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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
近くて遠い国
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第7話 努力

 心臓の鼓動がうるさい時は、胸の上に手を置き、心臓の興奮を握った拳に移しとる。そうしたら呪文を唱え、握った手を空に向けてぱっとひらく。そうすると緊張はどこかへ飛んでいくのだそうだ。

 祖母から教わった緊張を取るおまじない。

 レオナは掲げた手を下ろすと、金属で出来た冷たい取っ手を握ってぐっと体重をかけた。


 大きな扉の向こうには、カウンターで仕切られた事務室と待合室。レオナの予想とは少し違って、役所のような場所だった。

 大陸共通語で書かれた「受付」の文字を読む前に、事務室の奥で立ったまま書類を読む金髪の青年を見つけた。

 青年と言っても、四年前に知り合った時すでに子供が居たのだからそれなりの年なのだろう。だが、当時と殆ど変わらない容姿はやはり青年に見えた。

 じっと見つめていると彼もすぐにレオナの姿を認め、片手でイーカル国軍式の「待機」のサインを出す。「ちょっと待ってて」という意味だ。レオナが頷くと、にっこりと笑った。

 近くの席に座っていた人と言葉を交わし、手に持った書類を壁沿いの机に放り投げる。あれがきっと彼の机なのだろう。周囲と比べて明らかに本の量が多い。

 いつも本を膝の上に広げていた姿を思い出し、口元が緩んだ。

 

 ――おんなじだ。


 傭兵としての彼しか知らなかったから、ファズから「辺境騎士だ」と聞かされて、実は内心かなり動揺していたのだ。本性はまったく別人だったらどうしよう、と。

 だが、棚の陰で眠っていた愛犬を起こし、こちらに駆け寄ってくる姿はいつもと変わらない。

 周囲で飛び交う言語が共通語でなければ、ここがイーカルだと錯覚しそうなほどに。

 

