩くアレフが立ち止まった。
正面に男が三人、こちらを向いて立っている。
振り返れば、後にも三人。
「あんた、剣は」
低い声でアレフが囁いた。
「置いてきた」
そしてさっきから探しているが、この間のように剣の代わりになりそうな棒などは見当たらなかった。
その上――
「この間の奴らより、使えそうだよな」
「やばくなったらあんたは逃げろ」
小さく頷いた。
アレフとヴィオラの腕は知っている。足手纏いになるよりは逃げて人を呼ぶか武器になるものを探してきた方が良い。
正面から来た三人のうち、覆面のようなもので顔を隠した男がリーダー格か。
「石はどうした」
くぐもった低い声で告げる。
それに対してヴィオラとアレフが困惑した顔をする。
「何のこと?」
自然、視線はレオナに集まった。
「――知らない」
何の事かはわかったがそう答えた。
「……そうか……ならば口を割らせるまで」
男達が抜刀した。
最初に動いたのはヴィオラ。
荷物の影に隠していた刃物を投げた。
片手に収まってしまうような、もち手のないナイフだ。
殺傷力はあまりなさそうなのでやはり毒を塗ってあるのだろう。
――カラン……カラン……カラン
投げたナイフは全て避けられ、地に落ちた。
掠るだけで効果のある猛毒でもあたらなければ意味がない。
その隙に一気に間合いを詰められる。
投擲武器を得意とするヴィオラにとって間合いが無いという事は相当不利だろう。
だが、ヴィオラは笑みすら浮かべ、刃を繰り出す男の手を取った。
そして勢いを利用するように身を屈め、地に投げた。
その動きはレオナをベッドに押し倒した時のものに近い。見慣れない動きだが、体術の心得があるのだろう。
投げ出された男にのしかかるようにして、ヴィオラは小振りなアイスピックのような武器で喉を一突きし、残りの男達に向き直った。
背後ではアレフがすでに二人目を地に沈めた所だった。
ヴィオラがまた投げ技を主体とした体術で一人倒し、最後の一人となった時、男は踵を返して逃げ出した。
「逃がすか!」
アレフが右手のナイフを投げる。銀色の軌跡はまっすぐに背に刺さった。
勢いがそがれた所で駆け寄り、左手のナイフで首を掻き切る。
その鮮やかな手つきを見て、ヴィオラが楽しげに拍手を送った。
「さすがクレーブナーの前当主」
「手前――!」
襲撃者達に向けていたのと同種の殺気をヴィオラに向けて放った。
レオナはちょこんと首を傾げた。
「当主?」
現当主はファズの兄で、その前は彼の父だったはずだ。更に前はファズの祖父――アレフの父だったと聞いている。
目に疑問を浮かべてアレフを見るが、目を逸らされた。
「……あんたには関係ない」
ヴィオラとレオナをその場に置いて、アレフは逃げるように路地の奥へ一人去って行った。
「何あれ」
「さあ――それよりレオナ。さっき言ってた石って?」
レオナがすっとぼけた事はお見通しであるらしい。
ヴィオラには隠す必要もなかったので、前回の襲撃の時の話から、拾った石を知人に見せた事、彼からアドバイスを受けて魔術師連盟にいった事まで全て話した。
「そう……」
ヴィオラは爪を噛み、何かを考えている風だった。
宵闇のせいか、血の気がひいたようにも見える。
「その話、報告が必要そうだわ。大通りまで送るから一人で帰れる?」
「はい」
「それから、アレフを明日借りる事になるかもしれないんだけど……」
この襲撃の事後処理でもあるのだろうか。
なんにせよ彼らの行動に口を挟む事は裏の世界に通じてしまう事。今は避けたほうが良いだろう。
レオナは首を傾げながらも頷いた。