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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
奇人の巣食う場所
87/107

 閑話 【刃】の企て

web拍手のお礼小噺として載せていた物です。


「よう【郵便屋】」


 屋敷の前で僕の肩を叩いたのは【爺】だった。

 今日も大きな荷物を背負っている。

「【ルビー】の姐さんはどうした?」

「店に寄ってから来るそうですよ。ここに来るにも色々支度がありますから」

「ああ。厚化粧な」

「それ言うと怒られますよ。姉さんに」

 出迎えた【執事】と挨拶を交わしつつ、僕達は揃って屋敷の門をくぐった。


「しかし、ありゃあ面白かったな」

 【爺】は肩を震わせて笑った。

「あんな悪ふざけにのるのも久しぶりだったわい」

「僕は初めてです」

「そうかい。この二十年でここの連中もすっかり大人しくなっちまったからな」

「昔はよくこんな事を?」

「ああ。全員が技術の全てを尽くす本気のお遊びさ。発案者はいつも【親父】だったがね」

 そういや今回も口火は【親父】の奴だったな、と笑って【爺】は奥の部屋の扉を開いた。

 まだ誰も来ていないかと思っていたが、部屋の隅に背を丸めてスケッチブックをめくる男が居た。

「今日は早いな。【絵描き】」

 爺に肩を叩かれると、独特な早口で【絵描き】が喋りだした。

「ここに泊まってたんだ。宴会に引きずり込まれてね」

「宴会の予定なんてあったかい」

「僕は【親父】に頼まれてたから、あの後で報告に来たんだよ。終わったらすぐに帰って描きかけの絵を仕上げちゃおうと思ってたんだよ? なのに、別件で来てた【ルビー】の姐さんに捕まっちゃった。それで、しかたなく姐さんにもあの話をしたら、面白がっちゃってさ。『あたしも見に行くわ!』って、【影】の奴らを連れて出てったんだよ」