 彼が待合室に出てくる頃には、普通に笑う事ができていた。

「ダウィ!」

「いらっしゃい。久しぶりだね」

「ああ。久し――ん?」

 太ももの辺りにぐっと異物感。ダウィの愛犬が鼻先でそこを押しながら「俺も居るぞ」と言うように見上げていた。

「タイも久しぶりだね。元気だった?」

 耳の後を撫でてやると、タイは満足そうに一歩下がった。

「アレフと来たの?」

「うん。だけどなんかここには入りたくないって言って外で待ってる」

「そう。それにしても随分共通語が上手くなったね」

「いっぱい練習したからな! ……なんだよ、その笑い方」

 普段からにこにこと笑顔を浮かべているダウィだが、今の表情はにこにこというよりにやにやに近い。

「いや……可愛いなと思って」

 ダウィは口元を隠し、横を向いてそういった。

 震える肩でそれが褒め言葉じゃないのはよくわかった。

 笑うってなんだよと文句を言いながらその肩を揺する。


「何? 公衆の面前で女くどいてんの? ナンパ? 浮気? 奥さんに言っちゃうよ?」


 通りかかった同僚らしい男がからかってきた。

「そういうのじゃないよ。娘の成長を喜ぶ父親の気分」

「父親ぁ? せめて兄貴にしてよ」

 大して年の変わらないダウィをにらみつけた。

 すると声をかけてきた男が間延びした声をあげる。

「ああ~。確かにちょっと舌ったらずな感じが確かに可愛いな。いや、マジでイイ」

「お前にはやらん」

「父親か」

 丁寧につっこみをいれてから、男はレオナの顔を見た。

「変わった訛りだね。サザニア人?」

「ええと」

 助けを求めてダウィを見ると、それだけで男は納得したらしい。

「ああ。あっちの人か」

 あっちがどっちだかわからないが、ダウィが頷いたので良いのだろう。もしかしたら男もダウィがイーカルに出入りしている事を知っているのかもしれない。

「もしかして今日半休取ってるのって彼女のため?」

「いや、それは別口」

「戻って早々用事を詰め込んでんだな。ってまあ今更か」

「ところで、今日団長を見てないんだけど……」

「長老と一緒に視察だって。戻るのは三日後」

「副団長は?」

「年末には戻ると伝言が入ってたな」

「ついでにエンシオは?」

「団長に言われてリーブラまで出張」

「残念」

「今年は奴らがいないせいで余計に忙しいんだ。お前も手伝えよ」

「俺はお客さんの案内。と、いうことで式典の方頑張って」

 ダウィは同僚の肩を叩いて、入り口の扉を押し開けた。 

「オレに付き合ってくれて平気? 忙しかったんじゃないの?」

 慌てて後を追い、レオナが聞いた。

「うん。確かに聖王ラズ・ゲットルの式典が近いから騎士団としては忙しいんだ。

 でも俺の担当じゃないし、今日は元々半休だったから夕方までは空いてるよ」


 通りの端でぼーっとしていたアレフに声を掛け、巨大な噴水のある公園へ移動した。

 煉瓦で囲まれた人工的な池の中央から水が湧き上がり、宙で広がりながら流れ落ちる。その高さはレオナの背の数倍はあるだろうか。

「すげー!」

 イーカル王都の名所も噴水だが、それは石像の上から下に流れ落ちるものであり、大量の水が重力に逆らって噴出するものではない。

 スケールの大きな噴水に夢中になっている内にいつの間にかダウィとアレフが居なくなっていた。

 また迷子になったかと見回すと、足元にタイが座っていた。

「オレ、置いていかれた?」

 言葉がわかるかのような賢い犬は、ゆっくり首をふった。そしてレオナのズボンの裾を噛み、ぐいぐいと引っ張る。近くのテーブルに連れて行こうとしているようだ。

「ここに座れって?」

 タイは口を離した。

 噴水の周りにはテーブルと椅子がいくつも設置されていて、友人同士話し込む女性や、その周りで走り回る子供達、近くの屋台で買ってきたらしい食事を取る労働者などの姿が見えた。誰もが自由に使う事のできる市民の憩いの場――といったところか。