「おやおや。【ルビー】に【影】ねえ」

「【影】は半刻くらいで帰ってきて、あの子の話を肴に宴会をはじめたんだ。帰るタイミングを逃した僕もそこに強制参加でね。僕、お酒はキライなのに。

 ああ。【ルビー】はそのままあの子と一緒にどっか行ったみたいだよ。

 ――そういえば、あの後【ルビー】は戻ってこなかったけどどうしたのかな」

 流れるように吐き出される言葉を一端止めて、【絵描き】は僕の顔を見た。

「まっすぐ家に帰ってきたよ。あの子を連れて」

「泊めたの!?」

「うん。僕は家に戻ったのが深夜だったから顔を見たのは朝だったけど。姉さんは一緒に寝たみたいだよ」

「ね、寝たって」

「おててを繋いで寝たのか裸で寝たのかは聞き忘れたな」

「いや、じゃなくて【犬】は?」

「あのヘタレ? あいつはソファで寝てたよ」

 【爺】と【絵描き】が揃って引くのが見えた。

 仕方ないよなー。あれは僕だって呆れたもの。

「何? 何? 何の話?」

 裏声で口を挟んできたのは、やたらと体格の良いピンクのドレス――今来たばかりの【歌い手】だ。

「二か月前だったか。まだ春だったな――なあ、【郵便屋】。最初に言い出したのはお前さんだったな。

 真顔で『話がある』とかいうから何かと思ったら、【犬】がおかしいってんだ。詳しく話せったら、それがな――くくくっ」

 【爺】の含み笑いに【歌い手】が先をせかす。

「なぁに。気になるじゃない」

「恋煩いだってよ。あの【犬】が」


「えええっ!!」


 【歌い手】が思わず地声で叫びだす。のど仏を震わせながら。

「だって、だって、あの【犬】でしょ!?」

「ああ。あの【犬】だぁなあ」

 にやにや笑いが止まらない【爺】。

 でもあの説明じゃちょっと要約しすぎな気もする。

 一番面白いのはあの子の存在よりも、あの時の【犬】の態度だっていうのに。

 僕は話を引き継いで【歌い手】にもあの話を聞かせる事にした。

「【犬】の飼い主から聞き出せたのは【犬】が古巣に逆らってまで一人の女の子に執着してたって話だけですよ」



 * * *



 あの日、僕は【執事】の奇行に驚いて足を止めた。

 【親父】に呼ばれて彼の部屋に入った所だった。

 この屋敷の主である【親父】の部屋には続き部屋がある。その入り口の前で【執事】が膝をついて扉に耳をつけていたのだ。

「何やってるんですか」

「――しっ! お静かに」

 【執事】に手招かれ、僕は彼を真似て扉に耳を近づけた。


《あのクソ犬ー!!!》


 扉の向こうから【犬】の叫び声が響いた。

 【犬】は今母国に帰っているはずだ。と、いう事はこれは遠話。

 この部屋は僕達専用の遠話室だからまず間違いないだろう。

 遠話室というのは、魔術を使って遠くに住む人と話をするための部屋で。

 普通は遠話の魔術を使える魔術師を介して一対一でしか会話ができないのだが、僕達の仲間には世界に五人しかいないと言われる『規格外』が居るので同じ部屋にいる者全員と会話ができる。


『どうしたんですか』

 声を出さずに【執事】に問う。

 【執事】も唇を読めるからこれで十分だ。

『ご主人様にイーカル王国にいる【犬】からの定期報告でございました』

『ました? 過去形?』

『はい。イーカル王国の王の婚礼が無事終わったとの報告だけですので、そちらはすぐに終わりました。

 その後、ご主人様が爆弾を投下したので、この有様です』

『爆弾?』


『レオナちゃんとらぶらぶ? ――と仰いました』


『レオナちゃん? 誰それ』

『私もそれが気になりまして、ここでこうして居る次第でございます』



「で? らぶらぶってのは本当なのか」

 扉の中から肉声が聞こえた。

 これは【親父】の声だ。

《違う!》

 【犬】の声が激しく否定する。

「お前じゃない。俺は可愛い息子に聞いてるんだ」

「じゃなきゃあんな拷問耐えられないよねえ?」

 意地の悪い含み笑いが聞こえた。ああ。今日は一対二なのか。

 味方もなく【犬】の天敵が二人共揃っているとくれば、もう【犬】に同情するしかない。

「それでも否定するってことはうまくいってないのか」

《………………》

 【犬】からの返事は無い。

 【犬】の飼い主の呆れたような声がする。

「なんだ、あんなに一緒に居たのに何もしてないの? らしくないなあ」

《お前、俺をどんな目で見てんだよ》

「すぐに手篭めにして飽きたらポイ?」

「最低だな」

《【親父】が誤解してんじゃねえか!》

「え、何。本当に手出してないの?」

《出したよ。出したけど……ああもう! なんでもねえよ!》

 【犬】にしては珍しい反応だ。

 【親父】もそう思ったのだろう。先程までのからかうような口調を改めた。


「話してみろや」

 

 ああ。これはすぐ落ちるな。

 僕と【執事】と目を合わせてにやりと笑った。

 【犬】は【親父】以外に心を開いていない分、【親父】の甘い声にとことん弱い。

《話す事なんてない》

「俺とお前の仲だろうが」

《話したからってどうにもならない》

「そんなんわからねえよ。これでもお前より二十年は長く生きてんだ」

《………………》

「話してみろって」

《……【親父】の思ってるような関係じゃ、ない》

「でも、手ぇ出したんだろ」

《――いつもなら、どんなイイ女でも、やることやったらどうでも良くなんだ。だからすっきりするかと思った。

 なのに、未だにあの馬鹿とどんな顔して話せば良いかわかんねえ》

 ようやく語り出した【犬】。

 だが、空気を読まない【犬】の飼い主は小馬鹿にしたように笑う。

「何それ。思春期?」

「真面目に聞いてやれ」

「はーい」

「お前、その『レオナちゃん』にその感情を伝えたのか」

《言わねえよ。無駄じゃねえか。俺は手枷付きだ》

 手枷といわれて、僕は思わず腕につけたバングルに触れた。

 隣を見ると【執事】も手袋の上からそこを押さえていた。

 【犬】が手枷と呼ぶのは、この下に隠している烙印の事だ。


 不用意に見せてはいけないというのは絶対の掟。

 これがついている限り普通の人間とは深い付き合いができない。

 そしてこれは――消す事もできない。


「おいこら、【恋する馬鹿犬】」


 【親父】が珍妙な名前で【犬】を呼んだ。 

「俺もその『レオナちゃん』を見てみてえなあ」

《こ、こことそこ、どれだけ距離があると……》

 声だけでも、【犬】の狼狽える様子が伝わってくる。

 けれど、無情にも【親父】の声色が変わった。一段低くなったその声は、僕達が逆らえない絶対の命令だ。


「連れて来い」




 * * *



「ねえ、【犬】ってそんな奴じゃないよね? ないよね?」

 胸の前で手を組んで不安気に周囲を見回す【歌い手】。

 これが本物の女なら、いや、せめて華奢な奴だったら可憐な仕草といえるけど、残念な事にこいつはゴツい。身長も体重も僕より遥かに上だ。可愛くない。

「信じらんないよなあ。

 だからその話を聞いた俺と【絵描き】がな。昨日その子に会いに行ってきた」

 【爺】の視線を受けて、【絵描き】が早口で告げた。

「【爺】が拐かして、僕の所に連れてきてくれたんだ。ちゃんと最後は【郵便屋】が【犬】の所まで送ったけどね」

「それで、どんな子だったの? 美人?」

「うーん……異国風の顔立ちが珍しいから絵のモデルを頼んでみたいとは思ったよ。でも、美人って程ではないかな。ちょっと背が高すぎて可愛いっていうのとも違うし、胸も尻もないから色気もない。なんか普通の子だよ。その辺に居そう。【犬】がいれあげてるってのはちょっと理解できない」

 【爺】も頷いた。

「頭は悪くないんだろうが、注意力が足りなかったな。【犬】がいない事にずっと気付いてなかった。

 まあ変わった子だったよ。俺の『商品』の中でも綺麗なプリカジュールよりごついナイフばかり見とった」

「ナイフ? 【犬】と同じナイフ使いなの?」

「いいや。持ち方は素人だね。

 芋の皮は剥けそうだとか言ってたから料理をする子なんだろ」

 【爺】の話を聞いて【絵描き】が首をかしげながら告げた。

「たださぁ。夜に【ルビー】の姐さんと一緒に見に行った【影】たちがおかしな事言ってたんだよね。――『アレは面白い』って」

「【影】が?」

「何があったのかって聞いても、あいつら『イーカル人嫌いの暴漢に絡まれていた』としか言わないんだよ。

 それでその子がぶちのめしたってならわかるんだけど、倒したのは【ルビー】の姐さんだっていうし。

 その子は【犬】の背中に隠れて箒振り回してたとかなんとかね」

 【絵描き】は左手に持っていた絵筆の端をガリリと噛んだ。

 確かにおかしい。【影】は僕達と違って表を出歩けない程の戦闘狂ばかり。あいつらが面白いと言うのなんて、珍しい異国の武器や魔剣の類だけだと思っていた。

 だとすれば……


「レオナ・ファル・テート」


 つぶやいた僕に、全員の視線が集まる。

「何?」

「朝、彼女はそう名乗ってたよ」

「それって、サザニア戦線で暴れまわったっていうイーカルの騎士だろ!?」

 【歌い手】が女言葉さえ忘れて叫んだ。

「無表情で両手剣を振り回す残虐な男だって聞いてたぞ! それにイーカルじゃ女は軍に登用されないはずだ!」


「いいや」


 【爺】が眉間を揉みながら言った。

「先週、イーカルに放っている俺の【耳】が言ってたよ。

 そのレオナ・ファル・テートが実は女だったって噂が国内で流れてるってな」

「ってことは、本当にアレがその!?」

 【絵描き】は信じられないと言う顔をした。

 僕の頭を過ぎったのは、今朝姉さんと話していた隙だらけの後姿。

 気配を断っていたとはいえ、姉さんが僕の名前を呼ぶまで背後に居る事に気付いていなかった。

 僕もにわかには信じがたいけれど――


「……ちょっと気になる事も言っていたので、少し探ってみましょうか。

 実はあの国の――」


「却下」


 僕の提案を切り捨てた低い声は、【親父】。

「何のための召集だと思ってんだ」

 【親父】は後に【影】たちを引き連れて部屋に入ってきた。

「緊急事態だ。

 詳しい事は全員揃ってから話すが――そんな娘に構っていられねえ事件が起きた」


 【親父】の鋭い目に負けて、僕は「イーカル王国で『死の刃』を騙る暗殺者が出た」という話をする機会を失った。


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