 噴水の見やすい椅子に腰を下ろし、陽光にきらめく水しぶきに見惚れていると、不意に頬に冷たいものが触れる。

「ひゃうっ」

 くすくすと頭上から笑い声。

 仰ぎ見ると、異国の真っ青な空を背景に、美しい金の髪がきらきらと輝いた。

「びっくりした?」

 笑いながら手に持っていたグラスをテーブルの上に並べていく。

「珈琲と、青花茶と、オレンジジュース、どれがいい?」 

「こーひー?」

「海の方でよく作られている豆のお茶だよ。苦いから好き嫌いが分かれるんだけど……」

「に、苦いの?」

 真っ黒な液体は確かにあまり美味しそうに見えない。

「オレンジジュースにしようかな……」

 甘党のレオナは一番手前にあったグラスを引き寄せた。

「ところで、この浮いてるの何?」

 見慣れた色の果汁の上に、ぷかぷかと同じ色の――いや、ガラスのように透明な何かが浮いていた。

「ああ。氷」

「え、今夏だよ!?」

「魔術で作ってるんだ。魔術師連盟の小遣い稼ぎでね」

「魔術ってすごい!」

 ひんやりとしたグラスを頬に当てるとそこからじんわりと冷たさが伝わってくる。

 イーカルほど暑くないとはいえ、体を動かせば汗ばむほどの陽気だ。こんな季節に氷で冷やされた飲み物を飲むなんて、なんて贅沢な事だろう。

「この氷って食べれるの?」

 ダウィが頷くのを確認してから、指でひとつ摘む。

「冷たい!」

「おいこら、グラスに手を突っ込むとか、ガキかお前は」

 目の前に差し出されたのはスプーン。

 それを辿ると、軽食の乗ったトレーを抱えたアレフが立っていた。

「ほら、魚」

 そう言ってテーブルの中央に置かれたのは、一口大の揚げ物の盛り合わせだった。

 やけにふわふわした衣を纏った魚の切り身とさまざまな野菜を揚げて塩をふったものだそうだ。

「うわあ! これ、生の魚!?」

「干してないやつだな」

「ウォーゼルすごい!」

「それからこれも」

 レオナの前に置かれたのは、小さめのティーカップに入った物。

「……飲み物じゃないよね」

 液体ではない。何かつるつるした黄色い塊だ。

「卵の黄身と砂糖を蒸し焼きにしたお菓子だよ」

 なるほど、スプーンが用意されていたのはこれのためか。

「あれ、でもアレフ達の分は?」

 謎の黄色いお菓子はひとつしかないが、シェアするにはカップが小さい。

「そんな甘いもの食えるか」

 そう言ってアレフは例の苦い飲み物――珈琲を手に取った。

 喉を鳴らして美味しそうに飲むのでレオナも一口貰ってみたが……

「ぐっ げほっげほっ」

 舌の痺れるような苦味、喉の奥を刺す酸味、それにいつまでも鼻の奥に残る焦げた匂い――

「よ、よくこんなの飲めるね」

 涙目でグラスを返すと、アレフは不思議そうに呟く。

「慣れるとうまいんだがな」

「あはは。アレフだって最初はそんな顔してたよ」

 ダウィの言葉に「そうだったっけか」とアレフが首を捻った。



 ふわふわの衣と口の中でほぐれる淡白な白身魚はあっという間に無くなった。

 少々の名残惜しさを感じながら最後の一切れを嚥下し、ずっと聞きたかった事を口にした。

「ところで、結局さ――ダウィは何者な訳?」

 旅の間に何度もアレフに聞いたのだが、「本人に聞け」としか答えて貰えなかったのだ。

 その質問にダウィはちょっと困ったような顔をした。

 答え辛い聞き方だったとは思ったので、レオナは冷たいオレンジジュースを一口飲んで言葉を続けた。

「うんと……そうだ、まず、ありがとう」

「何が?」

「通行許可書の事と、それから、王妃様の輿入れの時に助けてくれて」

 どちらもファズやタイを介していたので、ちゃんとお礼をいう事ができていなかった。

「気にしないで。俺が勝手にやった事だから」

「そうかもしれないけど、やっぱり、ありがとう」

 通行許可書が無ければ関所で捕らえられていただろうし、何重もの意味で彼は命の恩人だった。

「ずっとダウィは怪しい傭兵だと思ってたんだけどさ」

「怪しいって」

 ダウィは苦笑した。

「怪しいだろ。外国人なのに将軍と仲良かったり、戸籍を勝手にいじったり?」

「まあねえ」

「それって辺境騎士だからなのか」

「将軍と知り合ったのはそうだね。でも、傭兵としてイーカルに行ったのも、レオナの戸籍の事も――俺が勝手にやったことだから辺境騎士団とは関係ないよ。

 俺はイーカル人ではないかもしれないけど、イーカル人には返しきれない恩がいっぱいあるから」

 子供の頃に住んでいたというあの焼けた村の事を考えているのだろうか。

 珍しく笑顔を引っ込めて寂しげに首を振った。


「そうだね。改めて自己紹介しようか」

 ダウィは襟元から首に下げていた何かを抜き取り、右手の中に収めた。

「今は――傭兵はやってないからさ。俺の持っている肩書きは二つ」

 そう言って左の中指に嵌っていた鉛色の大きな指輪を引き抜き、テーブルに置いた。

「辺境騎士団巡回騎士」

 指輪の中央に「愛と真実と平和」という文字を組み合わせた辺境騎士団の紋章が刻まれている。  

 裏を返せば、持ち主の名前が――

「あ」

 レオナの表情が変わった事にダウィも気がついたのだろう。

 続きを促すように頷いた。

「ダウィ・C・クライッド――?」

 フルネームを初めて知った。

「最近ね。戸籍を作ったんだ」

 そうだ。初めて会った時には夫婦ともに戸籍がないというような話をしていた。それは幼い頃に焼け出された孤児だからだろう。そしてその為か彼には苗字も無かったように思う。

「子供が大きくなると、何かと不便だからね」

 ダウィは一度言葉を切った。

 

「それから――」

 少し迷うように右手に握っていたものを見る。

「隠し事は少ない方が良いよね」

 そう言って、それをテーブルの上に出した。


 ――パチン。


 小さな音がして、レオナの前に置かれたそれは銀の羽。先程まで首から下げられていたものだろう。細いチェーンがついていた。

 ただのアクセサリーにも見えるが、どこか紋章のような意匠だ。

 手にとって裏返すと、やはりそこにはダウィの名前。そしていくつかの数字と――

「三国学問所南校」

 それはこのウォーゼル王国をはじめとした大陸東岸の三つの大国が共同出資して設立した大陸最高峰の学校の名前。

「卒業生の証だよ。専門は博物学。主に植物の分類に関する研究をしてきた」

 意外と言えば意外。他国の事情に疎いレオナですら耳にした事のある学校の名前だったから。

 だが、やたらと博識で解説好きな所や隙を見つけては本を読んでいるのを知っているからどこか納得した部分もあった。

「俺はダウィ・C・クライッド。普段は辺境騎士団で使いっ走りをしながら、気が向いた時には講師をしたり、必要に迫られた時に傭兵の真似事をしたりしている。

 ――ねえ、これ信じる?」

 問い掛けるその顔は、いつもと変わらない、あの笑顔。

「よくわからないけど、ダウィはダウィ――なんだろうな」

 きっと誰に対しても感情の読めないこんな顔をしてるんだろう、とそこだけは確信した。


「それでね。レオナはこれからどうしたい?」

「うん?」

「ファズから聞いた話だと、ボルディアー将軍……今は違う人が将軍なのか。なんて呼べばいいのかな。その、彼の知り合いに会いに来たって事だけど」

「ああ。あの人の友人がこの国の王家に連なる方らしいんだ。ウォーゼルが国境を封鎖する直前まで手紙のやり取りがあったらしくて……その人に、会いたい」

 レオナは屋敷の私室の金庫の中から、その手紙を見つけていた。

 イーカル王国がウォーゼル王国へ侵攻を始めた日の日付だった。

 敵軍の将に、その身を気遣っていると取れる内容の手紙を送るだけでも元王族としてあるまじき事だろう。その上『戦が終わったらまた連絡が欲しい』そう締めくくられた手紙の主なら、イーカルからの和平の申し入れを受け入れてくれるのではないかと考えた。

 だからレオナはテート家当主としてこの国へ来たのだ。

「王家に連なる方って誰?」

「王姉――カタリナ・アランバルリ様」

 その名をダウィは知っていたようだ。

 深く息を吐きながら宙を見た。

「アランバルリ公爵夫人ね……」

「何か問題があった?」

「いや……うん。彼女ならイーカル人に理解もあるだろうし、国王にも話をしてくれると思う。

 ただ、彼女の夫のアランバルリ公爵がちょっと厄介だね。公爵は今も司令官の一人に名を連ねている軍人なんだ。イーカルがウォーゼルに侵攻してきた時も出陣したって聞いた事があるから……」


 ――国交断絶のきっかけとなった戦で矢面に立った人物。


 それは、イーカル人にいい顔は出来ないだろう。 

 レオナは生唾を飲んだ。

「公爵には夫人から話して貰った方が穏便だろうね。

 幸い君は女性だから夫人に直接面会を求めても角が立たないし……」

 ダウィはまだ何か考えているようだ。

「うん。他には?」

「他?」

「公爵夫人の事は複雑だから後で考える事にしたんだ。他にやりたい事はある?」

「辺境騎士団長と話がしたい」

「さっき確認したら出張中らしくてね。一週間後でよければなんとかするよ」

「後は、魔術師連盟の偉い人とも」

「偉い人っていうと、ここで会えるのはウォーゼル支部長かな。会ってどうするの?」

「王宮にある魔術絡みのアイテムの処遇について――と、できればそれを譲る代わりに少し力を貸して欲しい、と」

「サザニアとの戦には手を貸せないって言ってたよ」

「いや、戦の事じゃない。

 むしろ陛下は、戦をせずに国民の生活を安定させるために力を借りたいと言っている」

「……なんとなくわかった。他には?」

 レオナの見つめる先は、先程ダウィが出した羽の形のペンダント。

「これは個人的な事なんだけど、三国学問所の偉い人とも話がしたいんだ」

「え?」

 こんな身近に関係者がいるとは思わなかったから、現実味が伴わず誰と何を話せばいいかは考えていなかったが、それは国を出る前から考えていた事だった。

「ええと……レオナ、ごめんね?」

 何故謝るのだろう、と首をひねるとダウィはやはり申し訳なさそうに続けた。

「確かに、三国学問所の設立に際して、出資した三つの国のひとつはウォーゼル王国だよ。だけど三国学問所の校舎はアスリア北部の本校とソメイクの南校があるだけで、この国には分校が無いんだ。

 だから、この国じゃ三国学問所の偉い人には会えない」

「そうなの!?」

 予想していなかった事態だった。

 テーブルにつっぷし頭を抱えるレオナにダウィが優しい声で聞いた。

「どんな用事だったの?」

「……殆どのイーカル人は字が読めないだろ。オレも苦労してるし。だから教育を普及させる事について相談したかったんだ」

「そう……まあ、それは俺でよければ相談に乗るよ」

 ダウィの手がレオナの髪を優しく撫でる。

 薄く目を開けると、テーブルに置かれたままの銀の羽のペンダントが陽光を受けてきらりと光った。


 

「どうでもいいけどさぁ。今晩どうすんだよ」

 話に飽きた、という口調で口を挟んだのはアレフだった。

 太陽はいつの間にか随分と傾いていた。

「宿は?」

「まだ取ってない。とりあえずお前に相談してからじゃねえとこれからの事がわからなかったからな。荷物をあいつらの家に放り込んでまっすぐここに来た」

 ざっくりとした説明でダウィにはすぐに意味が通じたらしい。

「ああ。彼らの家ね。じゃあ良いんじゃない? 今晩は泊まれば」

「……」

「友達、なんだろ」

「余計な事を言わなければな」

「レオナなら良いんじゃない?」

「はぁ!?」

「良いと思うよ」

「俺は良くない! お前がなんと言おうと、飯食ったら宿に移るからな」

「好きにすれば」

 ダウィは何故か笑って、それから荷物を纏め始めた。

「言い忘れてた。君たちがこんなに早く来ると思ってなくて今晩講義を入れちゃったんだ。俺はこれからこの町の学問所に行かなきゃいけないんだけど――レオナ、学問所って行った事無いでしょ。着いてくる?」

「いいの!?」

 眼を輝かせたレオナの言葉をアレフが一蹴する。

「止めとけ、碌な事になんねえから」

「なんでそんなこと言えるんだよ」

 レオナが噛み付いた。

「……あのなぁ。イーカル人っつーのは、嫌われ者なんだよ。

 特にウォーゼル人にとっちゃ、サザニア人より性質が悪い民族だと思われてる」

「サザニア人より?」

「サザニア人より」

 だから馬鹿な事を言うな、とアレフは吐き捨てるように言う。

「そうだね、そういう誤解もあるね。何度も侵攻の歴史のある国同士だから。

 アレフだって随分苦労してきたみたいだし」

「所詮俺達は、共通語も話せねえ、知識もねえ、実力もねえ、何の権威もねえ。ただの野蛮人だからな。お前とは違うんだよ」

「アレフがそんな僻み屋だと思わなかったよ。結果で黙らせるんだろ。そう言ってなかった?

 ――俺だって、努力はしたさ。その結果が、これであり、これだから」

 ダウィは襟元から一度はしまった鎖に下がった銀のモチーフを引きずり出す。羽根は大陸最高峰の学校の卒業生の証。それをつまむ左手に光る無骨なリングは辺境騎士団の騎士の証。

「誰も文句を言えないくらいの結果を見せるのが、俺のやり方。

 どこに生まれようと、誰を親に持とうと、戸籍があろうがなかろうと、関係ない――そうだろ」

 レオナはぽかんと口をあけたまま、頭上で繰り広げられるやり取りを見守った。

 こんなに熱く語るダウィの姿を見るのは初めてだった。

 普段は笑みを湛えたままの金色の眼が眇められ、アレフの瞳を真正面から射抜いた。


 やがて気圧されるように、アレフが息を吐き出す。

「……悪かった」

「いや。レオナならイーカル人に対する誤解も解けるんじゃないかと思ったんだけどね。

 いいよ、君たちはどこかで夕飯食べておいで」

 ダウィは『明日迎えに行くから』とだけ言って席を立ち、食器類を手に屋台の並ぶ方へ足早に向かってしまう。

 慌てて声をかけようとした時にはもう、あの特徴的な金髪が人ごみに紛れて行く所だった。


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